あか あか あか
……火星の赤……夕焼けの暁……鮮血の朱……
赤い海から流れてきたこの場所は同じ赤だけが世界を照らす、ただそれだけの場所だった。
俺は、世界に恐怖し、怒り、悲しみ、喜び、泣いた……
世界には全てがあった、あらゆる道徳、あらゆる悪徳、どんな些細な事象から、どんな巨大な事象まで。
起こりうる全ての事象、全ての思いが渾然一体となってその赤に溶け込んでいた。
それはとても幸福な事であり、同時にとても不幸な事だった。
何十億もの思いが一つになり、存在している……
ここはあり方の変わってしまった人類の世界。
それだけが痛いほどよく分かった。
最初俺はこの世界の情報で脳がパンクするものと思っていた。
次にあまりにも見えすぎる人の意思に、精神が壊れる寸前までいった。
何度か夢から覚めそうになったが、その度に過去のフラッシュバックを引き起こした。
そうしているうちに見えてくる物もあった、それは、この世界は一人だと言うことだ。
統合された一人の中で、今まで何十億と生きていた人間の人生が繰り返されている。
時には昔語りのように、時には別の人間の人生と掛け合わせるように。
俺はそれらの情報を溜め込むのではなく、受け流していく術を覚えていた。
無数の人生を真正面から見ることなく、情報を受け入れ、別の場所に送り出す。
それを繰り返していれば、とりあえずは自分までは侵食されない。
俺の人格はまだ持っているのか、それはもう分からないが、これ以上壊れる事は無いだろう。
そう、俺は世界をただ、ただ見ていた……
その記憶が現実に残らないのだとしても……
シルフェニアリレー企画
黄昏の夢
the red world and true black
第五話
邂逅
この世界にボソンジャンプで転移してきてから約一ヶ月。
機動戦艦ナデシコBはようやく、月の裏側へとやってきていた。
ボソンジャンプは不思議と使用不能ではない事が分かっていた。
だが、遺跡が存在しない以上、ジャンプにどのような副作用があるか分からない。
実際、無人機のジャンプ実験をした所、ジャンプアウト場所が
予定の場所より1億km(光の速さで約5分33秒)以上もずれるという事態にナデシコクルーは落胆を隠せなかった。
その上、アキトは意識不明のまま、ラピスは外界への意識を閉ざし、ルリは不安のため睡眠不足に陥っている。
帰れるかどうかも分からない場所で、艦長がこの状態では他のクルーも士気が落ちるのは仕方ない事だったろう。
そんな折である、以前出していた探査機からのデータ解析が終了したとイネスから報告があったのは。
自然、ブリッジクルーの多くはブリッジに集った。
「探査機からのデータ解析が終了したと言う事ですが、何かわかりましたかイネスさん?」
「そうね、手早く言うとかなり面白い事が分かったわ。詳しく聞きたい?」
「いえ、要点だけまとめてお願いします」
「……まあいいわ、先ず最初にこの世界は私たちの世界とは直接のつながりは無い、でもきわめて近しい世界だと言う事かしら」
「なんだなんだ、もったいぶってねーでさっさと教えろよ」
「まあまあ、スバル大尉も落ち着いて。一体何が判ったんです?」
「この世界は私たちの世界と同じ西暦が使用されているわ、しかも、国家配置もほぼ同じ。日本もあるわよ、ほらここ」
そうして指し示したのは、スクリーン上に表示された地球儀の一箇所だった。
しかし、その日本はクルー達が知っている日本とは少し異なって見えた。
「フレサンジュ。この日本には東京が無いように見えるが?」
ゴートは相変わらず渋い顔をしながら、イネスに問いかける。
そう、その地球儀にある日本には東京が無かった。
いや、東京に限らず、元々海抜が低かった土地は根こそぎなくなっている。
とても、人為的にどうこうできるレベルの問題では無いにもかかわらず、ひどく作為的だった。
「それは簡単、水爆級の爆発があったのよ」
「爆発?」
