コードギアス 共犯のアキト
第十五話「紅騎士の産声」
「会長おぉぉっっ〜〜! ほんっっっとよかった! 俺心配でっ……心配でっっ……!!」
「ハ〜イハイ、分かったから涙拭きなって、リヴァル」
「本当に、誰も怪我が無くてなによりだ……それより、どうだシャーリー? 一躍スターになった気分は」
「も〜、ルルまでそういう事言う〜〜! 正直言ってホント迷惑なんだよ!? 私達は眠らされてほとんど覚えていないんだから!!」
「確かにウザイよね、あのマスコミ……いっそのこと物理的に排除しちゃう?」
「ラピスちゃんが言うと冗談に聞こえないよ……」
黒の騎士団の華々しいデビューから1週間、病院での身体検査や事情聴取等で長いこと拘束されていた生徒会女子メンバーは久々に学園に顔を出していた。
だが彼女達は、黒の騎士団のデビューと共に、救出された人質としてメディアを通じて知らされているため、学園に顔を出した途端、マスコミだけでなく学園の生徒達から執拗に質問攻めにされていた。
尤も、救出された時には彼女達は睡眠ガスによって眠らされており、意識を取り戻した時には病院のベッドの上であったため、精々答えられるのは救出される前に誰かがテロリストの兵士を倒した――くらいしか答えることはできなかったが。
遅れて生徒会室にやってきたカレンは、皆から少し離れた場所でそんな彼女達の様子を眺めていた。
(みんなを助けられてホントよかった……)
黒の騎士団として彼女達を助けたのは間違いではなかった。
彼女達の笑顔を再び見ることができ、そしてその笑顔を守ったのだと今更ながらに実感し、カレンの胸が熱くなった。
そうしてカレンも交えて暫し談笑する生徒会のメンバー。
そんな生徒会室に、二人の人物が大きなワゴンを押して現れた。
「皆様ご無事で本当になによりです。今日は快気祝いと言うことで、腕によりをかけて作らせていただきました」
「ほんの少しですが、私もお手伝いしました。皆様のお口に合えばいいんですけど……」
現れたのは、相変わらず大きなサングラスを身に着けた執事、テンカワ・アキトにルルーシュの妹のナナリーだった。
時刻は既に放課後と言うこともあり、ラピスのお願いによって、お祝い用の菓子や料理を用意してきたのである。
勿論それに対して生徒会の面々は大喜びだ。
「あっ、いつもの和菓子だけじゃなくて中華もある!」
「やりいっ! テンカワさんの中華ってホント美味いんだよなぁっ!」
「調子に乗って太らないようにね」
そうラピスが意地悪そうにの言うのもお構いなしに、料理と菓子を手に取り笑いあう少年達と少女達。
しかしそんな中、カレンはじっとホスト役を務めるアキトを見つめていた。
(テンカワさんの正体は、あの黒騎士……)
一週間前、あの事件の最中で類まれな対人戦闘能力と機動兵器の腕前を見せ付けた人物と、目の前で料理を振舞う人物が全く同じとはとても思えない。
普段は髪をオールバックにし、顔の半分を覆うバイザーではなくサングラスをしているため、パッと見は同じ人物に見えないことが拍車をかけているのかもしれないが。
それに黒騎士のゼロに対する態度と、テンカワ・アキトのルルーシュ・ナナリーに対する献身ぶりが、違うように見えてどこか重なって見えてしまうのも気になって仕方が無い。
(もしかして、ゼロの正体ってルルーシュなんじゃあ……)
目の見えないナナリーを甲斐甲斐しく世話するルルーシュを見て、そう考えれば納得する部分もある、と考えるカレン。
ゼロは普段から民衆の事を第一に考えて行動している節もあるし、こうして妹の世話を焼くルルーシュもあまりイレブンやナンバーズに対する差別を口にすることも無い。
そうして益々疑いの視線をルルーシュに向けるカレン。同時にシャーリーがそれに気付き、ソワソワし始める。
そしてアキトはチラと横目でルルーシュに熱い視線を寄越すカレンを見ると、これはどうするべきなのかと内心溜息をつくのだった。
尤も、アキトも自身に注がれるニーナの熱い視線に気付くことは無かったのであるが……。
「ただいま」
生徒会の面々との食事会が終わり、自分の家であるシュタットフェルトの屋敷へと戻るカレン。
今夜は黒の騎士団の活動は無いため、ここ数日の疲れを取るためにぐっすり寝ようと寝室へ向かう。
