レイヴンとプレシアは、アリシアの肉体が眠る部屋に来ていた。
中央には、ポットがあり、その中にはアリシアの遺体が厳重保管されていた。
プレシアは、ポットからアリシアを取り出し、優しく声を掛けていた。その姿は狂気じみていた。
「ああ、アリシア。もうすぐよ、もうすぐ・・・・・貴女を目覚めさせられるわ」
「・・・・・一応、最後の問題点も話しておく。コアを埋め込んだが最後、アリシアの時は完全に止まる」
「・・・・・それはどういう意味?」
「コアは、埋め込んだ時の肉体を維持しようとする性質がある。二十歳の肉体に埋め込んだら、コアはその肉体を二十歳の肉体として維持する。簡単に言うと、アリシアの肉体は、永遠に五歳のままになるということだ」
「それがどうしたの?アリシアが蘇るのよ?そんな些細な事、どうでもいいわ」
(些細な事か・・・・・お前がそう思っても、アリシア本人がどう思うやら・・・・・)
「まぁいい、最後に、コジマ粒子について話そう。先程言ったように、濃度によって様々な作用があるが、危険濃度に注意しろ。その濃度に達すると、深刻な環境汚染を引き起こす。それと扱いに注意すれば、危険な物では無い」
「ええ、わかったわ」
「それともう一つ―――」
「まだあるのかしら?」
「アリシアを蘇生させたら、フェイトをどうする?」
その言葉に、プレシアはピクッと反応した。
「・・・・・貴方には関係無いわ」
「関係ある。俺には聞く権利がある。もし、言わないというなら、この話は・・・・・」
「わかったわよ。言えば良いのね・・・・・」
プレシアは、少しうんざりしながらも、レイヴンの質問に答えた。
「あの子は破棄するわ。アリシアが戻って来るんですもの・・・・・偽者のあの子はいらないわ・・・・・」
「そうか・・・・・しかし、アリシア自身はどう思うんだうな?お前と同じ、自分の偽者は不要と言うのか?」
「・・・・・何が言いたいの?」
プレシアは少し苛立ちながら、レイヴンを睨みつけた。
レイヴンは、お構いなしに、言葉を続けた。
「それは、お前が一番良く知っている筈だ。アリシアがフェイトをどう思うか――」
「そ、それは・・・・・」
レイヴンの言葉が、プレシアの胸を突き刺さる。
アリシアをよく知っているプレシアだからこそ、アリシアがどう対応するかわかってしまった。
「そんなもの関係無いわ!いいから行くわよ!」
プレシアは逃げるように部屋を出て行った。
その後を、レイヴンは黙って付いて行く。
そして二人は、手術部屋らしき部屋に入って行った。
ベットは二つあり、片方のベットにアリシアを乗せた。
「貴方はこっちのベットよ。上着を脱いで、さっさと寝なさい」
レイヴンは、プレシアの指示に従い、上着を脱いで、ベットに寝た。
「最後に、何か言う事は?」
「なら、最後に一つだけ」
「何かしら?」
「リニスの頼み事を聞いてやれ、あいつはお前の為にいろいろと苦しんだんだ。それぐらい、罰は当たらんだろう?」
「・・・・・考えとくわ」
そう言って、プレシアはレイヴンに麻酔を掛ける。
レイヴンの意識は段々と薄くなり、やがて途切れた。
手術は無事終わり、プレシアはアリシアを連れて部屋に戻っていた。
「アリシア・・・・・目を覚まして・・・・・」
プレシアは祈るように呟いた。
アリシアの髪をそっと優しく撫でると―――。
「んっ―――」
「アリシア!」
プレシアは思わず声が出た。
今まで動かなかった最愛の娘が、動いたのだから。
「ん〜〜・・・・・あれ?お母さんどうしたの?」
アリシアの声を聞いて、プレシアは涙を流した。
ようやく会えた。そう思うと、涙を流さずにはいられなかった。
「どうしたのお母さん?辛いことがあったの?」
アリシアは戸惑いながらも、母親を慰めようと、プレシアの頭を撫でた。
「・・・・・大丈夫よアリシア。これはね・・・・・嬉しいことがあったから泣いているの・・・・・」
「そうなんだ!良かったねお母さん!」
アリシアは笑った。その笑顔が、プレシアの心を救ってくれた。
「せっかくだから、今日一日は、一緒に過ごしましょう」
「え?でも、お仕事は?」
アリシアの言葉で、プレシアは理解する。彼女は死んだ時の記憶を持っていなかった事を。
しかし、プレシアにとってはどうでも良かった。
残りの時間を、今度こそアリシアに使うんだと、心に決めていたのだから―――。
「今日からお休みなのよ。だからしばらく一緒に過ごせるわ」
