コードギアス共犯のアキト
第二十三話「選任騎士と復讐の騎士」
選任騎士とは、ブリタニア皇族にたった一人だけ就くことができる最も信頼できる騎士のことを指す。
コーネリア・リ・ブリタニアの騎士ギルフォードを見て分かるように、選任騎士が捧げる剣はブリタニア皇帝ではなく、自らの主君であり、それは騎士の命をかけて守るべき存在なのである。
――ブリタニア政庁、ナイトメア訓練場
いつもなら多くの騎士達が自らの武を高めるべく訓練に励み、何機ものナイトメアが動き回る訓練場。
だが今その訓練場には2機のサザーランドが相対するように対峙し、それを見下ろすように、多くの騎士達が固唾を飲んで見守っている。
いや、騎士だけではない。
観客席には多くの貴族も見受けられ、更には総督のコーネリアまでもがその様子を見守っている。傍らにはユーフェミアの姿があり、そしてその後ろを守るようにギルフォードとダールトンが、そしてその影に特派のロイドやセシルの姿がある。
彼らが見下ろす2機のサザーランドはそれぞれが異なる装備をしている。
1機は腰にアサルトライフルを、そして両手に大型の対ナイトメア用のランスを装備している。
対する1機は右手にMVSを握っているだけで、それ以外の装備は見受けられない。しかしその立ち姿は悠然としており、相対するもう1機はそんな相手に緊張した様子でランスを向けている。
そしてMVSを握るサザーランドに対し、周りの騎士や貴族達が向ける目は憎しみや嫌悪の感情が見え隠れしていた。
「はじめっ!」
コーネリアの合図と同時にランスを持った方のサザーランドがスピナーを唸らせて間合いを詰め、相手を貫かんと烈火の勢いでランスを突き出す。
しかしもう片方のサザーランドは、右手のMVSの柄でランスの穂先を引っかけると、円を描くような動きでその突きを逸らし相手の姿勢を大きく崩す。そしてがら空きになった頭部に左腕のスタントンファを叩きつけた。
その様子に周囲でどよめきが起こり、客席からランスを持ったサザーランドに対してしきりに応援の声が上がる。
頭部を砕かれたサザーランドであるが、それでもランスを手放すことはなく姿勢を立て直すと後ろに跳躍し相手と距離を取った。
だがMVS持ちのサザーランドは追撃をかけることはなく、その場に止まり相手の出方を待っている。
その様子にコーネリアはフンと鼻を鳴らした。
「余裕だな」
先手を取られたランス持ちのサザーランドは、腰のライフルをMVS持ちに向け、発射――但しペイント弾であるが――すると同時に再び間合いを詰め始めた。
しかしMVS持ちはそれを左右の僅かな動きでその銃弾を回避する。
だが相手もそれだけでは終わらない。
ある程度間合いを詰めたランス持ちは、ライフル本体をMVS持ちに投げつけた。それは直前で弾かれるものの、ランス持ちはその隙を付いてランスを振りかぶり相手を薙払う。
しかしその攻撃をMVS持ちは機体を低く沈めることで回避し、逆にスタントンファを相手の股下に入れると、すくい上げるようにして腕を振り上げてランス持ちの機体を持ち上げた。
大きく弧を描くように浮き上がった機体が地面に盛大に叩きつけられ、ランスも手放してしまうサザーランド。
そしてその首筋にMVSの切っ先が突きつけられる。
『ま、参った……』
ランス持ちの機体から降参の声がスピーカーを通じて告げられると、観客席を中心にどよめきが起こった。そこには困惑や憤怒といった、およそ好意的とは思えない感情ばかりだ。
それは総督のコーネリアも同じであったが、それに反してユーフェミアの表情は喜色満面の笑みであった。
「これで決まりですね、私の選任騎士は枢木スザクです」
ユーフェミアが見下ろす下で、MVS持ちのサザーランドのコックピットから出た枢木スザクは、最上段の観客席に向かって深々と礼を取るのだった。
話は1週間前に遡る。
護衛部隊となる純血派が壊滅したため、選任の騎士を持つことを勧められたユーフェミアだったが、その騎士選考は早くも躓いていた。
ユーフェミアもただ遊んでいただけではなく、姉のコーネリアから勧められた騎士の全てと直接顔を合わせ、言葉を交わし、その人となりを見たのだが、どの騎士も性格や考え方、実力が似たり寄ったりで、少なくとも自分が騎士にしたいという人間はいなかった。
正直言って、実力で言えば特派の枢木スザクが騎士としては一番であるし、自分の思想や考えに彼ならばきっと共感してくれるだろう、と考えている。
それに以前に比べてスザクの顔が心なしか晴れやかになっている事に気づき、同時にそんなことに気が付くくらいに自分の心が彼に傾いているのを自覚して、僅かに頬を赤くした。
だが、彼はナンバーズ――それも最も厄介なイレブンであるため、スザクを選任騎士にすれば間違いなく周囲の反感を買ってしまう。
かといって中途半端な人間を選任騎士にするわけにはいかないので、ユーフェミアは彼女なりの理由を考え、職務後のプライベートタイムでコーネリアと以下のような会話を交わした。
「お姉様、私の選任騎士の件ですが、お姉様が渡してくれた全ての方とお話しました。皆騎士としては素晴らしい方々ばかりなのですが、私の信頼する騎士となる方なのですから、やはり武の力を見せてもらわないことには分かりません」
「フム、ユフィの言うことも尤もだな。軟弱な者が騎士となればもしもの時、お前の身が危ない」
「ですので候補者を集めてナイトメア同士の試合を行い、その勝者を私の騎士として迎えたいのです」
「これはユフィの問題だからな。ユフィがそう言うのなら私に異論は無い。それに試合ともなれば騎士達にとってもよい刺激になるだろうし……そうだな、試合については私の方から口添えしておこう」
「ありがとうございます! 大好きです、お姉様!!」
「ハッハッハ、ユフィは可愛いなぁ」
そう笑いながら抱きついたユーフェミアの頭を撫でるコーネリア。
そしてその影で小さく舌を出しつつほくそ笑むユーフェミア。
もしこの様子を生まれたことから彼女達を知るダールトンが見たらこう言っただろう。
「ああ、ユーフェミア様は母君に似たのですなぁ……」
そしてコーネリアの取り計らいにより、ユーフェミア選任騎士の座をかけた選抜試合が政庁や軍に告知され、コーネリアとユーフェミアによって選ばれた候補者達はその座を射止めんと一層訓練に励むようになる。
そして候補者の名前の中には当然枢木スザクの名もあった。
試合直前になってスザクの名前を目にしたコーネリアが、ナンバーズは区別されるべきだと枢木スザクの出場の取り消しをするようにユーフェミアに告げるが、それに対してユフィはこう反論した。
「お姉様、確かにナンバーズを区別することはブリタニアの国是ですが、同時に強者こそが上に立つべき、ともあります。そこにブリタニア人もナンバーズも関係ありません。それに、ナンバーズの方々に負けるような騎士ならば私は必要としません!」
コーネリアもそう言われると反論できない。
それに、元ナンバーズ出身のラウンズも存在していることから、あからさまにイレブンだけを区別するわけにもいかない。
