十二月四日に夜見山という山にある夜見山神社にお参りをする事になった榊原志恵留(シエル)。
もちろん参加をするつもりだが、他のクラスメイトはどうなのかと疑問を抱いている。
まず志恵留は美術の時間に同じグループの沼田郁夫と八神龍と七瀬理央にお参りに参加をするかどうかを聞く。
七瀬は大げさに考え込むと「するよっ」と満面の笑みで言う。
八神は「もちろん」と即答され、沼田は「参加するよ」と答えられて志恵留は参加をしそうな生徒はほとんどが参加をするという結論に至る。
すると七瀬は隣のグループの四人に「お参りどうするの?」と笑いながら言うと四人は具合が悪そうな反応をする。
グループには内場七夏と君島美嘉と木下翔太と佐々倉誠司がいて、君島と佐々倉は苦笑いをすると「うーん」と言うような反応をする。
お参りについてはだいたいの人が口を濁してしまう。
なのだが内場は「するつもりよ」とはっきりと言い放つと木下も同じような答えを返す。
内場と木下に連れて君島と佐々倉も「しようかな?」とあやふやながらも参加をするとだけ言う。
君島と佐々倉は災厄≠ェ止まってほしいのは山々なのだが、参加をして何か不幸な事にでも遭ってしまうと元も子もない。
そう考えているのはおそらくほとんどのクラスメイトだと思われる。
四人に聞きだした七瀬は「そう」とだけ言うと黙り込んで横に乗り出した体を元に戻す。
志恵留は七瀬の行動がなぜか恥ずかしくて「聞かなくても良かったのに」と苦笑してしまう。
「何でぇー?他にも聞いておけばいいじゃん」
「で、でも、何か皆嫌そうだし……」
「えー、そう?」
「七瀬はKYなんだよっ」
「八神、うるさい!」
余計な事を口出しする八神にケンカを買うようにわざと頬を膨らませる七瀬。
二人のいがみ合うやり取りをクスクスと笑いながら志恵留は意外とお参りの参加者が多い事が知れて安心する。
それでもやっぱり不参加を希望する生徒はそこそこ多いだろうが、そんなに大勢で行ってもダメだと聞いた事がある。
志恵留はこれくらいの人数が参加するならいいかと思う。
そんな安心感を抱きながら志恵留は真っ正面に座っている沼田と目が合うと慌てて頬を赤らめながら俯く。
その時なぜか先日に校門で会った十年前の七月までの死者≠フ栖川奈々子を思い出してしまった。
そして栖川とあの後の事が目を閉じるとその瞳に事細かく映し出される。
九月の終わり頃に夜見北中学の校門でうろついている栖川奈々子を発見して志恵留と一緒にいた沼田と神藤眞子と話を聞かせてほしいと頼んだ。
栖川は一瞬だけ驚いたように首をかしげると丁重に「いいよ」と答える。
三人は栖川に連れられて栖川の自宅だという小さな一軒家を訪れる。
栖川は独身で一軒家に一人で住んでいて、中はかなりきっちりと片づけられていて広々している。
三人が案内されたのは玄関を入って少し長い廊下を歩いてすぐにあるリビング&ダイニング。
リビング&ダイニングには液晶テレビと二人ほどが座れる白い革のソファが二つ向かい合わせに並べられている。
二つのソファに挟まれるように木製のテーブルが置かれていて、上にはテレビのリモコンや雑誌が置かれている。
志恵留と神藤は二人で左側のソファに座ると沼田は右側のソファに一人でゆっくりと座る。
栖川はアイスコーヒーを四つ持ってくるとテーブルに並べて沼田の隣に腰を下ろす。
栖川は前かがみになって「何から話せばいい?」と志恵留に向かって問いかける。
志恵留は「えっと」と慌てると一番聞きたかった事をまず問いかける。
「栖川さんは、その……自分が死者≠セって分かってたんですか?」
「そうね、もうあんまり憶えていないんだけど、分かってなかったと思う」
そう答えると栖川はストレートの長い髪を指で耳に掛けると少しだけ首をかしげる。
隣にいた沼田は「やっぱり」というような表情で肩を落とすと俯く。
「あぁ、でもね、七月の下旬から……私が死んだ日の事を思い出したような気がする……」
「七月の下旬?どういった風に……」
神藤が「七月の下旬」という言葉に反応すると、栖川は憂鬱そうにもう一度首をかしげる。
自分が死んだ時の事を思い出した事があるようだが、どういった風とかは全く憶えていないようだ。
すると栖川は「あっ」とポンと手を叩くと突然ソファから立ちあがってリビング&ダイニングを出る。
志恵留は栖川の行動に疑問を感じながらも乾いた喉を潤そうと目の前のアイスコーヒーを飲んだ。
そして栖川が「あったあった」と言いながらリビング&ダイニングに戻って来た。
