フェイトの誕生日から数ヵ月後、プレシアは体調を崩し、殆ど寝たきりの生活になっていた。
リニスは、プレシアの介護に付きっきりになり、フェイトの指導をレイヴンに任せるようになった。
そんな日々が過ぎたある日、フェイトはアルフと一緒に散歩をしていた。
「・・・・・どうして、病気の事を私に話してくれなかったんだろう・・・・・」
「それは・・・・・フェイトに心配かけたくなかったんだよきっと――」
「わかってるよアルフ・・・・・でも・・・・・」
プレシアの病気を知ってからフェイトは、プレシアの前でしか笑わなくなった。
例え作り笑いでも、母を少しでも安心させようと、彼女なりの気遣いであった。
(何か、母さんの為に何か出来ないかな・・・・・)
病気の母親に何かしてやれる事、フェイトは必死に考えた。
すると、一人の老人が声を掛けてきた。
「すまないが、プレシア・テスタロッサの屋敷を知らないかね?」
「え!?」
フェイトは驚いて声を上げた。
母を訪ねて来た人は今までいなかったからである。
フェイトは少し警戒しながら―――。
「母に何の用ですか?」
「私はアルバート・レスター。君の母親の研究仲間だ」
「研究仲間?・・・・・」
「そう、一緒に研究をした中だった・・・・・」
老人はそう言ったが、フェイト達の警戒心を強めただけであった。
「一体何の用件ですか?」
「一言で言えば、彼女が欲しがっていた物の事についてだ。それ以上は口止めされている」
そう言って、老人はそれ以上何も話さなかった。
フェイトとアルフは、老人に聞こえないように話し合った。
「どうするよフェイト?こいつ、胡散臭すぎだよ?」
「でも・・・・・母さんの知り合いみたいだし・・・・・それに、母さんが欲しがっている物ってのも気になる」
二人はしばらく話し合い、老人を案内する事にした。
プレシアの部屋、そこにはベットに寝ているプレシアと、それを介護しているリニス。そして、プレシアに呼び出されたレイヴンがいた。
「――で?話っていうのは?」
「フェイトの事よ・・・・・私はもう長くはないわ。それで、私が死んだ後、あの子を引き取って貰いたいの・・・・・」
「何で俺なんだ?親戚やお前の親とかは?」
「残念だけど、いないわ。恥ずかしい話だけど、頼れる人は貴方しかいないの・・・・・」
そう言って、リニスはある紙をレイヴンに渡した。
「これは、プレシアの遺産を貴方に渡す書類です。ここに、貴方のサインを書けば受理されます」
「そうか――ふん!」
レイヴンはその紙を破いた。
それを見た二人は、思わず声を上げた。
「レイヴン!?」
「何を――!?」
「遺産は全てフェイトの為に残しておけ。後、俺はフェイトを引き取るつもりは無い」
フェイトを引き取るつもりは無い、その言葉にリニスは激怒した。
「貴方は、フェイトを見捨てるつもりですか!?」
「話を最後まで聞け、フェイトはまだ未来がある。それなのに、ミグラントの人間に預けてしまえば、アイツの道はかなり狭まる。それで良いのか?フェイトには良い未来を築いて欲しく無いのか?」
「それはそうですけど・・・・・」
「引き取り先は俺に任せてくれ、こういう事に関して、頼れる奴等がいる」
「誰なんですか?」
「クライド・ハラオウンとリンディ・ハーヴェイ・・・・・いや、結婚したからリンディ・ハラオウンだったな、アイツなら信頼出来る」
レイヴンの話によると、その昔、ミグラントの仕事の時に知り合ったらしい。
二人とも信用出来る人物との事。
「貴方って、見かけによらず、顔が広いのね・・・・・」
「まぁ、ミグラントをしていて、尚且つ長生きしていれば、嫌でも広くなる。まぁ、最後に会ったのは十年以上前だがな」
「大丈夫なんですか?・・・・・」
「まぁ、何とかするつもりだ」
今後について話していると、ドアがノックされ、フェイトが入って来た。
「母さん、母さんにお客様」
プレシアは首を捻った。今の自分には友人、知人と言える人間はいないはず。いたとしても、この場所の事は誰にも言っていないのだから―――。
(一体誰かしら?)
