コードギアス 共犯のアキト
第十八話「三者会談」
「日本解放戦線のアジトは壊滅、しかし主だったメンバーは軒並み取り逃がしたか……」
「他の拠点でも資料は既に廃棄され、協力者リストも土砂の下」
「軍も立て直しの時間が必要になるほど消耗しております。これではなんのためにナリタまで赴いたのか……」
ナリタ連山での作戦から二日後、トキョウ租界の総督府ではコーネリアが率いる軍人達と、元々エリア11にいた行政府の役人達が先の作戦の反省会を開いていた。
しかし会議の内容は軍部の人間が、行政府の役人達に対して一方的に問い詰めているだけだ。
「そもそも、何故地下鉄網が占領時のまま放置されているのだ! シンジュク・サイタマの戦闘時には既に指摘されていたはずなのに、全く手がつけられていない! これがテロリストの温床になるという事は誰の目にも明らかだろう!」
「地下鉄網については手を引かざるを得なかったのです!」
クロヴィス前総督の時から務めていた文官らはしどろもどろになりながらも、事情を説明する。
エリア占領後にまず第一に優先されたのは勿論ブリタニア人の居住区の確保だ。租界は海岸部に接した都市郡に築かれ、その周囲のゲットー区はほとんど手が付けられなかった。理由はそこまで気を回す余裕が無かったからだ。
ブリタニア人の居住区が次々と築かれる一方で、ゲットー都市郡の整備は後回しにされ、いざ租界の施設が完成してしまうと混沌としたゲットーの整備はそれこそほとんど不可能になってしまった。
「ゲットーの膨大な地下鉄網を整備なり潰すなりしてもその数は余りにも膨大です! もし行おうとすれば住人の反発は必至な上、一体どれだけの金額が必要となるのか……」
加えてエリア11の経済基盤を担うNACと呼ばれる旧日本財閥達が占領後の租界建設に多大な力を割いていた事もあって、余り強く出ることは出来ず、迂闊に彼らに手を出そうとすればエリアの経済が立ち行かなくなる可能性もある。
先のナリタ攻防戦は、日本解放戦線らテロ集団とNACの繋がりを見つける意味合いもあったのだが、その目論見も土砂崩れで徒労と終わった。
(過去の亡霊共が、忌々しい……)
例え戦には負けようとも、日本を簡単に明け渡しはしない。
言葉には表さない彼らの抵抗にコーネリアは忌々しそうにその美貌を歪ませていた。
「お前か、イレブン出身のデヴァイサーというのは」
特派の技術部が専用に借りている工房に姿を現したのは、ラウンズのマントを身に纏ったドロテア・エルンストだった。
マントの下にはパイロットスーツを身に着けたままで、引き締まった体でありながら女性としての魅力を損なわないシルエットを曝け出している。
「……エ、エルンスト卿!?」
「あはは〜、いらっしゃいませぇエルンスト卿♪ 本日は一体どのようなご用件で?」
「なに、愛機の兄弟の顔を見に来ただけだ」
セシルの驚愕の声とロイドの声を軽く流し、正面に立つランスロットを見上げた。 ユグドラシル・ドライブに火が入っていないため、白い騎士の瞳に光は無くただこちらを見下ろしているだけだ。
彼女の愛機と変わらない顔を持つ騎士に対して、彼女は何を思っているのだろうか。
「エルンスト卿、よければウチに来ませんか? 歓迎しますよぉ……あ、もちろんモノケロスも一緒ですけど」
「ロイドさんっ!!」
厚かましくそう言うロイドを、いつものようにセシルがたしなめる。
元はロイド達派遣技術部の機体だったとはいえ、既にモノケロスは別の技術局所属の機体だ。当然そこは他の皇族の息がかかっており、シュナイゼル殿下直下の特派がどうこうできるはずもない。
無論、ロイドもその辺りは分かっているだろうが、言ってみるだけならばタダであり、それで相手がその気になってくれれば儲けモノ程度にしか思っていない。
だがそれを、相手の心証などお構いなしに躊躇無く口にする所がロイドらしいと言える。
そんな三人の会話に割り込むように、傍にいたスザクがドロテアに固い表情を向けつつ意を決したように口を開く。
「……エルンスト卿、お願いがあります」
「ん、なんだ枢木准尉?」
「一度で結構です。私に稽古をつけてほしいのです」
スザクの言葉を聞いて、ほうと漏らすドロテア。
本来ならば、一デヴァイサーの願いなどラウンズのドロテアが聞く必要など欠片も無いのだが、幸いこの特派の工房には身分や階級について煩く言う人間はいない上に、ドロテア自身もこの兄弟機を乗りこなすスザクには興味を持っていた。寧ろ此方から模擬戦を行うように申し出ようと思っていたのだが、まさか向こうから申し出るとは思っても見なかったドロテアは、ニヤリと肉食獣を髣髴とさせる獰猛そうな笑みを浮かべると、それを了承した。
「いいだろう、私もランスロットと一度戦ってみたかったからな」
そう言うとドロテアは愛機を持ってくるために工房を後にした。
せっかくの機会だからとシミュレータではなく実機を用いた模擬戦を行うことになり、急な展開に唖然としたセシルも周囲にいた整備員へランスロットにテスト用の装備を施すように指示を出す。
「やったーー!! さぁって、データ取りデータ取りぃ〜♪」
尚この展開に一番喜んだのは、ランスロットとモノケロスの戦闘データを直にとれる機会に恵まれたロイドだったのは言うまでもない。
――同時刻、黒の騎士団アジト
先日行われた作戦の勝利の余韻が未だ抜けきらぬ中、団員達は談笑に花を咲かせていた。
「しっかしブリキの兵士達も大した事なかったよなぁ!」
「まぁこっちは奇襲の上に、相手は混乱状態だったからな」
「それでも数の方はまだブリタニア軍が上だったんでしょ? なのにこの戦果は十分凄いわよ」
彼らが目にしているのはナリタ攻防戦の戦局レポートだ。
そのレポートはルルーシュが命じて副団長の扇が纏めたもので、時刻毎に戦局の推移が事細かに記してあり、正規な教育を受けていない玉城にも分かりやすいように纏められている。尤も、ここまで事細かに戦局が判明しているのは、ルルーシュとラピスが細かにログを取っていたからなのだが。
その資料の中で玉城や井上らが注視しているのは、ナイトメアの撃破比率の高さだ。
黒の騎士団結成後初めて行われた対ナイトメア戦闘で、こちらはグラスゴーを改造した無頼に対し、相手は最新鋭のサザーランド。当然機体性能とパイロットの力量は相手の方が上である為、いかに奇襲とはいえこちらも少なくない被害を受けるだろうと考えられていた。
