黄昏の夢
〜The Red world and True
Black〜
第一話
終わりと始まりの交差路で
「きみ、クビね」
「は・・・?」
突然呼び出された会長室。
そこで自分の雇用主であるアカツキ・ナガレが言い渡したのは
いままで自分が生き抜いた復讐という糧、その全てが終わった後の事。
なんとなく怠惰に過ごしていた、つかの間の平穏な日々の終わりを告げる物だった。
「は・・・?じゃないよ、クビ、つまりきみは今日限り解雇ってこと」
「火星の後継者も大体は消えたし、きみとの雇用契約もここまでってことさ、これ以上はきみを置いておくメリットは無いし
むしろ『テンカワアキトを匿っている事』で被害ばかり出るんだよねこれが」
「・・・というわけでさ、悪いけど出てってもらうよ」
やれやれと言ったようなアカツキ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
少しの間、深く座り込んだイスがキィキィと鳴る音だけが部屋に響いて。
「わかった、世話になったな」
感情を込めずに、短くそう言ってから出入り口のドアに向かう。
(別に・・・驚く事でも無かったか)
薄々、ここに自分の居場所が無い、というのは感じていた事。
最近は裏の仕事でさえネルガルの手札とばれるために出れない始末。
いまの自分はただの無駄飯喰らいでしかなく、いままで居続けれた事も友人としてのアカツキの厚意だったのだろう。
―――ただ、背負った罪とは程遠いほどの、平穏という安息の、
ぬるま湯に浸かったようなこの生活がこのまま続いてくれれば―――
と思っていた事も、確かな事ではあった。
だから唐突に現れたその言葉に、ほんの少しだけ戸惑ってしまったのだ。
アカツキはあくまでネルガルの会長であり、その利益のために自分と契約していただけに過ぎないのだから。
だからアカツキの言葉は正しくて、それを自分は納得すべきで、納得しなければいけなかった。
「そうそう、ラピスラズリも悪いけどきみとセットで解雇ね、
君だけ解雇して彼女を残すとなると彼女が何をするかわかんないからね」
ドアを開ける寸前、いま思い出したとばかりにアカツキの口から出た、
その、台詞が無ければ―――。
「・・・ラピスを解雇・・・?どういうつもり・・・むっ」
アカツキがラピスを手放す、というのは頷けない話だった、彼女は自分とは違ってネルガルにとって利益になる。
自分と常に共にあったラピスを引き離す、それによる損害のためと言ってはいたが・・・
確かにラピスは最近はかなり表情豊かになってきた、だからその可能性は無いことは無いかもしれないが
それでも利益と比べるといまいち理由としては弱いと思う。
含みを利かせたアカツキの顔、それでそれが何を示しているのか、想像がついた。
・・・というか、やけにニコニコとした作り笑いがやたらに腹が立った。
「・・・結局、何が言いたいんだ?アカツキ」
「はー、わっかんないかなぁ、いいからとっとと帰れって言ってるんだよ、ラピス君も連れてさ」
幾度かアカツキの口から聞いた言葉だった、
「言った筈だ、帰れるわけが無いだろ・・・帰ったとしても意味がない、俺は捕まれば即死刑になるほどのテロリスト・・・」
「―――じゃないよ、きみは火星の後継者に攫われたただの民間人で、偶然ネルガルが保護した・・・って事になってるからね、公式では」
「―――は?」
「彼女が用意したのさ、きみの帰れるための場所をね、情報操作で彼女に勝る者は居ないからね、
うちでも一応調べたけど、奇麗さっぱり証拠も残ってない、それにそれが正しい情報だという証拠まで用意してある
ちなみに彼女・・・っていうのが誰か、なんてのは言うまでもないと思うけど」
「・・・まさかルリちゃんが・・・?」
「そっ、謎のテロリストは結局謎のまま姿を消して、火星の後継者殲滅の功労者であるホシノルリ少佐、
彼女の親しかった人物が火星の後継者に攫われ、用済みになったところをネルガルに発見、保護されていた、
それが彼女がネルガルと接触している理由にもなるし、後はテンカワアキトを引き渡すだけで
どこへ出しても恥ずかしくない、立派な被害者であるテンカワアキトの出来上がりってわけさ。
「・・・ま、きみの身体のカルテを見せるだけで、誰も君があれを操縦してたなんて思わないだろうけどね」
「でも俺は・・・」
「人を殺したから、そんな事は許されないって?」
「・・・そうだ、そうだろ?俺は自分の都合のために人を殺した、何人も、何十、何百と!・・・それをいまさら・・・っ」
「・・・許されるべきか、許されるべきじゃないか・・・そんなこと、どうでもいいんじゃないの?」
「どうでもいい・・・?」
「君を必要としている人達が居る、君もその人達を必要としている、だったらそこに居る事が自然なんじゃないかい?
誰かに必要とされている人間が、どこにも居場所が無いなんて言うのは傲慢だと僕は思うけどね」
「傲慢・・・か」
「そうとも」
いままで一言だって『帰りたい』などとこいつの前で口にした事は無かったのに、
アカツキがはっきりと断定して言うのは、単なる決め付けか、それともそんなに態度に出ていたのか。
「・・・」
「ま、君にしてみれば簡単に割り切れる事じゃないかもしれないけれどね、ただ・・・
毎日のように君がどうしてるとか身体の調子は悪くないかとか聞いてくる女性の期待を裏切らないようにね」
「・・・そうか・・・」
「まぁ僕は奇麗な女性の味方だからさ、ははっ」
「・・・あの子があんな風に人を心配するようになるとはねー・・・」
「ヤマザキの研究レポートは全て軍に持っていかれたからね、彼女はその立場を利用して
強引に資料を取り寄せて、ナデシコBでイネスフレサンジュ博士とナノマシンの解析をしていたらしい」
「・・・で、ついこの間、失われた五感を取り戻せるかもしれない実験結果が出せた、という話を彼女から聞いてね」
「!!」
五感が戻る―――?
