コードギアス 共犯のアキト
第十三話「届かない力」
ブリタニア政庁のすぐ傍にある、特派の技術格納庫。
その格納庫内で、白亜の体躯を晒すランスロットを調整するロイドとセシルの姿があった。
「知ってる? セシル君、コーネリア殿下の着任のお・は・な・し」
「なんでも歓迎式典を中止させて、式典の関係者にゼロを早く見つけろと一喝したそうですね」
「まぁ仕事熱心なのはいいけどさ、むやみやたらにはりきるのもどうかと思うけどね、ぼかぁ」
「……それって暗にあの人達の事を言ってます?」
チラと目を下の方に向けると、ナイトメアの模擬シミュレータから出てきた二人の青年が大きな声で言い争いをしていた。
「ええい、もう一度だ枢木スザク! もう一度我らと勝負しろ!!」
「ジェレミア卿、何度も言いますがランスロットとサザーランドでは機体スペック差がありすぎますから……」
「だからと言ってこのままおめおめと引き下がれるかっ! キューエル! お前からも何とか言えっ!!」
「いいかげんにしろジェレミア。第一我ら3人が束になってかかっても勝てなかったのだ。今更お前一人でどうにかなるわけでもないだろう!」
先程戦闘シミュレータで模擬戦を行ったジェレミアとスザクが口論をしている。尤もジェレミアが一方的にスザクに詰め寄っているだけで、口論とは言い難いが。
何故こんなことになっているのかというと、原因は模擬戦の結果のためだ。内容はスザクのランスロットとジェレミアのサザーランドの直接対決で、結果は勿論スザクの圧勝。ジェレミアも善戦したものの、流石に2世代差のスペックは如何ともし難く、開始3分で撃墜されてしまった。寧ろサザーランドでランスロット相手に3分持ったことを褒めるべきかもしれない。尤も、それをジェレミアに言ったところで彼の気が済むとは思えないが。
「全く、主な軍人はほとんど中部に出払っていると言うのに、我らはこんな所で燻るしかないとは……」
「仕方ありません、キューエル卿。我らはユーフェミア姫殿下直下の護衛部隊。姫殿下が政庁におられる現状で我らが離れるわけにもいきません」
現在政庁の主な部隊は、中部地方最大の抵抗勢力「サムライの血」を殲滅するために出払っており、残っているのは政庁を守る守備隊に特派などの予備部隊だけだ。
コーネリアは積極的にエリア11の抵抗勢力を潰して周っているため、クロヴィスが総督だった頃以上に軍の動きが活発している。そんな中で自分達だけ何もすることが無いのは歯痒くて仕方が無いのだろう。
「その通りだヴィレッタ! 今の我々は姫殿下の御身を守ることこそが至上の命! 純血派にとってこれ以上の栄誉はあるまい!!」
しかしそんな状況も、皇室の御身を守る任務を第一に考えるジェレミアにとっては些細なこと。今は姫殿下を守れる力を身に着けるべきだと力説し、キューエルに詰め寄るのだった。
そんなジェレミアの様子を見て無理もないとヴィレッタは思った。あのゼロの事件の少し後、ヴィレッタはジェレミアと二人で飲みに行って、その時にジェレミアの過去の話を少しだけ聞いたことがある。なんでもジェレミアは、あの閃光のマリアンヌの警護に一度だけ就いていたことがあったらしく、そのたった一回が例のマリアンヌ暗殺事件の起こった当日だったそうだ。しかも犯人と思われる人間は顔見知りであり、あの日あの時に奴を止められなかったことを今でも後悔していると洩らしていた。
そんな彼が再び皇室を守ることができるのだから、その感動はひとしおだろう。だがヴィレッタはその栄誉だけで満足することはできなかった。
(爵位を得るにはこれだけでは駄目だ……)
今のヴィレッタの位はナイトメアのパイロットである騎士候。しかしこれは貴族の位としては最低位のものだ。
爵位を得るためには更なる功績が必要不可欠だが、戦場に出られない身では武功を立てるのは難しい。ならば他の手段で功績を挙げるしかない。例えばそう――ゼロの正体を暴く事。
(ゼロの正体については雲を掴むような話だが――記憶を奪われた事が妙に気になる)
シンジュクゲットーでヴィレッタはいつのまにかナイトメアを奪われ、その時の記憶はスッポリと抜けていた。
突発的な記憶喪失など聞いたことが無いものの、その時は自分だけでなくナイトメア輸送列車の運転手や、G−1ベースを守っていた軍人、そして既に本国送りになったバトレー将軍ら参謀の人間達も似たような証言をしている。
突拍子も無い想像だが、もしかするとゼロは人の記憶を操ることができるのではないか。
(となるとあの学生服の少年が鍵か……)
記憶を失う僅か前に残っているモニター越しの映像。たしかそれにはどこかの学園の制服を着た黒髪の青年が映っていたはずだ。
手がかりは僅かしかないが、更なる栄誉を得るためにヴィレッタはジェレミアやキューエルらにも秘密にして、一人静かに決意するのだった。
「ねぇ、ラピスちゃん。最近ルルってなんだかおかしくない?」
「おかしいって?」
「なんか上手くは言えないんだけど……」
生徒会室で資料の整理をしているシャーリーが、端末に向かって作業をしているラピスにもじもじとしながら質問をする。部屋の隅で同じく端末に集中しているニーナは静かにそれに聞き耳を立てている。しかしラピスは作業に夢中になっているのかその返事はおざなりだ。
「何か隠してるっていうか……ちょっと前からいつも以上に秘密主義になってる感じがするの」
ピタと手を止め、ラピスはシャーリーに気付かれないように視線を向ける。勿論ラピスはルルーシュの変調の原因を知っているが、それに関して生徒会の人間に知られるわけにはいかない。
「つまりは何が言いたいの?」
「やっぱり……やっぱりさ」
ラピスはシャーリーに気付かれないように端末のとあるプログラムを起動する。すると生徒会室の天井隅から注射針を備えた小型射出機が現れた。強力な麻酔を注入した麻酔針だ。それと同時にラピスが操る端末の画面に、シャーリーの後ろ姿と赤いロックオンマーカーが表示される。更には何故かニーナの首筋までロックオンするラピス。
微妙に緊張感の漂う部屋の中で、シャーリーが意を決したように言葉を発した。
「やっぱりルルってカレンさんと付き合っているのかな!?」
