コードギアス 共犯のアキト
第四話「人の縁」
アリエスの離宮の一角には、宮殿には些か不釣り合いな半円形の建物がある。
ゴシック調の建築物とは裏腹に装飾の少ない外観に殺風景な灰色の壁と床。壁には訓練用の模擬戦用の木剣がいくつも立て掛けられていることから、其処が鍛錬のための訓練施設だということが分かる。
そして今その訓練場の中央に二つの人影があった。
一人は端整な騎士服を身につけ、深い彫りの顔にがっしりとした体躯を持った正に武人という言葉が当てはまる男性であり、大振りの木剣を正眼に構えている。
彼こそは、現在ブリタニアにおいて唯一の皇帝直属の選ばれた騎士、ラウンズが一人、ナイトオブワンのビスマルク・ヴァルトシュタイン。
それに対峙するもう一人の男――アキトは黒く染め上げた薄手のシャツの上に、これまた黒で染めたマントを羽織り、半身に構えた姿勢で木剣を床に擦れそうな位置まで下げて構えている。
そしてその周りにはギャラリーとして、マリアンヌの姿だけでなく、ルルーシュやナナリー。更には何人かの皇族の子女の姿もあり、目の前の闘いを固唾をのんで見守っている。
緊迫した空気の中、先に動いたのはビスマルクの方だった。
「ぬんっ……!」
真正面から一気に間合いを詰めて豪腕を唸らせ、頭から真っ二つにせんとばかりに木剣を振り下ろす。
並みの騎士なら受けることすらままならず、剣で受けたとしても叩き折られるか、押しつぶされるのが関の山だろう。
しかしアキトは迫りくる剣の軌跡を冷静に読み取ると、一歩左に踏み込んで紙一重で剣筋を躱す。
だが、ビスマルクにとっては想定の範囲内。
即座に剣を切り返すと、アキトの体に打ちつけるように剣を横に薙ぐ。
アキトはそれを逆手に持った右手の剣を操り、表面を滑らすように剣筋をずらして躱すと、左手に隠し持った小振りの木剣でビスマルクの脇腹を打ちつける。
「むっ!?」
しかしそれは咄嗟に反応したビスマルクの膝によって弾き飛ばされ、僅かな隙を生む。
その隙を見逃さず、ビスマルクは左足を軸に体を回転させると、抉り込むような角度でガードの空いたアキトの腹に蹴りを放った。
咄嗟に腕を交差させて蹴りを受けるが、ビスマルクの大砲のような後ろ回し蹴りは、決して軽くは無いアキトの身体を、ボールのように吹き飛ばした。
だが蹴りを放った瞬間、ビスマルクは眉を顰めた。
(自ら後ろに跳んで衝撃を逃したか)
おまけに脇腹に僅かな痛みが走っている。
蹴りが決まった瞬間、アキトもただでやられるつもりは無く、僅かな隙を縫って鋭い下蹴りを放っていたのだ。
だが、防御と同時に放った攻撃など所詮蟷螂の斧。ビスマルクの体躯には痛みを感じこそすれど、戦えないほどではない。
それはアキトにも同等のことが言えており、その証拠にアキトは蹴飛ばされたダメージをほとんど感じさせない機敏な動きで立ち上がると、再び剣を構えた。
その様子を見て、面白いとばかりにビスマルクも精悍な笑みをこぼすと、再び剣を正眼に構える。
再び辺りに緊迫した空気が漂い始めるが――――
「ハイ、そこまで」
のほほんとした女性――マリアンヌの声が修練場に響き渡り、緊迫した空気を霧散させた。
「……マリアンヌ様、これからがいい所だというのに水を差さないでいただきたい」
「貴方達がこれ以上やると本気になって訓練にならないでしょう」
その指摘に「そんなことはありませんが……」と返すものの、あれほどの技量をもつ人間は久しぶりであり、どうにも武人としての血が沸き立った事はビスマルクとしても否定できなかった。
そんな好敵手はといえば、ナナリーが持ってきたタオルで汗を拭いており、ルルーシュの機嫌を損ねていた。
その上彼の周りには、第二皇女コーネリアが、その隣には第三皇女ユーフェミアがついており、二人とも、特にユーフェミアはアキトに対して矢継ぎ早に質問をしていた。
「アキト様は日本人なのですか?」
「ユーフェミア様それは違います。あくまで日系人の血が入っているだけで、私は厳密には日本人じゃないんです」
「貴殿は変わった剣術を使うのだな。なんという流派なのだ?」
