夏休みの終わりを目前に夜見山から離れた地域に行ったというのに増尾拓真が死亡した。
海岸の釣り場のブロックに引っかかるような状態で、頭から血を流して海に浮かんでいた。
増尾の遺体を一番最初に発見した榊原志恵留(シエル)はショックから再び胸の気胸を発症しかけた。
志恵留はあの後すぐに病院に向かったが、命には別条がないと言う事で入院は免れた。
増尾の死から翌々日、増尾の自宅で葬儀が行われて担任の見崎鳴とクラス委員長の牧野優奈はそれに同行した。
鳴は黒服で身だしなみも普段よりはきちんとしていた。
増尾と共にあの海岸にいた志恵留達も自宅前まで呼ばれて鳴と話をしていた。
鳴は「気をつけて帰るように」と言うと、内場七夏と神藤眞子は落ち込んだ様子で帰って行った。
内場は自宅の方向に目を抜ける寸前、志恵留の顔を見て鋭い目つきで睨みつけた。
内場は鼻で「ふん」と言うような態度を取ると、自分の茶色のショートヘアーを掻き毟った。
志恵留はそれに気づいていたが、少し落ち込んだようにハーフアップの長い髪を撫でた。
残った志恵留と沼田郁夫と牧野は鳴の顔を見てどうすればいいかと言うような顔をした。
鳴は三人の表情を見渡すとため息を一つついて少し俯きながら語った。
「増尾君の死因は、肋骨を折ってそれが肺に刺さった事による出血死、さっき警察の方から聞いた事なんだけど、増尾君、集合場所に行く前に車にぶつかったの」
「ぶつかった?」
「そう、その時は大した怪我もしてなかったから、治療とかも受けないで……ね」
「その時に肋骨を……」
志恵留は鳴が語った事を深く考えてみると、増尾が肋骨を折ってそれが肺に突き刺さって死んだ。
志恵留は死因を聞いた瞬間、顔を青ざめて自分の口を右手で塞いだ。
「増尾君は、夜見山内で事故に遭って、それが原因で死んだ?」
「そう、それが丁度海に入っていた時で、亡くなったからも波に流されてしまった」
増尾が泳いでいる途中に死んでその遺体が波に流されてブロックに引っかかり、そのブロックで頭を打ってしまった。
それで恰も夜見山の外で死んでしまったかのような状態になってしまった。
志恵留はそう思うと、やはり夜見山の外は安全なのだと思える。
それでも死に引き込まれたのが夜見山の中なら、外に避難しても遅い。
鳴は志恵留達にそう告げると「今日はもう帰りなさい」と冷たい言葉を残して去って行った。
志恵留と沼田と牧野は同じ通りまで一緒に帰る事にした。
「ねぇ、増尾君は……どうしてそんな事言ってくれなかったんだろう?」
「心配かけたくなかったんじゃない?増尾君、結構誰かに迷惑をかけたくないって言う人でしょ?」
志恵留は沼田の答えに「そっか」と言う返ししか出来なかった。
増尾がいなくなった時、必死に探している時間が何だか今でも感触として憶えているような気がする。
少なくとも志恵留にはあの時間は地獄のような時間だったと思う。
クラス副委員長だった増尾は牧野にとって大事なパートナーだったと思える。
志恵留は学校で見ていても、結構二人はお似合いだったと思う。
牧野は増尾の死を悲しむと言う素振りを全く見せないまま黙って歩いているだけだった。
おろらく牧野は志恵留と沼田に心配をかけないようにそんな感情を無理矢理自分の胸の内に収めていたのだと思う。
志恵留は牧野の少し落ち込んだような横顔を眺めていた。
すると牧野は話題を変えようと思ったのか、突然鳴と志恵留のいとこの榊原恒一が聞いた小野寺の話を出した。
死者≠ニその年に生きていた生徒≠ニの立場が逆転するという新たな災い。
どうしてそうなってしまうのかが全く見当がつかないと言われている。
