家庭科室から放たれた火によって夜見北中学の校舎は炎に包まれた。
火を付けた犯人≠フクラス委員長の牧野優奈が感電死をした事によって生徒達が殺される事はほぼ免れた。
しかし、未だ校舎内では死者≠巡っての榊原志恵留(シエル)と内場七夏の戦いは終わらない。
志恵留は鉄パイプで内場を引きとめようと構えるが、内場は血まみれの鋏を持って志恵留に突っ込む。
それを志恵留は避けるが、内場は体制を崩すことなく再び志恵留に襲いかかる。
志恵留は鉄パイプで内場の鋏が自分に刺さるのを防ごうとするのだが内場は自分の右足の膝で志恵留の腹部を蹴り上げる。
志恵留は「ぐっ」と吐き気を我慢するようにするが、その場に蹲ってしまう。
それを見た内場はニヤリと笑うと蹲った志恵留の頭部を足で踏みつける。
志恵留の顔は床に叩きつけられて志恵留は「うっ」とうめき声を上げる。
「何なのアンタ……さっきから生意気な口きいて……」
「内場さん……」
「あのクソ女に殺されかけてた時、運良かったよねぇだって、上手いタイミングで地震が起きてあの女が電線コードに首引っ掛けて感電死して……」
内場の言うクソ女≠ニ言うのは牧野の事だと志恵留はすぐに悟る。
それを聞いた瞬間、志恵留はある事を思い立つ。
「ちょっと待ってよ……内場さんあの時見てたの?だったら、何で君島さんを助けて……」
「うるさいなぁ、別にいいじゃない君島が死んだくらいで……私は、アンタが死ぬところを見たかっただけなのに……」
内場は苛立ったような形相で志恵留の頭部を思いっきり踏みつける。
牧野に志恵留が襲われる前に、君島美嘉が牧野に刺されて死んだのだが、あの時すぐにでも助けてやれば君島は死なずに済んだはず。
その事を志恵留は悔しく思っていたのに、内場は「どうでもいい」と言っている。
それがどうしても許せないと言うよりかは怒りに近いような感動が湧いてくる。
志恵留は手に持っている鉄パイプで内場の左足を叩くと内場は「ギャッ」と声を上げて後ろに倒れる。
そのすきに志恵留は立ち上がると内場も左足の痛みを歯を食いしばって我慢するように立ち上がる。
その瞬間、志恵留は内場の左の頬を思いっきりバシッと音がするほど平手打ちをした。
内場は殴られた後自分の殴られた頬を手で抑えると「ハァ?」と首をかしげる。
その時の志恵留は涙を流しながら内場への怒りを露わにさせている。
「どうして……どうしてそんな事が言えるの!?アナタなら分かるはずでしょう?人が死ぬって、どれだけ悲しい事か!」
志恵留がそう怒鳴っている時、志恵留の脳裡には今までに災厄≠ナ死んだクラスメイトの顔が思い浮かぶ。
自分の目の前で死んだ重盛良太や篠原南や増尾拓真、そして電話越しに死を見た母親の志乃。
他にもいっぱいいる、牧野だってきっと助けられたはずだ。
それなのに次々に死んでしまう事に志恵留はずっと悔しさと悲しさと怒りを感じていた。
そんな感情を露わにする志恵留を見て内場は息を詰まらせる。
「アナタにも生きてほしい、だから……こんな争いはしたくないの!お願いだから……」
そう言おうとした時だった。おそらく家庭科室からの爆発で再び校舎全体を揺らす。
そしてC号館の今いる二階の天井が外れて天井の板が内場めがけて落ちてきた。
内場は板で頭を打って倒れると内場は天井の板の下敷きになって動けなくなる。
志恵留は間一髪でそれを避けたのだが、内場は頭から血を流して動けない。
このままでは火に包まれて焼死してしまうと志恵留は慌てて重たい板を持ち上げようとする。
板はかなり重くて志恵留の力では持ち上がらない。
必死に自分を助けようとする志恵留を見て内場は「何で」と呟く。
「何で……こんな……」
「言ったじゃない、私はアナタに生きて帰ってほしい……また一緒に同じ教室で勉強したいの……」
「……っ榊原」
「ん?」
「……ありがとう」
内場は志恵留の気持ちに素直に微笑んで答えると志恵留もそれに返すように微笑んだ。
志恵留が板を持ち上げようとすると、火が回っていない旧校舎の0号館の第二図書室の司書の千曳辰治がやって来た。