「隕石の衝突と表向きは公表されているようだけど、それを信じている人は少ないわね。
何かが爆発したのを見たという目撃証言もあるわ。
爆発地点は南極、それによって海面が上昇したと考えられる。
当初私たちが氷河期前の地球かも知れないと考えていたのもその影響ね」
「ちょっと待ってください」
「何かしら、ホシノ・ルリ?」
「今の話からすると、現地の放送なりなんなりを傍受する事が出来たんでしょうか?」
「その通りよ、この世界でも人工衛星がかなりの数打ち上げられているようね。
周波数帯をある程度変更すれば何とか視聴可能よ。
少なくとも、この世界の文明は21世紀初頭である事は間違いないわ」
ルリは今までの話を総合して、この世界を考えなおした。
少なくとも、地球に下りれば文明人と呼んでもいい人たちがいることは間違いないだろう。
しかし、同時にこの世界と元いた世界の違いが気になる。
それに、幾らナデシコが新鋭の艦とはいえ、食糧事情にそれほど余裕があるわけではない。
後一月もすれば艦内の食料品も底をつくだろう。元々長い航海を予定しているわけでもなかったのだから。
平行世界であろう事がほぼ確実になった以上、何とかして接触してみる必要がある事だけは確かだった。
会議はその後も続いたが、結論が出るわけでもなく、ルリの決断待ちとなった。
「では、一度静止衛星軌道上まで接近してみましょう。ハーリー君人工衛星の配置と、監視範囲を計算。ステルスモードを起動して置いてください」
「了解しました、艦長」
「サブロウタさんはエステバリスの起動準備、戦闘になる可能性は低いと思いますが念のため、機動隊にスタンバってもらってください」
「了〜解」
「ミナトさん、ハーリー君からマップ転送後、日本上空へ向けてください」
「ふーん、ルリルリも日本がいいの?」
「というより、私たちはあまり他の国の詳細を覚えていません。日本が一番比較しやすいと思いますが」
「そうね、じゃあ行きますか」
ルリの指示の元ナデシコBは日本上空へと向かった。
ナデシコクルーの心は未だ暗かったが、それでも文明社会へと帰れる事で空元気程度は出たように見えた。
━━時に西暦
2015年━━
人類は未曾有の危機を迎えていた……
それは西暦2000年9月13日、南極大陸に起った大災害。
南極大陸・マーカム山に10センチメートルに満たない極小の隕石が、光速の95%のスピードで落下。
その質量は4.02×1020トンに達し、洪水、津波、海水面上昇、噴火、地殻の変動、地軸の変動などの環境激変をきたした。
と公式には発表されているが、事実は違う。
実際には未知のクリーチャーの襲撃により、セカンドインパクトが引き起こされた。
これにより、東京を含む海辺にあった大都市はほぼ壊滅。
跡に残されたのは海中に没して住む人のいなくなったビル群ばかりである。
現状、同種のクリーチャーがサードインパクトを起こしてしまえば人類壊滅という可能性も考えられた。
それに対抗すべく、国連はネルフという特殊機関を作り対使途兵器を開発していたのだが……
海中を進む、巨大な影……
悠々と進むその影は、特に意識して何かを探している風でもなく、目的地が定まっているように迷い無く進んでいる。
【本日12時30分。東海地方を中心とした、関東全域に特別非常宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難してください】
海中より出没した、巨大な姿に、国連軍による一斉攻撃が開始される。
無数の戦車砲弾や爆撃にさらされながら、それでもその巨影は速度を緩めることも無く、悠然と歩を進めている。
正体不明の物体の映像が映し出された、国連直属特務機関NERV(ネルフ)の作戦司令室……
そこでは、国連上層部の人間が初めて戦う人類以外の敵を前に悪戦苦闘している。
とはいっても、あくまで命令を下すだけの立場ではあるが。
「正体不明の物体は本所に対し進行中!」