「アルバートって言うひとなんだけど・・・・・」
「アルバートですって!?」
プレシアは大声で叫んだ。
その表情を見て、誰もがただ事では無いと感じた。
「・・・・・それでフェイト、その人は今何処に?」
「えっと・・・・・今、応接室に案内したから・・・・・」
「分かったわ・・・・・リニス、手を貸してくれないかしら?」
「は、はい!」
プレシアは、リニスの手を借りて起き上がった。
「フェイト、貴女は部屋にいなさい。良いわね?」
「う、うん・・・・・」
フェイトはプレシアの言う通り、自分の部屋に戻って行った。
フェイトがいなくなるのを確認すると、レイヴンは口を開く。
「アルバートという人間と、どういう関係だ?」
プレシアは、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「・・・・・彼とは昔、プロジェクトFを一緒に研究した時期があったの―――」
「「!?」」
「昔、アリシアを失った悲しみに浸っていると、ある老人が訪ねて来たの。それがアルバートよ。アルバートは私に、ある計画を持ち込んで来た。それがプロジェクトF・・・・・」
「つまり、そいつと一緒にフェイトを産み出したのか・・・・・」
「そうね・・・・・そういう事になるわね・・・・・」
プレシアは複雑そうに答えた。
プロジェクトFの観点を見れば、フェイトの父親みたいなものだからである。
「しかし、その男は一体何の用で来たんだ?」
「実は、彼とは昨年までは、連絡を取り合っていたの・・・・・」
レイヴンとリニスは、プレシアの言葉に驚いた。
彼女が言うには、アリシア蘇生の研究をしていた頃に連絡し合ったが、研究を辞めたの同時に連絡を取り合わなくなった。
「ますます分かりません。そんな人が、何故今になって?」
「それは分からないわ。会ってみないと―――」
そう言って、プレシアはリニスに支えながら、応接室に向かおうとした。
「俺も同行しよう。話を聞く限り、かなり胡散臭い奴みたいだからな」
「ありがとうレイヴン。貴方が側にいると心強いわ」
「頼りにしていますよ」
こうして三人は、アルバートが待つ応接室に向かったのだった。
応接室に入ると、そこには一人の老人が座っていた。
一見、ただの老人にしか見えないが、レイヴンはただならぬ気配を感じた。
(何だコイツは・・・・・人間か?)
ミグラントの勘が言っている。この老人は危険だと―――。リニスも、似たようなものを感じとったのか、警戒をしていた。
「久し振りね、アルバート」
「久し振りだな、プレシア。相変わらず、顔色が悪そうだが?」
「余計なお世話よ――それで?一体何の用かしら?」
プレシアはソファーに座ると、早速本題に入ろうとした。
「そうだな。早速本題だが・・・・・ジュエルシードが発見された」
「あれが見つかったの!?」
ジュエルシードという言葉に、プレシアは大きく反応した。
「プレシア、ジュエルシードという物は?」
「・・・・・昔、私が探していたロストロギアよ」
ジュエルシード、それは対象の願いを叶えるもので、全部で二十一個あるらしい。
「発見されたのは良いが、事故で、第九十七管理外世界の極東の地に散らばったらしい・・・・・私が言いたい事は分かるか?」
老人はニヤリと笑いながら、プレシアに問いかけた。
「・・・・・つまり、管理局が介入する前に、ジュエルシードを横取りするって訳ね」
「その通りだ。報酬はジュエルシードの山分けと行こうじゃないか――」
アルバートが持ちかけた話は、ジュエルシードを違法的に手にいれる事である。
それを聞いたリニスは―――。
「それでは犯罪じゃないですか!いけませんプレシア!こんな話、乗る必要はありません!」
「使い魔風情は黙っておれ、私はプレシアに聞いているのだ」
「っ!」
老人の圧倒的な威圧感に、リニスは黙ってしまった。
「さあ、どうするプレシア?お前にとって、悪い話では無い筈だが?」
アルバートは、プレシアの答えを待った。
しかし、彼女の出した答えは、アルバートの予想とは違っていた。
「悪いけど、その話には乗らないわ」
「何?・・・・・」
「聞こえなかったのなら、もう一度言うわ。今の私には、ジュエルシード何ていらない」
その言葉に、アルバートは驚愕し、リニスはホッと一安心した。
「・・・・・意外だな、あれほどアルハザートを求めていたお前が、そんな事を言うとは・・・・・」
「もう、昔の私じゃないわ。話はそれだけ?」
「・・・・・なら、別の方向で持ち込むだけだ」
「言った筈よ、話には乗ら―――」
「ジュエルシードで、お前の病を治せるとしたらどうだ?」
その言葉に、プレシアおろか、リニス、レイヴンが反応した。
