コードギアス 共犯のアキト
第十七話「ナリタ攻防戦」
――モノケロス
一般的に、額の中央に大きな一本の角を持つ「一角獣」の事を指す伝説上の生物。
ユニコーンとしばしば同じものとして扱われるが、中にはそれぞれ別のものを指すこともある。
最も獰猛な野獣の一種であるとされ、古代ヘブライ語聖書の中では「力」を象徴する隠喩として述べられている。
『そおらあぁぁっ!!』
その風貌に似合わず、しかしその名が示すようにモノケロスは宛ら野獣のような動きで、右腕に持ったライフルブレードで跳びこみ斬りを仕掛けた。
まるで地を滑るように距離を詰めつつ襲い掛かる刃に、ルルーシュは寸での所でそれを回避する。
だが攻撃はそれで終わらない。
初撃をかわした後の次に襲ってきたのは、嵐のような連続突き。一撃一撃の攻撃の合間が恐ろしく短く、自分の意のままに動かせる筈のエステバリスの運動性能を持ってしても完全に回避しきれず、瞬く間に装甲に傷を生み出していく。
「おのれっ……!」
タイミングを見計らい、繰出された一突きを取り出したナイフで辛うじて打ち弾き、その隙を突いてなんとか距離をとるルルーシュ。そして後退すると同時に腰のライフルを抜くと、敵の正面に向けて一斉射。
エステバリスのライフルはナイトメアのコイルガンのそれとは違い、空間湾曲場を貫くことを主眼に置いている為、いかな重装甲でも容易く貫くことができるほどの威力を持っている。
例えあの最『硬』戦力のサザーランド・オーガーでも、まともに受ければ撃破は免れないだろう。
だがモノケロスは、向かってくる凶悪な銃弾を左腕に備えた盾で受け止め――否、弾き飛ばすことでそれを防いだ。
奇しくもそれは、無頼・改の持つ『衝角徹甲盾』の役割と同等のもののようだ。
敵に回って改めて感じることだが、実に嫌らしい装備だとルルーシュは内心で毒づいた。
(だが一発でも当たれば勝機は見える!)
例え強力な武器を持っていようとも、そのまま盾を構え続けている限りは此方に被害は無い。
ルルーシュはフルオートで撃つという愚は犯さず、断続的に銃の引き金を引きながら、味方のいるポイントへと徐々に後退していく。
だが敵の盾の影から覗く、背中の砲身が傾き銃口が此方を向いた途端、ルルーシュの背中に撃ち落された時と同じ悪寒が走り、慌てて射線上から退避する。
――――キュンッ!! 自分が落とされた時と同じ音が辺りに鳴り響き、次いで空気を切り裂く衝撃と木を薙ぎ倒す音が交じり合って、鬱蒼とした森の中にポッカリと開けた空間が形成された。
(狙撃の正体はコイツかっ!!)
作られた空間は極小さなもので、先の攻撃が貫通力を主眼に置いたレールガンだと推察できる。
だが木を薙ぎ倒してもなお威力が衰えず、森の奥まで空間が開けていると考えると空恐ろしいものだ。
『まだ終わりじゃないぞっ!!』
更にドロテアは盾を下ろすと、背中にあるもう片方の兵装のミサイルポッドを立ち上げ、同時にライフルブレードもエステバリスへと向けた。
「なっ……!!」
『そうらっ、弾けろ!!』
その言葉と同時にモノケロスのライフルの銃弾が、ミサイルが、レールガンがエステバリスへと襲い掛かる。
そしてそれは山麓の森の中で一つの巨大な爆炎を生み出し、新たに生まれた戦場を辺りに知らしめるのだった。
『ゼロ? ゼロッ!? 応答してくださいっっ!!』
「カレンッ! 今は目の前の敵に集中しろっ!!」
コーネリア達を囲んでいた包囲網を指揮していた扇がカレンに向けてそう叫ぶ。
ゼロの撃墜により動揺したカレンが攻撃を躊躇したため、コーネリアは辛うじて機体を失わずに済み、再び味方の円陣の中へと逃げこんだ。再度黒の騎士団と解放戦線の無頼がコーネリアへと襲い掛かるが、即座にそれをサザーランドやグロースターに阻まれてしまう。
『でも扇さんっ、このままじゃゼロがっ!』
敵の首領を目の前にするも、こちらの首領も喉元に刃を突きつけられている状態だ。
カレンや他の団員達もゼロの事が気になるのか、先程に比べて戦闘の動きに精細を欠いている。
無理もない、ゼロの相手はあのナイト・オブ・ラウンズ。帝国最強の円卓の十二騎士の一人だ。ソイツとゼロが一対一で遣り合っているという事だが、そうなるとゼロの身の方が心配だ。
だがゼロへ援軍を送ろうにも彼のいる場所は、ここからではあまりにも遠い。
(ゼロのいる地点はここから真反対のポイント。一番近いのは玉城の部隊だが、ラウンズ相手じゃ荷が重すぎる……)
いくらなんでも数で押し潰せるほど生易しい相手ではない。
恐らく戦えるのはカレンの紅蓮弐式と――
(他に此方とゼロのいるポイントの間にいるのは――白騎士を抑えている黒騎士かっ!)
