1994年 初春 日本帝国技術廠 十三特殊実証実験部隊用ハンガー
「稼働時間が従来のものに比べて50%上昇、おまけに出力も15%上昇か。相変わらず化け物じみたものを作って来やがるな」
安国整備班長が目の前に設置された、某町工場から納品された戦術機用バッテリーユニットの実証実験成果に目を通しながら呟いていた。
ポパールハイヴの陥落、BETA東進など内陸部での活動が多くなった現状となっては、戦術機の稼働時間延長は急務だった。そこでバッテリーユニットの改良に手をつけたのだが、現状の素材では限度があると言うことで、新素材を開発しているという某町工場の伝手を辿ってバッテリーユニットの試作品を作り上げたのは良かったのだが、これが問題だった。稼働時間、出力ともに80%以上の上昇をもたらしのただが、コストがとんでもなく高くついたのだ。
せめて従来ユニット並に落とせないかと、十三特殊実証実験部隊と材料メーカーが開発を行ったところ、今の結果に落ち着いていた。全体的に性能が下がったが、コストが従来品とまったく変わらないことを考えると十二分な成果だろう。
この功績を残した人物、立花隆也伍長は、先日この功績の代わりに休みをくれ、といって、無理矢理休みを奪い取っていった。
曰く、
「経験ゲットのチャンスだぜ」
である。よくわからないが、とりあえず安国の計らいで部隊員から功績と引き替えに休みを買い取ったことにして、処断対象にならないように手を打っておいた。
問題があるとすれば触媒に使用される素材の大量生産体制が整っていないことだろう。これは早々に上に掛け合って生産設備の増強に取りかかる必要がある。
現在日本帝国の生産プラントと言えば、内陸部の工業用生産プラント、海洋部の食料生産プラントだけであるが、急ピッチで宇宙空間の工業生産プラントが整備されつつある。
この流れに載せれば、近いうちにこのユニット用の資材生産プラントを作ることも可能だろう。
報告書の作成を部下に命じて作らせている間に、安国はこのハンガーの象徴とも言える機体に目を向けた。ハンガーの一番奥に鎮座する一体の戦術機。先進技術実証機撃震参型。
去年のスワラージ作戦終了後は、この機体の整備と戦闘データおよび機体の損耗計測に追われた。
機体の整備については、想像通り関節部の消耗が激しいことが判明したが、それは想定の範囲内である。もともと無茶な機動をするまりもが、その才能を十分に発揮するための機体なので、関節部などの消耗が激しい部分については特殊素材を使ったコーティングを施してある。隆也なぞは、これぞマグネットコーティングなどとわけのわからないことを言っていたが。
そのおかげもあって、消耗が激しいがあと2〜3回なら同規模の戦闘に参加して問題ないだけの数値に収まっている。とはいえ、当分出番がないのでこの際オーバーホールを行うか、という流れになり、全体の消耗品を交換、あるいは試作品のパーツを設置などととやりたい放題弄りまくっていた。上層部に知られれば大目玉だが、器量の大きい小塚三郎は笑って見ていた。
自分たちの上司である小塚三郎。彼ほどの逸材が日本帝国にいるとは思ってもいなかった。最初彼が上司になったときなど、こんな若造が儂たちを使いこなせるのか?と思っていたが、思った以上の有能さと柔軟さを持って、たちまち帝国技術廠でも鼻つまみの集団だった十三特殊実証実験部隊を掌握した。そしていつからだったろうか、まるで魔術師のように新機軸の技術を持ってきて、たちまちの内に日本帝国、いや世界でも屈指の名声を得た。だからといってうぬぼれるでもなく、彼は自分の出来ること、出来ないことをわきまえ、部下に信を置き、今まで通りの有能な上司で有り続けた。
実に得難い上司である。自分よりも年下だが、尊敬の念を抱かざるを得ない。
そんな彼を敬愛する安国整備班長にはもう一つの肩書きがある。小塚三郎の幸せを願う会、副会長である。ちなみに会長は立花隆也だったりするが、この組織はメンバーを構成する人員以外には漏れていない。
つまりは秘密組織だ。なぜそうなったのか、理由は実につまらないものである。
「だって、秘密組織の方がかっこいいじゃん」
という、会長の隆也が言った一言である。ちなみにその発言には多くの賛同が得られた。