そこんとこどう思うラピスちゃん! と真剣な顔で詰め寄るシャーリー。
ラピスはシャーリーの話の内容に当たりをつけると静かにプログラムの停止を実行し、誰にも聞こえないように舌打ちをした。その時、何故かニーナは得も知れぬ悪寒に襲われたらしいが、それはともかく。
「何か心当たりでもあるの?」
「だってルルってば、なんかカレンさんだけには他の子以上に丁寧に接してるし、この前も二人で秘密のお話をしてたんだよ!?」
(そりゃあカレンはルルの裏の顔と付き合ってるレジスタンスだし、慎重に対応するのも当然だよね)
勿論そんなことを正直に言う必要は無いのだが、ラピスは当たり障りの無い事を言うのもつまらないと考え、以前クラブハウスを訪れた緑髪の少女の姿を思い浮かべて、心の中でにんまりと笑顔を浮かべた。
「カレンさんと付き合ってるかは知らないけど、ルルーシュが運命を共にした女の人と出会ってるっていうのを聞いたことがあるよ」
「嘘!? ラピスちゃん、なにそれ私聞いてない!!」
「私はルルがそう言っているのを聞いただけだから、直接聞いてみれば?」
そう言うと途端に狼狽え、いやでもそれは……等と小さく呟くシャーリー。何かスイッチでも入ったのか、頭を抱え込み一人で悶々とし始める。これで暫くは静かになるとラピスは改めて端末に向き直った。
すると今度はニーナが顔を端末に向けたまま、ラピスに質問をした。
「ラピスちゃん、生徒会のお仕事は終わったんでしょ。何してるの?」
「戦略シミュレーションゲーム。最近ルルーシュが妙に張り切りだしたから、懲らしめてやろうと思ってね」
「……ほどほどにね」
そうするとニーナは自分の仕事に集中しだしたのかそれ以降は質問を発することはなく、生徒会室は二人のキーを叩く音だけが支配される。
この時ラピスが見つめる画面には、戦車やナイトメアを含む軍勢を示すマーカーに包囲され、今にも陥落しそうな要塞の見取り図が表示されていた。それはつい先日行われた、コーネリアが実行したばかりの中部エリア殲滅戦の一部始終だった。
『まだ正式な発表はされていないが、あのコーネリアに「サムライの血」が殲滅されたらしい。中部最大の抵抗勢力だったのに……』
「あせるな、今はまだ動くべき時ではない」
『だけどゼロ、このままじゃあ――』
「とにかく、以後はこちらから連絡する」
クラブハウスの自室でルルーシュはそう言って携帯電話を切り、溜息をついた。
かかってきた電話の相手は、以前協力を頼んだ紅月グループのリーダーである扇要だった。内容は先日行われた中部エリア殲滅戦についてで、どうやらコーネリアが積極的にレジスタンス殲滅に乗り出したことに不安を感じたらしい。
(全く、これしきの事で動揺してどうする……)
直接会ったときにも感じたが、あの扇と言う男はどうもリーダーといえる器ではない。慎重と言えば聞こえはいいが、普段の言動からはどうにも優柔不断さが目に付いて仕方が無い。他のメンバーも、前紅月リーダーの紅月ナオトから任された男だからと言う理由で従っている様なそぶりだった。それでも彼の人徳の高さからか、メンバーからは扇に対して目立った不満は感じられなかったが。
それにしても一組織を預かる男としてはどうにも頼りない。
(だが規模は小さいとはいえ、俺が保有するアキト意外の戦力は紅月グループのみ。カレンの力量も一流のパイロットに匹敵する上、今後他のゲットーと渡りをつけるためにも、奴らとの繋がりは残しておくべきか)
シンジュクゲットー殲滅戦で発生した難民の受け入れは彼らを通じて行われたものだ。今後似たような事が起こり得る可能性がある以上、彼らの協力は必要不可欠。華々しいデビューを飾ったとはいえ、ゼロはレジスタンスの間では新参者な上、顔を見せていない以上他のレジスタンスからの信頼を得るのは中々に難しい。横の繋がりをなにより重視する日本人を相手するには、彼らとの繋がりは残しておいた方が懸命だと考えている。
「随分と頼りにされているじゃないか、ゼロ様は」
「だからと言って、ゼロ個人の力に頼りきりになるようでは困るのだがな」
そんなものか、とルルーシュの答えにC.C.は投げやりに返事をする。
アキトと二人がかりでの尋問が終わった後、C.C.は腹いせとばかりに大量のピザを平らげたかと思うと、今度は断りも無しにクラブハウスに勝手に住み着いてしまった。最初は追い出そうとも思ったが、親衛隊が血眼になって捜索していた件や、V.V.という正体の分からない敵が目を光らせてるとも限らない上、彼女の口から此処の場所が漏れないとも限らないので、仕方なしに彼女が住むのを許すことになったのである。
尋問前のやり取りが余程腹に据えたのか、C.C.はアキトにやれピザを注文しろ、やれピザを作れ等と我儘を言っていたが、それ以外は比較的大人しく過ごしている。
今は大きめのワイシャツを羽織り、男性陣の眼を気にする素振りすら見せずに太腿を惜し気も無く晒しており、ルルーシュのベッドに腰掛けてピザをパクついている。
だらしないC.C.の様子に溜息をつきながらも、彼女が脱ぎ散らかした服を片付けるルルーシュ。
そこに執事服を着たアキトが静かに部屋に入ってきて、脱ぎ散らかされた衣服とC.C.の様子に眉を顰め、ルルーシュがそれを片付けているのを目にするとあきれたような声を出した。
「ルルーシュ様……そのままにしておけば私がやりますのに」
「性分だ、気にするな……所で中部の様子はどうだった」
「ほぼブリタニア軍の圧勝と言っていいでしょう……詳細はラピスがまとめたデータをご覧下さい」
手元から取り出した端末を操作してアキトが指定したフォルダをクリックし、動画ファイルを映し出す。
まず現れたのは要塞化した小高い山に戦車砲による攻撃を仕掛けるブリタニア軍の様子だった。高性能なブリタニアの戦車は、要塞各所の速射砲を的確に撃破し次々とその数を減らしていく。だがレジスタンス達も思った以上に奮闘し、ブリタニア側の戦車を撃破している。
暫し情勢が拮抗するが、それが崩れたのは攻撃開始から10分後の事だ。要塞の裏手――つまりは小山の頂から紫色のカラーリングのナイトメアが姿を現した。