しかし寝室へと向かう途中の廊下で、黙々と白い破片を片付ける一人のメイドを見つけると、形の良い眉を顰めた。
「ちょっと、一体何してるの」
「あ、カレン――お嬢様。お帰りなさいませ。申し訳ありません、皿を落として割ってしまいまして……」
「また!? 今月に入って何度目よ!」
苛立ちの表情を隠そうともせず、そうメイドに当り散らすカレン。
メイドはそれに対して慌てたように頭を下げる。
「申し訳ありません、すぐに片付けますので――」
だがカレンはメイドの言葉を最後まで聞くことはせず、頭を下げるメイドの横を通り過ぎてさっさと部屋へと入り、乱暴に扉を閉めてしまった。
メイドはそんなカレンの様子を暫し寂しそうに眺めていたが、やがてのろのろと床に散らばった皿の欠片を片付け始めた。
「……消えてよっ……もうっっ!」
閉めた扉にもたれ掛かり、恥ずかしさや情けなさ、その他の様々な感情が彼女内面を駆け巡り、先程のメイドを罵倒するカレン。
先程の会話での乱暴な遣り取りに自分自身に腹を立て、次に生徒会での黒騎士とルルーシュのお互いを信頼し合っている遣り取りを思い出し、それがあのメイドと自分の関係をより惨めに感じさせられた。
今のカレンは認めたくなかったのだ。
あのメイドが――自分の母親であるなどということを。
「ジェレミア・ゴットバルト。貴公の言う黒騎士の正体が、あのテンカワ・アキトというのは真か?」
「誓って違いはありません!」
同時刻、トウキョウ租界の政庁執務室において、コーネリアは呼び出したジェレミアの報告を聞き、いつも以上の厳しい視線をジェレミアに向けていた。
ジェレミアは先の河口湖のホテルジャック事件で睡眠ガスで眠らされ、あまつさえ黒の騎士団にボートで送り返されるという失態を犯していたため、叱責と当時の状況報告を兼ねて呼び出していたのだが、そこで彼は聞き捨てなら無い名前を口にしたのだ。
そう、コーネリアにとって最も憎むべき大罪人、テンカワ・アキトの名前を――
「……間違いなく奴だったのだな?」
「私が奴の声・姿を間違えることはありません! あまつさえ、奴は私の名すら呼んだのです!」
ジェレミアがテンカワ・アキトによく突っかかっていたことはコーネリア自身もよく覚えていた。恐らくジェレミアの言うとおり黒騎士の正体はあのテンカワ・アキトで間違いないだろう。
そうか、と一言呟き瞠目するコーネリア。
脳裏には怪しいバイザーをつけながらも柔らかく微笑むアキトの姿を思い浮かべるが、同時に血に塗れて倒れ付すマリアンヌを見下ろすアキトの姿も描かれる。
この七年間、ずっと奴の行方を追い、同時に消えたマリアンヌ王妃の遺体も捜したが、ようやくその片方を見つけることができた。
後はテンカワ・アキトの身柄を拘束し、約束を違えた罰を存分に与えた後に事件の真相を洗いざらい吐かせるだけだ。
「コーネリア殿下! どうか我らに出撃のご命令をっ!!」
「ならん」
「なっ……!?」
意気込んで勇み出るが、即座にコーネリアに否定され、勢いを削がれるジェレミア。
しかしテンカワ・アキトに対しては、姫殿下自身も積極的に行方を捜していたため、拒否するからには何か理由があるはずだ。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「奴にはユフィを助けてもらった借りがあるというのも理由の一つだが――」
そう言うと、コーネリアは机に何冊かの雑誌や新聞を放り投げる。
ジェレミアはそれにざっと目を通してみると、いくつかは黒の騎士団の行動を賞賛する内容の記事が書かれている。
「忌々しいことに、民の間でゼロの行動を賞賛する兆候がある。民間人に一切被害は出さず、犯罪組織や悪徳企業を次々と断罪していることがそれに拍車をかけているようだ」
弱肉強食を国是としているブリタニアの植民地だけあって、弱者を食い物にする企業や団体はいくつもある。
寧ろ、芸術肌の前クロヴィス総督があまり内政に力を注いでいなかったせいもあり、数多くの犯罪組織がゲットーだけに留まらず、租界内でもいくつもの犯罪を起こし、コーネリアの頭を痛めていた。
