第十四話「黒の騎士団」(後編)
(これで作戦の大まかな条件はクリアした……)
仮面の下で安堵の息をつくルルーシュ。
一緒に捕らわれているラピス経由でもたらされる前情報で、解放戦線の戦力は粗方分かっているため、秘密裏にホテルに忍び込むのは早々に無理だと分かっていた。そのため、ユーフェミアを引き合いに出してホテルに侵入する計画は早い段階から決まっていたことだ。
しかしコーネリアに向けて言い放った内部の人質にユーフェミアがいるという予測が間違っていれば、ギアスを使うことも考慮に入れていたが、幸いにしてその予測は当たっていたようで、すんなりとはいかなかったがコーネリアとの交渉は成功し、彼の乗るTV中継車は解放戦線の居座るホテルへと入ることができた。
解放戦線もブリタニアの皇子を捕らえたゼロに興味が沸かないはずも無い。そのため、ホテルに入って直ぐに兵士に連れられてこの事件の首謀者である草壁中佐の下へと案内された。
後は人質の安全を確保できれば事は全て片付くだろう。
(人質のことは任せたぞ、アキト)
兵士に案内される道すがら、ルルーシュは既に行動を開始している己の騎士に対して内心でそう声をかけるのだった。
「真ですかっ……ゼロがこのホテルに!?」
一方、ホテルの空調用の冷却パイプが走る空調エリアの一角に潜むジェレミアとキューエルは、無線機を片手にG−1ベースから知らされた情報に驚いていた。
なんとゼロがこのホテルに乗り込んできているらしい。しかもユーフェミア副総督を救うために、だ。
『そうだ、奴の真意は分からないがこれはチャンスでもある。貴公らはゼロ一味とテロリストが一悶着を起こした隙をつき、副総督を救出した後合図を送れ。そうすればこちらは強襲隊を送り込み、テロリストを殲滅しつつゼロを捕獲する』
ゼロとテロリスト――日本解放戦線は同じ反ブリタニア勢力だが、今回の事件には相反するようだ。
そうなればゼロとテロリストの間に何かしらの問題が起こるのは明白だ。ユーフェミア皇女殿下を救うにはその隙を突くしかない。
『特派のナイトメアも使って奴らを陽動する。この作戦に失敗は許されん。分かっているな?』
「「Yes! Your Highness!!」」
コーネリアの信頼に応えるべく、二人の騎士はそう応えると、人質が捕らわれている倉庫へと足を進めていった。
そしてジェレミアはそこで、長年探し続けていた宿敵とようやく相対することになる。
ラピスは時たま途切れそうになるほど曖昧になった精神リンクを解くと、ゆっくりと目を開いた。
今彼女がいるのは、ホテルの上方部に位置する食料保管庫だ。周囲には同じように人質となった会議の参加者や、ホテルの一般職員。そしてラピスを含めた生徒会メンバーが寄り添うように集まって地面に座っている。
周囲には見張りとして、サブマシンガンを肩にかけた解放戦線の兵士が5人。
逃げ出すのは容易ではないだろう。
また長時間の拘束により、精神が磨耗しているのかニーナは先程からずっと震えており、ミレイがそれをあやしている。
無理もない。ただでさえ辛いこの状況の上、彼女は過去にも日本人に誘拐されたことによりPTSD(精神的外傷)を患っている。それを表面化させないようミレイが必死で抑えているものの、いつそれが表に出るか……。
先程、こちらに近づいてきたアキトに対して精神リンクで敵の大まかな構成と人数、どこに閉じ込められているかなどの情報を送ったためそう遠くない時間に救助が来るはずだ。今はそれを待って行動に備えるしかない。
そう思ったのも束の間、ニーナが傍に来た解放戦線の兵士に身を竦ませ、思わず口にしてしまったのだ。
「イレブン――」と。
「っ!! 貴様、今なんと言った!!」
その言葉を聞いた兵士の反応は劇的だった。