しかし蓋を開けてみれば、黒の騎士団のナイトメアの被害は10機にも満たない少ない数で、それに対してブリタニア軍のナイトメアの被害は土砂崩れで押し流した数を除いても20機以上にものぼっている。
この中には黒騎士や日本解放戦線が落した機体の数も含まれているため、黒の騎士団が落した数は実際そう大した数でもないのかもしれないが、それでもこれだけの戦果は十分過ぎるものだと彼らは認識していた。
だが中には、それを快く思わない者もいた。
「……フン、我ら解放戦線と藤堂中佐を盾にコソコソと動いていた輩がよく言う」
「ヤツラのリーダーからして素顔を晒さない臆病者だ。そういうことしか出来ないんだろうよ」
玉城達をそう扱き下ろしたのは、旧日本軍の制服を着た数人の男達。
彼らはナリタ戦後に片瀬少将と藤堂らと共に、黒の騎士団へと逃げ延びた日本解放戦線の生き残りだ。司令部の人間だけではなく、前線で体を張った生粋の軍人も幾人かが逃げ延びており、新たなアジトに身を寄せている。
しかしかつては日本最大の勢力を持った日本解放戦線の兵士であり、かつては一国家を守る軍人だった彼らが、レジスタンスに成り下がった事に順応できてはいなかった。
明らかに玉城達にも聞こえるように言った男の言葉は、倉庫内でやけに大きく聞こえてしまっている。
「おい、解放戦線の兵隊さんよ。それは一体どういうことだ!?」
「何度でも言ってやる。貴様らはリーダー共々臆病者だとな!」
「俺達の助けが無かったら全滅してたのに、その言い草は無いだろう!」
そうして玉城達と兵士が言い争いをしている内に騒ぎはどんどん大きくなり、やがて周辺の騎士団の隊員や兵士達も巻き込み、ついには掴み合いにまで発展する。このまますわ乱闘かと思ったその時、間に割って入ったのは一際黒い影だった。
「なにをしている、お前達」
「く、黒騎士……」
黒騎士――アキトは玉城と兵士の腕を捻り上げて、互いの掴んでいた手を放させると、バイザー越しにでも分かる程の鋭い視線を彼らへと向けた。
「戦闘に勝ってはしゃぐのはともかく、乱痴気騒ぎは感心しないな」
「で、でもよ黒騎士……いちゃもんをつけたのは向こうのほうで――」
「経緯は騒ぎを知らせに来た井上から聞いている。だからといって、売られた喧嘩を買ったお前達が咎められない謂れは無い。玉城、杉山、吉田は今すぐ倉庫に行って物資の搬送をやって来い――行けっ!」
戦闘訓練でしこたま絞られている三人はアキトの声を聞くとその場で敬礼し、すぐに倉庫へと飛んで行った。まがりなりにも軍組織としての体裁を整えているだけあって、彼らの行動は素早かった。
アキトはそれを見届けると今度は解放戦線の兵士へと向き直る。
「あんた達もあまり無用な混乱を起こさないでくれ」
簡潔な一言だったが、解放戦線の兵士はアキトの迫力に尻込みしたのか先程までの威勢は鳴りを潜め、口篭りながらも頷きそそくさとその場を離れていった。
そうしてその様子を眺めていた者達もそれぞれの仕事に取り掛かり、辺りから人がまばらになるとアキトはため息を一つつく。
そんなアキトに声をかけたのは手に一杯の資料を持った扇とカレンだった。
「黒騎士……また諍いか?」
「ああ、これで三度目だ」
実はこのような事はこれが初めてではない。
黒の騎士団と合流した解放戦線の兵士達の間では、抵抗活動の主導権やキョウトの支援を騎士団に奪われたと思い込み、先程のような不満を零す者が後を絶たない。
なまじこれまで日本のレジスタンスグループのトップを務めていただけあって、現在の状況に甘んじているのを良しと思っていないのだろう。
「解放戦線の兵士の人達の気持ちも分からないでもないですけど……」
「これ以上こんな事が続くと次の作戦に支障がでてしまうんじゃ?」
カレンと扇はそう言うと、倉庫内を見渡した。
倉庫内では黒の騎士団と元解放戦線の兵士達がそれぞれ割り振られた仕事をこなしたり談笑していたりするが、よく見れば同じ制服の者同士でしか固まっておらず、互いの交流が全く行われていない事に気付く。
「団の意思統一も出来ていないし……このままではマズイよなぁ」
「明日はキョウトとの会談も控えてるっていうのに」
日本各所に散らばるレジスタンスを束ね、その活動を一手に引き受けるキョウト六家。
表ではNACという名でエリア11の経済基盤に名を連ねているため、彼らの支援を受けられるのとそうでないとでは、今後の活動に大きな差が出てくる。
無論、アキトとラピスはこれまで散々キョウトに協力してきているため、様々な情報や各種物資を受け取ってはいるものの、それはあくまで黒騎士としての立場であり、黒の騎士団とゼロの評価には直結しないという事で、騎士団はこれまでその恩恵に与っていなかった。それが先のナリタ攻防戦で改めて評価されたため、この度キョウトとの会談の機会に恵まれたのである。
「まぁ、今後の団の方針はその会談で決まってくる。ブリタニアも先日の戦闘からまだ立ち直っていないから、それまでに団を統一させれば済む事だ」
「そんな短時間でできるんですか?」
「できるのかじゃない。してみせるのさ」
アキトはバイザーの下でニヤリとどこか含みを持たせた笑みを浮かべ、カレンはそれを目にして僅かに背筋を凍らせた。
ブリタニア政庁の中央からやや離れた場所に、怪我人や病人を収監するための病院施設がある。
軍人はもちろん稀に過労などで文官等が運び込まれる場所で、そんな病院の人気のない白く塗装された廊下をヴィレッタが歩いていた。
そしてそんな彼女の表情は、傍目から見ても分かるほど落ち込んでいた。
(ナリタでの戦闘でジェレミア卿が戦死……加えて純血派のメンバーもほとんどが戦死か行方不明とは)
ナリタ攻防戦でのブリタニア軍の被害はかなりのもので、純血派もその例に漏れず、構成員のほとんどを失っている。特にリーダーであるジェレミア卿がいなくなった影響は大きい。
なにかと熱くなりやすい男ではあったが、皇族に対する忠義だけでなく若い軍人を引っ張っていくカリスマ性を持っており、彼に感化して純血派に入った者も多かったため、僅かに残ったメンバーの中から派閥を抜けた者もいる。それでも生き残ったヴィレッタともう一人のキューエルが手を尽くせば、派閥を存続させることくらいは出来ただろう。
