コードギアス 共犯のアキト
第二十話「暗中の奇術師」
「各所のアジトが潰されているだと?」
「ハイ、いずれも機密レベルが低い箇所ばかりですがここ二週間で既に70もの拠点が潰され、100名もの構成員が検挙されています」
ゼロの問いに男は淀みなく答え、ソファーに座るゼロの前にいくつものファイルを見せ、正面のスクリーンに組織図を映し出した。
数多くのナンバーが振られた組織図ではあるが、階層の低いナンバーのいくつかは赤い斜線でが引かれている。
「組織の細胞化は9割方完了しております。検挙されたのは全て階層8以下の構成員で、最低限の情報しか与えてませんでしたから情報漏洩は最小限に留まっていますが……」
「潰された拠点はほとんどが倉庫や工場――こちらの備蓄品や物資を保管した所とはな。流石にこの数字は無視できん」
ゼロはそう言うと顔を動かさないまま仮面の奥に隠された視線を男に向ける。黒の騎士団のユニフォームを小奇麗に着こなし、髪を無造作に後ろに纏め上げた線の細い男だ。だがその男の髪の色は金色に染まり、その瞳はイレブン――日本人では絶対にあり得ない青の色という紛れも無いブリタニア人の特徴を示している。
男の名はディートハルト・リート。元はエリア11のTV局に勤めていた敏腕プロデューサーであったが、カワグチ湖でのゼロの演説を本局の命令を無視して放送してしまったため左遷された男だ。だがディートハルトはゼロの存在そのものにいたく惚れ込んだらしく、軍の情報や租界の様々な裏情報を手土産に黒の騎士団へと入団を希望したのだ。
勿論ゼロや黒の騎士団がそうすんなりとブリタニア人を入団させるわけもなく、様々な試験や思想のチェック等厳重な洗い出しを行った。しかしディートハルト本人は黒の騎士団に協力的な態度を崩さず、騎士団の取調べやラピスが行った電子情報のチェックも問題が無く、彼の高い情報工作の能力は騎士団にとっても非常に有利になると踏んだため、つい先日正式に黒の騎士団に入団したばかりだ。
だが入団して間もなくこのような事態が起こり、団員達の中にはやはりディートハルトはブリタニアのスパイなのではないかと疑いを持つものが出始めている。
尤も、ゼロはそう思っていなかった。
(情報を流すにしてはタイミングがあからさま過ぎる。第一ラピスの監視を潜り抜けて情報を流すことなど不可能だ)
「――戦力の充実化はどうなっている」
「紅蓮の慣熟訓練はほぼ完了していますが、新しい機体についてはラクシャータの到着を待つ事になります。暫くはキョウトから送られた無頼で団員の訓練を行うしかないかと」
紅蓮弐式の生みの親であり、これまでも科学方面で貢献してきたラクシャータ博士は近々新しい量産機体の受領と一緒に合流する予定だ。
「フム……この件は慎重に対処する必要があるな」
「如何されるおつもりで?」
「今はまだ何とも言えん。ディートハルト、お前は引き続き組織の細胞化を進めてより完璧なものに仕上げろ」
「承知致しました」
ディートハルトはゼロの答えに一瞬不満そうな表情を見せたが、すぐに表情を冷静なものに戻すと恭しく礼をした。
「どう思う? お前達」
「ルルーシュの見立ては間違っていない。ディートハルトは白だろう」
「端末の履歴を見ても怪しいところは無いし、ブリタニア軍やそれに準ずる諜報員と会ってる様子もない」
「私も少しアイツと話してみたが、己の欲望に素直な奴だったな。利発そうに見えるが中身は好奇心丸だしの子供と似たようなものだ」
その夜、ルルーシュはクラブハウスに戻るとアキト、ラピス、C.C.と共に増加する拠点襲撃の件についてディートハルトの事も交えて相談した。
「中からではないとすると、純粋にブリタニア軍の諜報能力の成果ということか?」
「それにしてはここ最近の検挙率は異常。ダミーにも引っかかってるけど、それ以上に隠し拠点があっさりとばれるのが気にかかる。捕まったメンバーが持っている情報を洗いざらい話したとしてもこれほど被害がでるはずがないのに……」
ラピスは自身の電子戦能力に自身を持ってるだけあって今回の事件については立腹しているらしく、いつも以上に意見を交えてくる。
