草壁はシートに背を預け、ドッと息を吐いた。もう1度だけモニターを見る。
種の繁栄と永久を齎す約束の船――通称『箱船』が変わらず存在していた。
収監施設を脱出してからこの日まで、随分と時が経ったように感じられた。
だがそれも、あれをこの手にすれば清算出来る事だ。全く問題は無い。

「おじさま? 疲れちゃったの?」

「いんや、大丈夫だよ。マリアちゃんは気にしなくて良いからね」

「……うん! 分かった!」

良い娘だ――草壁は改めてそう思った。ここに来るまで随分と彼女の能力に支えられた気がする。
全てに決着が着いたなら、彼女が望む限りの願いを出来るだけ叶えてあげようと思った。
この戦いが齎す結果を考えれば、自分を支えてくれた者に恩返しする事など易い事だった。

「閣下ッ! 箱船の近くにボソン反応! ユーチャリスです!」

1人の副官の声を聞き、草壁の表情が強張った。後もう一歩と言う所で必ず邪魔をしてくる。
モニターにユーチャリスの姿を移した。そこから飛び出す一機の機体――フラワーワルツ。
それと同時に箱船からも、一機の機体が飛び出した。確認するまでもない。エグザバイトだろう。

ダイゴウジ・ガイ――全ての元凶であり、全ての鍵を握る男。
初めて相対した時は、まるで“熱血”に妄信していた昔の自分を見ているようだった。
だが今の自分は違う。今の自分を支えているのは熱血ではなく、1つの信念なのだ。

(箱船と共に、奴も共に確保しなければなるまい……)

自分の考えが正しければ、箱船の操作方法も彼が握っているに違いなかった。
戦力は圧倒的にこちらが上だ。以前交戦した際に、彼の機体データも隈なく取ってある。
それを学習させた七連星を出撃させ“あの機体”をも出せば、こちらの勝利は確実だ。

そして電子の妖精が駆るナデシコCは、現在月面に向かっている事も分かっている。
恐らく戦力を補充する為だろう。援軍に来れば厄介だが、その前に決着を着ければ良い話だ。

これで全てが終わる――草壁は決断した。

「これより我等は箱船確保に向かう! 全艦出撃し、七連星も出撃準備だ! マリアちゃん、頼むよ!」

「りょ〜かい♪ マリアにお任せ!」

帝釈天、指令を受けた金剛、夜叉が箱船に向けて進む。
モニターに映る箱船を睨むように見つめながら、草壁は言い放った。

「この戦い――我等の勝利で飾る!」

草壁の放った一言は、全兵を奮起させるに十分だった。











「アキトォォォォォ!!」

「ヤマダァァァァァ!!」

同時に母艦から飛び立ったフラワーワルツとエグザバイトが、パイロットの咆哮と共に激突した。
ディストーション・フィールドを収束させた拳がぶつかり合い、多大な衝撃をコクピットに齎す。
両機ともブースターを点火させて下がり、睨み合うように対峙する。

「へっ! やっぱ良いじゃねえか、こう言う燃える勝負はよぉ!!」

ガイが心底嬉しそうに言った。アキトは唇を噛み締める。
それと同時にエグザバイトの背中から何かが飛び出した。
それはスムーズに機体の手に納まり、V字型へ形を変える。
一言で言い表せば、あの形はブーメランと酷似していた。

「ゲェェェキガン・カッタァァァァァ!!」

振りかぶり、エグザバイトが放ったブーメラン状の武器はフラワーワルツへと向かって行く。
ガイ特有の前口上がある為、攻撃は避け易いと思われたが、アキトの認識は甘かった。

「ちっ! デタラメな動きをする!!」

ブーメランは変則的な動きをしながらも、常にフラワーワルツを追跡していた。
回転力は落ちる事無く、途中当たった隕石の欠片も難なく斬り裂いてしまう。
あれでは掠っただけでも、装甲に致命的になダメージがあるのは必至だろう。
フィールドを展開させた所で、無駄な努力に終わりそうだった。