左右に大きく飛び出た角と皇室の紋章から、それがコーネリアの搭乗するグロースターと分かる。左手にはアサルトライフル、右手には金色のランスを握りしめ、急斜面を猛スピードで滑り下りながら左右の武器とハーケンを駆使して次々と速射砲を撃破していく。
要塞にあった速射砲をあらかた掃討すると、グロースターは要塞に備え付けられた線路を辿って更に奥へと侵入する。内部の様子は流石に映し出せなかったが、別のウインドウで要塞内部の立体マップとサーモレーダーによって、大凡の様子は把握できる。要塞内部に侵入したグロースターはその力を大いに発揮すると、僅か10分足らずで要塞を制圧してしまった。
「親衛隊も連れずに単独で施設を制圧するとは、ブリタニアの魔女は伊達ではないな……生き残りはいるのか?」
「いえ、施設にいた人間のほとんどが戦死し、戦闘後に生き残った兵士達も全員が殺されたようです」
ブリタニアではテロリストの扱いは例外なく死罪が決まっている。
施設が制圧された後、投稿した兵士達も大勢いたようだが、皆その場で銃殺され文字通り全滅したということだ。
「アキト、コーネリアをどう見る」
「指揮官としても戦士としても一流と言っていいでしょう。それを支える兵も皆強者揃い――クロヴィスよりも手強い事は間違いないかと」
コーネリアは元より、騎士のギルフォードにダールトン将軍。そしてその下には彼等が直々に選んだ熟練の騎士達が控えており、並の軍では太刀打ちできないほどの実力派揃いだ。今のエリア11で彼等と正面きって戦える勢力はこのエリア中のどこを探しても見当たらないだろう。
だがいつかは戦わなければならない相手だ。そう遠くない未来に彼女と渡り合うために、今自分がどれだけの力を持っているのか確かめる必要がある。
「……例の物の具合はどうだ?」
「試作品は既に完成しています。後は実戦テストを残すのみとなります」
その言葉を聞いてほくそ笑むルルーシュ。C.C.はそんな彼の様子を見て訝しげな表情をする。
「ルルーシュ、お前は一体何をするつもりなんだ?」
「俺が戦場に出る為に必須な道具の一つだ。詳しい事は今度の戦闘で証明してやる」
「……お前自ら戦場に出るつもりか?」
「無茶はしないさ、引き際くらいは心得ている」
そう言って鋭い眼差しのまま笑みを浮かべるルルーシュ。
たった一人……いや、アキトを含めた二人でコーネリアを相手にするという暴挙に対し、C.C.は止めようかとも思ったが、ルルーシュの瞳の奥にある感情を読み取ると口を開くことを思い留まった。
其処にあったのは、かつて同じようにギアスを手に入れた人間が浮かべた愉悦や慢心などではなく、確固たる自信に充ちあふれた表情だった。
「空挺部隊の展開準備完了」
「第二ナイトメア中隊も間もなく配置につきます」
「関係者の洗い出しはどうなっている」
「第三偵察中隊が十分ほど前に現地住人と接触して行っています。もう間もなくかと」
G−1ベースの指令室で絶え間なく情報が飛び交い、将軍のダールトンや参謀らがそれらを纏め適切な指示を次々と出していく。彼等の後ろに控え玉座に座するコーネリアも時折口を挟みながら軍の布陣は滞りなく無く行われ、「サイタマゲットー包囲作戦」の準備は完了した。
「しかし中部の戦闘から僅か二週間……些か性急過ぎませんか?」
「フッ、あの程度の戦闘で疲労を残すほど私は柔ではいぞ。無論それは私の兵にしても同じことが言えるがな」
不敵に笑うコーネリアの横でギルフォオードは主に気付かれぬ様、小さく溜息をついた。
皇女殿下自らが最前線に出向いて戦場を駆けるのはいつものことだが、このエリア11に来てからの彼女の奮戦ぶりは今まで以上に目を見張るものがある。以前なら敵地への単機突入などは戦術上・戦略上での効率の観点で必要な場合のみにしか行われなかったが、このエリアに来てからはほとんどの作戦で自らが率先して行われてきている。先の作戦会議で、今回の戦闘で彼女は参加せず指揮官としての役割を全うしてもらう事になっているが、それでも主の精力さには目を見張るものがある。
何が殿下をそこまで戦に駆り立てるのかは朧気ながら理解しているが、それでも殿下一人に任せきりと言うわけにもいかない。ギルフォードは己の威信をかけてこのエリアを制圧して見せようと意気込むのだった。
「作戦開始!」
コーネリアの号令と共に一斉に軍が動き出す。
装甲車が歩兵を伴い進軍し、ナイトメアは隊列を組んで突撃を行い、上空では攻撃ヘリが偵察を行いながら地上へと銃撃を加えていく。
レジスタンスはそれに懸命に抗いなんとか非戦闘員も逃がそうとするが、容赦無いブリタニア軍は的確に、そして無慈悲に攻撃を行っていく。相手が女子供だろうと関係ない。ブリタニア兵士は次々と人々を殺していき徐々にサイタマゲットーの包囲網を狭めていく。
その様子を崩れたビルの一角から冷静に眺める兵士の姿が一つ――
(やはり同じだ……クロヴィスがコーネリアになってもブリタニアは変わらない)
一般兵士の兵装を身に纏ったルルーシュは瓦礫の上で戦場を観察し、彼等の行為をその眼に焼きつけていく。眼下では以前のシンジュクゲットーでも行われた虐殺に近い一方的な殺戮。
これを止めることができるのは、少なくともゼロである自分しかいない。
(第一の目標は住民の脱出と避難、第二に例のモノのテスト、第三にブリタニア軍の撃破とコーネリアの身柄の確保……第二以外はシンジュクとほぼ同じ条件か)
しかもご丁寧に彼女は新宿と同じような舞台までも整えてくれた。ブリタニア軍に対する優先順位が低いのは、それ以上に大事な人命を優先する事と今後の展望を考えての事だ。この戦いで勝つにしろ負けるにしろ(無論負けるつもりは更々ないが)、『アレ』のテストは早く済ませる事に越したことは無い。それにサイタマゲットーの住民を見殺しにするのも寝覚めが悪い。
条件も手持ちの駒も以前とほぼ同じ。用意された盤上に乗るのは気が進まないが、自身の力がどれだけ姉上に――ブリタニアに通用するのか改めて確かめる必要がある。
そう思考の海に入りこむルルーシュの元へ、兵士がたった一人でいるのを不審に思ったサザーランドの一機が近寄ってきた。
『其処のお前、どこの所属だ。部隊名とIDを示せ』
策とやる事は決まった。ならば後は行動するのみだ。