「これだけ立て続けに捕まるとなると、人員だけじゃなく物資の確保にも支障がでるな」
「とはいえ、手掛かりもないのでは手の施しようがない」
いつもはピザを貪るだけのC.C.も物資が滞ると自分にも被害があると直感的に感じたのか、渋い顔をする。
アキトはC.C.の意見に同意しつつ頭を巡らせるものの妙案は浮かばない。頭脳労働担当ではないとは言え、こういう時によい案を出すことができないのはパイロットとしても歯がゆかった。
そんな中、ルルーシュは自分の頭の中にある構成員のリストと襲われた拠点を照らし会わせつつじっと考え込んでいた。
(襲撃された拠点を時系列順に並べ、細胞化されたメンバーの持つ情報レベル。更にこの襲撃を立案した相手の思考を考えると……)
「次に相手が襲撃をかけるポイント――俺が今回の襲撃犯だとしたら此処を押さえるな」
ルルーシュが指さした場所はコンテナの並ぶ埠頭だった。黒の騎士団の本拠点からそう遠くない場所の上、物資の搬入を行いやすい場所にあるため各地に散らばる拠点の中でも特に重要な場所だ。
「此処を押さえられるとまずいな……どうする? 向かってきた敵に奇襲でもかけるか?」
「いや、恐らく俺達の動きは事前に察知されると考えた方がいいだろう」
「フム、手足を縛られ思うように動けなくなったようなものだな。それでお前はそんな状態でどうするんだ?」
C.C.の挑発するような問いに、ルルーシュは薄く笑って自らの策を話すのだった。
(凄まじいものだな……あのマオとかいう男)
ゲットーのブリタニア軍が駐留する区域の一室でヴィレッタは端末のキーを叩きながら突如現れた白髪の男について考えていた。
軍の正式な命令書を持って現れたマオは当然の事ながら他の軍人達にいい顔はされなかった。完全な余所者、しかもブリタニア人ですらない者が軍を私物化しようとするのだからそれは当然の事だ。
だがマオはそんな軍人の不信感をたった数日で払拭してしまった。
彼からもたらされる情報の先には必ず黒の騎士団に関する集団がおり、そのことごとくを捕らえることに成功した。組織的な抵抗もあったものの、それもマオの指揮のおかげでほとんど被害を被る事無く制圧した。
今では若い軍人の多くはマオの指揮に信頼を置き従っているほどだ。
(これまでの成果で純血派も少しずつだが盛り返してきている……何よりコーネリア殿下からも直々に御声をかけていただいたのが大きい)
どういうわけか皇族のコーネリア殿下すらマオの行動には口出しできない様子で、最初は苦々しく思っていたらしいが、立て続けに手柄を挙げるマオや指揮下の純血派に対してつい先日労いの言葉をかけてもらったのだ。
その背景には、思うように成果を上げない他の部隊や文官達に対する当てつけも含まれているらしいがそれはどうでもいい。
落ちぶれた純血派は今では他のどの部隊にも負けない程手柄を挙げた一派となった。未だ前の失点を拭うほどではないが、このままいけばそう遠くない内に爵位を賜るのも夢ではない。
――だがこれでいいのか?
ヴィレッタは突然現れたマオに対して強い疑念を抱かずにはいられなかった。
マオの言葉を信じるならば、黒の騎士団にマオが恨みを持つ人間がいるらしい。恐らくそれはゼロの事だろうし、傍にいるという男は黒騎士の事を指すのだろう。
彼らを排除するためにブリタニア軍を利用するのも分かるし、純血派に近づいたのは落ち目の自分達を利用すれば、もし失敗したとしてもブリタニア軍は厄介払いができたと考えるだけだ。
ヴィレッタが分からないのは唯一つ、ブリタニアの軍人でもないマオが持っていたあの軍の命令書だ。
(書類は間違いなく正式なもの。サインはアジア方面軍の将軍の名前があったし、筆跡鑑定も白だった。軍の命令書は間違いなく本物なのに、それを行使する人間が軍人でもましてや文官でもなく、身元も分からない外国の人間……あまりにも不自然すぎる)
まるで予言の如く正しい情報網に無駄の無い軍の指揮ぶり、そして全く謎に包まれた正体。それはまるで――
(まるでゼロと同じ――)
「ざ〜んねんだけど、僕はゼロじゃないよ」
「っ!?」
驚いてバッと後ろを振り向けば、そこにいたのは白い髪に怪しげなバイザーを身につけたマオだった。
