見崎鳴の実の母親で霧果(本名:ユキヨ)の双子の姉妹のミツヨと夫の藤岡の死体が道路の崖下で発見された。
死亡時刻は、六月十五日未明で台風の影響で山崩れが発生してそれを避けようと車のハンドルを回した時に誤ってガードレールを突き破ってしまった。
藤岡夫婦は霧果と鳴についての話し合いをしようとして車を走らせていた。
後々夜見山署の警察が霧果の自宅に訪問して事情を聞いて分かった事だった。
東京に出ていた鳴は霧果に電話で知らされて、榊原恒一の車で夜見山に帰って来た。
鳴は二人の間でそんな事があったとは知らなかったので霧果に「どうして?」と言った。
自分をめぐってそんな言い争いがあったと初めて聞かされて鳴はショックを受けた。
そのせいで藤岡夫婦は亡くなった、いや鳴が三年三組の担任になったせいなのかもしれない。
どちらにしろ、鳴に責任があると自分を攻めきれない鳴はその翌日は学校を休んでしまった。
クラスでは全員が鳴の産みの両親が死んだと知り、六月の死者だと分かった。
全員が口々に「また死んだ」「先生可哀想」と言っていた。
それ以前に鳴が養子に出されていたと生徒たちは初めて知り驚いていた。
そんな中、榊原志恵留(シエル)は屋上で携帯電話でいとこの恒一と話していた。
この時間は休み時間でもうすぐ予鈴が鳴る頃なので志恵留は少し早口だった。
「先生の産みのご両親が亡くなったって、じゃあ……」
「うん、僕も霧果さんが育ての母親だとは知ってたけど……まさか藤岡さんが亡くなるとはね……」
「先生も今日は学校、休んでるし……大丈夫かな?」
「うーん、見崎の事だから大丈夫だと思うけど、心配だな」
恒一がそう言うと予鈴が聞こえ、志恵留は慌てて「じゃあね」と言って電話を切った。
携帯電話をスカートのポケットに忍ばせると屋上の階段を急いでかけ下りた。
本鈴が鳴ってしまうと、その教科担当教師にこっ酷く叱られてしまう。
それだけは避けたい志恵留は小走りで教室に戻った。
そこにはまだ歩きまわって楽しそうに会話をするクラスメイト達の姿があった。
まだ担当教師は来ていないようでホッと胸を撫で下ろすと自分の席に座った。
窓際の列の一番後ろの席で机と椅子が他のよりもかなり古い。
志恵留は机の隣に掛けてあったカバンから次の教科の教材を取りだすと机の上に置いた。
志恵留が教材を置くと前の席の神藤眞子が志恵留のほうに振り向いてきた。
神藤は志恵留を見るとニコニコしながら「珍しいね」と言った。
志恵留は「何が?」と首を傾げると神藤はプッと笑って「榊原さんが教室を出てるの」と言った。
志恵留は学校ではだいたいが教室の隅でポツリといるので教室を出る事はあまりなかった。
志恵留はあまり意識していなかったので「そう?」と不思議そうに言った。
「でもさ、見崎先生大変だったよねぇ……」
「そうだね、神藤さんの家は変わったこととかなかった?」
「ううん、全然っあ、私の事眞子≠ナいいよ、私も志恵留≠チて呼ぶから」
神藤は笑顔で志恵留の肩をポンと軽く叩いた。
志恵留はモジモジしながら「眞子?」とぎこちない感じで言って見た。
神藤は志恵留の頭を撫でながら「よくできましたぁ」と言っていた。
そんな事を言っている内に本鈴が鳴り、担当教師が教室に入って来た。
その瞬間、今まで立ち歩いていた生徒が慌てて自分の席に座った。
神藤も前を向いてきちんと座りなおした。
志恵留は今まで誰かを呼び捨てにした事がなかったので何だか変な感じがした。
鳴の両親が亡くなって一週間がたった。
志恵留は学校にいる間は鳴を見つけると声をかけようとするが何と言えばいいのかと迷っている内に鳴がどこかへ行ってしまう。
志恵留は母親の志乃を災厄≠ナ失ったが、鳴は一度も顔を合わせた事のない両親が死んだ。
鳴にとって、それはどんな感じだったのかを考えると、どう声をかけてばいいのか分からない。
この理不尽な災いを食い止めなければ、どうする事も出来ない。
だとしたら、やはりもう一人≠探す必要がある。
志恵留は旧校舎の第二図書室に久々に行った。
そこには第二図書室の主≠ニ呼ばれる黒ずくめの白髪で眼鏡をかけた司書の千曳がいた。
千曳は志恵留を見ると「久しぶりだね」と志恵留の顔を見て言った。
志恵留は千曳に何となくお辞儀をすると千曳は「大変だったみたいだね」と言った。
何の事かと思うと千曳は「お母さんの……」と言い、志恵留は「ああ」と頷いた。
志乃が亡くなった時に千曳とは話していなかったが、千曳は後から鳴に聞いたらしい。
鳴の事も「大変」と言っていた。
志恵留はその事を言われてチクリとして、会話が途切れ嫌な沈黙が流れてしまった。
「そう言えば、君のお母さんって志乃くんだったよね?よく憶えてるよ、よくここに来て本を読んでたんだよ」
「お母さんが?……ちょっと意外……」