「目標を映像で確認。主モニターに回します」
国連軍の攻撃をものともせず、巨大なクリーチャーは進んでいく。
まるで吸い寄せられるようにNERV(ネルフ)本部へと……
「15年ぶりだねぇ」
「ああ、間違いない。<使徒>だ」
冬月が感慨深く呟く言葉に答え、ゲンドウはぽつりと漏らす。
蓄えたあご髭に隠れそうな口元が少し歪んでいた。
あらゆる兵器を駆使して戦っている国連軍だが、使途には傷一つつかない。
何らかの防御手段を講じている事が分かるくらいだ。
国連軍の高官たちはその事に痺れを切らし、とうとう最終手段に出る事にした。
N2兵器……
国連軍・戦略自衛隊が保有する武器のなかで、最大級の破壊力を持つ兵器。
N2地雷、N2爆雷、N2航空爆雷などがあるが、N2とはNo Nuclear(ノオ ニュークリア・核兵器では無い)の頭文字をとったものである。
しかし、それは表向きで、実際のところは半減期の著しく短い放射性物質で構成された核兵器という説もある。
その一つN2地雷を仕掛け、爆発させる……
そのため、国連軍の大部分は既に撤退していた。
日本直上の静止衛星軌道上……
地球から30000km離れたその場所でナデシコBは地上の観察をしていた。
だが、暫くしておかしな事態が起こっている事が分かった。
そう、不可解な通信を傍受したのである。
「これは……怪獣……ですか?」
メインスクリーンに映し出されたソレをみて、ルリは眉間を指で揉み解すしぐさをした。
大概の事では動じない彼女も、流石に突拍子も無さ過ぎて、ついていけないらしい。
『おいおい、まさかウル○ラマンでもいるんじゃないだろうな、この星……(汗)』
『いや、どっちかっつーと○ジラだろ、これは』
「体長40m前後って……はまり過ぎ……」
リョーコ、タカスギ、ミナトらの意見もおおむね同じだった。
しかし、傍受したのは軍事用の通信である。
映像にも処理された後が無いことはオモイカネが肯定している。
しかし、実際国連軍の貧弱な武装を相手にもしていないその様は怪獣映画そのものである。
「これは……大変な世界に来てしまったみたいですね……この世界が経済活動に即した場であればいいのですが……」
「どどど……どど!?」
「ほら、ハーリー君深呼吸! すぅーはぁー」
「すぅーはぁー、すぅーはぁー、ふぅ……艦長どうしましょう? 助けなくていいんですか!?」
「……そうですね」
ルリは慎重に考える、この場で彼らを助ける事は難しく無いだろう。
地上までいってグラビティブラストを放てばいい。
グラビティブラストは、指向性はあるものの圧縮された重力場だ、
星と同等の質量になるブラックホールと比べればたいした事は無いものの、
それでも、こと物質に対する破壊力という事であれば、核兵器など比べ物にならない。
あらゆる物質を圧壊させる兵器なのだから……
しかし……
「ハーリー君」
「はい」
「この星に今介入したとして、その後どうなると思いますか?」
「え?」
「私たちは、この星とは無関係の人間です、しかし、介入せざる終えない状況は何れくるでしょう。
そもそも、私たちの食糧事情もあまりいいとはいえませんし」
「はい」
「しかし、その時あの怪獣と私たちが戦闘して、もし町に被害でも出たらどう思われるでしょうね?」
「え?」
「いえ、被害が出なくてもです。正体不明のヒーローとして私たちを受け入れてくれると思いますか?」
「あっ! ……えーっと、怪獣と同じ?」
「そうです。私たちが介入する場合は状況を把握してからじゃないと、後で後悔するかもしれませんよ?」
『だからって、黙ってみてるのか?』
ルリとハーリーの会話に割り込むように、リョーコが反論する。
確かに、今現在失われている命があるのも確かなのだ。
しかし、ルリは冷静な顔を崩さない。
「では、突貫しますか?
正直に言えばグラビティブラストが100%効くという保証は無いですよ?
