『二〇十一年十一月二十六日』
放課後の夜見北中学の本来は立ち入り禁止の屋上で、榊原志恵留(シエル)は沼田郁夫と栖川奈々子から貰った日記を片手やって来た。
屋上では冷たい風が吹いていて志恵留の少し長めの髪が靡く。
屋上の鉄の柵はサビついていてもたれ掛かるとギシギシと頼りなさそうな音が聞こえる。
志恵留と沼田は屋上の隅で並んで座り、志恵留が日記を持っている。
屋上の床のコンクリートが冷たくて志恵留は制服のスカートで太ももを覆う。
そして両足を体の左側に寄せて女性らしい座り方をする。
一方沼田は体育座りで自分の両足を腕で抱えて寒いのか少し身震いをする。
「じゃあ、私が読み上げようか?」
「う、うん、じゃあお願い」
日記は志恵留が読みあげる事となり、志恵留は手元のボロボロに表紙が少し破れている日記を握りしめる。
今日今までずっと読もうか読まないかを迷っていたので志恵留は緊張してしまう。
隣に座っている沼田は息を呑むと合図のように志恵留に頷く。
志恵留もそれに答えるように頷くと、日記を開いて声に出して書かれている事を読み上げる。
「六月十五日」
私のクラスメイトの野々村栞さんが亡くなったのは、今日の朝の登校中の事でした。
野々村さんは、学校の登校中に学校の近くの飛井町の交差点で飲酒運転の車が、野々村さんに突っ込んで脳挫傷で亡くなりました。
私は野々村さんとは結構、仲が良かったので、とてもショックでした。
しかも、私の目の前で亡くなったんです。
私と野々村さんは自宅が近所だったので、よく一緒に登下校をしていたんです。
今日、私と野々村さんは学校に行く途中に、私が理科のノートを忘れた事に気が付いて家に取りに戻りました。
野々村さんは飛井町の交差点の前で私が戻ってくるのを待っててくれたんです。
私は自宅に戻ってノートを取ると、走って野々村さんのもとに行きました。
その時です。野々村さんに車が突っ込んできたのは。
私は目の前で起きた状況が分からず、ただその場に立ち尽くしていました。
目の前では野々村さんが車の下敷きになって血まみれの状態で倒れているんです。
そのすぐ後に、警察と救急車が来て野々村さんの死亡が確認されて、私は警察の人たちに事情聴取、的な事をされました。
私は有のままを話して、学校でもクラスの子たちにいろいろ聞かれました。
思い出したくもない事なんです。もう、誰も私にそんな事を聞いてほしくないです。
「六月十七日」
野々村さんが亡くなってから、まだ二日しか立ってない頃でした。
クラスメイトの小野寺修哉君の高校二年生のお兄さんが、下校中に通り魔に襲われて亡くなったんです。
小野寺君は、私と同じ吹奏楽部で、一年生の頃から知り合いで私は小野寺君を「修ちゃん」とあだ名で呼んでいます。
修哉だから「修ちゃん」と勝手に呼んでいるのですが、小野寺君本人は嫌がってはいないようです。
むしろその呼び方で親近感を抱いているような気もします。
向こうも私の事を「ナナ」と呼んでいます。奈々子だから「ナナ」らしいです。
そんな事はさて置き、小野寺君のお兄さんが亡くなった事はついさっき知った事なんですよ。
さっき自宅の電話に学校から掛かってきて、出たのはお母さんでした。
お母さんは受話器を取るなり、電話でよく出す声で「もしもし」と言うと、すぐに「えっ」と青ざめた顔をしました。
私はお母さんのすぐそばにいたので「どうしたの?」と受話器を置いたお母さんに尋ねました。
「さっき小野寺って言う子のお兄さんが亡くなったそうよ」
と、気難しそうな表情で言っていました。
私は思わず「えっ」と声を上げてしまい、すぐにお母さんには「そう」とだけ言いました。
お母さんはそんな私の様子を見て。
「奈々子のクラスって変よね、四月からクラスの子とか、親兄弟が立て続けに亡くなって」
と、言っていましたが、私は「そうだね」としか言えませんでした。
部外者には言ってはいけない決まりだし、もしもお母さんが知ったら、死んじゃうかもしれない。