だが今やそれもほぼ不可能となってしまった。
(キューエル卿は生き残ったものの、あの様子ではな……)
ヴィレッタが思い出すのは、先程見舞ったキューエル卿の事だ。
彼は敵の新型ナイトメアによって瀕死の重症を受け、病院のベッドで安静状態となっていたが、数時間前に目が覚めたことを聞いて見舞いに行ったのだが――
『イレブン無勢がこの私を虚仮にして――許さん……許さんぞ、あの赤いナイトメアッッ!!』
閉じかけた傷を開き、顔に巻いた包帯を僅かに赤く染めながら、キューエル卿は呪詛を吐くような言葉でそう呟いていた。
その目は暗く淀み焦点が定まっておらず、おそらく彼の目にはあの巨大な爪を持った赤いナイトメアの幻影しか映ってないのだろう。あの様子では、とても組織を引っ張っていくのは無理だと判断し、ヴィレッタは見舞いもそこそこに病棟を後にした。
その後、一応の同僚であるスザクの様子を見るために、技術部へと向かったヴィレッタだが、自動ドアを開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、ドロテアがスザクの襟首を掴んで彼を睨みつけている光景だった。
「エ、エルンスト卿!? 一体何を――!」
「貴様……手を抜いているのか? なんだ先程の動きは!」
ヴィレッタの声が聞こえないのか、鋭い視線をスザクに向けたまま、激昂した様子のドロテア。自分では止められそうに無いとヴィレッタは早々に判断し、傍にいたセシルとロイドに事情を聞いた。
どうやら、スザクから申し出た模擬戦の結果に、ドロテアは酷く立腹しているらしい。
「そんな……自分は精いっぱい戦いました!!」
狼狽した様子でスザクはそう抗議の声を挙げる。
ヴィレッタは先程行われたという模擬戦の記録を見てみたが、負けているとはいえラウンズ相手に善戦をしているのは間違いない。少なくともヴィレッタの目には、ランスロットの動きはいつもと変わらないように見えた。
「私の目を誤魔化せると思うなよ」
だがドロテアはスザクの言葉を一言に切って伏せる。
「単調な攻撃に見え見えのフェイント……テロリストや一般兵程度ならともかく、ラウンズ相手にこのような稚拙な戦い方は通用しない」
スザクが今まで戦ってこれたのは、ランスロットの性能と自身の持つ戦闘技術の賜物によるものだ。ナイトメアの操縦技術は確かに優れているとはいえ、正規に訓練を受けたのは訓練生時代の僅かな時間に過ぎない。
今まではそれでよかったとしても、黒騎士や新しく現れた赤いナイトメア等の凄腕を相手する事を考えると、より一層の訓練や教育を受ける必要がある。
だがドロテアの言葉はそこで終わらない。
「それだけならまだいい……今の貴様の目には覇気が感じられん。貴様はこのブリタニアで成り上がるためにナンバーズの道を選んだのだろう? そのような脆弱ぶりではいつか死ぬぞ?」
そう言うとドロテアは掴んでいた手を放してスザクを開放した。
僅かに咳き込むスザクを見ながらヴィレッタはドロテアの行動の意図を理解した。要は彼女自身と『似たような境遇の』スザクに発破をかけたのだ。
軍の最高峰に近いラウンズに直々に声をかけられるだけでなく稽古まで受け、更にそのような心遣いを受けるという傍から見たら贔屓にしか見えない厚遇を受けるスザクに対し、ヴィレッタは僅かに顔を歪ませた。
(……何故、お前ばかり)
ヴィレッタは心の奥底で黒い感情が芽生えつつあるのを自覚していた。
「そんな――自分は成り上がるためにブリタニアに入ったのではありません!」
「……なに?」
だが開放されたスザクの発したその一言に、場の空気が僅かに変わる。セシルだけでなくロイドもあからさまに表情を硬直させ、ヴィレッタもスザクの一言に驚愕していた。
そんな周囲の変化に気付く様子も無く、冷たい視線を寄越すドロテアにスザクは自身の考えを語る。
「日本を取り戻すためにはテロという間違った手段ではなく、中からブリタニアを変えることでナンバーズへの偏見を失くし、植民地からの脱却を――がっ!?」
だが全てを言い切る前に、再びスザクはドロテアに胸倉を掴まれた。
先程とは比べようもないほど強い力で掴まれるだけでなく、そのままドロテアは片腕だけでスザクの体を浮かせてしまう。いくらドロテアが長身で鍛えているとはいえ、鍛えた成人男性一人を片手で持ち上げる等尋常な力ではない。
「……貴様、そんな半端な志で軍に入ったというのか」
胸倉を掴まれた苦しさだけでなく、瞳の奥底から底冷えするような冷たさを感じさせる視線を受けて、スザクは凍りついたように動けなくなる。
「そんなっ……自分は…本気でっ……!!」
スザクはドロテアの言葉に、生半可な答えは許されないことを感じ正直に言葉を紡ぐが、彼女はそんなスザクの言葉にさらに怒りを募らせた。
「中から国を変える? たかが名誉の軍人一人がこの国を変えるなど、思い上がりも大概にしろ!!」
そう言ってドロテアは持ち上げたスザクの体を片腕だけで投げ飛ばした。そのままスザクは壁にたたきつけられ、あまりの痛みに床に伏してしまう。
それだけではない。ドロテアの怒りにスザクは完全に飲まれてしまい、反論の言葉さえ出ず呻き声しかあげることが出来なかった。
「ぐうっ……!!」
「この国を変えれるものなら変えて見せろ。そして自分の国を取り返してみるがいい――同胞の血で真っ赤に染まったその手でな!」
ドロテアはそう吐き捨てると踵を返し、乱暴な足取りで技術部を後にした。彼女の姿が完全に見えなくなると、技術部の人間から一斉に安堵したような声が漏れる。
ロイドはうずくまるスザクに近寄り、手を貸そうともせずにやれやれといった様子で話しかけた。
「あ〜あ……余計なことを言っちゃったねぇ、スサクくん」
「ゲホ――余計なこと?」
「あれ、君知らなかったの?」
それならあんな事を言うのも無理はないか、とロイドは言った。
そして続くロイドの言葉に、スザクはドロテアが何故あそこまで怒ったのかを理解した。
「エルンスト卿は、元エリア4出身のナンバーズ――生まれ故郷を半ば滅ぼしてラウンズにのし上がった女傑だよ」
