不幸な体育祭から一週間と言う時が流れ、学校生活もおそらく普通の日常へと変わっている。
そう思っている生徒は三年三組には一人もいないだろう。
午後の後半戦の途中に保護者用のテントが突然倒れて、運悪く下敷きになってしまったのが三年三組の女子生徒の福島美緒の姉だった。
福島の姉の美奈は、テントの一番左端の一番前に置かれていたパイプ椅子に座っていて、左前のテントの足が折れて下敷きになったと言う。
そんな話は後に三年三組の担任の見崎鳴から大まかな説明でクラス全員に聞かされた事である。
これは一部の人間が知っている事だが、折れたテントの足のパイプの先が下敷きになって倒れた美奈の腹部に刺さったと言われている。
救急車に乗せられた美奈は母親と福島が見守る中で、大量出血を起こして息を引き取った。
あの事故から夜見北中学のグラウンドは夜見山署の警察が捜査をしている状態。
学校側でも周りにいた教師や保護者、そして騒ぎを聞いて駆けつけた数名の生徒達は警察から事情聴取をされた。
その生徒の中に、榊原志恵留(シエル)がいた。
志恵留の事情聴取には、志恵留のいとこの榊原恒一の中学のクラスメイトの赤沢泉美がしていた。
事故から二日か三日立った頃に志恵留は校内放送で生徒指導室に呼び出されて志恵留はすぐに生徒指導室に向かった。
部屋の中央には長テーブルと五脚くらいのパイプ椅子が並べられて長テーブルの窓側にはスーツ姿の赤沢ともう一人赤沢より若い男性が座っていた。
志恵留は部屋を見渡すと部屋の壁際にもたれ掛かって腕を組んでいる生徒指導教師の松川がいた。
赤沢と若い男性は志恵留を見るなり、パイプ椅子から立ち上がるとお辞儀をして志恵留もつられてお辞儀をする。
志恵留は二人と向かい合うようにパイプ椅子に座ると向かいの二人も座りなおした。
「えっと、榊原志恵留さんですよね?私は夜見山署の赤沢と言います。こっちは私の部下の矢野です」
赤沢はわざと咳払いをすると体育祭で会った時とは違って、緊張をしたような雰囲気で志恵留に質問をする。
志恵留は警察に事情を聞かれる、なんて事は人生の中で一度もなかったので「はぁ」としか答えられなかった。
赤沢の隣にいる矢野という男性は強張った表情で志恵留の様子を窺っている。
「三日前の事故の時、福島さんの近くにいたようですが……」
「えっと……何かガシャンと言うような物音がして、保護者の方々の方が騒がしくなって……。
担任の見崎先生が走って行くのを見て、気になって付いて行ったら……」
志恵留は赤沢の質問に正直に答えていると赤沢の隣では矢野が手帳に志恵留の証言をメモしているようだった。
メモをされると緊張をしてしまって、志恵留は目をキョロキョロと泳がせながら答えた。
志恵留は答える時に、ああえっと……とうろたえているような口調だった。
赤沢と矢野は志恵留から事故の状況を聞きだすと「ありがとうございました」と言って志恵留は生徒指導室から出された。
緊張感に包まれた事情聴取が終わると志恵留はあの事故の状況を今更になって詳しく思いだす。
倒れたテントの下に血まみれの状態で倒れている美奈の悲惨な声と惨い状況は今にも忘れ去りたいと志恵留は思う。
今更になって思い出した状況も多々あったので、赤沢に言おうと思ったが今度恒一にでも伝えておこうと思って教室へと向かった。
事故から一週間が立ってもあの状況を思い出してしまう志恵留は二時間目の美術の授業中にぼうっとしている。
美術の授業は四人一組のグループで一つのテーブルに並べられたフルーツをスケッチブックにデッサンするという内容。
志恵留は絵は得意なほうではあるのだが、考え事をしているので全く手が進んでいない。
白紙のスケッチブックと睨みあいながら持っている鉛筆でペン回しをしながら頬づえをついている。
気難しそうな表情で考え込む志恵留に同じグループの七瀬理央が肩を軽く叩いて「おーい」と呼びかけた。
志恵留はようやく我に返って「へい?」とオヤジのような反応をした。
