4月の上旬。
とある麓にある公舎。
呪術師を育成する教育機関、東京都立呪術高等専門学校。
巫詩姫は今日、この学校の生徒になった。
「ようこそ、呪術高専へ」
不敵な笑みを浮かべながら、五条は彼女を歓迎する。
「ここが、私のスタート地点……」
改めて決意を固め、詩姫は門を潜ったのである。
その頃、同時刻の京都にて、
「ここが俺の…スタート地点」
一人の少年が、一軒の門を潜ろうとしていた。
―第二話:神守珠護―
時は遡って1月の中旬。
少年――
神守珠護が、街中を歩いていた。
子の頃の彼は、自身の進路に悩む中学生。
しかし自身には、別の悩みがあった。
「(さっきから鬱陶しいな……)」
背後から自身の後を追っている存在。
外見は人間に近いが、姿は異形。
珠護がこの体質を持ったのは、物心が着いた時からだ。
幼少の頃は、幻覚を見ていると錯覚していた。
しかし成長するにつれ、姿形がはっきり見えるようになったのだ。
それでも幻覚ではないかと考え、精神科に診て貰った事もある。
医者からは、受験を間近に控えたストレスが原因ではないかと言われた。
「マジでどうなってんだよ?」
深くため息を吐き、そのまま自宅へと向かうのだった。
自宅に着いた珠護は、玄関の扉に手を伸ばす。
ゆっくりと扉を開けた瞬間、何かの臭いが鼻腔に伝わる。
「!?」
それは血の臭いで、家全体に充満していたのだ。
思わず中へ入ると、両親の無事を確認に向かう。
「父さん! 母さん!」
茶の間に向かったが、珠護は思いもよらない光景に驚く。
それは、血の海に沈んでいた両親の姿。
「何だ、子供がいたんか?」
そして、日本刀を持った男が立っていた。
全身黒の着流しで、長い黒髪を結んでいる。
更に刀には、奇妙な何かを感じた。
「う…あ……」
恐怖で声が出ない珠護。
「まあ、ええわ。 悪く思わんでな。 こっちも仕事やから」
そう言って男は、彼に向けて刃を振るった。
バサリと体を裂かれ、その場で倒れたのだ。
珠護が目を覚ますと、そこは病院であった。
「え?」
唖然とした彼であるが、突然ノックが聞こえた。
「入るわよ」
扉が開くと、一人の女性が入って来た。
巫女を思わせるような和装で、顔の右側には大きな傷。
だが長い黒髪が、その容姿を艶やかにさせる。
「私は呪術高専京都校の
庵歌姫よ」
「あ、神守珠護です」
この女性――庵歌姫を目にした珠護は、彼女の佇まいに惹かれてしまう。
「早速だけど、良いかしら?」
「な、何ですか?」
「単刀直入に言うわ。 アナタのご両親は亡くなったわ。 救急車が到着する前から、既に死亡だったそうよ」
「………そう、ですか」
歌姫の口にした内容に、珠護は何処か冷静だった。
家の中に充満した血の臭い、血の海に沈んだ両親の姿。
どう見ても助からないと思ったからだ。
「それともう一つ……ご両親を殺した人物は、今も逃走中。 警察も追ってるそうよ」
「………」
両親の死を受け入れられず、顔を俯かせる珠護。
そんな彼に、歌姫はこんな提案をした。
「ねえ、ウチの学校に来ない?」
「え?」
「アナタには、術師になれる素質があるわ」
「術師?」
「京都府立呪術高等専門学校。 呪術……つまり『呪い』を学ぶ学校よ。 是非、キミに来て欲しいの」
「なぜ……?」
首を傾ける珠護に対し、歌姫は怪訝な顔で呟く。
「実を言うと、ご両親を殺した犯人は、恐らくだけど呪詛師の可能性があるわ」
「呪阻師?」
「呪術で殺し屋紛いの生業を行ってる連中の類よ。 医者をやってる知り合いからの報告で、ご両親の遺体から、僅かな呪力の痕跡があったそうなの」
「……一つ、聞いていいですか?」
「……何?」
犯人の詳細を聞いた珠護は、歌姫に尋ねたのである。
「今の俺の強さで、そいつに勝てる見込みは?」
「はっきり言うわ。 見込みは
0。 今のアナタじゃ、返り討ちが関の山よ」
「………そっか」
当然の事だと分かっていたが、それでも悔しさだけが募った。
「…強くなりたい」
涙が出るほど悔しさと、己の弱さに対する苛立ち。
そんな中で呟いた言葉。
同時に、彼は決意を固めた。
「お願いします。 俺を、呪術高専に入れて下さい。 俺は強くなりたい。 自分と同じ悲劇を出さないために、強くなりたいです!」
迷いのない曇りない目。
コレを目にした歌姫は、優しく微笑みながら答える。