ガイの動きに警戒しつつ、全ブースターをフル稼働させ、照準セット。
アキトはブーメランに向け、レールガンを我武者羅に撃ちまくった。
結果――ブーメランは無残に引き裂かれ、宇宙を漂う芥の1つと成り果てた。

「やるじゃねえか!!」

「お前に負ける訳にいかないんでな……!」

アキトはそう呟くと共に機体を回転。そして多連装ミサイルポッドを展開、一斉に放った。
多数のミサイルの雨がエグザバイトをズタズタに引き裂こうと、急速に迫る。
だがガイはそれを予期していたように機体を反転。駆け、迫るミサイルを紙一重でかわす。
背後で小規模の爆発をするミサイルに心中悪態を吐きながら、ガイはモニターを見つめる。
そこに映るフラワーワルツが、こちらに向けて迫ってきていた。

「そうだそうだ! もっと撃ってこいよ!」

「話してもらうぞ……! 知っている事全てを!!」

「だから俺に勝ったらって、言っただろうが!!」

「必ず勝つ……! 以前のようにはいかん!」

「やってみろってんだ!! このヘタレ野郎!!」

ガイのその一言が、アキトの頭の中の何かをキレさせた。
フラワーワルツにフィールドを鎧の如く纏わせ、突進。
その時ガイは再び機体を反転させ、アキトと向き合う形を取った。
何時の間にかエグザバイトには、盾のような物が握られていた。

「うおおおおおッ!!」

「ゲェェェキガン・シィィィルドォォォ!!」

再び両機が真正面からぶつかり合った。
巨大な衝撃が機体を揺らし、パイロットを襲う。

(――――何ッ!)

フラワーワルツのタックルは、エグザバイトの盾のような物で防がれていた。
よく見れば盾の表面全体にフィールドらしき物が厚く張られている。
機体武装用の小型ディストーション・フィールドのような物だった。

「見たかアキトォ! 眼の前の事から全部逃げてるオメェに、俺の盾は破れねえ!」

「何を訳の分からない事をゴチャゴチャと……!」

「オメェは向き合うのが怖いだけさ! 大切な物を守れなかったオメェ自身とよぉ!」

「――――くっ!」

ガイの言葉に対し、明らかにアキトは動揺の色を見せていた。
それは機体にも色濃く表れており、ガイは情けねえと毒づく。
盾に阻まれているフラワーワルツを無理矢理払い、エグザバイトは距離を置いた。

「オメェがどんなに辛く悲しい経験をしたか……俺は見た訳じゃねえ。入ってくる情報で知っただけだ」

フィールドを収めた盾を背中にしまい、エグザバイトはフラワーワルツに語り掛けるような仕草を取った。
確かにガイは、戦いに入る前に言っていた。あの帆船は知りたい情報があれば、何でも調べてくれると。

「だがよぉ、何時まで偉そうな御題目掲げて、眼の前の事から逃げるつもりだ!!」

「……俺は、逃げてなんかいない……!」

「違うね! お前は逃げてる! だからお前自身を想ってくれてる人達と向き合えねえんだよ!!」

刹那、距離を詰めたエグザバイトが拳を振りかぶり、フラワーワルツの頭部を思い切り殴り付けた。
咄嗟の事に反応出来ず、衝撃がアキトを襲った。メインモニターが一瞬ぶれるが、損傷は殆ど無い。
アキトは戸惑う――何故かガイによって直接頬を殴られたような痛みを感じてしまったからだ。

そのすぐ後に、事態を見守っていたユーチャリスからラピス、ユーリの通信が次々に届いた。
コクピット全面に『アキト大丈夫!?』、『マスターしっかり!?』等のウィンドウが表示される。
しかしアキトはそれ等を無視し、ガイの動向を見つめた。