そして黒の騎士団はそういった組織を徹底的に潰して回り、民衆に分かりやすいよう結果を見せているため、ナンバーズだけではなく、ブリタニア人からも支持されていたりする。
「直ぐに奴らを消すこともやぶさかではないが、ここ最近広がっているリフレインに対して行政府が一向に手を下せない内に、奴らに手を出すと、今後民衆からの支持が得られにくくなる可能性もある。故に、今は奴らを泳がせておいて、先に身内の憂いを断つことを優先させる」
このエリアの総督であるコーネリアの持つ権限なら、今すぐにでも軍を集めて黒の騎士団を捻り潰すことは不可能ではない。
寧ろテンカワ・アキトを捕まえるためなら、今すぐにでもナイトメアに乗って奴の首を捕りに行きたいところだ。
だが総督ともなると、そのような私的な感傷は厳に慎むべきであるし、他にも抱えている仕事は山とある。今は内政に力をいれ、万全の状態になったその時こそ動くべきである。
逸る気持ちを抑え、コーネリアは自身をそう納得させた。
未だ納得のいかなかったジェレミアも、机の上で組んだコーネリアの手が僅かに震えていることに気付くと、姫殿下の心情を察して素直に引き下がった。
「――かしこまりました。それが殿下のご意志とあらば」
「黒の騎士団は必ず私の手で叩きつぶす。貴様は機会が訪れるまで、念入りに腕を磨いておけ」
「Yes, Your higness!」
礼をとり、執務室から退出するジェレミア。
そして一人になった部屋の中でコーネリアは暫し熟考すると、机にある通信端末のスイッチを入れた。
通信先は――EU方面軍エルアラメイン戦線司令部。
(念には念をいれておかんとな)
「あ……」
「おや、こんにちは。カレン様」
ある日の放課後、騎士団の用事も生徒会の仕事も無く、真っ直ぐ家に帰らずになんとなく租界をブラブラしていたカレンは、偶然買出しに出ていたアキトとばったり出会った。
アキトの服装はいつもの執事服でも、勿論黒いマント姿でもなく、黒いシャツに茶色のジャケットとパンツという落ち着いた、悪く言えば目立たない私服姿だ。
この服装ならサングラス姿もあまり奇異に映らないだろうなと、どこか失礼な事を考えるカレンだった。
生徒会のようにこちらを敬語で呼ぶのは、租界に居るせいもあるだろうが、黒騎士としての彼を知る身としてはかなり違和感がある。
それでも家名ではなく、名前の方で呼んでくれているのはせめてもの心遣いだろう。
「く……テンカワさん、時間ありますか?」
「少しだけなら、そうですね……いいホットドッグ屋を知ってますから、そこで話しましょう」
今まで二人で話す機会の無かったカレンはこれ幸いとアキトを誘った。
ゼロの事、彼自身の事等聞きたいことは数多くあるため、話す内容を整理するために、アキトの提案を受けて二人並んで公園の広場へと向かう。
そのホットドッグ屋は日本人――イレブンとは呼びたくなかった――の経営する店で、何気なしに買ったホットドッグは繊細な舌を持つ日本人が作ったからか、中々に美味しかった。
ジューシーなウインナーとパン、そして摩り下ろしたオニオンがマッチし、ケチャップとマスタードがアクセントとなって絶妙な味わいを演出しており、思わず持つ手を次々口へ運んでしまう。
カレンははしたないと思いつつもそれを僅か三口で食べ終え、その味の余韻に浸った後、自分の持つ疑問を早速アキトにぶつけた。
「テンカワさんは、どうしてブリタニア貴族の執事なんかやってるんですか」
「日本の救世主の一翼がブリタニアに頭を下げながら働いているのがそんなに意外でしたか?」
軽く微笑みながら、まだ半分ほど残っているホットドッグを咀嚼するアキト。
時折頷いたりしているところを見ると、ホットドッグの味を吟味していたりするのだろうか。
「……正直言って意外です。そんなキャラにも見えませんから」
「これは手厳しい」
尤もなカレンの言葉に苦笑するアキト。
アキト自身も、このような形で人に仕えることになるとは想像もしていなかったが。
ホットドッグを食べ終え、紙くずを傍のダストボックスに投げ入れると、アキトは公園で談笑する人々を眺めながら真面目な口調で言葉を繋いだ。
「一つだけはっきりさせておきますが、私がルルーシュ様の所に居るのは、あの方に借りを返すためです」
「借り?」
