ここは時空管理局の本局である。
そこの居住区にテスタロッサ家は滞在していた。
「掃除は・・・・・こんな所ですか」
テスタロッサ家の家政婦であるリニスは部屋の掃除をしていたが、テスタロッサ邸に比べると狭いので、あっという間に終わってしまった。
(何か・・・・・ここに来て、暇になる事が多いですね・・・・・)
プレシアは事情聴取しており、フェイトとアルフは嘱託魔導師になるべく勉強中。
それぞれやる事があるなか、リニスだけがやる事がなかった。
「あ! そういえば・・・・・」
リニスは何かを思い出したように、ある部屋に入った。
そこには、未だに熟睡中のレイヴンがいた。
「まったくもう。レイヴン、起きてください! もう昼過ぎですよ!」
「う〜〜ん・・・・・何だリニスか・・・・・」
「レイヴン、貴方は本局に来てからだらけ過ぎですよ。少しはフェイト達を見習ったらどうですか?」
「見習うも何も、やる事もする事も無い、しかも仕事も無い。何をすればいいんだ?」
「何をって・・・・・何かです!」
「・・・・・質問を変えるぞ。リニス、お前は普段何をしている?」
「何をって、掃除をしてますけど・・・・・」
「掃除を終えた後は?」
「そ、それは・・・・・」
リニスは言葉を詰まらせた。
今までは、フェイトの教育やプレシアの世話、屋敷の清掃など、やる事が多かった。
しかし今は、フェイトに教える事は無く、プレシアに至っては、世話をするまでも無い状態まで回復している。今や掃除をするぐらいしか無いのだが、それもあっという間に終わってしまう。
「どうやら、お前もする事が無いみたいだな」
「べ、別にいいじゃないですか! 暇でも!」
「別に良いが、そうだな・・・・・リニス、本局の中を見たか?」
レイヴンがそう聞くと、リニスは首を横に振った。
「それなら、今から本局見学にでも行くか?」
「え? で、でも良いんですか?」
「部屋にいてもやる事無いだろ? 暇潰しに丁度いいだろ」
「そうですが・・・・・あ! 待って下さい!」
レイヴンはさっさと部屋を出て行き、リニスはその後を追った。
次元の海を漂っている時空管理局の本局は、様々な施設がある。
テスタロッサ家が滞在している居住区、局員か勤務しているB区画、様々な店があるショッピングセンターなどがあり、それは一つの街そのものだった。
「これが本局ですか・・・・・ちょっとイメージしていたのと違いますね・・・・・」
「まぁな、何でも長期間滞在中の人間が不便にならないようにしたら、いつの間にか街が出来たらしい。今では、何年も本局で過ごす局員や、ここで育った人間もいるくらいだ」
もちろん本局育ちの人間は大抵、犯罪に巻き込まれ、家族を失った子供達の事を指すのだが、レイヴンはその事を黙っていた。
「さて、ここから先がショッピングセンターだが・・・・・どうする?」
「え? どうするって?」
「何か見ていくか? 案外欲しい物が見つかるかも知れないぞ」
そう聞くと、リニスは少々迷ったが、意を決して行くことにした。
「行きます!」
「それじゃ行くぞ、人が多いからはぐれるなよ」
そう言って、レイヴンはショッピングセンターに入って行き、リニスはその後を追った。そして彼女の眼に写った物は――。
「わぁ―――」
ショッピングセンターを行き交う人々の姿であった。
彼女はずっとテスタロッサ邸から出た事が無い為、これだけの人を見たことがなかった。
「どうしたリニス?」
「い、いえ! 何でもないです」
「そうか、じゃあ行くぞ」
二人は、人混みの中を歩いて行く。
二人はとある喫茶店に入っていた。
レイヴンはメニューに目を通しているなか、リニスはぐったりしていた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です・・・・・」