「カレン! お前は今から黒騎士の元へ行けっ!」
『な……何言ってるの!? 今危ないのはゼロなのよっ!』
「だからだっ! ラウンズ相手に戦えるのは黒騎士しかいないっ! だが彼は白騎士を抑えている真っ最中だ。しかしもし白騎士を放ったままにすれば、それこそゼロの身が危なくなる!」
コーネリア、白騎士、ラウンズの中で今抑えなければならないのは白騎士とラウンズだ。
リーダーを抑えられてしまっては勝てる戦いも勝てなくなる。
紅蓮が抜けてしまうとコーネリアを抑えるのは難しくなるが、まず第一にはゼロの安全確保が最優先だ。
「黒騎士と入れ替わりにカレンが白騎士を抑えて、黒騎士にゼロを救出させる! 時間が無いんだ急げっ!!」
『わ、分かった!!』
いつもの扇からは考えられないほど厳しい声にカレンは頷き、紅蓮二式黒騎士の元へと向かわせる。
そして、カレンの抜けた穴を埋めるように、冷静に味方の位置を確認し、指示を飛ばす扇。
ゼロの教育は、着実に彼の中で実を結んでいた。
「殿下! 敵の赤い奴が引いていきます!」
「ゼロを援護しに行ったか……忌々しいが助かったな」
包囲網の一角を担っていた赤いナイトメアが引いたおかげで敵の攻勢が弱まり、コーネリア達は若干落ち着いて敵に対処できるようになっていた。また、敵の頭であるゼロが増援のナイト・オブ・フォーと交戦したという情報も入ったためか、どこか動揺した気配も漂わせているのも一役買っているだろう。
ギルフォードは陣形を保って中央のコーネリアを守りつつ、迂闊に近寄った無頼の一機をランスで貫くと、コーネリアに問いかけた。
「それにしても殿下、よくエルンスト卿を引っ張ってこれましたね。確かエルアラメイン戦線でEUと交戦中だったはずでは?」
「EUの方は暫く小康状態が続いていたおかげで、呼び寄せることができた。最初はノネットを呼ぼうかと思ったが、卿の方がえらく乗り気だったのでな」
ナイト・オブ・ナインのノネット・エニアグラムとコーネリアは、同じ時期にナイトメア教練を受けた仲間ということもあり、気軽に話しかけられるほどの親しい仲だということはギルフォードも知っていた。
そんなエニアグラム卿を押しのけてまで、エルンスト卿がエリア11にこだわった理由となると考えられるのは二つだけ。
「ゼロ、もしくは黒騎士が目的と――?」
「真意は分からん。だが、卿の実力はあのナイト・オブ・ワンも認めるほどだ。この戦、我等の逆転勝利もあるやもしれんぞ?」
討ち取られるのを覚悟した先程までとは違い、勝利を予感した表情で敵の包囲網を切り崩さんとコーネリアはランスを振るうのだった。
「くっ……なんという火力だ!」
モノケロスの銃撃の嵐をなんとか掻い潜り、岩陰の傍に機体を隠して息を整えるルルーシュ。
正直IFSの反応速度が無ければ、とっくに落とされていただろう。
それほど敵のナイトメアの火力は馬鹿げている。おまけにオーガーにあった接近戦のアドバンテージや射角の狭さもなく、加えてあの盾のせいでこちらの攻撃もほどんと通じない。
『ほう、生き残っていたか。中々にしぶといじゃないか』
そこには強者の余裕と言うものがあるのだろうか。ゆっくりとした動きでこちらに詰め寄る蒼い騎士の姿がある。
ファクトスフィアによって此方の位置は掴んでいるのだろう。だが攻撃で燻りだす事もレールガンで岩ごと貫くこともせずただ此方へ歩いて近寄ってくるだけ。恐らくこちらがどのような手に出るか考えつつ楽しんでいるのだろう。
なめられていると分かってはいるものの、しかし迂闊に手を出すことはできるはずもない。
こちらの武装はラピッドライフルにイミディエットナイフ。ミサイルポッドは先の狙撃で推進ユニットと一緒になって塵と消えた。
ライフルも、ナイフによる接近戦も最初の戦いで通用しないことも承知済み。
(いかんっ……勝機が見えてこないっ。このままでは負けるっ!!)
このままでは討ち取られるのは必至。
この事態を打破するには向かってくるであろう援軍を待つ事だけだが、その援軍はまだ来ない。
だがこんな所で死ぬ事はできない。ルルーシュは絶望に塗りつぶされそうになる心を奮い立たせて、次の遮蔽物へと機体を走らせた。
「ふ〜ん……また随分と趣味の悪い機体になっちゃったねぇ」
「元は接近戦仕様の機体でしたよね、ランスロット・クラブは」
特派のトレーラーで、モノケロスのスペックを見たロイドの言葉に、セシルはかつての機体の姿を思い返していた。
今のようなライフルや兵装も持たず、ましてや盾等持たせていなかったそれは、ランスロットと同じく圧倒的な機動力と格闘戦能力を持たせた機体だった。しかし作ってみたはいいものの、乗り手が居らず、そのまま倉庫にお蔵入りになろうとした所を、皇族の息がかかっていると思われる技術局が引き取っていったのだ。
誰にも使われないままでいるよりはいいかと、ロイドは継続した戦闘データとの引き換えを条件にそれを引き渡したのだが、相手方は思った以上に弄くってしまったらしい。
「今はモノケロスだよ。あくまで予備として作ってたからランスロット程の出力は無い筈なんだけど……」
ディスプレイに映されたモノケロスの姿は、かつてあったであろう剣を持った騎士の姿は見る影も無い。
中距離と近接距離の両方に対応できる可変型ライフルブレード。量産型ナイトメアにも搭載を検討されている小型連装ミサイルポッド。特務部隊で使用される狙撃銃を改良したショートバレルレールガン。そして傾斜装甲を備えたスクエアシールド。
オーガーをも超える過剰な武装は、並のナイトメアでは扱うことができないだろうが、第七世代に分類されるモノケロスの出力であれば、運用も可能だろう。
いや、寧ろ並以上の機体性能を持っていたからこそ、施された武装ではないだろうか?
「さながら試作兵器の塊だねぇ、これは」
「でもそれを、エルンスト卿は難無く使いこなしている……」
「流石はビスマルク卿も認めるナイト・オブ・フォー! いやぁ、スザク君もそうだけど彼女もいいパーツだよねぇ♪」
「ロ・イ・ド・さん!?」
ランスロット並とはいかないが、このモノケロスも過剰な武装を施されえたとは思えないほど、軽快な動きをしている。
ピーキーな機体に、試作兵器をごまんとのせているため、扱いにはランスロット以上の困難が伴うであろうが、画面上でエステバリスを追い詰めるモノケロスの動きにそんなものは全く感じない。
スザクもいいデバイサーとは思っていたが、やはりラウンズに選ばれるだけあってその技量には目を見張るしかない。
(ま、僕もモノケロスの技術には興味あるし、ここは一つじっくりと観察させてもらおうかな)
横でわめくセシルの小言を右から左へと流しつつ、ロイドは冷徹な技術者の眼をすると、セシルにモノケロスの動きを逐一チェックする様言いくるめた。
そして、もう片方のモニターに目をやると、ロイドは今度はいやに難しそうな顔をしてしまう。
モニターに表示されるランスロットとデバイサーの状況はあまりにもよろしくないのである。
もう一つの戦場でも二人の騎士が熾烈な戦闘を繰り広げていた。
漆黒のエステバリスが上段から振るうブレードをランスロットのMVSが受け止め、空いた胴に目掛けて蹴りを放つも、エステバリスはナイフを握ったもう片方の手の甲でそれを阻むと、次いでブレードとナイフを巧みに用いた連続突きを放ってくる。
異なる間合いと時間差を利用した連続攻撃に、たまらずスザクはランスロットを後ろへと跳躍させる。同時にヴァリスによる射撃を仕掛けるも、単発のヴァリスはいとも容易く射線を見切られて回避されてしまう。
「くっ……更に動きが苛烈に!?」
援軍の登場によって敵側の大将を目前にしたことで、こちらの士気は上がっているものの、それに反して目の前の黒騎士の攻撃性は目に見えて増大している。
第七世代という最新鋭の機体を持ってしても止められない黒騎士の底力に、スザクは戦慄にも似た感情を覚えていた。
「そこをどけっ!」
一方のエステバリスを操るアキトはといえば、ルルーシュのピンチを聞きつけて焦燥に駆られていた。
己が課した特訓によって、対人・待機動戦闘の実力が向上しているとはいえ、敵国のトップクラスのパイロットに勝てるほどの実力はルルーシュにはない。
一刻も早くルルーシュの元へと向かうために目の前の白い騎士を倒すことに注力するが、相手もそう易々と倒されてくれるはずもない。
(ちっ……コイツ、シンジュクの時より一層強くなっている!)