「贖罪――といってもいいかもしれません。それほどのものを私は彼に背負わせてしまった」
そう言う彼の言葉の端から僅かに寂しさとも後悔とも取れる感情が伺えたが、直ぐにそれは消え失せた。
だが彼とルルーシュの間に、カレンでも分からないほど強いの信頼があるのは感じられた。彼の瞳を覗き込む事こそできないが、ルルーシュヤナナリーを見守る立ち振る舞いは、執事と言うよりも、まるで父親そのものだ。
今は遠くに居る父の親愛を受けたことも無く、心から心酔した兄も既に亡くし、唯一の家族である母のからは謙った言葉しかかけられていないカレンにとって、彼らの存在はあまりにも眩し過ぎた。
「……分かりません。わざわざブリタニア人に頭を下げてまで地位を得ようとする人が。生きるため、食べるためと言えばそれまでですけど、だからってそうやって、一生相手の顔色を伺いながら生きる人生ってなんなんですか!?」
思わずそう言葉にしたのは、自分が常々思っていた本心だが、隣に座るアキトに対してはあまりにも無神経であり、失礼に当たる言葉だっただろう。
彼の生き様を当り散らすように否定したカレンは、言い終わった途端、自己嫌悪に思わず顔を伏せてしまう。
そうしてお互いが無言のまま暫しの時間が流れるが、先に言葉を発したのはアキトの方だった。
「生きるため、食べるため……それだけじゃない、何かを守るために頭を下げる事もあります」
まるで幼い子供に優しく言い聞かせるような優しい声に、カレンは顔を上げアキトの方を見遣る。
アキトの視線は公園に居る名誉ブリタニア人の一組の親子に向けられていた。
母親は黒いマントを着た子供を咎める様に叱っている。黒の騎士団の真似事でもしているのだろうが、租界でそんな事をすればブリタニア人からいらぬちょっかいを受けることになりかねない。母親の叱責は子供を守るためでもあった。
「たった一人で強がって生きていけるほど世界は優しくありません。だから強い者の傍に寄り添い、より弱い者を守るために頭を下げる……そんな生き方が。尤も、そんな生き方を続けていけば、いずれは自分自身が擦り切れ、潰れてしまう可能性もありますが」
その言葉を聞いて何故か母親を思い出すカレン。
これ以上この話を続けても自分が苛つくばかりだ。カレンはかぶりをふって話題を変えた。
「黒の騎士団はそんな世界を変えるために動いています、ですけど黒の騎士団として活動する以上、いつかはルルーシュくんやナナリーちゃんと別れる日が来る筈です。その時アナタはどうするんですか?」
自分と同じように素性を偽り、ブリタニア社会に溶け込むアキト。
生徒会の皆は大好きだけども、もしもの時は彼らを切り捨てることも覚悟の上だ。尤も、彼らを傷つけければそれに越したことではないが。
アキトはカレンの質問に一瞬思案するも、すぐにそれに答えた。
「ゼロが目指す未来は、ルルーシュ様やナナリー様にとって益のある未来となります。一つ言える事は、私が彼らと離れる時は彼らが私を必要としなくなった時でしょう」
つまりは彼ももしもの時は覚悟の上らしい。
だが、アキトの言葉を聞いてカレンはある疑念をますます深めた。
一つ深呼吸をして心を落ち着け、そしてしっかりとした言葉でその疑問を口にする。
「――ゼロの正体は、ルルーシュくんじゃないんですか」
「ゼロの正体の手掛り?」
「ハイ、確証はありませんが」
政庁の中にあるラウンジの一角で、ヴィレッタは独自に調べたゼロに関する情報を同僚のキューエルに打ち明けていた。
上司のジェレミアに報告しようとも思ったが、彼はゼロよりも黒騎士の方に執心している上に、皇族の護衛と言う今の立場に満足している節があるため、まずは同僚の関心を引いて調査を行いやすくするよう動いていた。
その折にシンジュクでの戦いの経緯を説明し、ゼロが学生と関係あるのではないかと言う事を打ち明けたのだ。
「突如敵の手に渡ったサザーランド。そして記憶の欠落が見られる何人もの兵士……確かにそう考えれば納得がいくがあまりにも荒唐無稽ではないか?」
「それを確かめるために件の学生を探すのです。現状何も手掛りの無い状態では、どんな些細な事でも調査するべきかと」
「……貴殿の言うとおりだな。分かった、こちらでも調べておこう」
