コードギアス 共犯のアキト
第三話「闇の交わる時」
――――アリエスの離宮
ブリタニアにあって、『安息の庭園』と云わしめる優雅さに落ち着いた佇まいを併せ持つ、マリアンヌ后妃の住まう宮殿。
その訪れる人間を落ち着かせる安穏としたその雰囲気に、他の皇太子・皇女らもたびたび訪れることがあるという。
そしてそのアリエス離宮の一角にある、草花咲き乱れる庭園で、三人の子供達が軽やかな声をあげて遊んでいた。
「ナナリー、その庭園中の花を集めたような花輪は何だい」
「私とラピスさんの二人で作ったんですよ、お兄様!」
「……私とナナリーからのプレゼント」
「そうか、有り難く頂くよ。だからラピス、わざわざ僕の頭に載せなくていいから、今にも崩れそうだからその花輪って――わあぁっぷ!?」
「あぁ……」
「花輪壊れちゃった…………直して」
「僕が直すのか!?」
――――訂正、一人の少年が二人の少女に遊ばれていた。
「フフフ、子供は元気ねぇ」
「俺もラピスがあんな風に遊ぶのは久しぶりに見たよ。これもルルーシュ君のおかげかな」
そして少し離れた所では、マリアンヌとアキトの二人が小さなテーブルの前に座り、三人の様子を見守っていた。
マリアンヌの衣装は、青を基調としたゆったりとしたドレスを来ており、アキトは侍女に無理やり着せられて、白のパンツに胸元にレースをあしらったシャツ、そして黒のジャケットといった装いをしている。
顔の半分を覆うバイザーが些か不釣り合いだが、中々な美丈夫として見て取れるだろう。
「昨日、あの子と何を話してたの?」
「知っていたのか?」
三人の子供達から目線を離さず、事もなげに言うマリアンヌ。
アキトもそれに対しては、特に意味もなく質問する。
「あの子がクローゼットの中にいたのは知ってたわよ。私が出てった後、何を話したかは流石に知らないけど」
「色々と勘ぐられた……あの歳で中々に大人の事情を理解しているらしいな」
アキトがそう言うところころと笑いながら、まだまだ詰めは甘いんだけどねと付け加えるマリアンヌ。
しかし齢七歳にして、(自分で言うのもあれだが)怪しい人間にあそこまで啖呵をきるのは並大抵の胆力ではない。
継承権は低いとはいえあの子も皇族。行く末は名君か暴君か……将来が楽しみではある。
「で、俺達の扱いは今後どうなるんだ」
「私が現地から招いた客人ということで通してるわ。関係書類は出来上がってるから後で目を通しておいて」
「それで周りは納得するのか?」
「私自身庶子の出自だからそれほどうるさく言われないわよ」
それが妥当な所か、と評価するアキト。
茶髪がかってはいるがアキトの髪の色はマリアンヌと同じ黒髪。ブリタニアでは珍しい色らしいので、同郷の者と言ってもさほど疑いは持たれないだろう。
流石に顔の半分を覆うバイザーには訝しげな目を向けられるが、医療機器はそこそこに発展しているらしく、後天的な視覚障害を持っているからその補正器具とでも言えば問題は無い。(半分以上事実でもある)
だが、むしろ問題は別の所にあった。
「ただ、あの白い船に関しては各技術部からかなりの問い合わせが来てるわ。今の所は試作段階の航空母艦ということで誤魔化してるけど、それもどこまで持つか……」
ボソンジャンプの際、マリアンヌ配下の領地に転移したとはいえ、数百メートルにも及ぶ戦艦はいささか目立ちすぎたらしく、案の定というか当然のことながらその事に関しては大いに問題になってるらしい。
「こちらの世界で似たようなモノはあるのか?」
「精々が大きなVTOLくらいかしらね。フロートシステム、というのが提唱されてるけど、それも実用化まではまだ時間がかかりそうだし」
つまりは安易な誤魔化しは利かないということだ。
国内であれほど大きな戦艦を動かしたとなれば、下手をすれば他の皇族・貴族から現皇室への謀反の疑いありなどと囃し立てられる可能性もある。それが皇帝陛下に近しい后妃の一人だとしても。
