『一九九八年四月二十六日』
春が来て、僕は中学三年生になって、その少し前に僕は中学校生活と言うよりも人生の最後を宣告された。
あれはたぶん、春休みの前日に急遽二年生の生徒が三十人ほど放送で呼ばれた。
呼ばれたのはT棟と呼ばれる特別教室棟の生徒用の会議室。
呼ばれた三十人の生徒は、僕と同じクラスの人だったり、クラスも違って全然知らない人だったり。
会議室には生徒達の顔がお互いに見えるように、部屋の中央を向いて長テーブルとパイプ椅子が並んでいる。
僕は何も考えずに部屋の一番隅にあるパイプ椅子に座ると、その隣には望月優矢君が座る。
望月君は男子生徒なのだが、女の子っぽい顔で……女装しても男だとは気付かれなさそうな感じ。
彼の事は一年生の頃から知っているので、そんなに緊張はしなかった。
呼び出された生徒達がそれぞれの椅子に座ると、国語教師の久保寺先生が前に立って憂鬱そうにわざと咳払いをする。
久保寺先生は僕の勝手な意見では、温厚そうだが少し頼りなさそうな男性教師。
久保寺先生は生徒相手に丁寧な敬語を使っているので、そう言うイメージがついた。
そんな事をぼんやりと考えていたのだが、久保寺先生の後ろには少し前に卒業したはずの先輩三人がいる。
彼らもまた、先生と同じように憂鬱そうな表情で僕達を見ている。
一体、何だ?―――僕はそう首をかしげていると久保寺先生が話し始める。
「急な呼び出しを申し訳ありません。今回あなた達を呼んだのは、とても大切なお知らせがあるからです。
来年の四月から、あなた達は三年三組と言うクラスの生徒となります。担任は私が勤めるつもりです」
三年三組……後ろの先輩達も確か、三年三組の人だったような気がする。
それが一体、どう大切なのかは全く分からない僕。
一方、隣の望月君は徐々に顔を真っ青にして「まさか」と呟く。
「皆さんも噂で聞いているかもしれませんが、二十六年前のミサキの件の事です。
あれは七不思議と言うようなものではなく、実際に起こった現象なのです」
ミサキ=c…先生が言うのは二十六年前に死んだと言う人気者のミサキの事だろうか?
その噂なら僕だって知ってる、たぶん、夜見北の人ならだいたいは知っているだろう。
先生は口を止めることなく、先ほどと変わりのない表情で話を進める。
「二十五年前、ミサキのクラスメイトが卒業した後の三年三組で、とある不思議な現象が起こったのです―――」
とまあ、これで僕はあの呪われた三年三組≠フ真実を聞かされた。
申し送りの会≠ェ開かれるくらいだから……七不思議のたぐいではなさそうだ。
それに、一昨年に三年三組で人が死んだ≠ニ言う話を耳にした事がある。
やっぱり、本当にそんな事があるのかと僕は今更になって思ってしまう。
今年は机と椅子が足りているからない年≠セと思われていたのだけど、五月に榊原恒一って言う転校生が来るらしい。
だから、先生は違う形で始まる≠ニ思っているようで、五月一日からいないもの≠ニ言うおまじない≠ニ始める。
その対象となったのが、見崎鳴さん。
見崎さんは、二年生の時に僕と同じクラスで一、二回くらだけど、話した事がある。
彼女は昔からそうなのか中学生になってからなのかは分からないけど、少し冷たいところがある。
だから、女子生徒は彼女を避けるような態度が見受けられる。
僕は別に嫌いなタイプではない、と言うよりも僕自身も誰かと会話をするのは苦手なので人の事は言えない。
五月六日の朝のホームルームで榊原君が転校してきた。
ゴールデンウィーク明けでほとんどの人が気が抜けているような気もする。
榊原君は普通な感じで、前は私立に通っていたと聞いたのだが、別に優等生的な雰囲気はない。
彼の着ている学ランは当たり前なのだが新品で、僕が今着ているのは二年間着ていたので古い感じ。
久保寺先生は黒板に、榊原恒一、と書くと榊原君は何だか微妙に嫌な顔をする。
たぶん、榊原君は去年の神戸で起きた「酒鬼薔薇聖斗事件」を気にしているんだと思う。
よりによって、苗字が同じだなんて……きっと前の学校で嫌な目に遭っただろうし。
幸いにも下の名前は違っていたのだから……。
そんな事をぼんやりと考えている僕だったが、いつの間にか榊原君の自己紹介は終わって、空いている席に座っている。
あの席は元々は見崎さんが座っていたのだが、決まりとかがあるそうで、彼女は窓際の一番後ろの古い机と椅子に座っている。
ホームルームが終わると、副担任の三神怜子先生だけ教室を出て久保寺先生は教室に残る。
次の授業は国語、か。そんな事を考えながら久保寺先生の授業が始まる。
前々からそうなのだが、久保寺先生の授業は少し地味な感じだ。
別に教え方が悪くて、分かりづらい訳でもないのでそれに関しては別にいい。
僕は何となく榊原君の方を見ると、彼は黒板ではない方向を向いている。
窓の方?グラウンドでも見てるのかな?……違う、グラウンドなんかじゃなくて……見崎さん。
見崎さんの方を見ている、それってマズイんじゃないのかな?