「大丈夫?ずっと気分悪そうにスケッチブックを睨んでるけど……」
「えっ……あぁ、いやぁ……先週の事故を思い出しちゃって……」
「確かにあの事故は私も見たけどさぁ、美緒大丈夫かなぁ?エルちゃんはどう思う?」
七瀬は憂鬱そうな表情で志恵留と同じように鉛筆でペン回しを始めた。
「エルちゃん」と言うのは七瀬が勝手(?)に考えた志恵留のあだ名。
志恵留だからエル、なんだかアルファベットの「L」のようで面白いと言えば面白い。
志恵留は困ったような表情で「私に聞かれてもなぁ」と答えると七瀬は落ち込んだように「だよねぇ」とため息をつくように言った。
二人の会話を聞いていた同じグループの八神龍と沼田郁夫はデッサンをする手を一旦止めて「大丈夫かな」とでも言いたげな表情で二人を見ていた。
七瀬はそんな二人に「お二人さんはどう思うのよぉ」と身を乗り出して問いかける。
八神は間が悪そうに「知らない」と一言残すとデッサンを再開した。
七瀬は「つれないな」と呟くと沼田の顔を見て沼田は困ったように「大丈夫じゃない?」と言った。
「あーぁ、学年上がってよりによって呪われた三組≠ネんて冗談じゃない!早く卒業したいなぁ」
持っていた鉛筆をスケッチブックの上に置くと七瀬は腕を組んで早く災厄≠ェ終わってほしいと嘆く。
それを見ていた八神は手を止めずに「卒業したらすぐに受験だよ」と冷淡な言い方で七瀬を馬鹿にしたような感じ。
七瀬は八神に「私だってこれでも頭いい方ですぅ」と頬を膨らませて対抗的に言い返すと八神は「あっそ」とこれもまた冷淡な言い方だ。
志恵留と沼田は二人のやり取りを苦笑しながらデッサンを進めていた。
「エルちゃんと沼田君、何が面白い訳ぇ?」
「ご、ゴメン……二人とも面白くて……」
必死に笑いをこらえる志恵留に七瀬はわざとしかめっ面で睨んだ。
沼田は微笑みながら「仲良いんだね」と言うと二人は「どこが」とハモリながら言うとお互いの顔を見合う。
志恵留と沼田は微笑みながら「やっぱり仲良いんだな」と心の中で呟いていた。
すると美術担当でもある鳴が志恵留達のグループに「授業中は静かに」と注意すると周りの生徒はクスクスと笑いだす。
七瀬は恥ずかしそうに肩をすぼめるとデッサンの続きを始めた。
八神は口に出さずとも表情で「言わんこっちゃない」と七瀬に言っていた。
七瀬はまた怒られるのが嫌で反撃はしなかったが、悔しそうに頬を膨らませながらデッサンをしている。
志恵留は七瀬の肩を軽く叩くと「まあまあ」と七瀬の怒りを鎮めようとする。
七瀬は「チェ」と言うような表情をするとまだふに落ちないような表情をしつつもデッサンを続けている。
七瀬が落ち着くと志恵留は自分のスケッチブックを見ると紙に自分で描いたテーブルの上にある葡萄(ブドウ)のデッサンを眺めていた。
自分でもこの葡萄は上手いと思うのだが「もうちょっと丸いかな?」と思うと描いた葡萄の一部を消しゴムで消した。
消し終わると消しゴムとテーブルに置こうとした時に誤って消しゴムを床に落としてしまった。
消しゴムは転がって隣のグループのテーブルの下に入りこんでしまい志恵留は座っていた木製の椅子から立ち上がった。
するとテーブルの下に入り込んだ消しゴムをそのテーブルのグループの一人が拾い上げてくれ。
志恵留は拾ってくれた生徒に「ありがとう」と言うと消しゴムを受け取った。
その時に拾ってくれた生徒と目が合うと、その生徒は対策係の内場七夏と分かっり少しだけ気まずい雰囲気になった。
内場は志恵留に小さな声で「これ以上変に嗅ぎまわらないで」と言い残して志恵留から目を逸らす。
志恵留はその言葉が胸に突き刺さったように思うと「はい」と言ってしぶしぶ座っていた椅子に座る。
座った時に隣にいた七瀬が「あんまり気にしなくていいよ」と先ほどの内場の言葉をどうやら聞いていたようだった。
「内場さんはきっとクラスを心配して言ってるだけだから……やりすぎな感じだけどね」