「分かったわ。 それじゃ退院後、準備をして頂戴ね」
「はい」
こうして歌姫は、病室を後にしたのだった。
退院から少し経ち、4月上旬。
不動産を勤める親戚に依頼し、珠護は実家の土地を売却。
諸々の手続きを終え、必要な荷物を手に持つ。
「さて、行くか」
外へ出ると、歌姫が門の前に立っていた。
彼女の方へ歩み寄り、廻は深く頭を下げる。
「これから、お世話になります」
「ええ、こちらこそ」
そして車に乗り、二人は呪術高専へと向かったのであった。
そして現在、珠護は学長室に案内される。
「学長、失礼します」
歌姫と共に入ると、ソファーには一人の
老翁が腰掛けていた。
和装姿で杖を携え、鼻や口にはピアスが着けられている。
「お主が件の
童か。 さあ、座るがいい」
「(何か…パンクな人だな……)」
そう思いながら、珠護はソファーに腰掛ける。
「学長の楽厳寺じゃ」
「神守珠護です」
学長の
楽厳寺嘉伸は一息入れると、ゆっくりと口を開く。
「ではまず、一つ問う。 お主は何のために、呪術を学びに来た」
この質問に対し、珠護は迷わず答えた。
「最初は、両親を殺した犯人を捜すための“復讐心”からでした。 でも、自分の中でこんな疑問がありました。 「本当にそれでいいのか?」、「復讐して誰が喜ぶのか?」と」
「ふむ……」
「考えて、悩んで、迷って……ようやく見つけたんです。 犯人は捜す。 でも復讐の為じゃない。 自分と同じ悲劇を生み出させない。 だから、ここに来たんです」
言葉に嘘はなく、楽厳寺もそれに納得する。
「久方ぶりに、真っ直ぐな若者に出会えた。 改めて、我が校に来てくれたな」
こうして神守珠護は、呪術高専京都校に入学したのだった。
歌姫に寮の中を案内された珠護であったが、そこである人物と遭遇する。
「あら、東堂」
「ん、歌姫先生か」
がっちりした体躯で、顔に傷がある巨漢だ。
動物に例えるなら、ゴリラと言っても良い。
「初めて見る顔だな?」
「今日からここの生徒になる神守珠護よ。 神守、彼は
東堂葵。 ここの3年よ」
「神守珠護です」
「東堂葵だ。 ところで神守よ。 お前に一つ問おう」
「なんですか?」
すると彼――東堂葵は、こんな質問をしたのだ。
「お前は……どんな女が好みだ?」
「……はい?」
「因みに俺は
身長と
尻のデカイ女が好みだ」
首を傾げる珠護とは対照的に、歌姫は「またか…」という顔になる。
実はこの東堂、初対面の相手(主に男性)から“好みの
性癖”を聞きだすという、あまりにも変わった質問をする癖があるのだ。
「え〜と……それって、意味があるんですか?」
「なに、ちょっとした品定めだ。 言ってみろ」
「そうだな……強いて言うなら……」
「(え? 答えるの!?)」
この問いに答えようとする珠護に、歌姫も流石に内心で驚く。
「年上で……
身長と包容力が高い女性ですかね」
「っ!!?」
それを聞いた瞬間、東堂の脳裏に……『存在しない記憶』が流れ込んだ。
同じ中学に通う、学年を越えた親友。
互いに『背の高い女性が好み』という共通点だけで、意気投合した珠護と東堂。
そんな中、東堂はある決断を決めた。
「神守、俺は……高田ちゃんをデートに誘おう思う」
「マジでか!? 止めとけって! 先輩を慰めんの、めっちゃ面倒なんですよ!」
「いや何で振られるの前提なんだ?」
「え、ホントにやるの?」
「ああ。 放課後、誘ってみるよ」
こうして東堂は放課後、片思いの女子――高田ちゃんこと『
高田延子』をデートに誘いに向かった。
だが数分後、「予定があるから」という名目で断られた。
「うう〜……」
項垂れる東堂に、珠護はため息をしながら呆れた。
「だから言ったのに……。 諦めない姿勢は立派だけど」
それでも彼は、東堂の方に優しく手を置き、
「ま、元気出せよ。 たい焼きくらいは奢ってやるぜ」
一緒にたい焼き屋へと向かったのだった。
「ふっ…地元じゃ負け知らずか……」
「へ?」
『存在しない記憶』から現実に戻り、東堂は涙と鼻水を流しながら呟く。
「どうやら俺達は、“親友”のようだ」
「質問に答えただけなのに!? それに初対面ですよね!?」
流石に珠護もツッコミを入れてしまい、歌姫も苦笑してしまうのだった。
後に珠護は、東堂から『
珠護』と呼ばれる羽目になるのは、少し後の話し。
こうして、神守珠護の新たな生活が始まったのである。