その時に栖川は手元にボロボロで埃まみれの大学ノートを持ってテーブルに置く。
志恵留は「これは?」と大学ノートを手に取ると栖川は「私の日記」と呟く。
パラパラと志恵留は大学ノートを開くときっちりとバランスの取れた女性らしい文字がぎっしり書かれている。
良く見るとノートの一番上の行には日付が書かれていて文字も日記のようだ。
「中三の頃の事を……もしもって時に残そうと思って書いたの」
受け取った日記を志恵留は今ここで読む気にもなれずに日記を閉じると「ありがとうございます」とまず栖川に礼を言う。
栖川はそんな志恵留に「いえいえ」と微笑んで言うとソファに再び座る。
栖川が座ると同時に沼田が栖川の方に体を向けて真剣な表情で問いかける。
「七月からの死者≠ェ死んでから、栖川さんの死≠ヘどうなったんですか?」
「え?……私の死は七月から死者≠ェいた時までは私の死に関わってた人は憶えていたようだけど死者≠ェ死に還ってからは、もう誰も……」
突然の沼田の質問に困ったような表情の栖川は壁にかけてある時計をチラッと見ると目を泳がせる。
栖川は志恵留達の顔を見渡すと「もうそろそろ帰った方がいいよ」と言って部屋の奥に行く。
素っ気無い雰囲気の栖川を見て志恵留は「帰ろ」と神藤と沼田に言うと栖川に礼をして栖川の自宅を出る。
帰り道に三人は渡された日記を見て「どうする?」とお互いの顔を見合うと神藤が「志恵留が持ってて」と言いだす。
志恵留は少し不満げな表情をすると「いいけど」と栖川の日記を自分のカバンの中に忍ばせる。
『二〇十一年十月十七日』
今でもその日記はカバンの中に入れっぱなしで志恵留も未だに読んではいない。
一人で読むのは気が引けるので沼田と神藤と一緒に読もうと思うのだが神藤が休んでいるので出来ない。
こんな時に限って休みの神藤を少しだけ恨みながら昼休みの教室で一人で弁当を食べようと思っている。
弁当をカバンから出す際に志恵留は栖川の日記を見つけて息を呑んだ。
今ここでこっそりと読む事も出来るのだが、何だか日記に見てはならない内容が載っているようで開く事は出来ない。
志恵留はそんな気持ちと格闘して弁当を無理矢理引っ張り出すと机の上に弁当を置く。
机の上に置かれた弁当を睨みつけるとなぜか空しい気持ちになってしまう。
いつも学校で行っている行動なのにどうしてかこの日だけは空しい気持ちになってしまう。
周りのクラスメイトは仲の良い友人達と一緒に会話をしながら食べている。
なのに自分は一人、一緒に弁当を食べるような友人はたった一人しかいない。
そんな事を今さらとなって思ってしまう志恵留は何だか恥ずかしい気持ちになってしまう。
そして教室を見渡すと教室の廊下側の列の一番後ろの席に一人で座っている沼田を見かける。
いつも一人なのは沼田くらいだなと思いながら志恵留は自分の弁当を持って沼田のほうに歩く。
志恵留は沼田の前に立つと少しぎこちない笑顔で「一緒に食べよう」と言うと沼田は驚いたようにうろたえる。
「えっ……あ、うん、いいよ」
そんな返事が返ってくると志恵留はもう一度自分の席に戻って自分の椅子を持って沼田のもとに戻る。
椅子を沼田の机の横に置くとそこに座って弁当の包みを開く。
今日の弁当はもちろん志恵留の手作りで、弁当箱を開いても他の人のように「わぁ」とはいかない。
志恵留の場合は弁当箱を開いても「ちょっと形が崩れたな」というくらいだ。
いつも気持ちが高ぶらない志恵留は沼田の弁当を覗くと沼田は沼田で普通のおにぎりや卵焼きが入っているだけだった。
「いつもはお弁当は誰が作ってるの?」
「叔母の郁子さん」
「へぇ、私は手作りなんだよね、お父さんが全く料理しないから……」
「ふーん、郁子さんもね、正直言うと美味しくないんだよね……料理苦手みたいで」
沼田はちょっと形の崩れた三角おにぎりを手づかみで頬張る。
志恵留もタコウインナーを食べると「ふーん」と頷いて沼田の話を聞いている。
「でもさ、作ってくれるだけいいよっ私なんかお母さんが亡くなってから、毎朝五時起き……」
「そうかな?僕の場合は早起きしてでも自分で作る方がいいな」
沼田は焦げて少しだけ黒くなっている卵焼きを食べると青ざめた顔で箸が進まない。
志恵留はようやくどれだけ郁子の料理が不味いか分かったような気がする。
少し沼田に同情する気持ちで志恵留は「おかず交換しようか?」と聞くと沼田は「うん」とかではなく「お願い」と言う。
