コードギアス 共犯のアキト
第八話「舞い降りた黒き騎士」
「なぁ、お前は俺に何をしてほしかったんだ? 俺に変な力だけ与えて……」
額から血を流し、既に息絶えた少女に問いかけるが、当然返答が返ってくることは無かった。
倉庫にはイレブンと親衛隊の骸が転がり、広い空間内に血の匂いと死臭が僅かに漂い、死者と生者の立場を明確に浮き彫りにしていた。
力を与えてくれた少女の亡骸をこのままにするのは気が引け、かといって戦場で遺体を運ぶのもどうかと考え、これからどうするか考えていた時、倉庫の壁が吹き飛ばされ、煙の中から一機のサザーランドが姿を現した。そしてファクトスフィアで目の前の光景を見回した後、ルルーシュの方へと銃口を向ける。
『ここで何があった!? ブリタニアの学生が何故こんな所にいる!!』
だが外部スピーカーでそう尋問するサザーランドに対し、それを眺めていたルルーシュは知らず知らずのうちに口の端を吊り上げていた。
数分後、気づけばサザーランドのパイロット、ヴィレッタ・ヌゥはいつの間にか機体から降りており、僅か数分程度の記憶を失い、誰もいない虚空へと拳銃を向けていたのだった。
シンジュクゲットーの各地では、ナイトメアとレジスタンスの面々が激しい戦闘を繰り広げていた。
本来ナイトメアとレジスタンスとではその戦力差から勝負になるはずもないのだが、入り組んだ市街とナイトメアに有効な兵器であり運用も容易な吸着地雷を駆使し、互角とはいかずとも善戦していた。
「吸着地雷はまだあるか!?」
「大丈夫だ! まだストックはある!」
「大通りにはほぼ設置済みだ! 足を止めた所をRPGで狙い撃ちにしろ!!」
ランドスピナーにより、縦横無尽に戦闘行動が可能なナイトメアだが、その巨体と人型という特性故、進行する場所や地形はある程度予測できる。レジスタンスの面々はその予測に基づき地雷を設置しており、ブリタニア側のナイトメア部隊は撃破機こそ出ていないものの、行動不能にさせられた機体は少なくなかった。
とある幅の狭い道路では、散らばる瓦礫を挟み、レジスタンスとランドスピナーを破損したサザーランドを庇うもう一機のサザーランドが戦闘を行っており、暫し拮抗状態が続いていた。しかし負傷した遼機を放置しておくことは出来なかったのか、サザーランドは弾幕を張りながら遼機を抱え後退していった。それを見て俄かに士気を上げるレジスタンス達。
「おい、サザーランドが下がっていくぞ」
「よし、今のうちに住人の避難を――――」
この隙にゲットーの住人を逃がそうと声を張り上げるレジスタンスの一員。しかしそんな彼の耳に、戦車やサザーランドとも違う重厚感のある音が飛び込んできた。
「なんだこの音は?」
「みんな隠れろっ!」
嫌な予感がして、レジスタンスの一人は後退の合図を出す。他のメンバーも慌てて武器を抱えて瓦礫の影やビルの隙間に逃げ込み、皹だらけの道路は先程とは打って変わって無人の領域へと変貌した。そしてその領域に、一機のナイトメアが現れる。
頭部はサザーランドと変わらない後ろに飛び出た二本の角に紫のカラーリング――――しかし頭から下は全く別物だ。
通常のナイトメアより二回りは大きい腕部に、一層と厚さを重ねた装甲板。脚部も同様に追加装甲を重ね、ランドスピナーはより径を大きくしているだけではなく、踵部分にはキャタピラまで備えている。中央が盛り上がった分厚い胸部装甲板の下部には、30ミリのチェーンガンが備え付けられ、肩には着脱式の大型ミサイルポッド、そして太い腕に抱えているのは口径120ミリという超大型のキャノン砲だ。
その大型ナイトメアは、吸着地雷が設置してあるエリアへゆっくり進み、地雷の探知範囲へと侵入――――直後、周囲に設置してあった地雷を巻き込んで爆発を巻き起こした。すわ、やったかと体を乗り出すレジスタンスの面々。しかし煙が晴れた後に残っていたのは、埃と煤で僅かに汚れた大型ナイトメアの姿だった。