まさか、榊原君はあの件≠知らないのかな?
先生伝えじゃなくて、生徒同士でって聞いてたけど、桜木ゆかりさんと風見智彦君が伝えてくれてたはずじゃ。
言いそびれたか、もしくは言えなかったという事なのか……。
よりによって一番頼りになる対策係の赤沢泉美さんは風邪で休みらしいし。
もしも榊原君が見崎さんに接触をしちゃったら、それはもう本当にマズイ。
僕は榊原君にやめるように念じながら、締め付けられそうな左胸を抑えていた。
その日の体育の時間、僕は昔からそうなのだが見学をしていた。
見学者には肺の病気のある榊原君と足を骨折したらしい桜木さんがいた。
グラウンドの北側の木製のベンチに榊原君と桜木さんが座っている。
僕は二人とは離れたベンチに一人ぽつりと座ってクラスメイトの体育をぼんやり眺める。
今日の体育は陸上競技で、男子はグラウンドの東側で長距離走。
女子はグラウンドの西側に設けられた砂場で走り幅跳びをしている。
三年三組は、あの事があるので他のクラスを巻き込めないと言う理由で単独で体育を行っている。
僕はいつもこんな感じで見学をしているのだが、やはり皆と違うと思ってため息をついてしまう。
いつかは皆と同じように体育ができたら、そんな夢を抱いている僕だけど今年中にでもその夢は儚く散るかも。
僕は再び締め付けられるような感じのする左胸を抑えると、遠くの方で雷が落ちるような音がする。
春の遠雷かな?雨でも降ったら嫌だな。
そう思って空を見上げていると、ベンチに座っていたはずの榊原君が突然校舎に向かって走り出す。
三階建ての校舎のC号館、屋上の鉄柵のすぐ向こうに見崎さんが立っている。
僕は慌ててベンチから立ち上がると、一人向こうのベンチに取り残された困惑顔の桜木さんに近寄る。
「桜木さん、今、榊原君……」
「高林君……実はね、榊原君にあの人≠フ事を聞かれて……」
あの人≠ニ言うのが見崎さんだとはすぐに分かった。
僕はもう一度C号館の屋上を見上げると、そこには鉄柵の向こうに見崎さんと榊原君が二人でいる。
遠くてよく見えないけど、二人の様子から話をしているのがはっきりと分かる。
マズイ……これは本当に、マズイよ榊原君。
もう、ちゃんと話をしちゃった限り、無理なんじゃないかな?いないもの≠フ対策は。
『一九九八年五月二十六日』
一学期の中間テスト、その二日目の最後の科目の国語の最中。
この日は前夜から梅雨と思われるような雨がだらだらと降り続けている。
校舎の廊下はその影響か、濡れていて滑りやすくなっている。
別に土足ではないのだが、靴下に雨がしみ込んだり制服に雨の水滴が付いてそれで濡れてしまっているのではないかと思う。
僕は国語の答案用紙にシャープペンシルを走らせてあっているだろうと思われる回答を記入する。
その時、突然榊原君が席から立ち上がって教室を出ようとしている。
もちろん、久保寺先生は呼びとめた。
でも、榊原君は「もう出来たから」と言うと久保寺先生は言葉を詰まらせてそれを承知する。
榊原君はそのまま廊下へ出る、廊下には……見崎さんがいる。
僕は嫌な予感を感じながら書き終えた答案用紙を睨みつけて間違いがないか見直しをする。
三回くらいそれを繰り返した後に僕は答案用紙を伏せて教室の黒板の上にかけてある時計を見る。
そんな時、廊下から騒がしいというくらいの足音が聞こえて体育教師の宮本先生が入って来た。
宮本先生はいつも通りの緑色のジャージで、久保寺先生に何かを話すと桜木さんが呼ばれて教室を出る。
一体、あったんだろう?―――僕は桜木さんの走る足音を聞いていた。
すると、足音が遠ざかった時に何やら短い悲鳴とガンと何かが落ちる音がした。
その音は教室にいたクラスの人にも聞こえて教室内は少しのざわめきが生まれる。
まさか、桜木さん―――階段で落ちた?