「そう言えば……彼女の弟が十三年前に三年三組になって、亡くなってね……確か名前は……」
志乃の弟だと言う男性生徒の名前が思い出せそうで思い出せないような千曳。
志恵留も志乃が亡くなる前にそんな事を聞いたような憶えがあった。
千曳は三年三組のクラス名簿を挟んだファイルを取るとパラパラと捲っていた。
すると千曳は首を傾げて「あれ?」と焦ったような表情をしていた。
そして何ページか捲ると「ああ、そうか」と突然うわ言のように呟き始めた。
志恵留は冷や汗をかいて「千曳さん?」と言った。
「ああ、そうか……そうだったな、志乃くんには弟なんかいなかった≠ネ……私の記憶違いか……ハハッこの年になると勘違いが多くなって困るよ」
千曳は笑って誤魔化していたが、志恵留には何かが引っかかってしかたがない。
千曳はファイルを閉じると元あった場所に戻した。
志恵留は千曳のあの行動が不気味に思えて部屋の隅によった。
志恵留は頭の中で「お母さんの弟が死者=H」と考えてしまった。
なのだが、志恵留はまた「それはないか」と思って首を横に振った。
先ほどから頭痛がして苛立っていた。
すると部屋のドアがガラッと開くと入って来たのは担任の鳴だった。
鳴は千曳に頭を下げると部屋の隅にいる志恵留に気づいて志恵留から目をそらしてしまった。
志恵留はなんだかここに居てはいけない≠ニいうような感じがして第二図書室から出た。
鳴は志恵留は第二図書室から出るのを横目で見るとドアをすぐに閉めてしまった。
B号館の廊下を走っているとクラスメイトの篠原が歩いていた。
篠原はフラフラと廊下を歩いていて、何だか変な感じがしたが声をかけられる雰囲気ではなかった。
すると篠原は廊下の隅で蹲ってしまい、志恵留は急いで篠原のもとに駆け寄った。
「だ、大丈夫?篠原さん……」
「えっあぁ、榊原さん……ちょっとね、頭が痛くて……風邪かな?保健室に行けば治ると思うよ」
そう言って微笑むと再びフラフラと歩いて保健室の方に向かっていた。
保健室に入るのを見て志恵留は心配そうに保健室の方を眺めていた。
妙に違和感を感じた、何と言うのだろう、篠原は真っ直ぐに歩けていなかった。
今にも倒れてしまいそうな、そんな状態で歩いていたのは志恵留には変な違和感としか言えない。
言葉では表しづらい空気が廊下に流れていた。
志恵留は一人でトボトボと帰り道を歩いていた。
土手では夕焼けが川に反射してとても美しくなっている。
一人で寂しく帰っていると後ろから突然肩をたたかれて志恵留はビクッと身震いをさせた。
後ろに立っていたのは神藤と沼田郁夫と篠原だった。
神藤は笑顔で「一緒にかえろ」と言うと志恵留は嬉しそうに頷いた。
篠原は保健室で休んでそれからは体調は良好らしい。
志恵留は篠原を見ると何だか先ほどの違和感がまた蘇ってくるような感じがした。
篠原自身は「もう大丈夫」と言うのだが、どうも心配でならない。
沼田は微笑んでいるがやはりちょっと気分が悪そうな感じであった。
「ねぇ、篠原さんって水泳部だっけ?今日は部活休み?」
「ううん、休ませてもらった。こんな時に泳ぐと危ないし……」
「篠原さんは県大会で優勝してるしにねっ水泳好きなの?」
「うん、小さい頃からやってるんだ」
爽やかに微笑む篠原がうらやましく思えてくる志恵留。
自分もこんな風に自慢ができるような事がしてみたいと思った。
部活をしようにも自分にはどうも足を引っ張ってしまいそうで出来ない。
志恵留は篠原の話を聞いていると土手の下の川から妙な音がするのが聞こえた。
何かが水ではじけるような、子供の泣き叫ぶような声がする。
志恵留は川の方に目をやると川でおぼれている小学生くらいの男の子が見えた。
川のそばには慌てた様子の同い年くらいの男の子がいた。
おそらく遊んでいて誤って川に転落して溺れてしまったのだろう。
志恵留の他の三人もその様子を見て「どうしよう」と慌てた。
その時、篠原が「大変!」と叫んで手に持っていたカバンを地面に投げ捨てると川の方に走った。
そして川に飛び込んで溺れる男の子に手を差し伸べた。
志恵留達はゴクリと息を飲んでその様子を窺っていた。
篠原は男の子を抱えると川辺に向かって泳いで川辺にずぶ濡れの男の子を置いた。
志恵留はその姿を見て胸を撫で下ろすと神藤と沼田と顔を見合わせて微笑んだ。
しかし篠原は川から上がってこない。
志恵留は川のほうを見ると篠原の姿がないと気づき神藤に言った。
一向に上がってこず、川には篠原の物と見られるあぶくがたち上がっていた。
志恵留は篠原が頭が痛いと言っていた事を思い出すと神藤と顔を見合わせて土手を滑り降りて川に向かった。
沼田はその様子を見ている内に左胸辺りが苦しくなり、左胸を抱えてしゃがみ込んでしまった。
志恵留は川に入ると水で足が思うように動かずもがいて神藤と一緒にもぐった。
「篠原さん!」