「ゲキ・ガンガーの時代は終わった? ふざけた事言ってんじゃねえ! ゲキ・ガンガーも、正義の心も、熱血も――」

エグザバイトが親指を立て――まるで己の心を示すように――自身の胸を差した。

「誰の心にもあんだよ!! 否定しても、お前の心にはまだ根付いてる! 熱い心が、熱血が、正義の魂がなぁ!!」

「――――ッ!」

アキトは思い出す。初めてガイと相対し、無様に敗北してしまったあの時を。
フラワーワルツのコクピットの中で、昔の自分に戻りたがっていた自分を。
皆と笑って過ごした日々。苦悩しながらも、協力してやってきた日々――。

(ユリカ……! ルリちゃん……!)

復讐鬼となり、眼の前から姿を消した自分を必死に追っていた彼女達。
彼女達と正面から向き合う事無く、背を向け、逃げていた脆弱な自分。
宿敵との戦いの際、彼に見透かされ、今またガイによってこじ開けられた――弱い心。

(どんなに鎧で身を固めようと……心の弱さは守れない、か……)

宿敵に言われた言葉を、アキトは自嘲しながら呟いていた。

「逃げた幸せは自分で掴み取って引き寄せろ! 守れなかったら、今度は死ぬ気で守ると誓え! それがお前の熱血だ!!」

「ヤマダ……いやガイ……! 俺は……!!」

「へっ……! 情けねえ声を出してんじゃねえよ。言ったろ? 漢の友情ってのは、殴り合いから生まれるもんだってな」

力を無くしたように宇宙を漂うフラワーワルツに、エグザバイトがソッと手を差し出した。
フラワーワルツの頭部が動く。そして差し出された手をゆっくりと取った。
無骨で固いマニピュレーター同士が握り合う。その姿は失った友情を取り戻した友の姿だった。











『リーダー……』

「……何だ?」

『……燃える!』

ウィンドウ画面に映る6人を前に、七連星リーダー・ファイヤーイーグルはゆっくりと頷いた。
倒すべき敵ながら、なかなかに燃えるシチュエーションをやってくれた。
黒い王子の駆るフラワーワルツと、ダイゴウジ・ガイの駆るエグザバイトの友情の握手。
熱血を知らぬ者でも、あんな場面を見てしまえば、心の中の何かが燃え滾ってしまうだろう。

「だが黒い王子……テンカワ・アキトは閣下の障害となる者。排除しなくてはならない」

そう呟き、ファイヤーイーグルは機体を操作した。
敵に気取られぬように設定した“隠密”から“戦闘”モードへと移行。
七連星が一列に並び、駆けるその姿は――例えるなら――宇宙の虹だ。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――それぞれが改造され、塗装された夜天光改である。

赤――リーダー機・ファイヤーイーグル。

橙――サンパンサー。

黄――イエロータイガー。

緑――グリーンレオ。

青――ブルーシャーク。

藍――ダークアリゲーター。

紫――バイオレットスネーク。

コードネームは機体色に基づき、各々が好みの動物の名前が付けられている。
変な偏りがあるものの、誰も凄腕と言って良い程のパイロット達であった。

『我等の勝利で飾るのだ! 諸君、各々の任を全うせよ!』

唐突に七連星のモニターに草壁の顔が映った。強い信念が満ちている。
それだけで七連星全員のパイロットの意気は向上した。

「確かダイゴウジ・ガイは捕獲でしたよね? 閣下」

『そうだ。だが下手な抵抗が出来ないよう、痛め付けて構わん。生きていれば良い』

だがウィンドウに映る草壁の後ろは、ブリッジの背景ではない。
そう――彼は出撃する為、機体に乗っていた。己の専用機に。
コクピットの中で重く息を吐き、草壁は緊張感を解くように眼を閉じる。

(仇敵はやはり、己の手で討たなければならない。そうしなければ私は前に進めないのだ……!)