元よりプライドの高い解放戦線の兵士は、ナンバーで呼ばれる事を酷く嫌う。
しかし、いつもは上から見下すブリタニア人の侮蔑の言葉を黙って聞き流すしかないのだが、この場では違う。此処では彼ら日本人こそが上位者であり、人質のブリタニア人らが下位者なのだ。
「訂正しろっ! 我々は日本人だっ!! 断じてイレブン等ではないっ!!」
「分かったっ、訂正するからっ!!」
「貴様ぁ……なんだその態度は。こっちに来いっ、たっぷりと身体に教え込んでやるっ!!」
兵士は地面に蹲るニーナの腕を乱暴に掴み取って無理やり立たせると、そのままどこかの部屋に連れて行こうとする。ミレイやシャーリーは必死にそれを止めさせようとするが、鍛えぬいた男の兵士の力に、女子高生程度が適うはずも無い。
「イヤ! イヤアアアアッッッーーーー!!」
ニーナも兵士の腕から逃れようと声を挙げながら振り解こうとする。過去の恐怖を思い出すと同時に、目の前の兵士の目からは獣欲も読み取れた。それが一層恐怖心を煽り、ニーナを恐慌状態に陥らせる。
周りの人間は誰も彼女を助けようとしない。
当然だ。もしそれを止めようとすれば、次に目をつけられるのは自分かもしれないのだ。
だがそれを見過ごせない人間も居た。
黒縁のメガネをかけ、護衛のヴィレッタらに言われて大人しくしていたユーフェミア副総督その人である。
「殿下、お願いですから無茶な真似はしないで下さい!」
「ですが、何の罪も無い一般人をこのまま放っておいては皇族の名折れです」
目立たないよう人質として固められた集団の奥の方に居座っている彼女だが、目の前で起ころうとしている凶事を見過ごすことはできずヴィレッタの静止を振り解き、声を挙げようとしたその時――
「お止めな――」
「ぎゃあぎゃあと煩いしみっともないよ、落ち目のイレブンさん」
ユーフェミアより先に薄いラピスが静かに、それでいてよく通る声で彼等に割り込んだ。
「貴様っ! 貴様もイレブンなどと……」
「無力な女の子をいたぶって悦にひたる男なんざ、イレブンで十分でしょ。そんなみっともない真似をして誇りある日本人? 貴方達よりもブリタニアで頑張ってる名誉の軍人の方がよっぽど日本人らしいわ」
ラピスは久々に怒っていた。
折角の友人との旅行をこんな喜劇じみた事件に巻き込まれたことで潰され、今まで陰ながら支援していた日本解放戦線がこんな殉教者じみた集団に成り下がっていることに呆れ、終には兵士の質も低くいせいでこんな事態に合ってしまうことに呆れを通り越して怒りを感じていた。
「我らがブリタニアに尻尾を振った売国奴に劣ると言うのかっ!!」
「名誉ブリタニア人になって努力し、ナンバーズの地位を向上させるという行動に賛同はできないけど、その行動力は評価する。だけど貴方達がやってることは、ただの八つ当たりじゃない」
同じ日本のためでも、内部からではなく外部から変革を促す。過去にもそのような方法で国を変えようとした人間は数多く居たが、ほとんどが成功せずに終わっているため、ラピスとしてはあまり褒められた方法ではないと思っているものの、わざわざそれを指摘したりはしない。
確実に言える事は、目の前でぎゃあぎゃあわめく男達よりはよっぽどマシだという事だ。
「いい度胸だ。そこまで言うからには覚悟はできているんだろうな」
そう言って銃をつきつける兵士。
他の兵士達もラピスに隔意の視線を向けており、それを止めようとはしない。
「ラピスちゃんっ!」
ミレイが兵士から解放されたニーナを抱きしめながら心配そうに声をかける。シャーリーも涙目になりながら心配そうにみつめている。
だがラピスはそれに対して軽く微笑むだけだ。
その笑みが余程癇に障ったのだろう。兵士はいきりたってラピスに近づいた。
「よぉし、次の生贄はお前だ。来い!」