「まぁ、君がそう思うのも無理ないけどね。ホラ、僕ってミステリアスな男だしぃ」
なにが面白いのか、けらけらと馬鹿みたいに笑いながらそう言うマオに対してヴィレッタは不気味なモノを見るような眼差しを向けていた。
先程この男は、まるでこちらの心を読んで声をかけたような素振りを見せていた。これは今回だけでなく今まで何度もあったことで、それがヴィレッタのマオに対する不信を一層煽っていた。
ヴィレッタは努めて冷静な声でマオに声をかける。
「……次の作戦は決まったのか」
「うん、次行く所はココ。ただ今回に限ってはちょ〜っと作戦を煮詰める必要があるけどね」
マオの言葉に小さくほぅと答えるヴィレッタ。
いつもは自身たっぷりに作戦を皆に提示するだけなので、このような事は初めてだった。
流石に立て続けに黒の騎士団の拠点を潰したので、相手も警戒しているという事だろう。つまりはマオにとっても今回の作戦はいつもよりも難しいものになるはずだ。
コイツの手腕を疑うわけではないが、下手をすればあのゼロや黒騎士を相手にするかもしれない。そうなると純血派だけではとても太刀打ちできることなど――
「心配しなくても大丈夫だよ。コチラも十分に戦力を整えるからね。この作戦が成功すればお姉さんは間違いなく出世コースに乗ることが出来るよ」
まるでこちらの心の奥底を見透かしたようにそう答えるマオに、ヴィレッタは思わず目を見開いた。
目の前に佇む男はか細い体しか持たない優男で、軍人として鍛えたヴィレッタにかかれば赤子の手を捻るように締め上げることができるのに――
「だ・か・ら、ちゃ〜んと僕の言うことを聞いておくれよ?」
「あ、あぁ……分かっているさ」
彼の言葉に逆らえばとても恐ろしいことが起こりそうで、とても手を出すことはできなかった。
それはまるで真綿で体中を締め付けられているような痛みなき束縛だった。
「ゼロ、これほどまでに戦力を揃える必要があるのか?」
「当然だ。これ以上我々の拠点の壊滅は見過ごすことは出来ない」
数日後、黒の騎士団本拠点のトレーラーの横には真夜中にも関わらず多くの人員と車両、そしてナイトメアを運ぶトレーラーがあった。
「まさか藤堂中佐だけでなく、四聖剣の皆さんまで動員するとは……」
扇の視線の先には、無頼・改を整備する団員の傍で静かに佇む藤堂中佐と、その周りを固めるように周りを警戒する四聖剣達の姿があった。
そして藤堂達の無頼・改だけではなく、カレンの紅蓮弐式や黒騎士のエステバリスもトレーラーに搬入されており、正に黒の騎士団の総戦力とも言っていい。
「それだけゼロも本気なんですよ」
「今回奴らが襲撃をかけるであろう拠点は我らの物資保管庫としては最大規模の場所だ。そこに襲撃をかけるというのなら敵の戦力もかなり大きいと見て間違いないだろう」
カレンの言葉に同意するように、ゼロが周りの人員に聞こえるようにそう言葉を繋ぐ。
「これまでにいくつもの拠点を潰されてきたがそれも今日で終わりだ。我らの総力を持って敵襲撃部隊を叩き潰す! 各員、気を引き締めてかかれ!!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
団員達からの力ある返事に満足そうにゼロは頷くと、トレーラーに乗り込むよう指示を出し、自らも移動用のトレーラーにに乗り込んだ。
そして出発の合図と共に何台ものトレーラーが拠点のある埠頭へと向けて発進した。
整備員や待機組の団員がそれらに手を振って彼らの無事を願って見送る。
その一方で、それを冷たい目で見送る一つの影があった。その影はトレーラーが見えなくなると懐から通信機を取り出し、彼らの行く末を告げるのだった。
『こちらエッジ2、大通りに数台のトレーラーを確認――進行方向は第三埠頭と思われます』
『エッジリーダー、こちらでも確認した。エッジ2はそのまま監視を続行し、逐一報告せよ』
『了解、監視を続行する』
ブリタニア軍の薄暗い司令車両の中で逐一入ってくる情報を受け取り、オペレーターが各部隊にそれを伝えていく。
彼らはこれまでいくつもの黒の騎士団の拠点を潰してきた純血派の軍人だ。
「……黒の騎士団のトレーラーか?」