『おじさま……』

聞き慣れた声が耳に飛び込み、眼をソッと開けた。

「マリアちゃんか……!」

ウィンドウ画面に心配そうな表情を浮かべるマリアの顔が映る。
それに続くように、金剛と夜叉のMCであるアザカとアラナミの顔も映った。
彼女達もマリアと同じく、草壁の事を心配そうに見つめている。

「大丈夫だよ。おじさんは必ず戻って来る。全てを清算してね……」

彼女達の不安を取り除くように、草壁は笑顔で答えた。

『本当……?』

『嘘を吐いたら許さない……』

『もう良い歳なんだから、無理をしない方が良いのに……』

苦笑しながらも、草壁は全てを呑み込むようにゆっくりと頷く。
そしてそれぞれのウィンドウ画面を閉じていき、出撃へと備える。
すると閉じた筈のマリアのウィンドウが再び開き、彼女が言った。

『おじさま! マリア、全力でおじさまの帰る場所を守るからね!』

戦艦から動く事が出来ない、彼女なりの精一杯の励ましの言葉。
草壁は微笑み、心から彼女に礼を言った。

「ありがとう……! マリアちゃん」

今度こそウィンドウを閉じ、草壁は専用機の出撃に備えた。
帝釈天の上部ハッチが開き、そこから草壁の機体がせり出していく。
徐々に機体が姿を現し、そして宇宙にその姿を見せつける。
その姿は黒く塗装された夜天光だった。無論、草壁用に改良されている。
眼を引く両腰に取り付けられた大型の鞘、背中から垂れる紅蓮のマント。
そして自らを総大将と示すような、額に取り付けられた三日月の飾り。

草壁の強き信念を形にしたような機体だった。

「木槿(むくげ)……出るぞ!!」

彼がそう宣告すると共に、木槿のカメラアイが光り輝いた。
そしてブースターを点火させ、帝釈天から力強く出撃する。
七連星が機体色で作った虹色の道を、木槿は駆け抜けた。











決闘を終えたアキトとガイは、自分達に近づく何機もの機影に気付いていた。
ユーチャリスからの警告もあったお陰だが、戦いに燃えた戦士の勘とでも言うべきか。
察知した時には、もうモニター画面で姿が確認出来る程に敵影は迫っていたのだ。

『アキト! 草壁の指揮する戦艦だよ!』

『こりゃヤバイかも〜』
『これは絶対絶命ッ!』
『状況的に四面楚歌?』
『マスターの危機ッ!』

動揺する彼女達を抑えるように、アキトが強く、静かに言い放つ。

「ラピス、ユーリ、フィールドを最大出力! 敵からの攻撃に備えろ! 俺は奴等を叩く!」

『おっとぉ! 俺も忘れんなよアキト!! 悪との対決は、協力して戦うのが御約束だぜ!』

ウィンドウに映った友の顔を見つめ、アキトは微笑を浮かべた。

「ふっ……それもゲキ・ガンガー、か?」

『バカ、こいつは単なる友情だ! それに前のヘタれたオメェより、今のオメェの方が好きだぜ!』

「…………言ってくれる」

そう他愛も無い会話を交わした後、フラワーワルツとエグザバイトは同時に駆け出した。
全ブースターを点火させ、迫り来る敵を迎え撃つ為に――。
今まで戦っていた両機が並び、宇宙を駆ける姿はとても頼もしく見える。
そして――アキトとガイは敵の姿を捉えた。

「捉えた! 前回交戦した特機共と……あれは何だ?」

七色の改造夜天光は、アキトの記憶の中にあった。
だがそれ等に連れられるように、後方に居る黒い機体は覚えが無い。
派手な装飾に装備――もしやあの七機を纏めるリーダー機だろうか。

『データ無し』
『新型機ッ!』
『メチャ強そう』
『ラスボス臭がプンプンと……』

ユーリが瞬時に分析した結果が出る。相変わらず雑な分析だ。
だが今の切羽詰まった状況の中では、ありがたい分析である。
そう思っていた時だった――突如として黒い機体から多連装ミサイルが発射された。

『アキトッ!』

「ガイ、避けろ!」

ミサイルの雨がフラワーワルツとエグザバイト目掛けて降り注ぐ。
2人は己の持ち得る全ての操縦技術を用いて、その死の雨をかわし続けた。
反撃にと、アキトはレールガンを黒い機体に照準――連射する。
だが弾丸が標的をズタズタに引き裂く前に、機体はその姿を消していた。

――速い!