質問する兵士に対して、行動を開始するためルルーシュは左目の『力』を解放するのだった。
「第四偵察中隊、通信途絶!」
「D−4、E−5地区に敵ナイトメア出現……ポッテル卿の部隊が包囲されています!」
「上空のヘリ部隊はどうした!」
「駄目です! ほとんどの機体がLOSTしています!!」
「シンジュクの時と同じだ」
「現れたのか、ゼロが……」
作戦開始から30分後。順調に進んでいた攻略作戦は、突如として舞い込んだ被害報告を皮切りに躓き始めた。
次々と司令部にもたらされる被害報告に右往左往する参謀達。損害は拡大の一途をたどり、ゲットーを覆った包囲網が徐々に下がっていき、確実にブリタニア軍の情勢は悪化している。
しかしコーネリアはそんな状況にも関わらず、冷徹な瞳で戦場を見つめていた。
「P2、P3は右前方の装甲車を撃破した後西へ転身。R1は十秒後に前方を横切るナイトメアを攻撃。Nグループはそのまま前進しろ」
戦場を見渡せる位置にサザーランドを鎮座させ、ルルーシュはレーダーの識別信号と敵・味方の通信、そして自らの知略を駆使して次々とブリタニア軍を蹴散らしていく。レジスタンス達も今の所ゼロの指示には素直に従い動いてくれているため、順調に敵を撃破していき、徐々に包囲網を押し返し始めている。
今の所作戦はルルーシュの思い描いたプラン以上に上手くいっている。現地のレジスタンスはシンジュクでのゼロの活躍を知っているおかげか、進んで協力するため今の所は特に問題ない。アキトからも避難民の誘導があらかた終わった旨の連絡を受けており、今頃は脱出経路への移動が始まっているだろう。
しかしルルーシュはあまりにも順調に進んでいく情勢に僅かな違和感を感じていた。
(妙だ……ブリタニアのナイトメアの小隊にオーガーの姿が一つも無い)
此処最近の抵抗活動の活発化により、オーガーの存在はこれまで以上に不可欠なものとなっており、最近ではその打撃力・防御力を積極的に用いて抵抗活動の戦意を早い段階で挫く手法が主となっている。だというのに、これまでオーガーの撃破報告はおろか、目撃報告すら入ってこない。
(戦力を温存している? いや、姉上の性格からしてそれはない)
コーネリアなら戦力の逐次投入などの愚は犯さず、持っている戦力を一気に投入して、風の如き速さでこのゲットーを制圧するだろう。それにオーガーはナイトメアの天敵である吸着地雷を一掃する役目も持っている。サザーランドも大通りを通る事はせず、慎重にレーダーを使いながら進軍しているがオーガーを使えばそんなことをする必要は無い。
(予備戦力? だとしても過剰すぎる。寧ろそれを積極的に使う方が余程効率がいい)
いくつかの案が即座に浮かび上がるが、どれも確たる証拠が無い。それにまずは目先の敵をなんとかする方が先決だ。今も押しているとはいえ、レジスタンスだけで敵部隊をを押し返すのに精一杯なのだ。
そしてルルーシュは敵の増援を警戒しながらレジスタンス達へと指示を飛ばし、少しずつブリタニア軍を押し返していく。
「よし、P5。橋を爆破しろ」
そして、レジスタンスにあらかじめ橋の下に設置してあった爆薬を起動するよう指示を出し、指揮車を含んだ1個中隊をまとめて川に沈めたことで、敵の侵攻ルートを絶ち、ブリタニア軍の一角を切り崩すことに成功した。
「これまでだな……全軍に退却命令を出せ」
「殿下!?」
「恐れながら、まだ戦えます!」
G−1ベースで事の成り行きを見守っていたコーネリアの命令に、動揺する参謀達。
確かに航空戦力はほぼ全滅したとはいえ、ナイトメアだけでなくそれ以外の戦力もまだまだ温存している上、予備戦力も十分にある。テロリスト無勢に一方的にやられたまま、おめおめ引き下がることになれば皇女殿下からの印象が悪くなると言う利己的な考えがあることも否定できないが、残った戦力でも十分に対応できると参謀達は踏んでいた。しかし――
「私は下がれと言ったのだ」
有無を言わさぬコーネリアの言葉に顔を青褪めさせ、参謀達は慌てて軍に退却を指示していく。
テロリスト相手に一方的な退却。これまで連戦連勝のブリタニア軍からすれば屈辱の一言では済みそうもない惨めな敗走だ。
だがコーネリアとてこのままただで引き下がるつもりは毛頭無かった。
「ダールトン、今までの攻撃から奴等の位置を割り出せるか?」
「既にいくつかの目星はつけてあります。これにゲットーの地図を照らし合わせてテロリストのナイトメアが潜んでいるおおよその位置を割り出し中です」
ダールトンの言葉に頷き、再び正面に目をやるコーネリア。
ゲットー全体を映し出す巨大スクリーンでは、味方を示す光点がちょうど指示したエリアまで後退し終えた所だった。
それを見届けて、コーネリアの口元が妖しく吊り上る。
(さぁ、ゼロ……第二ラウンドの始まりだ)
『見ろよ! ブリキの奴らが逃げていくぜ!!』
『流石はゼロだ。ブリタニア軍なんてなんともないぜ!』
突如襲ってきたブリタニア軍に包囲され、何もできぬままゲットーの奥へと追い詰められていた数十分前とは打って変わり、ゼロの指示によって逆にブリタニア軍を追い返すことに成功したレジスタンス達の気分はいつになく高揚していた。
『ゼロ! 追撃しないのか!? 今なら後ろから好きなだけ撃てるぞ!!』
「いや、深追いは危険だ。追い返したとはいえ、まだ包囲網は崩れていないのだからな」
レジスタンスのリーダーらしき男からの通信によりルルーシュは眉を顰めた。
気持ちは分からないでもないが、こうも簡単に乗せられるような男がリーダーでは組織としての質はそう高いものではないだろう。紅月グループと違って彼らとの接触はこれきりにしたほうがいいだろう、とルルーシュは彼の知らないうちに見切りをつけた。
(それはともかくとして、思った以上に早く引いたな)
コーネリアのことだから、クロヴィスのようにズルズルと戦いを引き延ばさず様な愚はせずに、適当なところで部隊を下がらせるだろうとは思ったが、それが予想以上に早い。ルルーシュの予測ではあと一つ二つほどのポイントを抑えるために動くだろうとは思い、ナイトメアを潜ませていたのだが……
(まるで、あらかじめ引くのが決められていたように――っまさか!?)
