それから数年後の六月、アーチャー達は何事もなく過ごしていた。
人柄が良いアーチャーは、直ぐに近所と親しくなった。
それどころか、町内の有名人になっている。
ある子供は、迷子の猫を探しだしてもらい。ある老婆は、荷物を家まで持ってもらい。ある女性は、悪漢から助けてもらい。ある男性は、掻っ払いから荷物を取り返してもらったりと、アーチャーは片っ端から人助けをしていたのだ。その結果―――。
「おはようアーチャーさん」
「おや、今日は何処に行くんだいアーチャー」
「おじさん! おはよう!」
「アーチャーさん、おはようございます。もし良ければこれから・・・・・・・・・・」
―――と、このように町内で、アーチャーの事を知らない者はいない程になった。
それでもアーチャーは、優人の捜索を続けていた。
繋がりは感じてはいるのだが、その繋がりはとても弱く、肝心な場所の特定までは出来なかった。
その上、アーチャーが探しているのは十六から十七の少年なので、まさか彼がが小学生をやっているなんて夢にも思っていなかった。
そのせいで、アーチャーは優人を見つけ出せずに数年が経ってしまった。
今日も、とある探偵事務所を訪ねていた。
「取り合えず、今月の収穫はこれだけです」
そう言って探偵は、数枚の写真を見せる。
全て男性で、十六から二十歳の学生や大学生の写真が写っていた。
それを見たアーチャーは、首を横に振った。
「残念ながら、どれもハズレだ」
「そうですか・・・・・アーチャーさん、何か手掛かりは無いんですか? 流石に名前と年齢だけじゃあ、これ以上は無理ですよ。せめて写真だけでも・・・・・・・・・・」
「うっ、すまない。写真はあったのだが・・・・・今は無い」
アーチャーは過去に一度だけ、優人と一緒に写真を撮っていたのだが、それはムーセル内にあるマイルームに置いていた為、回収は不可能になっている。
「すみませんが、これ以上の捜索は無理です」
「そうか・・・・・すまないな、何年も無理を言って、これが依頼料だ」
そう言って、探偵に依頼料を渡すと、アーチャーは探偵事務所を出た。
アーチャーはタメ息をついた。。
(やはり、自分の力で探すしかないか・・・・・)
戸籍が無いアーチャーでは、捜索願いが使えないうえに、先程のやり取りのように写真も無い。
頼りのパスだって不安定のうえ、あまり家を開ける事も出来ない。
優人を探し出せるのはいつの日になるやらと、再びタメ息をついた。
(むっ、いかんいかん。今日ははやての誕生日なのだから、こんな顔を見せる訳にはいかん)
今日は、はやての誕生日である。今年で九歳になるのであった。
(とりあえず、買い物をして帰ろう。プレゼントは何がいいか・・・・・)
そんな事を考えながら、アーチャーはデパートに向かった。
アーチャーが帰って来ると、はやては手紙を読んでいた。どうやら件の親戚からの手紙らしい。
「ただいま」
「あ、お帰りアーチャー」
「それは例の?」
「うん、レスターおじさんからや。手紙と一緒にプレゼントも一緒に来たんや」
そう言って一冊の、鎖に巻かれた本をアーチャーに見せた。
それを見たアーチャーの表情は、真剣な物になった。
(僅かながら魔力を感じる・・・・・・・・・・)
「アーチャー? どうしたん?」
「いや、何でもない。この本は?」
「うん、何でも元々家にあったもんらしいんや。そんで、九歳の誕生日に渡して欲しいんと、私の両親に言われたらしいんよ」
「それは本当か?」
「う、うん・・・・・そう手紙に書いとった」
アーチャーは考えた。
この数年間、レスターという人物はどうにも信用出来なかった。
はやてのやり取りは手紙のみで、一度も顔を見せてはいない。その上、財政管理はかなり杜撰で、アーチャーが居なければ十歳の頃には、財政は破綻していただろう。
しかし、家族を大事にしたいはやてには、レスターの悪意を感じてはおらず。また、幼い彼女に真実を告げるのは酷だと、アーチャーも黙っていた。
「そうか・・・・・所で何の本なんだ?」
「う〜〜ん・・・・・手紙には何も書いとらへん」
本に関する手かがりは無し、アーチャーはますます不審になった。
(こういう手合いの物は、捨てるに限るな)
頃合いを見て捨てる事にしたアーチャーは、早速誕生日会の準備に取り掛かるのだった。