「師匠はおりましたが、実戦の中で覚えた我流の剣。流派と呼べるようなものでははありません」
「その大きなメガネはアキト様のご趣味なのですか?」
流石のアキトも年若い少女相手に、話を続かせるのは少々無理があったようだ。
さらにはナナリーからの援護(質問)攻撃も加わり、四苦八苦している。幸いなのはコーネリアがユーフェミアとナナリーに自重を促していることだろうか。
マリアンヌとビスマルクはそんなアキトの様子を遠目から眺めている。
「それで、ナイトオブワンの貴方から見て彼はどう感じたかしら、ビスマルク?」
先ほどの穏やかな雰囲気とはうってかわって、冷厳な態度でそう尋ねるマリアンヌ。
「騎士としては立ち居振る舞いが粗雑ですな。どちらかといえば騎士というよりも傭兵というのがしっくりくるでしょう」
言葉の内容は辛辣だが、そこから覗く感情には明らかに称賛の声が含まれている。
少なくとも帝国にいるどの騎士よりも強く、そして狡猾であろうとビスマルクは評価していた。
「彼は戦士として一流です。今回は試合という形式で剣を交えましたが、実戦となると……」
「あなたにそこまで言わせるとはね。やっぱり私の目に狂いは無かったわね」
そう言ってにんまりと笑みを深めるマリアンヌ。
「う〜〜ん、彼ならラウンズとしての実力は申し分ないんだけどねぇ」
「また他の貴族から色々と言われることになりますぞ」
ナイトオブラウンズとは皇帝直属の最強の騎士。
強さは勿論のこと、心身ともに気高く、そして皇帝に絶対の忠誠を誓うブリタニア最強の騎士である。
それにアキトが拝命する……色鮮やかなマントに整然とした貴族服。そして顔の半分を覆うバイザー……。
それはないな、とビスマルクは心の中で首を振った。
「そもそも彼がラウンズに入ることを了承するとは思えません。これ以上騒ぎを大きくするのは如何なものかと……」
謎の浮遊船と機動兵器を持って、突如マリアンヌの傍らに現れた黒衣の青年騎士。
しかも素顔を晒さず、ただその強さと用いる兵器の特異さを遺憾なく発揮し、対立貴族の警戒心と猜疑心をこれでもかといわんばかりに引き上げている。
ただ、あまりにも正体が分からない為、現在は様子見という事で何人かの下級貴族がちまちまとちょっかいをかけているくらいだ。
「その上ただでさえあのような状況になっているのですぞ」
ビスマルクがそう言ってアキトの方を見ると、 短く髪を切りそろえた一人の青年貴族がアキトにくってかかっていた。
「テンカワ・アキト! 尋常に勝負だ!」
「……また君か、ジェレミア」
その若き青年将校の名はジェレミア・ゴッドバルト。
ブリタニアの名門であるゴットバルト家出身であり、軍の士官学校で頭角を現し始めた血気盛んな青年である。
「ジェレミア、ビスマルク殿と互角の腕を持つアキト殿に貴殿が勝てるわけがないだろう」
「ダールトン将軍! 例えそうだとしても、私には彼に挑まなければならない理由があるのです!」
「いくらアキト殿がマリアンヌ様御付きの騎士になったからって、そこまで怒らなくても……」
そう、それがアキトの周りを騒々しくさせた源でもあった。
ジェレミアは軍人としても、一人の騎士としてもマリアンヌを敬愛している。
これはなにもジェレミアに限ったことではなく、ほとんどの軍人はマリアンヌに対して憧れに近い感情を持っている。何しろ庶子の女性の身でありながら、一騎士からラウンズまで昇りつめ、さらには皇帝陛下に見初められて后妃にまでなった、まさに現代のシンデレラそのものである。
その力を妬ましく思う輩がいるのも勿論だが、実力主義のブリタニアにおいてマリアンヌはヒーローでもありヒロインでもあるのだ。
そんな彼女の元に突如現れた、見るからに怪しい黒ずくめの男性の影、しかも選任とはいかないまでも、傍付きの騎士に召抱えられる――――ジェレミアでなくとも不快に思う人間は多かったりする。
「とにかく勝負は後にしろジェレミア。アキト殿はコーネリア様やユーフェミア様、クラウディオ達の相手で手一杯だ」