それでも渋るコーネリアに対し、ユーフェミアはこう付け加えた。
「もし枢木スザクを騎士に迎えることになれば、エリア11の抵抗運動が多少和らぐことも考えれます。現在は黒の騎士団の台頭によって影を潜めていますが、恭順派の人間も少なくはありません。最後の日本首相の遺児がブリタニア皇族の騎士となる事で、恭順派も盛り返すことになります」
コーネリアはこの言葉によって折れ、枢木スザクの出場を渋々認めた。単なるワガママや私情ならばともかく、そこまで考えが及んでいるならば、認めないわけにはいかなかった。
しかし要は枢木スザク以外の人間が勝てばいい話だけなので、コーネリアは試合前には参加する騎士達の発破をかけたりしたのだが……
(その結果、この様か)
今コーネリアの目前では、選任騎士のマントと衣装を着こなした枢木スザクがユーフェミアに頭を垂れ、騎士の洗礼を受けていた。
チラと周囲を見渡せば、ブリタニアの騎士達がその様子を悔しそうに見ており、多くの貴族達が侮蔑の表情で儀式を眺めている。
ドロテアのラウンズ就任もこれと似たようなものだったが、当時はエリア占領政策が始まったばかりで、そこまで他国民族に対する反感が育ってはいなかったため、そう大した問題は起こらなかったと記憶している。
無論、それはあくまで自分の主観なので、本人のドロテアには数々の苦難があっただろうが――
ともかく、まだエリア11の情勢が安定していない最中にイレブンを重宝することは敵味方問わずに敵を作ることになりかねない。
ユーフェミアが言ったことは尤もなのだが、それを快く思わない輩も確かにいるのだ。
(面倒なことにならなければいいのだが……)
洗礼が終わりスザクが参加者の方へと向き直ると、コーネリアは誰も歓迎の拍手をしない中で、率先して手を叩いた。
それに続きダールトンとギルフォード、そして特派から式典に参加したロイドが手を叩き、それに続くように渋々と参加者から手を叩く音が上がり、それはやがて万雷の拍手となって式典会場を包み込むのだった。
――同時刻、アッシュフォード学園
(おめでとう、スザク。これでお前は野望に一歩近づいたわけだ)
さんさんと陽が照らす学園の屋上で、ルルーシュは感慨深気に携帯型TVで中継された騎士就任式の様子を眺めていた。
あの夜二人で誓い合ったブリタニアへの変革。ルルーシュはゼロとして外から変革を促し、スザクはユーフェミアを皇帝に即位させて中から変革を行う。
この騎士就任によって、スザクはようやくスタートラインに立ったと言えるだろう。
だが、この騎士就任を全ての人間が歓迎しているわけではない。
ブリタニアの貴族は勿論、イレブンの反抗派だけではなく一般市民の中にもこれを快く思わない者は多い。
当然黒の騎士団のほとんどの人間は、スザクに対していい感情を持ってはいまい。
「ねぇ、ルルーシュ……枢木スザクに対してはどうするの?」
いつもの快活な様子とは裏腹に、髪を下ろして学園での猫を被ったカレンはおそるおそるといった感じで、カレンはルルーシュに訊ねた。
ゼロの正体を知るカレンは、学園ではあくまで同じ生徒会員としてルルーシュに対しては話しかけてはいるが、同時に彼の学園生活でのサポートも同時にこなしている。
しかし今こうして二人で肩を並べてTVを覗き込んでいる様子を見れば、ほとんどの人間はカレンとルルーシュが付き合っていると誤解するだろう。
顔を近づけてルルーシュと会話をしていたカレンはそれに気づき顔を赤くすると、湧き出た妄想を追い払うように頭を叩き、それをルルーシュがそれを怪訝に見ていた。
「どうする……とは?」
「枢木はあなたの古い友人だってアキトさんから聞いている。あなたは友達を前にして戦うことができるの?」
カレンは、スザクが日本にいた頃からの友人であったとアキトを介して聞いていたため、スザクの騎士就任についてはかなり複雑に感じていた。
また、スザクが白騎士のパイロットであることも同じく聞かされていたため、余計にルルーシュの心情を心配しているのだ。
「心配するな。それについては考えてある」
「ホントに? ……具体的にはどうするの?」
「それについては今度の作戦の時、幹部を集めて皆に話すとしよう。いつまでも此処にいれば、色々と勘ぐる輩もいるからな」
ルルーシュの物言いに首を傾げるカレン。
だがルルーシュの視線が屋上の入り口に向いていることに気づき、そちらに目を走らせると僅かに開いた扉から、数名の人間がこちらを覗いているのに気づき、サッと血の気が引いた。
ドタドタと慌てて扉に近づき、バンッと勢いよく開けば、そこにいたのはやはり生徒会の面々だった。
「な、なにしてるんですか皆っ」
「い、いやぁ〜〜ルルとカレンさんが屋上に一緒にいたって聞いたらいてもたってもいられなくなって……ねぇ、会長?」
「会長の私としては、是非ともこれを見守らなければならないと思って……ねぇ、ニーナ?」
「カレンさんって結構大胆なんだね……私もアキトさんに……そこんとこどう思う、ラピスちゃん?」
「心底どうでもいい。まぁ避妊だけはしっかりね……所で大丈夫、シャーリー?」
「そんな……やっぱりルルとカレンって付き合って……」
酷くショックを受けた様子で目を見開いているシャーリー。
父親の死から1ヶ月以上立ち、ようやく気持ちの整理がついたシャーリーだったが、流石に思い人が別の女性と付き合っていた事は、かなりのショックだったようだ。
ルルーシュはシャーリーの様子を目に止めると、自然にかつ素早く生徒会の面々の輪に加わり、あらかじめ用意していた言い訳を説明した。
「違いますよ。今度の租界の拡張計画に、彼女の実家が関係しているので、それの相談をしていたんだよ」
「はぁ? それがルルとなんの関係があるんだ?」
「今度拡張する区域がこのクラブハウスから比較的近い所なの。そこで病院や児童養護施設を建てる予定があるから、それについて訊かれていたのよ」
「あぁ〜……なるほど、ナナリーちゃんのためか」
ちなみにこれは本当の事だ。
カレンの家であるシュタットフェルト家は、租界の建築関連で名を馳せた家であり、手狭になった租界を拡張する計画も予定されている。
嘘をつくのにも、そこに本当のことを少し混ぜるだけで説得力を持たせることができる典型だ。
「で、でもその割には必要以上に親密だったし……」
それでも納得できないのか、シャーリーはボソボソとそう呟く。
カレンも本当はルルーシュに対し、ゼロへの敬愛に似た感情を持っているので、シャーリーの呟きに対し強く反論することはできなかった。
そしてルルーシュは、彼女の父親の死に負い目を感じていたため、動揺からかこんな事を口にしてしまう。
「そ、それじゃあ今度の学園祭……一緒に見て回らないか?」
そうシャーリーに対して宣うルルーシュに周囲の人間は目を丸くした。
自分から積極的に動いたルルーシュを見てミレイが大いにからかい、リヴァルもそれに続き、ニーナはまぁ!と口元を覆い、シャーリーと自分が口にした言葉に気づいたルルーシュが顔を赤くする。
