十一月下旬になると、三年三組の生徒全員が青ざめたような表情をする。
原因の一つとしては、まだ十一月の死者≠ェ出ていないからだ。
月に一人かそれ以上の死人が出るこの災厄≠恐れて自分や自分の親族かと思うとのんびりも出来ない事だ。
もちろん榊原志恵留(シエル)も息抜きをしている暇などない。
志恵留は五月に母親の志乃を亡くしてから父親の陽平が次の死者になるのではないかと心配をしている。
陽平は仕事はできても父親や夫としてはどうかと思う不満点はあるのだが一応志恵留の父親。
死者となってしまう事は志恵留にとって一番嫌な事。
だから志恵留は出勤前の陽平とたまに会うと「頑張ってね」と言うのだが、心の中では「帰ってきてね」と言っている。
そんな事をしているのは志恵留だけではなく、ほとんどのクラスメイトが行っている事だと思う。
そしてここ最近になると、十二月に行われる夜見のお山にある夜見山神社へのお参り≠ノついてを相談しているようだ。
「志恵留、お参りでこの災厄≠ェ止まると思う?」
そう言いだしたのは、志恵留の席の前の席に座っている神藤眞子。
神藤はいつものように椅子に座ったまま後ろを向いて、席に座っている志恵留に身を乗り出す。
神藤は志恵留の机に肘をついて頬杖を付きながら憂鬱そうに言う。
「どうだろう?効くかどうかは運次第でしょ?まぁ、有効な方法としてはこれくらいだし」
「そうだよね、これで助かってる年って三回≠セけだしなぁ……確率は低いよねっ」
頬づえをついた手を頬から離して腕を組んで眉間にしわを寄せる神藤。
志恵留は首をかしげながらため息をついて神藤の目を一瞬見る。
そんな事を今さら言っていても仕方がないと志恵留は思う。
それでも志恵留自身もやはりお参り≠ヘ心配になってしまう。
このお参り≠ナもしかしたら十二月の死者≠ノなってしまうかもしれない。
そう感じているのは志恵留だけではないと確信は持っている。
その次の日は土曜日で志恵留は部活をしていないので夜見山の街をふらついている。
夜見山の街はいつも通り平穏で田舎独特の自然に囲まれている。
そんな中を歩くのも悪くはないと志恵留はこの時ふと思う。
志恵留は自宅のある御先町を離れて、おそらく志恵留の頭の中の地図では今は紅月町辺りだと思われる。
ずっと御先町と志恵留のいとこの榊原恒一の母方の祖父母宅がある古池町を行ったり来たりしていた志恵留。
夜見山に長い間住んでいたと言うのに紅月町に行った事があまりないなと思った。
志恵留は朝っぱらから徒歩で紅月町まで行くと町並みは御先町とはあまり変わらない。
違うとしたら紅月町の方が少しだけ建物が多かったり賑やかだったりする。
街には女の子向けの洋服店や飲食店などが並んでいて、志恵留は少し立ちよっては十分くらいすると出てくる。
それを繰り返していると、遠くの方からどこかで聞いた事のあるような男性の声で「ようっ志恵留ちゃん」と言われる。
志恵留は声のする方を見ると志恵留に向かって大きく手を振る勅使河原直哉が見える。
恒一の中三の頃のクラスメイトだった勅使河原は志恵留の方に駆け寄るとにかっと笑う。
「勅使河原さん、おはようございます」
「おはようっそんなに畏まらなくていいって!」
お調子者のような表情で志恵留の肩をポンポンと叩く勅使河原。
勅使河原は少し派手な柄のパーカーを着て、ジーンズを穿いている。
はっきり言うと失礼かもしれないが、趣味が悪いと志恵留はパッと見で思う。
勅使河原の笑顔につられて志恵留も自然と表情が和らいで笑顔になる。
志恵留よりもかなり年上なのに勅使河原はそんな事を感じさせないほどやんちゃな感じ。
勅使河原はこの紅月町に住んでいて、今日は仕事が休みなので散歩の途中だったそうだ。
「一人?女の子が一人でブラブラしていると危ないよぅ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「今、暇?よかったら一緒にメシでも食いに行く?」
右手の親指を立てて後ろを差して「ゴーゴー」と言うサインを出す勅使河原。
志恵留は苦笑しながら「ナンパですか?」とふざけた感じに言う。
苦笑をする志恵留に勅使河原はもっと笑わせようとするように「うん、ナンパ」と返す。
「あー、ナンパなら結構です。あなたみたいな不真面目な人は好みじゃないんで」
「えーっ残念!まぁいいや、お腹すいてるでしょ?お昼だし、一緒に食べよう」