「潜入員の報告と照らし会わせても数に違いはありません。間違いないかと」
ヴィレッタの問いに自信ありげに答える純血派の団員。
既に黒の騎士団には何人ものスパイが潜り込んでいる。彼らの情報と新しく入ってきたマオの情報により、これまで潰した拠点の数は100近くに昇っているため、マオからもたらされる情報の精度は司令車に居る面々も全幅の信頼を寄せていた。
「よし、このポイントにトレーラーが進入したらナイトメア部隊を突入させろ。ここで黒の騎士団の戦力を一掃する!」
「了解!!」
オペレーターがその情報を各地に待機している部隊員に告げ、第三埠頭に多くのナイトメア達が集まってくる。
黒の騎士団のモノと思われる車両はそれに気づく様子もなく真っ直ぐと埠頭へと向かっている。
司令車にいる軍人達はそれを嘲笑うように見つめていた。こちらが待ち構えているとも知らず、罠に飛び込んでくる獲物を見つめる軍人達の眼差しを余所に、ヴィレッタは静かにその車両から降りるとその場から消えるように去っていった。
ナイトメアの配置が完了した数分後、予定されたポイントに複数のトレーラーが進入した。パイロット達は冷静にトレーラーを見つめながら、手持ちの火器をチェックしいつでも飛び出せるようにじっと佇んでいる。
そして全てのトレーラーが指定エリアに入ったのを確認すると、司令部から確保の命令が下された。
「今だっ! 全機突入!!」
ビルの陰や屋上から何機ものサザーランドが飛び出し、たちまち進入したトレーラーを包囲する。同時に現れた武装ヘリもチェーンガンの銃口を四方に向けながら周囲を警戒する。
『黒の騎士団よ、貴様等は完全に包囲された! 命が惜しければ直ちに投降せよ!!』
部隊の司令官は勝利を確信しつつ、停止したトレーラーに向けてそう言い放った。
このまま一斉に攻撃を仕掛けて纖滅するのも一興だが、未だ囚われの身のクロヴィス殿下の居場所を吐かせるためにゼロの身柄の確保は最優先事項とされているため、下手に攻撃して殺してしまうのは避けなければならない。
しかし一向に相手からの反応が返ってこない。怪訝に思った司令官はナイトメアをトレーラーに近づけて様子を探るよう指示を出す。そしてその答えは直ぐに明らかになった。
「なっ……隊長! トレーラーの中は無人です!」
「馬鹿な!? 潜入員の報告にあったトレーラーではないのか!」
予想していなかった事態に困惑する司令官。
そんな中、部隊のサザーランドの一機がトレーラーの中を調べようとファクトスフィアを展開した。そして停止しているトレーラーのコンテナ部から異常な熱源反応を確認し、それを知らせようとパイロットが通信機のスイッチを押そうとした瞬間、閃光が辺りを支配し一瞬後にその場にいた部隊を巻き込んで盛大な爆発が起こったのだった。
「ゼロ、たった今囮のトレーラーの反応が消失した」
「予定通りだな。これで作戦の第一段階はクリアというわけだ」
扇の言葉に対して平静な声で答えるゼロ。
ブリタニア軍が集結していたポイントから10km程離れた幹線道路に、彼らが乗るトレーラーの姿があった。
「しかしよかったのか? あそこは物資の保管場所としては最上の拠点だったんだが」
「扇、敵に居場所の知られた拠点には何の意味もない。守りきれるだけの戦力があるのならばともかく、我々にはまだまだ戦力が足りないのだからな」
今回襲撃の予想された拠点に対してゼロが取った行動は速やかな放棄だ。
黒の騎士団はエリア11最大の対ブリタニア集団と化したとはいえ、まだまだ戦力は十分とは言えないため数で押されてしまえばあっと言う間に潰れてしまう。
それに隠し拠点というものは場所が秘密であるからこそ有益であるのであって、場所が知られてしまえばそこは一気に危険地帯へと変わってしまう。
黒の騎士団設立当時に拠点として使っていた大型トレーラーも、敵に居場所を察知されにくい上に直ぐに移動できるからという利点があったため利用していたのだ。
「確かにこれまで貯めこんだ物資を放棄するのは忍びないが、それだけに囮としては極上のモノとなる」
「それに物資はまた集めればいい。黒の騎士団に協力する人員や組織はごまんといるからな」