それを抑えるには、何らかの餌をばらまき大人しくさせるしかない――――短い時間だが、ブリタニアという国をそれとなく理解しているアキトはそう一人考えた。
「……俺達の世界の艦船とエステバリスのデータを一部開放しよう。それで暫くは大人しくできるだろう」
「あら、いいの? 過ぎたテクノロジーは害にしかならない〜とか、言うと思ったんだけど」
「俺はそこまで崇高な人間じゃない。戻れる可能性がほぼゼロに近い現状、優先するのはラピスただ一人だ。そのためには利用できるものは徹底的に利用するまでだ」
ユーチャリスとオモイカネを動かせない現状、たった二人で世界を股に掛ける巨大国家を相手に対立できるわけがない。
早すぎる技術、過ぎた代物……アキト達の持つ技術はほんの少しでも外に出せば、世界のパワーバランスを大きく揺るがすものであるが、なによりも大事なのは自分達の命である。
ボソンジャンプや相転移エンジン、重力波ビームにディストーションフィールドといった大きなアドバンテージを得る技術さえ流出させなければそれでいい。無責任かもしれないが、今の自分達にはそれほど余裕があるわけではないのだから。
「――そう、それならよかったわ」
神妙な顔をしてそう答えるマリアンヌ。
その表情からはほとんど読み取れないが、彼女をよく知る人が見れば『安堵』という感情が現れていた事に気付いたかもしれない。
この後、マリアンヌからの協力という形で提供されたエステバリスの基礎データは、後のナイトメア開発において少なくない影響を与えることとなる。
アキトの予定通り、主要な機関部周りの情報は一切渡されることは無かったが、当時開発中だった動力源である『ユグドラシルドライブ』の搭載・運用が決定していたため、特に問題は起こらなかった。
エステバリスの特色の一つであるフレーム換装機構は、採用こそ見送られたものの、緊急脱出機能のシステムとして有効であると見直され、脚部のローラーダッシュ機構は、停滞気味のランドスピナー開発の発展に大きく貢献した。
アキトのいた世界でも些か趣味が強すぎるワイヤードフィストもこちらの世界では同様だったが、攻撃手段としては悪くないと評価されており、腕を使わずにアンカーを射出する『スラッシュハーケン』という機構で花開いた。
なおこれは余談だが、後に正式採用されるナイトメア『グラスゴー』のデザインについて、頭部の意匠には技術者の一人がたまたま目にしたバッタが参考にされ、極僅かな関係者の間で、グラスゴー以降に続く四つ目の頭をしたナイトメアは「バッタ頭」等と呼ばれるようになった。
暫し戯れる三人の子供を眺めていた二人だったが、「よしっ」と言ってマリアンヌがアキトに声をかける。
「アキトくん、あなたに合わせたい人がいるの、ついてきてもらえないかしら」
なんでもない風に彼女は言っているがその言葉の裏から見え隠れする陰りから、ついに来たか、とアキトは感じた。
勿論、拒否をするつもりはアキトには無く、すぐにでも行けることを告げる。
「ルルーシュ、ナナリー、私達は宮殿に行ってくるから、大人しく待っていて頂戴」
「分かりました、母様」
「いってらっしゃいませ」
ルルーシュとナナリーの二人も若干陰りを持った表情で二人を見送った。
違う事と言えば、ルルーシュは単純に敬愛する母が見知らぬ男と出かけることに嫌悪感を持ったからである一方、ナナリーはたまに母が醸し出す冷やかな雰囲気を感じ、それを表情に出していたことだろう。
しかしマリアンヌはそんな二人の子供の感情を無視するかのように、さっさと庭園を出て行ってしまう。
アキトは彼女を見失い内にそれに付いていく。そして去り際に――――
『アキト――――気をつけてね』
『ああ』
ラピスの気遣う声を受けてアリエスの離宮を後にした。
――――帝都ペンドラゴン
ブリタニアの帝都であると同時に皇帝の座す宮殿が存在する、正にブリタニアの心臓部である。
そして宮殿の玉座……普段なら多くの皇族や貴族が首を連ねる厳かなその場所にアキトは膝をついていた。