「・・・でもあんまり派手に公私混同しすぎるのはちょっとねー、軍人としての立場ないんじゃないかな?」
「だったら・・・」
「ま、要は君がさっさと戻れば解決するんだよ、火星の後継者にさらわれてた被害者のテンカワアキトがね」
「・・・それに、さっきも言っただろ?『僕がテンカワアキトを匿っていると被害が出る』って
そりゃもう脅迫まがいな被害がね・・・しかも打つ手は無くて証拠も残さない、だから僕としてもきみに居てもらうと困るのさ」
「ま、でもきみの事は知れてる所には知れてるしね、3日後にこっそり引き渡す手配だからさ、それまでに準備しといてよ」
「3日後!?おい、勝手に・・・っ」
「・・・言っとくけど、くれぐれも逃げたりしないようにね、その時はうちもきみの敵に回らないといけなくなる」
そう言ったアカツキの顔は、真剣と書いてマジだった。
ルリちゃんはアカツキに一体どんな脅迫をしているのだろうか・・・(汗)
「それに、そのほうがラピスラズリにとってもいい選択なんじゃないかな」
「・・・そうだな・・・正直おまえがラピスを手放すとは思って無かったんだが・・・改心でもしたか?」
「まあね、僕だって一応少しぐらいは罪悪感ってのがあるのさ、それに言っただろ、彼女を残せば何をするかわかんないって」
「それでも、ラピスの価値と比べれば微々たるものだろう?」
「・・・・・・本気で言ってるのかい?」
「??どういう意味だ?」
ラピスが居れば確かに公に出来ない存在である以上多少のデメリットはあるかもしれないが、
それでもラピスの力は強大だ、ルリちゃんの使ったシステム掌握のように
戦争において大軍にすら匹敵する能力を得る事も、ありえない事ではない。
(それをアカツキがわからない筈は無いと思うが・・・)
当のアカツキはポカーンと口を開けて固まっていた。
「・・・いや、もういいよ、きみに言った僕がバカだった」
当然アカツキにもそんな事はわかっている。
わかっていないのはアキトであり、ラピスの価値ではなくアキトと引き離す事のデメリットである。
似た者姉妹というか、軍人という地位に居るルリでさえあれだけの無茶をするのだ。
地位も何も無い―――アキト以外に失う物が無いラピスとあらば、それこそ被害は絶大であろう。
―――しかし、やはりというかなんと言うか、当人であるアキトだけが何もわかっていなかったのだった。
「まあいいさ、ともかくこれ以上抑えるのは無理だから、考えてどうしても帰らないって言うんだったら
きみの口から彼女に直接言ってくれ、僕にはもう無理だから」
それだけ言いきると、くるりとイスを回転させて後ろを向いてしまった。
アキトが去った後の部屋。
静かになった部屋で、アカツキは盛大なため息を吐く。
「・・・昔からモテてはいたけど・・・小さい子にはホント異常なほど好かれるねぇ・・・」
―――ぽつりと呟いた独り言、それはルリとラピスとの双方から受ける重圧の大きさを物語っていた。
ネルガル地下、隠し扉をいくつも通り、自室へと向かう。
その間アカツキの言っていたことをずっと考えていた。
俺だけの問題じゃない、ラピスの事も考えなければいけなかった、俺が彼女の重荷になっているのは間違いない事。
難しいかもしれないが、出来るならば普通の女の子として生きていけるようにしたい。
ここに居てはそれは無理だが・・・
もしラピスが了承してくれるのなら、少なくともこの裏の世界よりはましな世界に
ラピスを連れて行ってあげられるのかもしれない、そう思えばなんとなく気分が軽くなった。
ピッ・・・プシュッ
「ただいま」
先にあるドアが閉まってるため、ラピスには聞こえないとは思いつつも一応そう言う。
出来るだけ普通の生活をラピスに経験させるために、そういう作法は出来るだけちゃんとするようにしていた。
「ラピス・・・?」
居間に入ると、ラピスはなにやらモニターをじっと見つめていた。
(あれは・・・ルリちゃんの・・・?)
ラピスが見ていたのは、軍で活躍するルリの特集を組んだ公開情報みたいな物だった。
(そっか・・・ラピスにとってルリちゃんはお姉さんみたいな物だしな・・・
自分と同じマシンチャイルドで、表の世界で生きてるルリちゃんか・・・やっぱりラピスは・・・)
そう思いに耽っていると、モニターを眺めていたラピスがアキトの存在に気づいて振り返る。
「あ、アキト、おかえりっ」
「え・・・ああ、ただいま」
どことなく慌てた感じでモニターを切り、アキトにぴょんと抱きつく。
ルリを見ていたのを知られたく無かったのだろうか・・・
もしラピスも俺が帰りたいと思っている事に気づいているなら、
それは・・・自分への気遣いではないのか―――?
