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いつも電車の中で出会うあの人
作者:こー   2024/08/03(土) 10:33公開   ID:FavXYaaTXGM
 通勤ラッシュの電車は混雑しており、それだけでストレスが溜まるというけれど、俺・入江洲介の場合はまったくもってそんなことない。
すれ違うぎゅうぎゅう詰めの満員電車を見て、「みんな大変そうだなぁ」と思いながら、俺は今朝も下り電車の中でのんびりしていた。

座席は半分以上空いている。こういう時だけ、学校が都心でなくて良かったとしみじみ思うのだった。

電車が駅に到着した。
ドアが開くと、毎朝馴染みの会社員や学生が乗車してくる。
その中の一人に、可愛らしい女子高生がいた。
名前は知らない。だから俺はいつも、彼女を「JK」と呼んでいる。
このJKをある意味で特別視している理由、それは……彼女が決まって俺の隣に座るからだった。
前述しているが、車内の半分以上が空席だ。家族や友達同士でない限り、隣り合わせで座るなんてあり得ない。
しかしこのJKは毎日、そのあり得ないことを実践しているわけで。
……あっ、なんか今日いつもと香りが違うな。シャンプー変えたのかな?
クラスメイトの女の子の髪型の変化にすら気付かないというのに、そういった変化にはばっちり気付けてしまう。
しかしJK相手に「今日、良い匂いだね」なんて変態発言をするわけにはいかず、俺は何食わぬ顔で新聞を広げた。

新聞を読んでいると、JKが顔を近付けて、覗き込んでくる。
「面白い記事でもあった?」

……毎朝顔を合わせているとはいえ、知らない男に声をかけるって、どういう神経しているんだよ? 知らない人に話しかけちゃいけませんって、学校で習わなかったのか?
しかしJKの無邪気な笑顔を見てしまったら、そんな指摘をする気も失せてしまう。
仕方なく、俺はJKとの会話に応じることにした。
「……今週の『惡の華』、どんなんかな〜と思ってさ」
「テレ番見てたんかーい! 子供か!」
そりゃあ、テレ番だって大切だろうに。いや、一面や経済面もたまに読むけどね。
「『惡の華』、知らないんすか? 結構面白いぞ?」
「ふ〜ん、君はアニメが好きと…
ってかそれって深夜アニメじゃん。君、深夜アニメ見てるの?寝なくて大丈夫?」
「電車内で寝てます。僕の睡眠時間はアニメを見ることによって削られてますんでね。
「あんた高校生だろ?早く寝ろよw」
「最初の頃は眠くなっちゃってたんですけどねぇ。慣れちゃってさ」

「あの二人、ほんと仲いいよな」「カップル成立だな」
そう電車の乗客が噂する。

「ねえ少年、ワタシを癒やしてくれよ〜」
そう言いつつ、JKは俺の背中に両手を回した。
「ちょ、何するんすかw俺はあんたの彼氏かよ」
「ケチ」
「ケチで悪かったな。そういうのは、甘やかしてくれる彼氏にでもやれ」

容姿の整っているJKのことだ。彼氏くらい、きっといることだろう。
そう予想しての発言だったのだが……

「残念ながら、私に彼氏いないんです。告白してくれる人はいるんですけど、どうも私のタイプと合わなくて。だから――」
JKはグイッと、俺の耳元に顔を近づけてくる。
「私が隣に座る相手は、今のところキミだけよ」
……このJKは、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか?
30分くらい電車に揺られると、電車はJKの通う高校の最寄駅に到着する。

「それじゃあ少年、また明日……は土曜日なので、月曜日に!」
手を振りながら降車するJKに、俺も手を振って返す。
彼女の笑顔を見ると、うん。今日も一日、頑張れそうだ。

ーーーー


そんな日々が続き、7月、夏休みが間近に迫っていた。
俺は親が見ていたドラマのマネで、頭にカバンを載せることをしていた。もちろん学生カバンには教科書やら何やらが入っているから、荷物の少ないサブバッグでやっていた。だけど重い。

「よう少年、頭に鞄なんか乗せて、重くないのか?」
「重いっすよそりゃ。」
「だったらなんでそんなことしてんの?」
「ドラマの真似。」
「ああ半沢直樹か。見てるの?」
「親が見てる。」
なんて会話をしていた。