プレシアは、その事を悟られぬように、言葉を続けた。
アリシアは、母の言葉を信じ、仕事が休みだと思い込んだ。
「それじゃあ・・・・・本を読んで、お母さん!」
「わかったわ、ちょっと待っててね」
そう言って、プレシアは立ち上がり部屋を出て行った。
そして、隣の部屋の本棚から一冊取り出した。これは生前のアリシアが好きだった本である。今日まで大切に保管していたのだ。
(これをもう一度、アリシアに読んで上げれるなんて・・・・・)
その本を大切に抱えながら、アリシアが待つ部屋に戻る。
「アリシア、貴女が好きだった・・・・・」
しかし、言葉は続かなかった。
プレシアの目に写ったのは、血を吐いたアリシアの姿だった。
「アリシア!」
プレシアは本を投げ捨て、急いでアリシアの元に駆け寄る。
「アリシア!大丈夫!?」
「ごほっ、ごほっ、おかしいな・・・・・胸が痛いよ・・・・・」
アリシアは左胸を抑えながら、苦しそうにしている。
その姿を見て、レイヴンの言葉が脳裏を浮かべる。
『二つ目は、アリシアの肉体が耐えられるかどうかだ。流石に、子供の死体に埋め込む事はしなかったらしいからな、どうなるかわからない』
(まさか・・・・・そんな!)
プレシアは青ざめた。
アリシアが苦しんでいるのは、コジマコアによるものと、理解したからである。
しかし、彼女にはどうしようも無い、アリシアを生かしているのも、苦しませているのもコアによるものだから、取り出す事をすれば、再びアリシアは屍と戻るだろう。
「ごほっ、ごほっ、げほっ―――」
「アリシア!しっかりして!」
「ごめんねお母さん・・・・・今日は調子悪いみたい・・・・・せっかく一緒に過ごせるのに・・・・・迷惑かけちゃて・・・・・」
「違うわ!私の方こそ、母親として貴女に何もして上げれなかった・・・・・こうして貴女が苦しんでいるのに、私は何もして上げれない・・・・・ダメな母親よ!」
「ごほっ、ごほっ・・・・・違うよ・・・・・そんな事無い・・・・・私にとって、お母さんは自慢のお母さんだよ」
「アリシア・・・・・」
「ごほっ、ごほっ、げほ、ごほっ―――」
アリシアは更に苦しそうに咳き込んだ。
そんな姿を見たプレシアは、何かアリシアにしてあげれないか、考えていた。
(今、この子にしてあげれる事はないの!何か、何かなに――――)
ふと、プレシアはある約束を思い出す。それはある日、何気なくアリシアと交わした約束―――。
『ねぇお母さん!私、妹が欲しい!』
「・・・・・アリシア。貴女、妹が欲しがっていたわよね?」
「・・・・・うん」
「今、連れて来させるわ」
そう言って、プレシアは部屋の外にいるリニス念話した。
《リニス、聞こえてる?》
《プレシア?どうしました?》
《フェイトを連れて来て頂戴、アリシアに・・・・・貴女のお姉さんに会わせてあげるって、伝えて―――》
《え!?それは一体・・・・・》
《お願いだから早く!》
《わ、わかりました!》
リニスはただ事では無いと感じ、急いでフェイトがいる部屋に向かった。
その間、プレシアはアリシアの側に片時も離れなかった。
そして、扉を叩く音が聞こえて来た。
「プレシア、フェイトを連れて来ました」
「ご苦労リニス・・・・フェイト、こちらに入って来なさい」
「う、うん・・・・・」
フェイトは戸惑いながらも、プレシアとアリシアがいる部屋に入って行った。
そこには、母親と自分そっくりの少女がいた。
「えっと・・・・・初めましてかな・・・・・私、アリシアって言うの」
アリシアは屈託の無い笑顔で、自己紹介した。
しかしフェイトは、目の前の少女が、自分と同じ顔である事に、戸惑いを隠せずにいた。
「えっと・・・・・フェイトです・・・・・」
「そんな固くならなくて良いよ。私達、姉妹なんだから」
「う、うん・・・・・」
三人の時間は過ぎていく、最初は戸惑っていたフェイトだったが、徐々に打ち解けれていった。それはまさに家族の一風景であった。
それはつかぬ間の夢。しかし、夢は覚めて行くものだった。
「ごほっ、げほ、ごほっ、げほっ―――」
「アリシア!」
「お姉ちゃん!」
「お母さん・・・・・私のお願い・・・・・聞いてくれる?」
「何かしら?言って頂戴?」
「私が・・・・・死んでも悲しまないで・・・・・お母さんが悲しんだら・・・・・きっとフェイトも悲しむから・・・・・」