その姿を見て、アキトは最後の決心を固めた。
「―――なあ、ラピス・・・話があるんだ―――」
―――あの日、ルリちゃんに会ってから、ずっと思っていた事。
『帰りたい』という想いと。
『もしかしたら帰れるのではないか?自分を責めないでくれる場所があるのでは?』
そう自分を擁護する思考がぐるぐると頭を巡っていた。
ただ、ユリカを救い出すまでは止まるわけには行かない、その思いだけで抑制し続けた。
そして、それももう終わった、だから『自分はもう休んでもいい』のではないだろうか。
―――いままで、ずっと自分の弱い部分が囁き続けていた言葉、それにいまようやく頷いた。
きっとあの日、復讐を誓った心はとっくに折れていたのかもしれない。
だから、いまだって『ラピスのために』とか『望んでくれているのなら』などと考えてしまう。
だけど、もうそれでも良かった、もとより自分の弱さなんてずっと自覚していた。
『帰りたい』いまの自分はそれだけが望みで、それは叶えられる事。
だから―――
(帰ろう、あの温かい場所へ―――)
実はラピスは、アキトを廻るライバルとして、ルリの情報を集めていたに過ぎなかったのだが・・・。
ともあれ、ラピスにとって幸か不幸か・・・ようやくといった感じで戻る決心をしたアキトだった。
―――3日後。
アキトとラピス・・・それと付き添いとしてルリと面識のあるプロスとゴートを
乗せたユーチャリスが人気の無い荒野地帯に潜伏していた。
「ユーチャリスを壊すところを見届けるようにと・・・あれが残っていると我が社としても困りますからねぇ〜はい」
とプロスが言っていたが実のところアキトが逃げ出さないための見張り役だった。
「ラピス、ナデシコにはミナトさんが居るらしい」
「ミナト・・・あのお墓でルリと一緒に居た人?」
「何か相談したい事があったらルリちゃんやミナトさんに言うんだぞ?」
「・・・なんで?アキトじゃだめなの?」
「いや・・・そうだな、ラピスが俺に相談できないと思ったら、ミナトさんかルリちゃんに相談するんだ」
ラピスが外の世界で生きて行くには、他の大勢の人とも上手くやっていかなければいけないからな・・・。
ミナトさんならきっとラピスの力になってくれると思う、
それに同じ道を辿ってきたルリちゃんも、きっと俺なんかよりラピスの気持ちをわかってくれるはずだ。
きっとそれは間違いないと思う、現に―――
「ラピス、リリィの転送準備のほうはどうだ?」
「・・・もう少し、直接交信できる位置まで来たら自動で送信するようにしてるから」
リリィは、ユーチャリス搭載のAIの名、つまりナデシコのオモイカネの妹(らしい)のような物。
正直つい最近まで性別なんて知らなかったのだが、ラピスの心の成長と共に急速に成長しているようだ。
いまでは雑学ばかり仕入れ、よく言えば人間らしい、悪く言えば俗っぽいAIになりつつある。
オモイカネの妹と、ルリちゃんの妹のような存在のラピス、必然といえば必然のような気もした。
リリィは、ルリちゃんにとってのオモイカネであり、ラピスにとって大事な友達である。
しかしユーチャリスは正体不明のテロリスト艦である以上破壊しなければいけない。
だからユーチャリスのAI、リリィはナデシコBにこっそり転送し、ナデシコBで共存するという事になった。
これはルリちゃんのほうからの提案、恐らくは下準備は完璧に行っているのだろう。
3日前、ナデシコBへ行こうと言った時、ラピスは「アキトが行くなら」と応えてくれた。
それでもユーチャリスを破壊すると言った時、ラピスの表情には確かに陰りがあった。
それを拭う事が出来たのはリリィのナデシコBへの移植の話だった。
『マスター、ラピス、しばしの別れです』
目の前のウィンドウに涙を流す女性が現れる、リリィだ。
昔は鐘の形をしていたと思うのだが・・・
ウィンドウに現れたリリィの特徴はというと―――。
耳がやたらと長く・・・『エルフ』という空想上の種族の女性を模した姿だった。
しかもリリィの姿には何パターンかあり、オモイカネのように固定でなくてもいいらしい。
女性という性別を意識してなのか、ラピスくらいの外見だったり大人の女性だったり
人間外(女性?)と様々である。
まぁ多重人格のようにパターン毎に性格が変わるわけでは無いので特に何も言う事はないのだが。
「そうだな・・・少しの別れだ、あっちにはオモイカネがいるけど喧嘩しないようにな」
『心配してくれるのですか?マスター』
リリィはラピスを名前で呼び、俺の事を何故かマスターと呼ぶ。
俺はパイロットでしかなく、ユーチャリスは全てラピスの力だけで動いているので
実際にマスターというのがあるのならば、本来はラピスがリリィのマスターだと思うのだが・・・
何度か、何故マスターなのかと聞いた事があるのだが。
『マスターはマスターです、ラピスは大事な親友であり好敵手です、ですからマスターはマスターです』
と、よくわからないままにはぐらかされてしまった、ラピスも特に何も言わないので
当人達がいいなら別にいいか、と思いそのままになっている。
「・・・ユーチャリスは、リリィの半身みたいな物だろうし・・・
しかもそれを俺の事情で壊すって言うんだ、リリィには本当にすまないと思ってる」
『マスター・・・私なんかのためにそこまで・・・』
うるうると泣き出すエモーション、アニメみたいに滝のように涙が出ている。
俗っぽ過ぎるんじゃないか・・・?(汗)
『ではマスター、ひとつだけお願いがあります』
「え”」
・・・凄く嫌な予感がする。
涙のエモーションが急に止まり、一瞬で画面が切り替わり、もじもじ身体をよじるリリィの頬が紅色に染まる。
