彼との出会いは、彼女と出会った時の用な衝撃はなかったが、消えるまで決して忘れないだろう。
私が呼び出された聖杯戦争は、冬木の聖杯戦争では無く、月にあるムーンセルの聖杯戦争であった。
当初の私は興味はなく、誰とも契約せず消えようと思っていた。
あの声を聞くまでは―――。
『まだ俺は、自分の意思で戦ってはいないんだ――』
そう言った声の主はもがいていた。死を受け入れれば楽になると言うのに、彼は必死に生にしがみついていた。
そのみっともない姿は、何処か尊く思えてしまった。
私は彼と、衛宮優人と契約するのだった。
その後、彼と話して分かった事があった。彼は最弱の魔術師であったのだ。
技量は自分が半人前だった時より酷いのだから、頭が痛くなった。
しかも、聖杯戦争を知らないと言うのだ。
今回の聖杯戦争は、マスターにとって最良の相性または縁がある英霊が選ばれるのだが、彼とは共通点が多かった。
衛宮という姓、聖杯戦争を知らずに参加してしまった事、間桐慎二と柳洞一成と仮初めとはいえ友人だということ。
数えればキリが無いほど共通点が多かった。
ともかく、私達の聖杯戦争はこうして始まった。
一回戦、ライダー率いるマトウシンジとの戦い。
初戦は惨敗したが、間桐慎二が油断と慢心したおかげで、情報が容易に集まり完全勝利を収めた。
しかし、敗者は死という残酷な現実を突きつけられた。
彼は迷っていた。
戦う理由が無い自分が、聖杯戦争を勝ち抜いていいのかと。
二回戦目は、私と同じアーチャーとの戦い。
しかし、アーチャーというより、アサシンのような事をする奴で、彼を暗殺しようとした。
奴が放った矢を防いだが、二つ矢に気がつけず彼は毒矢を受けてしまった。
何とか一命を取り止め、保健室で治療を受けている時、相手のマスター、ダン・ブラックモアが謝罪と令呪を使い、アーチャーの行動を抑制した。
その後彼とは、教会である事を話した。
『結末は全て、過程の産物に過ぎん。後悔は轍に咲く花のようだ。歩いた軌道に、さまざまと、しなびた実を結ばせる』
彼のいう通りだ。結果だけ拘った私には後悔と憎しみしか無いのだから―――。
二回戦を勝ち抜いた私達の次の相手は、何と年端のいかない少女だった。
当初は、少女が率いている怪物がサーヴァントと思っていたが、ある人形使いの魔術師のアドバイスで、片割れの少女がサーヴァント、キャスターと判明した。
トオサカリンと交渉し、マカライトを入手。
その後ラニにマカライトを渡し、ヴォーパルの剣を錬成して貰った。
その剣を持って、怪物ジャッバウォックを見事に倒し、キャスターを下した。
彼は再び苦悩した。いくら死人とはいえ、幼い少女を手を下したのだから・・・・・。
しかし、彼はレオやトオサカリンのやり取りを見て、再び立ち上がった。
『戦う理由が無いなら、自分で見つけよう!』
その目は既に巻き込まれた人間の目ではなく、手探りでも進もうとしている目であった。
次の一週間は休みとなった。
どうやらユリウスという暗殺者が、他マスターを殺しまくったせいで、対戦相手がいない事らしい。その為の人数調整中との事。
そんなある日、ユリウスが視聴覚室で何かをしているのを発見する。
私達は視聴覚室を調べると、トオサカリンとラニの戦いの様子を見る事が出来た。
トオサカリンのサーヴァントを見て驚いた。何とあのクーフーリンだったのだ。
セイバーの次に忘れられないサーヴァントである。そんな彼が、トオサカリンのサーヴァントなのは、少し複雑だった。
一方ラニのサーヴァントは、中国武将のような姿をしており、その巨体は、イリヤのバーサーカーを連想させた。
