『二〇十一年十二月四日』
予定通りに夜見のお山の夜見山神社へのお参りを決行する事となった。
榊原志恵留(シエル)も参加をしようと、集合時間きっちりに夜見北中学の三年三組の教室に入る。
今日は土曜日で、他のクラスは休日なのでいつもよりも校舎内は静かだ。
と言うよりも、三年三組は教室の外に出ないので廊下を歩いていて志恵留は誰ともすれ違う事がなかった。
おそらく他の生徒は志恵留よりも早くに教室に入っているのだと思える。
教室には志恵留のほかに十五、六名ほどがいたのだが、クラスの人数は全部で三十名ほどである。
やはり三分の一あたりの人数しか参加をしないようだ。
志恵留は参加者の人数を確かめると自分の席に座ると持ってきたリュックを机の横に置く。
すると前の席には神藤眞子が元気良さそうに座っていて、志恵留が座るとすぐに後ろを向いて志恵留に「おはよっ」と言う。
先月に沼田郁夫と日記を読んだ時は休んでいたのに、こう言う時には元気だなと思う。
「やっぱり志恵留も来たかぁ〜、ねえねえ、私が休んでた時に沼田君と日記読んだんでしょ?どうだった?」
「まぁ、いろいろとね……どうやら死者≠ヘ架空の人物になった亡くなった親族らしいよ」
「親族?って言う事は、今までに亡くなった親兄弟?」
「うん、その親兄弟が亡くなった事は記憶にあるんだけど、年齢と名前と交友関係が替わってるって話」
志恵留は深刻そうな表情で神藤に日記に書かれていた事を説明する。
神藤はその意味がよく分かっていないようで「うーん」と首をかしげる。
志恵留は説明するのも難しいと思って、大まかに説明すると深くため息をつく。
そして志恵留は首をかしげて考える神藤を他所に、参加者をよくよく見る。
沼田はもちろん来ていて、クラス委員長の牧野優奈と副委員長の木下翔太もいる。
対策係の内場七夏と福島美緒、七瀬理央や八神龍や君島美嘉も自分の席に座っている。
志恵留が親しくしているクラスメイトはほとんどが参加をしているらしい。
志恵留がそんな事を確かめていると担任代理の風見智彦が教室の黒板に近いドアから入ってくる。
風見が入って来た途端、教室にいた生徒達は慌てて席に座って静まり返る。
風見は無言で黒板の前に立つとわざとらしく咳払いをして教卓に手をつく。
「予定通り、お参りを決行する事となりました。山を登るのは午前十一時です。それでは、自由時間と言う事でよろしいでしょうか?
えー、今回のお参りに付き添っていただく方々がいます。それは私や見崎先生の三年三組だった頃のクラスメイトの人たちです」
風見はそう言うと合図のようにドアの方を見ると、ドアが開いて榊原恒一や勅使河原直哉や望月優矢そして赤沢泉美が入ってくる。
恒一達は風見の隣に並んで立つと軽くお辞儀をして恒一から順番に自己紹介をする。
自己紹介はかなり大まかで、名前を言うくらいで終わり。
志恵留は少し前に勅使河原と望月が「風見に一緒に行けないか聞こう」と言う相談を思い出す。
きっと必死に風見に頼んでようやく了解を得たのだと志恵留は推測する。
風見は「それでは」と言うと静かに教室を出て残った恒一達とクラスメイト達は辺りを見渡す。
そしてクラスメイト達は自由時間と言う事で、立ちあがると好き勝手に友人と話をする。
恒一達はそれを咎めるそぶりを見せずに恒一達は恒一達で黒板の前でヒソヒソと何かを相談しているようだ。
志恵留と神藤も立ちあがると、七瀬や八神そして沼田が集まっている教室の隅にの輪に入る。
七瀬と八神はどうも憂鬱そうに腕を組んで教室を見渡している。
沼田もどこかいつもよりもオドオドしているようで落ち着かない。
「まさかこのクラスの先輩方が来るとわねぇ、まぁその方がいいのかもね」
そう言いだしたのはちょっとお調子者の七瀬で、黒板の前にいる恒一達をチラチラ見ている。
隣にいる八神も「そうだな」と自分の黒髪を掻きまわす。
「ねえねえ、さっき一番最初に自己紹介した、榊原恒一って人は、エルちゃんのいとこだっけ?」
「うん、恒一兄ちゃんは風見先生や見崎先生と仲良かったみたいだし」
「へぇ、ってことはあの人が転校してきた人か……」
七瀬は顎に自分の右手の人差し指を当てて眉をひそめる。