大丈夫なのかな?変なところを打ってたりしなかったらいいけど。
僕がそう念じていたのだが、打ったか所の問題どころではなかった。
なぜなら、彼女は階段で足を滑らせて投げ出した傘の先端の金具に喉を突きさして亡くなったのだから―――
しかも同じ日に、桜木さんのお母さんの三枝子さんも交通事故で亡くなっている。
僕がその知らせを聞いた時、再び左胸が締め付けられるような気がした。
桜木さん親子の死の後、目撃者の榊原君は学校に来ていなかった。
やっぱり、始まってしまったのかな?
だとしたら、見崎さんはもういないもの≠カゃなくなるって事なのかな?
そう思っていたのだが、結局、対策係の判断で六月中は様子を見る事となった。
僕は桜木さんが亡くなった直後から体調が悪い。
熱っぽいわけではないけど、例の心臓が嫌に締め付けられると言うか苦しい。
今年に入ってからは結構体調は良いほうだったけど、やっぱり一時的なものだったかな?
僕は授業中に頻繁に保健室に行く事が増えた。
保健室に行くのが増えただけでなく、欠席をする日が二倍に増えたような気がする。
災厄≠フ影響?だとしたら……寿命は長くないかな?
そんなご老人のような事を考えているが、本当に今月中にでも倒れそう。
よりによって呪われた三年三組≠ナ心臓の持病があるって偶然にしては出来過ぎかも。
僕は六月三日は自宅の自室で一日中寝込んでいた。
看病には年の離れた姉の高林志乃が仕事から早めに帰ってきて自宅にいる。
両親は仕事だろうし、十五歳も年の離れた姉に看病をされるとかなり気が引ける。
僕はその日の夜に寝込んでいると、自宅の電話が鳴った音がした。
電話に出たのはお姉さんで、僕は自分とは関係のない電話だと思っていた。
するとお姉さんは「えぇ!?」と驚いたような声を上げると、僕は気になって気分の悪い体を無理矢理起こす。
電話のあるリビングに行くとお姉さんが電話を切った後のようで、お姉さんは電話の前に立ち尽くしている。
「どうしたの?」
「あっ……さっき、郁夫の学校から電話が合って……水野君って言う子のお姉さんが亡くなったみたいで……」
お姉さんは青ざめた顔でそう伝えると、僕はとうとうその場に座り込んでしまった。
確かに水野猛と言う男子生徒はいたが……まさか、そんな。
彼のお姉さんが死んだって災厄≠ェ原因って事?
僕はもう、訳が分からずお姉さんの必死の呼びかけすら聞こえていなかった。
その翌日、僕はまだ気分が悪いまま学校に登校した。
この日の六時間目の週に一回行われるロングホームルームでは榊原君は警察の人からの事情聴取で席をはずしていた。
それを知った赤沢さんが「T棟の会議室へ行こう」と久保寺先生に提案をした。
久保寺先生はその提案に「いいでしょう」と承知すると、T棟の生徒用の会議室へ向かう。
会議室では赤沢さんが進行を始める。
何が?赤沢さんは何を始めようとしているのか?