エリア4――旧国名をブラジル共和国といい、ドロテア・エルンストはその国に属する軍人だった。
ブラジル共和国は豊富な鉱物資源と嗜好品の産出国で知られ、陽気な国柄に多くの観光客で賑わっており、ドロテアもそんな明るい国を守ることに誇りを感じていた。
だがブリタニア帝国の突然の侵略行動により、ブラジル共和国はあっけなく占領された。
当時、女性ながらに優秀だったドロテアは陸軍の少佐に位置し、ブリタニアの圧倒的な物量と兵力を前に奮戦したが、ほとんどの部下を失い捕らわれの身にされてしまう。
そしてそのドロテアを捕獲したのが、何を隠そうあのナイト・オブ・ワンのビスマルクだった。
ビスマルクは敵ながら天晴れな戦いを見せたドロテアを引き込むために、彼女の耳元にこう囁いた。
『ラウンズの頂点に登りつめれば、エリアの一つを統治することが出来る』
ビスマルクの言葉は嘘ではなく本当の事で、国が強硬路線に移る前にもいくつかの植民地を持っていたブリタニアには、ナイト・オブ・ワンにエリア――もしくは希望する領地があれば、そこを統治する権限が与えられていた。
例え出自が三流貴族や平民でも、類まれな武勲があれば領地を持つことが出来る――これに魅せられて軍人を目指す人間はブリタニアに数多くいるのである。
加えて言えば、シャルル皇帝の更なる覇道を進ませるためにも、当時のブリタニアには一人でも優秀な軍人が必要だったため、ビスマルクは彼女を引き込むような真似をしたのである。
既に故郷や戦友、そして数多くの部下を失い半ば自棄になっていたドロテアはこの言葉を信じてブリタニア皇帝の前に膝を尽いて頭を垂れ、失った故郷を取り戻すために尽力した。
だがドロテアの持つ銃口の前に立ったのは、祖国解放のために戦うブラジル共和国の人民だった。
かつては彼らを守るために銃を持ったのに、今やその銃口の先はが彼らに向いている。
だがそれが故郷を取り戻すためだと彼女は自分自身を信じ込ませ、心に鋼鉄の蓋をし、同時に血涙を流しながら引き金を引いた。そうして一年もの間戦い続けた結果、彼女に残ったのは数多くの武勲と同胞の血がたっぷりと染み込んだ両の手だ。
数々の武勲が認められてラウンズにまで登り詰めたドロテアだったが、当然のことながら祖国の人間が彼女に向けた感情は憎悪や嫌悪しかなかった。
(今でも思い出す。祖国の子供が私に向けるあの憎悪の目を……)
抵抗勢力のほとんどを排除した後、故郷の町を巡回した事があったが、現地住人の自身に向ける視線の鋭さに身を切られるような想いを感じ、幼い子供から寄こされる視線にはそれこそ純粋な悪意しか感じられず、其処に自分が帰る場所はもうないのだとその時になって改めて実感したものである。
ブラジル共和国――エリア4と名付けられた祖国のためではなく、ブリタニアのために闘い彼女が得たものは、『裏切り者』というレッテルと、ナイト・オブ・『フォー』という血みどろの地位だった。
(あの男は分かっていないっ……祖国の人間を殺すという事がどれほどの悪意を受ける事なのか!!)
ドロテアから見たスザクという人間は一言でいえば『壊れた男』だ。
保身のためでも自己顕示欲でもなく、純粋に『祖国』のために『他国』に忠を尽くすという意思を持った人間が、壊れていなければなんだというのだ。
そのような人間は何人ものナンバーズを見てきたドロテアでも見た事はなかった。
「あのスザクとかいう奴……力量はあるのだが、あまり長生きはできそうもないな」
「キョウトからの招待状……か」
クラブハウスの自室で寛ぎながら、手に持った封筒を弄ぶルルーシュ。
彼の隣には、アキトが紅茶の入ったポッドを傾けてカップに注ぎ、ベッドではC.C.とラピスがピザをもっきゅもっきゅと競うように貪っている。
「……お前ら、俺のベッドにピザをこぼすんじゃないぞ」
「黙ってろルルーシュ――む、待てラピス。貴様はそれで4切れ目だろ。これは私のピザなんだから少しは遠慮しろ」
「このピザはルルーシュのお金で買ったもの……つまりは私のものでもある――あむ」
「……もう突っ込む気も起きん」
嘆息したように目を逸らすとルルーシュは自分の端末に向き直った。
画面には壮年の男達の顔写真がズラリと並んでおり、その横に簡単なプロフィールが書かれている。
「キョウトの首領は桐原泰三……それは間違いないんだな、アキト」
「ええ、彼らとはこれまでにも兵器や情報の提供で何度か顔を合わせています」
「黒騎士のお前がこちらについている事から、恐らくむこうも素性が割れているのは承知しているだろう……となると、向こうも此方の素性を明かすように要求してくるだろうな」
尤も黒騎士がいようともいなくともこちらの素顔を見せるよう言ってくるだろう。流石に素性も知れない人間に、日本解放を任せるような事はキョウトもしないはずだ。
とにかく、相手の素性がある程度分かっていれば対処のしようはいくらでもある。
「キョウトの方はなんとでもなる。問題は騎士団の方だな」
未だ人材不足の黒の騎士団としては、構成員のほとんどが元軍人の日本解放戦線は即戦力として非常に魅力的だった。
藤堂鏡志郎をはじめとした四聖剣ら歴戦の兵士は、このエリアではもう数えるほどしか残っていないため、今後の団員の養成も考えると経験豊富な兵士というのは是が非でも確保したかった。
しかし現状のような剣呑な空気では例え戦力の増加が図れても、いつか致命的な間違いを犯す。
そうなる前に、今回のキョウトからの招待を機に、内部の問題を一気に片付けるべく、ルルーシュは冷徹な瞳でアキトを見据えた。
「此方は大ナタを振るう必要がある――もしもの時は頼むぞ、アキト」
「仰せのままに」
アキトは底冷えするような声を出す主の意を汲み取り、恭しく一礼した。
会談当日、早朝のまだ朝靄のかかる時間帯のゲットーにゼロを始めとした数人の姿があった。
副団長の扇、エースパイロットのカレン、そして何故か同行を願い出た玉城。ゼロを含んだ4人のメンバーは、指定された場所でキョウトからの迎えが来るのを待っていた。
周囲を警戒こしそているが、早朝という時間に場所はゲットーのど真ん中のため、彼等以外に人の気配は感じられない。
「ゼロ、そういえば藤堂さんと片瀬少将は?」
「別の地点で迎えが来ている。瓦解したとはいえ団のトップが揃って固まるのは危険だろう」