そして兵士はラピスの腕を掴もうと手を伸ばすが――
パシュッ! しかし腕を掴む直前、空気の抜けたような音が倉庫内に響くと、その兵士は気を失ったように倒れた。倒れた兵士の即頭部からは赤い血が流れ、瞬く間に床に血の海を作る。
目の前で起こった出来事に、一瞬何が起きたか理解できず呆然とする他の兵士と人質達。しかし流石は元軍人と言ったところか、すぐに銃を手に取り辺りを警戒する。
再び空気の抜けるような音がどこからか立ち、今度は照明が落とされ、ただでさえ暗い倉庫は漆黒の闇に包まれた。
「なんだ、敵かっ!?」
「落ち着けっ! 誰か非常電源を入れろっ! それと草壁中佐に連絡をガハッ――!?」
今度は声を荒げた兵士の一人が、頭を横殴りされたように吹き飛び床に沈黙した。
それを皮切りに、人質を囲っていた兵士達が次々と沈黙する。
ある者は額を撃ち抜かれ、ある者は心臓の位置にナイフを生やして地に伏し、またある者は喉を掻き切られ鮮血の飛沫を上げて倒れ付した。
又、突然の事態に人質達はパニックになり、辺りからは兵士の声に混じって何人もの悲鳴が起こる。
しかし兵士の声が聞こえなくなり、次第に人質の声も尻すぼみになっていき、暫くすると非常用の電源が作動したのか、赤い非常灯が点き、僅かだが辺りの様子を知ることができた。
しかし辺りの様子を知った人質達から再び小さく悲鳴が上がる。
解放戦線の兵士は全員息絶えており、全員が急所をやられていた。
何が起こったのか理解できず、目の前の事態に人質が呆然とする中、バタバタと足音が近づいてくると、息せき切った様子で二人の男性が倉庫に飛び込んできた。
「……っ!? なんだこれは、見張りの兵士が全員やられている!?」
「詮索は後だっ! 殿下、ご無事ですかっ!!」
現れたのはユーフェミアの命で外部へと連絡を取りに言ったジェレミアとキューエルだった。
二人はは解放戦線から奪ったと思われる拳銃と日本刀を持ち、ユーフェミアの姿を見つけると急いで駆け寄ってきた。
「ユーフェミア様、一体なにが起こったのですか?」
「私にも分かりません。突然兵士の一人が倒れて照明が落ちた後、点いた時には既にこのような事に……」
「とにかく、ここを離れましょう。先程コーネリア総督に連絡を送りました。間もなく輸送用のカーゴが来るはずですから窓のある部屋へ――」
まずは皇女殿下の安全確保が優先だと考え、コーネリアの指示通りにユーフェミアの安全を確保し人質も併せて安全な場所へ連れて行こうとする。キューエルとヴィレッタにその指示を出そうと振り向くと、視界の片隅にかつて見た姿がそこにあった。
ユーフェミアもそれに気付き、心配そうに声をかける。
「あっ、あなた。大丈夫でしたか?」
声をかけた相手はユーフェミアと同じ桃色の髪を持った少女。
ユーフェミアと違うところは色素が若干薄めであり、癖毛の無い真っ直ぐな長髪だというところか。
その少女――ラピスに近づくユーフェミアだったが、すぐ傍に先程までいなかった人の影が見て取れ、思わず足を止めてしまう。
漆黒のマントに中肉中背の茶髪の男性。男性としてはそう大きくない身体だが、その身から発せられる圧迫感から近づくのを躊躇われた。
だがその男性から、どこか懐かしい気配を感じてしまうのはなんなのだろう。
「……あ、あなたは?」
「っ! 姫様、お下がりください!!」
同じく男の影を確認したキューエルは、男が手に拳銃と小刀を持っていることを確認すると、ユーフェミアを守るようにして立ち塞がる。
「その漆黒の出で立ち……貴様、さては噂の黒騎士だな!?」
キューエルはそう吼えるが、相手からの返事は無い。
しかし見張りの兵士達を倒したのは恐らくこの男。不意打ちとはいえたった一人でこれだけの数の兵を倒したのならば、このまま放置するのはあまりにも危険!