キューエルの協力を得たことで一安心するヴィレッタ。
最大の懸念は、彼がヴィレッタを出し抜いて彼一人の手柄にしてしまうのではないかということだが、長年共に過ごしてきた彼女自身の感覚からしてそれはないだろうと確信していた。
ジェレミアの濃さに隠れがちだが、キューエルもジェレミアに負けず劣らずの熱血漢の上、皇族への忠誠心は並大抵ではない。未だ見つからないクロヴィス前総督を助け出すために積極的に動いてくれるだろう。
願わくば、自身の想像が当たっていることを祈りつつ、ヴィレッタはキューエルに対し頭を下げるのだった。
カレンの問いを半ば予想していたが、こうまで正面きって言われるとは予想していなかったアキト。
だが彼女の問いに対する回答には、あらかじめ用意していた答えを返すだけだ。
「残念ですが、私からゼロの事情を言う権利はありません。」
肯定でも否定でもない、回答の拒否。
だがそれはゼロの正体に対してカレンの予測があながち間違ってもいないことを示す。
思わず口を開きそうになるカレンだが、それに対してアキトは彼女の口に指を当て、静かに忠告した。
「気持ちは分かりますが、ここはゲットーではありません。誰が傍で耳を潜めているか分からないんですよ?」
「あっ……」
アキトの言葉に、ようやく今いる場所が人気の多い公園であることに気付き、口を噤むカレン。
慌てたように周りに視線を走らせるが、周囲の人間がこちらに注意を払っている様子は見られない。
「それにもし私の口から彼の正体を聞いてどうするんです? それを追求すれば間違いなく彼は騎士団から居なくなりますよ」
「私達は、ゼロに信用されていないんですか……?」
ゼロから一番の信頼を受けているアキトの言葉に、彼等から信頼されなくなったのではないかと重い、弱弱しい声でそう尋ねるカレン。
だがアキトはそんなカレンの様子を気にした用も無く、言葉を続けた。
「彼の正体が明らかになると、多くの人間に迷惑をかけることになります。だから正体を明かさない、今はそう理解して下さい」
それだけを言い終え、ベンチから立ち上がるアキト。
時計を見れば時計は6時を回ろうとしている所だった。学生のカレンはともかく、執事として働いているアキトにとっては、流石にもう帰らなければならない時間だ。
もっと色々と話を聞きたいカレンだったが、流石に彼の仕事を潰してまで訪ねることはできなかった。
だが、アキトは去り際に一度だけ振り返ると――
「だからアドバイスを一つだけ――己の持つ迷いを断ち切り、彼の信頼に応えてやれ。そうすればいずれはゼロも君達に心を開いてくれるはずだ」
たった一度だけだが、黒騎士の言葉としてそう言い残し、その場を去って行った。
そう、信頼ははじめから持つものじゃない。いくつものも言葉や行動を重ねることで得るものだ。かつてゼロも似たようなことを言っていた。
今はまだ『信用』はされていても、『信頼』はされていないかもしれない。
だが黒騎士の言う、己の迷いとは一体何のことだろう……。
朧気にそれを分かりつつも、カレンの心を覆う鬱屈とした想いは未だ晴れることはなかった。
後日、カレンが再び公園を訪れた時、あのホットドッグの店の姿は見当たらなかった。
ブリタニアの不良達に絡まれて店主が怪我を負い、それを学生が助けたと言う話を耳にしたが、詳細は分からず仕舞いだった。
名誉となり地位が保証された所で、ナンバーズが虐げられるのは変わらないという事なのか。
カレンは落ち込み、同時に館で働く母親の事を思い出してしまい、納得のできない怒りを抱えたまま公園を後にした。
「それにしても大人気だよなぁ、黒の騎士団」
「入団希望者の数も凄い数になってるもんね」
「物資も前とは比べようもならないくらい増えてきてるし……」
「まっ! おれたちゃ正義の味方だからな。今回の作戦も成功すりゃ、また入団希望者が増えるだろうなぁ」
2日後、深夜の倉庫街に静かに潜む黒の騎士団の面々がいた。
今回彼らが行う事は、巷に蔓延しているリフレインをばら撒く犯罪組織の殲滅だ。
過去を思い起こさせるという、日本人をターゲットにしたリフレインの拡散は留まることを知らず、それによって幾人もの日本人が廃人になっている。