何時の間にか七機の夜天光も分散し、モニターから姿を消している。
アキトが敵の姿を探す前に、コクピット内に警告音が鳴り響いた。

――真下か!?

アキトが驚愕した通り、フラワーワルツの真下で黒い機体がブレード状の武器を槍のように突き出している。
反撃も何も考えず、即座に脚部ブースターを点火。急速上昇し、敵の攻撃を辛うじてかわす。
攻められているアキトを助けようと、ガイが拳にフィールドを展開、突撃を開始する――が。

「閣下の邪魔はさせないよ!」

「――――ッ!」

姿を消していたと思っていた七機の改造夜天光の一機、ファイヤーイーグルがエグザバイトを羽交い絞めにする。
必死に抵抗するも、敵の力は見た目と違って凄まじく、完全に押さえられたエグザバイトは身動き一つ取れない。

「ちっくしょう! 何をしやがる! 離しやがれえええ!」

「暴れてくれるな……! お前は捕らえるよう命令されてるんだからな!」

ガッチリと両腕でエグザバイトを抱き込み、邪魔をしないよう動きを封じる。
そしてファイヤーイーグルは、コクピット内で残りの面子へ瞬時に指令を下した。
ユーチャリスの撃墜――帝釈天、金剛、夜叉の三隻が集中攻撃すれば問題ないだろう。

だが万が一と言う事もある。何時の世も、予想だにしない事態は起こる物だ。
叩くのならば、徹底的に戦力を集中させ、叩いた方が良いと思った。

箱船の確保は――連中を消してからでも、確保するのは遅くない。

「アキトォ! アキトォォォ!!」

コクピット内でガイは吠えた。友を助けに行けない自分の不甲斐なさを呪った。
こんな時ゲキ・ガンガーなら、こう言った絶望的な状況で助けが来る筈だが――。
ガイが頭の片隅でそんな事を思った時だった。モニターな巨大なボース粒子反応が表示された。
その反応は、この空域に居る全ての戦艦と機体が捉えていた。何かがジャンプアウトしてくる。

「何だ――ッ!」

「おいおい……! まさかのまさかかよ!!」

光の粒子が集まり、ガイにとって懐かしさが残るフォルムを形成していく。
カッと一瞬強い光を放ったかと思うと、それはこの空域に表れていた。

「お待たせしました。呼ばれて飛び出て何とやら、です」

ブリッジでピースサインをし、誰に言ったとも分からない台詞をルリが呟く。
表れたのは――月面で補給、戦力の補充を終えたナデシコCだった。
帝釈天、金剛、夜叉の船員は予想外の速さでここに辿り着いた敵に驚愕する。
そんな隙を見逃す程、ナデシコCの艦長として育ったルリは甘くない。

「では皆さん……出撃して下さい」

格納庫で待機していた各エステバリスカスタム、アルストロメリアが出撃していく。
面子はナデシコC所属のサブロウタ、そして月面で合流したリョーコ達三人娘だ。

「よっしゃ行くぜえええ! 騎兵隊だぁぁぁ!」赤のエステバリスカスタム・リョーコ機。

「馬その一、ヒヒン……って、前にもあったっけ?」黄のエステバリスカスタム・ヒカル機。

「その二のヒヒン……パターンもまた、ギャグの基本」蒼のエステバリスカスタム・イズミ機。

「え〜っと……俺、その時何て言ってたっけ?」そしてアルストロメリア・サブロウタ機。

「テメェ等!! マジメにやれ……って、アタシも言ってたか?」

突如出現したナデシコC、そして各機体にファイヤーイーグルは戸惑う。
そしてユーチャリス撃墜に向かっていた残る七連星を急いで呼び戻した。
ガイを押さえているとは言え、自分一機だけで四機を相手にするのは厳しい。

「どうだ見たかぁ! これが熱血を、正義を信じる者の奇跡だぁぁぁ!!」

エグザバイトのコクピットの中で、ガイは勝利を確信し、吼えるのだった。










(ナデシコCが来たか。これで何とかなる筈……!)