今回キョウトから受け取った勅書には黒の騎士団だけでなく、日本解放戦線の人間も来るよう指示されていた。崩壊したとしても元日本最大の抵抗勢力と『奇跡の藤堂』のネームバリューは無視できるものではない。恐らくキョウトは上手く黒の騎士団と日本解放戦線を残存勢力を利用したいと考えているのだろう。
それが此方の有益になるかどうかは別の話だが。
そして約束の時間がもう間もなくという頃、靄の向こうから黒塗りのベンツが姿を現した。このような高級車は租界でも中々お目にかかることは無く、無論ゲットーで見る機会など全く無い。
ゼロ以外の3人が驚きに包まれる中、運転席のドアが開くと壮年の男が顔を出し、頭を下げた。
「お待たせしました。黒の騎士団の方ですね?」
「あぁ、そうだ」
「……これで全員でしょうか? 一人少ないようですが――」
事前に受けた連絡の人数と違い戸惑っているようだ。しかし此処は素直に案内してもらわなければ、こちらの計画が狂ってしまう。
仕方なしにゼロは仮面の一部をスライドさせて運転手の瞳を覗き込んだ。
「いや、『全員揃っているからこのまま案内してくれ』」
「――かしこまりました」
運転手はその声に頷き車のドアを開いて彼らを乗せると、ひとしきり周囲を確認した後、ゆっくりと車を発進させた。
「そういえば……なんで黒騎士さんは来ないんですか?」
「不満か? カレン」
「そ、そうじゃありません! 黒騎士さんが来ていないのに私なんかが来ていいのかなって……」
「なぁ〜にビビッてんだよカレン! 俺らがキョウトに招待されたんだぜ? 呼ばれてもねぇ黒騎士のことなんざ放っとけって!」
「玉城は黙っててっ! っていうか、アンタが言うなっ!!」
車の中は思ったよりも広く、飲み物の入った冷蔵庫と簡素なテーブルもあることから上流階級の招待客を招くのに使っていたりするのだろう。シートの座り心地も普段乗っているトラックとは比べようもならない。
しかしどれだけ居心地がよくてもそれが2時間・3時間と続けば苦痛に代わる。一向に車は停止する様子も無いため、徐々に不安な様子になってくる。
「随分走るなぁ。一体どこまで――お?」
唐突に車が停止し到着したのかと思ったが、次に車からガクンと軽い振動が伝わってきた。
「上がってる……エレベータか?」
僅かに上から押し付けられる感覚が十分ほど続き、停止。そして運転手が車から降りるとドアを開け、ようやく彼らは解放された。
その後黒服の人間に案内され、一際広いフロアへと案内されると、そこから覗く風景にゼロ以外の面々は度肝を抜かれる。
「おいおい、嘘だろ……」
「ここってまさか……富士鉱山!?」
巨大な仕切りガラスから見える景色からは要塞のように装甲版に固められた施設と茶色い岩肌を覗くことが出来る。
それこそまさに、世界最大のサクラダイト産出鉱山である富士の山に他ならなかった。
まさか世界の戦略物資を一手に引き受ける鉱山に案内されるとは思ってもみなかったため、扇らは興奮した様子で眼下の景色を眺めている。
「こんな所にまで力が及ぶなんて……やっぱりキョウトの力は凄い!!」
「醜かろう?」
突如照明が落とされ、彼らの後ろから低いしわがれた声がかけられる。
突然の事態に動揺しながらもそちらの方を向くと、そこには三人の人影があった。尤も一人は部屋の中央に鎮座した御輿に腰を下ろしている上に、仕切られるように下ろされた簾で顔を見ることは出来ない。
「かつて山紫水明、水清く緑豊かな霊峰として名を馳せた富士の山……だが今や帝国に屈しなすがままに陵辱され続ける我ら日本の姿そのもの――嘆かわしきことよ」
恐らく勅書の送り主――キョウトの代表と思われる老人の声に神妙になりながらも緊張感で声を出すことが出来ない扇達。
そして徐々に目が暗闇に慣れ辺りを見ることが出来るようになって、カレンは驚きの声を挙げた。
「藤堂さん!? 片瀬少将も……!」
「お、おいどういうことだよコレ」
一緒に招かれているはずの藤堂と片瀬が向こうにいることに対し、玉城が戸惑った様子でゼロを伺うが、ゼロは身じろぎ一つする様子もない。
何の反応もないゼロに代わり答えを返したのは、片瀬だった。
「考えれば分かることだ。素性の分からぬ輩と、同じ日本解放を願う同志のどちらを信用するかをな」
憮然とした様子でそう嘯く片瀬。
彼の表情には未だ日本解放戦線を見捨てないキョウトに、黒の騎士団に対するある種の優越感が感じられた。
「素顔を晒さぬ非礼を詫びよう……が、ゼロ、それはお主も同じこと。その素顔を見せてもらうぞ!」
老人はそう言うと杖の先を此方に突きつける。
すると左右の開けた空間から現れたのは4機のナイトメア。それはブリタニア軍の量産機であるサザーランドではなく、コピー機の無頼であり、ブリタニア軍に嵌められた訳ではないことが判断できるが、それは何の慰めにもならない。
「御前、あまり手荒な真似は……!」
「分かっておる。しかし素性の分からぬ相手にどうして日本を任せることが出来よう……片瀬もそれは理解しておるぞ」
「ですがっ……!」
傍に控える藤堂が老人にそう声をかけるものの、相手は全く聞く気は無いようだ。
「さぁ、お主の顔を見せてもらおうか!」
依然、横一列に並んだ無頼はライフルの銃口を此方に向け、いつでも発射される状態で待機している。もし断れば、四つの銃口が火を吹き、一瞬にして此方をミンチにしてしまうだろう。
カレンはそんな想像を脳裏に描くとゼロの前に立つと、彼を庇うように両手を広げた。
「お待ちください! ゼロは私達に比類なき勝利を与えてくれました! それをこんな――」
「警戒されるのは仕方ありません。寧ろその用心深さは一首領としては当然のことでしょう」
カレンの言葉を遮り、前に進み出るゼロ。
あまりにも大胆なその行動にゼロ以外が驚愕するも、無頼のパイロットは無頼のライフルの銃口をゼロから外すことはない。
「ですがその程度では些か準備不足ですよ……桐原泰三」
「なっ、ゼロ! お主御前の正体をっ……!!」
驚愕する藤堂と片瀬に気取られないよう、ゼロ――ルルーシュは体を被ったマントの下に隠し持った端末のキーを叩いた。
『な、なんだ!?』
『機体が動かない……!』
ライフルを構えていた無頼の目から光が失われ、力を失ったように棒立ちになる四機の巨人。