「そんな事言わないで頂戴!もう私を一人にしないで!」
プレシアは悲痛の叫び、しかし、いくら叫んでも、アリシアの死は免れなかった。
そんなプレシアに、アリシアはそっと、頬に触れた。
「お母さんは一人じゃないよ・・・・・フェイトがいるもの・・・・・だから・・・・・大丈夫・・・・・」
アリシアは、フェイトの方を見た。
自分と同じ顔をした妹に、姉として、最初で最後のお願いをする為に―――。
「フェイト・・・・・お母さんの事・・・・・お願いね・・・・・お母さん・・・・・凄い寂しがり屋だから・・・・・」
「うん・・・・・わかった。約束する。お母さんは私が守る!」
その言葉を聞いたアリシアは、とても安心した表情で笑った。
自分がいなくなっても、お母さんは寂しく無い。そう思えるような笑顔であった。
「最後に・・・・・お母さんに伝えたい事が・・・・・あるんだ・・・・・」
「・・・・・」
「私・・・・・お母さんの子供で・・・・・幸せだったよ・・・・・・・・・・・・・・・」
「アリシア?」
こうして、アリシアの肉体は完全に停止した。
「・・・・・ん?これは・・・・・」
レイヴンは目を覚ました。そこは、プレシアと入った手術室であったが、プレシアとアリシアの姿は無く、代わりにリニスが近くに立っていた。
「目が覚めましたか?」
「一体どうなった?失敗したのか?」
「・・・・・一応、成功はしたんですが・・・・・」
リニスは、事の顛末をレイヴンに話した。
「そうか・・・・・やはり肉体が耐えられなかったか・・・・・プレシアとフェイトは?」
「プレシアは今、部屋に閉じこもっています。フェイトはフェイトで、少し混乱しているようで、一応、部屋に休ませています」
「そうか・・・・・大体の事情は飲み込めたな」
そう言うと、レイヴンは上着を着て、部屋を出ようとした。
「何処に行くんですか?」
「プレシアと話す」
「ですが・・・・・」
「このまま放っておく訳にはいかないだろう。一応、俺にも責任はある」
そう言ってレイヴンは、部屋を出て、プレシアの元に向かった。
プレシアは部屋の椅子に座っていた。
しかし、その目には生気が無く、まるで屍のような感じであった。
するとそこに、レイヴンがやって来た。
「少し見ない間に、随分やつれたな」
「・・・・・貴方か、私に何の用?」
「これからどうする?また別の方法でも探すのか?」
その問いに、プレシアは黙ってしまった。
確かに、アリシアの蘇生は成功した。しかし、結果的には彼女を苦しめてしまった。例え別の方法があったとしても、同じように苦しめてしまう可能性があると思ってしまう。
「・・・・・わからないわ・・・・・アリシアを蘇らせるる事が、本当に正しい事なのか・・・・・今の私にはわからないわ・・・・・」
「そうか・・・・・もし、何もする事が無いなら、残りの時間をフェイトに使ってくれないか?」
「・・・・・何ですって?」
「もう、フェイトを拒み理由なんて無い筈だ。だったら、娘として見ても・・・・・」
「あの子は私の娘じゃないわ。アリシアの代用品にして失敗作―――」
「嘘をつくな、本当はそう思っていない筈だ」
「何を根拠に・・・・・」
「自覚が無いのなら指摘してやる。まず一つ、リニスの存在だ。リニスとの契約は、フェイトを一人前の魔導師に育て上げる事―――。違うか?」
「ええ、その通りよ。それがどうしたの?」
「なら何故、意思や自立行動を封じなかった?あれほどの使い魔を作れるのなら、決して難しい事じゃない筈だ。ただ育てるだけなら、その方が別の意味で効率がいいからな」
「そ、それは・・・・・」
「まだ、気づかないのなら言ってやる―――お前はフェイトを娘として愛したかったんだ」
「!?」
レイヴンの言葉で、プレシアは大きく動揺した。
「しかし、アリシアを死なせてしまった自責がそれを邪魔していた。それが、フェイトを避けていた理由じゃないのか?」
「そ、そんな事・・・・・」
「本当に無いと言えるのか?もう一度、よく考えてみろ、自分が本当に求めていた物は何かを。そして、フェイトを避けていた理由を―――」
プレシアは考えた。自分が求めていた物を。そして、フェイトを拒絶していた事を。
そして、一つの答えを導き出す。
(ああ・・・・・そうか、私はただ、アリシアに謝りたかったのね・・・・・)
事故の時、彼女を助けられなかった事。仕事が忙しくて、あまり構ってやれなかった事。そして、約束を守れなかった事を、プレシアは謝りたかった。