志恵留は例の沼田が吐きそうになった卵焼きを興味本位で取ると、沼田は志恵留が一番の自信作の小振りのコロッケを取る。
焦げて表面が黒くなってしまった卵焼きをまず匂いを嗅いで口の中で入れる。
最初は真顔で食べた志恵留だったが、噛んでいくにつれて焦げてしまった部分が舌にくっ付いて苦みが充満する。
思った以上の味に志恵留はせき込んで水筒のお茶を飲んだ。
「でしょ?僕は慣れてるけどね」
「そ、そう……確かにこれは自分で作る方がいいね」
沼田は「ね?」とでも言いそうな表情で志恵留の作ったコロッケを食べると満面の笑みで「美味しい」と言う。
志恵留はその言葉が嬉しかったのだが、先ほどの卵焼きのような料理を食べていると誰でもそう思うかと苦笑する。
志恵留も自分の作った弁当のおかずを食べると正直笑みをこぼさないといられない。
再び自分の弁当のおかずを青ざめた表情で食べている沼田に志恵留は「大変だね」と心の中で呟く。
ずっと気づいていなかったのだが、志恵留は周りを見渡すと教室中の生徒が自分達の方をチラチラ見ているのにようやく気付く。
どうしてこちらをチラチラ見てくるのか疑問に感じていると、沼田の隣の席の牧野優奈に問いかけてみる。
牧野はクスクス笑いながら一緒にいた友人と顔を見合って「あまりにも二人が仲良さそうだから」と言う。
一瞬意味が分からなかった志恵留だが、他にもクスクス笑う人がいたことでようやく意味が分かった。
「ま、牧野さん……もしかして皆……」
「ちょっと、二人の関係を誤解しているみたい……」
「えっ」
志恵留は頬を赤らめて肩をすぼめると今まで以上に急いで弁当を頬張る。
まだ周りの状況に気づいていない沼田は「どうかした?」と呑気に聞いてくる。
志恵留は「別に」と言うと沼田の顔を直視できずにいる。
慌てて食べる志恵留を見て周りは余計にチラチラと見ながら笑っていた。
午後の授業が始まる前に志恵留は自分の席に座ると教材を出して時計を眺めている。
もうクラスの全員が昼食を終えて自分の席に座っているか、そのまま友人と会話をしているかだ。
いつものように少し騒がしい教室は穏やかな時間を流れている。
その時廊下の方がやけに騒がしい事に気が付き、志恵留は廊下のほうに目をやる。
廊下からは「うわぁ」や「きゃあ」と言う悲鳴の声ばかりがしてくる。
そして教室のドアが開くと一人の人物が教室に乱入してくる。
それは志恵留の見知らぬ女性で手には大きな包丁らしい刃物を持っていて、女性は見るからにおかしい。
女性が乱入してきた事によって教室中はパニックになり生徒のほとんどが後ろの方へと避難する。
志恵留はあまりの衝撃に呆然として立ちあがる力が出ない。
その時福島美緒が女性に向かって「お母さん」と叫ぶと勢いよく座っていた椅子から立ち上がる。
志恵留は女性が福島の母親だと分かると「何で」と呟く。
「見崎鳴はどこだ……見崎はどこだぁ!」
福島の母親はそう叫ぶと手に持っている刃物を振り回し始めた。
するとドアの方から「見崎は私よ」と言う担任の見崎鳴が立っている。
福島の母親は鳴の顔を見るとニヤッと不気味に笑い「いた」としわがれた声で言う。
そして福島の母親は鳴に突っ込んで鳴はその場に倒れ込んだ。
福島の母親はゆっくりと立ち上がると息を切らしながら福島の方を向く。
倒れ込んだ鳴は腹部から血を流して「やめて」と福島の母親に言う。
福島の母親は血まみれの刃物を自分の首筋に付きつけて首筋を切り裂く。
その時に福島の母親の血が教室中に飛び散り、志恵留や福島の顔に飛び散る。
福島の母親はそのまま倒れ込むと首から流れる血が床一面に広がる。
少しだけ沈黙の空気が流れると誰かが「いやあ」と悲鳴を上げてクラスメイト達は教室から出て行く。
志恵留は胸を抑えるとそのまま崩れるようにしてその場に倒れる。
沼田も呆然として左胸を抑えるとその場にしゃがみこんだ。
あの後、すぐに警察と救急車が到着したが福島の母親はすでに亡くなっていた。
教室に倒れていたのは福島の母親のほかに鳴と志恵留で二人は何とか一命を取り留めた。
倒れるまでは行かなかったのだが沼田が発作を起こしかけて病院に運ばれた。
福島の母親があんな行動をとった原因は九月に事故死した福島の姉の美奈が原因だそうだ。
美奈の死後、精神的に崩れてしまった福島の母親は美奈の死は福島のクラスの担任の鳴のせいだと逆恨みをした。
とうの鳴は一命は取り留めたものの、出血が酷くて意識不明の重体。
福島自身は母親の行動をどうとらえていいのかと混乱中だそうだ。