中のパイロットは懸命にレバーを動かすかコックピットから出ようとするも、機体は全く反応しない。
ルルーシュが操作し行ったのは、腕に装着するタイプの端末によるハッキングだ。しかしハッキングとは言っても、あらかじめラピスによって組まれたプログラムを実行しただけであって、ルルーシュは単に端末を操作してそのプログラムを無頼に送り込んだだけである。
そしてルルーシュが用意していたのはそれだけではなかった。
「ぐっ……!」
「ハヘッ……!」
「片瀬少将!?」
「た、玉城!?」
突然呻き声をあげて倒れる片瀬と玉城。しかし周りを見れば二人だけではなく部屋を守るように配備されていた黒服のSP達が全員地に伏していた。
そして薄暗い部屋の隅の影から抜き取ったように現れたのは、全身を漆黒の装備に包んだアキトだ。
「黒騎士! お主、姿が見えないと思ったら既に潜り込んでおったのか!」
「お久しぶりですね、桐原御前……なに、ただ話しをするのに、このような無粋な真似をする必要はないでしょう?」
「ヌケヌケとよく言うわっ……!」
数年前からは影から日本を守る死神として、今ではゼロの側近として名を馳せる黒騎士も今回の会合に招かれていた。
しかしルルーシュはキョウト側が今回の会合で素直にこちらの話を聞いてくれるとは思っていなかった。そこで不測の事態のために、ラピスに各種プログラムをインストールしたコミュニケを模倣した端末を用意させ、アキトには此方の後を尾けて周囲を警戒するよう言い伝えておいたのだ。当然姿の見えない黒騎士について、聞かれる事は道中に何度もあったが、そこはギアスで誤魔化して事なきを得ていた。
無論、これらの策を仕込むにあたって、ラピスがルルーシュの各種手作りケーキを要求したのは言うまでもない。
「ちょっと待ってくれ黒騎士! 片瀬少将や玉城に何をしたんだ!!」
「安心しろ、二人に打ち込んだのは唯の麻酔銃だ。数時間もすれば目が覚める」
「いや、そういう意味じゃなくて……なんでこんな真似をしたんだ!?」
「今回の会合に其処の二人がいては、余計な事になりそうだったのでな……少しの間眠ってもらうことにした」
扇が麻酔銃で眠らされた玉城を抱えて文句を言うが、アキトはそれには取り合わなかった。
一方、片瀬の傍には藤堂が駆け寄り、恨みがましそうにアキトを睨みつけている。
「……どういうつもりだ、黒騎士」
「理由はこれから始める話で分かる事だ藤堂。お前の怒りは分かるが此処は少しこらえてくれ」
藤堂の殺気の籠った視線を軽く受け流し、アキトはルルーシュの方へと視線をずらした。
ルルーシュは軽く周囲を確認し、玉城や片瀬だけでなく、その他のSPらも纏めて沈黙しているのを改めて確認する。
無頼のパイロットについては外に出ることはおろか、モニターも使えなくしているためこちらの様子が見られる事もない。
「さて、これで落ち着いて話が出来ますね、桐原御前」
「……このワシを人質にするつもりか」
もしもの時のために用意していた駒は尽く蹴散らされ、唯一残った藤堂も黒騎士を前にしては手を出すことはできないだろう。
藤堂の実力はよく知っているが、戦場での力においてはどうしても黒騎士の方に軍配が上がる。
つまり己の身を守るものは何一つ無い。このような状態にあっては自分は唯ゼロの前に頭を垂れるしかなかった。
だがゼロの反応は桐原の予想していた事と大きく異なった。
「可笑しな事を仰います。私はあなた方の招待を受けてお話に伺っただけですよ?」
「……なんだと?」
「今日はあなた方に協力してもらうために、こうして頭を下げに来ただけです」
「なに?」
強引な真似でこの場を掌握した人間が、やけに下出に出た事を奇妙に思い、眉を寄せる桐原。
だが、ゼロがおもむろに仮面をに手をやり取り外し、仮面の下から現れた風貌を目にすると、驚愕の表情を張りつかせた。
「お主は……!」
「その節は随分とお世話になりました。桐原御前」
「君は……あの時の!!」
「こうして面と向かって話すのは初めてでしたね、藤堂さん」
桐原だけでなく、傍で片瀬を支えていた藤堂もゼロの素顔――ルルーシュの顔を目にして、過去に一度だけ見た人質として連れてこられた敵国の皇子を思い出す。
人身御供として連れてこられたあの子供が、今こうして対ブリタニアの長として立っていることに時の流れを実感する藤堂。
「……なるほど、何故ゼロが仮面を被って姿を隠しているのか納得がいった」
「それはなによりです」
「あの時、お主が何故ああまで執着するのか理解できなんだが――なるほどこれほどの器を持っておったか」
「……さてな」
藤堂がゼロの正体に納得する一方で、桐原はかつてアキトが敵国の人間を身を挺して守っていた事を思い返していた。今考えてみれば、ルルーシュがブリタニアに対して持っていた憎しみと才能を見出していたからこそ、彼に仕えていたのだろうと考えていた。
「やっぱり……ゼロの正体はルルーシュだったんだ」
「その様子だと予想はしていたようだな、カレン」
「そりゃね、黒騎士さんがあんなに尽くす人間に心当たりのある人なんて限られるし……」
黒騎士の正体が執事のアキトであることを知っていたカレンは、必然的にゼロの正体がルルーシュではないかと考えていたため、こうして目の前に立つルルーシュの姿に驚きつつも、納得したような表情で見つめていた。
「カレン、お前彼を知っているのか!?」
「ルルーシュは私の所属する生徒会の生徒なんです。前々から黒騎士さんと関わりがあるとは思っていたけど……」
「そうか……」
一方ルルーシュの事を知らない扇はゼロの正体が日本人ではない事と、学生と言ってもいいほどに若いルルーシュに驚きを隠せないでいた。しかし妹のように思っているカレンと同じ年代の少年が、自分のような大人を引っ張って抵抗活動を行っていることに、申し訳なさと共に年長者として彼を支えなければならないという大人の使命感を抱く。
「扇、俺のような若輩者――しかもブリタニア人を信じることが出来るか?」
「……いや、確かに驚きはしたが君のこれまでの行いを見れば、君がブリタニアに憎しみを持っているのは明白だ。それに幾度も俺達を導いて多くの日本人を救ってくれた君を見捨てることなんてできるはずもないだろう? 君の正体が誰であろうと、俺は君を信じてこれからもついていくさ」