「それは一体どういう―――」
「ジュエルシードは、対象の願いを叶える性質がある。ならば、それを使い、プレシアの病を治せるかもしれん」
アルバートの言葉に、リニスの心は揺れた。
もし、ジュエルシードを手に入れれば、プレシアの肺結腫を治せるかも知れない。
しかし、それを手に入れようとすれば、管理局が黙っている訳がない。失敗すれば、次元犯罪者の仲間入りになる。
そんな事を考えていたが、プレシアの答えは決まっていた。
「・・・・・例え、どんな提案でも、私は、もう過ちを犯すつもりは無いわ。出ていって頂戴」
それが、プレシアの答えだった。
例え、助かる方法だとしても、彼女は二度と道を踏み外さないと誓ったのだ。
それはフェイトと、自分に仕えて来てくれたリニス為だと、プレシアは考えていた。
「・・・・・説得は無駄なようだな。分かった、一先ず退散しよう。その前にフェイトの事だが、お前が死んで、引き取り手がいないようなら私が―――」
それを言うのと同時に、レイヴンはホワイトグリントを起動し、引き金を引いた。
魔力弾は、アルバートの頬を掠めたが、彼は動じなかった。
「話は終った筈だ。さっさと失せろ」
「やれやれ、礼儀がなっていない若僧だな。さっさと消えた方が良いようだ」
そう言って、アルバート立ち上がった。
「リニス、お見送りを――」
「見送りは結構、屋敷の構造は把握している。一人で出れる」
アルバートは一人、応接室を出ていった。
しかし三人は、言い様の無い不安を感じた。
彼が、簡単に引き下がら無いだろうと―――。
フェイトとアルフは部屋で、先程の老人の事について話していた。
「何か、不気味な奴だったね。人間じゃないじゃない?」
「アルフ、初対面の人に対して失礼だよ」
「違うって!何かこう・・・・・人間の匂いがしないんだよねアイツ――」
アルフがいつものように、ふざけているのだと思い。注意をするのだが、どうやらアルフは、確信をもって言ったらしい。
「人間の匂いがしない?・・・・・」
「うん――何か、色々混じっているみたいな匂いがするんだ。あのアルバートって奴から―――」
「混じってるって・・・・・何が?」
「それが分からないんだよ・・・・・あんまり関わらない方が良いよ」
「うん・・・・・母さん達、大丈夫かな?」
プレシアの心配をしていると、一羽の鳥が、窓を割って入って来た。
「キャア!!」
「フェイト!?このぉ!」
アルフは、入って来た鳥目掛けて拳を振るうが、鳥は軽々とかわし、勉強机の上に立った。そして――。
《フェイト・テスタロッサ。プレシアの病の治療法について話がある。指定した場所に来られたし。なお、この事は口外しないように》
そう言って、鳥は羽を残して消え、立っていた場所には一枚の紙が置いてあった。
「この場所に来いって事だよね」
「フェイト・・・・・正直行って行かない方が良いよ。あからさま怪しいって―――」
「うん・・・・・だけど、さっきの鳥の言葉、無視出来ない内容だよ」
プレシアの病の事は、テスタロッサ邸の人間しか知らない筈だが、先程の鳥は、その事を知っていた。さらに―――。
(鳥の言葉が本当なら、母さんを助けられるかも知れない―――)
母を助けたい。その気持ちが、フェイトを動かした。
「私、行って確かめてみる!」
「ちょっと待ってよフェイト!明らかにおかしいって、ここはレイヴンに―――」
「口外するなって、言っていたから、もし話したら、その人と会えなくなるかも知れない。そうなれば、事の真偽が分からなくなる」
フェイトは既に、行く決意を固めていた。
「分かった。あたしも行く」
「え? でも、伝言には・・・・・」
「口外するなってなだけで、一人で来いとは言っていない。嫌でも付いていく行くよ」
アルフの言葉に、フェイトは少し安堵した。
流石に、一人で行くのは心細かったのだ。
「うん、分かった。一緒に来てくれる?」
「ああ!あたしはフェイトの使い魔だよ! どんな奴からだって、フェイトを守ってみせるさ!」
「ふふ、頼りにしてるよ。アルフ」
こうして二人は、プレシア達に気づかれないように、指定された場所に向かうのであった。
指定された場所についた二人は周囲を見回す。
するとそこには、アルバート・レスターがいた。
「よく来たな。フェイト・テスタロッサ」
「貴方が・・・・・私を呼んだんですか?」
フェイトの問いに、アルバートは静かに頷いた。
「ああそうだ。プレシアの病の治す方法について、私が知る限りの事を話そう」
「もしデマだったら、その顔面に拳を打ち込むよ!」
「せっかちな使い魔だな。先ずは、話を聞いてもらおう」
アルバートはジュエルシードの事を、フェイト達に話した。