(フェイトを避けていたのは、単純に怖かっただけだった・・・・・)
フェイトに愛情を注いでしまったら、アリシアを捨てるような感じがして怖かった。それ故、屋敷でも顔を合わせないようにした。
(でも・・・・・心の何処かで、フェイトを愛したかったのね・・・・・)
恐らく、リニスを自立行動や意思を封じなかったのは、自分の代わりにフェイトに愛情を注いで欲しいと願ったのだと、プレシアはようやく自覚した。
(・・・・・私って、本当にダメな母親ね・・・・・)
プレシアは涙を流した。
一粒、二粒、彼女の膝に後悔の涙が落ちていった
「・・・・・答えが出たみたいだな」
「ええ・・・・・でも、もう遅いわ・・・・・あの子はきっと、私を恨んでいるわ・・・・・」
「そうかもな・・・・・しかし、これからどうするかは、お前次第だ」
そう言って、レイヴンは部屋を出て行った。
涙を流し尽くしたプレシアは、部屋から出ようとはしなかった。いや、フェイトと出会うのが怖くて、一歩も出れなかったのが正しいのだろう。
レイヴンが出ていった後、しばらして一人の少女がやって来た。フェイトである。
「母さん、話があるんだ」
プレシアは覚悟を決め、座ったまま振り返り、フェイトを見据えた。
「・・・・・何かしら?」
「レイヴンから話は聞いたよ。お姉ちゃんの事や私の事を・・・・・私は、お姉ちゃんのクローンなんだよね?」
「・・・・・ええ、そうよ。アリシアの細胞から貴女を作り、アリシアの記憶の一部を貴女に転写したのよ」
「―――っ!」
フェイトは少し動揺したが、思った以上に落ち着いていた。
恐らく、事前にレイヴンから聞いていたおかげだろう。
「それで?貴女は私をどうしたいのかしら?私の事を恨んでいるんでしょう?」
プレシアは、このままフェイトに殺されてもいいと思った。それだけの仕打ちを彼女にしたのだから、しかし―――。
「ううん、恨んでいないよ。だって、母さんだって辛かったんだよね?」
「フェイト?・・・・・」
「確かに、私はアリシア・・・・・お姉ちゃんの代わりにはなれない。けど、私はお母さんの娘だよ」
「―――っ」
プレシアは言葉を失った。
あれほどの仕打ちをしてなお、この子は自分の娘と言ってくれたのだから。
「だからね、母さん。もう自分を責めないで、きっと、やり直せるから―――」
「・・・・・あ、貴女はそれで良いの?私は、貴女を避けて、あまつさえ捨てようとしていたのに・・・・・」
「それでも、私は母さんの事、大好きだから―――」
「―――っ!フェイト!!」
プレシアは、思わずフェイトを抱き締めた。
あれほど、避けていた少女に初めて触れたのである。
それはまるで、今まで注げなかった分の愛情を、注ぐようであった。
一方、部屋の外では、フェイトとプレシアのやり取りを見ていた二人がいた。
「貴方は、こうなる事を知っていたから、コアを提供したのですか?」
「いや、アリシアが適合出来るかどうかわからんし、適合したらしたで、プレシアはフェイトを捨てる可能性もあったからな」
「では何故?あんな無茶な事を・・・・・」
「説得するにしても、先ずはプレシアを正気に戻す必要があった。しかも、それが出来る人間は、話を聞く限りアリシアしかいないと踏んだ。なら、自分のコアを使って、アリシアを蘇らせれば、少しは話を聞く余裕も出るんじゃないかと―――」
「私が聞いているのはそんな事じゃありません!もし、アリシアの肉体がコアに完全適合していたら、貴方、死んだままだったんですよ!?」
リニスは少し怒りながら、レイヴンに問い詰めた。
しかし、レイヴンは話をはぐらかそうと、別の話をした。
「そう言えば、どうしてコアを戻してくれたんだ?その辺を聞いていなかったな」
「それは、プレシアはいらないと言ったので、私の判断で戻したんです」
「そうか・・・・・」
「それで、コアを提供しようしと思った理由は?」
「・・・・・あいつに似ていたからだ」
「え?それはどういう・・・・・」
「それより、親子の仲を取り持ったんだから、報酬は貰うぞ」
「ちょっと!話をそらさ・・・・・報酬?」
「ああ、お前が依頼したんだろう?一応、達成された筈だが?」
「え、ええっと・・・・・ちょ、ちょっと待って下さい」
リニスは、考えていなかった報酬をどうしょうか、うんうんと考え、レイヴンはそれをじっと見ていた。