そんな生徒会の皆の様子をカレンは少し面白くなさそうに眺め、気づかれないようにそっぽを向くのだった。
「フン、ルルーシュのバカ……」
(相変わらずルルの周りは面白いなぁ)
ラピスは皆の様子をぼんやりと眺めながらそう心の中で呟いていた。
学園の生徒会はシャーリーが元気を取り戻したことで、以前の明るい雰囲気をようやく取り戻しつつあった。
多くの旧日本軍人を取り込んだことで戦力の充実を計った黒の騎士団の再編も順調で、組織としては最早日本最大と言える。
しかしラピスが今心配しているのは生徒会の皆のことでも黒の騎士団の事でもない。
ルルーシュと同じように愛すべきただ一人の妹――ナナリーの事であった。
学園内のクラブハウスのリビングで、薄暗い部屋の中でナナリーは耳に飛び込んでくるニュースキャスターの声にただただ耳を傾けていた。
日本に着て以来初めてできたナナリーと兄ルルーシュの一番のお友達、枢木スザク。彼の選任騎士就任のニュースは瞬く間にエリア中を駆け巡り多くの人々の関心を買った。
ナナリーはそれを体調不良を理由に学校を休み、その日は一日中それらのニュースを聞いていた。
「ナナリー、もう遅いよ。そろそろ寝よう?」
いつまでたってもTVから離れないナナリーにラピスは声をかけるが、ナナリーは身じろぎ一つせずTVの音声に耳を立てている。
仕方ないとラピスが近づくと、ポツリとナナリーは呟いた。
「ラピス姉さま、姉さまも最近お兄さまと同じように夜遅いことが多いですよね」
「……そうかな?」
ナナリーの問いに答えつつ、ラピスはナナリーを促して部屋を出ようとする。
黒の騎士団に正式に入団して以来、アジトに顔を出すようになったため、確かに夜はいないことが多い。
それでもなるべくナナリーの元にいようと、夜の内一週間の半分はクラブハウスで過ごしているが、ルルーシュやアキトもいない事が多い中、ナナリーと咲世子の二人だけでは確かに寂しい思いをさせてしまうだろう。
だが、ナナリーが落ち込んでいるのはそんな単純な理由からではなかった。
「姉さま……私、私だけが置いて行かれるような気がしてならないんです」
やけに響いたナナリーの呟きに、ラピスは思わず足を止める。
「私、スザクさんが認められるのは凄く嬉しいです。それもユフィ姉さまの騎士になるなんて、私のことみたいにホントに嬉しいんです」
「じゃあなんでそんなに元気がないの?」
ラピスはナナリーの肩から手を離し、ナナリーの傍に寄ると手を優しく包み込むように重ねた。
目の見えないナナリーは相手の手と触れる事で、ある程度の感情を読みとることができる。ラピスは心の奥底に隠すナナリーの声が、今正に表に出ようとしているのを感じ、自らの手も重ねて自分の心も曝けだし、彼女の声に耳を傾けようとしていた。
ナナリーは知らず知らずの内にラピスの手を握ると、振り絞るように声を発した。それこそ流々と流れる滝のように。
「スザクさんもユフィ姉さまも、お兄さまもラピス姉さまも何かのために一所懸命やっています」
「アキトさんもそうです。私達のお世話をされている時からずっと、お一人で戦っているようでした。アキトさんが長いこと家を空けた後は、決まって空気が違っていました」
「それに釣られるようにお兄さままで……」
「みんなが私の事を大事に思ってくれていることは存じています。ですけど……まるで……私だけが置き去りに……されてるみたいでっ……」
守られていたばかりだった自分。与えられていたばかりだった自分。
何も知らなければ自分はいつまでも駕籠の中の鳥でいられただろう。
だが自分は知ってしまった。籠の外はいつ命を失うかもしれぬ危険に満ち、家族がその籠を守るために命をかけて守っていることに。
そして家族はその危険に満ちた世界で、何かのために戦っているという事に……。
自分はそれを指をくわえて見ているしかないのか?
目の見えない自分はこの先ずっと与えられる人生しかないのか?
それがとてもとても悔しかった。
そしてラピスはそんなナナリーの姿を過去の自分と重ねてしまった。そう、まだこの世界に来る前、ただただ謂われるままに実験を繰り返すだけであったあの日々を――
「ねぇ、ナナリー……」
だからだろうか、ラピスはナナリーに何かをしてあげたかった。
かつて自分がアキトに『ラピス』という名前と役割を与えてくれたように、目の前の妹に何かをしてあげたかった。
「ナナリーは私やアキト、そしてルルがやろうとしていることを知りたい?」
「!! 知りたいですっ、もう私だけおいてけぼりは嫌ですっ!」
「それがたくさんの血を流す茨の道でも?」
それを聞いて息の飲むナナリー。
家族が行っていることが後暗い事であることは、なんとなくわかっていたもののこうもハッキリと口に出されれば、やはり躊躇してしまう。
しかし自分は決めたのだ。
いつまでも与えてもらうばかりの自分、守られているばかりの自分と決別するのだと。
だから聞こう。家族が何のために戦っているのか。そしてそれに対して自分ができることを探すのだ。
「教えてください姉さま、私は……いつまでも夢見る少女ではいられませんから」
東京租界ブリタニア政庁のとある一室。
副総督であるユーフェミアの執務室で、ユーフェミアとスザクは対面していた。
「その後の経過は如何ですか、スザク?」
「ハッ、ダールトン将軍やギルフォード氏に騎士の心得等を御教授頂いており、大変勉強になっておりますが――」
「やはりイレブンに対する差別は失くなりませんか」
ユーフェミアの選任騎士となり少佐の位を得たスザクだったが、やはりブリタニア正規兵やナンバーズの一部からは、敵愾心や妬みにより煙たがられていた。
しかしほとんどのナンバーズからは好意的な視線を寄越されており、訓練に励むナンバーズ軍人も増えてきていることから一概に悪い影響ばかりというわけではない。
「こればかりは仕方ありません。時間が立てば皆慣れるかもしれませんが、今までのようなナンバーズに対する差別を無くすためにも、一層の奮起を期待していますよ、スザク」
「Yes,your highness!」
拳を胸に当て騎士の礼を取るスザクにユーフェミアは軽く微笑み、次いでキリと真面目な顔をするとスザクに告げた。
「それでは早速お仕事です。小笠原沖の式根島にさる皇族が来訪されます。私はその方の出迎えに行きますから、あなたにはその警護をお願いしますね」
「さる、皇族……ですか?」
既に二人の皇族がいるこのエリア11に、一体誰が来るというのだろうか、と疑問を覚えたスザク。
それに対し、ユーフェミアはまたも笑みを浮かべた――それは家族の来訪を喜ぶような明るい笑みだった。
枢木スザクの騎士就任から一週間後、太平洋小笠原沖の海中をゆっくりと動く巨体をがあった。
クジラを彷彿とさせる流線型の巨体。両翼に僅かに突き出たスタビライザー。中央にそびえ立つ巨大なセイロ。二つのスクリューでその巨体を進ませ、ナイトメアも多数搭載可能な最新鋭の潜水艦だ。