「そ、それは分かってるけど……」
「別にエルちゃんを嫌ってるわけじゃないから、ねっ」
落ち込んだ志恵留を元気づけようと思ってからっと笑う七瀬だが、志恵留は分かっていても内場にそう言われるとかなり傷つく。
内場は先週の事故で同じ対策係の福島の姉が亡くなったことで余計に焦っているのかもしれない。
そう思うと志恵留はもう何もしない方がいいのかもしれない、そう一瞬だけ思ってしまった。
その日の放課後、志恵留は神藤眞子と沼田と一緒に下校をしようと三人で校門まで向かっていた時だった。
校門のあたりで若い女性が辺りを見渡しながら立っているのが見えて志恵留達は女性に声をかけた。
「どうしましたか?」と言うと女性は驚いたのか「え?」としか言わずに慌てたような様子。
そして「ああ」と言うと落ち着いたのか優しく微笑んで「私の出身校なの」と言うと夜見北の校舎を眺めている。
神藤は女性に「何年前に卒業したんですか?」と少し強引な感じに質問を投げかけた。
「えっと……確か卒業したのは九年前ね、三年に上がったのは十年前だから……」
「十年前?……あの、三年生の時は何組だったんですか?」
神藤はこれもまた強引に聞き出そうとすると「三組よ」と少しだけ言葉を詰まらせて女性は嫌な顔を一つせずに答えた。
三人はそれぞれの顔を見合うと「三組」と言う答えと「十年前」と言う言葉にもしやと思って質問を繰り返す。
志恵留は珍しく少し強引な感じの質問で「お名前は?」と言うと女性はこれにはさすがに困ったようで「えっと」と口をモゴモゴし始めた。
志恵留は「お願いします、教えてください」と必死にお願いすると女性もこの必死さに折れたのか。
「す、栖川奈々子よ」
と、冷や汗をかきながらしぶしぶながらに自分の名前を答えた。
三人は「栖川奈々子」と言う名前に仰天すると、神藤は「本当ですか」と栖川と名乗る女性に迫る。
栖川は神藤の圧力に引いてしまったのか、後づ去りをして「ええ」とぎこちない表情で微笑む。
「栖川奈々子」と言えば、十年前の四月から七月までの死者≠セったと言われている元三年三組の生徒。
いつかは話を聞こうと考えていた志恵留だったが、まさかこんな日に会えるなんて夢にも思わなかっただろう。
重大な人物に対面した喜びと言える感情と緊張感で固まってしまった志恵留は我に返ると「お話を聞かせてください」と思わず言った。
急過ぎるお願いに栖川は首をかしげると「あの話を知ってるのか」と言うような表情で「いいよ」と優しく答えた。
十月に入ると秋の紅葉と涼しさが目立つようになってくる。
この日もいつものように登校した志恵留は教室に入ると何気なく教室を見渡した。
教室にいる生徒で冬用の制服を着ている生徒は四割くらいで残りはまだ夏用の制服を着ている。
そう思っている志恵留は、まだ夏用の制服で涼しそうな格好をしていた。
教室を見渡している途中、志恵留は前の席の神藤がまだ登校していない事に気が付くと珍しいと思った。
いつもなら神藤の方が先に教室に居て志恵留が席に座ると自分の席に座ったまま後ろを向いて志恵留に話しかけてくるはず。
今日はいつもよりも遅れてくるのかなと思いつつも休みかという事も頭の片隅にある。
話し相手がいないとなると寂しい気もして席から立ち上がるともう一度教室を見渡してみた。
教室の廊下側の一番後ろの席にはいつものように沼田が席に座って一人でいる。
志恵留は「仲間だ」と一瞬だけ思うと席に座っている沼田に話しかけてみた。
沼田は志恵留の顔を見ると神藤の席をチラッと見て「ああ」と言った。
「神藤さん、まだなんだ」
「うん、寝坊でもしたのかな?」
志恵留は神藤がやらかしそうな事を苦笑しながら言うと沼田は眉間にしわを寄せて「変な事に巻き込まれてなかったらいいけど」と言いだす。
そんな沼田に志恵留は「縁起でもない」と突っ込もうという気にはなれなかった。
志恵留もクラスで誰かが休んだりすると正直心配になってしまう。
