「どうだ、見つかったか?」

『も〜その質問はこの1時間だけで5回目ですよマスター』
『そりゃまあ若くて逞しいマスターがその猛りを我慢するのが難しい事は理解してますけどー』
『はっ、それってもしかして私に慰めて欲しいというマスターなりの遠回しの提案ですかっ!?』

「そんなわけないだろう馬鹿」

『や〜ん、マスターが冷たい〜♪』

 ウィンドウが『ヨヨヨ……』とでも言いたげにねじくれる様を、アキトはジト目で見つめていた。

 全ての鍵を握ると思われる帆船の行方を捜索するために、アキトたちは木星圏から少し離れた小惑星帯の中に隠棲していた。
 あれからラピスとユーリが木星圏の監視衛星に片っ端からハッキングを掛けているのだが、ヤマダの乗った帆船どころか、三隻の戦艦の艦影すらとらえることが出来なかった。

「いちいち同じような反応をするからだ」

『だって〜、ユーリも退屈なんですよぅ〜〜マスターに構って貰えないと寂しくて身体が疼くんですぅぅぅ』

「気色悪い事を言うな馬鹿」

「そう、ユーリは間違ってる」

 オペレーターシートでハッキングにいそしむラピスが、

「アキトを身体で慰めるのは私の役目」

 至極真剣な表情でそう言い切ってくれたので、アキトは目眩を覚えて額に手を当てた。

『ああん、もちろんラピスの事を忘れてる訳がないじゃないですか〜』
『でも私としてはそんなおいしい事は是非ユーリも一緒にやりたいんですよっ』
『ユーリとラピスの仲じゃないですか〜』

「ダメ」

『や〜ん、一言の下に却下するラピスも冷たい〜♪』

 どんな仲だ、とアキトは思ったが口にしたのは別の言葉だった。

「それで、どうなんだ。まだ見つからないのか」

「……まだ」

『見つかりませんね〜〜、もしかしたら木星圏からもう離れているのかもしれません』

「そうか……」

 半ば返答は分かっていたが、やはり成果がない事を告げられると落胆してしまう。
 結局の所、ヤマダや草壁の目的もはっきりしていないのだ。2度遭遇したこの木星圏にいないとなると、どこに行ったのか見当が付かない。

「ユーリ、何か妨害を受けてたりはしないだろうな?」

『ん〜そんな様子はないですね〜〜、さすがにそんなおイタをしてたらこちらにも分かりますよ〜』

「……お前、さっき退屈しているとか言ってたが、見逃してたなんて事はないだろうな?」

『や〜ん、そんなのコトバのア・ヤ・☆ですぅぅぅ』
『特別優秀なこのユーリちゃんがそんなミスを犯すわけないじゃないですかぁ〜〜』

 普通のAIがミスをするわけはないのだが、いろいろな意味で風変わりなこの『ユーリ』、そんな単純なミスをしでかしそうな気がする。

『今だってこんなライトでセンシティブな会話を交わしている傍ら』
『監視衛星のハッキングは言うに及ばず、遠距離から感知されない範囲で周辺の警戒もちゃーんと……』
『ってあら?』
『あらあらあら〜?』

「どうした? なにか見つけたのか?」

『えぇ〜とぉ〜〜』
『見つけたと言えば見つけたんですがぁ〜〜』

「何だ。ヤマダじゃないのか?」

『え〜っと……エヘ、マスター、怒らない?』

「……いいから言ってみろ」
 
『あの、ナゼか、ナデシコCがすぐ近くに』

「…………なにいっ!?」

 アキトが驚愕に飛び上がるのと、ナデシコCの白い船体がモニターに映るのはほぼ同時だった。

「ルリちゃんか!? 何で気付かなかった!」

『え〜と、なんででしょうねぇ?』

「解析しろよ!」

『それはもちろん』

「たぶん、イネスの言ってたボソンジャンプを応用したシステム」

 コンソールに手を当てていたラピスが言う。

「アキト、どうする? 逃げる? 交戦する?
 それともあの未練たらしい女狐に、今度こそ三行半を突きつけて私との愛の逃避行に走る?」

『そこに肉欲も付け加えたいところですね〜』

 何処でそんな言い回しを覚えてくるんだ、とアキトは思ったが、情報源が分かり切っていたのでラピスの台詞の後半は無視した。聞こえない聞こえなーい。

「………………」

『ナデシコCから通信が来てますよ〜』

「ルリちゃんか……」

 普段であれば、過日のように通信も繋がずに裸足で逃げ出すところだが、イネスの話ではナデシコCはクーデターまがいの独断専行中のはずだ。
 それがこちらにコンタクトを取ってきたという事は、今回の件に関係があるのかも知れない。