ラクシャータがインド軍区から密かに持ち込んだ潜水艦は、黒の騎士団の新たな拠点の一つとしてその役目を果たしている。
「本部のラピスより、式根島にさるブリタニアの貴族が視察に訪れるという確定情報が入った」
その艦内である広々とした会議室で、これから始まる強襲作戦のブリーフィングが始まっていた。
「式根島には防衛戦力としてある程度の部隊が配備してあるが、戦略拠点ではないためその規模は大したことではない」
投影パネルに移された島の3D映像に、基地の概要や防衛部隊の概要が描かれる。確かに見る限りでは敵戦力はそんなに多くない。
「作戦目標はブリタニア貴族の乗る艦船の捕獲だ。戦略拠点でもない島を視察に訪れる以上、何かしらの理由があると思われる……それにこれは未確定情報だが、来訪するのは貴族ではなくブリタニア皇族のシュナイゼルの可能性もある」
「シュナイゼル!? オイオイマジかよ!」
驚愕の色を含んだ玉城の声にゼロは静かに頷き、同時に周囲に大きなざわめきが起きる。
ブリタニアの政治を一手に担い、同時に欧州戦線に多大な影響力を持つブリタニア宰相。それがエリア11内ではなく、辺境の島を視察する以上、そこには何らかの意味があるはずだとゼロが説明し、団員達も今回の作戦の重要性を理解し気を引き締めた。
そして、襲撃位置や隊の割り当てが行われる。
「基地正面の攻撃は零番隊が担当……カレン、期待しているぞ」
「ハイッ! でも、やっぱり隊長は黒騎士さんの方が……」
黒の騎士団の親衛隊の位置づけとなる零番隊。その隊長として、カレンが抜擢されており、アキトは副隊長として組み込まれている。
この編成を聞かされた時は、黒騎士のアキトこそふさわしいと辞退しようとしたカレンだったが……。
「勘違いするんじゃないぞカレン。これは君の未熟な部隊指揮をフォローするための編成だ。水準以上の指揮ができるようになるまでは暫くこのままだと考えておくんだ……まぁ今回の作戦では俺は助言できないがな」
「うっ……」
傍に立つ黒騎士にそうバッサリと言われ、凹むカレン。
藤堂はそんな二人を見て苦笑すると、フォローするように口を開いた。
「実際の軍でも、新任の少尉を補佐するためにベテランの軍曹が付くことは珍しくない。まぁまずは自分のできることを把握することだな」
藤堂の言葉を受けてカレンは素直に頷き、両手の拳をぐっと握りしめて彼女なりに気合いを入れ直した。
それを見ていたゼロは仮面の中で苦笑しつつ、作戦概要を説明する。
いくら戦力が多くないとはいえ、万全の体制で守られてはこちらの消耗も馬鹿にできないため、まず始めに相手の警備体制が整う前に基地の防衛部隊を叩き敵戦力を無効化する。
その後対象の船が、安全のために沖合に避難したら、潜水艦で待機しているアキトの新月が僚機のバッタと共に敵艦を強襲し、拿捕するという筋書きだ。
新月はプロペラントタンクを装備し背中の噴進推進機を使えば、長時間飛行可能であり、対象には護衛艦が数隻程度しか付いてきていないらしいので、アキトだけで十分対処可能だろう、とゼロは判断した。
「なお、来訪する貴族を出迎えるためにユーフェミア副総督が来ていることも確認されている……まず間違いなく枢木スザクも来ていることだろうが――枢木スザクに関しては放置して問題ない」
ゼロの言葉に団員の中から僅かにどよめきが起こる。
枢木スザクの対処には黒の騎士団内部でも様々な意見が飛び交っていたため、団の長であるゼロの方針には誰もが注目していたのだ。
「ゼロ、流石にそれはまずいのでは? 枢木スザクの取り扱いは明確にしなければ、エリア11の住民意識が恭順派に傾きかねません」
「ディートハルトの言うことも尤もだが、今回の作戦目標はあくまでブリタニア貴族の船だ。ナンバーズの新任騎士と、敵国の宰相が乗っているかもしれない船……どちらが重要な存在かは言うまでもあるまい」
ディートハルトの意見には賛同しつつも、この場での明言は避けあくまで作戦に集中するよう述べるゼロ。
ディートハルトもゼロの言外の意味に気づいたのか、その場は黙って引いた。
「しかし白騎士の戦闘力は侮れないモノがあるため、対抗策を用意してあるが……ラクシャータ、ゲフィオンディスターバの用意はどうだ?」
「ん〜、効果範囲に難があるけど使えることは使えるわよ〜」
ゼロの問いにラクシャータは間延びした声で答えた。
それを聞いたゼロはならばよいと、納得したように頷いた。
「ゼロ、それは一体?」
「対白騎士用の特殊兵器だ。無視するとは言ったものの、作戦の障害になるようならば、奴をこれで足止めする」
新月が潜水艦で待機する以上、襲撃部隊の戦力を無闇に割いて白騎士に対処することはできない。
その対処のためにゼロはラクシャータにナイトメアの動きを阻害するトラップを用意させていた。
もしも白騎士があまりに作戦に影響するならば、これで足止めする作戦である。
「他に質問は無いか?……ならばこれより作戦を開始する。諸君等の奮起に期待する!」
「しかしどうして式根島なんでしょう? エリア11の方が警備も厳重なのに……」
訪問する船を出迎えるために、ユーフェミア一行は式根島へと船で向かっていた。護衛艦一隻のみの船旅はやや不安を感じさせるものであるが、航路の安全は確保されており、式根島まではエリア11から1時間もあれば到着する距離であるため、厳重な警備は必要ない。
だがそれを言うならエリア11の政庁で出迎えた方がよほど安全だ。戦略的に意味のない場所にわざわざ訪問する意図はなんなのだろう?
「スケジュールでは式根島の式典の後に、すぐ隣の神根島に訪問することになってますね。恐らく目的もこれかもしれません」
「神根島……それって確か」
「そ、七年前の極東事変でブリタニアが最初に占領した島だよ。まぁ僕はそんなことより一緒に運ばれてくる実験機の方が楽しみだなぁ」
「不謹慎ですよ、ロイドさん!」
日本が最初に占領された島、神根島。
戦略的には何の価値もないちっぽけな島に本当に何のために訪れるのだろうか。そう考えずにはいられなかったが、今の自分にはユーフェミア皇女殿下を守るというもっと大事な役目がある。
そう考えてスザクは頭を振り払って余計な考えを追い払った。
「警備体制が不安だって言うけど君とランスロットがいれば大丈夫でしょ? 殿下にもなんか腕利きの騎士が一緒に来てるって聞いてるし」
「それに……『あの方』も復帰しましたからね」
「ああ、彼のこともあったねぇ……本人はやる気満々だし、あの機体もデータはとっときたいから、黒の騎士団でも来ないかなぁ」
「ロ・イ・ド・さ・ん?」
ロイドとセシルの他愛ないやり取りを耳にしつつ、スザクは騎士に復帰したあの人のことを思いだしていた。
元々厳しい目つきが更に鋭くなり、その佇まいも冷静であろうとしていたあの頃からは想像できない程近寄り難い雰囲気を持っていた。
人とはこうも変わるものなのかと、スザクは改めて思ったものだ。
(戦力は少ないけど、十分に迎撃できるだけの力はあるということか……ルルーシュ、君はどうするんだい?)