そう言ってジェレミアを一蹴するダールトンの視線の先には、いつの間にか五人の子供達がアキトを取り囲んでいた。
「アキトさん! 今度は俺達に剣を教えて下さい!」
「「「「お願いします!」」」」
金・銀・赤・黒・茶と多様な色の頭が一斉にアキトに向けて下げられる。
その礼儀正しい少年達の様子に、アキトは戸惑いを隠せなかった。何しろ彼が今まで接したことのある子供は一癖も二癖もある者ばかりだったので、ここまで素直なのにはアキトにとって逆に新鮮だった。
金髪の子供はアルフレッド。銀色の単発の子供はエドガー。細い眼をした赤髪のデヴィッドに、黒髪を前に下ろしたのバート。そして全員のまとめ役のクラウディオ。
彼等は壮年の騎士将軍、アンドレアス・ダールトンが引き取り育てた養子達であり、彼等はその中で幼いながらも特に優れた能力を持つ、いわばエリートだ。
そんな彼らから憧れの視線を向けられるというのは、アキトにとってなんともくすぐったいものである。
「何故俺なんかに頼むんだ? もっと腕のいい騎士は他にもいるだろう」
「だって黒いマントとかサングラスとかかっこいいじゃないですか!」
「「「「うんうん」」」」
子供達は揃ってうなずき、輝かんばかりの瞳をアキトに向けている。
コーネリアはその様子を傍目から見て心なしか口を引き攣らせていた。
「ダールトン、お前、養子達に一体どんな教育をしているのだ?」
「ハッ……なにやら日本のヒーロー番組に夢中になってるようで」
「うん、僕もその意見には賛成だ。アキトは些か悪役っぽいのが玉に瑕だが」
「日本のテレビは私もお兄様も大好きです!」
アキトの世界の日本とこの世界の日本の最大の違いは、資源輸出国であるという点に尽きるだろう。
その他にも一流の技術国で通っており、資源だけでなく様々な技術を以て世界に貢献している。
その中には一般大衆向けの娯楽映像も数多くあり、ブリタニアの子供達は例外なくそれを好んで見ていたりする。
尤も皇族の人間は、外国の低俗な番組は誇りあるブリタニアには相応しくないと、一蹴しているのだが。
そんな他愛無い話を続けながら、子供達と幾人かの騎士達が談笑の花を咲かせていたが、マリアンヌが席を立つとアキトに声をかける。
「さぁアキト、そろそろ時間よ」
「あぁ、分かっ……かしこまりました、マリアンヌ様」
「よろしい♪」
返事を返す際、危うくいつもの調子で返答する所だったが、殺気じみた視線を向けられて、慌てて丁寧な言葉で言い直した。
「なんだ、もう行くのか? せっかく手合わせを頼もうと思っていたのだがな」
「申し訳ありません、コーネリア殿下」
コーネリアは年長者らしく、ナナリーやユーフェミア、そして子供騎士達に優先的に会話を譲っていたため、あまりアキトと話し込むことができなかった。
アキトもそれは分かっており、すまなそうにコーネリアに頭を下げる。
「よい、気にするな。だが、今度来た時は相手をしてもらうぞ」
「お手柔らかに願います」
見た目は唯の少女だというのに、武人のような笑みを浮かべるコーネリアから、アキトは空恐ろしいものを感じた。
アリエスの離宮を離れ、マリアンヌと共に車に乗り込むと、アキトは今まで溜めていたものを吐き出すかのように溜息をついた。
「ふうっ」
「なあに、たったあれだけでもう息が上がったの?」
「主な原因は気疲れだ。あれだけ大勢を相手に話し込んだのは久しぶりでね」
「そんなことじゃあこれから先、身が持たないわよ」
こんなことになった主な原因はあんたのせいでもあるがな、とは言葉に出さず心の中で愚痴るだけにする。
「で、これから行く所は技術部……だったか?」
「正確には『特別派遣嚮導技術部』よ――長ったらしいから私達は特派って呼んでるけどね」
エステバリスとユーチャリスは現在その特派で管理しており、解析作業も進めているそうだ。
特派はナイトメアの研究に力を入れているらしく、突如現れたエステバリスを嬉々として受け入れると、徹底的に分解、解析している。
尤も、エステバリス自体は元の世界でも特に突出した兵器ではないし、出力機関となる重力波ビームの変換機構はそれ単体を調べた所でほとんど意味を為さない。