「小野寺さんの話が本当だったら、今年もそうなるのかな?」
「見崎先生によれば、ほぼそうなるだろうって……」
牧野は鳴から後になってその話をされて、志恵留や沼田にもそれを伝えていた。
内場と神藤はかなりショックを受けていたようで、そんな話を出来るような状態ではなかったという。
何年か前にこの現象≠ナ死んだ死者≠ェ初めはその年の死者≠セったが、その年に新しく死んでしまった生徒が死者≠ノなる。
そして初めの死者≠ヘ生きている人間となって、死んだ年に存在していたと言う記録も記憶もなくなってしまう。
志恵留はいろいろありすぎて、それがどういう意味かがよく分からない。
沼田も志恵留同様に何がどうなっているのかが分かっていないような雰囲気だった。
「その……「栖川奈々子」って人は今も生きているの?」
「らしいよ、小野寺さん自身もつい最近会ったばかりだって話だし」
「どうにか会えないのかな……その、栖川さんに……」
沼田は栖川奈々子と言う本当の生きた人間として蘇った元の死者≠ノ会いたいと言った。
牧野は深く考えて「先生に聞いてみるね」と言うと優しく微笑んだ。
しかし志恵留の脳内をよぎるのが、栖川奈々子が本当に蘇ったなら変更されて死に還った死者≠ヘどうなってしまうのかだった。
十年前に栖川奈々子がもう一人≠ニしてクラスに紛れこんで、七月に死んだその生徒がもう一人≠ニなった。
小野寺の話だと七月に死んだ生徒が死に還って災厄≠ェ止まって、十二年前の名簿を見たら栖川奈々子の名前があった。
しかしそれも二、三日してその名前が消えてしまった。
志恵留はふに落ちないような表情をしてどういう意味かを苛立ちながら考えていた。
牧野は「現象≠ェ起きれば分かるよ」と爽やかに言うが、志恵留はそれでは意味がないと思った。
志恵留はあんまり考えないでおこうと思った時、ずっと黙り込んでいた沼田は突然立ち止った。
それと同時に志恵留と牧野も足を止めて沼田に「どうしたの?」と聞いてみた。
沼田は青ざめた顔をして唇を噛みしめて二人の顔を見た。
「あの、二人に言っておきたい事があるんだ」
改まったような態度で突然か細い声で何かを言おうとする沼田。
志恵留と牧野はお互いの顔を見合わせて「何?」と聞いてみた。
沼田は口をパクパクさせると息を呑んで覚悟を決めたように力強く「あのさ」と言った。
「じ、実は……今年の死者≠ヘ……」
その瞬間、沼田は「うっ」とうめき声を上げると自分の左胸を強く押さえてその場に倒れこんでしまった。
その様子を見て志恵留はすぐに沼田の元に駆け寄ると必死に沼田の背中をさすった。
牧野は少しうろたえたような様子を見せると「発作?」とすぐに冷静な表情に戻った。
持病で心臓が悪い沼田はいつ発作を起こしてもおかしくない状態だった。
志恵留はすぐに自分のズボンのポケットから携帯電話を取りだすとすぐに119番にかけようとした。
しかしどうしてか全くつながらない。
牧野も自分の携帯電話でかけてみるも、やはりどうしてもつながらない。
「何で!?ちゃんと電源あるのに……」
「電波が届かないわけないし……」
牧野は近くを通りかかった買い物帰りだと思われる主婦風の中年女性に「携帯を貸してください」と言って女性の携帯電話からかけようとした。
それでも全くつながってくれない。
女性も「おかしいわね、さっきはつながったのに」と頬に手を当てる。
今こうしている間にも沼田の症状は悪化しているばかりだ。
牧野は少し考えると「担いで病院まで運ぼう」と沼田の腕を自分の肩に回して近くの市立病院まで向かった。
志恵留も沼田の背中をさすったり押したりしながら向かっていった。