そう思って、怖くて言いだせないんです。
私はその後すぐに自分の部屋に戻ると小野寺君の携帯にメールを打ちました。
こんな事は非常識、かもしれませんが、私はそうでもしないと悪いなと思ったんです。
「修ちゃん、お兄さんの事は悔しいかもしれないけど、前を向いて一緒に頑張ろう」
そんな文面を打つと、迷わず送信しました。
送信後、五分ほどすると返信が来て「ありがとう」と一言だけ。
それでも嬉しいんです。小野寺君がきちんとメールに返信ができる、それだけでホッとしたんです。
私は家族や自分が死んだわけではなくて、小野寺君達の気持ちは分かりませんが、出来る事としてはこれで精一杯だったと思います。
だから、明日学校へ行ったら、いつも通りに振る舞おうと考えています。
それが小野寺君にとって一番いい事だと思います。
「七月二十四日」
私が事故に遭ったのは、四日前の事でした。
四日前は休日でバスに乗って、古池町の父方の祖父母宅に向かおうとしていました。
バスに乗っている時、突然バスが横転して私は座席が満員で立っていました。
それで私はバスの壁に叩きつけられて、病院に運ばれたそうです。
何とか一命を取り留めて、昨日、意識を回復したんです。
その後、病院にはクラスの友達や小野寺君もお見舞いに来てくれたんです。
皆、私が七月の死者にならなかった事を安心しているようでした。
私は三日も眠ったままだった事については、よく分からないんですが、奇跡的な事だったと思うと私も安心しました。
それはそうと、私が今日の日記で一番言いたい事はこれからなんです。
私は昨日からずっと、あるはずのない記憶がよみがえってくるんです。
意味が分からないかもしれませんが、本当にそんな事が起こってるんです。
その記憶では、私は今と同じ中三で夜見北の三年三組の生徒でした。
その記憶では、現在の二〇〇一年ではなく、一九九九年の記憶だと思われるんです。
なぜ分かるのかは、私にもよく分かりません。
とりあえず、私はおそらくその年の六月頃でした。
四日前に起こった事故と同じように、バスに乗っている途中にバスが横転したんです。
しかも、その時は私は脳挫傷で亡くなったんです。
私は思うんですけど、これって私が二年前の死者≠チて事になるんですよ。
それ以外にも、その年に三年三組の生徒で、六月に亡くなったって分かる事がいつくもあるんです。
たとえば、私が死んでしまう前に、クラスでいろんな人が亡くなっているとか。
記憶の中に出てくる人々は知らないはずなんですけど、全員知ってるんです。
私に馴れ馴れしく話しかけたり、私が話しかけたりする場面が浮かび上がってくるんです。
それ以外では、私が今までずっと憶えていた記憶も残ってるんですよ。
二年前に死んだ私と今生きている私の記憶が二つともあるんです。
今生きている私の幼い頃の記憶や、二年前に死んだ私の幼い頃の記憶。
それと、私が死んだあと、ずっと暗闇にいた記憶もあります。
孤独な時間が流れて行くのをずっと私は何もせずに待っているだけだったんです。
その時、周りには私と同じように災厄≠ナ死んだクラスの子や親兄弟がいました。
私が暗闇に着た後も、何人かクラスの子がやってきました。
私はその時「あぁ、この子たちも死んだんだな」と思ったんです。
そして、長い時間が過ぎると、全く知らない同い年くらいの男の子が私に手を差し伸べたんです。
とても優しそうな表情で「ゴメンね」と呟いて、私はその手を握りました。
そうすると、目の前には三年三組の教室があったんです。
そこは、二〇〇一年の三年三組の教室で、その時の私にはずっと生きていたと言う記憶があったんです。
それじゃあ、私が今年のクラスに紛れこんだもう一人≠チて事ですよね?
じゃあ、私はどうすればいいんですか?
私がもう一人≠ナ、私が皆を殺したってことですよね?
じゃあ、私はこの事をどうすればいいんでしょうか?