夏休み前最後、俺は晴れやかな気分であり、それは顔にも出てしまっていた。
「よう少年、君は夏休みが嬉しいんだね。もしかして学校嫌い?」
「学校っつーか一部の先生が嫌い」
「まあ合う合わないは誰にもあるからね。」
この頃になると、JKとイチャイチャするのが楽しみになってきた。学校がなくなって嬉しい。だけどJKとの会話もなくなるのは・・・





 夏が過ぎ去り、10月に入ると、いくらか涼しくなってきた。
ここ近年は四季という概念が崩壊しつつあり、特に秋という季節が極端に短い気がする。急に気温が下がるので、体調管理には気をつけなければ。
ワイシャツノーネクタイのクールビズで勤めていた俺も、昨日からジャケットを羽織るようにしている。
そして10月になったことで、JKも夏服から冬服へ移行していた。

「おはよう少年」
「おはよう」

毎朝恒例の朝の挨拶を交わす。しかし……JKは笑顔を向けたまま、一向に座ろうとしなかった。
俺の隣は、今朝も空いているというのに。

「……座らないんですか?」
「その前に。何か言うことない?」

言うこと、ねぇ。そう言われて、俺は考える。

「えーと……急に寒くなったね」
「そうですね。だから今日は冬服を着てきました」

わかりやすいヒントを出されて、俺はようやく彼女の求めている答えを察する。
JKは久しぶりの冬服姿を褒めて欲しかったのだ。

「……冬服も似合ってる。可愛いよ」
「えへへへ。ありがとう♪」
言わされた感丸出しの褒め言葉も、JKにとっては大層嬉しかったようで。彼女は上機嫌で俺の隣に腰を下ろした。
心なしか、いつもより密着度合いが高い気がする。
……冬服で良かった。半袖の夏服だったら、JKの素肌を直に感じ取っていたところだ。
ヒントを出されるまで制服の移行に気付かなかった俺に対して、JKはこちらの些細な変化にも気付く。

「あれ?少年なんか元気ないよね。どうかしたの? ……あっ! 美人の先輩にフラれたとか?」
「違いますよ。今日は朝礼だから、朝から憂鬱なんだよ」

校長の長い話で始まり、その後苦手な学年主任の先生の話が待っている。あの先生顔怖いしうるさいから苦手なんだよ。
そんな学年集会が嫌で嫌で、出来ることなら今日休みたいと思っていたところだ。
「あんたの高校大変みたいね。」
「あぁ。あなたの高校はどうなんですか?」
「私の高校?進学校よ。怖い先生とかはいない」
「マジすか。俺勉強あんまりしてこなかったんで…勉強してたらなぁ
あなたの高校に転校したいわ」
「良いねそれ。そうしたら、私とも同級生になるから、もっとイチャイチャ出来るね」

このJKは、可愛い。10人に尋ねたら、少なくとも9人はそう答えるだろう。
でもJKのことを大して知らないから、恋愛感情を抱かないで済んでいる。

もし俺が中学の頃に勉強をたくさんして、JKと同じ高校に通うことになったのなら――。
……いや、何を考えているんだ。都合の良い妄想をしないで済むように、俺は自身にそう言い聞かせるのだった。








3月に入り、世間は年度末に向かって動き出していた。
学年末試験に向けて電車の中でも勉強に励む学生や、年度末に向けて一層仕事に打ち込む会社員を見ていると、長いようで短かった一年も終わるのだと実感する。
俺は高校1年生。2年生に進級するとき、俺はあの担任のクラスから逃げたい。2組の担任も好きではないがあの担任よりはマシだ。

その日の朝もJKはいつもと同じ時刻の電車に乗車して、俺の隣に腰掛ける。
しかしその表情は、どこか深妙だった。
「何か悩み事か? 俺で良かったら、相談に乗りますよ?」
「悩みと言えば、悩みね。でも、これはどうしようもないこと。……相談の代わりに、一つ報告があるの」

JKは改まって、そんなことを言い出す。
どんな報告が出てくるのかと思ったら、JKはいきなり「ありがとうございました」とお礼を口にした。

「私、来年から地方の大学に通うの。だからこの電車に乗るのも、今日で最後」
「そうなのか……」

JKは俺より先輩だったのか。地味にタメ口訊いてしまったな。
何日か会わないことはあったけど、今回は違う。彼女が進学先で就職したり結婚すれば、二度と会わないことだってあるわけで。
今日はJKが高校を卒業する日であると同時に、俺が彼女から卒業する日でもあるのかもしれない。