モニター画面に表示されたナデシコCのマークを見つめ、アキトは内心安堵の溜め息を吐いた。
彼等の助けがあれば、ユーチャリスも、ガイも反撃へと転じる事が出来るだろう。
後は自分を執拗に追いかけてくる、謎の黒い機体を何とかすれば良いだけなのだが――。

「くっ……!」

脚部ブースターを点火し、起動反転。大きく弧を描き、敵に照準。
フラワーワルツはレールガンを連射しつつ、更に加速する。
残弾カウンターが赤く点滅する。弾数が残り少ない事を告げていた。

「舐めるなッ!」

黒い機体も加速しつつ、腰に提げた2つの鞘からブレードを引き抜いた。

錫杖型近接専用武装改・アマクサ――それがこの武器の名前だった。

夜天光と六連が持つ錫杖を独自に改造し、日本刀型に消化した物である。
スペック上、錫杖よりも破壊力は勝るものの、重量があるのが難点だった。
だがその欠点を感じさせない程、黒い機体は軽々とそれ等を扱っていた。

(――化け物かッ!)

アマクサを構え、黒い機体はロクに回避行動も取らずに駆け抜ける。
フラワーワルツの火器管制システムは決して低能な物ではない。寧ろ高性能だ。
照準をも合わせている為、回避行動を取られなければ当たらない筈がないのだ。
しかし現実に黒い機体には、レールガンの弾は当たっていなかった。
黒い機体の醸し出す絶大な威圧感の成せる技か、全くかすりもしない。
結果細かい傷も付ける事は無く、フラワーワルツへと迫っていった。

「ぬおおおおおッ!」

黒い機体のパイロットは獣のような咆哮を上げた。アキトはその威圧感に気圧される。
瞬間、機体が交差する。すれ違いざまにアマクサの刃が淡い光を出して煌めいた。
刹那、フラワーワルツの左腕が切断され、残った片方のレールガンも切断された。

「ちっ……! レールガンが死んだか」

銃身が無くなり、機能しなくなったレールガンを腕からパージする。
残されたのは、残弾数の少ない多連装ミサイルとフィールドのみだ。
フラワーワルツと黒い機体が対峙する。重い緊張感が場を包んだ。

『その程度か、仇敵! 我が同志を何人も討ちし者よ』

「――――ッ!」

嘲りの声と共にウィンドウに映った顔を見て、アキトは驚愕した。
そこに居たのは草壁春樹――“火星の後継者”の指導者。
その彼が今、目の前に立つ機動兵器のパイロットになっている。

「指導者が直接出てくるとは……余裕が無くなっていると言う事か?」

『笑止! 仇敵である貴様を討ち、あの箱船を手に入れれば我等の勝利は揺るがん!』

「ナデシコCが援軍に来たんだ。以前やられた事を覚えていない訳でもあるまい?」

『あの時とは違う! 貴様を討ち、ナデシコCを討ち、全てを清算するのだ!!』

アマクサを対峙するフラワーワルツへ差すように向けた。

『私のこの手で……この木槿でなぁ!!』

モニターからウィンドウが消えた。刹那、多連装ミサイルを放ちながら木槿が前進する。
フィールドを全開し、急速反転。フラワーワルツは巧みな動きでそれ等を回避していく。
そのまま安全に逃す訳にはいかない。アキトの回避行動の裏をかくように木槿は加速する。