「よし、繋いでくれ、ユーリ」

『イエス、マスター』

 ラピスが「BOOOO! BOOOOO!」というジェスチャーをしているのを視界から外して、アキトは正面に開いたウィンドウにに向き直った。
 そこに映っているのは、アキトのよく知っている少女の姿。以前見たときは喪服姿だったが、今は連合宇宙軍の士官服に袖を通している。

 ホシノ・ルリは、微笑を浮かべていた。

『お久しぶりですね、アキトさん』

「……ああ、そうだな」

『ついこの間は通信を無視していたのに、今回はちゃんと繋いでくれて嬉しいです』

「いきなり皮肉か?」

『皮肉の一つも言いたくもなります。私がどれだけ苦労してアキトさんを追っていたかを知ってるくせにすぐにボソンジャンプで逃げたり、私がハッキングで掌握しようとしても抵抗しようとするし、機動兵器で戦ったりしてバッタも邪魔をするし、サブロウタさんは女の人にかまけてるしハーリー君は頼りにならないし』

「最後、愚痴になってるぞ」

『いろいろと言いたいことはありますが、今はぐっと堪えます。私もう少女じゃありませんから』

「……無視か」『無視ですねぇ〜』「無視するルリは汚い」

『私、汚くなんかありません。むしろ綺麗です。清純派です』

「『「…………」』」

『……こほん。ともかく、あんまり時間もないので単刀直入に行きましょう。
 アキトさんは、今回の件はどの程度まで把握していますか?』

「む……」

 アキトは返答に詰まった。ルリがどれだけ事態を知っているのかも分からないし、カマを掛けられているかも知れないからだ。
 自慢ではないが、頭脳戦でルリに勝てた試しはない。

「……答え難いみたいですね。それじゃあ、質問を変えましょうか。
 アキトさんは、いま軍部内で起こっている、原因不明の発狂事件を知っていますか?」

「ああ、その事はイネスから聞いたが……」

 いきなり話題が違う方向に転換したため、アキトは戸惑いながらも答えた。すると、ルリは半眼になって、

『……ふぅ〜ん。アキトさん、イネスさんとコンタクトを取ってたんですね。じゃあやっぱり、アカツキさんがアキトさんの行方を知らないって言い張ってるのも嘘ですか』

「う……」

『マスター、ミスっちゃいましたねー』

「アキト、迂闊。減点いち」

 ラピスやユーリが非難してくるが、その通りなので弁解のしようもない。

『……まあ、今はとりあえずそれは良いです。事が終わったら後できっちりと問い詰めますから』

「後でするのか」

『当たり前です。見逃して貰えると思ったら大間違いです。
 ……話が逸れましたね。それで、その事についてイネスさんは何と言っていましたか?』

「ジャンプミスによる精神のジャンプが原因という事だったと思うが……」

『そうです。異常者が軍部内に多いのも、ジャンパー改造された者の殆どが軍や火星の後継者に所属しているからですね』

「だが、全員がそうなるというわけでもないみたいだな。君は無事の様だし……」

『心配してくれてたんですか?』

「む……」

 また答えづらい質問をされてアキトが言葉に詰まると、ルリは嬉しそうに顔を綻ばせた。
 それを見たラピスがむすっと不機嫌顔で口を挟む。

「話の続きはいいの?」

『ああ、貴方がラピスさんですね。初めまして、挨拶が遅れましたね』

「別に、挨拶なんて要らない」

『そして私がユーチャリスのおゴージャスなAI、ユーリちゃんでーす』

『こんにちは。ユーリとは初めてではないですけど』

「そうなのか?」

『ええ、アキトさんを追っている際に、電子戦で何度か……って、また話が逸れてますね』

 ルリは咳払いをして話を元に戻した。

『ええと、先ほどアキトさんが言っていた通り、ジャンパー全員が精神ジャンプで異常をきたしている訳ではありません。でもそれは、半分の意味ですね』

「半分?」

『はい。まず、ジャンパー全員に異常が出ている訳ではありません。割合にすれば1割程度でしょうか。
 そして、その1割の中でも全員が発狂している訳でもありません。半数近くは昏睡状態にあります』