スザクはこの海のどこかで潜んでいるかもしれない友人を思い、静かに心の内で呟くのだった。
そして数十分後、式根島の港に到着したユーフェミア一行が、現地基地の副指令官の出迎えを受けているちょうどその時、基地の方角に爆炎と爆音が立て続けに沸き起こった。そして同時に通信が入り、慌てた様子の通信士から連絡が寄越される。
黒の騎士団の襲撃だ。
『一番隊から三番隊が敵司令部に攻撃を開始』
『敵防衛部隊、中央に集中していきます』
「よし、七番から九番は西側から突入。中央に集まった部隊の横腹を食い破れ。第一・第二特務隊は搬入口を急いで封鎖しろ」
間もなく始まった基地強襲作戦は順調に推移していた。
流石に賓客が来るとあって、いつもよりも多くのナイトメアが配備されていたが当初予想していたよりも防衛戦力の練度は高くない。
戦略上重要な拠点ではなく戦闘もほとんど起こらないため、兵士の質はエリア11よりも劣っているのだろう。加えてこちらの兵士が十分に訓練を積ませたことも関係しているかもしれないが。
そんな事を頭の隅で考えつつ、ルルーシュは部隊に司令塔を落とすために指示を出そうとしたその時だ。
搬入口を封鎖していた玉城から緊急の通信が入る。
『こちら第二特務隊! 奴だ! 白騎士の野郎がきやがったぞ!!』
(来たかスザクッ……!)
「うおおぉーーっ!? 来るな来るな来るんじゃねえぇーーっっ!!」 玉城率いる第二特務隊が向かってくる白い影へライフルを乱射する。
しかし相手はそれを易々とかいくぐると、赤い刀身を引き抜き搬入口を封鎖する無頼達へと振るった。
「おわああーーーっっ!?」 手足を切り飛ばされ、あっという間に封鎖されていた無頼達が一蹴される。しかし玉城を含んだ幾人かは直前にコックピットブロックを脱出させて事無きを得た。
白い影――ランスロットを駆るスザクはそれを横目に、基地司令部へと駆け抜ける。
(ルルーシュ、僕は君の道を否定はしない。だけど戦場にいる以上、立ち塞がるというなら倒すまでだ!)
ユーフェミアの命により基地指令の救援のために駆けつけたスザク。
基地の防衛部隊はほぼ壊滅状態だが、まだ司令部は生きている。ゼロの狙いが何かは分からないが、まずは司令官を助けることが先決だ。
スザクはMVSを提げて基地内部へとランスロットを疾駆させた。
『白騎士を確認! 真っ直ぐこちらに向かってきます!!』
(ちいっ、流石にこの状況でヤツは無視できんか……致し方あるまい)
いかにこちらが相手にしなくても、驚異的なマニューバを持つランスロットが縦横無尽に動き回れば、こちらの被害が積み重なっていくだけだ。
ゼロはトラップの位置を確認しつつ、ランスロットを無力化するために行動を移す。
「全員奴には手を出すな。ヤツは私が引き受ける! 零番隊は私に続け! 藤堂は頃合いを見て攻撃部隊を撤退させておけ。我々の目的はあくまで来賓の船。基地を無理に落とす必要はない」
『承知した。気をつけろよゼロ』
「貴様もな……さぁ来い、枢木スザク!」
ゼロは無頼のアサルトライフルの銃口をランスロットに向けると、後退しながら斉射する。
しかしランスロットはそれを悠々とかわしつつ、ハーケンを射出。
ゼロはそれを間一髪ナックルガードで弾いて防ぐと、今度は背を向けて全速で基地から離脱を始め、それを零番隊が援護する。
(ここで逃げる? 基地が目的じゃないのか……ならばここは基地の防衛を優先しよう)
「枢木スザクより式根島防衛基地へ、これより基地に残る敵残存勢力を排除します」
『いや枢木少佐、貴君はゼロを終え。敵部隊は撤退を開始している。これ以上奴らの好きにさせないためにもゼロを捕縛せよ!』
スザクハはゼロの捕縛命令に一瞬躊躇しそうになるが、今の自分は選任騎士とはいえ階級は少佐にすぎない。ユーフェミアの命である基地を守れという指示も達成した今、ここでの命令拒否は得策ではない。
……それにこの展開は主の予想範囲内。スザクは下された命を今一度思い出すと、司令官の命令を了承する。
「了解、これより追撃任務に移ります」
『よし、ユーフェミア様から更なる援軍も送られている。そちらと合流してゼロを追え!』
「Yes、 My load」
援軍と聞いて、スザクは共に船に乗ったあの騎士を思い出した。あの人とあの機体なら、確かに可能かもしれない。
だが、それはそれで面倒なことになりそうだと内心でぼやきつつ、スザクはゼロを追った。
「カレン! 白騎士はどうした!?」
『スピードを落として追ってきてます! こちらの威嚇射撃に効果があったとは思えないですけど……』
(妙だ、ヤツのスピードなら数十秒と経たずに追いつけるはず)
無頼を罠の張ったポイントに全力で移動させつつ、スザクの意図を読もうとするゼロ。
基地司令や他のブリタニア軍の目がある以上、スザクもこちらに対して手心を加えることは難しい。だからこそ、ランスロットを無力化するためにゲフィオンディスターバを用意しているのだが、肝心のランスロットが中々追ってこない。これにより考えられるのは――
(なるほど……増援と合流するつもりか?)
常識的に考えれば単機で追撃をしかけるのは、無謀もいいところだ。
恐らくスザクの身を案じたユーフェミアあたりが援軍を要請したのだろう。それはそれで間違っていないが、そうであっても幾らでも手の打ちようはある。
今回の作戦は陽動。基地の防衛部隊の目がこの式根島に注視していれば作戦の根本は揺るがない。例え敵がどのような戦術を採ろうとも、この式根島に留まっていればいかようにも手段はある。
そう考えていたゼロがふ、とレーダーを見ると、左翼から急接近する機影があった。その影は真っ直ぐこちら……いや、何故か紅蓮弐式へと向かっている!