その姿を見て、レジスタンスは迷うことなく逃亡を選択した。
「に、逃げろーーっ!!」
地雷も通用せず、あの分厚い装甲ではRPGも通用しない。故にその判断は間違ってはいない……しかしその決断は遅すぎた。
大型ナイトメアはファクトスフィアを展開し、目標を補足――――チェーンガンを起動し銃口を向けると、絹を引き裂くような音をたててレジスタンスを一掃する。
無謀にもRPGや迫撃砲で応戦する者がいれば腕のキャノン砲で吹き飛ばし、ビルの中へと逃げ込もうとする者がいれば肩のミサイルが白煙を引いてその中に飛び込み建物ごと破壊する。
その巨体と二本の角、そして破壊を撒き散らすその姿は正に鬼<<オーガー>>。
正式名称『RPI−13/HC サザーランド・オーガー』――――地雷による損害と激しさを増すテロリスト達に対して開発された圧倒的な攻撃力・防御力を持つナイトメアでサザーランドの発展型の一つである。主な運用方法は、装甲にモノをいわせた強制的な地雷排除と、拠点に対する砲撃と殲滅、そして部隊の火力支援だ。
だがもし、アキト達の世界の人間がいたら、このサザーランド・オーガーを見ればこう呼んだだろう――――「砲戦フレーム」と。
「残念でしたっ♪」
「……はっ?」
素っ頓狂な男の声で目覚め、目を開いてみれば白い天井が目に飛び込んできた。
「いや〜、天国に行きそびれたねぇ枢木スザク一等兵?」
身体を捻って身を起こしたスザクは、傍にいた水色の髪を持つ男と軍服に身を包んだ女性に尋ねた。
「あの……ここは?」
「ん? あぁ、まだシンジュク・ゲットーだよ」
「スザク君、これがあなたを守ったのよ」
「防護スーツ内での兆弾を防いだだけなんだけどね……まるで漫画だよねぇ」
女性から差し出されたのは表面のガラスに皹の入った懐中時計。そう、己の父がかつて愛用していた時計である。
軍服を着たセシルと名乗った女性からそれを渡され、一人思いに耽るが、気を失う前の状況を思い出し、こんな事をしている場合ではないと思いなおす。
「あの、ルル……戦況はどうなっていますか?」
「毒ガスは拡散したみたいでイレブンが大量に被害に遭ったって話だよ」
「犯人はまだ見つかっていないみたい」
話を聞く限りでは、毒ガス……あの少女はまだ捕まっていないらしい。つまりは彼女と同行しているはずのルルーシュもまだ無事な可能性があるということだ。だが、毒ガス拡散防止という名目で始まったこの戦いを止めないことには、ルルーシュを探しに行くことはできない。しかし一兵士、しかもイレブンの自分にできることなんて――――
「時に枢木一等兵。君、ナイトメアの騎乗経験は?」
「え? シミュレータで一度だけ……しかしイレブンが騎士にはなれるはずが――――」
「なれるとしたら?」
本当に楽しそうな声で断言し、その男性――ロイド伯爵は己の眼前にナイトメアの起動キーを差し出した。
これは偶然……そう、自分の力で勝ち取ったものじゃない。だけど例えそれが与えられたものだとしても、変化を促す事が出来る力となるのなら――――
「……本当に騎士になることができるんですか?」
「それは君の働き次第だねぇ」
「ですが、相手はテロリストでしょう? 既にナイトメアも多数投入していますですし、このまま終わるなんてことも……」
チャンスを与えられた事は喜ぶべきことだが、今の状況ではそれを生かす機会がないのかもしれない。
しかしそれは杞憂に終わる。
「う〜〜ん、それなんだけどねぇ」
何故かそこで言いよどむロイド。しかし彼の眼は悩んでいる素振りなど無く、寧ろこれから起こることを期待している眼だ。
しかも彼の口ぶりからすると、既にそれは起こっている?