「全機、各ポイントから即座に離脱しろ!! 頑丈な建物の影に逃げ込むんだ、急げっ!!」
レジスタンスとの通信用に使用しているトランシーバーに向かってそう叫ぶと、ルルーシュは自らのナイトメアをすぐ傍の大きな建物の影へと機体を滑り込ませた。
『はぁ? 何を言って――』
トランシーバーから先程の男の間抜けな返答が返って来たが、すぐにそれは直後起こった爆発の音に遮られてしまった。
事はほんの数十秒前に遡る。
前線のナイトメア部隊を急いで下がらせ、それに入れ替わるように前に出てきたのは、シンジュクゲットーでもその力を見せ付けたサザーランド・オーガー。
そのオーガーがゲットー内部をぐるりと囲むように配置され、黒光りする凶悪な砲とミサイルポッドを開いた。
「オーガー隊、配置完了」
「敵の予測潜伏ポイントは?」
「既に割り出しを完了し、各機に送信済みです」
参謀達の言葉通り、正面のモニターには敵が潜んでいると思われるエリアが表示され赤く塗りつぶされており、オーガー達もその地点を攻撃するように機体を配置させてある。
そして全ての準備が完了したのを確認し、コーネリアが冷徹に指示を下した。
「撃て」
その命令が下されると同時に、各オーガーの肩のポッドからミサイルが白煙を引きながら飛翔し、腹に響くような重低音を響かせて榴弾砲がゲットーへと放たれていく。
総数にして30機のオーガーから発射された爆撃用のミサイルと榴弾はゲットーを文字通り煉獄の地獄と化した。倒壊したビルで敵が来るのを待ち構えていたレジスタンスのナイトメアは瓦礫に押し潰されるか炎に捲かれ、建物の影に潜んでいたナイトメアはミサイルか榴弾の爆発に巻き込まれて、鋼鉄の四肢をバラバラにした。
ナイトメアに乗っていない他のレジスタンス達にいたってはもっと悲惨だ。生身のまま炎に焼かれ、僅かなビルの破片を頭に受けて脳漿を撒き散らし、逃げ場の無い地下で崩れた天井に押し潰されてしまった。
時間にして3分にも満たない時間の爆撃。しかしそのたった3分でゲットー内のレジスタンス達の戦力は壊滅的な被害を被ってしまった。
「くっ……ようやく収まったか。各機、生き残ってるものはPナンバーから順に番号を言え!」
とりわけ頑丈なビルの傍に避難していたルルーシュでも先程の爆撃は相当に熾烈なものだった。当初からオーガーの戦力投入を考慮していた故に選んだ立地条件だったため難を逃れたが、もしそうでなければと思うとゾッとする。
それはともかく、まずは生き残った戦力を把握しなければならない。もっともあれだけの爆撃でどれだけ生き残っているか……。
『こ、こちらP3、無事だ……僚機はビルに押し潰されちまった』
『N5、なんとか生き残ったが、目の前でダチが……ちくしょうちくしょう……』
その後も数機ほどからの生還報告がポツポツと入ってくる。
思った以上に生き残りが多いことに安堵するも、同時にこの戦力で巻き返しを計ることはおろか、立て直すことも不可能だと判断した。
『予備』についてもほとんどが失われているため、手の打ちようがない。
(ここまでだな……)
「――全機、各自の判断で前もって指示したルートを使って退却せよ」
『退却ったって、こうも爆撃されたんじゃどこに逃げればいいか分かるわk――うわああぁぁぁっっ!!』
「っ!? P3,どうした!!」
『し、親衛隊!? どうしてここが――』
そうして一機の撃墜を皮切りに、生き残った機体が次々と親衛隊の手により落とされていく様子がルルーシュの元へと入ってくる。
先程の爆撃から、今の攻勢までの移行への時間は極僅か。その早さは、やはりあらかじめこちらの潜伏先を割り出していたとしか思えない。
作戦開始直後の攻勢はあくまでこちらの手の内と位置を探るための手調べだったのだろう。ある程度の位置さえ分かれば、広域爆撃を駆使して戦力を削った後、即座に予測したポイントに戦力を向ければ攻撃が終わったと安心して顔を出したレジスタンス達を難なく狩ることができると言う寸法だ。
そうこう考えている内にしてまた一機撃墜され、トランシーバー越しに断末魔が飛び込んでくる。もはや大勢は決したも同然だ。
(だが、むざむざ引き下がれん……ならばこいつで一泡吹かせてやろう)
そうしてルルーシュはコックピットに取り付けたある装置へと手を伸ばし、『それ』を起動させた。
直後コックピットにヒィィィと小さくも甲高い音が鳴り響き、仄かに明るい虹色の光がコックピットを照らし始めた。
廃墟と化したゲットーを駆け、今またテロリストのナイトメアをギルフォードのグロースターが串刺しにした。
「フム、あらかた片付いたか」
先の爆撃が終わった直後、コーネリア殿下の命により配下を伴って生き残ったテロリスト達を殲滅し、先程のナイトメアで5機は仕留めた事になる。あれだけの爆撃でそうそう生き残りがいるとも思われず、他のエリアを回った部隊からも既に制圧完了の報が届いている。
残るはこの先の1エリアのみだ。
『ギルフォード卿、正面11時の方向にサザーランド1機です』
僚機である配下の言葉を聞き、11時の方へと機体を向けると確かにそこに1機だけいるサザーランド。
しかしこうして肉眼で視認できる位置にいるにも関わらず、相手は何のアクションも取らず直立に立っているだけだ。
「たった1機で出てくるとは……サムライ、というやつか?」
『トッコウの間違いでは?』
『何にしても所詮はイレブンです。直ぐにあの世へと送って見せましょう』
わざわざ1機で向かってきた相手を嘲りながら、配下のサザーランドがランドスピナーを唸らせ疾駆する。
銃を使わず、ランスで相手をする辺りがせめてもの礼儀だろうか。しかし自身を貫くランスが間近に迫っているというのに、未だ動く気配が無いサザーランド。
もしや無人かとも思われたが、レーダーに感知はしているため動力に火が入っていることは間違いない。
奇妙な敵のナイトメアにギルフォードは何か嫌な予感がして、向かっていくグロースターに声をかけた。
「待て、何かおかしい――」
気をつけろ、と言葉を続けようとしたギルフォードだが直後目の前で起こった出来事に驚愕し、その言葉が口に出ることは無かった。
サザーランドは自らを貫かんとする巨大なランスを右腕で弾き、それに加えて僅かな足捌きによって刺突を回避すると、展開していたスタントンファをグロースターの顔面にカウンター気味に突き立てるようにして叩きつけたのだ。
全速で突っ込んだグロースターは、その潰された顔面を軸に機体を回転させ、逆様になって地面に叩きつけられてしまった。コックピットブロックは無残に潰れており、あれでは中の人間は即死だろう。
しかし油断していたとはいえ、親衛隊はコーネリア殿下が直々に召し上げた凄腕の騎士達の集まりだ。それをたった一撃で倒すとは只者ではない。考えられるのは噂の黒騎士だが奴は自前のナイトメアを持っている。
(……ということは、もしやコイツがゼロか!?)