憂慮すべき事態はユーチャリスのオモイカネが掌握されることだが、この世界の電子機器処理能力ではオモイカネに太刀打ちできるはずもなく、飛行戦艦についての知識やノウハウが何も無い状態では無闇に解体もできないので、外周部を修理・補修する傍らに読み取れる技術を吸い出していることくらいしかできなかったりする。
さて、その特別派遣嚮導技術部だが、ブリタニアきっての頭脳が揃っているという事もあり、施設は中々に立派だった。外海に続く湖の湖畔に建てられているため、試作の巡洋艦や戦艦のドッグが軒を連ねており、陸には中で様々な兵器を開発しているのだろうか、無数のハンガーが建っている。また、ここで運用試験も行うのか、かなりの広さを持つ演習場も兼ね備えていた。
アキトとマリアンヌはそんなブリタニア軍事の最重要部ともいえる施設を横目にと車を進めると、一つのハンガーの前で停止した。
そこには一人の初老の男性が立っており、こちらの姿を確認すると満面の笑みを浮かべて小走りに寄ってきた。
「おお! ようこそいらっしゃいました、マリアンヌ様!」
「こんにちは、ルーベン卿」
ルーベン・アッシュフォード卿。
マリアンヌを支援する伯爵家の人間で、ブリタニアには珍しく他国の文化や考え方を尊重する人当たりのいい男性だ。
「どうかしら? 例のものの調子は」
「いやいや、素晴らしいものですなアレは! あれのおかげでナイトメアの性能は飛躍的に上がりますぞ!」
あれ、とは勿論エステバリスのことで、このハンガーではそれを徹底的に調べているらしい。
このハンガーは元々マリアンヌのナイトメア、『ガニメデ』を開発した所であるため、解析結果を直にガニメデへとフィードバックさせることができるよう、ここまで運んできたらしい。
「ふぅん、具体的にはどんな感じかしら?」
「はい、今までのナイトメアは、マニュピレータやランドスピナー等の戦闘作戦行動に必要な機構こそ備わっていましたが、お世辞にも性能がいいとは言えませんでした」
ナイトメアが元は福祉・医療の人的補助を目的として開発されていたこともあって、基礎フレームは比較的早く作り上げることができた。
しかし要求する動きを忠実に再現させ、更には戦闘にも耐えうるようなものを要求されると、途端に使い物にならなくなる。
銃を持つことはできるが、反動でマニュピレータがいかれてしまう。スピナーはトルクの調整が噛み合わず、進みたい方向に進めない。その他諸々の問題が積み重なり、依然ガニメデは基本性能だけが馬鹿高い機体に留まっていた。
「しかし、これらの問題はほとんど全て解決することができました。何故なら――――」
「あの『エステバリス』って機体は、それこそ長年戦争に使われたような、正に経験値の塊みたいなもんですからね。そこからノウハウを吸い出せば楽なもんですよ」
ルーベンの言葉を遮ったのは、間延びした若い男の声だった。
視線を声の方に向けると、そこには長い白衣を身に纏いメガネをかけた恰好だけなら研究者と言える男性がいた。
しかし研究者には珍しいやけに高い身長、そして猫のような雰囲気のおかげで随分とお茶らけて見える。
そんな彼の傍らには、藍色の髪を肩で切り揃えた理知的な顔を、申し訳なさそうにした女性の姿があった。
「緻密で正確な動きが可能なマニュピレータ、そして効率の良い駆動系。おまけにフレームはほとんどが合成樹脂に硬化セラミック。時代を先取りしすぎて驚くどころかあきれちゃいますよ」
「ロ、ロイドさん!」
「ロイド! マリアンヌ様に無礼であろう!! クルーミーもそいつを止めておくように言っておいたはずだ!」
「スイマセン、スイマセン、スイマセン!!」
ロイド・アスプルンドにセシル・クルーミー。
二人はブリタニアの大学に属しながらも、その優秀さからナイトメア開発のためにに引き抜かれたいわゆる『天才』だ。
アキトは二人から、時にロイドの方には元の世界の同僚、ウリバタケと同じ匂いを感じ取っていた。
「所でマリアンヌ様、ひとつ聞いてもいいですかぁ〜?」