キューエルは拳銃の引き金を引き、相手を無力化させようとするが――
「なっ!!」
いつの間にか男はキューエルの目前まで接近し、キューエルの腕を捻り上げて拳銃を奪うと、膝を鳩尾に叩き込み沈黙させた。
そして男はゆっくりとジェレミアの方へと振り向き、その表情を顕わにする。
男の顔は上半分が黒いバイザーに覆われ、ほとんど窺うことはできなかった。だがその顔をジェレミアは片時も忘れたことは無い。
「久しいな、ジェレミア」
「――やはり、やはり貴様だったか! テンカワ・アキトォォッッーーーーー!!」 咆哮と言ってもいい雄叫びを上げながら、日本刀を振りかぶってアキトに突っ込むジェレミア。
しかしアキトはそれを冷静に捌くと、ジェレミアの懐に潜り込み、肘打ちを放つとジェレミアの意識を刈り取った。
「テン……カワぁっ……!!」
なんとか意識を保とうとするも、痛みと衝撃。そして僅かに薫る薬品の匂いによってジェレミアの意識は朦朧とし、霞みゆく視界の中でアキトを捉え続けながらジェレミアは意識を失った。
「アキト……さん」
7年前、突然現れてマリアンヌ皇妃に召抱えられ、その皇妃を殺してブリタニアを去った大罪人、テンカワ・アキト。
自分だけでなく、姉や幾人の貴族の子弟達から信頼を寄せられていた人だっただけに、多くの人間が深い憎しみを抱いている。
幼い頃は気付かなかったがこうして相対すれば分かる。同じ日本人を躊躇無く一撃で殺し、それに対して全く表情を動かすことが無い恐ろしい人だ。
だけど、何故だろう。真正面に向かい合って『怖い』と思う一方、なんだか目の前の人がとても『淋しそう』と思えてしまう。
「待ってください! あなたは本当にマリアンヌ様を――!!」
思わずそう声をかけ近寄ろうとするが、途端に意識が朦朧とし始めた。同じくして辺りに何か靄のようなものが漂っており、それが催眠ガスであると気付いた。
周囲を見渡せば護衛のヴィレッタだけでなく、ほとんどの人質が眠ったように床に蹲っている。
なんとか誘発される眠気に抗おうとするも、ほどなくしてユーフェミアも床にドサリと倒れこんでしまう。
だが意識を失う直前、アキトはユーフェミアの問いにこう答えた。
「悪いが、俺にはまだやることがある……いつかまた、会う機会があればその問いに答えよう」
かつて聞いた懐かしい声をそう耳にし、ユーフェミアは夢の世界へと旅立つのだった。
「アキト……」
「遅くなってすまないラピス」
「いい、それよりもニーナに声をかけてやって」
精神リンクによってアキトの行動を事前に察知していたラピスは口元を押さえながらそう答えた。
しかし満足な装備もない状態では、催眠ガスに抗えることはほぼ無理なため、そう長くない時間にラピスも眠りにつくことだろう。
その前にニーナの事だけはなんとかしてやりたかったので、ラピスはそう一言告げると満足したのかコテンと横になった。
アキトはその様子に苦笑し、傍に居たニーナの元へ駆け寄るとガスによって意識が朦朧としている彼女へ声をかけた。
「テンカワ……さん?」
「今はゆっくり休むといい、ニーナ。起きたら全てが終わってるから」
夢心地の中で、ニーナは思いを寄せる人の声と腕に包まれているのを感じ、胸の奥底にあった恐怖が払拭され、変わりに暖かなモノが広がっていくのを感じた。
「ハイ……」
ずっとこのままでいたいという誘惑も襲い来る睡魔には勝てず、そのまま意識を沈めるが、アキトに抱きかかえられたことで、僅かに薫る男性の体臭と、布越しに感じる鍛えられた肉体の感触に至福を感じつつニーナは眠りにつくのだった。
アキトはニーナが落ち着いた様子で眠りについたのを確認すると、後から続いてきた紅月グループのメンバーに人質を運び出すように指示を出す。
「後は任せたぞ」
「ええ、でもテンカ……黒騎士はどこへ?」
「もう一つ、片付けなければならないものがある」