しかし、辺りには傍にいるマリアンヌと正面の玉座に座る一人の男以外人影は無く、仮にも皇帝の御前だというのに酷く寒々しい印象を与えている。
だが、そんなものはこの男の前には塵芥のように無価値なものらしい。
ただ座っているだけだというのに、まるで巨人が立っているようなその存在感は、たとえ数多の凡庸貴族が首を連ねても到底放てるものではない。
「面をあげぇい」
重厚な声の許しを得て頭を上げるアキト。
恰幅の良い、しかし力強さを感じさせる体格に、正面から見据えるのを戸惑わせるほどの覇気を感じさせる紫紺の瞳、そして特徴的な白髪のカールロール。
(この男が98代ブリタニア皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアか)
「貴様がマリアンヌのいう客人か」
目の前の男は己の妃と仲慎ましく過ごしていた可能性のある男だというのに、その言葉には憎み、嫉み、妬み等といった下賤な感情は欠片も含まれず、唯確認のためだけに発せられた言葉だった。
「名はなんという」
「アキト――テンカワ・アキト」
「……アキトよ、貴様はこの世界をどう思う?」
それはどのような意図を持った質問なのかアキトは図りかねたため、無難な答えを返す。
「さて、俺は世間にとんと疎い身ですのでその問いには答えかねますね」
「異世界の来訪者であるが故に……か?」
思わぬ返答の言葉に内心ギョッとする。
おそらくマリアンヌからこちらの正体を聞いたのであろうが、まさかそれを真実と受けとめ、こうして真正面から突っ込んで聞いてくるとは、剛胆というかなんというか……
「フム、では質問を変えよう……弱肉強食、強者が弱者を喰らい虐げる我が国を貴様はどう思う」
不平等においてこそ競争と進化が生まれる――――それこそがブリタニアの国是。
他国に攻め入り、争い、奪い、獲得し、支配する。そうして世界の三分の一を平伏し、今もなおその矛先を外へ外へと向けている。
故郷を侵略によって失い、同胞を人体実験によってほとんど失ったアキトにとって、ブリタニアは決して好ましいとはいえない国だ。寧ろ嫌悪の対称にすらなるだろう。
しかし――――
「……強者が弱者を喰らうとあなたは言うが、俺は強者には二つの種類があると考えます」
「ほう……それはなんだ?」
「一つは己の弱さを知るが故に強者でいようとする者、もう一つは己の弱さを知らぬが故に強者でいられる者」
アキトの世界のかつての大戦では、木蓮は「木星蜥蜴」という名の強大な侵略者だった。
膨大な数の戦闘兵器と自在に戦力を送り込めるチューリップゲート。瞬く間に太陽系の戦力図を塗り替え、地球・火星の民を恐怖のどん底にたたき落とした。
だが時が経つにつれ、彼等の正体も明らかになる。彼らもまたその昔に地球の民から迫害され、過酷な環境の木星へと逃げ延びた弱き者だったのだ。
「弱きを知るが故に、それを他者に見せまいと強さという仮面をかぶる。しかし弱きを知るが故に、己がすべき事を――――果たすべきことのために全力を尽くす」
彼等は確かに侵略をした。そして途方もない数の人々を殺した。
そこには過去の迫害への怒りも勿論あっただろう。しかしそれとは別に『木蓮の民』という、かけがいのないものを守るために立ちあがった心もあったはずだ。
事実、ただ純粋に木蓮の民の事を考えていた男達をアキトは知っている。
弱きを知らねば強き者とはなり得ない――アキトはそう考えていた。
「しかし、弱さを知らない強者は己の欲を満たすためにしか力を使わない」
弱さを知らない者――――それは痛みを知らない者、自分を省みない者、相手を見ない者など多種多様に渡る。
かつての自分もその一人だった。
それは精神的なものだったり肉体的なものだったりしたが、復讐に生きていたあの頃もそうだったといえる。
己の恐怖を、憎悪を仮面の下に隠し、己の目的のために罪無き人々を巻き込んでその手を血に濡らしていった。
「弱者の痛みを知らず、あなたが自らの欲を満たすために強者を目指すというのなら、悪いが俺はあんた達に協力することはできない」
