優人は一人公園のベンチに座っていた。
本来なら真っ直ぐ帰るべきなのだが、どうにもそんな気分になれず、こうして公園にいたのだが―――。
(・・・・・何やっているんだろうな俺・・・・・)
今もこうしている間、なのは達は戦っている。しかし、今の自分が行っても足手まといになるのも理解している。
なのは達の手助けしたい気持ちと、行っても足手まといだという理性が、優人の頭の中で渦巻いていた。
(・・・・・帰ろう)
あまりいると、また通り魔に襲われるかも知れない。
そう考えた優人は、ベンチから腰を上げた。気がつけばすっかり夜になっていた。
「・・・・・・・・・・ん?」
ふと、誰かが空から降りて来た。
一瞬、なのはか? と思った優人だったが、降りて来たのは、赤い衣装を纏った少女だった。
「!?」
優人はその少女を知っている。数週間前、自分を襲って来た少女だったのだから―――。
「とりあえず、ここまでくれ――――」
少女と完全に目が合ってしまった。
(不味い・・・・・こんな事ならさっさと家に帰れば良かった)
魔術が使えない状態では、優人は普通の小学生と変わらない。仮に魔術が使えても、なのは達がいない現状では、目の前の少女には手も足も出ないのだから。
「お、おめぇ!?」
少女は優人に急ぎ足で歩み寄った。
万事休す。優人はそう思ったが、少女は意外な行動をとった。
「おめぇ生きてたのか!? 血とか吐いたって聞いたぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
少女は優人を襲うどころか、逆に優人の体をペタペタと触り、安否を気遣った。
優人は戸惑いながらも、少女の問いに答えた。
「と、とりあえず死にかけたけど、生きているよ」
「やっぱ死にかけたのか・・・・・」
死にかけた、とう言葉を聞いて、少女の表情は暗くなってしまった。
「え、えっと・・・・・とりあえず俺は大丈夫だから、そんなに心配しなくても―――」
「心配するってんだ! もし殺しちまったら―――」
それを聞いた優人は、この子が魔導師を襲っているのは、何か理由があるんじゃないかと考えた。
「なぁ、少し話をしないか?」
「何を?」
「君の事。何でもいいから」
「あたしの事?」
「先ずは名前から、俺は衛宮優人。聖洋小学三年生で、新聞部の部員」
「あたしは―――」
少女も自己紹介をしようとしたが、目の前の少年が敵だと思い出し、慌ててハンマーを構えた。
「て、敵とは馴れ合わねぇ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は戦う気はない! 君と話がしたいだけだ!」
「信じられるか! ベルカのことわざには、和平の使者は武器を・・・・・持ってねぇな」
少女の目には、優人がデバイスや武器を持っているように見えなかった。
しかし、中にはデバイス無しでも魔法が使える人間もいるので、少女は警戒を緩めなかった。
「そ、それでも! 魔法とか使えるだろ! 信用出来ねぇ!」
「使えないよ。使おうとすると―――」
優人は魔術回路を起動させた。すると、まだ修復されていないせいか、体中に激痛が走る。
「うぐっ!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
倒れそうになった優人を少女は支え、ベンチに座らせた。
「うん・・・・・大丈夫。しばらくすれば良くなるから」
「・・・・・・・・・・」
「? どうした?」
「・・・・・すまねぇ」
少女は小さく消えそうな声で、優人に謝罪した。
「謝らなくていい。何か理由があるんだね?」
「そ、それは・・・・・」
「言いたくなかったら、言わなくていい。そのかわり、君の話を聞きたい」
「・・・・・・・・・・ちょっとだけなら」
そう言って、少女は話始めた。
この街に来たのは、今年の六月。シグナム、シャマル、ザフィーラと共に、ある家に厄介になっているらしい。
最初は暮らしに戸惑ったが、それなりに楽しく過ごせたらしい。
その過程で、ゲートボールにはまったと、少女は楽しく話した。
「それで―――って、もうこんな時間!? アイツら心配する!」
時計を見て、少女は慌ててベンチから立ち上がる。そして、何処かに行こうとした。
「待って! 君の名前は―――」
「あたしは鉄槌の騎士ヴィータだ! じゃあな、衛宮ナンとか!」
「優人だよ! 衛宮優人!」
聞こえたがどうかわからないが、優人はヴィータに向かって叫んだ。
アースラでは、なのは達が今回の被害と今後の方針について、ミーティングルームでリンディと話し合っていた。
「クロノ怪我は軽傷よ。フェイトちゃんも、魔力を抜かれた事以外は外傷がなかったから、二、三日すれば回復するわ」