「ユリカの様にか……」

『……知ってたんですね。そうです、ユリカさんも療養中の病院で昏睡状態になりました。命に別状はなく、眠っているような状態だそうです。
 恐らくですが、未来から精神のみがジャンプして来て、一人の身体に二人の記憶が宿るような状態になってしまったんでしょう。それに耐えきれずに発狂してしまったり、防衛本能が働いて昏睡してしまったり――
 でもそんな中で、未来の記憶と精神とに折り合いを付ける事もできるようです』

「そんな事が出来るのか?」

『はい、出来ます。 私がそうですから』

「……何だって!?」

 アキトが驚きの声を上げると、ルリは可笑しそうに口元を緩めた。

『今の私には、この世界での記憶と、別の世界の未来での記憶が重なって存在しています。
 蜥蜴戦争が終わった辺りから、けっこう違いが出てますね』

「それは……その、大丈夫なのか?」

『記憶が二重にあるというのも不思議な感じですが、慣れてしまえばどうということはありません。
 ただ、マシンチャイルドなら誰でも大丈夫という訳でもないみたいですね。ハーリー君はちょっと不安定になってしまったのでお薬でオヤスミ中です』

「……無理をしてるんじゃないのか?」

 アキトが素直に心配そうに言うと、ルリは少しキョトンとしたが、すぐに笑って見せた。

『大丈夫ですよ。心配するような事はしてません』

「ならいいが……」

 何とも言えない雰囲気で、モニター越しに見つめ合う二人。

『今日のマスターはなんだか素直ですね〜』
『ちょっとどころじゃなく嫉妬しちゃいますよぅ』

「アキトのバカ……後でお仕置き」

 そんな二人の後ろでは、ラピスとユーリが二人の世界からはじき出されてふて腐れている。
 ちなみにナデシコ側のウィンドウには最初からサブロウタの姿が映っているのだが、誰も触れないので存在を忘れ去られていた。

「……この扱いはあんまりなんじゃないっすか、艦長……」






 その後、素直になったアキトとルリの間で情報の交換が行われた(二人の仲が気にくわないラピスが邪魔をしたり、ユーリが茶々を入れたりしたが)。
 ほどなく必要な事を伝え終えると、ルリは考え込むように口元に手を当てた。

「そうですか、ヤマダさんが……」

『ルリちゃんは、あいつの事は知っていたのか? その……未来での記憶では』

 アキトが自分を呼ぶ際に昔の呼び方に戻っている事に気がついて、ルリは心の中だけで苦笑した。
 
「いえ、ヤマダさんが生きていたことは知りませんでした。死にそうにない人だとは思っていましたが、ホントに死んでなかったんですね。
 それと、正確に言うなら未来の、ではなく別の可能性の世界の記憶、というのが正しいらしいですよ」

『そういうものか。よくわからん』

「それで、アキトさん達はヤマダさんの消息を追っていた、という訳ですね」

『ああ。まだ成果は上がってないが』

『でも、もう少し時間を掛ければゼッタイ見つかるんだから』

 ウィンドウの向こうで、ラピスが不服そうに言ってくる。
 ルリは彼女の能力を客観的に見て、その言葉が正しい事を認めた。

「そうですね。でも、今はその時間が大切なんです。
 その様子では、火星軌道を航行中の所属不明艦の事は知らないみたいですね」

『え……』

「しばらく前に監視衛星のセンサーに捉えられたんです。軌道から推測すると、通常航行で火星へ向かっているようです。なぜボソンジャンプをしないのかは不明ですが……
 思うところがあって私がログを消したんですが、注意していればその痕跡くらいは貴方なら気付いたはずですよ。大方、木星圏内の監視に集中していて、他宙域の情報収集を疎かにしていたんじゃないですか?

 迂闊ですね。案外、突拍子もない物事が目的の情報に繋がっている事もあるんです。
 なんだかんだ言っても、まだ子供ですね。ハーリー君と一緒でまだ甘さが抜けきってません」

『そ……そんなことない!』

 ウィンドウが大きく展開してラピスが噛みついてくるが、ルリは軽く流してアキトに向き直った。

「状況から判断して、これがヤマダさんの船である可能性は高いと思います。座標データを送信しますので、アキトさんはヤマダさんを押さえて貰えますか?
 ヤマダさんの目的は不明ですが、その存在が明らかになったら混乱は必至ですし、その事はアキトさんの目的に一致していますよね?」