武装が充実していることもあるだろうが、以前に比べてこちらの攻撃を確実に捌き、あるいは回避している。
加えてこの改良エステバリスは実働七年にもなる旧式といってもおかしくない機体だ。いくら未来の技術を使っているとはいえ、ブリタニアも散々此方のデータを取得しているはずだ。
長引けばそれほど此方が不利になるし、ルルーシュの身も危うくなる。
アキトは『切り札』の一つを切ろうと一瞬考えたが、レーダーが捉えた信号の一つを目に留め、ハッとする。
白騎士も此方に向かって来る影の姿を捉えたのか、此方を警戒しつつも向かって来る相手に油断無く剣を構えた。
見る見るうちに接近し、森の木々から姿を現したのは、目にも鮮やかな真紅の機体――。
「カレンかっ!」
『黒騎士さんっ、下がって!』
二機の間に割り込むように飛び出した紅蓮弐式は右腕の速射砲を白騎士に向けて放つが、相手は腕から発生させたエネルギーフィールド――ブレイズルミナスを展開し、それを防いでしまう。
しかし二機はそこから追い打ちや反撃を返すことは無く、三機のナイトメアは睨みあい状態に入った。
アキトは駆けつけたカレンに感謝の言葉を送る。
「助かったぞカレン……この短時間でここまで来たという事は、『使った』んだな?」
『ハイ』
「……残量はどれくらいだ?」
『長距離移動はできませんが、戦闘に使う分には十分な量です!』
カレンの答えを聞いてそれなら十分に勝機はあるとアキトは判断する。
理想ならばそのまま残って二人で目の前の敵を倒したいが、今はゼロを守ることが最優先だ。
それに紅蓮のスペックならば、目の前の白騎士にも引けを取らないし、彼女の実力も折り紙付だ。
第一ここで弟子を信じないでどうするというのか!
「よし、ならば俺はこのままゼロの元へ行く! 後は頼んだぞ、カレンッ!!」
『ハイッ、師匠!!』
勢いのいい返事をカレンが返すと、アキトはエステバリスを跳躍させ、その場で反転しゼロの元へと機体を走らせた。
「ま、待て!」
『行かせないよっ!』
それを逃がさんとヴァリスをエステバリスへ向けるスザクだったが、突如迫ってきた巨大な爪を視界に納めると、慌てて後ろに下がって回避して銃口を赤い機体へと向け、トリガーを引いた。
コイルガンとは比べようもない威力と弾速を持つ弾丸は、しかし相手を捉える事は無く、せり立つ岩や木々を削るだけだった。
続けて二射、三射とトリガーを引くも相手はそれを悉く避けている。
黒騎士のような熟練の技量による先読みの回避ではない。単純にこちらの反応速度を上回るスピードで赤い騎士は射撃を回避している。
「ランスロットの動きについてきている!? 黒の騎士団にこんな機体が……!」
『シンジュクの時の借りを返させてもらうよっ!!』
先程飛ばした右腕をワイヤーで巻き取り終えると、カレンは紅蓮の腰を沈めると、コックピットの背後――紅蓮の腰に当たる部位のカバーが開いてノズルが顔を出し、IFSを通じてそれを発動させた。
「なっ!?」
先程まで20メートルは離れた所で射撃を回避していた機体が、一瞬にして目の前まで接近したことにスザクは驚きを顕わにする。
そして紅蓮は特徴的な右手を開くと、コックピットに向けて瞬時に腕を振り上げた。
スザクは慌てて後ろに下がってそれを回避しようとするも完全には間に合わず、右腕に握っていたヴァリスが爪牙に捕まり、それを切り裂かれるのを目にして、再び驚愕した。
だが赤騎士の攻撃はまだ終わらない。
紅蓮は更にそこから一歩踏み込んで左手の十手に似たナイフ――呂号乙型特斬刀――を横に煌かせ、次いで回転の勢いを保ったまま右手の爪牙を浴びせかける。
ランスロットはもう一本のMVSを抜くと、襲い掛かる特斬刀の刃を弾き、反対の手に握ったMVSで逆に相手の爪を切り裂こうとするが――
ギャリイイィィンッッ!! 如何なる物を切り裂く赤い聖剣は、敵の爪を切り裂くことはできず、その場で赤い火花を生じるに留まった。
「この爪……MVSと同じヤツかっ!」
『そんな武器なんかぁっ!!』
白い騎士と赤い騎士は、ひたすら相手を切り裂かんと、赤い双剣と爪牙を振るい交差させる。
だが騎士のような白い機体と、怪物然とした赤い機体の戦いのそれは、まるで聖書に出て来る一幕のように見えた。
『フッ、随分と粘るじゃないか、ゼロ!』
「くっ……!」
同じ頃、ゼロはナイト・オブ・フォーを相手に未だ奮戦していた。
機体性能に因るところもあるが、障害物となる木々や岩山がある地理的な要因や、相手が此方を殺さないよう手加減をしている事もあるだろう。
しかし既に右腕は武器のライフルごとレールガンで撃ち抜かれ、無茶な回避行動のせいで機体各所は既に悲鳴を上げている。
途中、玉城の部隊が援護に現れるも、たった数機の無頼だけでナイト・オブ・フォーを相手にできるはずも無く、あっという間に落とされて、脱出装置の中で悪態をつきながら遠方へと消えていってしまった。
戦闘を始めてから未だ10分も経っていないが、既に何時間、何十時間も戦い続けているように感じるほどルルーシュは疲労していた。
だから、すぐ傍まで迫った機影に気付くこともできなかった。
突如左腕が弾け、残った武器となるイミディットナイフごと失ってしまい、両腕を喪失してしまうエステバリス。
「なにっ!?」
驚いて銃撃の方向をいると、そこにいたのは二機のグロースター。
一機の右腕には先程こちらの腕を奪ったのだろう、銃口から煙を上げたライフルを握っている。
『グランストン・ナイツか、よくやった』
彼らはダールトン将軍の養子であると同時に、精強な部隊でもあるグランストン・ナイツのメンバーだ。
エリア11にいるダールトンを助けんと、ドロテアと共にこの地に来ていたのである。そして彼女と同じくこの危機に駆け付けた援軍でもあった。
『エルンスト卿、コーネリア総督の下には既にデヴィッドとバートが援護に向かってます』
『本陣にはクラウディオが残っているため後詰めも心配ありません』