それを聞いた一同はホッと一安心した。しかし―――。
「だけど、レジーナは思った以上に傷が深くて、しばらくは戦線に復帰出来ないわ」
レジーナの体には無数のナイフと、一部の腱が切られてしまっていた。
実質上、レジーナはここでリタイヤとなってしまった。
「そうか・・・・・それでコイツの正体はわかったか?」
レイヴンがフードの男を指した。
突然現れ、クロノを襲撃、レジーナに重傷を負わせ、更にはフェイトの魔力を奪い逃走。
もはや見事としか言えない手際の良さである。
「現在調査中よ。恐らくは、闇の書の主と関わり合いがあると思うわ」
「ところでさ、今に思うんだけど、何でザフィーラ達は闇の書を完成させようとするんだい?」
「それは闇の書の主の命令じゃ―――」
「いえ、それだけでは説明がつかないんです。上手く言えないんですが・・・・・自分の意思で蒐集をしているような・・・・・・・・・・」
アルフとリニスは、ザフィーラとの戦いで、何かを感じ取ったらしく、ヴォルケンリッター独自の思惑があると考えた。
「どちらにしても、奴らを捕まえて吐かせればいいだけの事だ」
「何か案は有るのかしら?」
「無い。今回の作戦はもう使う無いだろうし、妙案が生まれるまで、しばらく待機だな」
そう言って、レイヴンは扉の方に向かって行った。
「レイヴンさん? 何処に?」
「フェイトの見舞い。ついでにクロノもだ」
「それなら、私達も行きます」
「あたしも!」
「私も!」
「それなら全員で行くか―――リンディ、お前はどうする?」
「・・・・・少し考えたいから、一人にしてもらえないかしら?」
「・・・・・わかった。行くぞお前ら」
そう言って、レイヴンは三人を引き連れて、フェイトとクロノがいる医務室に向かって行った。
リンディは、誰もいないミーティングルームで、ある可能性を考えていた。
(もしかして・・・・・彼女達に自我芽生えている?)
昔なら、プログラムに意思なんて宿らない。そう考えていたが、優人という前例がいるため、完全に否定出来ずにいた。
(だからと言っても、それが蒐集をする理由に繋がるのかしら・・・・・)
しばらく考え、ある場所に連絡をした。
「ユーノくん。調べて貰いたい事があるんだけど―――」
シグナム、シャマル、ザフィーラは、誰もいない路地裏にて、フードの男と出合っていた。
「貴様は何者だ? 目的は一体何だ?」
シグナムは剣先を男に向けて言い放った。すると男は、フェイトから抜いた魔力結晶を差し出した。
「黒い少女から抜いた物だ。これで消費分は賄える」
「それはありがたいが、貴様の目的がわからん以上、それは受けとれん」
「目的なら、お前達と一緒だ」
「なに?」
「闇の書の完成。それが目的だ」
「それなら、お前の目論みは既に破綻している。闇の書は、闇の書が選んだロードにしか扱えん。大方、闇の書の力を手にしようとしたのだろう? 残念だが、宛が外れたな」
シグナムは、男に皮肉を言いながら、男から魔力結晶を奪い取るようにすると、直ぐ様闇の書に蒐集した。すると、いつの間にか男の姿が消えていた。
「・・・・・シャマル。家の結界を強化しておいてくれ。念のためだ」
「わかったわ。それよりも、ヴィータ遅いわね? 探した方がいいかしら?」
「子供扱いすると怒るぞ。それに心配無用だ」
シグナムが指した方向には、走って来たヴィータの姿が見えた。
「オーイ! 良い知らせだ」
良い知らせと言うことに、シグナム達は首を傾げた。
「この前、シャマルが魔力を抜いたアイツ、生きていたぞ」
「本当ヴィータ!?」
「ああ! この目で見たんだから、間違いねぇって!」
その言葉に、シャマルは安堵していた。
ずっと気かがりだった事が解決したのだからである。
死なせていなかった。その事に、ヴォルケンリッター達は喜んだ・・・・・シグナムを覗いて。
「・・・・・・・・・・そんな事か」
「シグナム?」
「いや、何でもないザフィーラ。シャマルの気かがりが消えた事だ。心置きなく蒐集が出来るな」
「えっ――――」
「どうしたヴィータ?」
「な、何でもねぇ! きょ、今日は疲れたから、家に帰ろう!」
「そうね。明日から張り切って行きましょう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
家路につく四人。
この時から、ヴォルケンリッターの間で僅かな亀裂が生じていた。
相手の殺害を視野に入れてしまっているシグナム。
蒐集に、後ろめたい感情を抱いてしまったヴィータ。
この二人の騎士の感情が、後の対立を生む事になるのだった。
闇の書の完成まで、後128ページ。