『そ、そうだな』

 ラピスの事を気遣っているのか、アキトの返答はぎこちない。

『だが……いいのか? 宇宙軍の正式な命令でもなく、勝手に動いているようだが……』

「大丈夫ですよ。後で叔父様に連絡して、極秘作戦に従事していたという事にして貰いますから」

『いいのか、それで』

「誰も困りませんし、問題ないんじゃないですか」

『そういう問題――『アキトっ!』うおっ!?』

 あきれ顔をしたアキトの背後から、ラピスが飛びついたのが見えた。

『アキト、私がミスしたんじゃ無いんだからね、ユーリが気付かなかったのが悪いんだから!』

『あっ、あっ、ラピスったら私の所為ばっかにしてズルイですぅ〜』
『ラピスだって捜索範囲を絞るのには賛成してたじゃないですか〜〜』

『ちょ、ラピス、わかったから降り――ぶっ』

 ルリはしばらくの間ユーチャリスブリッジのじゃれ合いを見つめていたが、やがて極寒を思わせるような冷え冷えとした笑顔で、

「それでは、データは送っておきますね。
 それと最初にも言いましたが、事が終わった後できっちりと話し合いの場を持たせてもらいますから。その時は容赦しませんので、よろしく」

『な……ちょっと待てルリちゃ』

 ぶちっ、とウィンドウを閉ざし、すぐさま座標データを送信する。
 それからしばらく経って、ユーチャリスは光に包まれてその場から消失した。

「対象、ボソンジャンプしました」

 通信士の報告を聞いた後、ふうっと息を吐き出す。
 それを見計らったようにブリッジのドアが開く。ルリはそこから現れた女性に声を掛けた。

「これで良かったんですか?」

「ええ、上出来よ。今一番押さえなければならないのは、あの船なのは確かだから」

「でも、火星の後継者の動向もはっきりしていませんが、草壁中将が直々に木星圏に出張っているという事は、恐らく……」

「そうね。例のものの正確な位置を、草壁は把握しているんでしょうね。それを自分の切り札とするつもりでしょう。あちらでは成功しているだけに、ね。
 だからなおさら、この作戦はスピードが命なの。彼が何をどうしようと、あの船を押さえてしまえばこの事態は収束できる。少なくともこちらの世界では」

「はい。……でも、アキトさんに会わなくて良かったんですか? イネスさん」

 いつもの白衣姿のイネス・フレサンジュは、ルリの問い掛けに苦笑を返した。

「いいのよ。貴方と違って、こちらの世界の私は、この私とは別に存在しているようだから。要らぬ混乱を招く必要はないわ。
 事が済んだら、ちゃんと話すから。貴方がさっき言った通りにね。」

「そうですね。その時はユリカさんやリョーコさんも一緒に」

「ふふ、そうね」

「では、一度月方面に戻りましょう」

 ルリたちと同じく、記憶の混在したリョーコたちがナデシコに合流すべく月面に向かったという報告が、先ほど届いていた。
 今回はともかく危急だったため、一連の強行軍でかなり無理が出ている。草壁配下の三隻の戦艦と夜天光もどきの機動兵器群相手に、サブロウタ一人では流石に厳しい。

「そして、最終的には火星へ」

 ボソンジャンプにまつわる全ての事柄の始まりの地へと。






 ルリから示された座標へとジャンプアウトしたユーチャリスのブリッジ。
 ふて腐れているラピスとユーリをなんとか宥めすかし、所属不明艦の推定進路を索敵すると、早速情報が引っかかってきた。

「いた。例の帆船」

『火星軌道を辿って火星へ向かってるみたいですね〜〜』
『特にステルスも掛けてないです〜』

「まるで見つけてみろと言わんばかりだな」

 それとも、ヤマダは自分が追ってくるのを待っているのかも知れない。

「よし、先回りして頭を押さえる。俺はフラワーワルツで出る。帆船の方は任せられるな?」

 ユーリの話ではあの帆船は戦闘用のものではないという事だが、火星の後継者の戦艦を圧倒する戦力を持っているのは確かだ。

『モーマンタイ!』
『ユーリにお任せ!』
『マスターのジャマ者は即滅殺!』

「いや、殺す訳じゃないんだが……まあいい、任せたぞ」

「待って、アキト」

 ブリッジを出ようとしたアキトにラピスが声を掛けてきた。
 振り向くと、彼女は小箱を両手でこちらに差し出している。
 それは、いつも戦闘終了後に使用する、医療用ナノマシンの注射器の入った箱だ。