その頃、神藤は自宅の前の門で立ち止まっていた。
増尾の事や神藤の引きこもりの妹の眞里の事もいろいろ積み重なって家に入ろうか迷っていた。
今帰っても、きっと母親が眞里に手を焼いているに違いない。
決して暴力とかを振るわれる訳ではないのだが、どうしても眞里の部屋の隣の自室に入りたくなかった。
神藤は数分くらい立ち止っていると門の扉を開けて入って行った。
神藤は自分用に持っていた鍵をショートパンツのポケットから取り出すと鍵穴に差し込んで回した。
ドアを開けるといつもよりも家の中は静かで何だか異様な黒いと言うような空気が流れてきた。
母親は出掛けているのかと思って家に入ると何だかそう言うような気配ではなかった。
神藤はゆっくり奥へと進んで「お母さん?」と何度か呼びかけてみるも何の反応もなかった。
神藤は母親がよくいるリビング&ダイニングに入ると信じられないものが目に飛び込んできた。
それは床一面に血が広がっていてそこには母親が血まみれの状態で横たわっていた。
神藤は青ざめた顔で声が出ずに壁にもたれかかって座り込んでしまった。
神藤はその場から早く立ち去ろうとするが、どうしても足が動かずにただ血まみれの母親を見て驚くばかりだった。
神藤の隣から「お姉ちゃん?」と呼ぶ、神藤がとても聞きなれた声がした。
隣になっていたのは血まみれのに魚用の包丁を手にして返り血を浴びている紛れもない眞里の姿だった。
「ま、眞里……」
「私もう、死にたい……死にたいよお姉ちゃん、でも……一人は寂しい、だから……一緒に死んで?」
眞里のえげつないほどの恐ろしい笑みを見た瞬間、眞里の手元の包丁が神藤に向かって振り落ちてきた。
神藤は訳が分からずに抵抗も出来ずにただ悲鳴を上げていた。
その神藤の悲鳴は血に染まってしまった家中に響いていた。
二学期が始まってすぐにクラスの全員が重苦しい話を鳴から聞いた。
八月二十一日の午後三時から四時に神藤の妹の眞里が母親を殺害して神藤にも重傷を負わせた。
眞里は二人を魚用の包丁で刺した後、自分で自分の左手首を切り裂いて自殺した。
原因は眞里が学校でいじめにあって引きこもりになり、精神状態が崩れてしまい犯行に至った。
神藤は奇跡的に一命を取り留めて今は市立病院で入院をしている。
同時刻、沼田が志恵留と牧野と一緒の帰り道で心臓発作を起こして病院に運ばれた。
牧野の冷静な判断のかいがあって沼田は何とか一命を取り留める事が出来た。
医師の話によれば「もう少し遅かったら死んでいた」と告げられた。
死人は神藤の母親と妹二人だったが、他の二人も重傷・重病と言う事で全員が息を呑んだ瞬間だった。
増尾に続いて神藤の家族が亡くなったと言うのはクラスにとってもかなりのショックだと思われる。
志恵留も三人が八月の死者となった事は大いにショックなことだった。
落ち込んでいる志恵留に牧野は「大丈夫よ」と優しく微笑んでくれた。
「しっかし、夏休みの間に四人もって言うのがきついなぁ……」
「あぁ、沼田君のお祖母さんもいれると四人か……かなりの人数か一気にってなるとやっぱり災厄≠止めるしか……」
「あっ、そうだ、榊原さん、他の人に小野寺さんの話はしてないよね?」
「え、はい……まだ誰にも」
牧野は志恵留の答えに「よかった」と胸をなでおろしていた。
志恵留は「どうして?」と聞くと牧野は自分のこめかみをさすって言った。
「他の人に知らせると、何だか混乱しそうで……」
「……確かに」
知りたがる人もいるだろうが、知ったとして混乱を引き起こすしかないと思われる。
新たな死者≠探して全員がクラスメイトを殺してしまうようなことになったら元も子もない。