「まぁ、お腹すいてますし、いいですよ」
「んじゃ、この隣の飛井町のイノヤ≠チて言う喫茶店に行こう」
勅使河原につられるがままに志恵留は紅月町の隣にある飛井町に行く。
学校の近くでもある飛井町は志恵留も何度か足は運んでいるがじっくりとは街を歩いていなかった。
飛井町は何だか懐かしいというか、昭和な雰囲気の漂う街。
そして飛井町の夜見山川沿いの道に面して建つ、この辺にしてはやけにオシャレな雰囲気のビルの一階にイノヤ≠ニいう喫茶店がある。
そのイノヤ≠ノは志恵留は一度も入った事がなかったので不思議な感じがする。
勅使河原の説明では、昼間は喫茶店で夜はアルコールも出すと言う店。
中に入ると外の肌寒さが曳いて行くように程良い暖房がついている。
来店早々カウンターから「勅使河原君」と言う望月優矢の姿が見える。
隣に立っている勅使河原はそんな望月に「よっ」と笑顔で手を振る。
望月はカウンターから出ると勅使河原の方に駆け寄り、隣の志恵留に気づく。
「あれ?志恵留さん、どうして勅使河原君と?」
「あっさっき紅月町でばったり会いまして」
「そうなんだ……」
事情を聞いた望月はすぐに店員の顔に戻ると二人を窓際のテーブル席に案内する。
レトロなテーブル席に向かい合って座ると勅使河原は望月が持ってきてくれた水を一口飲む。
志恵留は望月に紅茶を頼むと勅使河原も同じものを頼んだ。
望月はカウンターで腹違いの姉だと言う猪瀬知香(既婚者)に注文を言うとすぐに志恵留達の方に戻ってくる。
「志恵留さん、クラスのほうはどう?」
「まぁ、皆怯えてるのは分かりますね。でも、来月の四日に夜見山神社にお参りに行く事になったんです」
「お参り?ふーん、俺らの時は合宿≠セったけど、咲谷記念館がなくなったからなぁ、まぁそうなるよなぁ」
「先月、確か担任の、見崎さんが誰かのお母さんに刺されたって聞いたけど……」
「はい、もう意識も戻って命には別条はなかったようで……今は数学の風見先生が担任代理を」
「風見?あぁ、アイツかーっアイツ頭固ぇだろっ」
クラスの事や担任の見崎鳴の事、そして担任代理をしている風見智彦についての事を話す。
そして十二月のお参り≠ノついては勅使河原と望月は知らなかったようで頭を悩ます。
勅使河原は背筋を丸めて腕を組んで考え込むと隣に立っている望月にこう切り出す。
「なぁ望月、赤沢とか榊原も呼んでそのお参りに一緒に同行出来ないか風見に聞こうぜ」
「えっまた急にどうして……」
「やっぱ、心配だろ、十三年前の合宿だって何人か死んでたしよ」
かなり真剣な表情の勅使河原に美少女のような顔で困り果てる望月。
考えた末に「そうだね」と勅使河原の提案に乗る。
志恵留もその方がいいかもしれないと思って「お願いします」と頭を下げる。
勅使河原と望月は志恵留に「うん」と笑顔で言う。
そうこうしているうちにカウンターにいた知香が紅茶を持って志恵留達の方にやってくると微笑みながら紅茶をテーブルに置く。
そんな知香はどうやら災厄≠ノついては知っているようで紅茶を乗せたトレーを抱えると勅使河原と望月の顔を見渡す。
そして少し気まずそうに唇を震わせると望月に言う。
「ねぇ優矢君、十三年前くらいに勅使河原君とMDで何かを録音してなかった?」
「MDで?……憶えてないな、知香さん憶えてるの?」
「えぇ、私の持ってたMDで何かを二人で録音してどこかへ持ってったけど」
「MDかぁ……憶えてねぇな、って言うか十三年前の事はあんまりな……」
十三年前と言えばMDで録音をする人が多かったと聞いた事のある志恵留。
知香が今言っている事が本当ならその時に二人は何を録音したのだろうか。
そんな事を考えるとふと志恵留は栖川奈々子に貰った日記を思い出す。
あれをいつ読もうとずっと考えていたのだが、もうそろそろ正直読んでしまおうと考える。
来週の月曜日にでも神藤と沼田郁夫と読もうかと志恵留は決める。
月曜日になるとなぜかこう言う時に限って神藤は風邪で休み。
今日こそと心に決めていたので、沼田と二人だけでも放課後か昼休みに読もうと思う。
今志恵留のカバンの中にはあの栖川が書いたと言う日記が忍び込んでいる。
今日中に読むとなると少し緊張してしまう志恵留。
緊張をするとなぜか時間がやけに早く進む気がして、とうとう昼休みなってしまった。