エルフの特徴(らしい)である長い耳がピョコピョコと動いている、まるで恋愛ゲームのようだった。
『別れの前にマスターのベーゼを・・・それなら私いくらでも・・・』
「ちょっ・・・リリィ・・・っ!??」
「ダメ」
ポチっと、ラピスが手元のボタンを押す。
すると、眼前に迫ってきていたリリィのウィンドウが顔ギリギリのところで閉じた。
内心ほっとしていると、消えたウィンドウの代わりに沢山のウィンドウがラピスの周りに現れる。
『ヒドイ』『横暴』『いいじゃないの』『ラピスのケチ』等等。
それらを無視するように押しのけて、ラピスは再び作業に没頭し始めていた。
(ま、この分ならラピスもリリィも大丈夫かな・・・)
「・・・いやぁ、どこに行っても苦労されてますなぁ、テンカワさんは」
「・・・うむ」
「・・・ルリさんと会った時の事を考えると恐ろしいですなぁ」
「・・・うむ」
端のほうで、居心地悪そうにしているプロス&ゴート。
ナデシコでもユーチャリスでも同じような境遇の2人だった。
「くしゅんっ」
「あら、風邪かしら?」
「・・・いえ、違うと思います」
ユーチャリスとの合流地点へ向かうナデシコB
医務室と呼ぶには相応しく無いほどに拡張されたイネスの研究室にて
ホシノルリとイネスフレサンジュはアキトの治療のための研究、その最終チェックを行っていた。
「まあ無理もないわね、まともな睡眠も取らずに研究をし続けてきたから疲れているのよ
ナノマシン工学を学んで、私の助手を半人前程度にでも務めるまでになれたのは流石だけど
少し休んだほうがいいわ、貴女の人より秀でた身体を持ってしても限界を超えた過労のはずよ」
「大丈夫、アキト君のことは私に任せておいて」
じとりと、そう言いきったイネスを睨む。
けれどここが正念場、熱くならず、冷静に崩さなければイネスさんには勝てません。
「・・・いえ、大丈夫です、この仕事が終わったら休暇をもらう予定ですから」
「休暇?」
「ええ、まだ誰にも言ってませんけど、軍を退職する予定です」
「アキトさんの身体が治っても、ちゃんとその後の経過を見守らなければいけませんし、それに・・・」
「これからアキトさんと一緒に暮らしていくのに十分な蓄えは得
られましたから」
場所は変わり、ブリッジでは―――
「・・・は〜・・・」
コンソールに手を置いていたナデシコBサブオペレーターの少年マキビハリ―――通称ハーリーは
休み無く動かしていた手を止め、深いため息を吐いた。
「おら、なにしけた顔してんだよ、ハーリー」
声がして、ハーリーの頭が軽くはたかれる。
「いたっ、何するんですか、サブロウタさん!」
振り向いた先に居た人物はタカスギサブロウタ、パイロット兼副艦長という立場でありながらも
遊び心を忘れない元硬派、現在は立派に軟派な木連軍人である。
「なにって・・・可愛い弟分が心配で元気付けてやっただけだ」
「余計なお世話ですよ!」
呆れるように再びコンソールに手を置く、しかしやる事は全て終わってしまっていたので
特にする事も無く、計器の微かな電子音だけが定期的に静寂の中に音を刻む・・・。
「・・・なあハーリー、気持ちはわかるけどよ、
ようやく艦長の大切な『家族』が帰ってきたんだ、そんなしけた顔してないでちゃんと祝福してやるのが俺らの役目だろ?」
「それは・・・そうですけど・・・」
「いいじゃねえか、それで艦長に笑顔が戻るんだったらよ?それよか何やってたんだ?ハーリー」
「・・・報告書の作成ですよ」
「ああ、報告書の偽造ね」
それは『いまから起こる事』の報告書だった。
「えーと、『巡回を兼ね、ネルガル重工へ赴き、重傷人テンカワアキトを保護、
これはミスマルコウイチロウ総司令の承諾を得てあり、任務内の物である』・・・ミスマル司令の許可取っても私的だと思うが・・・」
「何々、『その際謎の戦艦と遭遇し、攻撃されたため応戦し目標を撃破、こちらへの被害は無し、以上』・・・」
一通り読み終えてから、サブロウタが提案する。
「んー、ちょっと楽勝過ぎるんじゃないか?一応被害は軽微くらいにしといたほうがいいと思うぞ」
「あ、そうですね、でも軽微って言ったら少しは傷付けないといけませんし・・・」
「ああ、俺がエステでやっとくよ、整備班にも話通さないといけないしな」
「わかりました、じゃあ『こちらの被害は軽微』・・・と」
「・・・ああ、あと俺のエステも戦闘で大部分破損って書いておいてくれ」
「え?どうしてですか?」
「・・・聞くな、いいから頼むな、ハーリー」
「は・・・はあ・・・」
実はナデシコBにはすでに軽微な損傷が出ている。
そしてサブロウタのエステは、いまは整備班が必死で修復作業を行っていた。
吹き飛んだサブロウタのエステがナデシコBに突っ込んだからである。
何故吹き飛んだかと言うと・・・。
「そういえばサブロウタさん、スバルさんと一緒にトレーニングに行ったんじゃなかったんですか?」
「え・・・?ああ・・・逃げ出してきたんだ・・・『ボコボコにしなきゃ気がすまない』って言ってたが
正直殺す気なんじゃないかと思ったぞ・・・(汗)むしろ俺がボコボコにされるところだった」
「は、はあ・・・あ、まだトレーニング室に居るみたいですね」
「ああ・・・よく体力が持つもんだ・・・」
(さっきまで実際にエステ使ってまで大暴れしまくってたのに・・・)
目の前に現れたウィンドウ、そこには猛烈な勢いでバスバスとサンドバックをいたぶるスバルリョーコが映っていた。
『うおおおおお!!死ねえ!!テンカワーーー!!!』
そう叫び、全力のミドルキック。
サンドバックはぎしぎしと悲鳴をあげて鎖を千切り、吹き飛んで行った。
ドスン!