恒一が十三年前に途中で転校してきた事は七瀬達もご存知で、いろいろ大変だと同情するような事を言っていた。
志恵留もそう言う事は思った事があったので「まあね」とだけ返していた。
志恵留は恒一の方を見ると、深刻そうな表情で考え込んでいる様子。
それを見ると志恵留はもう一度七瀬達に視線を戻す。
すると志恵留の隣にいた沼田が教室の窓に手をついて窓の外を眺めている。
沼田は眉間にしわを寄せて困り果てたように外と言うより空を見上げている。
志恵留は沼田に「どうしたの?」と聞くと沼田は志恵留の顔を見て言葉を詰まらせる。
「ちょ、ちょっと、何だか雲行きが怪しいなって……」
そう言うともう一度空を見上げて眉間にしわを寄せる。
志恵留も沼田と同じように窓に手をついて空を見上げると、空が曇って来ているように見える。
もうすぐ雨が降りそうなほどに曇った空を見て志恵留は栖川奈々子の日記を思い出す。
日記にはお参りの途中に雨が降ってバスが動かなくなったと書かれていたような気がする。
もしも今年もそんな事があるのなら、今すぐに止めた方がいいのかもしれないと志恵留は思う。
すると思った通りに雨がパラパラ降り始めて、少し強い風まで吹くようになる。
神藤達三人もそれに気付いたのか窓の方に寄って空を見上げると全員が眉間にしわを寄せる。
八神は眼鏡のブリッジを中指で押し上げて「まずいな」と呟く。
「台風にでもなったら……分かるよな?」
八神は暗黒に包まれたような瞳で四人を見ると、志恵留達は息を呑んだ。
まるで八神の「分かるよな?」と言う言葉が自分達の人生の終わりを告げるように聞こえる。
それと同時に外では雷が光って、八神の姿を光で一瞬黒くする。
始まりを告げるように雷が鳴ってから数分が立つと廊下の方から慌ただしい走る足音が聞こえる。
そして次第にその足音はすぐそばまで来ると、教室の黒板に近い方のドアが勢い良く開いて慌てた様子の風見が入ってくる。
風見が入ってくると今まで話していたクラスメイト達が一瞬で黙り込んだ。
風見は黒板の前に立つと切らしていた息を整えるとゆっくり深呼吸をして言う。
「先ほどから雨が降り始めて、雷雨にまでなりました。テレビではこの地域で警報が鳴ったようで、お参りは中止となり、警報が治まるまで教室で待機です」
風見の言葉は教室中を唖然とさせてざわめき始めた。
思っても見ない事態をどう整理すればいいのかが分からない志恵留達は周りの人と顔を見合わせるだけ。
志恵留は「これも災厄≠フ影響か」と心の中で呟くと自分で納得する。
緊急の知らせを終えた風見は再び教室を出るとおそらく職員室に向かう。
志恵留はまた窓の外を見ると、今日一日はこの台風が止むのは難しいと思う。
そんな事を考えていると、ずっと自分の席に座っていた内場が突然立ち上がると窓辺に立っている志恵留に近寄る。
志恵留も内場に気づいて内場を見ると「あの……」と嫌な予感を感じながら首をかしげる。
すると内場は小さな声で「あたなのせいよ」とかなりの苛立ちを見せるような表情で言う。
「榊原さん、四月の事憶えてる?あなたがいないもの≠セった時、あなた……篠原さんと教室でぶつかったそうじゃない」
内場の言う篠原と言うのは六月に亡くなった篠原南の事。
確かに志恵留は四月にいないもの≠セった頃に篠原と教室でぶつかってしまった。
でも、その時はクラスの男子達が「篠原が一人でこけてる」とからかって済んだ話。
「もしも、あなたがぶつかっていなかったら……四月に重盛君が死なずに済んだんじゃないの?」
「ちょっと、待ちなよっ」
そう割り込んできたのは神藤だった。
「何それ、別に志恵留が全部悪いってわけじゃないでしょ?志恵留が篠原さんとぶつかったりしなくても災厄≠ヘ始まってたかもしれないじゃない」
「ふーん、でもね、それだけじゃないでしょ?四月に重盛君が亡くなる直前、あなた重盛君に話しかけたよね?」
四月に一番初めに亡くなった重盛良太が亡くなる直前、掃除中の重盛に確かに志恵留は話しかけてしまった。
原因は壁に立て掛けてあったガラスが倒れそうになってて「危ないよ」と忠告しようとしただけだった。