これまで何人もの売人を締め上げて情報を吐かせ、ようやくリフレインを流す元締めの組織を突き止めたのだ。
彼らのこれまでの行いから、躊躇する必要は勿論ないため、新しく手に入れた無頼を投入して組織を完全に潰す算段である。
「あ? そういや黒騎士は?」
「ゼロが言うには、日本解放戦線との会合に行っているらしいよ」
「会合? またなんで」
「ほら、黒騎士って以前は日本解放戦線に協力してたじゃない。それが私達に鞍替えしちゃったんだから、その事情を説明しに行ったんじゃないかしら?」
黒騎士――アキトがこれまでに何度も日本解放戦線に協力してきたのは皆の知るところだったため、皆は井上の言葉に納得した。
だがカレンだけは納得したものの、黒騎士がいないことに若干の心細さを感じていた。
(テンカワさん、今回はいないんだ……)
つい先日色々と自身の心情を話したばかりだったので、なんとなく気になっていたカレンだが、アキトがここにいないことが分かると僅かに落胆する。
いつもに比べて快活さが見られないカレンを心配して扇が声をかけるものの、返答に対しても覇気が感じられない。
他の面々もカレンの様子に気づくと、大丈夫かと声をかけるが返ってくるのは生返事だけ。
ゼロの方針にメンバーのほとんどが同意し、入団希望者も増えて士気は上がる一方なのだが、それに反比例するようにカレンの気力は下がっているように見える。
元リーダーとして、なにより今はいない紅月ナオトのためにも、カレンにはレジスタンス活動などせずに学生として平穏に暮らしてほしかった。
だがカレンの強い要望でこうしてメンバーと共に行動し、そのナイトメアの操縦技術から今では貴重な戦力として皆から認められている。
しかし此処最近は何かを考えるように上の空になっている事が多く、扇としては気が気でない。
結局扇は何も言えぬまま、ゼロからの合図で作戦は開始され、カレンはナイトメアへと乗り込んだのだった。
「黒の騎士団、参上っ!!」
ゼロの案内によって、何の障害も無くアジトの潜入に成功し、速やかに襲撃が開始された。
既に現物証拠や、構成員のメンバーリスト等も入手して証拠を固め、この目でリフレインの詰め込み作業や出荷の様子もきっちり確認している。日本人をターゲットにした麻薬組織に対して黒の騎士団も容赦することはなく、徹底的に攻撃を加えていく。
玉城も以前とは違い、こういう作戦の時には、妙にはりきるようになっている。
倉庫の鉄柱や荷物をバリケードに銃撃戦が行われ、暫し状態が拮抗するが、黒の騎士団の後ろから巨大な影が躍り出たことでそれはあっさりと崩れてしまう。
「ナイトメアだと!?」
「冗談じゃねえっ!!」
ライフルを敵の構成員に向けて的確に発射して蹴散らしていく赤い無頼。
時折相手からの反撃があるものの、個人携帯のマシンガン程度でナイトメアが止まるはずも無く、無頼に乗ったカレンは次々と敵を殲滅させていった。
「やっぱりナイトメアは凄い……一機あるだけで圧倒的!」
敵が逃げ込んだ保管庫と思しき区画のシャッターが下ろされるも、迷わず突進してそれを突き破る。
残るはこの区画とその先の出荷場のみ。
カレンはすぐさまかめらに目を走らせ、敵の姿を確認するが、そこにいた大多数の人影に目を見張った。
虚空に向かって喜色を顕わに叫ぶ若い男性。
目の前に恋人がいるかのように振舞う若い女性。
年かさの男は、携帯電話を持ったつもりでいるのだろうか、興奮したようにまくしたてている。
見ればあの時公園にいたホットドッグ屋の店員もその群衆の中にいた。
虚ろな目をしたまま口にするのは、過去に夢見た希望にあふれた未来、輝かしい栄光。
しかしその夢はブリタニアという巨大な象に砕かれ、奪われ、そして今はリフレインという毒の蜜によって現実すらも奪われていた。
(これがリフレイン――)
あまりにも惨めなその姿に、こんな仕打ちをしでかした麻薬組織に、そしてリフレインに手を出すまでに心を弱らせたブリタニアに対してカレンは怒りを隠せなった。
だがそんな彼女の視界――赤外線モニターに一人の女性の姿が飛び込んできた。
地味で平凡な服装に身を包み、後ろに垂らした長い茶髪を一束に纏めた年かさの女性。子供の幻影を追いかけているのか、手を前にしながらフラフラと歩き回っている。しかしその姿にはあまりにも見覚えがあった。