殺す気満々だった。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
ピッ
ウィンドウが閉じられる。
「さ、さて・・・艦長がブリッジに居ない分俺達がしっかりしないとな、ハーリー?」
「そ、そうですね」
ナデシコB内、その何処かで―――。
「うー、狭い・・・ナデシコっていま一応軍だから見つかったら今度は問題になるのかな・・・
っていうかその前にミナトさんに怒られるよねー・・・うう・・・っ」
もぞもぞと動く密航者。
軍艦であるナデシコBだが、呑気な事にいま現在その存在に気づいているのは
食堂の食材が減っている事に気づいたホウメイ氏だけなのであった。
艦長であるルリが研究に没頭しているためとはいえ・・・
実にナデシコらしいと言うべきか・・・あんまりな軍艦である。
そして時間は過ぎ、合流地点―――。
「アキト、来た」
「・・・ああ」
モニターに映るナデシコB。
それの確認と同時にリリィのナデシコBへの転送が開始される。
接続は正常、1時間もすればユーチャリスは抜け殻と化し、その後ナデシコBにより破壊されるのだ。
「じゃ、行こうか」
「うん・・・リリィ、後で」
『また後ほど、ラピス』
『マスター、よき再会を』
2つのウィンドウを背に、ユーチャリスのブリッジを後にする。
その途中格納庫を通り、共に戦い続けてくれた長年の相棒に別れを告げる。
「・・・いままでありがとうな、おやすみ、サレナ」
そして艦の外へ出て、目の前に着陸しようとしているナデシコBを見上げる。
ばたばたと強い風を生み、ゆっくりと地面に着陸する。
完全に停止し、搭乗口がゆっくりと開いていく。
そして、飛び出すように駆け下りてくる短髪の女性―――。
「リョーコちゃんか・・・」
地面に降り立ち、仁王立ちでじろりと俺を睨む。
「・・・テンカワ、わかってんだろ?」
「・・・ああ、わかってる」
「そーか、いい覚悟だ」
ボキボキと指を鳴らしながら近づいてくるリョーコ、何を、など聞かなくても一目瞭然だ。
俺はきっとそれを受ける義務がある、いわば洗礼のような物。
それをする事で、自分にも、俺にも全て水に流すと納得するための儀式。
不器用ではあるが非常にらしいと言えばらしい行為。
ならばそれを受け入れようと、目を閉じ―――る前に、目の前に桃色の髪。
「やめて、アキトに何するの」
いつのまにか、ラピスが迫りくるリョーコちゃんの前に俺を庇うように立っていた。
「何って・・・そりゃいまからテンカワのやつに・・・」
「アキトをいじめる気なら、私が許さない」
「い、いぢめるぅ!?」
キッと、真っ直ぐにリョーコを睨むラピス。
その姿はリョーコにどう映っているのだろうか。
「ちっ・・・わかったよ、何もしないって・・・えーっと?」
「・・・・・・」
ラピスは無言のまま、リョーコを睨み続けているので代わりに答える。
「ラピスだよ、ラピスラズリ」
「ラピスか、じゃあラピス、いまはやらねえ、でもケジメとして俺はテンカワを殴らないといけねえんだ
そのために今日までナデシコに残ってたわけだしな、だからよ・・・」
そこまではラピスに、その先はアキトに向けて言った。
「・・・身体、治ったら一発殴らせろよな、テンカワ」
「ああ・・・わかったよ、リョーコちゃん」
その答えに、リョーコちゃんはニッと笑う。
「ま、あたしからはそんだけだ、ラピスだったな、おめーもそれで納得してくれよな」
ラピスは未だに同じ体勢でリョーコちゃんを睨みつけていた。
恐らくは全然納得してはいないのだろう。
「ははっ、嫌われちまったみてーだな」
「すまない」
「いや、いいさ、まぁわかれっつーほうが無理かもしれねーしな・・・まぁそれよりほら
そろそろ行こうぜ、皆も待ってんしさ」
視線の先には、懐かしい面々。
ホウメイさん、ウリバタケさん、イネス、ミナトさん―――そして、ルリちゃん。
「待ってください」
いままで黙ってじっと見ていたルリちゃんの発言。
大きくはないけれど重みのある、その一言で誰もが静まりかえった。
「・・・ルリちゃん・・・」
すっと、皆の間をすり抜けて一歩前に出るルリちゃん。
その場の誰もが駆け寄ろうとしていた体勢そのままで固まる。
「すいません、先にアキトさんに言いたい事があるんです」
「・・・なに、かな」
目の前にまで来たルリちゃん、真剣な表情だ。
何を言われるのだろうか・・・。
恨み言だろうか?だとしたら覚悟は出来ている。
引き取っておいて突然居なくなって、目の前に現れるどころか生きている事すら伝えなかった。
数年ぶりに再会したあの日―――自分を甘えから突き放すために、あんなにも冷たい言葉を言った。
・・・それを、いまさら帰りたいなど―――ずいぶんと勝手な言い分だ。
戻らないと言っておきながら、戻れる理由が出来たらあっさりと戻るなど、何を言われようと仕方のない事。
曲がりなりにもこうして会ってくれて、俺の身体を治す事まで考えてくれているわけだから
