―20年前―
「ただいまぁ。お父さん帰ってきたよ。ん?あれ?加奈子?どうしたんだ?
…ああああああああああああああああああ!!!!!」
20年前、東京都立川市で木本加奈子という女子高生が自宅で遺体となって発見された。首に絞められたような跡があったことから、他殺と見て捜査が開始された。
第一発見者であった父親の木本裕章は半狂乱状態になっていたことから、捜査に携わった者は皆「絶対に犯人を捕まえる」という思いになった。だが、指紋や物証は残っておらず、事件は結局15年後に時効が成立した。
その20年後の現在、コインランドリー裏の路上で、女性の遺体が発見された。
いつもの小金井署の面々の他に、黒ジャケットの男が現れた。立川署の
佐伯慎志、37歳である。
この遺体、うちの署の未解決事件と似てるんですよ。私も捜査に加わっていいですか?」
捜査会議によると、このコインランドリーの客のコンビニ店員・高宮真美であった。
この遺体には20年前と同様、首に索条痕があり、更に現場がコインランドリーの裏であったことから、立川警察署・本庁との合同捜査になった。
豊原は立川署の方に見覚えのある男がいるのに気づいた。
「お久しぶりです、江上さん」
「よう祐子ちゃんか。元気にしてたか?」
彼は立川署のベテラン刑事・
江上健造。彼女が新人時代の憧れの先輩である。
「裕子ちゃん、15年も警察にいるなんて、なかなか気合があるやつだな」
「江上さん、ここにいたんですね」
「ああ、1年前に異動になったんだ。あと5年で退官だ」
時を同じくして、小金井署管内で
竹内泰文という男が下着泥棒の容疑で逮捕される。
「最近ここらへんで頻発してる下着泥棒は、5件とも全てあんたの犯行か?」
そう瀬戸山が尋ねると、竹内は「ええそうですよ。女の子の下着、たまりませんよ。匂い嗅ぐだけでもうね…」と認めた。
下着泥棒を認めたため、送検しようとしたが、佐伯だけが送検に異を唱えた。
「待ってください。竹内には殺人の容疑がかかっています。しかも、それだけじゃありません。20年前の事件にも関わっていた疑いがあります。その件に関しても取り調べるべきでしょう。」
「待て待て待て、まだ早計だ。」
会議進行役の右から2番目に座るサングラスの男――捜査の指揮を執る管理官・崎宮敏夫がそう佐伯を注意する。この崎宮は警視庁警備部警備第一課警備情報第4係の配属を経て推薦組として警察庁に採用されたエリートで、近く警視正への昇任も噂されている。
「なら、俺一人で捜査しますよ。」
そう言い放つ佐伯を、皆が呆れる中、ただ一人、江上はじっと見ていた・・・。
今江と豊原は被害者・高宮が勤務していたコンビニ「サニー」へと聞き込みに行っていた。
メガネをかけた中年男性――店長の木戸達彦は腕時計を気にしながら「高宮くんが誰かに恨まれることなんて、あるはずないじゃないですか」と主張。
その後、豊原が監察医の梁川久美子から結論を聞く。
「このご遺体、犯行現場はあの路地裏じゃないわね…」
「え?」
「あの路地裏に倒れたんだったら遺体の服にもっと擦り傷がついてるの。この遺体に擦り傷ないでしょ?
どこか別のところで殺され、遺棄されたと考えるのが妥当よ」
一方の佐伯は、20年前に事件が起こった高柳町の町内会に聞き込みに行ってきていた。
町内会の会長・大塚哲夫(60)と副会長・鎌田英治(51)は20年前の事件当時も町内会にいた。
まずは、佐伯は会長の大塚のところに行く。
「いやぁ。あれはひどい事件でしたよ。もう二度と思い出したくないです。」
一方の今江・豊原は、副会長の鎌田のもとへ。
「あの事件のせいでこの町の人々の心には深い傷が残ってしまいましたよ。」
二人の口ぶりからすると、20年前の事件が町内に決して消えない傷をつけたようだ。
そんな中、本棚にあった古いアルバムだけ、ホコリを被っていないことに今江が気がつく。
「鎌田さん、このアルバムは?」
「あ、これですか。これは20年前、街の若い子達で旅行に行ったときの写真です。加奈子ちゃんも写ってます。思い出すたびに胸が痛くなってね…あまり見てないです」
刑事課では、事件に関する話が行われていた。
「ねえ倫哉くん」
「どうしたんですか?豊原さん」
豊原にはある疑問があった。それは佐伯がなぜ20年前の事件の解決に執着しているのかだ。佐伯は大卒であり、20年前の事件のときにはまだ10代後半だったはずだ。なぜ、自分が警察に入る前の事件に興味があるのか。
豊原が連絡したのは江上である。江上ならなにか知っているかもしれない。
「祐子ちゃん、ずっと黙ってたけど…」
小金井署の屋上。今江・豊原、江上、佐伯がいた。
豊原「佐伯さん、あなたが20年前の事件に拘る理由、それは、あなたが20年前の事件の被害者・木本加奈子さんの友人だからですね…」
今江「あなたの経歴を調べさせていただきました。20年前にはあなた、木本加奈子さんと同じ高校に通っていましたよね。」
「ただの友人じゃありませんよ…