「何かあったんですか?」
「既に起こってるんだよ、枢木一等兵。今シンジュク・ゲットーは、狩りの場所ではなく、戦場になっているのさ」
シンジュク・ゲットーは今正に地獄と化していた。
クロヴィス殿下の命の元、ブリタニアの軍人達はその命を忠実に、一部は己の欲を満たすために、その力を存分に奮っている。
反抗する男は元より、例え女子供や老人といえど、兵士は容赦無く引き金を引き、戦車は砲を吹き、ナイトメアは縦横無尽に破壊を撒き散らす。ささやかなレジスタンスの抵抗も彼等にすれば、戦場を彩るスパイスでしかなかった。
そんな戦場を尻目に、一人の女性が赤子を抱えビルの影に隠れながら必死に走っていた。服は所々が破れ、返り血を浴びたのか頬や服に鮮血の跡が見えており、どれだけの距離を走ったのか、足には靴と呼ぶことすら憚れる布を履き、その布も自らの血で赤く染まっていた。その表情は何かに脅え恐怖し、それから必死に逃げようとしている。
次の瞬間、そのなにか――――一機のサザーランドがビルの壁を突き破って現れ、ファクトスフィアを展開して、逃げる女性を見つけると、内蔵式の対人機銃をその女性へと向ける。それを見て女性は死を覚悟し、赤子を抱えたまま来る衝撃に備えぎゅっと目を瞑った。
ガヅンッ
だが衝撃が来ることは無く、変わりに金属同士が衝突するような鈍い音が辺りに響いた。
女性が恐る恐る目をあけると、そこには頭のてっぺんから大振りのナイフを生やしたサザーランドの姿があった。
よたよたとよろめきながらもナイフの飛んできた方へと向き直るサザーランド。しかしその直後、顔面に衝撃を受けてファクトスフィアを潰され、サザーランドは文字通り目を失った。そして衝撃に身を任せるままに瓦礫を飛び散らせながら転倒し、起き上がろうとした所を今度はコックピットブロックに何かが当てられる。だが、パイロットはそれが何かを知覚する間もなく、全ての感覚を喪失した。
「無抵抗の民間人を嬲り殺すとは……腐ってるな」
アキトは足元に転がるサザーランドの残骸からラピッドライフルの銃口を外し、イミディエット・ナイフを引き抜くと助けた女性の方へと視線を向ける。しかしそこには既に女性の姿は無く、ビルの廃墟へと続く道路の上に僅かに残った血痕から逃げだしたのだろうと見当を付けた。
無理もないか、とアキトは思う。咄嗟に助けたとはいえ、今自分が乗っているのは一般人から見れば、散々日本人を殺したナイトメアフレーム以外の何物でもないのだ。おまけにカラーリングも全身を黒に染めるという不気味なもので、余程のことがなければ、このエステバリスを見た人間は嫌悪の表情をするだろう。
「ラピス……状況は?」
『角付きバッタの残りは32機、砲戦もどきは10機残ってる――――今10機のバッタ頭の増援がゲットーに送られてる。到達時間は約120秒後』
ラピスはグラスゴーやサザーランドの事を「バッタ頭」もしくは「角付きバッタ」と呼んでいる。
確かにあの四つ目頭の造形はアキト達に馴染みのある無人兵器を思い起こす。一度呼び方について何故そんな呼び方をするのかそれとなく尋ねてみると、単純に気に入らないかららしい。
「ちっ、キリがないな……レジスタンス達はどうしてる?」
『バラバラになって場所を移動しながら抗戦してるけど、時間の問題。赤いバッタ頭も今は徒手で戦ってる』
やはりナイトメアに対抗できる武装が吸着地雷だけでは限界があるということだろう。加えて砲戦もどき<<オーガー>>も前線に出てきているため、被害は加速度的に増加しており、このままでは全滅も時間の問題だ。流石のアキトも単機でこの状況を打破できるとは思ってもいないし、それが可能な力もまだ使うべき所ではない。
(出来ることは少しでも住人を助けることだけか……)
「砲戦もどきを優先的に叩く。ラピス、ナビゲートを頼む」
『分かった』
「あぁ、それとルルーシュとは連絡がついたか?」
『――――――――――――まだついてない』
やけに遅い返答と不機嫌な答えから、ラピスが怒っているとアキトは直感で感じた。ラピスはその無表情故に感情の起伏が小さいと思われがちだが、その実内心では誰よりも感情が豊かなのだ。音声だけとはいえ、その口調のリズムからは明らかに不機嫌と言う感情が顔を覗かせていた。
「……そうか。そっちも引き続き捜索を頼む」
しかしアキトはそれに気づかない振りをし、そのまま通信を切った。あの状態のラピスと長々と会話するのは得策ではないと、執事として過ごした長年の経験が知っていたからだ。しかしあのように不機嫌になる時は、大抵学園がらみかルルーシュが絡んでいる時だ。出撃前は普段通りだったので、学園絡みとは考え難い。
(ルルーシュに何かあったのか?)