『ならば後はゼロを捕らえるだけか。よくやった、アルフレッド、エドガー』
ドロテアは二人にねぎらいの言葉をかけると、両腕を失い地に伏せたエステバリスを見下ろした。
最早戦闘能力は皆無、周囲も固められてほぼ詰みに近い状態だ。
『さて、ここまでのようだな、ゼロ』
「伏兵とは……おのれ卑怯なっ!」
『卑怯? くっくっく、ならば貴様の作戦は卑怯ではないとでも?』
思わず口から出た悪態に対し、ドロテアは笑いながらそう返した。
彼女の言うとおり、戦場においては卑怯もへったくれもない。それに伏兵による挟撃が卑怯だというならば、ルルーシュの取った土砂を使った作戦は卑怯を通り越して、極悪非道な行いになってしまう。
頭ではそんなことくらい理解しているルルーシュだったが、この絶望的な状況ではそんな悪態が出るのも無理はなかった。
「投降するがいい、ゼロ。貴様には聞くべきことが山ほどあるんだからな」
『残念だが、ブリタニアに屈するくらいなら最後まで足掻かせてもらう!』
挫けそうになる心を奮い立たせ、エステバリスを立ち上がらせるルルーシュ。
最早この場での負けは確定的に明らかだが、相手の言質からこちらの命を奪うまではしないようだ。
希望的な観測だが、クロヴィスの身柄や仮面の下の素顔を暴くまではブリタニア側もこちらの命を取ることはないはずである。
そうなればいくらでもチャンスはあるし、もしもの時は『ギアス』を使えばいい。
そうと決まれば、此方は動かなくなるまで精々足掻かせてもらうだけだ。
『ふっ、無謀だな――』
両腕を失い無様に立つエステバリスに対し、ドロテアは嘲笑の言葉を投げかけるものの、その目は期待に満ちていた。
組織を束ねる者ならば、自らの命を賭けるくらいの気概を持たなければ、戦場に立つべきではないと常々思っているドロテアにとって、ゼロはこそこそと隠れて後ろから命令を飛ばすことのできない臆病者と思っていたのだが、目の前の男はボロボロになりながらも、こちらと戦おうと懸命に足掻いている。
実力はともかくとして、その胆力だけは賞賛すべきものだと、ドロテアはゼロの人物評価を改めていた。
無論、それでこの場から逃がすほど甘くはないが。
『手間はとらせんが、骨の何本かは覚悟しておけ』
ドロテアはそう言ってライフルブレードの銃身を立ち上げて、戦闘パターンを銃撃モードから近接モードへと移行させる。
そしてブレードの切っ先を眼前のエステバリスに突き刺そうと腕を振りかぶったその時――
ガキイイィィンンッ! 突如森の奥から飛来したナイフがモノケロスへと迫ったが、ドロテアは冷静にそれをブレードの腹で弾いた。
甲高い音が一瞬辺りを支配し、次いで姿を現したのは黒い影。
アルフレッドとエドガーのグロースターが、いち早くそれにライフルの銃口を向けるが、黒い影はそれよりも早く迫ると、手に持った大振りのブレードでグロースターの腕を切り落とし、もう一機に対しては弾かれたナイフをキャッチするとそれを薙いでライフルを貫いて沈黙させ、更に強烈な蹴りをお見舞いして機体を吹き飛ばした。
『ほう……』
一連の動作を目にして驚嘆の声を漏らすドロテア。
そしてその影はゼロの機体の傍に近寄ると、それを守るように彼らの前に立ち塞がった。
『ゼロ、無事か!?』
「黒騎士かっ……助かったぞ」
黒い影――漆黒のエステバリスに乗るアキトは間に合った事に安堵しつつも、油断無く目の前にいる機体に注意を払う。
蒼い騎士の姿形は先程戦った白騎士とどこか似通っているものの、兵装が極端に異なっている。
加えて機体の佇まいやどことなく感じる圧迫感から、只者ではないとアキトは直感で感じていた。
『……ゼロ、こいつが例の円卓の騎士か?』
「そうだ、皇帝直属のブリタニアの最強の騎士の一柱、ナイト・オブ・フォーのドロテア・エルンストだ」
ルルーシュはさらに相手の機体構成や自身の肌で実感した戦い方などをアキトに伝える。
アキトはそれらの情報を吟味しつつ、どのようにして目の前の蒼い騎士を倒すか考えていると、その相手から通信が送られてきた。
『貴様が黒騎士か』
『そうだと言ったら?』
アキトはその問いに対して、冷静に言葉を返すだけだ。
今までブリタニアの敵兵に幾度となくそう尋ねられ、次いで返ってくる反応は決まって憎しみや恨みといったモノ。
七年もの間にアキトが殺したブリタニア兵の事も考慮すると、己に憎しみを負っている人間はまだまだいると考えており、目の前の青い騎士もその類の一人だろうと考える。
だがアキトの予想に反して、相手の反応はいつもと異なっていた。
『そうか……ようやく……ようやく会えたぞ!』
スピーカーから聞こえた声からは、憎しみといった黒い感情を読み取ることはできず、寧ろ喜色を抑えているようにも聞こえる。
今までの相手とは違った反応にアキトは若干困惑してしまう。
『お前は……俺を憎んでいるんじゃないのか』
そう問いかけるアキトに対して、最早ドロテアは感情を隠そうともしない。
『憎む? おかしな事を言う! 私が貴様に会いたかったのは剣を交えるのを心待ちにしていたからだ!!』
『なんだと?』
『私が尤も尊敬する騎士ビスマルク卿も認める剛の者! この七年間一度も負けたことがないという影の強者!!』
スピーカーを通じて聞こえるドロテアの声からは、文字通り歓喜に満ちた声が流れてくる。
それはまるで恋焦がれた少女のように、
それはまるで玩具を前にした子供のように、
そしてそれは――獲物を前に舌なめずりをする猛獣の唸り声のようにも聞こえた。
『私は貴様を倒して更に上を行くっ!!』 文字通りの獣と成り果てた青い騎士は、その剣と盾を構え、黒いエステバリスへと疾駆した。
『ハアッ!!』
エステバリスのブレードの間合いへと入る寸前、ドロテアはモノケロを低く跳躍させ、滑り込むように突撃しライフルブレードの刃を黒い頭へと突き出した。
アキトはそれをブレードとイミディエットナイフを交差させて寸での所で防ぐ。