戦いはトオサカリンの優勢だったが、ラニは最後の手段の自爆を試みたのだった。
強敵の二人が脱落するのはありがたい事なのだが、トオサカリンの姿を見ると、遠坂の事を思い出す。
自分が未熟時代の時、彼女には色々助けられた。
封印指定にされた時も、彼女の手引きで逃げ出せた事もあった。
そんな彼女と同姓同名で同じ姿をしている彼女が死ぬかも知れないと思うと、複雑気持ちだった。
そんな時、マスターは必死な顔をで、彼女を助けたいような顔をした。
その事を追及してみると、案の定の答えが返って来た。
『助ける方法があるのか?』
確かにある。その方法を私は知っていた。
しかし、それをやると令呪を二つ失う恐れがあった。
今後を考えると、嘘をつくべきだったのだが―――。
『令呪を使えば、ここからあの決戦場に行く事が出来る』
私がそう言うと、マスターは迷わず令呪を使い、トオサカリンのいる決戦場に転移するのだった。
その後、バーサーカーの猛攻を耐え、ランサーの助けもあって、私達はトオサカリンを連れて決戦場から脱出する事が出来た。
私は、敵を救う行為に対して怒ったが、トオサカリンを救う為に令呪を使った事に関しては密かに感謝をしていた。
別人とはいえ、トオサカを死なせたくはないという気持ちがあったからだ。
だが、それを言ってしまうと、調子づきそうなので、黙っておく事にした。
四回戦の相手は・・・・・何とも奇妙なピエロと漆黒のランサーであった。
正直関わり合いたくない人種なのだが、戦う以上やむなしだ。
しかし、言峰の趣向は相変わらず悪辣だ。
彼が出したゲームに負ければ、情報の一つを開示されてしまうのだから、やらざる終えない。
私達はエネミーハントだったが、中にはレアアイテムドロップと言う恐ろしい物もあったのだ。
もし、レアアイテムドロップだったら、幸運Eの私には、どうしょうもなかっただろう。
五回戦の相手は、あのユリウスである。
二回戦の終わりに、マスターを暗殺しようとした時からの因縁である。
今まで戦った奴等より強いであろう。
幸い、こちらにはトオサカリンという協力者がいる。
彼女の魔術師の腕は、この世界でも折り紙つきだ。きっと助けになってくれるだろう。
彼女と一緒にいると、昔を思い出す。あの時とは違い、セイバーはいない。そして、マスターだった俺は、サーヴァントとして戦っている。
そう考えると、何とも不思議な気分になった。
しかし、そんな気持ちを吹き飛ばす窮地に陥ってしまった。
ユリウスのサーヴァント、アサシンの一撃を受けてしまい。魔力供給がままならない状態に陥った。
アーチャー特性、単独行動があった為、直ぐには消滅しなかったが、時間の問題である。
すると、優人が一人でアリーナに行く姿が見えた。
どうやら、アリーナに仕掛けを施して、トオサカリンから魔力供給を出来るようにするつもりらしい。
しかし、いくら強くなったとはいえ、優人の魔術特性は戦闘向きでは無い。エネミーに襲われてしまえば、それでお仕舞いだ。
私は、魔力が無い体を無理に動かして、彼と共にアリーナに入った。
アリーナに入った優人は、私の体を考えて、魔術でエネミーの位置を把握し、なるべく戦闘を避けるようにして動いた。
そんな優人の姿を見て、立派になったもんだと、感慨深く思った。
アリーナに仕掛けを施して、後は帰還するだけという所に、黒い蠍と姿無き暗殺者がいた。
こちらは戦える状態では無く。逃げようにも、袋小路であるため、逃げれない。
(優人だけでも、守らなくては!)