腕の立つイレブンがそう何人もいるとは思えない。
ましてやナイトメアはブリタニアでも未だ新しい兵器だ。植民地化したこのエリア11でナイトメアの騎乗経験がある人間は、まともに考えれば育つはずがない。
ゼロがイレブンなのかそうでないかはともかくとしても、目の前のサザーランドを操縦しているのがゼロと言う可能性は極めて高い。
「ならば貴様の力を見せてもらおう!」
ギルフォードは残った一人の親衛隊員に後方で牽制するように伝え、油断無く相手を見据えてランスを構えると、ランドスピナーを唸らせサザーランドへと突撃する。
敵のサザーランドもギルフォードの気迫を感じ取ったのか、スタントンファを展開して油断無く構えて迎え撃つ体勢を取る。
みるみる距離が縮まり衝突するかと思った直前、ギルフォードのグロースターは繰り出されたスタントンファの殴打を飛び越えることで回避し、サザーランドの真上を取った。また、ギルフォードが跳躍した事で後方にいたもう一機のグロースターとの射線が露わになり、サザーランドは見事に挟み撃ちされた形となった。
「とった!」
敵の撃破を確信し、ギルフォードは機体を空中で翻らせて無防備な背中にランスを突き立てようとする。
しかし彼が目にしたのは無防備に背中を曝け出すサザーランドの姿ではなく、再び襲い掛かってくるスタントンファの先端だった。
「なにっ!?」
咄嗟にランスでスタントンファを弾き、機体を着地させると後方に跳んで大きく距離をとるギルフォード。
見ればもう一機のグロースターの方には片手に持ったライフルの銃口を向けて牽制しており、あの一瞬の間で攻撃を仕掛けたこちらに対して見事な反撃をくりだしてきたのだ。
ならばと、ギルフォードは今度はライフルに持ち替えるとサザーランドに向けて斉射。しかしこれも瓦礫を遮蔽物にして回避され、回避方向を見越して僚機が放ったスラッシュハーケンも、スタントンファで弾かれてしまった。
こうまでこちらの連携攻撃を凌がれてしまっては認めざるを得ない。
(コイツ……できる!)
「ククククク……なんだ、やればできるじゃないか」
サザーランドのコックピットの中でルルーシュは愉悦の笑みを浮かべていた。
右手にライフル、左腕にはスタントンファを展開させて倒壊した建物郡を縫うように走り回り、サザーランドは親衛隊のグロースターと互角以上の勝負を繰り広げている。
いつもなら自らは後方で指揮を取り、前線には余程の事が無い限りでることはしないルルーシュが、こうして親衛隊二機を相手に互角以上に戦えているのだ。ナイトメア騎乗経験がイレブンに比べて長いとはいえ、それだけで親衛隊に勝てるほど彼らは甘くない。ならばどうやってルルーシュはナイトメアの戦闘能力を向上させたというのだろうか?
その答えは彼の両手に嵌められている装置にあった。
「素晴らしいものだな! このIFSとは!!」
IFS――イメージ・フィードバック・システム。
アキト達の世界でベテランの機動兵器乗り達が率先して使うナノマシンを介した機体制御方式だ。
ルルーシュが使っているのはその技術を応用して開発したナノマシンを含んだ特殊グローブと、ナイトメアの制御方式を従来のものからIFSへと変換する変換装置だ。これにより、従来のナイトメアに僅かな改造を施すだけで、IFSによる操縦が可能となるのだ。しかもパイロットにナノマシンを注入する必要が無いため、もしIFSを導入したとしてもパイロット達の心理的抵抗感も微々たるものだろう。
(それになにより、思ったとおりに機体を動かせるというのがこれほど素晴らしいこととは!)