「……寂しくなるな」
自分でも気付かない内に、そんなことを呟いていた。
俺はいつの間にか、JKと一緒に過ごす電車の中でのひと時が楽しくなっていたみたいだ。

「こちらこそ、世話になりましたよ。あなたと出会えて、良かったよ」
「そう言って貰えると、なんか嬉しいな」

「最後に一つだけ、聞かせてくださいよ。貴方は何という名前なんですか?」

彼女はずっと名前を名乗らなかった。最後ということで、思い切って尋ねてみることにした。

「わたしの名前?楠本ミドリよ。じゃあ逆に聞くけど、君の名前は?」
「俺の名前?入江、入江洲介です。」
「入江くんって言うの。頑張ってね、入江くん」

電車がJKの通う高校の最寄駅に到着する。
最後だからって、ロスタイムがあるわけじゃない。

寂しい思いはあるけれど、一知人として俺が出来ることは、JK、いや、楠本さんの門出を陰ながら祝福することだ。

「卒業おめでとう。大学でも、頑張るんですよ」
「ありがとうございます」

楠本さんは立ち上がる。
降車する直前、何かを思い出したかのように、「あっ!」と声を上げた。
「一つだけ、言い忘れていました。……俺、あなたのことが大好きでした!」
もし俺と彼女が同級生だったら――きっともう何十回も、彼女に恋をしていたことだろう。









それからクラス替えで、俺はあの担任から離れられて、2組に行くことになった。2組の先生も怖かったけど、前の担任よりは良かった。だけど、相変わらずモテなくて。まあしょうがないよな。

三年後。大学生になった俺はこの日の朝もいつもと同じように、空席だらけの電車に乗って通勤していた。
隣には、誰も座っていない。
それを良いことに新聞を広げていると、突然隣にお姉さんが座ってきた。
席なんて他にも沢山あるというのに、何でわざわざ隣に座るのだろうか?
しかし隣席が俺の所有物というわけではないので、そのことに苦言を呈することも出来ない。どこに座るのかは、彼女の自由だ。

釈然としない気持ちを抱きながらも新聞を読み進めていると、ふと彼女に声をかけられた。
「面白い記事でもあった?」

……そのセリフに、聞き覚えがあった。
今から二年前、俺は同じ言葉を毎朝のように耳にしていた。

記事の内容など、もう頭に入ってこない。
俺は視線を新聞から彼女へと移す。

「……あなたは」

三年の月日を経て成長しているが、間違いないと断言出来る。彼女は楠本さんだ。

「お久しぶりです。帰って来ちゃいました」
「……おかえり」

楠本さんは、どうやら電車で通学し始めたそうで。これから毎朝同じ電車に乗って通勤することになるらしい。二年前と同じように。

俺は再度新聞に視線を戻す。読んでいるのは、勿論テレ番だ。
「まだアニメ見てるんですか?」
「見てますよ。Charlotteっていうのを見てる」
「シャーロットね。家帰ったら調べるわ」

チラッと、楠本さんは俺を見てくる。
その視線は、何かを訴えかけていて。……ここで「どうかしたんですか?」なんて言えば、空気の読めないやつだと言われるんだろうな。
だから俺は、恐らく彼女の求めているであろう一言を口にする。

「……携帯のメアド交換でもします?」
「是非!します!」
待ってましたと言わんばかりに、楠本さんの顔が明るくなる。
成長して大学生の爽やかな感じと大人な感じを兼ね揃えた彼女だが、どことなくあの頃の少女らしさも残っている。
そんな彼女の笑顔に、俺は新鮮さと懐かしさを覚えてしまって。

……もう彼女も俺も未成年じゃない。
俺も彼女も、立派な大人だ。
だったらこの気持ちを我慢する必要なんてないんじゃないか?

今日の帰り、インテリアショップにでも寄るとするかな。そして二人掛けのソファーを買うとしよう。
彼女の特等席は、俺の隣だと決まっているのだから。

そしてメールで、彼女に告白しよう。

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