不意にそう思った。
今に思うと、この時から私はエミヤでは無く無銘になったのだと思う。
その後、トオサカリンの助けがあって、その場を離脱する事が出来た。
トオサカリンの魔力供給を受けて、力が十全戻り再びアサシンに挑むも、見えざる拳に翻弄され、再び敗北を期した。
セイバーの風王結界で見慣れているつもりだったが、“見えない剣”と“見えない必殺の一撃”では、後者の方が上である。透明化をどうにかしない限り、こちらの勝利は無い。
アサシンに二度目の敗北をした翌日、トオサカリンと作戦会議をしているなか、彼女から優人にある事実を告げた。
『貴方のリンク先、無かったから』
この言葉の意味は、優人は地上の魔術師では無く。ムーンセルが産み出したNPCだと言うことだった。
優人はショックを受けていたが、戦いを降りようとはしなかった。
これまでの道程を、無かった事にはしたくない。彼は強く言った。
この時私は、彼を最後まで勝たせると誓った。
トオサカリンが作った三つのトラップのおかげで、アサシンの圏境を撃ち破る事が出来た。
しかし、それでもアサシンに一太刀浴びせる事は敵わず。私はある事を考えていた。
決戦前夜、私は優人に自身の真名と宝具を開示した。
その時初めて、私の真名が無銘になっている事と経歴の一部が変わっている事を知った。
しかし、今の私には優人を勝たせる事が最も重要な事なので、気にはならなかった。
一応、優人に心配は掛けたくないので、最もらしい言い訳を考えておこう。
優人の力と昇格した無限の剣製のおかげで、ユリウス達に見事勝利を納める事が出来、六回戦まで進む事が出来た。
しかし、今回の相手は情報隠蔽が徹底しており、相手がバーサーカーのクラスしか分からず仕舞いだったが、トオサカリンが作った呪装が効果を発揮したおかげで、対戦相手が判明した。
対戦相手はラニであった。
私は優人になんて声を掛ければ良いのか分からなかったが、優人は大丈夫だと言った。
辛い決断をする優人に対して、私が出来る事は、彼の為に全力で戦う事であった。
決戦当日、私はラニに従うバーサーカーと対峙していた。
イリヤのバーサーカーが厳の如くの巨人なら、ラニのバーサーカーは走る城塞といったものだった。
本来なら、私のような英霊が勝てるような相手では無いのだが、トオサカリンの呪装と優人がいる。
そう思うと、不思議と負ける気はしなかった。
バーサーカーを倒した私達に立ちはだかるのは、レオとそれに従う円卓の騎士、ガウェインであった。
最後の相手が円卓の騎士とは、私も縁があるなと思った。
しかし、一日目にして、あの暗殺者が再び表した。
しかも、己のサーヴァントを強引にバーサーカーにしてまで、優人の命を狙う。
しかし、私達の敵ではなかった。アサシンの動きが手に取るように分かり、優人の的確な指示によって、無傷で勝利を収めた。
優人は消え行くユリウスに対して、友人として握手をしようとしたが、する前にユリウスは消え去った。
命を狙った暗殺者だったが、優人にとっては友人だったらしく、優人は密かに涙を流した。
その翌日、私はある事を考えていた。
今の私は優人を第一として行動しているが、もしかしたらセラフからの制裁があるんじゃないかと――。
あの真名剥奪や、経歴の改竄も、ユリウスの襲撃も制裁の一つだとしたら、このままだと優人にも危害が加わるかも知れないと思った。
そんな事を考えていると、見透かされたのか、優人に追求されてしまった。
私は全てを話し、令呪を使ってバーサーカーにしてもらう事を提案したのだが、優人は―――。
『ありがとうアーチャー。俺の為に戦ってくれて』
私は言葉を失った。まさか感謝してくれるとは思わなかった。
そして、思い出す。生前確かに感謝してくれた人々がいたという事を。
そう、私はこの笑顔を守る為に、正義の味方になったのだと。
(ああ、俺は間違っていなかったんだ――)
俺は最後まで彼と共に戦うと決意した。
その後セラフの触覚が襲って来たが、俺達の敵では無く、難なく撃破した。
未だにレオ達と遭遇していなかったが、三日目にしてようやくアリーナで戦う事になった。
ガウェインの剣技は、セイバーに似ていたため、何とか防げていたが、彼のスキル聖者の数字によって傷一つ負わせる事が出来なかった。
あのスキルをどうにかしない限り、私達に勝利は無い。
私達は再びトオサカリンと作戦会議をした。
作戦内容は、アリーナの照明を一瞬消して聖者の数字を撃ち破るものだった。
作戦は見事成功し、ガウェインのスキルを撃ち破る事が出来た。
決戦前夜、これが優人と過ごす最後の夜であった。