「七月三十日」
退院をして、私はあまり足を踏み入れた事のない旧校舎の第二図書室に行きました。
第二図書室の司書の千曳辰治先生は、何だか無愛想な感じで私は正直怖かったです。
私が第二図書室に来た理由は、ここには今までの三年三組の名簿をまとめたファイルがあると噂で聞いたからです。
私は部屋の隅にあるカウンターに座っている千曳先生に「名簿のファイルがあるって聞いたんですけど」と言いました。
千曳先生は黙って立ちあがると、部屋の奥から黒い表紙のファイルを持ってきたんです。
その姿はどうも怖い感じで、私は少し後づ去りをしてしまいました。
千曳先生はファイルをカウンターに置いて「これがそうだよ」と以外と優しそうな口調で言ってくれました。
私はファイルを開いて、まず一九九九年の名簿を見ました。
そこには、私の名前と×印があって、これは死者の印だそうです。
私は気がおかしくなりそうになって、ファイルを思わず閉じました。
千曳先生はそれに気づいて「どうしたの?」と言って、私は先生に全てを言いました。
先生は「えっ」と驚いたように目を丸くして言葉を詰まらせてしまいました。
私はその時「もう終わりだ」と思って覚悟を決めました。
すると、先生は「君は死者≠カゃない」と言いました。
私は意味が分からず、先生に「え?」と言葉には出さずに表情で言いました。
先生は「三年前からある現象が起きている」と教えてくれました。
それは死者が入れ替わる≠ニ言うもので、四月からの死者≠ニその年の途中に死んだ関係者の立場が逆転するというものです。
意味が分かりにくいですが、とりあえず私は死者≠ナはないそうです。
もしも、私が死者≠ネら、どうして名簿に名前があったり、死んだ時の記憶があるんでしょうか?
それは私が四月から七月あたりの死者≠ナ今は別の誰かが死者≠ニ言う事です。
私は本当に蘇った人間と言う事になります。
私はちゃんと生きている人間で、今後災厄≠フ被害に遭うかもしれません。
それはそうと、私が一番嬉しかった事は、私が生きている事でした。
「九月二十八日」
来月の四日に夜見のお山にある夜見山神社にお参りに行く事になりました。
本来なら、夏休みに合宿を行うそうですが、宿泊をする場所がないのでお参りだけだそうです。
どうしてこんな時に?と思ってしまいましたが、お参りで助かった年があるそうです。
これはずっと前から行われている事で、以外と効果があるそうです。
でも、それは一割ほどで、ほとんどが効き目がなかったとか。
行われるのは、毎年ランダムで、いつ行ってもOKだそうです。
お参りには、参加不参加は自由と言われましたが、私は悩んだあげく参加をしようと思います。
私の親しい友達の三分の一が行くと言っていました。
でも、やっぱり怖いそうで、参加をしたがらない人が半数を超えています。
そりゃあ、誰だって死にたくないんですから……。
私だって死にたくありません、もう、あんな場所に行きたくありません。
でも、クラスの事を考えると参加をするのが一番良いと考えたんです。
お母さんにお参りについて言うと「奈々子のクラスだけでお参り?」と首をかしげていました。
ちょっと、不審だったようですが、私は「クラスでいろんな子が亡くなってるから、その供養」とごまかしました。
お母さんは「そう、それならいいわね」と笑顔で言っていました。
まさか、あんな深刻な事態だとは気付いていないようで、私は胸が締め付けられそうになりました。
でも、やっぱり、心配はかけたくないし、お母さんまで巻き込みたくないんです。
これが一番いい選択だ、と自分に言い聞かせる毎日です。
私はお母さんにそう伝えると、部屋に戻ってベッドでゴロゴロしていました。
その時、携帯に小野寺君から電話がかかって来たんです。
私は調子良く「もしもし?修ちゃん?」と言いました。
向こうも私と同じようなトーンで「おっす!ナナ」と言っていました。
部活の要件だと思ったのですが、小野寺君は「ナナはお参りどうすんだよ」と聞いてきたんです。