もしかするとこの騒ぎに巻き込まれているかもしれないと思い、アキトは漆黒のエステバリスを戦場へと走らせるのだった。
(アキト、気づいちゃったかな?)
先程の会話で明らかに何か言いたそうだったが、ラピスはそれに気づきながらも、あえて不機嫌を隠そうとしなかった。実の所、ルルーシュとの連絡はとっくについていた――向こうの方からかかってくるという形で。しかしラピスはあえてそれをアキトに伝えなかった。その理由は数分前にかかったルルーシュからの連絡に遡る。
『ラピス、そこにテレビはあるか?』
「……人の電話をいきなり切っておいて、開口一番それ? いい度胸してるねルルーシュ」
『頼む、大事なことなんだ』
「……はぁ。で、何が知りたいの?」
『ニュースだ、シンジュクでなにか無いか?』
「――――――――交通規制があるくらいだね、理由は特に無し。事故でも起こったんじゃない? 朝のテロリストが起こしたとか……ね」
『……そうか』
「ルルーシュ」
『なんだ?』
「無事に帰ってきてよ、アキトが悲しむから」
『分かってるさ……済まないが、アキトにはこのことを内緒にしておいてくれないか?』
「理由を聞きたいところだけど……いいよ、黙っといてあげる。ただし、帰ったら私とナナリーのために1ホールのレアチーズケーキを作ること」
『お安い御用だ……それじゃあ、また』
シンジュクで何が起こっているかは既にラピスもアキトも知っている……というより現在進行形で関わっている。居場所の分からないルルーシュがそのことを聞くということは、十中八九その騒ぎに巻き込まれているのだろう。こんなことになるのならば、ルルーシュやナナリーの分のコミュニケだけでも用意しておくんだったとラピスは後悔した。しかしどの道コミュニケはアキトとラピスの二人分しかなく、自身が成長するにしたがって、徐々に繋がりにくくなっていく精神リンクシステムの代用として手元に残しておく他ないのだ。
だが先程の連絡からは、ルルーシュが慌てている様子は微塵も感じられなかった。逆に、腹を据え何かを決心したような落ち着いた張りのある声は、逆に安心感を感じさせたほどだ。つまりはあれだけの災禍の中でも生き残る算段が彼にはあるという事なのだろう。
だからラピスはアキトに対して嘘をついた。自分のためについた嘘ではなく、家族を信頼したからついた嘘。それでも心の奥底に僅かな不安が残っていたのも事実だ。
(絶対に死んじゃ駄目だよ、ルルーシュ)
ラピスはこの8年で新たに得た家族の無事をただ祈るのだった。
アスファルトを突き破り、地下道から飛び出たスラッシュハーケンがブリタニアの戦車を貫き、火を上げる。
先程まで無慈悲に難民を撃ち殺していた鉄の象が一瞬にして鉄の棺桶と化す。しかしそれを為した赤いグラスゴーのパイロット、紅月カレンの目は怒りと悲しみで涙を浮かべていた。
「ブリタニアめ、よくもっ……!!」
既に殺されたゲットー住人の数は優に3桁を超し、4桁に昇ろうとしている。それも軍人やレジスタンス等ではなく、死者のほとんどが民間人・難民で、これほどの被害は終戦以来類をみないほどだ。
カレンは自分達レジスタンスの抵抗がここまで被害を大きくしたことに対して自責の念が募る。しかしその抵抗に対するブリタニアの対応は、あまりにも熾烈だ。レジスタンス、難民、女子供や老人に至るまで皆殺し?
――――ふざけるな。
私達は従うだけの奴隷でも、唯撃たれるだけの肉人形でもない。一人の人間であり、誇りある日本人だ!
