夏が終わり、九月になる頃。八神家の周りで不可解な事故が起きるようになった。
ある日、いつものようにシャマルと買い物に向かう途中、突然はやての目の前に看板が落ちてきた。
「はやてちゃん! 大丈夫!?」
「う、うん、私は大丈夫や。それにしても危ないなぁ、人に当たったら一大事やで」
「そうね・・・・・。!?」
シャマルは看板を支えていたワイヤーに切断面がある事に気づいた。
自然と落ちたなら、こんな風にはならない。誰かが、ワイヤーを切って落とした事になる。
「どうしたんシャマル? 」
「い、いえ、何でも無いわはやてちゃん。さぁ行きましょう」
はやてに不安にさせないように、シャマルはその場を去った。
拭いきれない不安を抱えて―――。
しかし、事故は後に絶えなかった。
ある日、ヴィータと散歩している時、無人の車突っ込んで来たのだ。
ヴィータが居たため、はやては巻き込まれずにすんだが、大勢の人が怪我をした。
別の日では、シグナムとザフィーラと一緒に病院に行き、その帰りの出来事。
横断歩道で信号待ちしている時、はやての車椅子を誰かに押されたのだった。
一瞬の出来事だったが、ザフィーラの活躍で、はやてはトラックに引かれる前に助けられたが、押した人物の特定は出来なかった。
八神家はヴィータとはやてを除いて緊急会議を開いていた。
「これだけ続けば偶然ではあるまい・・・・・・・・・・はやては誰かに狙われている」
アーチャーの言葉に、全員が頷いた。
「シャマル。今はやては?」
「ヴィータと一緒に寝ているわ。やっぱり不安で一人じゃ寝れないみたい・・・・・」
「流石にこれだけ頻繁に事故に合えば、不安にもなるだろう・・・・・」
「そうだな、これからははやてを一人にしない方がいいな・・・・・・・・・所で、犯人に心当たりはあるか?」
その言葉に、三人は首を振った。
「無いな。そもそも主に恨みを持つ人間が近所にいるとは思えん。それはアーチャーが一番知っている筈」
シグナムの言葉通りはやては礼儀正しく、近所からも可愛がられている。とても誰かに恨みを持たれているなんて、考えられなかった。
「確かにな・・・・・だが、お前達の方はどうなんだ?」
「それはどういう意味だ・・・・・」
アーチャーの言葉に、シグナムは睨んだ。しかしアーチャーは動じず、言葉を続けた。
「はやてに恨みを持たなくても、我々に対して恨みを持つ輩がいるかも知れん。その辺はどうなんだ?」
「少なくとも、我等は主はやてに迷惑をかけるような事はしていない」
「そうよ! 近所の人とは付き合いよくしています!」
「そういうアーチャーは? 何か心当たりがあるのか?」
ザフィーラに言われ、アーチャーは難しい顔をした。
「そうだな・・・・・以前の世界ならともかく、この世界で恨みを買うような事はしていないつもりだ」
しばらく話し合ったが、結局、犯人の動機や目的は分からず仕舞いだった。
一方はやての部屋では、はやてとヴィータが寝ていた。
いや、はやてはまだ眠れずにいた。
「・・・・・ん? はやてどうした? 眠れねぇのか?」
「あ・・・・・うん、ちょいね・・・・・」
その表情はとても不安そうだった。
ヴィータが来て数ヵ月たったが、彼女がそんな表情を浮かべるのは、初めてだった。
「最近、私の周りで変な事故が起きてるんや。それで、ちょい不安になったんや」
確かに、今では事故とは無縁の生活をしていたが、今月に入ってから、毎日といっていいほど、事故に巻き込まれているのだ。