ずっとアルセイム地方にいたリニスにとって、大勢の人がいる場所は初めてで、人酔いをしてしまったのである。
「配慮が足りなかった。考えもみたら、ずっと山奥にいたんだから、人酔いするのは当たり前だな・・・・・」
レイヴンはすまなそうな顔をして、リニスに謝った。
「いえそんな! 私が行くと決めたんです! レイヴンのせいではないですよ」
リニスは椅子から立ち上がり叫んだ。
周りの客は何事かと、声がした方を見る。
視線が集まっているのに気づき、レイヴン慌ててリニスを落ち着かせた。
「分かったから大声を出すな! 周りに他の客もいるんだぞ!」
リニスは、はっとなり周りを見てみると、視線が自分に集まっているのに気づき、顔を赤くしながら椅子に座り直した。
「す、すみませんでした・・・・・」
「ふぅ、気を取り直して・・・・・って、いつまで帽子を着けているんだ?」
レイヴンは、リニスが店内でも帽子を着けている事に気づき、その事を聞いてみた。
「え? 変ですか?」
「変っていうか、前から疑問に思っていたが、屋敷にいる時も外した所を見た事が無いが、何かあるのか?」
そう、リニスは自室か風呂に入る以外は決して帽子を外したりしなかった。
あまり詮索はしないようにしていたレイヴンだったが、ついつい尋ねてしまった。
「えっとですね・・・・・笑わないで下さいよ」
「ああ、約束する」
リニスは恥ずかしそうに、帽子を外さない理由を話始めた。
「その・・・・・猫耳を隠す為です・・・・・」
「・・・・・は?」
「だから猫耳を隠す為です!」
リニスいわく、自分の素体の身体特徴が恥ずかしいと思い。それを隠す為の物らしい。
「・・・・・なるほど、それで普段は服や帽子で、尻尾と猫耳を隠しているって訳だ」
「はい・・・・・そうです・・・・・」
「・・・・・リニス、アレを見てみろ」
レイヴンは少し呆れながら、違うテーブルに座っている客を指す。
そこには十四歳位の少年と犬耳と尻尾を出している使い魔の少女が談笑していた。
「いいかリニス、耳や尻尾を恥ずかしいって思うのはお前だけだ。 普通の使い魔達はそんな事を考えたりしない。アルフだってそうだろ?」
「それはそうですが・・・・・」
「まぁ、それは人それぞれだが、これだけは言ってやる。お前の耳や尻尾は、恥ずかしい物じゃない」
「レイヴン・・・・・」
レイヴンの言葉を聞いたリニスは、意を決して帽子を外した。
「いいのか?」
「はい、いいんです」
「そうか、それじゃ何を頼む?」
「そうですね・・・・・」
二人はメニューを見ながら、何を頼むか話し合った。
ショッピングセンターを後にした二人は、トレーニングルームがある区画に来ていた。
すると、フェイトとアルフにバッタリと出くわした。
「ん? あれ? レイヴンにリニス?」
「二人が外に出てくる何て、珍しいじゃないか」
「まぁ暇がてら、リニスに本局の案内をしていたんだ」
「あれ? レイヴンって本局は初めてじゃなかったの?」
「ああそういえば言ってなかったな。仕事で何度か訪れていたんだ」
「仕事って・・・・・悪い事して捕まったりですか?」
「さぁどうだろ?」
リニスの問いに、しらばっくれるレイヴン。
その事に関しては話す気は無いようだ。
すると、若い男女の二人がレイヴンの所にやって来た。
「レイヴンさん!」
「レイヴンじゃないか! 久し振り!」
「ん? おお! アップルにレジーナか、久し振りだな」
「お知り合いですか?」
「仕事でちょっとな・・・・・」
「初めまして、アップル・ボーイです。レイヴンさんには以前命を助けて貰ったんです」