「何かしら?」
「あの機体、一体どこから持ってきたんですかぁ?」
「……どういうことかしら?」
「科学や兵器の進化はそりゃあもう早いもんです。しかしそれでも進化の過程ってのは必ずあってしかるべきなんですよ」
剣から槍、そして弓へと戦場の主役が移り替わってきたように、兵器の進化もそれなりに時間をかけて進んでゆく。
戦争が続けばそのスピードは著しく早くなるが、現在の世界情勢は緊張状態とはいえそこまでには至っていない。
そんな中、未だ未完成の兵器を開発している最中にいきなり完成品を持ってこられては、疑いの目を持つのも当然の帰結だろう。
「あの『エステバリス』は、兵器としていじくる余地がほとんど残っていない。そりゃあ、武装を追加したり改造したりとかはできますけどぉ、『改良』するべき所が見当たらないんですよねぇ。本来兵器は改良に改良を重ねて形が出来上がっていくものです。でもあれはまるで……そう、まるで完成済みのものを『どこかから持ってきたような』――――」
(鋭いな……)
「でぇも〜〜〜ぉ、この上なく科学者の心をくすぐる機体なんですよねぇ♪」
がくっと危うくこけそうになるアキト。
当のロイドはそんなアキトを気にも留めず、飄々と笑っている。
「も、申し訳ありませんマリアンヌ様。あ奴は人間として破綻しておりますが、科学者としての頭脳と腕だけは確かなもので……」
「別に気にしてないわ。それにああいう子は貴重だから手元に置いといた方がいいわよ」
(確かに、あの男はイネスさんやセイヤさんと同じタイプだろうな)
ニコニコと一人笑っていたロイドはようやくアキトに気づいたのか、目を細めて覗き込むようにして顔を近づけてくる。
「所でぇ、君がこのエステバリスのパイロットなのかい?」
「あぁ、テンカワ・アキトだ」
「ふぅ〜〜ん……ねぇ、一つきいてもいいか〜い?」
「俺に答えられることなら」
「これ、動力源は一体何なの? 相当するようなものは積んであるけど動力機関じゃないみたいだし、かといってエナジーフィラーを使ってるわけでもなさそうだし」
「残念だが、詳しい機構なんかについては詳しく知らされていない」
勿論嘘だ。エステバリスの動力は、重力波ビームによる外部供給なのだが、下手に調べられて元の世界の根幹を為す技術に辿り着かれても厄介だと考えていた。それにわざわざこちらの手札をむやみに切る必要はないため、あえて答えないでいる。
それに重力波ビームについて聞かれてもパイロットのアキトに答えられるはずもない、というのも理由の一つだが。
「普通、パイロットが自分の乗る機体にそこまで無頓着になれるかなぁ」
「これは実験機らしくてね、教えてもらおうにも教えてくれなかったのさ」
「……まぁそういうことにしとこうかぁ」
腑に落ちないのだろう。ロイドは頭をガリガリと掻いて用はすんだとばかりにその場を後にし、セシルも慌ててそれについていった。
アキトは彼等の背中を見送る最中、あの男がいずれ自分の世界の兵器の深層部分に辿り着くのではないかという確信にも似た思いがあった。
あらかた施設を見て回り、アキトとマリアンヌはハンガーの三階相当に当たる位置から、改装中のガニメデを見下ろしていた。
基礎フレームという骨格のみだった機体は大幅に様変わりし、筋肉となる駆動系、体表となる装甲板が取り付けられ、機動兵器として遜色ない出気に仕上がっていた。
その様子を見ていたアキトはふと思い出して、マリアンヌに尋ねる。
「そういえば、グラスゴー……だったか? ガニメデと主力ナイトメアの座を争ってるのは」
「ええ、そうよ。そして一週間後には、それを決めるトライアルが開かれるわ」
「まさか自らガニメデに乗って戦うつもりか?」
「あたり前じゃない♪ ガニメデは私のために作られた機体よ?」
「……相手のパイロットも可哀相に」
元々戦士としても優秀だけでなく、パイロットの腕もずば抜けているのだ。
改良されたガニメデの性能があれば、よほどのことがない限り負けはしないはずだ。