「おかあ……さん?」
それは紛れも無いカレンの母の姿だった。
目の前の光景に絶句しながらも目を離せないカレン。そして母が躓き倒れそうになった所で思わず手を出してしまい、無骨な鋼鉄の掌で優しく受け止めてしまう。
無頼の手に収まったまま動かずぼうっとする母親の姿に、カレンは怒り・羞恥・悲哀その他の数々の感情がブレンドされて言葉が出ず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
そしてそれが、傍にいた敵にとっては絶好の機会となった。
突如右から銃撃を受け、火花を散らす赤い無頼。
だがそのダメージはこれまでの比ではない。個人用のマシンガンではなくナイトメアを相手にした大口径の銃撃だ。
咄嗟に掌の母の身体を包み込むように守り、次いで物資を積んだコンテナの影に隠れる無頼。
コンテナからは連続して火花が散り、その明かりに敵の姿が映し出される。
「ナイトポリス!?」
グラスゴーを警察の機動部隊用に改良した民間用機体。
しかし対凶悪犯を想定したその機体には、マシンピストルとナイトメアの装甲にも有効な小型のナイフを装備している。
横流し品とは言え、軍のナイトメアを相手に考えたこの無頼の敵ではないが、狭い倉庫内に多くの日本人が人質になっている状態では苦戦は免れない。何より人質となっている日本人が、リフレインのせいで思考能力を奪われて虚脱状態になっている事もあり、より慎重にならざるを得ない。
カレンは逸る気持ちを抑えて母をそっと地面に降ろすと、注意深く相手の方を覗き込んだ。
するとあろうことか、ナイトポリスは人質に向けてマシンピストルの銃口を向けているのが目に取れた。
「貴様ぁっ!!」
カレンは咄嗟に機体を操り、ナイトポリスに向けて無頼を突っ込ませる。
だが相手はそれを予想していたのか、一瞬で銃口を此方に向けて銃弾を吐き出した。
無頼はそれを右腕でガードするが、ダメージを受けすぎた右腕は使い物にならなくなってしまい、同時にライフルすらも手放したことになってしまう。
右腕と武器を失い、多くの人質のせいで極端に移動を制限された空間。
反して、相手は人質の事等お構いなしに攻撃を加えてくる上に、その場に留めておかなければランドスピナーで倉庫を動き回った挙句、人質を挽き肉にしかねない。
あまりにも不利な状況に、カレンは歯を強くかみ締めることしかできなかった。
突然のナイトポリスの出現には、カレンだけでなく他のメンバーも混乱していた。
別の区画を調査していたルルーシュも倉庫前へとやってきているが、無頼とナイトポリスの戦いを前に手を出すことができずにいる。
「どうして警察が!? 此処の場所は後で通報するんじゃなかったのか、玉城!?」
「お、俺はまだ何もしてねえぞっ!」
予定では組織を粗方掃除し終えた後、警察を呼んで事を収めるつもりだった。
それなのに、その警察が狙い済ましたようにナイトメアを相手にした待ち伏せと襲撃を行っている。ナイトポリス一機のみということから、完全にこちらの動きを察知しているわけではないらしいが、それでも警察が此方を襲うことは余りにも不自然だ。
「つまりはグルってことか……」
「腐ってやがるっ……!!」
犯罪を取り締まる警察と麻薬組織の癒着。
昔からよくある話ではあるが、いざそれを目の前に曝け出されると、ルルーシュはそう呟かざるを得なかった。
戦闘は一進一退の膠着状態に陥っていた。
カレンの片腕の無頼は、身体全体を使ってナイトポリスを倉庫の壁に挟み込むように押さえており、ナイトポリスはそれから逃れようと我武者羅にもがいている。
しかし銃口が下を向いているとはいえ、マシンピストルは未だ手から離れておらず、少しでもバランスを崩せばナイトポリスは自由になった後に盛大に弾をばら撒く事になるだろう。
そうなれば未だぼうっと突っ立っている日本人はもちろん、へたりこんでいる母も無事ではすまない。
「何やってるの……早く逃げなさいよっ、馬鹿っ!!」
なんとか人質だけでも逃がそうと声をかけるが、それが届いた様子も無い。
それどころか、母はこちらを食い入るように見つめており、戦闘の最中だと言うのにその目は正に子を見守る母の姿そのものだ。