ゼロの側にたつ黒騎士も同調するように言うと、その場にいた他の団員も納得した様子を見せた。
「そう、物資は後でどうとでもなる。だが人材は――人の命は代替できるものではない」
その言葉に黒の騎士団だけでなく、藤堂らをはじめとする元・日本解放戦線の面々が厳しい表情を見せる。
そう、この作戦のゼロの目的は捕虜収容所にいる日本人の救出だ。そこに捕らわれている日本人のほとんどは元・軍人で、戦力として取り込めば有能な駒として働いてくれるだろう。だが収容所の守りは堅いためそう簡単に手を出すことは出来ないため、普通ならゼロも重要な人物がいない限り救出しようとは思わなかったはずだ。
だが、今回の拠点襲撃の情報を察知したことで、大がかりなトラップを仕掛けることを思いついた。
黒の騎士団に入り込んでいるスパイの身元はラピスの手に掛かって丸裸にされており、目立った被害もなく捕まえることができた。そして彼らにギアスをかけ、偽の情報を流すことでブリタニア軍の目を物資保管の拠点に釘付けにしたのだ。
その結果は上々で、ブリタニア軍は暫くの間埠頭に注意がいくだろう。だがゼロの不安はまだあった。
(分からないのは俺やラピスでさえ掴みきれなかったスパイの正体だ)
そう、黒の騎士団に入り込んだスパイはほぼ払拭したものの、悉くこちらの拠点を潰した襲撃部隊の情報源がどうしても分からなかったのだ。
完璧な情報の隠蔽は不可能だとしても、余りにも正確に拠点の位置を特定するため、元紅月グループのメンバーが流しているのではないかと疑ったほどだ。
その様なことは勿論無かったが、見えない敵を警戒してゼロは黒の騎士団の最大戦力をかけて今回の作戦を成功させようと考えたのである。
(黒騎士だけではない、カレンも藤堂もいるから余程のことがなければ問題ないだろうが……)
ゼロが思案に耽る最中、トレーラーを運転する南が声を上げた。
「ゼロ、目的地まで後3分だ!」
「――了解した。各員! 戦闘準備!!」
ゼロの声に団員が威勢よく返事をすると、パイロットはナイトメアを起動させ、歩兵は装備のチェックを行う。
ゼロは未だ残る不安を胸にしまいこみ、仮面の下の表情を引き締めた。
そして南の言った3分を目前にし、トレーラーの目の前に収容所施設の正面玄関が現れる。
「時間通りだな……作戦開始!!」
その言葉と同時に、ゼロがギアスを使ってブリタニア軍人に仕込ませた爆弾が収容所の各所から爆発し、夜空に閃光と爆炎を施した。
一掃された入り口と爆発によって開いた穴からトレーラーが入り込み、同時にコンテナが開くとナイトメアが躍り出る。ちなみにこれが収容所の三カ所で同時に起こっている。
捕虜の救出を担当するのは藤堂と四聖剣ら旧・日本解放戦線の面々で、ナイトメアや装甲車が詰める格納庫近くをカレンの紅蓮弐式が強襲し、そして中央を黒騎士アキトのエステバリスと指揮をとるゼロの無頼――空戦エステバリスは修復が終わっていない――が担当している。
捕虜を救出した後は可及的速やかに撤退して、ブリタニアが事に対応する前に終わらせるはずの簡単な作戦――だがそれは早くも躓くこととなった。
『ゼロ、こちら救出部隊!』
「藤堂か、どうした?」
『ここの牢には……誰もいない!!』
「なんだと!?」
予想外の事態に驚愕の声を上げるゼロ。作戦を実行するほんの一時間前の連絡では確かに捕虜はいたはずなのだ。その一時間の間に捕虜を移動させたというのか。
「この短時間に移送させられたとは考えにくい。時間は少ないが他の場所を――」
『違う、違うんだゼロ……』
「藤堂? どうしたというのだ!?」
『ここに生きた人間は一人もいない……全員、殺されているっ!!』
無頼・改に乗る藤堂は身体を震わせ絞り出すような声を出してそうゼロに伝えた。
彼の視界にあるモニターには、狭い牢の中で白い囚人服を赤く染めた遺体が重なるように転がっており、そしてそれは全ての牢にも同じ事が言えた。
その惨状を見て四聖剣は悔しそう顔を歪め、同行した他の隊員達は顔を青くしたり、堪えきれずに吐いたりする者もいた。彼らの命を救うことができず藤堂は沈痛な面持ちで心の中で彼らに詫びる。
(皆すまないっ……責めはあの世で聞こう!)