『グランストンナイツ、貴様等はゼロを追えっ! コイツは私の獲物だ!!』
『『Yes,My Lord!』』
接近戦に持ち込み、ドロテアは視線をエステバリスへ固定しつつも任務は忘れず、ゼロ捕縛の指示を出す。
アルフレッドとエドガーはその命を守り、ゼロの前へと立ち塞がった。
『貴様等を相手にしている暇は無いっ!!』
しかし両腕を失い戦闘能力を失ったとはいえ、ルルーシュが乗る機体は、グロースターよりも遥かに上のスペックを持つオリジナルエステバリスだ。
ルルーシュはエステバリスの腰を深く沈めると、脚部のバネを生かして大きく跳躍し、二機のグロースターの頭上を飛び越えてそのまま逃走を図った。
二人はライフルを失っているため、スラッシュハーケンをエステバリスに向けて放つも、ローラーダッシュによる加速性能でそれを振り切られ、慌てて追走に入る。
『黒騎士!、必ず生きて戻れよ!』
ルルーシュは去り際にアキトに向けて短い通信を入れて、そのまま戦場から離れていった。
「それはこちらの台詞だ!」
『余所見をしている暇があるのか、黒騎士ぃっ!!』
視線を正面に戻すと、モニターに赤く光る剣の切っ先が迫ってきている。
飛び込み斬りを防がれたと見るや、剣を引いて即座に突きへと切り替えたのだ。
紙一重でそれを回避して反撃の斬撃を放つも、突如視界外から襲った思わぬ衝撃に体勢を崩してしまう。
僅かにモニターの片隅に映るのは、モノケロスの持つスクエアシールド。
モノケロスは盾による殴打をまともに受けて、よろけるエステバリスの腹に向けて、機体を回転させ強烈な後ろ蹴りを放った。
まともにその蹴りを受け止め、大きく後ろに吹き飛ばされるエステバリス。
機体の大きさは此方の方が大きいとはいえ、ウェイトには実の所あまり差が無い上、最新鋭機の相手からの攻撃は中々の威力がある。
アキトは歯を食いしばって機体を操作し体勢を立て直すと、モノケロスに向けてスラッシュハーケンを放つ。
『ぬるい!』
だが相手は冷静にそれを回避すると、ワイヤーをブレードで断ち切り、さらに全ての火器を立ち上げるとエステバリスをロックする。
『弾けろぉっ!!』
ポッドから6発のミサイルが発射され、更にライフルからは貫通力の高い弾丸が相次いで発射される。
「……ふっ!」
しかしアキトは迫り来るミサイルの弾頭と銃口を冷静に見極め、機体を前進させながらそれらを縫うように掻い潜る。
そうしてミサイルを5発まで回避し、頭のすぐ傍を抜けたライフルの弾を知覚しつつ、残った一発のミサイルをぎりぎりで回避しようとし……咄嗟に大きく横へと跳躍した。
――キュンッ!! 先程までいた空間を青い光条が貫き、背後にあった森の木々を薙ぎ倒していく。
ミサイルとライフルの攻撃の合間を狙い澄ますようにして放ったレールガンの一撃を回避され、驚愕するドロテアだが、すぐにそれは歓喜の表情へと変わった。
『いいぞ! 私が思ってた以上の実力だ! そうでなくては楽しめないっ!!』
「戦闘狂めっ……!」
ドロテアの戦闘力と好戦的な性格に舌打ちをつき、再びモノケロスへと向かうエステバリス。
戦闘はまだ、終わらない。
「くっ……エネルギー残量が心許ない!」
一方、戦場から離れるルルーシュは当初こそ追跡の手から逃れてはいたものの、戦闘開始直後から上空偵察や情報収集等を行っていたため、機体のバッテリーが枯渇しかかっており、次第にその距離を縮められていた。
『逃がさんぞ、ゼロッ!』
『大人しく縛につけっ!!』
エステバリスの姿を捉えたアルフレッドらはランドスピナーを唸らせてエステバリスへと迫っていく。
いくら機体スペックが高くとも、機体が動かなければどうしようもない。
「ええいっ……! しつこいヤツラめ!!」
こうなれば危険を覚悟で機体を降りて口八丁で奴らを機体から出させ、ギアスをかけるしかないかと考えたその時である。
シュパッと空気の抜ける音がすると森の奥からロケット弾が白煙を引きながら現れ、それが追走するグロースターの一機に命中したのだ。
「なにっ!?」
被害を受けたグロースターは撃破こそ免れたものの、右腕を完全にやられて戦闘能力を喪失していた。
更に森の奥からはロケットランチャーを構えた歩兵と、数機の無頼が現れてグロースターに迫ってくる。その衣服と機体カラーリングは黒の騎士団のものだ。
黒騎士との戦いで武器のほとんどを失い、今また被害を受けたグランストンナイツらは、この援軍の中でゼロを捕縛するのは不可能と判断し、踵を返して森の中へと消えていった。
周囲の安全を確認し、無頼の一機がエステバリスへと向き直り、通信を寄越す。その通信相手を見てルルーシュは驚愕した。
『大丈夫か、ルルーシュ?』
「C.C.!? お前、どうして此処が……それにナイトメアを操縦できたのか?」
『私はC.C.だからな』
「答えになってないぞ、全く……まぁいい、それはともかく助かった」
思わぬ援軍だったが、危うい状況を救ってくれたのは間違いないので素直に礼を述べるルルーシュ。
C.C.はそれをなんだかむず痒そうな面持ちで受けていたが。
それはともかくとして、ルルーシュはこれ以上戦闘を続けてもコーネリア捕縛は難しいどころか、更に向かってくるだろう敵の援軍を考慮し、展開している部隊に撤退の合図を送った。
「全軍に通達! これ以上の戦闘は無意味だ! 各員、それぞれの逃走ルートを使って撤退せよ!!」
この情報は日本解放戦線にも当然送っており、あらかじめ用意した逃走ルートに従って彼らも逃げる手筈になっている。
無論ブリタニアの追跡はあるだろうが、ルートには吸着地雷をはじめ、ブリタニア軍からせしめたケイオス爆雷も使ったトラップを仕掛けているため、容易に追ってはこれないだろう。
「行くぞ、C.C.、このまま此処にいるのは危険だ」
随伴していた歩兵達に労いの言葉をかけつつ撤退を促し、自らも動こうとするが、ここでC.C.がとんでもない事を言い出した。