「アタシはレジーナ。レイヴンとは・・・・・まぁ色々あって助けて貰ったんだよ」
「そうですか、申し遅れました。テスタロッサ邸の家政婦を努めていますリニスです」
「あたしはアルフ。よろしくね」
「私はフェイト・テスタロッサです」
フェイトの名を聞いた二人は驚いていた。
「テスタロッサって、あのジュエルシード事件の?」
「―――っ」
「こらレジーナ! 相手に失礼だろ!」
事件の規模が大きかった為、テスタロッサの名前はある意味有名になってしまった。
フェイトは、その事を未だに気にしていた。
「すみませんでした。彼女は悪気があった訳じゃないです。ただ配慮が足りないというか・・・・・」
「何だと! アタシがデリカシーの無い人間だと言いたいのか林檎野郎!」
「本当の事だろ。後、林檎野郎は止めろ!」
二人はレイヴン達をそっちのけで口論を始めた。
レイヴンはタメ息をつきながら、二人の仲裁に入る。
「お前らそこまでにしとけ、白黒つけたいなら模擬戦でもすればいい」
「よぉし! それなら文句はない! 勝負だ林檎野郎!」
「受けてたつぞ!」
二人はそのまま、トレーニングルームの方に向かって行った。
レイヴン達はそれを見送った。
「まったく、いつまでもガキな奴等だな」
「えっと、レイヴン達はこれからどうするの?」
「本局見学を続けるつもりだが?」
「そうなんだ・・・・・えっとね、私も付いてきちゃダメ?」
「別に構わない。いいだろリニス?」
「はい、一緒に行きましょう」
「本当!?」
「ちょっと待っておくれ! あたしも行くよ!」
こうして四人に増え、本局見学の再開したレイヴン達だった。
レイヴン達は次の場所に向かっている途中、リンディとプレシア、それにクロノとエイミィ、最後に老人の局員と双子の猫の使い魔がいた。
「あれ? 母さん達だ」
「本当だ。リンディ達と・・・・・後誰だ?」
すると向こうもこちらに気づいたようで、こちらに近づいて来た。
そして老人が先に―――。
「久し振りだなレイヴン。君は相変わらず若いな」
「そうだなギル。お前は見ない間に随分と老け込んだ」
親しい友人のように、二人は握手を交わした。
すると使い魔の方も、レイヴンに近寄って―――。
「ちょっとレイヴン! アタシ達には何にもないの!? せっかく会えたのに!」
「ああ、悪かったアリア」
「アリアは私です。そうやってからかって楽しいですか?」
「相変わらず手厳しいなロッテは」
「ロッテはアタシだって!」
ロッテとアリアと呼ばれる使い魔達は、レイヴン睨み付けるが、その眼には敵意は無く、彼等にとって挨拶みたいなものであった。
そんなやり取りをクロノとエイミィは驚いていた。
「さっきの話・・・・・本当だったなんて・・・・・」
「あら、ようやく信じてくれたのね」
「ちょっと待てくれ! じゃあ彼は何十年もあの姿で生きているって事か!?」
「にわかに信じられないけど、事実よ」
クロノとエイミィは信じられないと言わんばかりの表情をしていた。
一方、レイヴンと握手を交わした老人は、フェイト達に自己紹介をしていた。
「初めまして、私はレイヴンの友人のギル・グレアムと申す物だ。それでこちらは私の使い魔の―――」
「リーゼアリアです。よろしくお願いいたします」
「アタシはリーゼロッテ、ロッテで良いよ」
「私はプレシアの使い魔のリニスと申します」
「フェイト・テスタロッサです」
「フェイトの使い魔のアルフだよ」
それぞれの自己紹介の後、談笑が始まった。
その中、グレアムとレイヴンは密かに会話をしていた。
「まだ退役していなかったとはな・・・・・」
「ああ、まだやる事があってね。それが終るまでは退役は考えていない」
「やる事・・・・・闇の書か?」
グレアムは静かに頷いた。