それに、エステバリスは確実に役に立ちません。
それは、先ほどからの戦闘を見ていれば分かるでしょう?」
『………』
そう、確かに兵器の技術は自分達のほうが勝っている自覚はある。
しかし、こと破壊力においてエステバリスは爆撃機やミサイルをさして上回る物ではないのだ。
そもそも、エステバリスは全長6〜8m。身長差は最低でも5倍、質量は125倍を越える。
攻撃が効くようにするには出力が圧倒的に足りなかった。
リョーコがそんな事を考えているとき……傍受していた通信が突然規格外の音を立てる。
『ドォォォォ
ン!!!!』
『な!?』
「爆発反応、この位置からでも光学的に観測できます……! こっ、これは……核兵器!?」
「……使ってきましたか」
「冷静ねー、ルリルリ……アキト君の事とは随分違うのね?」
「……公私混同している自覚はあります。でも、今は生き延びるために今は最大の努力が必要だと思います」
「うんうん、けなしている訳じゃないの。きっとそれは正しい事よ。人間守るべき何かのために強くならなくちゃね?」
「……はい、ありがとうございます。ミナトさん」
なんだかんだと言っても、ルリもかなりまいっている。
知らない世界へと飛ばされてより一ヶ月間、アキトは目覚めることなく、またラピスもふさぎ込んでしまい、
つられてかAIのリリィすら反応を返さなくなっている。
オモイカネに頼んでアクセスしてみた事はあるが、完全に自閉モードになっており、入り込めなかった。
正直ルリも何もかも投げ出してしまいたいと思った事が無いわけでもなかった。
しかし、自分がこの船の艦長である。責任を押し付ける上官すらいない。
そんな状況で、ピリピリするのも仕方ない事なのだろう。
そういう意味で、ミナトの励ましはルリの心に届いていた。
使徒に対してN2地雷を使用した結果は、
周辺一体をガレキの山にしたあげく、結局の所使徒に対し全く打撃を与える事ができなかったと言うことがわかっただけだった。
もちろん、更に上の威力を持つ戦術核まで試した訳では無いが、国連もそこまでする大義名分が存在しなかった。
国連上層部の人間たちは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、どうにかゲンドウに言い放った。
「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
「了解です」
「碇君、我々の所有兵器では目標に対し有効な手段がないことは認めよう」
「だが、君なら勝てるのかね?」
「そのためのネルフです」
「期待してるよ」
一連の会話は無味乾燥で、その実国連はネルフを疎ましく思っている事がありありとわかった。
だが、ゲンドウは落ち着いたもので、今まで起こった事が何も無かったように姿勢さえ崩さない。
となりに居る冬月は、少し冷汗をかいていた。
実際の所ネルフはまだエヴァを起動させる事すらままならないのだ。
「国連軍もお手上げか。どうするつもりだ?」
「初号機を起動させる」
「初号機をか。パイロットがいないぞ?」
「問題ない。もう1人の予備が届く」
ゲンドウは少し間を置いてから立ち上がり専用のエレベーターの上に乗ると、
そのままの位置で見ている冬月に言った。
「では、後を頼む」
冬月はゲンドウが下へと消えて見えなくなるのを待ってから、小さく一言、
「……三年ぶりだな」
その顔には何故か悲しみの色が宿っているように見えた。
エレベーターに乗って、三つの人影がその場所に降り立つ。
そこはむき出しになった鉄骨が無数に上へと向かって伸びている場所で、下には何か液体がたまっていた。
しかし、それ以外は殆ど真っ暗で何も分らない。
三人の内のひとり少年はトボトボと二人の後をついてきていたが、唐突に何かが見えた気がした。
「う、あ、あっ、真っ暗ですよ……わっ……!? 顔……巨大ロボット…………」
突然明かりがつけられた、その巨大な空間には先客がいた。
それは、首元まで得体の知れない液体に浸かった、巨大な顔である。
少年は先ほど二人の内の黒髪ロングヘアの女性からもらった冊子を慌てて開き、何か書かれていないか確認する。
しかし、もう一方の金髪をセミロングにして白衣を着ている女性がボソリと忠告する。
「探しても載ってないわよ」
「えっ?」
「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。
……その初号機。
建造は極秘裏に行われた……我々人類の、最後の切り札よ」
「これも父の仕事ですか」
「そうだ」
「あっ」
少年は、はっと驚きながら上を見上げる。
そこには頭上から自分を見下ろしている父ゲンドウの姿があった……