「でも、あなたのおかげでガニメデの機体性能は飛躍的に上がったわ。今までの性能でも負けるつもりは無かったけど、それだとトライアルの意味がなくなっちゃうからね」
戦場で特に兵器に要求されるものは、汎用性と量産性だ。
極一部のエースのみが持つ事を許される兵器など問題外。万人と云わずとも、ある程度の数、そして質を揃えることができなければ兵器としては成り立たない。
その点でいえば、ガニメデはマリアンヌの要求に合わせて開発が進められていたためかなり癖が強く、彼女以外が操縦すると動くことすらままならないという酷い有様だった。
また性能重視で開発していたため、開発資金の方も相当な額に上っており、そんな状態のままトライアルに参加していれば、例え試合に勝ったとしても採用にはならなかっただろう。
だが、エステバリスの技術フィードバックを受けて改良されたこのガニメデならば少し性能を落とすだけで、十分に量産性を確保できるだろう、と見込まれている。そうなれば、次期主力兵器候補のナイトメア開発貢献者としてマリアンヌの地位は盤石のものとなる。
だからだろうか、アキトは今ここで聞いておかなければならないと思っていた。
「……今更言うのもなんだが、あんた達はこの世界を支配してどうするつもりなんだ?」
「ホントに今更ね」
彼女の言うように本当に今更だ。
流されるように彼等に協力してきたアキトだが、シャルル、マリアンヌらの最終的な目標は世界の安定、そう言っていた彼等の目には確かに確固たる信念が見て取れた。
だからアキトは協力する気になれた。例え世界を敵に回そうと、真に世界を救おうとする意思があるならば、惰性で生きた自分も――復讐のために生きた自分も、錆びついたその力を振るう気力も出てくるものだ。
「私達が目指すのは――――『嘘の無い世界』」
「嘘の無い世界?」
「誰もが嘘をつかず、ただ正直に生きられる世界。人は理解さえし合えれば争いは無くなるのだから……世界は欺瞞という仮面を脱ぎ捨て真実をさらけ出すのよ」
――――妄想の類か?
アキトは一瞬そんなことを考えたが、マリアンヌの瞳からは微塵の揺らぎも感じられない。つまり彼女は本気で言っているのだと理解した。
「……なんというか、物凄い空想論だが、それをどうやって為すつもりだ?」
「そのために世界に戦いを挑むのよ」
益々訳が分からない。
マリアンヌからはとにかく『嘘を無くす』という結果を求める事だけは確かなようだが、それ以外の詳しい事情については全く教えてもらえなかった。
「仮にそれでお前達の願いが叶えられるとして……嘘の無い世界なんてものは俺にはあまりいいものとは思えないな」
その言葉を聞いて途端に目を険しくさせるマリアンヌ。
自らの願いを、使命を否定されたのでは面白くあろうはずもない。
「否定するだけなら簡単だけどね、何故そのように思うのか聞いてもいいかしら」
「人は誰もが仮面をかぶっている。場に溶け込むため、仕事のため、人に話を合わせるため……生きる為にも」
「生きる為?」
「人間は個人では生きられないんだ。だから繋がりを持つために言葉を話し、コミュニケーションをとる。仮面をかぶることは生きることと言えないか?」
アキトの言葉も聞いてマリアンヌも自分を振り返り思い出した。
自分も『母親』という仮面をかぶっていることに。
元々マリアンヌ自身は自分本位な人間だ。最愛のシャルルとの間に儲けたルルーシュとナナリーのことを愛してはいるが、その愛情もシャルルに比べれば雲泥の差だ。
だから、もし子供達がシャルルの進む道の妨げになるのなら、『消して』しまってもいいと考えている。だがその感情は子供の前には微塵も出さず、蝶や花を愛でるように二人の成長を見守っていた。
そう、『母親』という仮面をかぶったまま――――
黙り込んだマリアンヌに奇妙なものを感じつつも、アキトは言葉を続けた。
「これは人間に限ったことじゃない。虫や動物、草花だって嘘をつく。死んだふり、擬態、保護色……これらも全て生物が生きるために編み出した仮面だ」
「それらを人間のつく嘘や虚飾と同列に扱うのは如何なものかしら?」
それらは云わば命をかけた生きる術だ。