ジュエルシード事件の後、レイヴンはリンディから十一年前の闇の書の暴走でクライド・ハラオウンが死んだ事を聞かされていた。
「一応忠告しておくが、復讐なんて考えるなよ。それと、あまり過去を拘るな。復讐に走る奴と過去を拘る奴は大抵ろくな末路じゃないからな」
「君が言うと説得力があるな。大丈夫だ、私もそんな馬鹿な事はしない。ただ・・・・・」
「ただ?」
「ちょっといいか? ここでは話せない」
「・・・・・分かった」
グレアムとレイヴンは、リニス達と少し離れた場所に歩いた。
どうやら、あまり聞かれたく無い話のようだ。
「それで? お前がやり残した事は闇の書以外にもあるのか?」
「ああ、闇の書に関する事だが、十一年前の暴走事故、どうやら人為的みたいなんだ」
「・・・・・ちょっと待て、それはどういう事だ?」
「あの後調べてみて分かった事がある。どうやらエスティアは、何者かの襲撃を受けていたと、乗組員の話があったのだよ」
「・・・・・襲撃事件があったにも拘らず、表沙汰にされなかった事か?」
「ああ、その通りだ。しかし、当時エスティアに乗船していたクルーは襲撃の時の記憶が曖昧で、誰に襲撃されたのか覚えていなかったらしい」
「覚えていない?・・・・・それは妙だな。いくら極限状態だったとはいえ、自分達が襲撃されたんだろう?」
「その通りだ。しかし、彼等は嘘をついているようには見えなかった。だが、記憶の不鮮明さで、襲撃事件は立証出来なかったらしい」
隠されていた襲撃事件、エスティア乗船クルーの記憶の欠落、そして、人為的な闇の書の暴走。
これだけ聞けば、誰だって裏があると思える。
「この事は、リンディやクロノ達には秘密にしておきたい。確証を掴むまでは・・・・・」
「分かった。二人には黙っておく、その代わり無茶はするなよ。もう歳なんだから」
「はっはっはっは! 君がそんな心配をするとは思わなかった。大丈夫だ、私にはリーゼ達がついている」
「アイツらだって結構歳をくっているんだろ? 見た目がああでも、中身は婆―――おわぁ!」
レイヴンは突然飛んで来た魔力弾を回避した。
飛んで来た方向を見ると、アリアとロッテが怒っている。
「レ〜イ〜ヴ〜ン〜誰がババアだ!」
「レイヴン、女性に対して失礼ですよ。どうやら矯正が必要らしい見たいですね」
「そう言えば忘れてた。リーゼは地獄耳だって言うことを・・・・・」
老婆扱いにご立腹な二人は、今すぐにでもレイヴンに襲いかかろうとしていた。
そこでレイヴンが取った行動とは―――。
「逃げるが勝ち!」
そう言って、全速力で走り出した。
「あ!? 逃げた!」
「待ちなさい!」
リーゼ達は、逃げたレイヴンを追いかけて行ってしまった。
「やれやれ、何年経っても変わらないな」
グレアムは懐かしそうに、そのレイヴンとリーゼ達のやり取りを見ていた。
その後リーゼの追撃を逃れたレイヴンは、何とか居住区についた。
「やれやれ、今日は災難だ。しばらくは出歩かない方が良さそうだな」
そう呟きながら部屋に戻ると、既にリニス達は帰って来ており、夕食の準備を終えていた。
「お帰りなさいレイヴン・・・・・酷い目にあった見たいですね」
「本当だ。あちらこちらボロボロじゃないか」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。アイツらだって本気じゃないからな。この程度で済んだよ」
「今回は自業自得よ。女性に年齢の話は基本的にNGよ」
「何年経っても、その理屈は理解出来ないな」
「・・・・・貴方、いつか死ぬわよ?」
「そうならないように、努力するさ」
そう言って、レイヴンは席に着き、テスタロッサ家と共に夕食を食べ始めたのであった。