優人は緊張しているようだったので、何か話をすることにした。
すると優人は―――。
『アーチャーの真名について話したい』
それを聞いて、相変わらず変な所に拘るんだと、感心してしまった。
何とか話をはぐらかそうすると、彼はこう言った。
『人間としてのアーチャーの物語を聞きたいんだ』
それを聞いて、私は生前の・・・・エミヤが人間だった頃の話をした。
不思議と嫌な気持ちにはならなかった。寧ろ懐かしさで溢れていた。
エミヤは正義の味方だったが、正義の味方に徹してしまった。それが彼の誤りだと、今の俺は思った。
しかし、悪くない人生だとも思っている。きっと自分は、後悔をしないで生きていたのだろう。
しかし、今の私は衛宮士郎でもエミヤでも無い。
社会より個人を選んだのだ。その在り方は、どちらとも違ってしまった。
故に無銘。それが俺の真名で、俺が初めて得た誇りでもあった。
一通り話し終えると、優人はこんな事を聞いて来た。
『アーチャーが英霊なら、一つくらいは功績があるだろう? 例えば、怪獣を倒したとか?』
優人は期待するような眼差しで尋ねた。
しかし、私は神話時代の英霊では無いので、そんな活躍はしなかったが、アラヤと契約して周辺住民含めて十万人を救った話をすると―――。
『やっぱり、アーチャーは人々を救った英雄だ』
そう言ってくれた。
本当に優人の言葉には救われる。
彼のおかげで、憎んでいた自分を許せるようになった。
だから、この存在が続く限り、衛宮優人だけの英雄であろうと決めたのだった。
ガウェインとの戦いは熾烈だった。
一瞬でも気を緩めば負ける。そんな戦いだった。
しかし、私達はガウェインを打ち破り、見事に聖杯戦争の勝利者となった。
勝者となったが、俺はある予感をしていた。
これで終わりではない、まだ何かある。
私は優人に赤い宝石を渡した。死ぬまで持っていた物だかこそ、優人に持っていて欲しいと思った。
そして私たちは、アリーナ最下層である人物と出会った。
トワイス・H・ピースマン。今回の聖杯戦争の首謀者である。
彼は、NPCでありながら、前回の聖杯戦争に勝ち残ったらしい。
そして聖杯を操作し、今回の聖杯戦争を作り出した。
自分と同じ戦いで成長した人間を産み出し、自分の願い・・・・人類規模の戦争を引き起こす事を―――。
俺は許せなかった。優人はそんな願いの為に、ここまで勝ち残った訳じゃない。
それに、トワイスの在り方はかつての自分に似ていた。
死んだ人に報いる為にと―――。その考えが間違っていると思う今の俺には、トワイスを許すことが出来なかった。
優人も、トワイスの願いに賛同はしなかった。
彼の願いは、トオサカリンを傷つけるという理由からだろう。
俺達は最後の敵、トワイスに従うセイヴァーと対峙した。
救世の英霊という、破格の英霊であったが、マスターの技量もあって、十全の力を出せていなかった。
それに比べて私達は、魂の改竄によって優人の魂と私の霊核深く繋がり、私の力は生前を超える力を得ていた。
本来サーヴァントの力は生前以上になることは無いのだが、これは優人の魂と繋がったおかげで、霊核が上がったと推測したが、確証は無い。
しかし、これだけは言える。これは彼との絆の力だと。その力をもって、セイヴァーを下した。
トワイスが消えた後、優人は聖杯に向かって行った。
聖杯に繋がれば、自分は消されると分かった上で、トオサカリンを帰還させようとしたのだ。
私も、その後をこっそり追った。
どうせ消えるのなら、最後まで優人の力になろうと思ったからである。
しかし、聖杯に入ってもすぐには消されなかった。
優人は原因を調べると、何と彼のオリジナルがまだ生きており、冷凍睡眠で眠っている事実が判明した。
優人は僅かな認証時間を利用して、トオサカリンにメールを送った。
その間、私はあるデータを見つける。
それは、エミヤが冬木の聖杯戦争に呼び出された時のデータであった。
全てを見る事は出来なかったが、エミヤの最後の言葉を聞くことが出来た。
『答えを得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』
その言葉を聞いて、俺は安堵した。
エミヤはいつか救われる。自分と、冬木のエミヤが救われたのだから、他のエミヤも同じような答えに辿り着く事が出来る。そう思った。
そして、分解が始まる。
優人と出会えて良かったが、彼にはもう少し人生を歩んで欲しかった。
彼なら、様々な人々を救える。こんな自分を救ってくれたのだから、きっと救える。そう、最後に思った。
しかし、私達の物語は続くのだと、この後私は思い知ったのだった。