千曳は爆発の地震に異変を感じて燃えている校舎を回って取り残された生徒を救出している途中だった。
志恵留は千曳に「内場さんが」と言うと千曳は重たい板を勢いよく除ける。
そして千曳は内場の腕を肩にかけると志恵留の顔を見て「大丈夫か?」と言う。
志恵留は突然言われた事に動揺しながら頷く。
「そうか……ここには君達だけのようだな」
「はいっ辻村さんと牧野さんが……」
「あぁ、知っている、下村君もダメだったようだが……君達以外で避難していないのは、沼田君と木下君だけのようだ」
千曳が内場を連れて校舎から出ようとした時、千曳の言う行方不明者の名前を聞いて二人を探そうとする。
千曳は志恵留を止めようと「榊原くん」と呼びとめるも志恵留にその言葉は聞こえていなかった。
その頃、沼田郁夫と木下翔太はA号館の二階の廊下で沼田は刺された腹部を抑えながら木下から逃げる。
火はA号館全体に回っていてこのままこの中にいれば危険な状態だ。
木下は先ほどはゆっくりと歩いていかけていたのだが、次第にスピードを上げて走って追いかける。
今すぐに死者≠セと思われる沼田を殺そうと自分の理性が無くなっているような状態。
沼田はフラフラと壁に手をついて必死に木下から一歩でも遠ざかろうとする。
今にでも全力疾走をして校舎を出たい沼田だが、やはり自分の心臓が気になるようで出来ない。
すると木下は沼田の制服の襟を掴んで沼田を後ろに倒す。
木下は沼田めがけて手に持っている刃先の鋭いカッターを振り下ろすが沼田は首を横に向けてカッターの刃は沼田の髪と木製の床に刺さる。
「このっ……!」
木下がカッターを刺さった床から引き抜くと今度は沼田の首を掴んで動けないようにして振り上げる。
振り下ろそうとした瞬間、家庭科室からの爆発の地震で校舎全体が揺れる。
すると二人のいる木製の床がミシミシと音を立てて床がとうとう抜けて二人は二階から一階へと落ちる。
一階の二階と同じ木製の床に叩きつけられて木下は床に横たわっている間に逃げようと沼田は立ち上がる。
すると木下は思いっきり床に打った頭を揺すって立ちあがって逃げようとする沼田を見る。
そして急いで立ち上がると逃げようとする沼田の首に腕をかけて引っ張るように後ろに倒す。
それでも死にたくないと言う気持ちの強い沼田は後ろに倒れてもなお起き上がる。
すると木下は逃がすまいと沼田の顔を殴ると沼田はせき込みながら倒れる。
「ゴホッ……き、木下君……」
沼田は必死に木下に「やめて」と言おうとしたのだが、それを聞く前に木下はその言葉を封じようと沼田の左胸を蹴り上げる。
蹴られた沼田は一番の欠点の心臓に蹴りが響いて自分の声が枯れるほどの悲鳴をあげた。
これで死んでもおかしくない、それを承知で木下は苦しさにもがく沼田に留めを刺すように沼田の左胸を踏みつける。
容赦ない木下の行動に沼田は口から血を吐いて今にも気絶をしそうな様子。
それでも死なない、と確信した木下は膝をついてカッターを振り上げる。
沼田は口から吐いた血が顎を伝って流れ、木下に殴られた頬は真っ赤に腫れあがっている。
そんな残酷な状態を見て木下はニヤリと笑うと沼田に向かってカッターを振り下ろそうとした。
「これで……止まれば……」
呟いた瞬間、木下に何かが突っ込んできて横に倒れ込んだ。
木下は「何だ?」と言うと、突っ込んできたものに唖然とした。
それはC号館から慌てて走ってやって来た志恵留だった。
志恵留はA号館の一階で二人を見かけて、木下が沼田を殺そうとするのを止めようと突っ込んだ。
沼田は左胸を抑えて咳き込みながらゆっくりと起き上がる。
志恵留は必死に今にも沼田に刺そうとするカッターを持った手を握りしめて止める。
「違うの……木下君、お願いだから聞いて……」
悲しさに満ち溢れる瞳で志恵留は必死に木下の暴走を止めようと全てを打ち明けようとする。
しかし、木下はすでに完全に正気を失った目をしていた。