ゼロの指示はいつも的確で常に大きな戦果をあげるだけでなく、仲間や民間人の命を第一に考えて作戦も練られている。彼は憎しみを知るだけでなく、命を失う悲しみをよく知っている。そんな彼をどうして疑うことが出来ようか。
せめて彼の足を引っ張らないように、より一層励まなければならないと、扇は決意を新たにした。
その一方で、カレンは先程ルルーシュと桐原氏が交わした会話を思い起こしていた。
「ルルーシュ……さっきの会話を聞くと、あなたの正体は唯の学生じゃないみたいね」
「……ああ、そうだ」
日本の影の重鎮と呼ばれるキョウトの人間と親しげに話す人間が唯の学生とは考えられない。黒騎士の忠臣ぶりからも一般人でないことは明白だ。できることならこの機会に彼の全てを知りたいと思うカレン。
だが――
「本当なら今此処で、貴方の全てを聞きたい……だけど私はそれを聞くほど貴方に報いていないわ」
カレン達がゼロと始めて会った時、彼はこう言った。『信頼関係を結んでいない相手に素顔は晒せない』と。
ゼロの言葉を借りるなら、今此処でこうして素顔を晒したという事は自分達を信頼してくれるだけの関係を構築できたと言える。だがカレンはそうは思っていなかった。
戦力としては活躍できるものの黒騎士には見劣りする上に、戦力を整え作戦を組み立て、指揮を取って戦闘を勝利に導くのはゼロという優秀な指揮官があってこそだ。未だ自分達は何らゼロに報いていないのにこれ以上彼に甘えることを、カレンは許すことは出来なかった。
「だから、だからもう少し待ってて! いつか貴方の口から聞けるように、私も貴方に全力で報いるから!!」
「ありがとう、カレン、扇……」
たった二人だけとはいえ素顔を晒すことに抵抗を感じていたルルーシュだったが、二人の言葉に救われるような気持ちに浸ることが出来た。しかしその気持ちを一瞬で切り替え、今度は桐原公の傍に控える藤堂に向き直る。
「藤堂さん、あなたにお願いしたい事があります」
「なんだ?」
「今黒の騎士団傘下にいる旧解放戦線の兵士達……彼らの説得をお願いしたい。今後団を取り纏めていくためにも、団員同士が協力する事は不可欠。そのためにも解放戦線の兵士達の意識を改善していただきたい。日本を取り戻すためには日本だけではなく、それ以外の力も必要だと言うことを……」
「……なるほど、私にも素顔を見せたのはそういう事か――承った」
今回ルルーシュが素顔を晒したのは何も扇やカレン、藤堂らを心の底から信じたからではない。
キョウトを束ねる桐原公への目通り、騎士団内における団員の不和、僅かに芽生えつつあるゼロへの不信……。
これらを払拭するためにあえてルルーシュは自らの素顔を曝け出したのだ。それに素顔を見せたとは言っても、扇やカレンは度重なる訓練や実りのある教育のおかげでゼロに対する信頼は高い上に、藤堂もこちらの事情を知っている上、軍人だけあって口が堅いため此方の正体がそう露見することもない。
キョウト六家に黒の騎士団、そして日本解放戦線のTOPに近い人間が此方に対して好意的な態度を示してくれるのならば、必然的にその下に仕えるメンバーの不信も薄れていくに違いないと踏んで、ルルーシュはあえて彼らに素顔を晒したのである。
(八年前に蒔かれた種が旧きもの、新しいもの、その全てを飲み込んで花を咲かすか……)
桐原はそんなルルーシュの様子を静かに見守りつつ、新しい時代が訪れようとしているのを感じていた。
かつては手を出せば零れそうな小さな種がこうして力強く咲き誇る様を見せ付けられ、気にも留めなかった存在がこうして自分すらも飲み込む様を省みて己の狭量を嘲笑った。
だが今はそんな事がどうでもいいように感じるほど、己の心は希望に満ちていた。
(あぁ、彼奴ならば見せてくれるかも知れぬな――新しい日本を)
キョウトの協力を取り付けたことで、黒の騎士団のアジトには豊潤な物資や機材が送られるようになった。いまや日本最大のレジスタンス組織へと成長した黒の騎士団には、日本人や他のナンバーズは元より主義者のブリタニア人までもが入団を希望しており、日々増え続ける団員や戦力に、騎士団の幹部は嬉しい悲鳴を上げていた。
だが急成長の裏にはより濃く残る影もまた存在する。
急激に増えた構成員全員を倉庫街のアジトに収容するのは不可能になったため、今はキョウトの協力も取り付けて関東エリアを中心とした各地に拠点を設けて人員を割り振っている。
そしてその拠点の一つに、寄り添うようにして囁き合う複数の影――しかもその影が身に纏うのは黒の騎士団の制服ではなく、旧日本軍の軍服だ。そう、彼らは日本解放戦線の元メンバーである。
「解放戦線は完全に解体……今後は黒の騎士団として尽力せよ、か」
「片瀬少将も前線より退いて、若手の育成に力を尽くすそうだ」
「何故藤堂中佐は、あのような輩の下に付く気になったのだっ!」
「あのゼロさえいなければっ……」
彼らは解放戦線の中では武闘派として知られた面々であり、この拠点に来る前は度々黒の騎士団と衝突して問題を起こしていた。
草壁中佐率いる過激派と違う所を強いてあげるなら、藤堂鏡志郎に心酔しており彼以外の人間には滅多なことでは従わないとった所だろう。故に彼らは黒の騎士団の下に甘んじている現状に納得出来ていなかった。
「第一、敵国の人間すら取り入るような組織が当てに出来るのか!?」
「しかもそのリーダーすら素性が知れない上、聞けば日本人ではないと言うではないか!」
「日本以外の国の人間など信用できるものかっ!!」
彼等は日本を取り戻すのは日本人しかいないと信じ込んでおり、余所者の手を借りてまでしか行動に移せないゼロや黒の騎士団は侮蔑の対象でしかない。更にはリーダーのゼロが日本人でない事を知り、普段の行いから騎士団から敬遠されていたために厄介者扱いされた事も加えて、彼らの反発心は増々膨れ上がり終には限界を迎えてしまった。
「――我々が立つしかない」
士官の制服を着た兵士が立ち上がり軍刀を抜くと、堰をきったように言葉を荒げた。
「我々が決起して藤堂中佐や片瀬少将に訴えるんだ! かつての日本を取り戻すのは我々日本人だけなのだと!!」