そんなはやてを見たヴィータは、ベットから立ち上がり叫んだ。
「心配すんなはやて! どんな事が起きても、あたしの鉄槌で守ってやる!」
「ヴィータ・・・・・ありがと」
こうして鉄槌の騎士は、幼い主を守る事を再度誓うのであった。
それから数週間、はやての警護を厳重にした途端に、周りで不可解な事故は起きなくなった。
それでも、犯人は捕まえていない事もあり、必ず一人がはやての側にいるようにした。
しかし、運命の日は突如やって来た。
十月の半ば、ある冷え込んできた日。アーチャーはいつも通りに、酒屋でバイトをしていると、酒屋の店長が慌ててやって来た。
「アーチャーさん! アーチャーさん! 大変だよ!」
「どうしたんだ店長? また注文のミスか?」
「そんな事より一大事だよアーチャーさん! 奥さんから何だけど―――」
この店長も、シャマルがアーチャーの奥さんと勘違いしていたが、アーチャーはスルーした。
「シャマルから? 一体何だ?」
「はやてちゃんが! はやてちゃんが!」
「落ち着け店長。はやてがどうしたのだ」
店長を落ち着かせたアーチャーだったが、彼の口からとんでも無い言葉を耳にした。
「はやてちゃんが倒れたんだって!」
「―――――え?」
アーチャーの頭は真っ白になった。
あまりにも突然の事で、茫然自失に陥ってしまった。
そんな彼を現実に引き戻したのは、酒屋の店長だった
「アーチャーさん! 気をしっかり持って!」
「!? あ、ああ、そうだった―――」
「ともかく、仕事はいいから、急いで病院に行きなよ! 」
「感謝する店長!」
アーチャーは仕事を放棄し、急いではやてのいる病院へ向かった。
しかし、走って十分が経過した時、妙な事に気づく。
タクシーおろか、人一人いない事に―――。
(妙だ、まるで人払いの結界みた―――)
アーチャーの思考はそこで中断した。
何故なら、アーチャーの側面から投剣が投げられて来たからである。
「くっ!」
アーチャーは干将・漠耶を投影し、投げられて来た数本の投剣を全て弾き、襲撃者を睨み付ける。
襲撃者は、街灯の上に立ってアーチャーを見下ろしていた。顔はフードで隠してあり、素顔が見えない。
「今のを防ぐか・・・・・流石は英霊というわけか・・・・・」
「誰だ貴様? 命を狙われる筋合いは無い筈だが?」
アーチャーの問いに、男は無言で投剣を投擲した。
一本一本弾丸のような早さで投げられて来たが、アーチャーは難なく全てを弾いた。
「ならば、これならどうだ?」
次に男が投擲したのはチャクラムであった。
チャクラムは全部で四つ、アーチャーの前後左右に迫るが―――。
「ふん!」
アーチャーは心眼を用いて、チャクラムの最良の弾く順番を算出。それを実行し、見事全てを打ち落とした。
「三流だな暗殺者? それでお仕舞いか?」
アーチャーはこれまでの戦闘から、この男が暗殺専門で、直接戦闘が苦手だと看破した。
「・・・・・」
男はアーチャーの挑発に乗らず、その場から逃げだした。
「逃がすか!」
アーチャーは男の後を急いで追った。
もしここで逃がせば、暗殺者である男にアドバンテージを与えてしまう。
そうなれば、家族に危害が及ぶ可能性がある。
(決着はここでつける!)
干将・漠耶を消し、弓に持ち変えたアーチャーは、街灯から街灯へと、跳び移っている男に向かって剣を放つ。
「フン!」
しかし男が投擲した投剣によって弾かれる。
その後、追いながら三十、四十の剣を放つが、全て投剣で弾かれてしまった。
(くっ、奴はいくつナイフを持っているんだ!?)