少年の父親であるゲンドウ……そう……
少年の名はシンジと言った。
「久しぶりだな」
「ああっ、父さん……」
震えた声で応えつつ、顔をゆがめて目をそらすシンジ……
「フッ、出撃」
「出撃ぃ!? 零号機は凍結中でしょぉ!? はっ……まさか、初号機を使うつもりなの?」
「他に道はないわ」
「ちょぉっとぉ、レイはまだ動かせないでしょぉ!? パイロットがいないわよ!」
「……さっき届いたわ」
「マジなの?」
驚く黒髪の女性と落ち着いた金髪の女性、二人は対照的に見えた。
シンジは女性が自分を庇ってくれていると感じる。
それは、数少ない経験であったから余計にそう見えたのだろう。
「碇シンジ君」
「はい」
「あなたが乗るのよ」
「えっ?」
「でも、綾波レイでさえ、エヴァとシンクロするのに、7ヶ月もかかったんでしょ!? 今来たばかりのこの子には、とても無理よ!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
「しかし……」
「今は使徒撃退が最優先事項です。
そのためには、誰であれエヴァとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。
わかっているはずよ、葛城一尉」
葛城ミサト……黒髪の女性は名を呼ばれて、金髪の女性と向かい合う。
そこにはどこか諦めたような雰囲気があった。
「……そうね……」
「父さん……なぜ呼んだの?」
「お前の考えている通りだ」
「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えっていうの?」
「そうだ」
シンジは顔を険しくし父ゲンドウを見上げる。
シンジはゲンドウに見放され一人で育った。
母親も幼いうちになくし、一人で生きてきたのだ。
正確には少し違っているかも知れない、しかし客観的事実はどうあれ、棄てられた事には変わりないのだ。
「いやだよ、そんなの! 何を今更なんだよ!
父さんは、僕がいらないんじゃなかったの!?」
「必要だから呼んだまでだ」
まるで、自分を人で無いかのように扱われ顔を下に向ける……
気持ちは沈んでいく一方だった。
「・・・・・なぜ、僕なの?」
「他の人間には無理だからな」
「無理だよそんなの。見たことも聞いたこともないのに、できる
わけないよ!!」
「説明を受けろ」
「そんなっ。できっこないよ!
こんなの乗れるわけないよ!!」
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!!」
周囲に沈黙が落ちる。
それは、既に家族の会話ではなかった……
周囲に頼るべき大人がいるにもかかわらず、シンジは常に無い孤独感を味わっていた。
そんななか、ネルフ本部直上に到達した使徒は攻撃を開始した……
ドォォォン!!!
「奴め、ここに気づいたか」
「シンジ君、時間がないわ」
「……」
金髪の女性、赤木リツコに迫られシンジは助けを求めるようにミサトを見たが、
「乗りなさい」
あっけなく前言を翻したミサトに一瞬息を呑み再びシンジはうつむいた。
「いやだよ。せっかく来たのに。こんなのない
よ!」
「シンジ君、何のためにここに来たの? ダメよ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から」
「わかってるよ。でも、できるわけないよ!!」
シンジは本当は何も分かってはいなかった、いや、分かりたくも無かった。
まるでまわりの人全員が、戦争を煽って自分達は安全な所にいる、悪徳政治家のようにすら見えた。
唯一つ分ったのは、この中には誰も味方がいないと言う事だけだった……
自分の心を閉ざし、ただ周りが流れていくままにする……
それによって、今まで自分を保ってきたつもりだったが、段々と自分が希薄になっていくように感じられた……
しかし、正面から自己を主張すれば自分が壊れてしまう……
心の狭間で、焦りが沸くのが分る、しかし、手の打ち様が無いことは分っていた。
だから……
周りの変化には人一倍敏感になっていたのかも知れない……
それは、最初唯の異分子だと思われた。
しかし、段々と大きくなり全てを飲み込もうと動き始める。
俺は、不自由な自己を何とか引き起こし、その場から逃れようとする……
しかし、ソレは本当に全てを飲み込む勢いで広がって行った。
逃げ場は無い、俺自身を保っているのが不思議なくらいだった。
それは、白き月から来るなにか、その名は使徒……
その名を聞いたとき、俺は壊れんばかりに思った。
嫌だ……嫌だ……嫌だ……俺は、同じじゃない……同じじゃない!!
違う……俺は……違う……同じじゃない!! 同じじゃないんだ!!