「私から一つ提案があります。今年は間違いなくある年≠セと思われます。
そのため、新しい対策として榊原恒一君もいないもの≠ノしようと考えているのです」
赤沢さんは力強くそう伝えると会議室はざわめき始め、僕もその提案には困惑をする。
榊原君も?見崎さんと一緒にいないもの=H
「今年は五月から始まりました。そのために新しい形での災厄≠ノは、新しい対策が必要ではないかと思ってそう言う結論に至りました」
そう言う理由、か。少し僕としては無理矢理な気もする。
それじゃあ、余計にマズイ事になるんじゃないかと僕は思ってしまう。
でも、ここで反論を出すほど僕の気は強くない。
僕はふに落ちないような気もしながら、赤沢さんの提案を受け入れざるを得なかった。
僕はその会議の途中、かなり気分が悪くなって先生に了解を得て早退をさせてもらう事となった。
僕は会議室から出ると一人で空っぽの教室から自分のカバンを引っ張り出して校舎から出ようと廊下を歩いている。
その時、廊下の向こうから榊原君が歩いてくるのが見える。
榊原君は一人で帰る僕を不審に思って僕に話しかける。
「あれ?高林君どうしたの?」
「えっ……た、体調が悪くて、早退させてもらう事になって……」
「そうなんだ、大丈夫?」
どうしよう、彼に赤沢さんの提案を伝えておいた方がいいかな?
でも、それだったら見崎さんをいるもの≠ニして伝えなきゃいけない。
言おうか、言わないか―――
「大丈夫だよ……」
やっぱり、僕の口からは……言えない。
言えるはずがない、それに気分も悪いし、早く帰って休もう。
そうしたら、きっと来週から元気に登校ができるはず。
きっと、そうだ……そうだと信じたい、来週になったらきっと元気になっているはず―――
『一九九八年六月六日』
僕こと、高林郁夫は自宅で心臓発作を起こして死んだ。
やっぱり、元気にはなれなかったな……体調を崩したまま死んじゃうからね。
たぶん、分かってたけど今となっては辛いな。
死んだ僕はそのまま自分の肉体から離れて真っ暗な闇へと魂だけが移動。
その闇には、僕がよく知っているブレザー姿の女子が立っている。
桜木さんだ。五月に亡くなった桜木ゆかりさん。
その隣には、ナース服を着た若い女性が立っている。
ナース服?看護師さん?水野君のお姉さんって確か看護師さんだったような。
彼女が水野沙苗さん?ってことは、ここには災厄≠ナ死んだ人がいるの?
でも……二人の後ろにもう一人≠「る。
見崎さん?見崎さんによく似た女の子。
でも、見崎さんじゃない……眼帯をしていないし、両目がちゃんとある。
誰?君は……一体、誰?
僕がその少女を見て困惑していると、久保寺先生の声がする。
僕は後ろを振り向くと久保寺先生が立っている―――久保寺先生も?
そうこう考えていると、次に中尾順太君、杉浦多佳子さん、前島学君、米村茂樹君がいる。
彼らも?彼らも災厄≠フ犠牲になって死んだのか?
それ以降は誰も来ない、きっと災厄≠誰かが止めたんだと僕は思う。
それからかなり長い時間が流れて、僕らは長い間ずっと暗闇に取り残されている。
いつまでここにいるんだろう?いつになったら出れるんだろう?
すると、暗闇の向こうからコツコツと足音を立てて誰かがやってくる。
暗闇で顔は見えないが、その人物≠ヘ僕の目の前までやってくると僕に手を差し伸べる。
「ゴメンね」
彼≠ヘそう言うと悲しそうな表情で、僕を見つめている。
僕は彼≠フ手をそっと握ると、暗闇がパッと明るくなって僕は眩しさに目を閉じる。
「誰?君は……」
「ミサキ」
視界が明るくなると僕はゆっくりと目を開けて彼≠フ顔を見る。
とても優しそうな顔で、色白な肌に短髪な髪―――
彼≠ヘ自分を「ミサキ」と言う、まさか二十六年前のミサキ?
僕はミサキにそうなのかと聞こうとすると辺りは違う空間になっていた。
どこかの廊下?……三年三組の教室の前?
目の前には三年三組らしき教室があり、僕と同い年くらいの男女が教室に入る。
何で?僕は死んだはずじゃ?
そう考えているとずううぅぅぅん≠ニ脳裡をよぎる歪な音がする。
僕の脳内で、次々と記憶が組変えられている。
そうだ、僕の名前は沼田郁夫。二〇十一年度の三年三組の生徒。
両親が離婚して苗字が変わって……お母さんも二年前に死んじゃって……。
僕はスッと教室に足を踏み入れると、何も考えずに廊下側の一番後ろの席に座る。
その時、僕の後ろを歩いて行ったのが榊原志恵留(シエル)と言う女子生徒だった。