嫌われているという事は無い・・・とは思いたいが。
再び間に入り、俺を庇おうとしていたラピスの肩を引いて俺も一歩前に出る。
「アキト・・・?」
「ありがとなラピス、でもいいんだよ」
そう、こればかりは後回しにするわけにはいかなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ゴクリと。
思わず生唾を飲み込む。
次に来る言葉、そして行動―――。
「お帰りなさい、アキトさん」
「・・・え?」
「お帰りなさい、アキトさん」
「あ・・・うん・・・ただいま・・・」
ズターンと、でかい音を立てて皆が崩れ落ちていた。
「お、おいおいそりゃあないぜえ・・・」
「やれやれ、ルリ坊がテンカワを叩くシーンが見られると思ったんだがねぇ」
「なんだよルリ!妙に改まって言うから緊張しちまったじゃねーか!」
一斉に復活し、ルリちゃんにまくし立てる旧ナデシコクルー。
「し、仕方ないじゃないですか、いざ会ったら何も浮かばなくなっちゃって・・・
せめてこの言葉だけは一番アキトさんに言いたかったから・・・」
「ルリルリったらほんっと可愛いわねえ」
そうルリちゃんを抱きしめるミナトさん
張り詰めた空気など最初から無かったかのように、途端にがやがやと騒がしくなる、
何も変わっていない、懐かしい、あの日々に戻ったような錯覚すら覚える。
(ああ・・・帰ってきたんだな・・・)
(やっぱりここは温かいな・・・温かくて・・・まるで日向の中にいるみたいに・・・)
(俺は・・・ここに・・・ナデシコに、帰って来たんだ)
「おかえり・・・か・・・」
誰にも聞こえないように、小さな声で呟く。
その一言が、ここに居られる事を許されたような、そんな実感として感じられた。
1時間ほどして、ブリッジにてナデシコBのクルー達にも挨拶を済ませた後
アキトはナデシコBの医務室(研究室とも言う)にて、治療のための説明を受けていた。
「こほん・・・では早速説明しましょうか」
生き生きしたその声と同時に、イネスが壁のボタンを押す。
するとガラガラと音を立ててスクリーンが降りて来る。
「・・・待て、それは話終えるのにどれくらいかかる?」
「そんなに長くないわ、2時間程度よ」
十二分に長過ぎた。
「・・・イネス、もう少し簡潔に・・・」
「それは今度にしてください」
いつの間にかイネスの横に移動し、イネスの押したスイッチ、その隣のボタンを押していたルリ。
今度はガラガラと音を立ててスクリーンが上がって行く。
「簡単に言えば、相対するナノマシンをぶつけて無力化し、排除するわけです」
目茶苦茶単純な話だった。
「あ・・・ああ、それはわかったけど・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、イネスが隅のほうに・・・」
隅っこのほうでいじいじといじけていた。
「仕方ありませんね・・・イネスさん、あとでハーリー君を貸してあげるので存分に説明を聞かせてあげてください
吸収は早いほうだと思いますし、知識が増えるのはいい事ですから、これもハーリー君のためです」
しれっとそう言うと、アキトに振り向く。
「では、始めましょう」
そうして、アキトの治療が始まった。
1時間ほど、幾度と繰り返した試験管での実験を再度行う。
結果、アキトの血液に含まれていた全てのナノマシンは呆気なく消滅し、
役目を終えたナノマシンも想定通り消滅し、後には正常な血液だけが残る。
後はそれをアキトの体内で実際に行うだけ。
「じゃあ・・・やるよ」
そう言い、アキトが自らの首筋にナノマシンを注入する。
効果が現れるまでは数秒程度、誰もが成功を信じ、見守る。
そして、異変は起こる―――。
「・・・・・っ・・・ぐ・・・ぅ・・・」
突然、アキトがガタガタと震え出す。
「うあ・・・あああああああ!!!」
「アキト!!」
「アキト君!!?」
突然、アキトが絶叫し、ベットが壊れるほどに暴れだす。
「っ・・・そんな!!?ナノマシンが活性化して・・・」
モニターしていたイネスが急いで原因を調べる・・・が、わからない。
わかるのは全てのナノマシンが活発化し、無秩序に全身を駆け巡っているという結果だけ。
「あ・・・アキトさん!アキトさん!!」
想定していなかった異常に動揺し、錯乱するルリ、そこにナデシコのブリッジから通信が入る。
『艦長!!艦の周りに異常が発生してます、詳細がわからないのですが恐らくボース粒子かと思います』
「・・・恐らく?ボース粒子ではないのですか?」
『それが・・・わからないんです!ともかくすぐにブリッジに戻ってください!』
よほどの事態か、一方的にそう言うと、通信は途切れた。
「・・・っ!!」
戸惑う、アキトに異変が起きているというのに、そばに居れない。
なんと歯がゆいのだろうか、なんのために自分はいままで必死に頑張ってきたのか。
しかしいま、感情に流されてはならない、いま自分ができる、最善を尽くすために。
「・・・イネスさん!」