小野寺の話も半信半疑と言われている、それを突き止めようとして被害者を増やすようなマネだけは避けたい。
そんな牧野のクラスメイトに対する思いからそう結論に至った。
対策係の内場にも知らせようと思うのだが、対策係でもやはりやめておこうと牧野は言った。
牧野と志恵留が話している時、教室の隅では対策係の三人が話し合っていた。
内場と福島美緒と木下翔太は椅子に座ったままお互いの顔を見合って話している志恵留と牧野を遠くから見ていた。
昼休みになって志恵留は自分で作った弁当を机に置いて久々に一人で食べようと思っていた。
神藤がいつも一緒に机を合わせて食べていたのだが、神藤が入院している間は一人で寂しく食べる。
志恵留はどの机よりも一番古くてペンなどで書かれた落書きの多い決して清潔とは言えない机の上で食べていた。
志恵留は辺りを見渡すと男子は大人数が一ヶ所に固まっているが女子は何人かで群れを作って食べている。
女子はグループができるから面倒臭いと言うのが志恵留のはっきりとした言い分である。
志恵留が弁当を食べようとした時、突然「榊原さん」と呼ぶ男子の声が志恵留の近くで聞こえた。
志恵留が声のする方に目を向けると、黒と茶髪の狭間の髪で社交的な木下が微笑みながら志恵留に向かって話しかけている。
木下は見た目が華やかでサッカー部のキャプテンをしていることから女子からの人気はかなりのものだ。
志恵留は木下とそんなに話した事がなかったので「はい?」としか言えなかった。
「榊原さん、さっき牧野さんと話してたよね?何の話してたの?」
「えっと……ぬ、沼田君の事で……私達の目の前で倒れたんで」
まさか小野寺の話をするわけにもいかずに少しだけ嘘をついてしまった。
嘘と言っても、沼田の話題は少しだけ出てきていたのは事実である。
あまり話した事のない木下が迫りくるのを志恵留はうろたえながら「逃げたい」と思いつつ無理に笑顔をしていた。
木下は志恵留の言葉に「ふーん」とふに落ちないような反応をしていた。
志恵留は次の嘘をひそかに考えていると木下はニコニコ笑顔で志恵留の顔を覗き込んできた。
「一人?神藤さんがいないから?……じゃあ、一緒に食べる?」
「へ!?いいえ、それは……っ」
顔を真っ赤にして木下の誘いに首を振って必死に断ろうとすると志恵留のスカートのポケットから小さな振動が伝わって来た。
制服のスカートのポケットから携帯電話をみると電話の着信のバイブだった。
志恵留は助かるとホッとしながら「すみません」と木下に言うと教室から出て電話に出た。
電話の相手は今は東京にいる恒一だった。
志恵留は「何?」と言うと恒一は少しだけ慌てたような口調だった。
「志恵留、この間さ、お前が僕の祖父母の家に来た時に写真見せたよな?」
「うん、卒業の集合写真だっけ?」
「その時、僕の年の写真だけ空いている場所があっただろう?」
恒一の年の写真にだけ、普通はあるはずのない空いている場所が一ヶ所あった。
本来ならその年に亡くなった生徒が写っているはずなのに一ヶ所だけ空いていた。
志恵留はそんな事もあったなと気軽に思うと「それが?」と恒一に聞いた。
恒一は震えるような口調で志恵留に言った。
「思い出したんだよ、足りなかったんだ……その年の六月の死者≠ェ一人……水野さん以外にもう一人いたんだ」
「六月の死者≠ェ一人足りなかったの?」
志恵留は先ほどとは違う様子で恒一の声を必死に聞き取ろうとした。
恒一はゆっくりと伝えようと思ったのか息を呑むような音が受話器越しに聞こえた。
「誰なの?足りなかった六月の死者≠チて……」
「……それは―――……」