『私は黒騎士の援護に行く』
「なっ……何を馬鹿なことを言っている!! お前が言った所で奴の足を引っ張るだけだ!」
『いくらアイツでもラウンズ相手に一人では無茶だ。それにな、私は気まぐれな魔女なんだよ』
そう言ってC.C.の乗った無頼は黒騎士のいる方へと機体を走らせて行った。
呆然とそれを見送る隊員達。だがルルーシュは頭を抱えつつ、それを無視できない自分に腹を立てながら、傍にいた見知りの団員へと声をかけた。
「ええいっ、勝手な真似をっ……!! 杉山、お前の無頼と機体を交換させろ! 操縦方法は同じだから逃げるだけならば問題ない!」
あれよあれよと言う間にルルーシュは機体を交換し終えると、来た道を引き返し、自らC.C.を追いかけるのだった。
『いいぞっ、私が思ったとおり、お前は最高の戦士だっ!』
「ちいいっ!!」
最初は確実に捌いていた攻撃が徐々にこちらの装甲を削るようになり、逆にこちらの攻撃が回避されるようになっていく。
機体性能もあるのだろうが、恐らくこちらの戦闘パターンをあらかじめ研究してきたのだろう。ほんの僅かな時間でこちらの動きについてきている。
「なめるなっ!!」
アキトは勢いよく機体を跳躍させながら回転させ、ブレードとナイフの二連撃を放つが、ドロテアは一撃目を盾で、二撃目を回避して即座にライフルブレードの刃をエステバリスの首へと滑り込ませるが――
ギャリイインンッ!! 寸での所ナイフで防ぎ、そのままモノケロスの顔に蹴りを放つ。
空中で放った回し蹴りは狙い違わず命中し、清廉な青騎士の顔を砕いた。
思わぬ衝撃に体をよろめかせ一瞬無防備になるモノケロス。そしてその隙を逃がさぬアキトではない。
機体を着地させ、左手に握ったブレードを手放すと、エステバリスの拳を握り締めその胴体に拳を突き出した。
ドロテアもそれに気付き、咄嗟に盾で防ごうとする。だが、盾の装甲すらも抉り取り、弾丸と化した拳はモノケロスの機体へと吸い込まれた。
「切り札は最後までとっておくものだっ!」
その攻撃の正体はデイストーションフィールドを纏ったパンチ。
現状のユグドラシルドライブでは機体全体にフィールドを纏わせるほどの出力はないものの、パンチ一発分程度のエネルギーは十分にあった。
だがそれでも消耗度は桁違いなため、もしもの時のためにとっておいた『切り札』なのだ。
この直撃を貰えばどんな相手だろうと倒れぬはずはない。
そう思っていたが――
『まだだああぁぁっ!!』「なにっ!?」
突き出していた拳が腕ごと切り裂かれ、次いで右から盾の強烈な殴打を受けて機体が吹き飛ばされた。
相手がまだ動けたことにも驚愕したが、それよりもエステバリスがその動きに対して全く反応できなかった事に疑念を抱いた。
だがそれは単純な事だった。
アキトが片隅にあるウインドゥに目をやるとそこにはこうあった。
『残念! エネルギー切れ!』
なんという失態か。
相手が動いているのも、先程のディストーションパンチが完全な威力で叩き込まれなかったせいだろう。
加えて戦闘時間はいつもに比べて長いということはないが、恐らく目の前の騎士との戦闘で通常以上に機体に負荷をかけていたのが原因なのだろう。
こういう時は、ネルガル特有のOSの特徴である目の前の可愛らしい文字が余計に鬱陶しく感じてしまう。
『終わりだ黒騎士!』
ボロボロになりながらも機体を動かし、ブレードを突きたてようと迫るモノケロス。
マズイと思いつつも、機体は動かない。
最早これまでかと思ったその時――
『させない!』
横の森から一機の無頼が現れ、ボロボロのモノケロスへ向かって突進を仕掛けた。
しかし機体がほぼ全損しかかっているとはいえ、流石はナイト・オブ・フォーといった所か、冷静にそれを欠けた盾で受け止めている。
『無事か、黒騎士!』
「その声は……C.C.!?」
思わぬ援軍にそう声をあげるアキトだが、彼女のおかげで一命を取り留めたのは確かだ。
「何故ここに……!? ともかくお前じゃゃ無理だ! 早く離れろ!!」
『確かに私一人いた所で、コイツは倒せん。だがこのIFSを使えば……っ!!』
無頼のコックピットで必死に機体を操作するC.C.だったが、機体を自分の思い通りに動かす事ができるというこのIFSについて知ったとき、彼女は一つの方法を思いついたのだ。
自分の思うように動かすと言う事は、体内の電気信号とナノマシンを通じて機体を操作しているのだろう。
それはつまり――
『ナイトメアに乗ったままで、ショックイメージを送れるっ!』
彼女の額に赤い鳥の文様が浮かび上がると、ナノマシンを通じて膨大な情報が溢れ出し、それは接触していたモノケロスに搭乗するドロテアにも流れ出した。そしてそれは全身をナノマシンで蝕まれたアキトも例外ではなかった。
(な、なんだ――これはっ!?)
突如視界が白い閃光に覆われ、光の濁流へと放り出せるドロテアとアキト。
そして次に流れてくるのは様々なイメージ。
煙を引きながら天空を駆け上がる光の矢。
晴天を覆う巨大なキノコ雲。
苦悶の表情で地に倒れ付す兵士、人、子供。
広場に向かって演説を行い、そして狂気に包まれる民衆達。
これまで世界で幾度も行われてきた戦争の歴史。
そしてそれだけではない。
映し出されるイメージの合間に、明らかに一人の人間の視界から映し出されたモノも飛び込んできている
(あ……あ、あぁ……!)
(これはまさか――過去の記憶?)
途絶えることのない銃火の中で、血と涙に濡れながら前へと進む黒い肌をした同胞達。
業火に包まれ、崩壊する宇宙ステーション。
蔑みの視線で見下ろす白い肌をした大人達。
赤い制服を着てどこか軽い笑みを浮かべながら、血溜りに倒れる青年。
民衆に囲まれて石を投げられ、そして炎に包まれ燃え立つ教会。
同じように炎に包まれ、その中にいるであろう父母を思い、涙を流す過去の自分。
(俺の記憶と――もう一つは蒼い騎士の!?)