「必ず・・・アキトさんを助けてください・・・!」
「・・・わかったわ、さあ貴方はブリッジへ」
「わかってます、(ぴっ)ハーリー君、いますぐ艦の周りにフィールドを張ってください」
イネスが頷くのを確認すると、ルリはブリッジへ向けて走り出し、同時にウィンドウを開き指示を出す。
『え!?は、はい艦長!』
「もしかしたら不確定なジャンプが起こるかもしれません、急いで」
A級ジャンパーであるアキトの異変、ボース粒子らしき物。
それらを考えればボソンジャンプが起こる可能性は極めて高い。
しかも恐らくは行き先は決まっていない、暴走のような形で。
しかも原因と思われるアキトがここにいる以上、恐らくはジャンプから逃げる事は叶わない。
それでも、いまの自分の役目は艦を守る事、クルーを守り、アキトを守る事。
だから出来る事が無いかもしれないとしてもルリはブリッジへ向かう、最悪の状況で、最善を尽くすため。
「アキト!アキトぉ!!」
「ちょっ、危ないからじっとしてって、
ラピスちゃ……あぁもぉ、言いにくいからラピラピ!!」
アキトの手を握っていたラピスだったが、暴れだしたアキトからミナトが離れさせた。
それでも懸命にもがき、アキトへと近づこうとする。
しかし腕力では大人であるミナトには敵わず、とばっちりを受けない様に部屋の隅で見ている事しか出来ない。
「っ・・・必ず助けろって言ってもこんな事態想定してるわけ・・・」
「おら!大人しくしろ・・っテンカワぁ!!」
暴れるアキトをリョーコがどうにか固定し、首筋にイネスがまず
先ほど注入したナノマシンを破壊するための注射、
それと急造のナノマシン沈静作用のある注射器を打ち込む。
注入した物は、先に注入したナノマシンをだけでなく、解析した無害なナノマシン、
その他全てのナノマシンさえも沈黙させる物。
それにより副作用として一時的にとはいえ、ナノマシンによって活性化している生体活動も沈静化させてしまう物だった。
通常の状態であればその間に沈静化したナノマシンの除去をしたりと、あくまで治療のために考えていた物であり、
いまこの異常な状態において果たしてアキトの身体に悪影響が出ないかどうか、それがわからない。
それでも何もしないでいれば一斉に活性化したナノマシンでアキトの身体はボロボロになってしまうだろう。
だから、賭けのような状況でもそれを打った、どうか効いてくれるようにと祈りながら。
しかしそれは効果が薄い可能性が高かった、アキトの体内にあるナノマシンはすでに解析済みであり、
それらが原因でいまの異変が起こっている可能性は、解析によると限りなく零に近い。
それらのナノマシンは、あくまで触発されて活性化したに過ぎず、元凶ではないのだから。
「あ・・・ああああああ!!!!うああああああああ!!!!!!」
いままで無かったほどのナノマシンの奔流が激しく浮き上がる。
顔だけでなく、全身から迸る光は、激痛と呼べるほどの頭痛を持ってアキトに膨大なイメージを送る。
―――そこから流れて来るのは、おおよそ人1人に納まり切れない、膨大な情報だった。
同時に見える、幾重もの光景
同時に聞こえる、幾重もの声
同時に伝わる、幾重もの感情
それも数人程度ではない、数十、数百もの情報がアキトの目を焼き、鼓膜を叩き、脳を埋め尽くす。
当然のようにアキトという人間1人に留めて置ける物ではなく、入ったそばから流れ出して行くようにそれらは消えていく。
それは無意識のうちに取った自己防衛手段だったのかもしれない、それでも高速で駆け巡る情報はアキトを蝕み
脳は沸騰し、アキトの人格、器というべきか、それは崩壊寸前にまで追い込まれる。
「――――ぁ・・・ぐ・・・」
あと少し、大きな衝撃でもあれば、アキトという人格が崩れるに至る
ギリギリのところで、情報の波が途絶えた。
後に残った物は何も無い、例えるなら雷雲を抜けた後の空のように澄み切った気分。
全ての情報はそのまま入ってくる勢いのまま流れ出て、アキトという人格は無事に雷雲を抜け切った。
「ぁぐっ・・・は・・ぁっ・・・」
ままならない呼吸でなんとか酸素を取り込む。
脳は急激に冷えていき、張り詰めた神経が、普段は感じられないびっしょりと掻いた汗の冷たさを感じていた。
心臓の鼓動が、先ほどの声の代わりに鼓膜を叩く。
鼓動が治まり、ようやく
ふと周囲に気配を感じない事に気づいた。
意識ははっきりしている、なのに自分という存在以外を感じ取れなかった。
寝ているはずのベッドも、周囲に居たルリやラピス、イネスにリョーコ、そのどの気配も感じ取れない。
目を開けようとするが、開けているのか、閉じているのかすら、それともすでに開いていたのかすらわからない。
自分がいま寝ているのか、立っているのか―――まるで水に浮かんでいるような浮遊感にも似ていて、非なる物。
ふと想像してしまう。
―――まるで世界に自分ひとりしか居ない、隔絶された世界に放り込まれたようだと。
(まさか・・・五感が完全に無くなった・・・?)