全速力からの跳躍に急制動を使ったスライスターン。超信地旋回を行いながらの精密射撃。どれも以前の操縦方式では自ら成し得なかった荒業ばかりだ。
その体の細さゆえ積極的に運動をしないルルーシュだが、元々運動神経はそこまで悪くないのだ。学校の体育授業では目立った活躍は見せないもののそつなくこなす上、アキトから武術を習ってることもあって、チンピラの一人や二人は倒せるほどの実力はある。
しかしルルーシュは反射神経がとにかく低いため、咄嗟の事態を把握はできてもそれを実際に防ぐ行動を起こせない事態が多い。
それを解決したのがIFSだ。
IFSは第一にイメージ力と操縦者の身体経験がモノをいう。
現にアキト達の世界では古参と言われるパイロット達のほとんどは若い人間ばかりな上、身体能力が優れた人間が多く集まっているわけではない。ナデシコのマキ・イズミとアマノ・ヒカルがいい例だろう。
しかし凄腕のパイロットとなると、それに加えて身体的能力が高い人間、もしくは経験を積んだ人間に限られてくる。例えば剣術を修めたスバル・リョーコや、元優人部隊のタカスギ・サブロウタがそれにあたる。
つまりはイメージ力が高くても、実際に身体を駆使して動かしたことが無い人間では、より正確かつ具体的な動きを表すことができないため、IFS方式の機体をよりよく動かすには身体能力・もしくは経験が必要不可欠となるのだ。
その点を考えると、持って生まれた頭の回転の早さ、ラピスによって仕込まれた精神的耐性とイメージ力、そしてアキトによって鍛え上げられた身体的経験はルルーシュの力となり、IFS式の機動兵器にこの上なく嵌っていたのだ。
「さぁ、今しばらく付き合ってもらうぞ!」
高揚した気分でサザーランドを走らせるルルーシュ。
今彼は、これまで感じたことの無い興奮に包まれ、身を委ねていた。
「なるほど、強い……」
たった一機のサザーランドにこうまで梃子摺るのはギルフォードにとっても初めてのことだった。
単に強いというわけではない。「上手い」のだ。
二機がかりで攻撃しているとはいえ、相手は瓦礫や細い路地を巧みに使って常に一機を相手にするよう動き回っており、一対一になるとこちらが押し込まれそうなほど苛烈な攻撃を仕掛けてくる。
現に僚機のグロースターは、二機が離れた隙に左腕を打ち抜かれて今は片腕になっていた。
このままでは埒が明かない――そう考えたギルフォードは僚機の部下に命じた。
「貴様はこのまま下がれ」
「なっ!? で、ですが私はまだ戦えます!」
「馬鹿を言うな、片腕では却って足手纏いだ」
恐らくあの敵はその点を容赦なく突いてくるだろう。
流石に味方を守りながらの戦いは厳しいものがある。
「二度も言わすな、行け!」
「……イエス、マイロード」
そう言って反転し、その場から離脱する片腕のグロースター。
サザーランドはそれを見て追撃しようとするが、ギルフォードがそうはさせじと前に立ちはだかった。
そうして再びランスの穂先をサザーランドに向ける。
「さて……それでは『本気』でいかせてもらおう」
グロースターの腰を沈めそう呟くと、瞬時に低く跳躍させ先程とは比べようも無い速さでサザーランドに肉薄する。
その速さに驚いたのか、サザーランドは慌ててスタントンファを展開し、向けられたランスを弾こうとする。
「甘いっ!」
だがギルフォードはランスを操作して槍の横から四枚のブレードを展開し、ブレードにトンファに絡ませると捻じ切るようにしてランスを振りぬいた。
ありえない方向から力を加えられ、スタントンファごと腕をもぎ取られるサザーランド。
さらにギルフォードは手の中で柄を回してランスを逆さに持ち、真後ろに向けてランスを繰り出した!
ランスはコックピットの真ん中をぶち抜き、文字通りサザーランドは串刺しとなってしまう。
確かな手応えを感じ、ランスを引き抜くとサザーランドは力なく倒れこみ、暫しすると爆炎と共に炎に包まれた。
「足手纏いを抱えている時ならばいざ知らず、一対一で私に勝てると思ったのがそもそもの間違いだ」
「なるほど、流石は噂に名高いギルフォード卿。ではもう一勝負お願いしましょうか」
突如、炎に包まれるサザーランドを見下ろすグロースターの背後から、もう一機のサザーランドが瓦礫の中から飛び出し、スタントンファを叩きつけてきた。
「なにっ!?」
背後からの奇襲に僅かに動揺するギルフォードだが、冷静にランスを後ろに打ち払い咄嗟にスタントンファの殴打を弾くと、お返しとばかりにランスの刺突をお見舞いする。
しかしサザーランドは僅かな動きでそれを回避すると再び肉薄して接近戦を挑んでくる。
「くっ」
距離を離さず、至近距離でスタントンファを次々に繰り出してくるサザーランド。
こうまで接近されては大振りなランスは使い難い。
ギルフォードはランスの柄を巧みに駆使して相手の殴打を防ぎつつ、相手の隙を伺うが中々見出せない。
それに気になるのは目の前のサザーランドの技量だ。奇襲とはいえ、接近戦でこうも自分と対等に渡り合うとは――そこでギルフォードはふ、と気がついた。
「こいつ……先程のサザーランドと同等の腕前と癖を持っている!?」
「流石は親衛隊隊長……一筋縄では倒せないか」
ナノマシンの光に照らされた顔を僅かに歪ませ、『建物の物陰に隠れた』サザーランドのコックピットの中でルルーシュはそう呻いた。
そう、今ルルーシュが操縦しているのは、ここから一キロ先にある『予備』として安置しておいた無人のサザーランドだ。先程の爆撃でそのほとんどが失われてしまったが、幸いにして無事な機体は一機だけ残っていたのだ。
これがルルーシュのもう一つの切り札である「ナイトメアの遠隔操縦機能」である。
IFSのおかげでより高速での情報処理が可能となり、無人機ならば一キロほど離れた場所のナイトメアを実際に動かすのと遜色ない程度まで動かすことができるのだ。
尤も反応速度や情報処理能力の容量限界から、まだ完全な代物とはいえないが、それでも安全圏に居ながら前線で戦えると言うのは大きい。
「名前をつけるとしたら『ドロイド(傀儡)・システム』――とでもいうべきかな?」
空っぽの機体でブリタニアを掻き回す様を想像して笑みを漏らすルルーシュ。
最早この戦いで戦略的勝因を得ることができないと分かった以上、少しでもこのドロイド・システムのデータ収集のために戦闘経験を積むべきだと考え、遠くに居るサザーランドに更なるラッシュをかけるよう情報を送る。
スタントンファを左右から次々と繰り出し距離を離すまいとするサザーランドと、ランスを巧みに使いながらそれを捌いていくグロースター。だがこの戦いも長くは続かなかった。
『ゼロ、こちら黒騎士だ』
通信を送ってきたのは別地区で生き残ったゲットー住民を避難させている黒騎士――アキトからだった。
「む、避難が完了したのか?」
今回の戦いの一番の目的であるゲットー住民の救出は、今後の関東エリアでの活動をスムーズに行うために必要な事だ。