事故や事件もしくは大きな重病などになっていないかと、とにかく災厄≠ノ関する被害を受けていないかと思ってしまう。
他のクラスの生徒にこんな相談をすればきっと笑い飛ばされるかもしれないがこのクラスでは決しで笑い話だけではすまない。
「まぁ、神藤さんの事だから大丈夫だろうけど」
「えっ……あぁ、そうだね、眞子ならきっと……」
「うん……そうだ。榊原さん例の日記′ゥた?」
「ん?あ、それなら……」
そう言いかけた時、予鈴が鳴り志恵留は慌てて沼田に「じゃあね」と言うと自分の席に戻った。
予鈴が鳴ると志恵留と同じように慌てて自分の席に座る生徒も少なくはない。
この時の教室は椅子を引いたりする音やカバンをしめるファスナーの音が重なって聞こえて何だかノイズのように聞こえてしまう。
席に座った志恵留は予鈴が鳴っても来る気配のない神藤を心配しながら教室のドアを見ていた。
今にも「ギリギリセーフ!」とでも言いながら教室に滑り込んでくる神藤の姿が目に浮かぶ。
なのにそんな気配は一向にしないままとうとう本鈴が鳴ってしまった。
志恵留は誰も座っていない神藤の席を呆然と眺めているとドアが開く音が聞こえてドアのほうに目をやった。
入って来たのは担任の鳴で神藤でなかった事に志恵留は正直がっかりした。
鳴は静かに教卓の後ろに立つと教卓の上に手を置いて「今日は神藤さんが休みの様です」と呟いた。
やはり神藤は休みだと分かると志恵留はがっかりして鳴の話をある程度聞いていた。
「皆さんに報告があります。十二月の四日に夜見山神社にお参りをしようと思っています」
鳴はあまり気持ちのこもっていないような口調でそう告げるとクラスの生徒の反応を窺う。
クラスメイト全員が「お参り?」「夜見山神社で?」とヒソヒソと騒ぎ始めた。
志恵留も十三年前までは夜見山という山の夜見山神社にお参りをしてその御利益で十三年前と二十八年前の災厄≠ヘ途中で止まったと聞いた事がある。
でも十三年前に合宿で宿泊していた「咲谷記念館」が落雷で全焼して合宿が出来なくなったと聞いた。
「おもな目的はこの理不尽な災厄≠止めるためのお祈りです。
これは十二年前から行われている事で、十年前にはお参り後に災厄≠ェ止まったということです。強制参加ではないので来れる人だけで構いません」
十年前に止まった災厄≠ヘお参りがあって止まったと言われているのはこの日初めて志恵留は初めて知った事だ。
合宿はできなくても夜見山神社でお参りはできるという具合でこれが行われている事は志恵留にはすぐに分かった。
鳴の説明では、集合時間は午前九時で集合場所はこの教室だと聞かされた。
夜見山神社に向かうのは集合から二時間たった午前十一時にする、その間はクラスで話し合いをしろという内容だった。
すぐに夜見山神社に向かわない事は志恵留にも不満だと感じられたが、文句を言っても始まらない。
志恵留は当然神社へのお参りには参加をしようと思っていた。
「詳しい事は十一月あたりにプリントを配ります」
そんな鳴の冷淡なシメでホームルームは終わり、鳴は教室から出て行った。
鳴がいなくなると教室に残ったクラスメイト達は憂鬱そうな表情でお参りについて話していた。
わざわざこんな時にお参りなんて、とでも話しているのだろうと思って志恵留は伸びをすると教材を机の上に置いた。
今のクラスの様子を見る限り約四割の生徒は参加をしないなと思った。
参加をするとしてもクラス委員長の牧野優奈や副委員長で対策係でもある木下翔太など。
あとは対策係の内場や福島、そしておそらく神藤や沼田は栖川の話を聞いたので参加はすると思われる。
他には真面目な八神は絶対に参加、ムードメーカーで思いやりのある七瀬はきっと参加をするはず。
志恵留が知っている範囲ではこれくらいの人が参加をしようと考えていると思う。
このお参りで効果を得れば今年の災厄≠ヘ終わり、気楽に残りの中学校生活を楽しめるという訳だ。
できることならはそうなってほしいと志恵留は祈っていた。