教室で担任の見崎鳴を刺した後に自ら首筋を切り裂いた福島美緒の母親とは違う目。
あの時の福島母の目は少なくともこんな風に狂気な目はしていなかった。ずっと虚ろや悲しさでしかない目。
家庭科室に火を放って久遠美沙を襲って、下村拓哉と君島を殺害した牧野と同じような目だ。
その目が、志恵留を見ると木下は何も聞きたくないと言う風に志恵留を払いのける。
志恵留は木下に突き飛ばされて後ろに倒れると蹲ったままの沼田とぶつかる。
「何で……止めるんだ……そんなにそいつを庇いたいのなら、君から殺そうか?」
木下はそう言うとカッターの刃を先ほどよりも出してカッターを握りしめる。
志恵留はそのカッターの刃を出す音が、絶望を知らせるような音に聞こえる。
もう、逃げられない。―――このまま自分も下村や君島のように殺されてしまうのか。
志恵留はその時、そんな言葉が脳裡をよぎらせて志恵留はギュッと目を閉じる。
すると木下はカッターを振り上げることなく、志恵留に「榊原さん」と呟く。
志恵留は恐る恐る目を開けると木下はいつものように優しげに微笑む。
「やっぱり……僕に、人殺しなんて……」
木下はそう言い残すと手に持っていたカッターを握りしめる。
その行動に志恵留は首をかしげると、木下はカッターで自分の喉を刺した。
木下の喉からは血が噴き出して、口からも同じように血が噴き出す。
喉の傷口に深々と刺さるカッターを勢いよく引き抜くと木下はその場に倒れる。
喉から溢れだした血は志恵留の頬にピッと血しぶきでつく。
後ろにいた沼田も同じように頬に血しぶきを浴びると呆然と喉から血を流して死んでいる木下を見る。
志恵留は木下に駆け寄ろうとすると、再び爆発で地震が起きてここには留まっていられない状態。
志恵留は覚悟を決めたように唇を噛むと沼田の手を引いて「逃げよう」とA号館のド入り口から外に出る。
外に出ると、滝のように降る雨と強い風で校舎まで引き戻されそうになる。
志恵留は沼田の手を引いて避難した生徒たちやいとこの榊原恒一達がいるグラウンドへ向かった。
グラウンドには避難した内場や千曳がいて、入院しているはずの担任の鳴までいる。
どうして鳴が、と考える暇もなく隣にいる沼田が突然グラウンドから離れようと歩きだす。
志恵留は沼田に「どこに行くの?」と問いかけると、沼田は歩く足を止めて振り向きもせず。
「榊原さんはここで、待ってて……」
それだけ言い残すと沼田は再び歩き出して燃えていない特別教室のT棟の裏へと向かう。
志恵留は「待ってて」と言う沼田の言葉に疑問を感じて沼田を追いかけて走る。
グラウンドから離れてT棟の裏へと走る。
T棟の裏には沼田が呆然と立っているのが見えて志恵留は急いで駆け寄る。
すると沼田は「来ちゃダメ」と言い放って志恵留は駆け寄る足を止める。
志恵留は首をかしげて沼田の先を見るとT棟の裏にある太い木が倒れて誰か≠ェ下敷きになっている。
志恵留が見えるのはその誰か≠フ腕で必死に逃れようとはい出ている途中。
「落雷で木が倒れて……それでこの人が下敷きに……」
「助けなきゃ!」
とっさの判断でその人に駆け寄ろうとした時に沼田が力強く「ダメ」と言い放つ。
志恵留は沼田の顔を見ると、かなり真剣な表情でその人を見下ろしている。
志恵留は目で「どうして?」と問いかけると沼田はゆっくりと顔を上げる。
「その人が死者≠ネんだ……」
その答えは本当はこのT棟の裏に来る前から分かっていたような気のする志恵留。
沼田の様子が変、というよりもどうも何かを隠しているような感じ。
志恵留は手を握ると「本当?」と震えるような口調で問いかける。
すると沼田は何も言わずに頷くとどこから持ってきたのか、手元には鉄パイプがある。
「それは……いつから分かったの?」
「……家庭科室の火事を見てから、何となく……だけど、見崎先生のあれ≠聞いて……」
「あれ=H」
「死者の、死の色が見えるようになった≠チて、見崎先生の義眼の噂は知ってるよね?」
志恵留は鳴の噂、鳴は昔は死の色≠見分ける事が出来て、それで十三年前の死者≠見分けれたと言う。