「ラピス?」

「持って行った方がいいと思う。それに、先に打っておけば活性化を抑えられるはず」

「そうか……そうだな」

 一度負けている相手だ。用心に越した事はないだろう。
 早速アキトは箱を開けて、無針注射器を取り出して首元に撃ち込む。
 普段のオーバーヒート状態であれば強制的な安静状態になって身動きが取れなくなるが、今はそんな事はない。

「アキト、アフターケア」

 ラピスの呼びかけ。だが少女の仕草は普段とは違っていた。
 いつもの小悪魔のような笑みはない。潤んだ黄金色の瞳が、何かを訴えかけるように揺れていた。

「…………」

 身体が動かないという免罪符は今はない。
 上位IFS所有者からのリンク接続による円滑な情報整理という口実もない。

 だがアキトはラピスに歩み寄ると、その白いおとがいに手を添えると、桜色の唇に自分の唇をそっと重ねた。

(自分からするのは、初めてだな……)

 そんな事を思考する。
 重ね合っていた時間はごく僅かだった。いつもとは違う、触れるだけのキス。

「……じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい、アキト」

 それだけの言葉を交わして、アキトはブリッジを出て格納庫へと向かう。
 ラピスはもちろんブリッジに残っていたが、ユーリのウィンドウは追ってきた。

『いーな、いーな、ラピスってば』
『マスター、ここは一発、このユーリちゃんにも熱いベーゼを!』

「馬鹿言うな。AI相手にそんな事するか」

『や〜ん、マスターのいけず〜〜』
『AI差別ですよぅ〜〜』

「差別じゃないだろ。第一、お前の人格は男だろ」

『それがどうしたって言うんですか!』
『愛に人格も性別も身体も性癖も関係ありません!』

「変態め……」

『マスター! ユーリにも愛の手を!』
『プリィィィズ!』
『プリーズ・ギブ・ミー・ユア・ラブ!』

「わかったわかった、この一連の問題が片付いたら、お前にも褒美をくれてやる」

『ホントですか!?』
『キャー! マスター愛してますぅぅぅぅ〜!』

 歓喜のエフェクトを残してユーリのウィンドウは消えた。

「…………」

 相手をするのが面倒くさくなったので適当な事を言ったら思いの外喜んでいたので面食らったアキトだった。

(まあ、いいか)

 後の苦労は考えない事にして、アキトはフラワーワルツの元へと足を速めた。






 火星軌道を行く帆船の船首にエグザバイトが腕を組んで立っている。そのコクピットの中で瞑目していたヤマダは、行く手に光がわき上がるのを感じて目を開いた。

「来やがったか」

 モニターの中では、光の粒子が集まって紡錘形の船艦の形に纏まっていく。
 姿を現した白亜の戦艦の舳先に立つ黒い機動兵器の姿を認めて、ヤマダはニヤリと笑みを浮かべた。

「よう、アキト。遅かったなぁ」

 呼びかけに対する返答はすぐに来た。

『ヤマダ、お前の目的は何だ』

「開口一番からそれかよ。せっかちなのは変わらねぇなぁ。
 あと、俺様はダイゴウジ・ガイだ!」

『お前はヤマダ・ジロウだよ。目的を答えろ』

「へん。頑固なところもそのまんまだな。
 目的……目的ねぇ。正義の味方のやる事っつたら、悪者退治に決まってんだろ!」

『正義、か。そんなお題目に何の意味もない事は、前回の戦争で骨身に染みているよ』

「ああ、そうらしいな。俺が倒れた後のナデシコの事は、むこうの未来でも聞いたよ。こっちに戻ってからも、いろいろと情報が入ってくる。この海賊船は、調べようと思えばいろんな事を調べてきてくれるぜ。便利なもんだよなぁ」

『答えになってないぞ。何故火星に向かう? 木星圏で草壁達と争っていたのは何故だ?』

「あー、火星に向かうのは、ちょっくらあそこにある遺跡に用事があんだよ。
 木星で戦ったヤツは……そうだな、あいつらは悪だと、俺様の勘がそう言っていたからだ!」

『お前、何でもかんでも勘で判断してるのか!?』

「あったり前よぉ! 正義の味方は悪を間違えない! ゲキガンガーもそうだっただろ?」

『マンガやアニメと一緒にするな!』

「あーもう、ごちゃごちゃと煩ぇなあ。ゲキガンガーだろうと現実だろうと、本当の正義ってのはそんなに変わっちゃいねぇよ。
 漢なら、口先で喋ってねぇで行動で示しやがれ!」