「お前達なんかに負けるもんかーーーーっ!!」
自責と怒りを超え、最早憎悪にまで昇華したブリタニアへの恨みはグラスゴーを疾駆させ、ライフルを、ハーケンを駆使して次々と敵を屠っていく。獅子奮迅ともいえるその活躍により、その場にいた数両あった装甲車はあっという間にボロ屑と化した。
そして目に映る敵を全て倒し、荒く息をつくカレンの元に通信が届く。
『カレン、そっちは大丈夫か!?』
「扇さん!? こっちは大丈夫。それより早く此処の人達の避難を……!」
『今やってるっ! それとカレン、どうやらあの黒騎士がこのゲットーに来ているらしい!』
「黒騎士がっ!?」
黒騎士とは先の戦争から度々姿を見せ、ブリタニアからは黒い死神と恐れられた謎のナイトメアフレームのことである。
ブリタニア製のナイトメアとは違い、やや大型で意匠も異なることから、いずれかの国で秘密裏に開発された機体だとの噂もあるが、特筆すべきはなんといってもその実力だ。正規軍のナイトメア5機をたった1機で倒す戦闘力を持ち、窮地に陥った日本軍を単身で救出する等、その成果には枚挙に遑がない。たった1機の戦力故、戦略的勝利に絡む事は無いが、唯一ブリタニアに土をつけた『奇跡の藤堂』と並び、戦略の藤堂・戦術の黒騎士として日本人から絶大な信頼と期待を集めている。その黒騎士がこのシンジュクに来ている?
『彼にはこちらの通信コードを伝えてある。カレンは黒騎士と協力してなんとしても生き延びるんだ!!』
「わ、わかった――――っ!?」
咄嗟に操縦桿を引き倒し、機体を横に滑らせる。直後、元居た空間を数条の光跡が通り過ぎた。
カレンはコックピットのサイドスクリーンを確認すると、いつの間にか7機のサザーランドが周囲に展開しており、しかも既に包囲陣形を敷いてカレンに狙いをつけていた。
「しまった!」
先程盛大に暴れたため、カレンのグラスゴーは直ぐに上空のヘリによってマークされ、その情報は直近のサザーランドに直ちに伝えられた。
そしてカレンが扇と連絡を取っていた僅かの時間に彼等は陣形を敷き、グラスゴーを包囲したのだ。この速度は流石にブリタニア正規軍と言うべきであろう。寧ろ、戦場のど真ん中で連絡をしていたカレンが迂闊すぎた、というのもあるが。
『ふん、こそこそと鼠のように逃げ回りおって……だがこれで終わりだな、イレブン』
わざわざ外部スピーカーをONにして講釈を垂れるサザーランド。
しかし言っている事は事実であり、全周囲を敵に囲まれた状況では最早詰みと言っていい。
「だからといって、このままやられたりするもんかっ……!」
最早生きて帰ることは叶わない。眼前に突き付けられた死の予感に絶望と恐怖を感じるが、せめて一体でも多くのサザーランドを道連れにしようという気迫でその感情を塗りつぶす。しかし足場の上から見下ろすサザーランドの部隊長はそれを嘲笑うかのように声を上げ、無慈悲に命令を下す。
『死ね、脆弱なイレブンが……撃――――』
だが部隊長の言葉はそれ以上続かなかった。
コックピットブロックに銃弾が飛来し、それは装甲を貫き呆気なく彼の命を奪ったのだ。
指揮官を失い動揺する他のサザーランド達だが、すぐさまファクトスフィアを展開し索敵を行う。
反応は直ぐに返ってきた。
コックピットのレーダーには自分達が囲っているグラスゴーのすぐ傍に強い光点が輝いている。
だが見下ろす視界の先には赤いグラスゴーの姿しかなく、赤外線センサーで見ても地中に隠れている様子は無い。つまりは――――
「上かっ!」
そう確信して上を見上げる数機のサザーランド。しかし彼らの回答には鉛の銃弾で応えられた。
上空から飛来した弾丸はあっという間に三機のサザーランドを撃ち抜き沈黙させた。しかし残ったサザーランドは落下して来る機影をファクトスフィアで捕らえており、素早くその影をレティクルの中心で捕らえる。
「馬鹿め、上空では方向転換できまい!」
落下進路・落下予測地点をコンピュータが計算し、FCSが目標を補足――――ロック完了。
「死ねっ!!」
数機のサザーランドのライフルから一斉に放たれる銃弾。
それらはFCSが弾き出した予測のままに目標目掛けて飛んでいくが、命中する直前に敵の姿は予測とは大きく違う位置にいた。
「なにっ!?」
全身に施されたスラスターの噴射による変則機動により、まるで空中で舞うように弾丸を回避する黒い影。
そして更に着地の数秒の間にライフルを斉射して二機のサザーランドを沈黙させ、残った一機は落下の勢いそのままに持ちかえたナイフで一刀両断した。
二つに別れたサザーランドの残骸が倒れ、カレンは姿を現した黒い影に目を見張った。
大きさは通常のナイトメアよりかなりに大きく、全高は6メートルほどだろうか。
角ばったブリタニアのナイトメアよりも、装甲の各所には流線型が多く用いられ、外観だけならその大きさに反して細めの機体に見えないこともない。だが全身漆黒のカラーリングと頭部から覗く二つの鋭い赤いカメラアイがそのイメージを覆させ、見る者を畏怖させるほどの威圧感を醸し出している。見た所確認できる武装は、先程多くのサザーランドを沈黙させたライフルと、ナイトメアを両断した大振りのナイフの二つだけだ。昨今のナイトメアには標準装備されているハーケンの類が見当たらないが、どこかに格納しているのだろうか?