「それがあれば・・・・・母さんを助ける事が・・・・・」
「可能性はあるだろう」
その言葉に、二人の表情が明るくなった。
僅かでも、プレシアを救う手立てを見つけたのだから。しかし―――。
「喜ぶのはまだ早い、ロストロギア法を知っているだろう?」
「・・・・・ロストロギアまたはそれに関する技術の使用には、管理局に申請をし、使用許可が降りない限り、使用してはなら無い・・・・・ですよね?」
ロストロギアには、数多の種類がある。
生活用に作られた物や、研究用、兵器用、動力用、用途不明などがある。
これらの無断使用は時として、次元震を引き起こす可能性がある為、管理局はロストロギアの使用を規制しているのだ。
「そうだ。しかも、私が知る限り、ジュエルシードはかなりの力を秘めている。下手をすれば、危険指定に入るかもしれん」
「危険指定・・・・・」
ロストロギアの中でも、最も危険な物と判断された物は危険指定にされ、封印または破壊を最優先とされている。
もちろん、使用などもっての他である。
「もしそうなったら、ジュエルシードを手に入れる事は叶わん。さて、どうするか・・・・・」
「どうするですか?・・・・・」
アルバートはニヤリと笑いながら答えた。
「簡単な話だ。管理局が動く前に手にしてしまえばいい。幸い、管理局はまだ所在を掴めていない状態だ」
「それって犯罪じゃ―――!」
「その通り。たがどうする? このままだと、プレシアの命は無いと思うが?」
アルバートの言う通りだった。プレシアの命はどう考えても長くは無い。
フェイトにとって、これが母を助ける最後のチャンスだったのかも知れない。
「・・・・・一つ、質問をいいですか?」
「答えられる範囲なら」
「貴方の目的はなんですか?」
アルバートは、フェイトの問いに簡潔に答えた。
「もちろん、君と同じジュエルシードだよ」
日が沈み夜になり、リニスは、いつものようにフェイトとアルフを呼びに部屋に向かった。
「フェイト、アルフ。夕食ですよ」
扉をノックして呼んだが、返事は無い。
いつもなら、呼んだらすぐに返事が返ってくるのだが。
リニスは怪訝そうに、扉を開いた。
「フェイト、アルフ。いるなら返事を―――」
リニスの言葉は続かなかった。
部屋にいるはずの二人がいなかったからである。
(もしかして、魔法の練習に・・・・・いえ、もしそうなら、私に一言、声を掛けるはず・・・・・)
リニスは、辺りを見回した。
窓ガラスが割られているのと、鳥の羽が落ちている以外は不審な点が見られず。
争った形跡は無いことから、拉致された訳でも無い。
二人は、忽然と姿を消したのだ。
「? これは・・・・・」
リニスは、机の上に手紙が置いてあるのを発見した。
それを手にし、読んでみる。
「!? 二人に知らせないと!」
リニスは手紙を持って、部屋を駆け出した。
“母さん達へ
これを読んでいる頃には、私は屋敷を出ているでしょう。
身勝手な私を、どうか許して下さい。
出ていった理由は、母さんの病気を治す方法を聞いたからです。
ジュエルシード、対象の願いを叶えるロストロギア。それがあれば、母さんの病を治せるかも知れません。
もちろん、申請無しの使用は、法を犯す事だとは充分承知の上です。
それでも、私は母さんに生きて欲しいと思い。行動に移しました。
私は親不孝者です。お叱りは、帰ってから受けるつもりです。
それまで、どうかお元気で。
フェイトより”
二人は、フェイトの手紙を読んで愕然とした。
「そんな・・・・・どうして!? ジュエルシードの事は話していないのに・・・・・」
「あのジジイ・・・・・フェイトに吹き込みやがったな!」
ジュエルシードに関して知っているのは、三人を除いてアルバートのみである
彼がフェイトに、ジュエルシードの事を吹き込んだ事は明白であった。
「でも・・・・・どうしてフェイトを?」
「分からん。しかし、これはかなり不味いぞ」
このままいけば、フェイトは犯罪者になってしまう可能性が出てきた。
しかも、アルバートが何かを企んでいる以上、フェイトに危険が及ぶかも知れない。
「早く、連れ戻さないと――ゴホッ、ゴホッ」
「プレシア! 大丈夫ですか!?」
プレシアはリニスに支えられながら、椅子に座った。
「体調が万全だったなら・・・・・」
「無理しないで下さい。今の貴女は、魔法の使用すら死活問題なんですから」
「そうだ。ここは俺に任せろ。管理局が動く前に、家出娘達を連れ戻してくる」
「・・・・・そうね。あの子達をお願いね。レイヴン」
「お気をつけて・・・・・」
「ああ、任せてくれ」
レイヴンはテスタロッサ邸を後にし、フェイト達の後を追って、地球に向かうのであった。