「カレン! 左翼から敵だ、注意しろ!!」
『え?』
カレンが振り向いた直後、森の茂みを割って現れたのは巨大な鉄柱だった。
横幅だけでもナイトメアの胴体ほどもありそうなソレが真っ直ぐ紅蓮に向けて振り下ろされる。
『このっ!』
それを横飛びで回避し、元居た場所に鉄柱が叩きつけられ盛大な土煙が舞起きる。
そしてカレンは紅蓮を操りその鉄柱を巨大な右腕で掴むと、輻射波動をたたき込んだ。
そして高周波の嵐が鉄柱に浸透すると、即座に表面が泡立つはずが――それが起きない。
『なっ、輻射波動が効かない!?』
「離れろカレン!」
ゼロの指示を聞いて右腕を鉄柱から放し、その場から飛び退く紅蓮。直後その方向に、ゼロと零番隊の無頼が雨あられとライフルを斉射するが、相手に効いている様子がまるでない。
攻撃を中止し相手との間合いを取りつつ、ゼロ達は改めて襲撃者の姿を改めて観察する。
ソイツは既存のナイトメアに比べて遙かに大きかった。
いや、全高だけならエステバリスよりも低い。しかしその胴体、腕、そして脚の太さがそう錯覚させるほどの厚みを持っている。装甲の厚さだけを見るなら、あのサザーランド・オーガーすら凌駕するだろう。
青紫のカラーリングに赤く塗装された肩と四つ目の顔面から、どことなく純血派のサザーランドを思い起こさせる……いや、顔はまさしくサザーランドそのものであるが、その下は全く別物の機体だ。
最早面影すら感じさせないほどの分厚い装甲。オーガーにあったチェーンガンはその姿を消し、代わりとして左腕に更に凶悪なガトリングガンを備え付けている。
異彩を放つのは右腕に握る鉄柱……いや、鉄槌だ。
全長だけでナイトメアほどありそうなソレは、そこにあるだけで、その恐ろしさを肌に感じさせるほどに禍々しい。
『ようやく合間見えることができたな……紅蓮の騎士よ!』
『アンタ……一体何者だい!?』
目の前の巨大なナイトメアからくぐもった男性の声が流れ、カレンに対してそう告げた。
カレンは不気味に思いながら警戒を解くことはせず、敵の反応を伺っている。
『私はかつて国に命を捧げた忠義の騎士……しかしかつての私は死んだ。そう、紅蓮の騎士である貴様の手によってな!!』『ハァ!? 何を言って――』
『ゆえに私はこう名乗ろう……我は復讐の騎士ジャック! ジャック・ユニオンだっ!!』 薄暗いコックピットの中で宣言するように吠えたのは、赤を基調とし青と白で縁取りされた兜を被った騎士だった。見る者には竜を象ったようにも見えるその兜の下には大きな傷跡が見て取れる。
かつて純潔派にいた隊長格の青年を彷彿とさせるその騎士――ジャックは操縦幹を力強く握りしめてモニターに映る紅蓮を睨みつけ……
『紅蓮の騎士よ! このサザーランド・ゴルディアスの鉄槌ミダースの錆となるがいい!!』 腹の底から絞り出すようにして声を上げてそう叫び、紅蓮弐式に襲いかかった。
「それにしてもロイドさん。よくあんな機体を作る気になりましたね」
「ん〜? それってどういうことかな?」
「だって、ロイドさんってああいう元からある機体に手を加えることって好きじゃないでしょう?」
「まぁそうだけど、彼の提案が結構興味深かったからねぇ」
ロイドはモニターで縦横無尽に動き回るサザーランド・ゴルディアスを見つめつつ、セシルの問いに答えた。
「いくら第七世代に追いつくためとはいえ……ユグドラシル・ドライブを二つ載せろなんて言われた時は、開いた口が塞がらなかったなぁ」
「二つ載せれば出力も二倍……でしたっけ?」
「戦うことしか能のない人の考えそうな事だよ。しかもそれが上手くいっちゃうんだから世の中分からないものだねぇ」
「あれだけの出力に耐えるために、サザーランドにも随分手を加えましたけどね」
「オーガー以上の装甲に第五世代を越える運動性能や反応速度。それにミダースに搭載したWESも良好だし……実験としては大成功だねぇ」
サザーランド・ゴルディアスは騎士ジャックの要望により生まれた大型ナイトメアだ。
動力源を二つ搭載するという、どこぞの女性パイロットが提案しそうな事を本気でやりのけた機体であり、過剰な出力に耐えるために施された剛性保持とミーミルから流用した人工筋肉によって、オーガー以上の装甲と運動性能を手に入れたナイトメアだ。
そしてロイドが述べたWES(Wave Entrainment System)は、輻射波動に対抗する為の装置であるが、現時点ではその大きさによりナイトメアに積むのは不可能であるため、鉄柱に仕込む事で紅蓮に対抗することに成功している。
ロイドの技術により生まれた機体ではあるが、それに辿り、縋りつくまでの気迫と執念が無ければゴルディアスが生まれることも無かっただろう。
「仮にも僕が手がけた機体だからねぇ……いいデータを頼むよぉ」
「こいつっ……なんで輻射波動が効かないのよっ!」
『笑止! そのような武器、このゴルディアスには通用せん!!』 カレンはゴルディアスの周りを飛び回りつつ、隙を見て輻射波動を叩き込もうとするが、その度に巨大な鉄槌によって遮られ、防がれてしまう。
カレンは既にあの鉄槌でなければ輻射波動を防げないであろうということは察していた。しかし直接機体に叩き込もうとしても、見た目に反して意外と素早いゴルディアスはそれを悉く防いでしまう。
『はーーっ! 潰れろぉっ!!』「くっ……!」
振り回される鉄槌のリーチはかなり長く、少なく見積もっても4m。それを巧みに振り回し紅蓮を追いつめるが、カレンは持ち前の反射神経でそれを回避していく。
しかしもし大質量のあの鉄槌を、一度でも受ければ紅蓮の機体は粉々になることが予想できる。
何度か距離を取り、速射砲で仕止めようとしても――
『逃がさんぞぉーーっ!!』 ゴルディアスの左腕が持ち上がり、腕の甲に備え付けられたガトリングガンが鈍い鉄色の光を煌めかせると、烈火の勢いで弾丸を撒き散らした。
襲いかかる弾丸の嵐をカレンは巧みにかわすが、その表情は苦悶に満ちていた。
予想以上の相手の強さにカレンは焦燥に駆られるが、ここで熱くなっては駄目だと自戒すると、頭をクリアにして状況を再確認する。
いまここでの最優先の目的は、追撃してくる白騎士を無力化すること。その障害となる目の前の大型ナイトメアはゼロには見向きもせず、この紅蓮を狙っている。
白騎士は恐らくゼロを追うだろうが、コイツを放置して追ってくるとは思えない。ましてや白騎士やコイツを単独行動させると、もしもの時に、もう片方への援護に向かうことが難しくなる。
危険かもしれないが、白騎士とこのデカブツを一緒に連れていく事を考えゼロに通信を繋ぐ。
「ゼロ! コイツも一緒に例のポイントへ誘導しましょう! あそこならナイトメアの3機……いや4機は同時に停止できるはずです!!」
『確かにコイツ等を好き勝手にさせると問題だな……いいだろう、そのデカブツの誘導は任せるぞ、カレン!』
「はいっ!!」
自分の提案がゼロに受け入れられたことにカレンの心が一瞬高揚するが、即座に目の前の敵に集中する。
一方、サザーランド・ゴルディアスの中で憤怒の表情を浮かべながら機体を操る騎士、ジャック・ユニオンは一向に相手に傷を与えられないこの状態に苛立ちを募らせていた。
「ええーぃっ! チョコマカと鬱陶しい奴めっ!!」
『キュ――ジャック殿! 援護します!!』
合流したランスロットがヴァリスを構えて、周囲にいる無頼を牽制ししつつ、ゴルディアスへと近づいていく。
だがジャックは近づいたランスロットを一瞥しただけで、紅蓮への攻撃を緩めない。
「枢木准尉――いや、今は少佐か。手出しは無用! コイツは私自身の手で倒さなければならないのだ!」
『我々の最優先目標はゼロです! その赤いナイトメアは確かに強力ですがこの場で倒す必要はありません! これはユーフェミア殿下の命でもあります。ここは私と協力してゼロを追いましょう!!』
「くっ……仕方ない」
しかしユーフェミア皇女の名を出されては、流石にジャックも従わざるを得なかった。
ジャックはミダースを振るって大きく地を薙ぎ、紅蓮との距離を大きく取ると、ゼロの乗る無頼の反応を確認してその後を追いかけ始めた。さらに続くようにランスロットもそれに追従する。
そしてカレンもゼロを追いかける二機の後ろについて、速射砲で二機を牽制しつつ追いかけ始めた。
「来たか……いいぞ、そのまま付いてこい!」
罠のポイントへ向かうゼロは、後ろから猛スピードで迫る二機の反応を確認しつつ、鬱蒼とした森を抜ける直前に護衛の無頼達に合図を送った。
零番隊の隊員達は合図を確認すると、森が途切れる寸前で散会。ゼロの無頼だけが海岸沿いの砂浜へと躍り出た。
そして追いついたランスロットとサザーランド・ゴルディアスも森を抜けてゼロを目視で確認する。
(装備もなしに砂浜へ? 護衛もいないし、何か策があるのか……?)