昼休みに志恵留は周りの視線を気にしながらも一人で食べるよりはと思って沼田と一緒に昼食を済ませる。
今日も志恵留の手作りの弁当を食べ終えると志恵留は弁当箱を片づける沼田に切りだす。
「ねぇ沼田君……栖川さんの日記、一緒に読まない?」
「日記……うん、そうだね……放課後に屋上とかで読む?」
「うん、教室はちょっとね……」
そう約束すると志恵留は胸をなでおろして日記の事を考える。
あの日記に死者≠ノ関する事が載っているのか、一体栖川は何を見てきたのか。
そう思うとなぜ今まで一切読まなかったのかと後悔してしまう。
早めに読んでおけば良かったんじゃないかと今更になって後悔。
もしかしたら今すぐにでも災厄≠止められるんじゃないかと思う志恵留。
放課後に内場七夏は同じ対策係の木下翔太と福島美緒と帰り道にB号館の教室で見つけたMDについて話している。
MDを見つけてからも、内場の家にはMDを聞くオーディオ機器がないので聞く事が出来ない。
それについて二人に話すと木下がふと思い出したようにこう言う。
「僕ん家に再生専用のポータブルMDプレイヤーがあったと思うよ」
「翔太の家に?」
「うん、母さんが若い頃に使ってたやつだけどよ、たぶん今でも使えると思うぞ」
「うーん、じゃあ、今度それ持ってきてよ」
「分かった」
今の時代にはMDはあまり使われていないので、MDプレイヤーを持っている家は少ないと思う。
十三年前と言えばMDかと仕方なく思う内場。
もっと前ならカセットテープとか一番聞きづらい機器になるのでこれが一番良いかと思う。
MDは一応内場が持っていることとなったが、これを持ち歩いていると内容が気になって仕方がない。
そんな気持ちがモヤモヤとしておかしくなりそうになる内場。
「内場さん、榊原さんの事……あんまり責めない方がいいよ」
「なっ……責めて何か……」
「でも、あの子、お前の事たぶん怖がってはいるね、お前目つき悪いし」
「それにいろいろキツイ事言ってて、榊原さんは結構心に刺さってると思うよ」
内場は目つきが悪いだとか性格が怖いだとかは昔から言われていたので自覚がある。
志恵留に対する忠告もクラスのためであって、別に志恵留が嫌いと言う訳ではない。
ただ少しだけ気に食わないとかはあるにはある。
一年生の頃から一人で教室の隅にいて、友達も少ない志恵留がなぜか気に食わない。
性格が悪いとかではないのだが、存在が邪魔というのが内場の本音である。
そんな志恵留がこの災厄≠ノついて嗅ぎまわっているのが内場にとって一番嫌な事。
だから忠告をしたりしているだけである。
「まっお前のやり方に口出しはしないけどよ、あの子悪い子じゃないしなッ」
「そうそう、大目に見てあげてよ」
木下と福島はそう言い残すと内場とは違う道を歩いて帰ってしまった。
内場の家があるのは古池町にあって、木下と福島は飛井町住まいである。
内場は二人と別れてから一人で古池町を歩いて帰る。
自宅にはおそらく小学校になったばかりの弟が内場が帰るのを待ってくれているのだと思われる。
両親は共働きで夜遅くにならないと帰ってこない。
早く帰ろうと内場は走って自宅まで行っていた。
自宅前には緩やかな下り坂があってそこで勢いが付いて走る事ができる。
内場は急いで坂を下って行くと自宅前には信じられない光景が広がっていた。
自宅前には無数のパトカーと救急車が止まっていて近所の人たちが集まっている。
何があったのかと思って急いで自宅に入ろうとすると自宅前にいた夜見山署のスーツ姿の赤沢泉美に止められた。
「あの、ここ私の家なんですけど……」
「えっあなたが七夏さん?……実は、さっきあなたの家に空き巣が入って、家のリビングで七歳くらいの男の子の遺体が……」
それを聞いた瞬間、内場はその場に座り込んでしまう。
赤沢の言う「七歳くらいの男の子」とは内場の弟だとすぐに分かる。
内場は自分の身に、弟の身に起きた事が信じられなくて頭が混乱している。
それから赤沢からは、空き巣に入った三十代くらいの男がリビングで内場の弟を発見して隠し持っていたナイフで殺害した。
男は内場の自宅の前を通りかかった男性が通報したことですぐに逮捕された。
警察が弟を確認するとすでに亡くなっていたと言う。
内場はその事を聞くには聞いたのだが内容の整理が出来ずにいる。
まさか自分の弟が十一月の死者≠ノなるとは夢にも思っていない事だった。