(止めろっ……私の心を、覗くなっ……!!)
そして溢れる情景に揺れながら、その場から動くことのできない三機の元に、新たな闖入者が現れる。
『無事かC.C.!』
(この声は……ルルーシュ!?)
C.C.を追ってきたルルーシュが追いつき、彼女を連れ戻そうと無頼の腕を掴もうとする。
『何をしている! 黒騎士の足を引っ張るんじゃないっ!』
『よせ! 今機体に触れるなっ!!』
だが彼女の静止を聞かずルルーシュの乗る無頼はC.C.の無頼へと触れ、途端にルルーシュの脳裏にもそのイメージが注がれていく。
(ぐっ……、これは一体!?)
同じようにルルーシュもそのイメージの中に溺れ、四者の記憶が混ざり合って彼等の中を錯綜する。
ルルーシュも、アキトも、C.C.も、そしてドロテアも各々が見ている風景に飲み込まれそうになりつつも、正気を保っていた。
だがそれは唐突に終わる。
(風景が――変わって――?)
誰の記憶でもない、どこかも知れぬ風景。
多様な景色がジェットコースターのように次々と浮かんでは消えていった先程とは違い――いつの間にか周囲は黄金の幾何学模様に包まれていた。
……いや、ただ一人アキトだけは『ソレ』をよく見知っていた。
かつて戦友と共にそれを宇宙へと飛ばし、
かつて己の妻がソレに取り込まれ、
多くの勢力が未知で強大な力を持ったソレを手に入れるために多くの犠牲と血を流した事は、今もこの体が覚えている。
そしてふ、と見れば其処にあるのは二つの人影。
それを見て何故か手を伸ばして、その影に触れようとし――
「「アキト(さん)」」 かつて愛したふたりの声を耳にし、アキトの視界は闇に塗りつぶされた。
「っっ!!」
唐突に意識が戻り、ルルーシュの視界にコックピット内の計器類が映し出される。
先程見た景色が一体何なのか、気になる所ではあるが頭を振って思考を切り替えると、モニターに映る光景に目を丸くした。
『うあ……あああぁあぁぁーーーーっっ!!』
蒼い騎士が武器と盾を滅茶苦茶に振り回して暴れまわっている。
しかし明確な目標があるわけではないらしく、闇雲に盾を振り回し、ライフルを撃っているため、迂闊に近づくと危険だ。
「くっ! 一体なんだと言うのだ!?」
『はぁ……はぁ……恐らく、過去の記憶を、見て、暴走して――』
そう言うC.C.の言葉が終わらぬ内に、蒼い騎士の放ったライフルがC.C.の乗る無頼の肩を打ち抜き、機体が崩れてしまう。
それを慌てて支え、崩れないように抱きかかえるルルーシュ。
「C.C.!」
『ゼ……ゼロ、早く此処から離脱するぞ!!」
通信からアキトの声が届き、そちらに視線を移すルルーシュ。
だがモニターに映るアキトの表情は素人目から見ても、かなり悪いように見て取れる。
「お前は大丈夫なのか!?」
『つっ……通常モードにすれば移動はできる! 早く行くぞっ!!』
明らかに無理をしているのは分かっているが、確かにこのままではこちらの被害が増えるだけなので、ルルーシュはアキトのエステバリスと協力して無頼を抱え、辛うじて戦場から去ることができたのだった。
その数分後、コーネリア陣営も全部隊に撤退命令を出し、多くの血と土砂をこのナリタの地に流し、戦闘は終結した。
「アキト、C.C.の様子はどうだ?」
「傷は大した事ないし、呼吸も安定しているから、少しすれば気がつくだろう……ただその傷の直りが人間とは思えないほど早い」
「そうか……だが、お前も随分と無茶をしていた。今は休んでおけ」
「そうだな……そうさせてもらう」
既にナリタでの戦闘は終わり、ルルーシュ達は洞穴の中に避難して体を休めていた。
ラウンズの追撃も無く、コーネリア達も大分消耗していたせいか、ブリタニアの主力部隊は租界へと引き返し、黒の騎士団と解放戦線も所定の位置に退避を終えている。
だがルルーシュは、アキトとC.C.の消耗度の具合から、この洞穴で一時の休息を取ることを選び、自らが見張りをしつつ彼らの回復を待っていた。
エステバリスのエネルギーが完全に底をつき、C.C.の無頼も動けなくなったせいもあるが。
「……う」
「気がついたか、C.C.」
暫くするとC.C.の目が覚め、それに気付いたルルーシュは彼女の傍によると水筒を手渡し、C.C.はそれを受け取って喉を潤した。
「此処は?」
「主戦場から離れた洞穴だ。ブリタニアの追跡もここまでは来ていない」
そうか、と呟きそれっきり黙るルルーシュとC.C.。
アキトはそんな彼らを背にして身じろぎ一つせず体を休めている。
「一つだけ聞くぞ……何故あんな無茶をした」
C.C.が落ち着いたのを確認すると、ルルーシュは先の行動の真意を尋ねた。
確かにアキトが助かったとはいえ、勝手な行動を許せば彼女だけでなく自分や他のメンバーも危機に晒すことになるため、それだけは戒めねばならない。
「あえて言うなら……なんとなく、かな」
「俺は真面目に聞いてるんだ」
怒気を含んだルルーシュの声に観念したのか、C.C.は目を伏せて静かに語った。
「言っただろう? お前に死なれては困ると……アイツはお前を守る絶対無二の盾。お前を守るためにテンカワ・アキトが死なれては困るのだ」
「それで……お前は代わりに死んでも問題無いというわけか?」
「私は魔女だ。例え業火に包まれようとどれだけ傷を負っても、たちどころに治ってしまう……お前も見たんだろう?」
確かに見た。
彼女をコックピットから引っ張り出し、傷の手当てをした時、破片を取り出した途端みるみる内に傷が治っていくのを。
――不死の体。
なるほど、それならばシンジュクで頭を撃ち抜かれて生きているのも分かる。自分の身に関して躊躇しないのも分かる。
しかし――
「だからと言って、自分の体を無碍にするのは感心しないな」
ルルーシュはC.C.に向かってそう言い放った。
「他人を救う心構えとか大層な事を言うつもりはない。だが単純に助けられた人間が、助けた人間の無事を願うのは当然のことだろう……無茶だけはするんじゃない」
そう、ルルーシュが言っている事は、人として当たり前に持つ感情論だ。
そこには御大層な思想や人間心理など何の関係もない、感謝や願いといった単純な思い。