もしもこれがそうなのだとしたら、いっそ今すぐにでも死んでしまいたかった。
この世界には何も無い、何も存在しない世界、自分だけが存在する自分だけの世界。
それは想像を絶する孤独だろう。
いつしか自分すら確立出来なくなり、いつのまにか自分という存在が消滅する。
自分が消えた事にすら気づけずに、その兆候すらなく消滅する。
そんな地獄すら超える未来すら、想像するに難くない世界だった。
(誰か・・・誰か居ないのか!?)
必死で声を上げようとするが、世界には何も響かない。
音は無く、光も無く、上と下の境界も無く、いまはもう自分の身体すら感じない。
(―――いや、色があった、多分何もかもが赤い色をしているのだろう、そしてここはきっと水の中だ)
見えなくて、感じられなくとも、何故かは知らないけれどそれだけが認識できた。
ただし、それはそれだけの事、わかったところで何も変わらない。
自分の存在の他に何も無く、ただ赤い色だけが広がった世界。
ただなんとなく水に浸かっている、だからこんなにも冷えるのだと、頭のどこかで思う。
消えるのなら、早いほうがいいと思った。
下手に長引けば、それだけ辛い思いをする。
自分はもう死んだような物だ、ならこれ以上辛い思いなどしたくない。
そう思うと、ゆったりとどこかに流されていくような感じがした。
吸い込まれているのかもしれない、だとしたらどこへ辿り着くのだろうか。
呼ばれているのかもしれない、だとしたら誰に、何に呼ばれているのだろうか。
そこはここより、幸せな世界なのだろうか―――。
だとしたらそこへ行きたい、
こんな世界は嫌だ、ここじゃないその世界へ行こう。
―――そう強く願った瞬間、強く、何かに引かれるように意識が霧散した。
意識を失ったアキトの身体から漏れる光がいっそう強くなる。
アキトを中心に、眩い光が広がっていく、誰もが目を瞑るほど強いその光は、2つの船を覆いつくすほど巨大に広がり、そして―――
「ボース粒子らしき粒子、急速に増大!」
観測していたクルーからの悲鳴混じりの報告。
「っ・・・フィールドは全開を維持、総員ショックに備えてください!」
戦艦2つを覆うほどの巨大な光に誰もが目を開く事は出来ず
その光に、まるで剥がされていくように意識が薄れていく。
その感覚を、ルリは知っていた。
いや、ナデシコA―――あの船に乗っていたクルー全員が、知っている感覚。
―――そして、光が収まった後には、最初から何も無かったかのように、荒野だけが広がっていた―――
―――ここは、終わりと始まりの交差路。
否、決して交わる事の無いのだから交差路というには違うかもしれない、
例えるなら、2つの世界のもっとも近づく場所、その間には決して超えられない壁がある。
そこを、青年は不思議な力で飛び越えてしまった。
―――故に、新たな旅がここに始まる。
後書きと言う名の出張懺悔ルーム。
こんばんわー☆(書き終わったのが夜なので)
リレー小説『黄昏の夢』第1話を担当させていただきました雪夜でっす。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪(予想以上に長くなってしまいました(汗))
『黄昏の夢』について。
雪夜の小説を読んでくださっていて「まぁそれなりに・・」と認めてくださってる人も
「いつも読んで無いしこいつのはつまらねー」と思っている人も、ぜひ読んでください♪(強引)
次は別の方が書くのがリレー小説という物なのでここでつまらなくとも次は面白いですよw
それでは次回またどこか、最果ての地にてお会いしましょう♪
感想という名の……なんだろうね?
こんにちは。第二走者を任されている青柳 詩葉です。
次走者が感想を書くということになっておりまして、今回は私が感想を書かせて頂きます。
ではまず始めに。第一走者の雪夜さん、お疲れ様でした。
バトンは確かに受け取りましたよー。どうかごゆっくりとお休みくださいませ。
さて。それでは感想といきましょうか。
AIリリィとかいい味出してますねぇ。別れ際にベーゼときましたか。
彼女には後に続くだろうアキト争奪戦でも頑張っていただきたいものです(苦笑。
あとはやはり……ルリの『お帰りなさい』の一言が。
作中でも書かれているように、本来彼女はアキトを恨んで良い立場にあります。彼は家族よりも復讐を選んだのですから。
しかし、それでも彼女はそうはしなかった。そんなことは彼が帰ってくるということの前ではあまりに小さかったのですね。
……この一言だけで、色々と詰め込んでるんだろうなぁと思います。
話し変わりましてアキトのナノマシン暴走。
これはあれですね? わけわからん具合で暴走したことをいいことに人体改造レベルでアキトをいろいろなものに変化させて―――。
―――うふ。うふふ。……うふふふふふふっ。
……じゃなくてですね。
治るだろうと思ったものがあら大変。人生そうそう簡単にいくものではありません。と言ったところでしょうか。
果たして彼の命運は如何に(お前が言うなと。
……さて。
あまり長々と書くのも何ですし、ここいらで止めておきましょう。
では、最後にもう一度。
雪夜さん、一話完成お疲れ様でした。
雪夜さんへの感想はこちらの方に