復讐を果たした末、自分に残ったのはがらんどうな心――何も浮かぶことのない虚無。
ラピスを利用したという後ろめたさ、惰性、そして協力・利用してきたネルガルの繋がりから逃げることもなく、ただ火星の後継者の残党を狩り続けてきた。
だからだろうか。かつての妻と娘、そしてかけがえのない仲間を巻き込み、再び多くの命を、かけがえのない仲間を失ってしまった。
自分の手は既に血まみれだ。そして残ったものはラピスとユーチャリス、相棒のブラックサレナに機動兵器達。
そう、力と僅かな絆しか持たず空っぽの自分は、云わば抜き身の剣。
だが闇雲に力を奮い、命を奪うのはもうたくさんだ。
ならば鞘が必要だ。それも唯の鞘ではなく、志高き『王』という名の鞘が。
「剛毅なことだな、我がブリタニアにたった一人で立ち向かうと?」
「元より覚悟の上だ」
今はただマリアンヌがこちらに敵意を向けず同じ目線に立って接しているからそれに応じているに過ぎない。
例え企業や国といえど、ただ自分達を利用するだけなら容赦なく牙を剥く。
そして仕える王が、ふさわしくないと感じれば即座に鞘から抜け出し、その首を掻っ切り、新たな鞘を見つけるだけだ。
アキトはその旨を淡々と告げた。
普通の権力者ならば、こんなことを言えば即座に怒り、アキトを拘束しようとしただろう。
そして拷問なりなんなりして、情報を引き出した後は容赦なく切り捨てていた可能性が高い。
だが、シャルルはそんなアキトの言葉に何も返さず、暫しアキトの顔を見た後。
「――――貴様に宮殿内における幾ばくかの許可を与えよう」
只一言そう言って、アキトに退室を促した。
あまりの反応の無さに、内心疑問を浮かべたアキトだが、その言葉からとりあえず自分は認められたのだろう。
何か釈然としないものを内に抱えたまま、アキトはマリアンヌと共にペンドラゴン宮殿を後にし、アリエスの離宮へと戻った。
その去り際、シャルルとマリアンヌの間で僅かに目線が交錯したのだが、アキトがそれに気づくことは無かった。
数時間後、どこにあるともしれない神殿のような空間に4人の人影が存在した。
「さて……どう思う、兄さん?」
「危険だね。彼等の持つ技術は魅力的だけど、計画に絶対必要というわけでもない」
シャルルの問いに、兄さんと呼ばれた白髪の少年が答える。
どう見ても親子以上、いや祖父と孫の関係にすら見える二人だが、彼等はれっきとした兄弟だった。
「私はそうは考えないわ。彼の考え方は実直そうに見えても酷く歪んでいる」
「私もマリアンヌに同意だな。頭は固そうだが、あいつ自身の『領域』を犯しさえしなければ敵対することもないだろう」
マリアンヌに同意するのは、長い緑髪を棚引かせる一人の少女だった。
しかし気だるそうに神殿の柱にもたれかかるその姿からは、妖艶とすらいえる短くない経験を感じさせる色気があった。
「あ奴は仮面をかぶってはおるが……嘘は付いておらん。些か弱者に甘い所はあるようだが、我らの同士となる資格はあるやもしれぬ」
「……まぁシャルルがそう言うのなら僕は反対しないけど」
そうしてアキトの知らぬ処で、世界に対する破壊と創造を企てる者達の会合は行われていく。
彼らこそ世界を破壊し、新たに創造を企む者達。
目的のためには、例え世界を血に染めようと、悪魔の罵りを受けようと計画は完遂させる。
そのために彼等は利用できるものはなんでも利用する。アキト達の取り込みもその一環に過ぎないのだ。
しかしマリアンヌは唯一人、異世界の来訪者の言葉について思う所があったらしく、深く考えていた。
(弱きを知る故に強者となり得る、か……ならば貴方達の力は、シャルル様の悲願に必ずや応えるでしょうね)
あの人もかつては弱者の立場にあった。それ故に世界を呪ったのだから。
マリアンヌはそう考えて小さく微笑むが、すぐに唇を引き締め――
(でも、もしも貴方達が私達の前から姿を消し、立ちはだかるようなら――――――――消えてもらうから)
凍てつくような冷たい瞳を虚空へと向けるのだった。