俺は……オレハ……俺はぁ!!!
俺はベッドから起き上がる、自分の名すらきちんと覚えていないにもかかわらず……
俺は既に、しなければいけないことを知っていた。
それは、排除する事。
それは、同じではない事。
それは、俺であること。
そう、俺は俺であるために、同じではない事を証明しなければならない。
それは、否定であり、全て……
「俺は同じじゃない……」
そう呟くと、近くにあった黒いマントをひっつかみ、跳んでいた。
状況を静観していたルリの目の前に、突然リリィのウィンドウが開く。
『艦長!』
流石に少しびっくりした、ルリは目を見開くが、直ぐに表情を戻し言葉を返す。
「どうしましたか突然、最近見かけませんでしたが」
『そんな事はどうでもいいんです! マスターが、
マスターが目を覚ましました!!』
「「「「ええー!!?」」」」
思わず周りの皆と一緒になって驚いてしまうルリ。
しかし、リリィが矢継ぎ早に告げた事実に唖然となる。
『それが、マスター起きたはいいんですけど、
直ぐにボソンジャンプでカタパルトデッキに跳んで、
そのままエステに乗り込んじゃったんです!!』
「エステにですか!?」
ルリはさっきから驚きっぱなしであった。
アキトがいきなり突拍子も無い行動をした事が信じられない……
ナノマシンが暴走したにしても、いきなりボゾンジャンプなど危険すぎる。
しかし、事態はそんな事を考えるいとますら与えてくれなかった。
『やめろ! こんな場所から一体どこに行くつもりだ!! それにそのカスタムエステはまだ調整が終わってないんだぞ!!』
カタパルトデッキを正面ウィンドウに映すと、そこではウリバタケがアキトに注意をしているようだった。
しかし、既にカスタムエステ、テンカワSPはカタパルトデッキを移動し始めている。
「やめてくださいアキトさん! 誰かアキトさんを止めて!!」
「おう! 任せとけ! こらアキトてめぇ勝手に出て行くんじゃねぇ!! またルリを悲しませるつもりか!?」
「ったく、貧乏くじばっかだなぁオレ……」
「てめぇも行け!!」
「へーい」
しかし、アキトのエステはまるで全てが分っているかのように二人の間をすり抜け、
カタパルトのハッチをこじ開けて宇宙空間に滑り出した。
「アキトさん……一体何が……!?」
ルリを含むナデシコクルーは、少しの間呆然とその姿を見守っていた……
少女を乗せたストレッチャーが運ばれてくる……
それはシンジの考えるパイロットという概念を揺るがすに十分なものだった。
包帯で体の数割が包まれた体、白子(アルビノ)というのだろうか、色素異常であまりに白い肌、同じく色素の抜け落ちた髪の毛。
ウサギの様に赤い瞳……どれをとっても、生きているのが不思議なほど病弱そうな少女であった。
「うぅぅ……っ!!」
少女は傷だらけな体を無理やり起こそうとして、もがいている……
たったそれだけでも、激痛の走る体を……
シンジはそれを見て奥歯を噛み締めた。
異常な世界だと思った……でも、少女の痛々しさにシンジは目を放す事が出来なかった。
ドォォォン!!!
そんな時、また震動が走る……
衝撃でストレッチャーから転げ落ちた少女を駆け寄ったシンジは助け起こした。
少女の体は濡れていた……
少女にふれていた手を見るシンジ……
そこには、あふれ出した血が……
「はああっ……!」
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだぁ……逃げちゃダメだぁっ!!)