カレンの問いにそう答えると、アキトは自分の愛機の下へ駆けていった。
「まずは私達を招き入れたことを感謝する。早速だが本題に入ろう……私達と手を組むつもりは無いか?」
「ならば仮面を取り素顔を見せろ、ゼロ! 無礼であろう!!」
一方、ゼロはこの事件の首謀者である草壁の下で交渉を行っていた。
草壁は玉砕覚悟で事件を起こし、後先を考えない短絡的な人物だが、秘密裏にこれだけの人数を集めブリタニアと長時間事を構えることができる統率力には一定の評価ができる。
人材に乏しい現状としてはなるべく確保しておきたい所なのだが――
「分かった……その前に一つ聞きたい。お前達はこの行動の果てに何を求めている?」
「知れたこと……日本人が死んでいないことを内外に知らしめるためだ!!」
草壁の答えにゼロ――ルルーシュは失望しか感じなかった。
周りを見れば、他の兵士達もそれに同調する眼差ししかしておらず、全員が草壁と同じ志のようだ。
「……唯の精神論か、古いな」
「なにぃっ!?」
先を見据えず、今を満足するための無謀な決起。
このような行動を起こしたとしても、絶望しきった日本人はなにも感じることは無いだろう。寧ろ更なる抑制をブリタニアから強いることになり、より苦しい立場に貶められる可能性もある。
民衆の事を顧みず、自らの正義のためには犠牲も当然と考える自己中心的な狂信者。
「貴様達では日本を救えない」
他者を顧みない者は必要ない。
ルルーシュは彼らを切り捨てることを選択し、ギアスの力を解放した。
同時刻、地下トンネルでは2機の兵器による攻防が繰り広げられていた。
1機は先の戦闘で鉄壁の守りと精密な射撃能力を見せ付けた雷光。そしてもう1機はそれを打ち破らんと邁進するスザクが駆るランスロットだ。
狭いトンネル内でたった1機での突撃。
無茶、無謀ともいえるこの作戦をスザクは当然のように受け、それを遂行するため烈火の如き勢いでトンネルを爆走していく。
(これが少しでも人質を助ける手助けになるならば、これくらいはこなしてみせる!)
再び襲い掛かってくる散弾を最小限の動きで回避し、避けきれないものはブレイズ・ルミナスで防御する。
既にトンネルの半分以上を走破した。後数百メートルでヴァリスの射程距離に収めることができる。
スザクは散弾によって崩れた体制を立て直すと、再度ランドスピナーを唸らせランスロットを疾走させた。
「散弾重砲、第三射突破されました! 信じられない……!」
速度は通常のナイトメアの二倍以上とはいえたった1機。
しかも遮蔽物すらないこのトンネル内でどうやって散弾重砲を回避していると言うのか?
こうなれば取る方法は一つしかない。
「サ式徹甲弾に弾種変更! 腕部自在砲台も展開! 敵は一機だ! 超電磁式加速徹甲砲にて敵を撃滅する!!」
本来遠距離用の徹甲砲だが、相手は1機。
この射出速度の前にはどれだけ速く動こうとも、狭い空間も助けとなり回避は不可能のはず!
雷光の士官パイロットはそう判断し操縦桿を強く握り締めた。
「電圧臨界! 発射準備良し!!」
「超電磁式加速徹甲砲! 発――」
向かってくるランスロットを照準内に収め、勝利を確信しながらトリガーを引こうとしたその瞬間――!
ザンッッ!! 突如左右の四連脚部を切り裂かれ、姿勢が傾く雷光。
当然砲塔はあらぬ方向を向き、同時に発射されたレールガンはトンネルの壁を抉り取るだけに終わってしまう。
突然起こった予想外の攻撃に理解が追いつかないパイロット。
しかしモニターの片隅に移った黒いナイトメアの機影を見つけると、信じられないと言った表情をする。
「黒……騎士!?」
脚部を切断したと思われる大型ブレードを手にしたナイトメア。
それを操るのは、これまで日本のために戦い続けた奇跡の藤堂と並ぶ、片翼の一人。
それが何故我らの邪魔をする!?