だがC.C.にとって、そういった人から感謝されるいう事は、あまりにも暖かく……そして懐かしいものだった。
更にルルーシュは、どこか言い辛そうにしながらC.C.の方を見ると、観念したように口を開く。
「お前は前に過去も何もないと言っていたな……残念だが持つべき過去が無いというのは俺には分からない。だが、お前がいない未来というのを考えると……それは少し淋しいと思う」
「……!!」
驚いたように面を上げ、ルルーシュの顔を見つめるC.C.。
暗闇によって分かりにくいが、彼の頬がどことなく赤くなっている事に彼女は気づいた。
「それに、お前は以前に俺を、そして今回はアキトの命を助けている……だからお前には感謝しているよ――ありがとう」
これで終わりだとばかりに、プイと背を向けるルルーシュ。
C.C.はそんな彼の様子に、ここ何十年も感じた事のない暖かな気持ちに包まれ、同時に子供じみたルルーシュの態度に薄く涙を浮かべながら軽く微笑んだ。
「フ、フフフ……やはりお前から感謝の言葉を受けるのはくすぐったいな」
「だったら二度と口にはせんぞ」
「いーや、これからも私を褒め称え、崇め、慈しむがいい」
「全く……我儘な女だ」
「そうさ、私はC.C.だからな」
そう言って笑いあう一人の少女と少年。
寝た振りをしたアキトはそんな二人の声を背に受けながら、先程の戦闘で見たイメージを脳裏に思い描いていた。
最後に見た黄金の幾何学模様に懐かしい二人の女性の声、そして今更ながら気付くC.C.の特徴的な瞳の色……。
この七年間、まるで見つからなかった『元の世界』への鍵が、彼女にある事を朧気ながら気付いたのだった。
「ゼロ! 黒騎士!! 大丈夫でしたか!?」
「カレンか、俺達は無事だ」
数時間後、ゼロの連絡を受けて洞穴へとやってきたカレンはゼロの姿を見つけると、心の底から安堵したように息をついた。
あらかじめ決めていたポイントに集まったものはいいものの、ゼロだけでなく黒騎士の姿も見えなかったため、まさかブリタニアに捕まったのではないかと気が気でなかったのだ。
ゼロからのダイレクトコールを受けてもその目で確かめない限りは、心の中は不安と怯えの気持ちで支配されていた。
そして本当に無事なのをこの目で確認して、初めて彼女の心の闇は払拭されたのである。
「よかった……他の団員達も皆心配して――っ誰!」
ゼロの奥に立っていた影が黒騎士だけでなく、もう一つある事を認めると、カレンはそれに対して警戒の視線を寄越す。
奥から現れたのは、黒騎士の肩を借りてよろけながら歩く、C.C.の姿。
だがカレンは、見たことのない女性が師匠の手を借りて傍に立っていることに眉を顰めていた。
「あぁ、心配要らない。彼女は私の協力者だ」
ルルーシュはそんなカレンの様子を見て、見知らぬ相手に警戒しているのだろうと思い、安心させるようにそう口にするが、それは寧ろカレンの心情をさらに厳しいものにしてしまう。
「む」
「おっと」
「おい、大丈夫か?」
そしてこちらに寄ってくる最中、C.C.がバランスを崩し、ゼロが思わずそれを支えたため、C.C.の両脇を黒騎士とゼロが固めるような形となり、その光景を見たカレンは、口が引きつり額の血管が浮き上がるのを自覚する。
C.C.はそんなカレンの表情を目にし、右の黒騎士を見て、左のゼロを見て、そして再度カレンの表情を見てどこか納得したように頷くと……。
ギュッ―― と両脇の男の体を抱きしめ、満足そうな表情を浮かべた。
「ちょっと、アンタ! 何よその勝ち誇ったような顔はっ!!」 カレンはそんなC.C.に食って掛かるが、C.C.はどこ吹く風と気にした様子も無く、笑みを崩さない。
それに腹を立てたカレンがなおも文句を言い、C.C.がそれに余裕の表情と言葉でそれを受け流す。
ルルーシュとアキトはそんな彼女達の様子を傍目に見ながら、バイザーと仮面で隠れた視線を交差させ、苦笑するのだった。
※オリジナル兵器説明
『モノケロス――(原作名、ランスロット・クラブ)』
ナイト・オブ・フォー、ドロテア・エルンストが搭乗する第七世代型ナイトメア。
元は特別派遣嚮導技術部で組まれたランスロットの予備機体だったが、とある皇族が抱える技術局がその性能の高さに目をつけ、接収したものを改造した機体。
機体出力の高さを存分に利用し、様々な兵器を搭載しているが、兵装にエネルギーをとられたために、ブレイズルミナスが展開不可能となっている。
そしてブレイズ・ルミナスの代わりに試作のスクエア・シールドを搭載する事で防御力を確保しているが、そのせいで文字通り『全身試作兵器の塊』と化している。
しかし遠・中・近と全ての距離に対応した兵装を備えているため、扱い辛いもののバランスのいい機体に仕上がっており、その性能の高さからラウンズへと寄与された。
武装――可変式ライフル・ブレード×1
試作ミサイルランチャー(ザッテルヴァッフェ)×1
試作短身レールガン×1
スクエアシールド×1
スラッシュハーケン×4
『紅蓮弐式――※共犯のアキト仕様』
アキト、ラピスらの技術援助も受けて開発された日本純正のナイトメアフレーム。
IFSによる操縦を採用し、より機体の親和性が向上しているだけでなく、反応速度も従来のナイトメアフレームに比べて桁違いに向上している。
基本的な構造は原作と相違無いが、兵装面で大幅に強化をしている。
右腕の輻射波動機構は、伸縮機構を排してワイヤードフィストによる有線射出機構を搭載。特徴的な爪状部は内側にMVSと同じ高周波振動の刃を備えており、敵を掴む事は出来なくとも、その爪で切り裂く事が可能となっている。
また機体腰部には、ブラックサレナの燃料推進機構を参考にして、流体サクラダイトを用いた追加ブースターを備えている。
これを使用することで、長距離の高速移動や瞬間的に噴射することで一気に間合いを詰めるといった近接戦闘のアドバンテージを得ることができる。
尤も、追加ブースターの燃料はそう多くないため、多用はできない。
武装――輻射波動機構(超振動爪牙搭載)
呂号乙型特斬刀×1
左腕速射砲×1
飛燕爪牙(スラッシュハーケン)×1
チャフスモーク
※特殊兵装:腰部墳式加速器