『ゼロよ! 貴様を倒した後は、次はあの紅蓮の騎士だっ!!』
巨大なスピナーを唸らせ、ゴルディアスはゼロの無頼へと襲いかかるが、ミダースを直前で回避されると懐に潜り込まれ、至近距離でライフルの斉射を浴びてしまう。
だがそれも、僅かに装甲が凹んだのみでほとんどダメージとはならなかった。
「くっ……なんという堅さだ!」
『貴様では私に勝てんぞ、ゼロォーーーーッ!!』『ジャック殿、援護をします!』
さらにランスロットが無頼に攻撃を加えようと、MVSを抜いて無頼の足下を斬り裂こうとするが――
『させないよ、枢木スザク!!』
同じく砂浜に飛び込んだカレンの紅蓮によってその攻撃は防がれ、特斬刀によって払われると同時に、紅蓮との間合いを取る。
同時にゼロの無頼もゴルディアスの鉄槌の間合いから逃れて紅蓮の傍まで離脱した。
砂浜で対峙する4体のナイトメア。2体2と、数の上では同等であるが、その性能差から考えると、第四世代のコピー機にしか過ぎないゼロの無頼はどうしても不利であった。
しかしそれでも、コックピットの中のゼロは仮面の下で不適な笑みを浮かべている。
『ここまでだなゼロ! ここで貴様を!』
「そうだな、捕らえさせてもらおう!!」 その言葉と同時に、森の茂みで4機の様子を眺めていた白衣の女性――ラクシャータが、地面に無造作に設置された装置のボタンをキセルて押した。
「ポチッとな」
次の瞬間、4機の周りをぐるりと囲むように設置してあったゲフィオン・ディスターバが起動。
ユグドラシル・ドライブの通電作用に干渉し、第四世代、第七世代の性能差も関係なくその動作を停止させてしまう。
『これは……!』
『な、なんだこれはっ!?』
コックピットを照らす照明が落ち、非常灯が付いた薄暗い中でスイッチや操縦幹を押したり動かしたりするが、全く反応が無い。
「何をしようとも無駄だ。この中では第一駆動系以外は一切動かない」
『くっ……我々をどうする気だ、ゼロッ!』
「別にどうもしないさ。貴様達はここで来賓の船が落とされるのを黙って見ているだけでいい」
(そうか、ルルーシュの目的は基地やユーフェミア皇女殿下ではなく、式根島を訪れる貴族だったのか)
基地を襲撃したのは救援に向かう戦力を削ぎ落とすためで、この罠はランスロットのための保険だったのだろう。それにジャック・ユニオンも加わったため、式根島の戦力はほとんど無効化されたと言ってもいい。
相変わらず鮮やかな親友の手際にスザクは溜息をつくしかなかった。
既に周囲には黒の騎士団のナイトメアがこちらを包囲するように布陣している。
黒騎士がいないことが気にかかるが、彼は恐らく来賓の船を襲う役割なのだろう。どちらにしても、この状態では何もできないことに変わりないが。
しかし――
「悪いがお前達はこの場で拘束させてもら――」
『そうはまいりません、ゼロ!』 と、突如ゼロの声に割り込むように、女性の声が砂浜に上がる。
ハッとしてゼロが声の発信元に目をやると、そこには数機のサザーランドがライフルの銃口をこちらに向けており、その中央に膝を付くサザーランドのコックピットには、純白のドレスを着て悠然と立つユーフェミアの姿があった。
『ユ・ユーフェミア皇女!?』
『そんな、どうしてここに!』
ランスロット達を包囲していた一団が動揺し、藤堂達だけでなくカレンも驚きの声を上げる。さらに森から増援のサザーランドが現れると、黒の騎士団を包囲するように展開した。
そしてゼロやスザクを包囲する黒の騎士団、それをさらに包囲するブリタニア駐留軍という二重の円のような形で対峙する。
ゼロは素早く敵の陣系に目を走らせ、敵もそれほど余裕が無いと判断した。
包囲されたとはいえ敵の数はそう多くなく、円陣計の一部に戦力を集中すれば容易に突破できるだろう。
しかしそうすれば中央にいる自分達やランスロットを放置することになり、黒の騎士団が陣型を整える前にこちらが討たれてしまう。
敵としても迂闊に攻撃を仕掛ければ、ユーフェミア皇女を危険に晒すことになるので、包囲したはいいものの迂闊に攻勢に移れないでいた。
両者共に手を出せない状態で、ゼロはユーフェミアに問いかけた。
「……何故ここが分かったのかな、ユーフェミア」
「あなたがこの島の基地をわざわざ襲ったということはそれなりの意味があったのでしょう。でなければわざわざこのような辺境の島に現れる道理がありません」
「フム、それで?」
「あなたのこれまでの行動から、私はあなたが枢木スザクに拘っていると感じました。今まで幾度もあなた達黒の騎士団を苦しめたランスロットのデヴァイサーであり、日本最後の首相の息子である彼を……」
「なるほど、あなたは枢木を囮に使い我々を罠にかけたという事か……自分の騎士に随分と酷い真似をさせるものだな」
「無論、これはスザクも承知済みです。それに私は自らの騎士をむざむざ捨てるような事は絶対にしません! ゼロ、あなたも今この場で戦うことは得策ではないと気づいているでしょう?」
「何が言いたい」
「率直に言います。ここは引いてください。こちらとしても消耗した戦力をこれ以上散らすことは避けたいですから」
ゼロは内心でユーフェミアの手腕に感嘆していた。ユーフェミアの予測は間違っているものの、こちらの戦力を予測して打った手段は大胆で効果的だ。
ゼロとしてはスザクを討ちたくないし、このまま戦う事も避けたい状態であることは間違いない。
ユーフェミアの提案はこちらの戦力消耗を避けることに繋がるし、ユーフェミアにとっても黒の騎士団を退けて式根島を守ったという『結果』を残すことになる。
テロリストをわざわざ逃がすとは何事か、という声も上がるだろうがそもそも基地司令部の怠慢や基地に戦力を配備させなかった総督府のせいで戦力の消耗を招いたので、ユーフェミアに非があるわけではない。
結果的にユーフェミアは『基地司令部の応援に赴き、黒の騎士団を退けた』という利を得ることになる。