内心舌打ちをしながらも、アーチャーは追撃を止めなかった。
二人は街灯から街灯へ、屋根から屋根へと跳び移つりながら撃ち合った。
やがて男は公園に入り、鉄棒の上に立ち止まる。
「観念したか? ならば、色々と喋って貰おうか?」
アーチャーは弓を構え、狙いを男の眉間に狙いを定める。
しかし、男は不敵に笑っていた。
「ふむ、どうやら余り力を出せていないようだ。それは好都合だ」
「それがどうした。確かに十全とは言えないが、貴様を屠るには十分だ」
アーチャーの弓がしなる。
今にでも剣を放つ勢いであったが、男は未だに不敵に笑っていた。
「おかしいとは思わなかったか弓兵。暗殺者である私が、何故お前の前に姿を現した事を?」
「ふん、それは貴様が三流の暗殺者だからだ。私を殺るなら、一流のアサシンにでも頼むべきだったな」
「そうだな・・・・・確かに貴様を始末するならば、同じサーヴァントを差し向けるのがセオリーだろうな」
「貴様・・・・・魔術師か?」
男が喋った単語の中には、魔術師でしか知り得ない物があった。
英霊、サーヴァント、それに先程の人払いの結界。
それらの情報を元に、男が魔術師である可能性が出た。
「違うなアーチャー、私はあの御方の失敗作。そしてあの御方に与えられた役割は暗殺者
アサシン
・・・・・アルバート・アサシン。それが我が名だ」
A・アサシンはフードを外す。そこには二十代位の銀髪の青年の顔があった。
「アサシンか・・・・・まるでサーヴァントみたいな名だな? 他にも貴様みたいな奴がいるのか?」
「お喋りはここまでだアーチャー。それに、既に私の勝ちだ」
「な・・・・・に!?」
アーチャーは剣を放とうしたが、腕が動かなかった。いやそれどころか、体全体が石のように固まってしまっていた。
地面を見てみると、漆黒の魔法陣が浮かんでいた。
「こ・・・・・れは・・・・・?」
「対サーヴァント用の拘束結界。対抗魔力が低いお前では、この結界を破ることは出来まい」
「くっ!」
アーチャーは抜かったと思った。
今思えば、暗殺が失敗した時点で逃げるのが最良なのに、男は姿を表した。
この事から、罠だという可能性も出て来る筈なのだが――――。
(この数年間、平和だったのが災いしたか、くそっ!)
この数年間の平和な生活が、アーチャーの心眼を曇らせてしまったのだった。
そのせいで、敵を侮り、罠を見抜けなかった。
「そう悔しがるな弓兵、布石は既に一ヶ月前から打っていたのだからな」
「一ヶ月・・・・・前?」
アーチャーは気づく、一ヶ月前というと、はやてが不可解な事故に頻繁に巻き込まれていた時期であった。
「まさか・・・・・貴様が!?」
「そうだ、私が全て仕組んだ。ヴォルケンリッターの目を八神はやてに集中させ、お前が孤立させやすいようにな」
「くっそ!」
「それでは、最後の仕上げといこう」
そう言って、A・アサシンは左腕を出した。それは生身では無く、人形の様な左腕だった。
A・アサシンの左腕は数m伸び、アーチャーの首を掴む。
「アイス・ヘル!」
A・アサシンがそう叫ぶと、アーチャーは瞬く間に全身氷付けになっていった。
全てが終わると、一人の老人―――アルバート・レスターが、A・アサシンの側に歩みよった。
A・アサシンはアルバートに跪いた。
「マスター、サーヴァントの捕獲が完了しました」
「でかしたぞアサシン。これで邪魔物と貴重な英霊を手に入れられた。後はバカな騎士達が勝手に闇の書を完成させてくれるだろう」
「このサーヴァントは如何なさいます?」
「私の工房に厳重に補完しろ。後々役に立たせるからな」
「御意」
そう言って、アルバートとA・アサシンは氷付けのアーチャーと共に姿を消した。
これが、闇の書事件の発端であった。
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アルバート・アサシン
使用魔法 不明
得意魔法 不明
使用武器 投剣 チャクラム 左腕の義手
ステータス
筋力 C
耐久 C
敏捷 B
魔力 D
幸運 D
スキル
気配遮断(A)
自分の気配を絶つスキル。
攻撃体勢をとれば大幅にランクが下がるが、それ以外だと察知するのは困難。
投擲・投剣(B)
投剣を弾丸のような速さで投擲する
跳弾・投剣(A)
投げた投剣を跳弾させ、敵の死角を突く技法。彼が最も得意とする技術。
肉体改造(B)
自身の肉体に薬物や機械を埋め込むことで、戦闘能力を上げる。
高ければ高い程、人間から離れてゆく。
アルバート・レスターに付き従う謎の男、アサシンの名を語るがサーヴァントではなく、生身の人間である。
しかし、大半が機械になっており、どちらかというとサイボークである。
自身を失敗作と言うが、詳細は不明。
左腕の義手は交換式になっており、様々な効果を持つ義手が存在する。今回は氷結効果のある義手、触れたものを氷付けにする事が出来る。