私は「その事か」と思って「もちろん参加するよ」とトーンを落とさずに言いました。
小野寺君は少し間を置いてから「んじゃ、僕も」と言いました。
「何よー、私に合わせようとしてたの?」
「違うよっ、■■も参加するって言ってたから、お前はどうかなって思っただけ」
小野寺君は慌てた口調でそう吐き捨て、それだけで電話は切れました。
■■と言うのは、同じ吹奏楽部で同じクラスの■■という男子生徒の事です。
■■とも一年生の頃からの間柄なので、仲は良いんです。
私はその時、小野寺君に「何で私に相談すんのよっ」と正直そう思いました。
まぁ、誰かに相談したい気持ちになるのは分かるんですけどね。
「十一月六日」
お参りがあったのは先月の事でした。
私は無事に戻ってこれたんですけど、やっぱりお参りでも死人は出たんです。
先月の四日のの午後に山をバスで登って、神社の前で降りて夜見山神社に向かいました。
お参りを終えて、正直私は「これで助かる」と思いました。
でも、そんな甘い事じゃないんですよね。
お参りを終えて、バスに戻った後でした。
お参りの途中くらいに、突然雨が降り始めて、慌ててバスに戻ったんです。
その時、ぬかるんだ地面にバスのタイヤが埋まってバスが動かなくなってしまったんです。
車内はざわめき始めて、担任の先生とバスの運転手さんがバスを降りてタイヤを見に行きました。
後ろの左のタイヤが半分くらいまで土に埋まって、微動だにしませんでした。
先生と運転手さんはどちらも男性だったので、力尽くでバスを動かそうとしたんです。
それが悪夢の始まりだったんです。バスが止まったのは崖の当たりだったんです。
担任の先生は足を滑らせて崖から転落したんです。
運転手さんは上から覗き込むと、血まみれの状態で倒れている先生が見えたそうです。
もう車内はパニックで、泣きだしたり、喚きだす人が出てきました。
すると、バスを降りはじめる人が出てきて、その中に■■がいたんです。
私は■■を引きとめようとバスを降りました。
■■以外はすぐにクラスの子や運転手さんに引きとめられたんですけど、■■だけは遠くまで行ってしまったんです。
私も追って、遠くまで行ってしまいました。
私はようやく■■に追いついて、■■の腕を引いて「戻ろう」と言ったんです。
すると彼は「嫌だ!戻ったら死んじまう」って言いだしたんです。
私は■■の腕を離さずに、いつの間にかもみ合いになって……。
すると、■■はバランスを崩して私も腕を離してしまって、■■は近くにあった木の枝が後ろから喉に突き刺さったんです。
死んでたんです。
私はもうパニックになって、慌ててその場を離れたんです。
バスに戻ると、クラスの子が「心配したんだよ」「一体どうしたの?」と言いだしたんです。
私は■■が死んだ事をふせて「■■を追ってたら」と言ったんです。
すると、車内のクラスの子全員が「ハァ?」と言う顔をしてお互いの顔を見合ったんです。
すると、小野寺君が「お前、何言ってんだよ、■■って誰の事だよ」って行ったんです。
その他の皆も同じような事を言い出したんです。
私はよくよく考えて、慌ててもう一度■■が死んだ場所に戻ったんです。
すると、無かった……■■の死体も……血痕もなくなってて……。
学校に戻ってから、第二図書室で名簿を見たら、■■なんて生徒の名前がなかったんです。
たぶん、彼が七月からの死者≠セったんだと思うんです。
それが分かるように、それ以降から誰一人として死んでいないんです。
誰も■■の事を憶えていなくて……。
きっと、有効な手段としては死者を死に還す℃魔ネんだと思います。
千曳先生から、後になって聞いた事なんですけどね。
だけど、他の昔の名簿にも■■って言う名前はなくて、どういう事かと私は調べたんです。
すると、六月の死者の一人の小野寺君のお兄さんと■■が似ている事が分かったんです。
中三の頃の小野寺君のお兄さんと■■がそっくりなんです。