その直後に突風が吹いてガラスが倒れて、重盛は体じゅうにガラスの破片が刺さって亡くなった。
もしかしたら、それが原因の一つだったのかもしれないと志恵留は今になって思ってしまう。
「ねぇ?だったら、榊原さんに原因があるんじゃないかって思うの……そうでしょう?沼田君も……その現場見てたもんね」
沼田を強請るかのようにニヤつく内場に沼田は何も言い返せずに黙り込んでしまう。
周りのクラスメイト達も志恵留達周辺の異変に気づいて注目をする。
黒板に前に立っている恒一達もそれに気づいて志恵留の方を見る。
「ねぇっ内場さん、アンタ先月弟が亡くなったそうだけど、その奴辺りでそんな……」
「神藤さん、あなただって思わないの?もしも榊原さんがそんな事をしなかったらお母さんも妹さんもあんな事にならずに済んだ≠じゃないの?」
内場のそんな悪魔の囁きのような言葉を聞いて志恵留は愕然とする。
神藤は九月に妹の眞里と母親を亡くして、あんな辛い事があったのに元気でいる。
もしかしたら、それは志恵留に原因があるかもしれないと志恵留は思う。
だとしたら今までの災厄≠ヘ自分のせいで起こったんじゃないのか。
すると神藤は内場の言葉に腹が立ったのかギュッと唇を噛んだ。
隣で見ていた七瀬や八神も駐在に入ろうとする。
「ちょっと、内場さん言いすぎだって!」
「そんな事を今さら言ったて仕方ないじゃないか」
そんな二人の忠告に内場は二人を「部外者は黙ってろ」と言うような目つきで睨む。
教室中はどよめき始めて、黒板の前に居た恒一達が駐在に行こうと歩き始めた。その時だった。
自分の右手の握りこぶしで壁をガンと叩くと神藤は今までに聞いた事のないような声で叫ぶ。
「誰のせいでもない!」
そう言い放つと教室全体が静まり返り、全員が唖然とする。
すると一部の場所で女子の慌てるような声が聞こえて何かが倒れるような音がする。
志恵留はそこを見ると、誰かが教室の床に倒れてもがいているのが見える。
「ちょっと、福島さん?」
倒れているのが福島だと分かると志恵留や神藤達は慌てて福島の方に駆け寄る。
恒一は福島に駆け寄ると近くにいた女子たちに「この子は何か持病を持ってる?」と聞く。
しかし、女子たちはお互いの顔を見合わせて「いいえ」と首を振る。
福島は胸のあたりを押さえて苦しげに呼吸の音が異様な音に聞こえる。
ひゅうひゅうと喘鳴と言うより笛声と言うような感じ。
肺か何かの病気が突然発症したのかと思うと志恵留にはこの症状に思い当たる点がある。
「自然気胸……」
その言葉が志恵留の脳内に浮かびあがり、志恵留が二度苦しんだあの症状が今の福島と一致する。
発症の原因は過剰なストレスが多く、姉と母親を失ったストレスと今の状況で突然発症したと見られる。
「とにかく救急車を……」
恒一はズボンのポケットに忍ばせていた携帯電話を取り出すと119番にかける。
しかし、どうやらつながらないようで苛立った様子で「ダメだ」と言う。
後ろにいた勅使河原達も自分の携帯電話でかけようとするもつながらないようだ。
「クソっ何で圏外表示が……」
「僕のもダメだ」
「私のも……アンテナマークは立ってるんだけど」
三人の携帯電話がダメだと分かると周りの携帯所有者が次々にかけようとする。
大方今この場にいる生徒のほとんどが持っていて志恵留も自分の携帯電話でかけようとする。
しかし、なぜか圏外となっていてつながらない。
「あーもうっ私のもダメか」
「私も……八神は?」
「僕もダメだ……さっきは使えたんだけどな」
電話をかけた全員が「ダメだ」と口々に言い福島の状態は悪化するばかり。
すると教室に走って来た風見が「どうした」と勅使河原に言うと福島を見る。
勅使河原は風見に「学校の電話で救急車を」と言おうとすると風見は眉をひそめる。
「さっき、突然学校の電話線が切れて……どれも使いものにならないんだ」
「……っ、仕方ない僕の車で何とか福島さんを病院まで運ぼう、その後、順番に他の生徒さんも自宅まで……」
車でこちらに来たのは恒一一人だけのようで、風見は「分かった」と頷く。
恒一は福島を抱えると教室を出て行く。
教室に残された他の生徒達はざわめき始め、風見がそれを落ち着かせようする。