こうして、本人の非公式応援団体、「小塚三郎の幸せを願う会」は結成された。後に小塚三郎は苦々しげにこう語る。
「このことを知っていれば意地でも止めていたのに。いや、でも確かに今の自分があるのはこの会のおかげでもあるのだが」
ちなみに機体の戦闘データについては、最初の支援活動及び大隊の援護活動のものはともかく、遅滞戦闘のものは特殊なロックがかかっていて見ることがかなわなかった。遅滞戦術を行う際に、機体のOSに秘密コードが入った瞬間から、全ての機体運用データに対してブロックが掛かるようになっていたらしい。誰もが見たがったその運用データは、小塚三郎が持ち去り全ては消去されている。
こういった小塚三郎の秘密主義が、彼ら「小塚三郎の幸せを願う会」に伝播したのではというのも一説として取りざたされたため、小塚三郎は彼らを強く糾弾できなかった。
ちなみに通常戦闘データでも十分に驚異的なものであり、日本帝国の戦術機運用技術の向上に一役買ったのはいうまでもない。
1994年 初春 日本帝国技術廠
「小塚三郎技術大尉、この度の発令を持って、貴官を帝国軍技術廠第三開発局副開発局長に任命する。合わせて、階級を少佐へと昇進させる。今後も職務に励み、日本帝国、そして国民のためにその才覚を振るってくれたまえ」
「はっ、謹んで拝命いたします」
人の列から一歩前に出て辞令を受け取ると、小塚三郎技術大尉あらため、小塚三郎少佐が、今度は一歩下がって列にの中に入り込む。
春の異動の季節、昇進の季節。先月佐官教育を受け終わった小塚三郎は、かねてから打診されていた第三開発局の新設にあわせて、副開発局長に就任した。
現場大好き人間だからといままで散々ごねてきたが、彼のあげる成果の大きさについに周りの声を抑えることができなくなり、ついでに新機軸の技術開発を主とした新しい第三開発局の設立が重なり、あえなく彼は副開発局長の座に納まることになってしまった。
合わせてちなみに彼の息が掛かっている連中、十三特殊実証実験部隊を始め、神宮司まりも、立花隆也なども第三開発局へと異動になっている。
実際のところ所属が変わっただけで、作業をする場所は変わっていないので、作業を担当する現場の人間にとってはあまり実感はないのかも知れない。
問題は、小塚三郎少佐だ。ついに佐官にまで昇ってしまったため、くだらない派閥争いやそのた諸々ものうざったい人間関係の渦に巻き込まれざるをえなくなってしまった。技術大尉のときもそれなりにあったのだが少佐という肩書き、ましてや第三開発局の副開発局長という肩書きまでついてしまってはもうどうにもならない。おそらく彼を自分たちの派閥に引き入れるための激しい争奪戦が勃発することだろう。
これからのことを思い、思わず胃をそっとなでる小塚三郎少佐であった。
ちなみに独身である彼に対するお見合い攻勢はとどまるところを知らず、今や月に100人近い打診があるという。
旧家の妙齢の女性から、武家のお嬢様、大企業の重役の娘とよりどりみどりだが、どうも後ろには打算が見え透いている。
彼自身朴念仁ではないので興味がないと言えば嘘になるし、兄の次郎が先月結婚したこともありそろそろ身の堅め時を探しているところでもあるが、なかなか興味を引く相手がいない。
これだけよりどりみどりなのになんて贅沢な、と言う声もわかるが、彼は彼なりに思うところがあるのだ。
「相川雅奈(あいかわまさな)技術中尉、この度の発令を持って、貴官を帝国軍技術廠第三開発局副開発局長付き秘書官に任命する。今後も職務に励み、日本帝国、そして国民のためにその才覚を振るってくれたまえ」
そんな彼の隣で辞令を受け取る女性。そう言えば秘書官をつけるとか言われていたが、彼女がそうか。初めて目を合わせる相手の顔を見た瞬間、小塚三郎の心臓がはじけんばかりの鼓動を打った。短めに切りそろえられたしっとりと濡れるような黒色の髪。意志の強さを感じさせるかのように眉はややつり上がっているが、その下にある瞳には深い知性の煌めきと強靱な意志の強さが同居しているのが見て取れる。
「はっ、謹んで拝命いたします」
凛々しさの中にどこか母性を感じさせる声が、心地よく小塚三郎の耳朶を打つと、よりいっそう心臓の鼓動が激しくなる。
やばい、完全に好みだ。