「そうだ! 藤堂中佐もゼロに騙されてるだけだ。我々が説得すればきっと日本解放戦線として戦ってくれるに違いない!」
「幸い装備は騎士団がたっぷり溜め込んでいる。我らの力を持ってすれば黒の騎士団等蹴散らしてくれる!」
「そうと決まれば早速仲間を呼び集めて行動を起こすんだっ!」
士官の言葉に同調するように周りの人間が次々と立ち上がり、賛同していく。この時彼等の頭の中にあったのは既に打倒ブリタニアも日本解放でもなく、空虚な妄想と凝り固まったプライドに包まれた狂気しかなかった。最早どんな正論を論じた所で、熱狂に包まれた彼等は聞く耳を持つことはないだろう。
だからソレに浮かれた彼等は知る由も無かった。その狂気を断ち切る死を告げる鳥が直傍まで迫っていたことを――
『この期に及んでまだそのような無意味な行動を起こすか……救えないな』
「!……何奴だっ!?」
部屋の兵士達が一斉に腰の刀や拳銃に手を伸ばし、声の発せられた扉を睨みつける。
そしてドアがゆっくり開かれると同時に現れたのは、彼らと同じ軍服を着た兵士だった。しかしその兵士は側頭部からとめどなく血を流しており明らかに絶命していた。また左手には僅かに硝煙の立ち昇る拳銃を握り締めていることから自らの手で命を絶ったのだと思われる。
その様子に絶句する解放戦線の兵士達だったが、支えを失ったように崩れ落ちた兵士の背後に、見慣れた影を見て騒然とする。それは先程まで倒すべき相手として名を連ねていた黒の騎士団のリーダー、ゼロだった。
「貴様は……ゼロ!」
「何のつもりで来たのか知らぬがちょうどいい! 今此処で貴様に天誅を加えてくれる!」
突然現れた獲物に目を血走らせ、武器を構える兵士達。彼等の目には、最早自らの信じる信念という皮を被った醜い狂気しか無かった。
「最早論じるに値しないな……ならばやる事は一つだけだ」
仮面の目元をスライドさせ、ルルーシュは瞳に宿る赤い鳥を羽ばたかせる。
『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる、貴様等は今すぐ此処で死ね』
冷徹な声で告げられる絶対遵守の呪縛が兵士達の目を通り、彼等の大脳を犯していく。
そして今正にゼロへと向けようとしていた銃や刀を自らの額に、首に、腹に添え――
「「「「「承知!!」」」」」
最後にそう叫ぶと引き金を引き、あるいは刀の柄を押し込んだ。
甲高い音と肉を切り裂き、貫く音が部屋に木霊し、後に残ったのは物言わぬ骸とゼロの姿唯一つだけだった。
「片付いたか、ゼロ」
「ああ……そちらも終わったようだな」
次いで部屋に現れたのは漆黒の装備に包まれたアキトだ。
彼もルルーシュと同じく、この拠点の兵士を片付けるために別行動をとっていたが、静かに佇むアキトと彼の頬に僅かに付着する血糊を見ると、既にそれも終わったようだった。
「これで解放戦線の過激派一派は一掃されたな」
「ああ、しかし草壁だけでなく他にもこれだけの人間がいたとはな……」
流石に僅か数分の間に十人以上の命を奪ったからか、二人の声には張りも抑揚も無かった。
ルルーシュはむせ返る血の匂いに眉を歪めそうになるが、鋼の如き意思でそれを押さえ込み無表情を貫いたまま口を開く。
「他のメンバーは藤堂の説得によって歩み寄りを見せている。これで団の意思統一を行うことができる」
この拠点に集められたメンバーは全員が黒の騎士団、あるいはゼロに不信や不満を零す者だ。尤も不平不満を零す程度ならまだ許されるが、彼等は日本人であることに殊更固執しそれを他の団員に強要するだけでなく、意に添わない者に暴力を振るう等の問題ばかり起こしていた。
キョウトとの会談以降、藤堂が黒の騎士団に協力姿勢を示してからは暫く大人しくしていたが、密かに騎士団からの脱却と解放戦線の復活を企んでいたのだ。それも集めたばかりの武器や物資を秘密裏に溜め込んで。
この期に及んで仲間内で争おうとする輩に対してルルーシュは一切の慈悲を与えることはせず、秘密裏に粛清を決意した。
またルルーシュは、元解放戦線のメンバーを手にかけるため藤堂にだけは事情を説明している。流石に同胞を討つ事に最初は反対していた藤堂だったが、物資を横領していることや造反を許せばせっかく纏まりかけていた団が崩壊し、日本解放への道程が消えることは明らかであると説得すると、渋々といった様子で首を盾に振ったのである。
「片瀬少将はよかったのか? 彼は穏健派とはいえ、他国の人間をそう簡単に信じる人間ではないぞ」
「少将は時流を読むだけの知性を持っている。最早自身一人の力ではどうにも出来ないことを悟ったから、後方に退いたのだ」
かつて解放戦線の首領を務めていた片瀬は前線から退き、後身は人材の育成に力を入れるためにキョウト直下の訓練施設に籍を置くことになっている。
尤も、これからは人材の育成を担当するだけあって片瀬の思想に染まった人間が増えてくるのは確実だろうとルルーシュは踏んでいる。伊達に司令官を務めていた軍人だけあって、そう簡単に自らの影響力を手放したりはしないようだ。
だがルルーシュとしてもそれくらいの気概のある人間の方が、何も考えない駒よりも使い勝手があると考えている。
まぁ今はそのような事はどうでもいい。ルルーシュはそう心の中で呟くと改めてアキトの方へと向き直った。
「今更だが済まなかったな、アキト。このような汚れ役をやってもらって……」
「それこそ今更だ。俺は君に尽くすとあの時決めた。既に血で汚れたこの手でよければ、いくらでも使ってくれ」
アキトのその言葉を聞いて、ルルーシュは自分を取り巻く友や仲間の存在に改めて心の底から感謝した。
ブリタニアに捨てられたあの日、自分には心を許せる仲間など誰一人としてできないだろうと思っていた。だがはじめて出来た親友やアキトと再会したことで『人を信じる』事ができるようになった。
もし彼等に会うことがなかったら、真摯に人と向き合い絆を深めることなど出来はしなかっただろう。キョウトとの会談の時でも自分が彼等を信じたおかげで、彼等も自分を信じてくれた。
その期待に答える為にも、己は歩みを止めるつもりはない。
「ああ、俺とお前は血の契約によって結ばれた共犯者だ。母の悲願であり、俺の願いでもある優しい世界を実現するために、共に修羅の道を往こう……」
そう、全ては優しい世界のために。