それが見破られる事は即ち、自らの死を意味するのだから、それとこれとは話が違う。マリアンヌはそう指摘する。
「生きる上で嘘をつく、という点においては同じだと考えるがね」
「だけど、人間は欲のために平気で嘘をつくし際限がないわ。そしてそれは時に多くの人を殺す」
そう、愛するシャルルは嘘にる裏切りと暗殺で愛する母を失い、世界に絶望した。
それは何もシャルルだけに限ったことではない。世界のいたる所で嘘は蔓延り、普遍に在り、人のココロを弄ぶ。
マリアンヌ自身もあのアリエスの宮殿に入ることを許されるまでに、多くのブリタニア皇族の闇を見てきたのだ。動植物の嘘は自らを守るためだが、人は欲のために嘘をつく。この差は大きい。
「しかしそれが人の心を救うこともある」
「それはよく言われる優しい嘘ってやつ? 反吐が出るわね」
死を目前にした者が、安らかな眠りにつくためにつく嘘。荒れ狂った感情を一時的に癒すためにつく薄っぺらな感情の嘘。
シャルルと共に歩むまでは、たった一人で生きてきたマリアンヌにとって、それらは一方的な偽善としか感じられず、嘘の中でも最も唾棄するものだった。
「しかしそれで救われる人間がいるのも確かだ。嘘をついた人間だって、自分が吐き出した言葉をそのまま放っておく者もいれば、それをなんとか実現しようと努力する者もいる。それに嘘を相手に悟られず、最後まで貫き通すことができれば、既にそれは真実だ」
アキトはそう言うと、踵を返してハンガーの出口へと歩を進める。
「ちょっと、どこいくの?」
「柄にもなく喋り過ぎた。外に出て風に当たってくる」
しかし外へと続く出口を抜ける際、アキトはマリアンヌの方を振り返ると、過去をなつかしむように―――何気なく呟いた。
「マリアンヌ、これは俺が言えた事じゃないが、人は交わってこそ前に進むことができる。例えそれが嘘に満ちたものであっても、そこから得た事実を受け入れる事で人は前に進めるんじゃないか?」
それはかつての世界から放り出され、復讐鬼としての仮面を脱がざるを得なくなって、アキトが始めて気づいたことだった。
彼女達は仮面を被り続けてきた自分を見ても、それがどうしたといわんばかりに追いかけてきた。それこそアキト自身が持つ黒い闇を全てひっくるめて受け入れようとしていた。
だが自分はどうだった? 彼女達から逃げ回り、自分の被った復讐鬼の仮面を忌避するあまり、それに引き摺られて彼女達を見ていなかったのではないか?
しかし今更それを言っても、何もかも遅いのだ。
だから、マリアンヌの語る理想をアキトは拙い言葉を繰りながらも否定した。
かつて自分が仮面を被り、世界を、人を見ることをせず、ただ復讐のみを糧にして生きてきたアキトにとって、その理想は方向は違えど酷く歪んだものにしか見えなかったのだから。
これで、マリアンヌが少しでも考えを改めてくれればいいのだがと思いつつ、アキトはハンガーを後にした。
「やっぱり彼は危険だね。あの考え方は根本的に僕らと全く違っているよマリアンヌ」
「……そうね」
アキトが扉の外へと出ていくのをずっと見ていたマリアンヌの傍には、いつのまにか長い白髪の少年、V.V.がいた。
「どうしたんだいマリアンヌ。まさか彼の戯言に耳を傾けているなんてことはないよね?」
「まさか、私達は神を殺す事を誓った同士。私達の願いを阻もうとするのなら、例えそれが実の子供でも私は全力で叩き潰すわ」
だがマリアンヌの胸中には、アキトの吐露した言葉がまるで楔のように縫い付けられていた。
(……嘘の中から見つける真実、本当の心。それを知っていれば私はもう少し変われたのかしら)
かつて、まだ自分が幼き少女だった頃、彼のような人間が傍にいれば自分はもっと違う道を進んでいたのかもしれない―――
アキトの背中を見送ったその瞳は、未だ氷のような冷たさが残っているものの、ほんの僅かではあるものの陰りを見せていた。
だがその傍らで、陰りを覗かせる彼女の瞳をV.V.は見逃さなかった。
そして何か新しい玩具を見つけた時のように、ニイッと唇を歪ませるのだった。