シンジは、どうにか落ち着きを取り戻すと、レイを横たえ、父へと向き直る。
そして挑みかかるように睨みつけながら言った……
「やります……僕が乗ります!!」
状況に流されただけかも知れない、レイが来なければ乗っていなかった……
しかし、それでも自分で選んだ事だけは確かだった。
エントリープラグに入って、エヴァンゲリオンに乗り込んだまま、シンジは高速で上へと運ばれていた。
そして、急激に視界が開ける……
そこは地上だった……だが、それは普通の地上ではなかった。
視界が高い……ビル群と同じ様な高さから、見下ろしている事に気付いた。
しかし、違和感はあまり無い……そう、使途も同じ高さを持っていたからだ。
使徒は既にエヴァンゲリオンの近くまで来ている。
シンジはそれだけで思考が真っ白になっていくのを感じた。
だが、見上げれば夜空でも無いのに小さく星が瞬いているのが見える。
それを見てシンジはどうにか心を落ち着けた。
『いいわね? シンジ君……』
「あ……はい」
『最終安全装置解除! エヴァンゲリオンリフトオフ!!』
『シンジ君……今は歩く事だけ考えて……』
「歩く……」
シンジの思考をトレースするようにエヴァンゲリオンが歩き始める。
それだけの事で、どよめくNERV(ネルフ)スタッフ。
ぶっつけ本番ぶりは呆れをもよおすものではあるが、この場にはそれを言う者もいなかった。
「歩く……」
シンジはただただ集中して歩いていた。
先ほどの星が流れ星の様に流れていたのは見えたが、それすらも意識から排除しただひたすらに。
しかし、あまりに歩くなどと言う単純な事に集中しすぎた結果、ぎこちなさが出てしまい、
エヴァンゲリオンは中途半端な姿勢のまま倒れてしまった。
「あっ……うぅ……」
『シンジ君! しっかりして、早く! 早く起き上がるのよ!!』
しかし、シンジは動揺の為か直ぐには動作を起こせなかった。
使途はそれを好機と見てか、直接エヴァンゲリオンをつかみあげる。
筋力比がどうなっているのか分からないが、使徒はほぼ同じ体格のエヴァンゲリオンを片手で軽々とつかみあげた。
そして、左腕をつかんで強引に引きちぎる。
「うぁぁぁ……!!?」
『落ち着いてシンジ君、それは自分の腕じゃないのよ!』
『ハーモニクス低下……神経接続遮断します!』
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
戦闘目的で送り込まれたとしか思えない使徒と、まだ歩く事すらままならないエヴァンゲリオン。
勝負は既についていたといってもよかった。
それでも出撃させたゲンドウにはそれなりの計算があるのだろうが、
それを知らずに手を貸した人々には何の確信があったのか……
目の前の風景に冷や汗をかいているネルフ司令部の面々にはその確信は見えなかった。
エヴァンゲリオンはベアークローのように頭を捕まれたまま、高々と持ち上げられた。
そして、肘についていると思われていた、槍投げの槍の様な形をした武器が、腕を通って、エヴァンゲリオンの額へ、
まるで、パイルバンカー(杭打機)のように連続で叩きつけられる。
エヴァンゲリオンの額部分の装甲版は二度三度と打ちつけられるうちに徐々にひびが入り、崩壊していく。
「っあああ!!?」
そして、致命的なひびが入ったその時。
上空から凄まじい勢いで何かが衝突してきた。
ドッ
ゴォォォォーーー
ン!!!
それは一瞬で使途に衝突し、何かバリア同士の凄まじい干渉の後、爆風で何もかもが見えなくなった。
『何!? 一体何なの!? シンジ君は?』
『ハーモニクスは非常に乱れていますが。シンクロ率37%を維持』
『ふぅ、良かった……で、状況は?』
『光学、電波あらゆる観測を受け付けません』
『……状況の回復を待って再度使徒に攻撃を加えます。シンジ君……いいわね?』
「はぁ……はぁっ……はぁ……っ」
シンジはとても落ち着いた状態とはいえなかったが、再ほどの事態でどうにか意識を取り戻したのか、コクリと頷いた。
本当は心の中は恐怖と緊張、それに先ほど感じた神経の痛みで一杯だった。
だが、シンジの心には未だにレイと呼ばれた少女の姿がある、それがぎりぎりの所で理性を保たせていた……