『中佐……そろそろ時間です』
「ウム。皆、辛いだろうがいつまでもここに居るわけにはいかん。直ぐに撤退を――」
千葉の言葉に同意すると藤堂は他の面々に撤退を促し振り返る。するとモニターの片隅が動いたかと思うと、そこからハーケンの切っ先がこちらに向かっていた。
とっさに廻転刀でそれを切り払い、四聖剣も直ぐに動くと藤堂を囲むように陣型を整える。
『伏兵!?』
『藤堂さん! 周囲に複数のナイトメアが!!』
『この短時間で囲まれたということは……』
『完全にはめられましたな』
ファクトスフィアから読みとれる情報から周囲には10機以上のサザーランドが展開しており、いずれも戦闘態勢に入っている。
しかも完璧な包囲陣形を取っている事から、こちらの動きは筒抜けになっていたようだ。
『罠にかかったな黒の騎士団!』
包囲網を形成した部隊の隊長である一機のグロースターは、そう言うと手にしたランスを無頼・改に突きつけ宣言するように言い放った。
『貴様等の首は我がグランストン・ナイツが貰い受ける!!』
その言葉を合図にサザーランドの持つライフルが火を噴き、藤堂達へと襲いかかる。
コーネリア直下の精鋭部隊、グランストン・ナイツに包囲された状態で相手にするという過酷な状況の中、藤堂達は決死の覚悟で剣を振りかぶった。
そして一方のカレンも思わぬ――因縁とも言っていい敵と相対していた。
「まさかこんな所で会う事になるとはね……白騎士!」
強襲をかけるはずだった格納庫には、既に起動したサザーランドがライフルやランスを構えて待ち構えており、それらの先陣を切るように立っていたのはこれまで何度も辛酸を舐めさせられた白騎士――ランスロットだった。
「ホントに彼の言うとおりに黒の騎士団が仕掛けてきた……」
ランスロットに乗るスザクは直前に知らされた襲撃の情報の正確な予測に驚愕しつつも、油断なく相対する紅蓮弐式を見据えていた。
紅蓮とはまだ一度しか剣を交えていないものの、その強さは黒騎士に匹敵する。それを相手にするならば並のパイロットでは手も足もでないだろう。だとすれば高い性能を持つランスロットが相手をするのは妥当な判断だと言える。
しかしスザクの脳裏にはつい先日言われた親友の言葉が未だにこびりついていた。
(彼らは重要な拠点を放棄してまでここにいる日本人を救おうとした。なのに僕はそんな彼らに銃を向けている)
国を害するテロリストを倒すブリタニアの正義。国を取り戻すために同胞を救おうとする黒の騎士団の正義。ルルーシュの言っていた正義のぶつかり合いが確かにここにはある。
(僕はこれでいいのか?)
正義と正義がぶつかりあう中、確固たる意志を示さない自身に迷いながらもスザクは剣を抜く。
未だ見えぬ答えを見つけられぬままに果てるわけにはいかないから――
「藤堂達にはグランストン・ナイツ、カレンの紅蓮には白騎士……」
「そして俺達にはナイト・オブ・ラウンズか――」
正門から突入したゼロとアキト達を出迎えたのは、以前にもナリタで剣を交えた青い騎士――モノケロスを駆るドロテアだった。
『また会ったな、黒騎士、ゼロ』
「俺は会いたくなかったぞ、ドロテア」
ドロテアの言葉にそう返しつつ周囲を警戒するアキト。
視界にいるのはモノケロス単機のみだが、レーダーの反応から周囲を囲む高い壁に隠れるようにサザーランドが待機しているのが分かる。
「やはりこちらの動きは完全に読まれているようだな」
「ああ、だが何故こうも正確に……」
アキトの声に同意しつつアキトと同様に周囲を警戒するゼロは、敵の正確すぎる予測が余りにも不可解だと感じていた。
奇襲が読まれていたこともそうではあるが、敵の配置を見る限りこちらの攻撃ポイントが完全に読み切られた事が信じられない。
攻撃ポイントは敵が囮に引っかかる時間を目安にパターンを決めており、直前までどこを襲撃するかは決まっていなかったのだ。
囮を予測した事といい、こちらの襲撃パターンを読み切った事といい、これではまるでこちらの心を読んでいるように――
『だーいせーいかーい』
夜の静寂を消し飛ばすように響いたのは年若い男の間延びしたような声だった。
声の発信源は収容所の中央に位置する棟の屋上。そこに一体のナイトメアが悠然と立っている。そのナイトメアはゆっくりと姿を現したと思ったら、まるで待ち焦がれた恋人を出迎えるように大きく腕を横に広げた。
『始めまして、ゼロ。僕の名前はマオ。君を地獄に叩き落とす男さ』
マオという名前を脳裏で検索するが該当する名前は無かった。だが相手の立ち振る舞いやブリタニア軍の動じない様子から、奴が一連の襲撃に関して糸を引いていたのだろう。
だがブリタニア最強の一角を差し置いて軍を率いているというのに、こちらのデータベースに該当する名前が無いということは奴はブリタニア軍人ではないということだろうか。
「マオ……とか言ったな、何者だ貴様は」
『アッハハハ! この機体を見れば検討はつくんじゃないかい?』
癪に障るような高笑いを上げてそう口にするマオ。ゼロは内心で舌打ちを付きながらマオが乗るナイトメアは注視する。
そのナイトメアは傍目にはサザーランドと何ら変わりがない。だがコックピット部は量産型の無骨な形状とは異なり美しい流線型で構成され、後ろにせり出すパイロットスペースは戦闘機のキャノピーを思わせる程滑らかだ。そしてそのキャノピーに似たコックピット上部に浮かび上がる赤い鳥を思わせるそのマークは、ゼロにとっては余りにも見慣れたものだった。
(まさか……ギアス能力者かっ!?)