「馬鹿な! 貴殿は我ら日本人の味方では――!?」
「俺はこんな無意味な行動のために協力したんじゃない」
再びブレードを振るい、切っ先を雷光の中心部に突き刺すエステバリス。
解放戦線のパイロット達は、アキトの意思を理解できぬまま光と炎に包まれ、その肉体を消失した。
これは、無意味な行動を取った解放戦線への制裁とは別に、雷光に使われたレールガンの技術漏洩を防ぐ意味合いもある。
ブリタニアにエステバリスの技術は知れ渡っているものの、重力制御技術は元よりディストーション・フィールドやレールガン等の強力な防御手段や攻撃兵装については一切流していないのだ。日本ですら作れたものが万一ブリタニアに流れて量産でもされたりすれば目も当てられなくなるため、アキト自らが赴いて雷光の破壊に動いたのである。
一方ランスロットは突如現れて雷光を破壊した黒騎士の真意を図りかねていた。
(黒騎士が助けてくれた?)
一度は剣を交えた相手の真意は分からないが……邪魔立てするなら押し通る!
ヴァリスと新しく装備されたMVS(メーサー・バイブレーション・ソード)を構えて速度を維持したまま突っ込むランスロット。
しかしエステバリスはランスロットに対して構えすら取らず、道を譲るように通路の端へと移動した。
スザクはそれに驚愕するも、事を構えないというのならば無理に戦う必要は無いと判断しそのままエステバリスの横を通り過ぎる。
互いが交差し刹那の間、視線を交える二人の騎士。
(黒騎士っ……!)
(勝負は次の機会に預けるぞ、白い騎士)
エステバリスの横を通り過ぎ、ランスロットはトンネルの最奥部に到達。
真上に跳躍して湖上に出ると、ヴァリスをホテル下部に向けて発射しメインシャフトを破壊した。
「あのイレブン、やり切ったというのか……ギルフォード!!」
「はっ!」
湖岸で待機していたコーネリアはギルフォードに命じ、強襲用カーゴをホテルへと向けるよう指示を出す。
既にホテルの沈下は始まっており、速やかに人質を救出しなければならない。
既に任務を完了したスザクも、もしものために直ぐ動けるよう沈んでゆくホテルを睨みつけている。
そしてホテル上部の一角に一人の影を見つけ出した。
カメラをズームさせ、影を拡大するとそこにいたのは――ゼロ。
更に彼の奥には血溜りに沈む解放戦線の兵士の姿も見える。恐らくゼロが手を下したのだろうか。
暫し一人と一機が睨みあいを続けるも、すぐにゼロはホテルの奥へと姿を消してしまう。
ビルの中へ逃げ込んではいかにランスロットも手出しができず、このまま逃がしていいものか悩んでいる最中、突如ホテルが爆発した。
「なっ!?」
次々と爆発を起こし、瞬く間に崩れていく超高層ビル。
守るべき存在であるユーフェミア皇女殿下の姿が脳裏を走り、スザクは瓦礫が降り注ぐ中を躊躇せず飛び込んでいった。
『よすんだっ、枢木准尉!』
通信機から入るロイドの制止の声も聞こえず、崩れゆくビルに突っ込んでいくランスロット。
コーネリアもユーフェミアの安否を心配するあまり、グロースターを崩れゆくビルに向かわせようとするが、ギルフォードに止められている。
長いようで短い時間が過ぎ、舞い上がった水飛沫と粉塵が晴れ、後に残ったのは瓦礫の山と化したホテルの残骸と煤に汚れたランスロットの姿だった。
その様子に安堵の息をつくロイドとセシル。しかしランスロットに乗るスザクの心は失意に沈んでいた。
「僕は……また救えなかったっ……!!」
この前の新宿、そして今回の件。二度も助ける機会はあったはずなのに、二度とも助けることができなかった。
あの時から守るべきときに力を振るうと決めたはずなのに、自分は何一つ守れていない!