画面の向こうで革命家がどんなに耳障りの良い事をいっても一般市民は中々理解しようとしない。だがそれが明らかに自分の身に利があると分かると、進んでそれに協力するものだ。
シンジュクの戦いから避難した人間、そして今回の戦いで避難した人間の口からゼロの行動が人づてに伝えられていき、今後のエリア11での活動を容易にしてくれるはずだ。
無論、ルルーシュ自身がゲットーの住民を助けたいと言う気持ちがあるという理由もあるが。
『いや、それが……』
しかしアキトが続けた言葉はそんなルルーシュの思いを無惨にも打ち砕くものだった。
「囲め! 絶対に黒騎士を逃がすなっ!」
ゲットー外郭部にほど近い場所で黒騎士はブリタニア軍と熾烈な戦いを繰り広げていた。
しかし旗色は明らかに黒騎士の方が悪い。追い詰められた場所は、元はショッピングモールでもあったのだろうか、やけに広い駐車場の一角で、障害物と呼べるものがほとんどない場所だ。しかしそんな悪所にもかかわらず、アキトは四方八方からの攻撃を神業的な機動でなんとかかわしている。
「正面から遣り合おうとするな! 必ず二機がかりで仕掛けろ! その間、他の者はライフルで援護しろ!!」
包囲網を形成し、アキトに対して絶え間ない攻撃を指示するのはコーネリアの懐刀であり一軍の将でもあるダールトンだった。
ダールトンはギルフォードとは別に部隊を率い、生き残った抵抗勢力を排除するために動いており、潜伏候補の一つとして数えていたショッピングモールでアキトと避難民を発見したのだ。
このショッピングモールには傍に地下鉄もあったことから、地下道や搬入口が張巡らされており逃走経路としては最適な上、大人数での移動も可能とする程の広さを持っていた。
尤もそれはブリタニア軍も感知しているところであり、地下鉄近辺には厳重な警備を施していたが、ゲットー中央でのルルーシュの反撃と同じタイミングにブリタニア軍を排除し、ラピスとオモイカネには敵司令部にはダミーの識別信号を送るよう伝えていたため、特に問題なく処理できた。
問題が起こったのは、先の大規模な爆撃の後だ。
生き残ったレジスタンスのサザーランドが中央の爆撃の凄惨さから、避難民達が心配となったのか持ち場を離れてこちらに向かったのだ。当然それはブリタニア軍が察知することとなり、レジスタンスのサザーランドを処理すると、逃亡先として向かったこのエリアに部隊を差し向け、ゲットー外部へ逃亡中であった避難民達とそれを護衛するアキトを発見したのである。
「くっ、流石にこの数が相手では……!!」
10機近いサザーランドを相手に生き残るアキトの技量も凄まじいが、部隊を指示するダールトンの手腕も中々のものだ。
一機ずつの錬度はそこまで高いとは言い難いが、部隊として動くと恐ろしく手強い。決して接近戦には持ち込もうとせず、遠距離からの正確な射撃でアキトの動きを封じ込めている。アキトとしても避難民のゲットー脱出が完了するまでは迂闊に飛び出すことはできず、執拗な攻撃にただただ耐えるしかなかった。
そんなアキトの元に、増援として現れた三機のオーガーの砲塔が向けられる。
「まずいっ……!!」
隠れていた立体駐車場の影から飛び出すエステバリス。
オーガーの抱える120mm砲から逃れるための行動だったが、オーガーが狙ったのはアキトのエステバリスではなかった。
轟音と共に放たれた砲弾が向かった先は、避難民達が地下搬入口と地下鉄への入り口。そこに砲弾が飛び込み、一瞬の後に炸裂。
舞い上がった炎が張巡らされた地下道に広がり、避難民達は生きながらその炎に焼かれてしまった。そして爆発の衝撃によって全く手入れされていない老朽化した地下道が持ちこたえられるはずもなかった。
天井が崩れて土砂が降り注ぎ、小部屋に逃げ込んで僅かに生き残った避難民達を押しつぶしてしまう。地下を埋め尽くした火と土砂が行き場を求めて駆け回り、蹂躙し、そしてついには地上へと飛び出すと堪え切れなかったように地下道は崩落した。
あれでは誰も生きては居まい。崩落の様子を見たアキトは避難民達を守りきれなかったことに悔しさを感じる一方、冷静な感情でそう判断すると即座にその場から撤退することを決めた。
アキトはその場から離脱する直前、ダールトンの乗るグロースターを一瞥し――
(この借りは必ず返して貰うぞ、ダールトン)
かつての知己に内心そう呟くと、逃走用のスモークを炊きつつその場から撤退するのだった。
『すまないゼロ……俺がついていながら』
「――いや、お前が生きていればそれでいい。むしろ相手の行動を読みきれず部隊の把握も満足にできなかった私の落ち度だ」
避難民が全滅したとのアキトの報告を聞き、ねぎらう様にルルーシュはそう言った。
既に正体を知るアキトだからこその言葉だ。結果が全てとはいえ彼はたった一人で避難民達を守るために奮闘していた。
攻められるべきは――自分自身。
(満足に駒を動かせず、かつ戦術的勝利に拘ったのが仇となったかっ……!)
爆撃の後、僅かな手勢だけでもアキト達の方へと向かわせていればもう少し結果は違っていたかもしれない。
これでは新しく得たオモチャではしゃぐ子供となんら変わりない。
ルルーシュは後悔に引きずられそうになりつつも、これ以上の戦闘は不要と判断し、遠隔操縦――ドロイド・システムを解除しその場から脱出する。
「……動きが止まった!?」
戦闘中に突如動きを止めるサザーランド。
妙な事態に戸惑いつつも、戦場で躊躇することは厳禁だ。ギルフォードはランスを振りかぶると、勢いよく突きだした。
その攻撃は先程までのように打ち払われることはなく、サザーランドの胴体に真っ直ぐ吸い込まれ、機体を貫いた。
確かな手応えを感じ、ランスを引き抜くと同時に奇襲を警戒し周囲を索敵するギルフォード。しかし新たに敵が現れる事は無く、周囲は静寂に包まれたまま何も起こる事は無かった。
「何だったのだ、さっきのナイトメアは……」
手強い敵を二機も倒したとはいえ、ギルフォードの心中には満足感など欠片も残っていない。
ともかくこのエリアの制圧は完了したため、ギルフォードは奇妙な違和感を感じつつも他のエリア制圧のためにその場を後にした。
それから30分後、コーネリアはサイタマゲットーの完全制圧を宣言した。
一般兵に多数の死傷者やナイトメアを10機以上失うという大きな被害はあったものの、その程度の被害は国内外に留まらず何度もあった事。詰まる所はブリタニアにとっていつも通りの勝利と言う事だ。
人知れずゲットー住民のために戦ったアキトとルルーシュだったがそれが実を結ぶことはなく、結果はゲットーの住民達を誰一人助けられないという屈辱的な敗北。
ブリタニアが持つ組織と言う力をまざまざと見せつけられる結果だった。
(このギアスとアキト達だけでは到底ブリタニアを倒せない……やはり必要だ、もう一つの力がっ!)
ルルーシュは新たに決意する。
ブリタニアに負けない『組織』と言う新たな力を手に入れることを――――