だとすると一体どのような能力を持っているというのか。現状とブリタニア軍の動きを考慮して様々なパターンを組立あげると……
『――いやぁ凄いねぇ。一瞬にして30ものパターンを予測するとは……しかもその内の一つは大正解だ』
(……っ! やはりこちらの思考を読む能力か!!)
だとすればこうまでしてこちらの動きが読まれたのも納得がいく。思考を読むということはこちらの行動が完全に筒抜けになるということだ。いくら奇抜な戦略を立てようとしても、こちらの意図が読まれれば全く意味を為さない。
戦略家のゼロにとってマオの能力は最も相性の悪い相手だと言える。
『まぁそういうことさ。いくら種が分かっても君にはどうしようもないってことは分かったね? それじゃあこの僕が泥棒にふさわしい末路を用意してやるよ』
「泥棒だと……?」
言葉の意味することが理解できずゼロは疑問符を浮かべる。その意味を問いただそうとするが、それをドロテアが遮った。
『マオ、いい加減私を除け者にしないでもらいたいのだがな』
『おっと、これは失礼。それじゃあとっととこの茶番を終わらせようか……各員、攻撃開始』
合図と共に始まったのは、防壁に潜むサザーランドからの銃撃の洗礼だった。
十メートル以上の高さからの銃撃が次々と黒の騎士団に襲いかかり、数機の無頼がその標的となる。他の機体やゼロは突入したトレーラーや隣接する柱や壁を盾にしてその銃撃をやり過ごした。
そんな中アキトは事態の元凶のマオを討つべく、銃弾の嵐の中を颯爽と駆け抜けるが――
ガギイッーー!!
『黒騎士よ、本意ではないが貴様の命をここで摘みとらせてもらうぞ!』
「邪魔するなドロテアッ!!」
間に入ったモノケロスがライフルブレードでその行く手を遮った。アキトは邪魔だとばかりにブレードを取り出し左右から挟み込むようにして連続した斬撃を放つが――
『斬撃はフェイント、本命は下からの蹴り』
「何!?」
距離を離すために放った本命の蹴りをモノケロスにかわされ、大きくできた隙を狙ってライフルブレードの突きが襲いかかる。
寸での所でそれをブレードの腹で防ぐが、その威力に耐えきれずブレードに僅かに皹が入った。
(こちらの動きが読まれただと!?)
戦略家として部隊の動きを読むまでならともかく、それが瞬時の判断が求められる戦闘にまで及ぶとなると只事ではない。
アキトは皹の入ったブレードを後ろ手に回し、緊張した面持ちでモノケロスと謎のサザーランドを視界に納める。
だがドロテアは戦闘に介入されたことを快く思わなかったらしく、不満気な声を出した。
『マオ、私の事は構わん。それよりも部隊の指揮を任せる』
『ふーん、いいけどそいつはまだ殺さないでよ――あ、回避後、右30度前方に射撃』
会話の隙を伺ってハーケンを放ち、盾を持たない右側に回り込もうとしたところをライフルで狙い撃ちにされる。
モノケロスのライフルはフルオートではなかったためなんとか回避するが、再び動きを読まれたことにアキトは少なからず動揺した。
(コイツは危険だ……! 早めに潰しておかなければ後々大変なことになる!!)
そうしてアキトはなんとかしてマオを排除しようと接近するなり遠距離から狙い撃ちにしようと試みるも、それは悉くドロテアに阻止される。
一方部隊を指揮するゼロは激しい敵の猛攻をなんとか凌いでいたが、マオが部隊の指揮に回ると途端に敵の動きが良くなった。
「P6からP9は東の防壁へ向かえ! 他のPナンバーは援護射撃で敵の視線を逸らせ!!」
『AからCチームはそのまま射撃を続行。Dチーム、東側防壁に四機来てるから阻止して』
包囲網の穴を縫って突破口を作ろうとするも、狙い澄ましたようにそれを阻止され穴を潰される。
「くっ、上を取らないことには……N2からN6は屋上の敵を牽制! その隙にN7からN10はハーケンで上を抑えろ!!」
『C4からC7、ハーケンが来るよ。昇って間合いを詰めてくるから迎撃して』
そしてなんとか上を抑えようとしても、やはり即座に対応されてしまい反撃の芽を潰される。
どれだけ的確な指示を出そうとも、こちらの意図が全て読まれているのであれば効果があるはずもない。
そうして加速度的に被害が拡大し、このまま全滅という最悪のシナリオが予想されたその時だった。
『ん?……格納庫の最寄りの壁に注意。壁を破って流れてくるよ。反対側の牢も同じだからBチームとDチームはロケットで対応して』
部隊の一部が壁際を警戒し砲身を向ける。その一瞬の隙を利用してゼロは散り散りになった部隊を集結させて陣型を整えた。
そして施設両脇の壁が爆発して煙が充満し、そこから紅蓮弐式の強襲部隊と反対側からは藤堂と四聖剣から成る救出部隊が飛び出してきた。だが即座に敵のロケットが襲いかかり、飛び出した機体の何機かは食われてしまう。
そうして敵の猛攻を凌ぎきった部隊が集結するがどの機体も満身創痍だ。
また追撃してきたグランストン・ナイツ、ランスロットも同様に壁から飛び出すとドロテアを中心にこちらを迎え撃つように終結した。
『ゼロ! こいつら以前よりなんだか強くなってるみたい!』
『こちらの攻撃が悉く読まれているようだ!』
部隊を率いたカレンと藤堂がそう口にし、ゼロは彼らもこちらと同様に苦戦したのだと理解する。
(だが信じられん! 奴のギアスが心を読むことだとしても、この精度と速さはありえない!!)