誕生日会をすました二人はいつも通り就寝するのだが、この日は違っていた。
「あんなアーチャー、お願いがあるんやけど・・・・・」
「ん? 珍しいな、はやてがお願いするなんて。それでお願いとは?」
「うん・・・・・本を読んでくれへん?」
「別に構わんが、どんな本だ?」
「これなんやけど・・・・・」
はやてが持っていたのは指輪物語であった。
それを見たアーチャーは―――。
(子供が読む物では無いだろう・・・・・)
―――と、内心思ったが、本好きなはやてならではのチョイスだと、納得もしていた。
「・・・・・駄目なん?」
はやては少し不安そうに聞いて来た。
どうやら黙っていた事が、拒否と受け取ってしまったらしい。
「いや、私は別にいいのだが、その本でいいのか?」
「うん!」
よほど嬉しかったのか、はやては笑顔満面で答えた。
「了解した。それでは部屋に行くとしよう」
アーチャーは、はやての車椅子を押しながら、はやての部屋に向かった。
深夜十一時五十五分。はやては眠りについたのを確認すると、アーチャーは本を閉じた。
ふと、窓の外を見ると、そこには満月が浮かんでいた。
アーチャーはそれを懐かしむようにじっと見ていた。
(ジイさんと最後に見た月も、こんな満月だったな・・・・・)
かつて父の代わりに正義の味方になると誓うと決めたから、彼は彼なりに頑張った。しかし、理想は彼を裏切った。
当初は自分を酷く憎んだ。殺したい程だった・・・・・優人と出会うまでは―――。
(・・・・・優人も、この月を何処かで見ているだろうか?)
今行方知れずのマスターの事を思うアーチャー。
今まで色んな物を切り捨てた彼だったが、優人だけは切り捨てたくないと思えた。
その理由は今も分からないが、彼のおかげで、忘れかけて気持ちを思い出せた。諦めていた夢をもう一度抱く事が出来た。
(だから、今度は俺が優人に返す番だ)
かつて自分が捨てた物を拾ってくれたように、今度は優人が望んだ日常を贈ろう。アーチャーは密かに抱いていた。
(さて、俺も寝るとしよう)
アーチャーは自室に戻ろうとした時、十二時丁度になった。
(!? 何だ一体!?)
突然目の前に現れた一冊の本、それはレスターから送られた鎖に巻かれた本であった。
本から異様な光と膨大な魔力を放っていた。
(何か不味い! 逃げなくては!)
「はやて! 起きろ!」
「ん〜〜何やアーチャー・・・・・」
「逃げるぞ!」
「え? キャア!?」
アーチャーは、はやてを抱きかかえると、窓をぶち破って外へと逃げたのであった。
外に逃げたアーチャーは、家の屋根から屋根へと飛び移っていた。
「ど、どないしたん?」
はやては未だに状況を飲み込めていなかった。
アーチャーは、移動しながら答えた。
「あの本から異様な魔力を感じた。あれがどういう物なのかは知らんが、あの場に留まるのは危険だと判断したまでだ」
そう言って、公園に降り立つ。深夜なので、周囲には人影はいなかった。
「魔力? そんなファンタジーじゃないやから、アーチャー寝ぼけてんちゃう?」
はやてに寝ぼけていると一蹴されてしまったが、魔術を携えているアーチャーにとって、あの本が危険な物だと直感していた。
(こんな事なら、さっさと棄ててしまえばよかった)
そう思った矢先、目の前にあの本が現れた。
先程見た時は鎖が巻かれてあったが、今は存在していなかった。
「うわ!? ビックリしたわ!」
「くっ!」
アーチャーは左手ではやてを抱え、右手に干将を投影した。
突然現れた剣に、はやては驚いていたが、アーチャーは気にも止めなかった。
(この状態で戦えるのだろうか―――)
アーチャーの本来の戦闘スタイルは二刀流。しかし、片手は塞がっている上に、能力は大幅に下がっている状態なのだ。
それでも、アーチャーは引くわけにはいかなかった。
そして、本が一層光輝くと、二人の女性と小柄な少女と獣耳と尻尾が着いている男性が現れた。
「闇の書の起動を確認しました」
「我ら、闇の書の蒐収を行い、主を守る守護騎士でございます」
「主に集いし雲―――」
「ヴォルケンリッター、何なりとご命令を―――」
四人は、はやての前に跪ついた。
これが、雲の騎士―――ヴォルケンリッターとの出会いであった。