「がんばれ……カレン……私の子」
突如口にした母の言葉に、虚を突かれるカレン。
それはここ数年間、シュタットフェルトの家では一度も聞いたことの無かった、母の愛情が籠められた言葉だ。
「まけるな…カレン……がんばれ…カレン……」
薬で朦朧としてるはずであろう意識の中、まるで長い間溜め込んだ膿を全て吐き出すように、母は言葉を重ねていく。
それをカレンは一字一句聞き漏らさず、母の声に応える様に次第に自身の握るレバーに力をこめていった。
そして――
「ずっと……ずっと、見守ってるからね――」
その言葉を聞き、カレンの中で全てが繋がった。
戦火で焼け出された地から逃れ、縋る様にシュタットフェルトの家に転がり込んだ母。
侵略者のブリタニア人に媚び諂うように頭を下げる母。
他のメイドに馬鹿にされ、実の娘に罵倒されながらも、あの家に居続けた母。
『生きるため、食べるため……それだけじゃない、何かを守るために頭を下げる事もあります』
同時に黒騎士が言った言葉を思い出し、カレンはようやく理解した。
母はこの七年間、ずっと一人で戦い続けていたのだ。
どこからも助けの手は無く、あるのはイレブンに対する罵倒や嘲笑等の悪意の感情ばかり。そんな最悪の環境の中で子供一人を不自由なく生活させるために、母は自分をシュタットフェルト家に預けたのだろう。
(分かっていなかったのは私の方だった……)
そんな母の心証を知らず、自分は常に母を罵倒し続けていた。
自分では想像もできないほど苦しい立場にいた母に追い打ちをかけるように苦しめていた!
そう考えれば、母がリフレインに手を出した原因の一端は自分にもある。
意を決してカレンはナイトメアのレバーを横に滑らせた。
ナイトポリスを押さえつけていた無頼は瞬時に体を入れ替えると小さく円を描くように足を動かし、ナイトポリスの片足を刈ってその巨躯を仰向けに倒させる。そしてその倒れた体に引っ張られるような形で、空いた左腕のナックルガードをコックピットに叩き込み、ナイトポリスを沈黙させた。
苦境から一転して、一瞬にしてついた決着に安堵する黒の騎士団の面々だが、安否を確かめに無頼の元に駆け寄っていく。
しかしそんな仲間の心配を他所に、カレンは無頼から飛び降りると一目散に母の元に駆け寄ると、倒れこむように母へと抱きついた。
静かに涙を流し体を僅かに震わすカレンに対して、母親は無意識に彼女の髪を優しく包み込むように撫上げるのだった。
ルルーシュはそんな母娘の様子を、眩しそうなモノを見る目でカレンが落ち着くまで眺めていた。
麻薬組織の殲滅には成功したものの、薬物に手を出したイレブンに対する刑罰は非常なものだった。
――禁固20年。
だが寧ろ法が適用されただけでもよしと考えるべきかもしれない。
薬の症状によって意識が朦朧としている最中に名誉国籍を剥奪されてゲットーに放り出されるのでもなく、こうして病院のベッドの上で安静にすることができるのだから。
そうして焦点の定まらない瞳を虚空に向けた母に対してカレンは改めて誓った。
自分や母だけでなく、みんなが普通に過ごせる世界に作り変えてみせる――無意識に手を包み込んだ母の温もりを心の奥底で感じながら、カレンは一筋の涙と共に決意した。
「黒騎士……いやアキトさん、お願いがあります」
そのためには今よりももっと強くならなければならない。
コーネリア、白い騎士、そしてさらに本国に控えているであろう音に聞こえるナイトオブラウンズ……。
世界を変えようとするゼロの前には未だいくつもの壁が立ちはだかっている。
ならば私は黒騎士と共に、それを切り裂く剣となろう。ゼロが作りあげる世界を拓き、それを阻む敵を倒し、黒騎士と共にゼロを守る双剣となる。
……ゼロの正体について、今はまだ追求しない。
それに黒騎士も言っていた。彼に信頼を得ることこそがゼロに近づける方法であると。
ならば私は信頼を得るために、今は全力でゼロを守るべきだ。
ゼロを守り、ゼロを阻む障害を払うためには力が必要だ。だから――
「もうこれ以上母のような人をださないためにも、皆を守れる力を手に入れるためにも――私を弟子にしてください」
真っ直ぐな決意の元、紅の騎士は静かに産声を上げたのだった。