この策を聞かされたスザクも、この主について良かったと心の底から思ったものだ。
(ここまで出来るとは思わなかったぞユフィ……しかし残念だったな)
ゼロは仮面の中で歪んだ笑みを浮かべた。
そう、ゼロの目的はあくまで来訪する貴族の船。このままこちらに戦力が集中すれば、自然と援護に迎える戦力は限りなく小さくなる。
時間的にそろそろアキトから目標沈黙の報告が入るはずだ。ならば、彼女の提案を受け入れて緩やかに撤退しつつ、機を見て離脱するとしよう。
「いいだろう、我々としても無駄な血は流したくない。まずは互いの陣型を解き、そのまま緩やかに後退を
『ゼロッ、大変だ!!』」
ユーフェミアに対し互いの退却案を説明しようとした矢先、アキトからの緊急の通信が入る。
「どうした、黒騎士!」
『目標がそのまま式根島の――君達の方へ向かっている! しかも相手は唯の艦船じゃあない!』
「なんだとっ!? どういうことだっ!!」
また、奇しくもこの時ほぼ同じタイミングでブリタニア側からも緊急の通信が入っていた
「ユ、ユーフェミア様! 司令部から緊急の暗号通信です!!」
「え? 内容はっ!?」
そして二人の疑問に対して、アキトと通信兵がこれまた同じタイミングでそれに応えた。
『敵の船の正体はシールドを備えた空中戦艦だ!』
「これより来訪する戦艦から、ゼロを標的とした制圧攻撃を加えるとのことです!」
「「なんだと(ですって)!?」」 二人揃って驚愕の声を上げたゼロとユーフェミア。
「各機、上空を警戒しろ! 敵は上から来るぞ!!」
ゼロは一瞬ユーフェミアの策略かとも考えたが、そうであればわざわざ互いの退却の提案などせず、寧ろ時間を稼ぐように交渉したはずだ。
つまりはこれは彼女も知らない者による策略。
ゼロはそう判断し、各機体に警戒を促した。
一方のユーフェミアはせっかく止められた争いに水を差されて、心の底から怒っていた。
「それはどこからの命令ですか! ゼロの傍にはブリタニア兵だけではなく私の騎士もいるのですよ!? 直ちに命令を撤回させなさい!!」
「それは無理です! これは準一級命令……総督以上の権限が無ければ撤回できません!!」
「そんなっ……!」
その言葉に愕然とするユーフェミア。
一方でコックピットの中で、ゼロを足止めする命令を受けたスザクとジャック。彼らもこの命令の意味する所を知り、間もなく訪れるであろう運命に少なからず動揺した。
「そんな、ここで僕は終わるのか……!?」
「このような結末になろうとはな。奴とは私自身の手で決着をつけたかったが……」
ほんの少し前なら、戸惑いつつもそれがルールだと受け入れたであろうスザクであったが、己の目指すべき道を見つけた今となっては到底受け入れられる命令ではなかった。
逆に元々皇族に忠誠を誓っていたジャックは、諦観の念と共にその命令を受けて紅蓮を睨みつける。
足止めせよとは言われても、機体が動かない現状では相手のナイトメアを見張るくらいしかできなかった。
そして彼等の運命を決める船が姿を現した。
「ゼロッ、あれを!」
「なっ、あれはっ!」
コックピットから姿を晒すゼロとカレンは、上空から現れたの巨大な影に仮面の下の目を見開いた。
白を基調とした200メートルはある巨大な船体。黒の騎士団の無頼がその船に銃撃を加えるが、それらは巨大なブレイズルミナスによって遮られ、ダメージを与えることができない。
その船を森の傍で眺めていたラクシャータはキセルを口から放して驚愕の声を呟いた。
「フロートシステム……奴らも完成させてたのねぇ」
その船は地表から100メートルも無い上空で停止すると、船体下部のハッチを開いて二つの砲口を覗かせた。
しかしそれは唯の砲ではない。巨大な影が肩に備えたソレからは禍々しいまでの赤黒い光が脈動している。
「そんな事はさせません! 私が彼等の元に行きますから、直ちに攻撃を中止させなさいっ!!」
「なあっ!? 危険です、ユーフェミア様ぁっ!!」
己の危険を省みず、サザーランドをランスロットの元へ突っ込ませるユーフェミア。護衛のナイトメアは思わぬ皇女の行動に驚きそれを止めようとする。
しかしそんなユーフェミアの決死の行動も、白亜の船の玉座に座る貴公子は気にも止めず、掲げた腕を振り下ろして無慈悲に、そして冷酷に砲撃の合図を告げる。
「スザクッ!」
「なっ……ここは危険だ、離れるんだっユフィッ!!」
「こんな所で死んでたまるかっ! カレン、脱出しろぉっ!!」
「ゼローーッ!!」 少年・少女達の叫びも空しく、白亜の船から放たれた赤黒い光は地表を照らし飲み込んだ。
そして多くの人間が見守る中で、爆炎かそれともユグドラシルドライブの暴走か、赤と黒と虹色の光が砂浜を包み込むのだった。
※オリジナル兵器説明
『サザーランド・ゴルディアス』
復讐の騎士、ジャック・ユニオンが搭乗するサザーランド・オーガーの改造機。
第七世代ナイトメアフレームの機動に対抗するため、ユグドラシル・ドライブを二つ搭載したが、機体の方が出力に耐えられなかったため、機構そのものに手を加え、さらにサザーランド・ミーミルに使われていた人工筋肉も使用している。
ガチガチの剛性対策により、その機動性はグロースター並になっているが、その防御力は圧倒的で既存のライフルでは至近距離でもまともな傷を与える事はできない。
特殊装備の鉄槌ミダースは、全長4mの鉄柱の中に波動同調システム(Wave Entrainment System)を搭載し、紅蓮弐式の輻射波動と同等の高周波を発生させて打ち消す事ができる。
が、それ以上の機能しかない無いため、完全に対紅蓮弐式を想定した装備であるが、豪腕から繰り出される攻撃は当たれば正に一撃必殺の武器でもある。
尚、名称はかの有名な『ゴルディアスの結び目』のゴルディアース王。鉄槌ミダースはその息子、ミダースが由来している。
武装――鉄槌ミダース
左腕部ガトリングガン×1