5.
「じゃ、ありがとう。」
「うん。何かあったらまた来て。」
一言言葉をかわし、美夢の部屋を出た。職員室に戻るまで、山瀬先生は終始黙ったままだった。が、職員室まで15mくらいになった瞬間に急に話しだした。
「今日の放課後、全校で実験します。」
それだけの言葉が聞こえ、一瞬戸惑った。
「今日、ですか?」
そもそも、実験の準備が必要だし、それほどまで顕微鏡が備わっているわけでもない。
「全てじゃありません。プレパラートだけ皆に作ってもらいます。その後、顕微鏡で観察します。」
その後山瀬先生が言おうとしていたことに気づき、後を引き継ぐ。
「で、私も手伝えばいいんですね?」
「はい。お願いします。」
全員のプレパラートを観察するのはかなり大変な作業になりそうだったが、まあ、元々実験が好きなので対して気には止めなかった。
ただ、2人での実験になるということが一時大惨事を引き起こすことになろうとは予想もしていなかった。
放課後、生徒が集められたグラウンドに山瀬先生の声が響き渡った。
それぞれの生徒は、並べられた長机の上に置かれたスライドガラス、カバーガラス、綿棒など、多様な実験器具でプレパラートを作る。
最後に出席番号順にしてクラスごとに集められたとき、とんでもない量のプレパラートになった。
「先生、確認なんですがこれ全部今日中に観察するんですか?」
「そう...なりますね。」
山瀬先生もこの量のプレパラートは予想していなかったらしい。
また理科室へ行き、大量のプレパラートを運び込む。顕微鏡を取り出し、一つずつ記録を取っていく。しかし、私と美夢に見られた特徴はなかった。一つにつき一分ぐらいのペースで進めていたその時、
「見つけた...!」
どこかで聞いた覚えのある声が聞こえた。あのダークサイダーの声だった。慌ててあたりを見渡したが、姿も亀裂も見えない。なんとか探そうとしていたら、気づいたときにはまたグラウンドにいた。
「今度こそ逃さないからな。アイツもいねぇし。んじゃあ始めるかぁ。」
また声が聞こえた瞬間、アイツの姿が見えた。いきなり波動で攻撃してくると思ったら、今回はまず環境を有利にしようとしていた。アイツがニヤッと笑ったと同時に、あたりに霧がたち込める。
「霧か。私の視力、なめないほうがいいよ。」
「眼鏡かけてるくせによく言えるなぁ。」
どうやら話している間は攻撃しようとしていなさそうだ。
「お前が知る必要はない。」
この眼鏡は私が独自開発した相手の動き、身体能力などを自動で分析し、後ろに回り込まれたときなどはその後ろの様子もレンズ部分で見られるようにするものだ。視力補正のためのものでは断じてない。
ダークサイダーは、不思議そうな顔をした後、おなじみの波動で攻撃してきた。だが、今回の波動は前回とは少し違った。周りの霧、つまり水を巻き込むようにして襲ってきた。
強く地面を蹴り、飛び上がるようにして避ける。
「翼!?」
思わず声を上げてしまった。私の背中に本来ないはずの翼が生えていたからだ。驚愕したのはダークサイダーも同じらしい。大きく動揺しているのが分かる。
とりあえず絶え間なく飛んでくる波動を避けながら、なんとか反撃の方法を考える。その時、美夢がよくやっているゲームを思い出した。その中のキャラクターの一種、ラクアスは、主に翼からエアーラッシュで攻撃する。美夢が好きなキャラクターだ。同じような翼が生えている今なら...
「エアーラッシュ」
声を出すと同時に翼に力を込め、切り刻む感じで動かす。数秒後には、切り刻まれたダークサイダーの横に降り立っていた。
「クソが。」
最後に一言そう言うと、跡形もなく消えていった。
理科室に戻ると、山瀬先生が黙々と観察を続けていた。私が戻ったことに気づくと、何があったのか聞いてきた。
「急にいなくなったから、どうしたのかと...。何があったんですか?」
今話すと長くなる確信があった私は、軽く断る。
「長くなるので、明日報告します。」
「そうですか。忘れないでくださいね。」
完全に腑に落ちてはいないが、まあ、明日話せば納得してくれるだろう。
まだ6割ほど残っているプレパラートを、また一つずつ観察していく。
何時間も経った後、ようやく最後の一枚を観察し終えた。
「お疲れさまでした。」
「先生こそ。納得のいく観察結果はありませんでしたが。」
何時間もかかったが、収穫は少ない。それでも、この反応が私と美夢だけに起こったこと、それに、私にも特殊能力が使えること...この2つの共通点から分かることがあるかもしれない。
山瀬先生と別れ、寮の部屋へ戻る。ベッドに横になった私は、ものの数分で深い眠りについた。