エヴァンゲリオンの右手にあるビルから何かがせり出して来る。
よく見ればそれはカッターナイフのような形状をしていた……
『いい、シンジ君……? 煙が晴れたらそれを使徒に突き刺して』
「これを、突き刺す?」
『そう、今のところそのプログレッシヴナイフしかまともに使える武器が無いの』
「ええ!? 銃とか無いんですか!?」
『あるけど、当てられる?』
「……いえ」
『じゃあ、煙が晴れ始めたから。カウント3で突っ込んで』
「……はい、分かりました」
この時のシンジはまるで死相が現れたような顔をしていたが、
それでもナイフを腰溜めに構えて体勢を整える。
「3」
煙は徐々に散り始めていた……
「2」
使徒の影が映る……
そして、顔が時々揺れて見えた。
「1」
煙が風で半分以上吹き飛ぶ……
そこには、左肩から心臓部近くまで傷が走った使徒の姿があった。
傷はすぐに塞がろうとするが、中に何かを巻き込んでいるらしく、傷口が紫色の破片であふれていた。
それらも少しずつ消化しているように見えるが、まだ少し時間がかかるだろう。
「0! 行って! シンジ君!!」
「はい!」
エヴァンゲリオンはナイフを構えたまま使途へと突進する。
使途には先ほどまでの運動力は無い。
ナイフは驚くほどあっさりと使徒に突き刺さった。
「うぅ……あぁ……!」
シンジがあまりにもリアルな死の感触に数歩下がったとき。
使徒は巨大な光の柱に変わった……
爆風は直上に向かって収束し頂点付近で十字架を作る……
まるで、使徒自身の墓標のようだった。
第3新東京市の外れ、その全容を一望できる岡地。
不思議な光と共に、一人の男が現れる……
黒いバイザーに黒いマント怪しさの塊の様なその男は、どうにか着地に成功したものの、そのまま崩れ落ちた。
「俺は……俺は違う……」
黒尽くめの男は、その言葉を言い終わると同時に動かなくなった。
しかし、黒尽くめの男が動かなくなったのを見計らったように、どこからとも無く声が聞こえてきた……
「ふふふ、まさかアベルが来るなんて……リリンに嫉妬したのかな?
ううん……むしろ、リリンが嫉妬したのかも?
面白いねぇ……きっと、君にも配役が回ってくるよ、アキト……
運命の輪はめぐるからね……人間に幸あれ、ふふふ……」
そう、確かに誰もいないにも係らずその声は響いていた……
もっとも、誰も聞いてはいなかったが……
そして、その声が沈黙した瞬間、また風が吹きすさぶだけの世界に戻っていった……
あとがき
くくく、振ってやった……振ってやったぞ!
訳の分からん伏線ばっかり、次以後の人に丸投げじゃい!
いや〜楽しいぃ♪
回収を気にしない伏線は(爆)
二週目に死ぬかもですが……
本当に電波アキトと少し自力で戦うシンジだけの話ですが、やたらと長い事に(汗)
火焔煉獄さんの苦労が目に見えるようです♪
いやはや、でもね、実際私みたいな実力の無いSS書きが合流なんて重要なところをやればこうなるのは仕方ないんですよ。
ですので、お許しアレ…………OTZ(泣)
感想
フ不腑……張らされた、駄脳じゃ気づかない伏線を張らされたぞ!(ぉ
いやまあ実際問題、ほんとわかんねえしね。
ま、そのあたりは次の人にと。
んでは、慣れない出来ない感想へと逝きますか。
毎度おなじみのシンジ君、大地に立つ今回の話。
それだけに書き手の技量というものが反映されるわけでありますが、さすが黒い鳩大先生でございます。
窮地に立たされるシンジ君。そこの心理から乗ると決めるまでの見事さと言ったらもう。
それに使徒を倒しちまうあたりも、緊張感が漂ってきていい感じです。
さらにアキトの夢で見た光景、神話を織り交ぜた展開、と適いませんです、はい。
待てよ……そうなると、暴走させなかったこととかのつじつまあわせは私ですか!?
で、出来るかなぁ。
あとがき2
おむぎさんの挿絵を5枚もいただけるという栄誉に預かれました♪
いや、はっきり言って本文がいらないぐらいに凄いです!
特にウルトラマンとかゴジラとかのシーンの挿絵ば含み笑いを漏らしてしまいました♪(爆)
後、やっぱリリィに絵がついたのも凄い!
そして、ゲンドウやシンジ君カッコいいし、エヴァまで…。
いこっそりイネスさんもいいですが(爆)
いやはや、嬉しくて飛び回っております♪