でも、それはその義眼が割れて見えなくなったと言う事がオチ。
「入院している間に、先生はどうやら、死にかけて……見えるようになったって……それで、教えてもらった」
「……その前から分かってたって言うのは?」
「何となく……この人が死者≠ナ、誰の分身かも……」
志恵留は震える手で鉄パイプを握りしめる沼田の横から下敷きになっている死者≠ェ誰かを見る。
すると死者≠ヘ這い出てその姿を露わにした時、志恵留は愕然とした。
まさかこの人≠ェ死者≠ネのかと志恵留は我が目を疑う。
その死者≠ヘ志恵留に向かって「志恵留」と弱々しく呟く。
「え……」
「志恵留……」
志恵留は「嘘だ」と叫びたくなる。
「そんな……」
「助けて……」
「ねえ……本当に?本当に……眞子が死者≠ネの?」
そこにいたのは、志恵留が最も仲良くしていた生徒の神藤眞子だった。
神藤は這い出ようともがいているのだが、木が邪魔で下半身が出られない。
沼田は動揺する志恵留の様子を窺いながら覚悟を決めて全てを言う。
「ねえ榊原さん、新しい死者≠ェ来て、どうして教室の机と椅子が足りていたと思う?」
―――死者≠ヘ亡くなった親族が架空の人物となった人物。
「それはね……クラスの人数が一人足りなかった≠ゥらなんだ」
沼田の言う足りない生徒≠フ意味が全く分からず志恵留は首をかしげる。
「それはね……神藤眞里さんなんだ」
―――神藤さんの妹さんの眞里さん。
そんなはずがない、と言うのが志恵留の本心。
おかしい、なぜなら眞里は神藤の妹で引きこもり≠フはず。
「眞里さんが引きこもりになったのは、今年の四月から……きっと、皆は二年生だった頃の眞里さんまでしか知らない。
三年生に上がったのに、登校しない眞里さんを皆は二年生≠ワでしか眞里さん見ていないから、眞里さんは二年生≠セって思っても仕方ないでしょ?」
―――眞里が引きこもりになったのは、今年の四月から。
神藤の妹の眞里の説明の回想が志恵留の脳裡をよぎる。
では、志恵留の前の席の本当の生徒は、神藤眞里と言う事か。
「じゃあ、眞子は誰なの?」
「……高林、榊原志乃……君の母親で、僕のお姉さん」
五月に亡くなった志乃が神藤だと志恵留は分かると今までの神藤の行動が目に浮かぶ。
―――眞子って私のお母さんに似てるよね。
そう自分が言った言葉は、本当に神藤が志乃だったと知らしめるような言葉だった。
―――お姉さんの顔が思い出せないんだ。
沼田が四月からの死者≠セと知った時に沼田が言っていた言葉。
「僕がお姉さんの顔を思い出せなかったのも、神藤さんがお姉さんだと分からないようにするため……」
「う、嘘……」
「神藤さんが紛れ込んだのは、僕が心臓発作を起こした八月……あの時、眞里さんが死んで、丁度よかったんだと思う。
四月から八月にかけての神藤さんの記憶は全部改竄だよ」
志恵留は今までの記憶を辿って見ると、神藤が八月以前にいたと言う記憶が消える。
どこにも神藤はいない、八月になってようやく神藤が現れている。
志恵留は本当は誰とも話さずにいて、沼田とだけよく話していた。
「ああ……」
「だからもう……彼女を」
「嘘……そんなの嘘よ!志恵留!」
沼田は思いっきり鉄パイプを振り上げると鉄パイプをギュッと握りしめる。
すると志恵留は鉄パイプを持って沼田は志恵留の顔を見て「やらなきゃ」と言う。
志恵留は深く深呼吸をすると「私がやるから」と沼田から鉄パイプを取る。
志恵留は鉄パイプを振り上げて神藤、志乃の前に立つ。
「やめて……やめて志恵留!」
「眞子……さようなら、ゴメンね」
親友だった神藤を、大好きだった母親の志乃を同時に殺すように志恵留は目を閉じる。
神藤の顔には大好きだった志乃の笑顔が重なって見える。
志恵留は涙ぐみながら振り上げた鉄パイプを思いっきり振り下ろす。
その時にガシャンと音を立てて何か、血が志恵留の頬に飛び散る。
その瞬間、志恵留は胸の痛みを訴えてその場に倒れ込んだ。
―――お母さん、ありがとう。