絶望の内に涙が流れそうになり下を向くスザク。
『案ずることは無い、ブリタニア市民の諸君。人質は我々がすべて救出した。皆、あなた方の下へお返ししよう』
突如通信機からゼロの声が流れ、ハッとして辺りを見回した。
崩落したビルの程近い湖上にいくつものボートが漂っており、その中に人質と思われる人達が眠るように重なっている。
その中には、ユーフェミアの姿とジェレミアら純血派の姿もあった。
「殿下っ……! 純血派のみんなも!!」
傷一つない様子を見て、安堵するスザク。
しかしコーネリアはその様子を見て表情を顰めている。
ゼロとその一味は漂うボート群の中央にあるクルーザーに位置しているため、開放した人質達が盾となり手出しができないでいる。
また、人質の様子とゼロの姿は奪われたTV中継車を利用しているため、ここでゼロを攻撃すれば人質にも危害が及び一般民衆からの非難は免れない。
忌々しいほどに頭の回る男である。
さぁステージの準備はできた。
ここからは俺の――いや、俺達の新しい組織のお披露目だ。
湖上のクルーザーにライトが灯り、其の姿が顕わになる。
『人々よ、我らの姿をその目に焼きつけ、我らの名を脳裏に刻むがいい! 我らの名は――黒の騎士団!!』
ゼロの後ろには黒いユニフォームと、顔の上半分を覆う黒いバイザーを身につけた数人の男女達。
コーネリアはそのバイザーに、かつて慕った男の影を見出していた。
尚もゼロの言葉は続く。
『我ら黒の騎士団は、武器を持たぬ全ての人々の味方である。それが例えブリタニア人だろうと、日本人だろうと!!』
そう、俺達が戦うのは守るべき弱者のため。しかしそれは断じて正義の行いではない。
『日本解放戦線は卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り、無惨に殺害した……無意味な行為だ。故に我々が制裁を加えた』
一方的な断罪は悪である。例えそれが公の目から見ても賞賛される行為だとしても。
『私は戦いを否定しない。しかし強者が弱者を一方的に虐げる事は断じて許すことはできない!!』
力が無い者はどうすればいい? 黙って耐える? 口を塞いで耳を噤む? それは断じて『正しいこと』ではない。
『我々は強者が弱者を虐げるとき、再び現れるだろう。』
ならば我々は民衆の代弁者となろう。力無き者の希望となり時に力となる、そんな存在に。
だがこれだけは覚えておくがいい。これは搾取する側だけではない。搾取される側にも向けた言葉だ。
『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!』 そこで突然ゼロの身体が宙に浮き上がる。
いや違う、ゼロは黒い機械の掌の上に立っていたのだ。ゼロの後ろにいたのは黒い鋼鉄の身体を持った異形の機動兵器、エステバリス。
ブリタニアに幾度も土をつけ、日本を陰ながら助けてきた謎のナイトメアとそのパイロット、黒騎士が初めて公に姿を現した瞬間であった。
そして其の姿はまさに――黒い魔王に尽す黒い騎士。
『力無き者よ、我らを求めよ!』 その言葉を聞いて日本人の心と瞳に光が灯り、一部の知識人やマスコミ――ディートハルトは興奮を覚えた。
『力在る者よ、我らを恐れよ!』 その言葉にブリタニア軍や貴族・皇族の間で嫌悪が広がり、力持つスザクは厳しい表情でゼロを見つめていた。
『そして今一度その目に焼きつけよ! 我らは力無き者の剣、黒の騎士団である!!』 今此処に、黒い皇子と黒い騎士の反撃の狼煙が静かに上がるのだった。
※オリジナル兵装説明
『雷光――超電磁加速徹甲砲』
黒騎士テンカワ・アキトの技術付与によって日本が開発した、大型のレールガン。
従来のレールガンよりもより高速かつ精密な射撃を可能とし、弾頭に特殊加工を施したサクラダイトを使用することで摩擦熱により弾頭が溶けることが無いため、超長距離の射撃も可能としている。
これにより、近距離では左右四連腕部自在砲、中距離では榴散弾重砲、遠距離では加速徹甲砲と状況にあわせた運用が可能となった。
ただし、加速徹甲砲を使う際には榴散弾重砲以上の莫大な電力を使用するため、連射には向いていない。