それで、私、思うんですけど、これってその年に死んだ生徒ではなく、生徒の死んだ親族なんだって思うんです。
■■と言う生徒は架空の人物で、本当は名前の違う親族だって思うんです。
それが分かるように、小野寺君のお兄さんが亡くなった事はちゃんと憶えていました。
きっと、七月に小野寺君の兄さんが■■と言う生徒として紛れ込んで。
私が何らかの影響で、蘇ったと同時に記憶を改竄して紛れ込んだんです。
どうして、架空の人物となつ必要があったのかは分かりませんが、たぶんそうなんです。
それと、私がどうして蘇ったかの理由も分かりました。
それは、私が七月に遭った事故が影響なんだと思います。
根拠は事故の後に、私の死んだ時の記憶が戻ったからです。
千曳先生に聞いたところ、前の年の四月からの死者≠セった人は、一度死にかけて、その後に記憶が戻ったそうです。
詳しい理由は分かりませんが、そうなんだと思います。
この日記に書いている事は、全てが真実です。
私はこれを、これからの三年三組の後輩の誰かに預けようと考えています。
その頃には、もう憶えていないかもしれませんが、きっと誰かに預けると信じています。
これを読んだあなた達に言える事はこれだけだと思います。
特に良いアドバイスも出来ませんが、これだけは分かってほしいんです。
新しい死者≠ヘ生徒ではなく、架空の人物となった親族なんです。
今は生徒として紛れ込んでいるかもしれませんが、元は親族と言うのが私の結論です。
志恵留は日記を閉じると、大きく深呼吸をする。
これが栖川奈々子が見た全てだと分かったから。
志恵留と沼田はずっと今まで、新しい死者≠ヘ今年に亡くなった生徒だとばかり思っていた。
だけど、それは違って本当は架空の人物となった亡くなった親族だと分かり、何だか志恵留は余計に頭が混乱しそうなる。
隣でずっと黙っていた沼田は、ゆっくりと口を開けて言う。
「きっと、その親族の人が死んだって記憶の改竄が出来なくなったから、架空の人物としてクラスに紛れこんだんだと思うよ」
「どうして?今まで出来てたじゃない」
「ここに書かれているのは小野寺さんのお兄さんでしょ?たぶん、両親や兄弟それと祖父母の人が紛れこんじゃうんだと思う。
だったら、年齢とかの問題が出てくるでしょ?だから、十五歳の時に戻して架空の人物になったんだと思うよ」
「だったら、別に架空の人にしなくても……」
「家族の問題があるでしょ?もしも小野寺さんのお兄さんがその名前とか家族ままだったら、小野寺さんに自分の兄だって気づかれる。
そうならないように、架空の人物にして誰にも気づかれないようにする=v
沼田はゆっくり立ち上がると遠い目で屋上から見える景色を眺めている。
志恵留も同じように立ちあがると、日記を抱えて日記に書かれていた事を思い出す。
小野寺の兄が死んだと言う記憶の改竄が出来ずにそのまま架空の人物としてもう一人≠ノする。
もしも小野寺の兄がそのまま十五歳に戻っただけでは小野寺や両親に気づかれてしまう。
それなら周りの人の記憶の改竄をすればいいが、現象のバランスが不安定の今ではできない。
だったら、本当は存在しない人物にしてしまおうとしたのだと思われる。
今年もクラスにその架空の人物が紛れて、それは生徒の死んだ親族だと思われる。
親族なら、牧野優奈の母親や沼田の祖母や神藤眞子の母親と妹や福島美緒の母親と姉となる。
それと、志恵留自身の母親の志乃も考えられる。
ならばクラスの一体誰がその人物なのかが気になる。
そう考えている時、志恵留のスカートのポケットに入れていた携帯電話が鳴る。
志恵留は慌てて通話ボタンを押すと「もしもし」と言う。
電話の相手は担任代理の風見智彦で、風見は慌てたような口調。
「どうしたんですか?」
「榊原さん?実は、さっき内場さんの弟が他殺死体で発見されたんです」
志恵留は風見の言葉を聞いた瞬間、背筋がゾワッとなる。
内場七夏の七歳になる弟が自宅で空き巣の男に殺されたと言う事実。
内場の弟は十一月の死者≠ニなった。