『そこの赤いグラスゴーのパイロット、お前はレジスタンスの人間か?』
「は、はいっ!」
突如話しかけられ、思わず敬語で返答するカレン。
そしてカレンは逆に自分を助けてくれた正体不明のナイトメアに対しておずおずと質問する。
「あ、あの……あなたはもしかして噂の『黒騎士』なのですか?」
『――――噂が何を指してるのかは知らんがその通りだ……時間が惜しい、まだエナジーは残っているか?』
「は、はい! あと1時間ほどです!」
『……心許ないが贅沢はいってられんか。一緒に来い、一般人の避難を援護するぞ』
「はいっ!」
自分では到底打破できそうにない状況をたった一機で覆したこの人についていけば、みんな助かるかもしれない。カレンはそんな期待を胸に黒い機体にグラスゴーを追従させた。
一方アキトの方はと言えば、未だ状況が厳しくしかも困難な事に変わりないことを理解していた。
こちらの機動兵器は二機。対して相手は未だ50機近く残っている上に、その後ろにはまだ多くの控えが残っている。『元の世界』での戦闘に比べればその程度の数など問題にもならないのだが、今回の作戦は敵の殲滅ではなくゲットー住人の安全の確保だ。闇雲に敵を倒しても次々と増援を寄越されれば守りきれるはずもなく、加えて広い戦場では各地に散らばった避難民を保護するのにも一苦労だ。
それにアキトが乗っている機体自身、そこまで強力なものではない。
――――エステバリス・ユグドラシルドライブ搭載型
ユーチャリスに保管してあった予備の陸戦型エステバリスを、この世界の動力に対応させた云わば実験機である。
重力波ビームに頼ることなく長時間の行動こそ可能にしたが、戦闘能力については大きく変化しておらず、寧ろ全く異なる技術アプローチの機体と動力を組合わせたため、総合的に見ると低下していたりする。
(ラピスにナビゲートを頼もうにも、クラブハウスにあるマシンだけじゃこの機体のサポートが精一杯な上、オモイカネはまだ使えない――――これじゃあどれだけ被害が出ることやら)
敵の猛攻の最中、たった二機だけでのゲットー住民を守り避難させる。
それがどれだけ困難を伴った任務なのか、正しく認識しているアキトだった。
だが彼等のすぐ傍で、その困難な状況をひっくり返す力を持った人間がこの戦場に、しかも彼等のすぐ傍にいることは、未だ知る由もなかった。
※オリジナル兵器説明
『サザーランド・オーガー』
日本との戦争で、吸着地雷によって多くのナイトメアを失ったブリタニアが、既存のナイトメアに追加装甲を施した機体。
地雷を直接踏んでも機動力を失う事なく、戦車砲の直撃にも耐えられるほどの装甲と高い火力を持つが、機動力・近接戦闘能力はサザーランドより低下している。
武装――胸部30mmチェーンガン
肩部6連装ミサイルポッド×2
腕部120mmキャノン砲
スラッシュハーケン×2