恋人だったんですよ…あの事件で殺された加奈子さんはね…」
佐伯は高校生だった頃、弁護士を目指していた。同じ陸上部に所属していた加奈子と付き合っていたのである。2人は「いつか結婚する」との約束を誓っていたのである。
だが、それは20年前のあの事件で、脆くも打ち砕かれてしまったのである。
「それ以来僕は、弁護士になる夢を諦めて、加奈子を殺した犯人を逮捕するために警察に入ったんですよ…
そして今、20年前の事件の犯人が再び事件を起こした!だから、僕は、何としても20年前の事件の犯人を捕まえるために…!」
「しかし、竹内が犯人じゃないかもしれませんよ?竹内は犯罪者ですが、無実の人を刑務所に送ってはダメですよ!」
今江の言葉に、佐伯ははっと我に返り、その場に崩れ落ちる。
「いつから、僕の過去を…」
「20年前の被害者は高校生。あなたも20年前は10代後半で、被害者の年齢と一致することに気付いたんです」
「そうですか…」
「なあ佐伯、俺は20年前の事件の捜査員の一人だ。だからこの事件の捜査に加わったんだ。
20年前のあのとき、犯人が現れるんじゃないかと、加奈子さんの葬式に俺らも来てたんだ。そこで大泣きしてる高校生がいてな…今でもお前は忘れてないだろうな。
あのとき、事件を解決できなくて悪かったな。ごめんよ。」
嗚咽の止まらない佐伯と悲しみを湛えた表情の江上を残し、今江と豊原は屋上から去った。
「豊原さん、やっぱり20年前の事件も今回の事件も犯人は竹内ですかね?」
「いや、少なくとも今回の事件の犯人は竹内じゃない。あの人だ。」
今江たちは被害者の勤務先のコンビニに行く。
殺人事件の犯人はコンビニ店長・木戸であった。遺棄現場近くの防犯カメラには木戸の車が写っていた。
「あなたと会ったとき、時計を見て、一瞬表情が変わりましたよね。あれは犯行のときに腕時計を傷つけてしまったのに気づいたからではありませんか?」
「いや、でも、それは…」
「調べればすぐにわかることですよ。」
逮捕された木戸は動機を語り始める。
実は木戸は売上金を横領していたのである。高宮は横領に気付いていた。横領の犯人のことまでは気付いていなかったものの、いずれ自分に辿り着くと考えた木戸は、他の店員が帰った後にコンビニのバックヤードで高宮を殺害し、この辺りを騒がせていた下着泥棒の犯行に見せかけるためにコインランドリーの裏に遺棄したのであった。
こうして現在の事件が解決したが、20年前の事件がまだ残っている。
今江たちは竹内がいる取調室に向かった。
「20年前の女子高生殺人事件の犯人は、あなたですか?」
「念の為言っておきますが、20年前の事件はもう時効で、真犯人だとしても罪に問われることはありません」
それでも竹内は否定した。
「違いますよ。私は盗みはすれど、殺しはしない主義ですから。あれは私じゃないです。本当ですよ。」
「20年前の女子高生殺人事件のことは否認してるんですよね。でも、本当は犯人なんじゃないんですかね」
「いや、それは違うと思う。私は『もう時効になっている』って言ったよね。真犯人なら自白するよ」
「じゃあ、20年前の事件には、別に犯人がいたと」
「そう。ん?もしかして…」
今江と豊原が向かったのは町内会。
「20年前の事件は、当時の街の中にいました」
大塚「え?嘘でしょう?」
鎌田「一体誰が?」
「20年前の事件の真犯人は鎌田さん。あなたですね」
「そ、そんな不謹慎な冗談はやめてくださいよ…」
「あなた、20年前のアルバムに、加奈子さんと親しそうに写っていますよね。あなたなら、簡単に加奈子さんの家に入れたはずです」
「そんな…僕には関係ないですよ。何ら証拠らしい証拠もなく」
「鎌田くん、君が犯人だったのか…」
「僕は無関係です。信じてください、会長」
「ここから先は、取調室で聞きますよ」
「事件は時効が成立しているため、あなたは罪には問われません。話していただけますね」
動機を語り始める鎌田。
鎌田は20年前、木本加奈子を性的対象に見ており、覆面をして襲う計画を立てた。だが、加奈子に抵抗され、覆面を剥ぎ取られてしまい、殺してしまったのであった。
その数日後、加奈子の墓前には、江上と佐伯の姿があった。
「佐伯、あんた警察辞めるのか?」
「辞めるつもりでした。あの事件の犯人が見つかった今、僕が警察官である意味はありません。だから…」
「待て。あんたと同じ境遇の人は世の中にたくさんいる。俺達には彼らを救済する義務があるんだ。あんたならできる。」
「そうですか…やっぱり、残る覚悟ができました。」
「佐伯、俺はあと五年で退官だ。お前が、俺の跡を継いでくれるな」
「はい!もちろんです…!」
今江と豊原は街を歩く。
「町内会の鎌田っていう男はどうなるんです?」
「事件自体は時効で、もう罪には問えない。だけど、世間の目を気にして逃げるように引っ越したって」
「そうですか…」
「なんか疲れたよね。」
「そうですよね。あと、腹も減りません?ラーメンでも食いに行きましょうよ」
「そうだね」