「大丈夫です、今から病院へ行けば何とか助かるでしょう。榊原さんが戻ってきたら、自宅が近い人から順番に自宅まで車で送ってもらいましょう」
そう言い残すと風見も見送りか教室を出て恒一を追いかける。
今の状況で全員が事の重大さにようやく気付いたようで深刻そうな表情で黙り込む。
志恵留も福島の安否を気遣いながら、黙って教室を出ると廊下の壁にもたれ掛かって座りこんだ。
先ほど内場から言われた言葉や福島の病状を見て一気に疲れと言うようなものが体から出てくる。
それから他の生徒達数人も教室から出てくるとどこか別の場所に移動する。
きっとじっとしていられなかったのだと志恵留は思う。
その中に内場や牧野も混じっていて、内場と目があった瞬間志恵留はすぐに俯く。
志恵留は罪悪感が体の中で充満しているような気がしてそのままでいた。
すると後から沼田が教室から出てきて「榊原さん?」と言う。
志恵留は俯いたまま何を言わずにいると、沼田が志恵留の隣に座る。
「大丈夫?……さっき、内場さんに」
「……私のせいかな?全部、沼田君のお祖母さんが亡くなったのも、眞子のお母さんと妹さんのも……」
志恵留は自分の言葉に目の奥が熱くなって気が付くと頬を伝う雫に気が付く。
その雫はポタポタと落ちて廊下のコンクリートの床を濡らす。
沼田はそれをしばらく黙っていると「違うよ」と呟く。
「榊原さんのせいじゃないよ、僕のせいなんだ……僕が死者≠セったから……」
「もーッ二人とも思いつめすぎだよ!」
志恵留と沼田の話に割り込んできたのは神藤だった。
神藤はふざけたような雰囲気で笑うと「誰のせいでもないよ」と言って志恵留の隣に座る。
志恵留と沼田は神藤の笑顔につられて口元を緩めてぎこちなくも笑った。
そして志恵留は何かを思い立って笑うと神藤が「何よー」と言う。
「いやっ……眞子って私のお母さんに似てるなって……」
「ハァ?何それー、どこが似てるわけ?」
「何かポジティブって言うか、何があっても分かってるって言うか……」
そんな事を笑って言うと沼田も「そうだね」と言う。
笑って言っているのだが、志恵留は本当にずっと前から神藤が母の志乃に似ているなと思ったのは本当だった。
いつでも前向きで泣き顔を見せなかった志乃の面影をもしかしたら神藤に見ていたのかもしれない。
その頃、内場は一人で旧校舎の第二図書室にいた。
第二図書室にはこの日も司書の千曳辰治がいて、内場が来ると「やあ」と言う。
内場は千曳を見ると「やっぱりいたか」と言うようにため息をつくとカウンターに座っている千曳の元に歩く。
内場は不機嫌そうに眉をひそめて千曳に「名簿を見せてください」と言う。
千曳はゆっくりカウンターから立ち上がると部屋の奥に入って行く。
そして黒い表紙のファイルに入った名簿を持ってくるとカウンターの上に置く。
内場はファイルを開くと何の意味もなくページをめくっている。
実は内場は一昨日に木下の家に集まってB号館の教室で見つけたMDを聞いた。
MDの声の主は先ほど教室にいた勅使河原だと何となく分かっている。
もう大人になって声変わりをしていたので少し分かりづらかったが、何となくそうだと思った。
そのMDには「死者≠死に還せ」と言う内容と十三年前に起きた事が残っていた。
ただ、途中で出てきた死者≠フ名前の部分だけが雑音が酷くて聞き取れなかった。
内場にとっては名前なんてどうでもよくて、ただどうやったら災厄≠ェ止まるかが知れて満足だった。
内場はそんな事を思い出すと十三年前の名簿を見て、下の余白に「三神怜子」と言う名前を見てあの雑音がなければ「三神怜子」という名前が出てきたと思う。
内場が名簿を見ている間は千曳はカウンターから離れて窓から外を眺めている。
そんな千曳を気にせずに名簿の名前を見ていると内場はとある名前≠ェ目に止まった。
するとずっと窓の外を眺めていた千曳が「ああ、そうだ」と言って振り返る。
「実は、その名簿には……」
千曳が振り返ると内場はもうその場にはいなかった。
そして千曳がカウンターを見ると、内場と共にあの名簿をまとめたファイルもない。
千曳は異様なほどの嫌な予感≠ニいうようなものを感じている。