『行動だと?』

「おうよ! お前もそんな機体に乗ってんだ。とっくにそのつもりだったんだろ?
 戦う気概もないヘタレ相手に喋ってたってしょうがねぇ。俺様に勝てたなら、対等の漢と認めて俺の知ってる事は何でも教えてやんよ」

『やはり、通常航行で火星に向かってたのは、俺を呼び寄せる為か』

「まあな。漢の友情ってのは、殴り合いから生まれるもんさ。ケンとジョーもそうだった。キョアック星人のアカラ王子とも最後は分かり合えた。
 来いよ、アキト。正直こないだのは期待外れだったぜ。お前の本当の力を、意志を、魂を俺に見せてみろ!」

『……前にも言ったはずだな、ゲキガンガーなんて言ってる時代はもう終わった、と』

 アキトがそう言う理由を、今のヤマダは理解できる。この世界でアキトがどのような体験をしていたか、集められた情報から想像できなほどヤマダも馬鹿ではない。
 だが、それを承知でヤマダはこう叫ぶ。

「なら、今度こそそれを証明してみな! 俺と戦ってなぁ!」

『言われなくとも!』

 2機の機動兵器がそれぞれの船の舳先から飛び立つ。

「アキトォォォォォォ!」

『ヤマダァァァァァァ!』

 二人の男が激突する。






 アキトとヤマダが宇宙の片隅で火花を散らすそのしばし前。
 木星軌道よりも20万キロほど土星側へ外れた所謂『外宇宙』の片隅に、草壁率いる三隻の戦艦の姿があった。

「マリアちゃん、どうだい、見つかったかな?」

 帝釈天のブリッジで、オペレーター席に座っているマリア・イスマイール嬢に草壁はぐんにゃりと緩んだ笑顔で問い掛けた。

「ごめんなさい、おじさま。マリア一生懸命捜しているんだけど、まだ見つからないの」

「うんうん、マリアちゃん達が懸命なのはよーくわかってるよ。この近くに例のものがあるはずだから、もうちょっと頑張ってくれるかな?」

「はい、おじさま☆」

 きゃらん、と笑みを浮かべて返事をするマリアから視線を戻すと、すぐさま策略家の顔に戻る草壁だった。

 モニターに映る外宇宙の星々に視線を向けながら、草壁はこれまでの事を想起する。

 収監施設を脱出して潜伏していた同志達と合流した後、突如目眩を感じて倒れた草壁は、遠のく意識の中で自分の中にあるもう一つの記憶を見ていた。

 それは未来の記憶だった。今の自分とは別の未来を歩んだ己の記憶。しかも、世界の改変に成功した自分の記憶だ。

 それを理解した草壁は、すぐさま現在持ちうる最大戦力を持ち出して、その記憶を辿ってとある場所へと向かった。

 その道すがら、同じく未来からボソンジャンプで戻っていたダイゴウジ・ガイと遭遇してしまったのは不運だったと言うしかない。

 だが、それは好都合とも言えた。今軍部内でおこっている混乱のために、統合軍は迅速な行動が取れない。その隙に、行動を済ませてしまえば良いのだ。

 全ての鍵はダイゴウジ・ガイが握っている。ボソンジャンプによる精神の逆行も、恐らくダイゴウジ・ガイがあの船ごと過去へと遡った事によって起きた現象だろう。あの船はボソンジャンプの演算装置である遺跡を制御する事が出来る。

「おじさま、アガサちゃんから、例のものを見つけたって」

「おお、よくやってくれたねぇ。アザカちゃんもお手柄だ。さっそく其処に向かってくれるかい?」

「はーい☆」

 だが、今起こっている混乱は草壁の望む所ではなかった。別の未来の記憶は有効に使うとはいえ、他の世界に自分たちの世界が干渉されるのは正しい事ではない。たとえそれが、自分自身だったとしてもだ。

 招かれざる来訪者達には自分たちの世界に戻って貰わなければならない。

 そのためには、今モニターに捉えられてるものが必要だった。

「閣下、あれが……」

 横に控えていた副官が、震える声で呼びかける。

「そう、あれは命を運ぶ筏。古代火星に於いて種の繁栄と永久をもたらす約束の船。『箱船』だよ」

 草壁は吟じるように答えた。

 モニターに映るその船影は、ヤマダが乗っていた帆船と同じものだった。





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