まさか彼女が、二度の吐血と入院を経てなおも職務に忠実であろうとするその姿に感銘を受けた同士達が立ち上げた、小塚三郎の幸せを願う会、から放たれた刺客だとは思わずに、小塚三郎は胸の高鳴りを押さえることが出来なかった。
ちなみに幸せを願う会の発足人は、小塚三郎が入院する原因を作った立花隆也だったりするのだが、それは知らぬが仏。人、それを自作自演という、という突っ込みも無論受け付けない。
一歩後ろに下がり、小塚三郎の隣に戻る相川雅奈。その横顔から瞳が離せない小塚三郎だったが、視線を感じたのか雅奈が視線を向けると、慌てて正面に視線を戻した。
実に初々しい反応だった。
その姿を隠しカメラで捉えられているとはまさか小塚三郎は思っていなかっただろう。ましてやそれを、小塚三郎の幸せを願う会のメンバーで鑑賞されているとは。
小塚三郎、彼の幸せは近いようで遠い。
1994年 初春 日本帝国軍富士演習場
「遅い!常に二手先、三手先を読んで先行入力をしろ。場当たり的に、動作中断を入れるだけでは反応が鈍いぞ!」
通信回線越しに劇が飛ぶ。
日本帝国軍の中でも指折りのエース達が集う富士教導隊。彼らが駆る最新鋭の機体である不知火一個中隊相手に、撃震弐型一機が獅子奮迅の戦いぶりを見せつけていた。
「空中軌道制御が甘い!そんなに的になりたいのか!」
的確にばらまかれる120mmが不知火の機体を打ち砕いていく。
ワンサイドゲームとはまさに今の光景のことを言うのだろう。
あえてもう一度言う、彼らは日本帝国軍の中でも指折りのエースが集う富士教導隊だ。間違っても新兵ではない。しかも操る機体は2月に正式配備されたばかりの第三世代機不知火。それを弄ぶように、一方的に打ちのめすのは一機の撃震弐型。
戦場が生んだ与太話、機体の性能によってもたらされた戦果、戦意向上のためのプロパガンダ、そのどれもが違っていた。
先進技術実証機撃震参型。その機体を操るのには、最低でもそれだけの技量が求められるのだ。そう、旧式の撃震弐型で最新鋭の不知火を一方的に打ちのめすだけの実力が。
「平面移動が遅い!その程度全速力で駆け抜けろ!」
あっという間に後方から接近された不知火が長刀による撃破判定を受ける。
13:00に始まった神宮司まりも中尉操る撃震弐型1機対、富士教導隊の最精鋭操る不知火一個中隊の大戦は、ものの10分で終了した。
撃震弐型には一切のダメージなし。対して、不知火12機は全てダルマ状態にされて大破判定をもらっている。
その姿を各国から詰めかけていた衛士たちが見ていた。
屈辱の極みと言いたいところだが、対戦した中隊長の心には微塵もそんな感情はなかった。
格が違いすぎる。まさに大人と子供だ。戦場で誇張された戦果だとバカにしていた自分を罵ってやりたい。
何が最精鋭だ。なにがエースだ。見ろ、自分はこんなにも無力ではないか。悔しさよりも、いっそすがすがしいまでの実力差を感じていた。
今まりもは、富士演習所で開かれている、戦術機新機動概念の教導に訪れていた。世界中からまりもの機動戦術を学びたいとの声が上がったため、その対応として富士演習所で各国の衛士たちを学び機動の教導を行うことになったのだ。
もっとも、参加条件としてすでに全世界に向かってばらまかれている「ぶるぁあ」声の教導VTRを見て、最低限の機動をマスターしていることだが。
それ以上のものを手にしたくてわざわざ日本帝国にまで足を運んだのだ。彼らの目には、富士教導隊に対する侮りはなく、ただただ撃震弐型をかるまりもへの尊敬があった。
彼らもいっぱしの戦術機乗りだ。自分の力量はわきまえている。今対戦していたのが自分たちであっても、おそらく同じように瞬殺されているだろう。
それだけ彼らの機動概念と、彼女、まりもの機動概念は違っていたのだ。
教導VTRを見て、多少は分かったような気になっていたが、その実はまるで理解できていなかったことに愕然とした。いや、確かに今自分たちがものにした機動は、教導VTRを見る前と比べると雲泥の差があるが、それを超えてもなお埋めがたい概念の差が、そして操縦技能の差があった。
「あの機動をものに出来るのか、楽しみだ」
どこかの国の衛士の呟きが漏れた。その一言は、全員の心の声だった。
こうして神宮司まりも中尉の名声は世界を渡る。撃震オブ撃震、神宮司の前に撃震乗りはなく、ただ彼女の後を追うのみ、私が撃震だ、の複数の名を冠する神宮司まりも伝説の一つである。