どれほど深く心を読めるのか、範囲や持続時間、最大何人まで同時に能力が及ぶのか等相手のギアスの能力が分からない以上予測を立てるしかないが、相手が人である以上脳の処理能力にも限界がある。
複数の戦場で敵味方の心を同時に読み、最低限の情報を選別して素早く味方に伝え部隊全体を指揮するなど、自分でも不可能だ。
そんなこちらの心を読んだのか、マオが心底楽しそうな笑い声を出している。
『ククク……無駄無駄。僕の
能力とこのサザーランド・ミーミルがある限り、君達は僕の掌の上で踊るしかないのさ』
マオの乗る機体――サザーランド・ミーミルと呼ばれたそれは一切の武装を持たずに屋上に立っており、傍目から見れば何の驚異も感じない平凡なナイトメアにしか見えないだろう。
だがよく見ればコックピットのキャノピー部が、時折脈動するように薄く光っているのが分かる。
(秘密はあの機体にあるようだな、しかし今は……)
「ゼロ……! これ以上の損耗はマズイ!」
「分かっている。各員プランDに従って撤退を開始しろ! 残念だがこの作戦は失敗だ!!」
捕虜を救出できず、得体の知れない指揮官を相手に多大な消耗を強いられたゼロは長居は無用と撤退の指示を下した。
各機体に取り付けられた噴出口からチャフスモークが吹き出し、あっという間に収容施設を白く煌めく煙が覆い尽くす。その煙は瞬く間に施設内を充満させ、ブリタニア軍は黒の騎士団の機体を見失ってしまう。
損傷の少ない部隊やドロテアが追撃をかけようとするも、指揮官のマオがそれを止めた。
『マオ、追わなくていいのか?』
『あぁ、別にいいよぉ。ゼロにはもっともぉっと苦しんでもらうからね……』
敵の心を読めば敵の撤退ルートを抑えて一網打尽にすることもできるが、マオはここで終わらせるのは詰まらないと、無様に逃げる彼らをわざわざ見逃した。
(そうだ、こんなものじゃ物足りない……彼女を、C.C.を奪った罪は重い。君には僕の味わった苦しみと同じ苦しみを与えてやるよ)
「ククッ……クハハハハハ!」
愉悦の笑みを浮かべて奇声じみた笑い声をあげるマオ。
その声はスピーカーを通じても分かるぐらい狂気じみたもので、歴戦の勇士であるドロテアでさえも不気味に感じたほどだった。
騎士団結成以来初めてとなる屈辱的な敗退により、カレンをはじめとした団員達の顔は一様に暗かった。
藤堂や四聖剣は囚われの同胞を助け出すことができなかったとはいえ、このような事態には既に慣れているのか目立って落ち込むような様子は見せなかった。
だが彼らの血を流すほど強く握りしめた拳に、アキトやルルーシュ等僅かな人間が気づいていた。
ルルーシュは怪我人の治療や機体の修理等を他の団員に任せ最低限の仕事をこなすと、急ぐようにアッシュフォードのクラブハウスへと向かった。目的は勿論あの魔女にマオの事を問い質す為だ。
ギアス保持者で自分に関わりの持つ相手となると、該当する人間は彼女しか思いつかない。徹底的に絞り込んでやると、僅かに怒気を纏わせながらクラブハウスに帰宅すると、出迎えたのはメイドの咲世子でも最愛の妹ナナリーでもなく、沈痛な面持ちのラピスだった。
そして彼女はいつものふてぶてしさを感じさせない青い顔をルルーシュに向けると、震えるような声で呟いた。
「ゴメン、ルルーシュ……ナナリーが浚われた」
その結果に愕然となるルルーシュ。
心を読む奇術師の策謀の手は、未だ彼らを安穏へと逃がすことを許さないのだった。