「前かッ!」

前方に回り込もうとする木槿の反応を捉え、アキトは残り僅かの多連装ミサイルを放つ。
残弾カウンターが赤く点滅している。煩わしいが、弾切れを起こせば自然と収まる。

「木槿がこの程度でッ!!」

機体を複雑に回転させながら、木槿はミサイルの雨をかわす。
Gが草壁を襲うが、そんな事が気にならない程に精神は高揚していた。
左手に持つアマクサを素早く引き、それを勢いよく前方へ投げ付けた。
さながら力を込めた弓矢の如く、アマクサは敵を貫かんと迫る。

「――……間に合えッ!!」

オーバーヒート寸前までブースター点火。アキトは機体を急速転換、回避行動を取る。
神速のアマクサは標的こそ貫かなかったものの、フラワーワルツの側面を削った。
その後、ブレードはアキトの背後に漂う暗礁の1つに突き刺さり、その動きを止めた。

(厄介な機体だ……)

機体損傷度が40%を達した――このまま攻められ続ければ、殺られてしまう。
ブースターも度重なる戦闘で負担が掛かり過ぎている。限界も近いだろう。

「どうやら年貢の納め時のようだな。仇敵……」

背後から迫る木槿は唐突に紅蓮のマントを取り去る。
外装が無くなっても、木槿の威圧感は変わらなかった。

「……どうかな?」

右拳にフィールドを収束させ、単純な破壊力を極限まで高める。
迫る木槿と向き合い、振り向きざまに拳を勢いよく突き出した。
もし直撃などしようものなら、装甲がモロイ機体であれば粉々に砕け散るだろう。

「喝ッ!」

だが木槿はその攻撃をまるで予測していたかのように、アマクサの刃で瞬時に受け止めた。

「まだだ……ッ!」

内心舌打ちするものの、アキトは攻めるのを止めなかった。何度も何度も拳を打ち付ける。
草壁は「無駄な事をする」と、微笑を浮かべた。仇敵と認めた者の、情けない姿に見えた。
何度拳を突き立てようと、このアマクサの刃が折れる事など無いと言うのに――。

「情けなし……仇敵ッ! 無駄な攻撃を続けるは愚行ぞ!」

「愚行かどうかは、すぐに分かる……!」

「ほざくなッ!!」

アマクサで横に薙ぎ払い、纏わり付くフラワーワルツを振り払った。
不規則な回転をしつつ、体勢を立て直したアキトは攻撃に身構えた。

「もはやこれ以上の攻撃は無用ッ! 次の一撃で全てを断つ!」

木槿はアマクサを構え、フラワーワルツに鋭い切っ先を向ける。
その荒々しくも隙が無い構えは、大昔の鎧武者を連想させた。

「…………この戦いを経て、俺にもようやく分かった事がある」

フラワーワルツがフィールドを再び拳に収束、拳法のような構えを取った。
両機が対峙するその姿を言い表すとすれば、大昔の荒武者と拳法家だろう。
睨み合い、両者は雌雄を決する時を待った。

「ガイに教えられた。人の心を捨てずとも、復讐鬼とならずとも――」

刹那、フラワーワルツが全ブースターを点火――。
木槿へ向けて駆け出す。拳を真正面に突き出した。

「愛する人を守る事は、もう1度幸せを掴む事は出来るんだ……ッ!!」

木槿も同時に全ブースターを点火させ、駆け出す。
アマクサを握り、全てを清算しようとしていた。

「ぬおおおおおッ!!」

草壁が、己の持つ全てを懸けての咆哮――アマクサを真正面から突き出した。

「俺はもう……逃げないッ!!」

己の心中を吐露するかのような、悲しき咆哮――拳が木槿の胸部に突き出される。
両機が――交差した。

「…………ゴフ……ッ!」

「…………ッ!!」

アマクサの刃は折れていた――フラワーワルツの決意の拳によって。
雌雄を決する前、拳を何度も打ち付けられた事が災いし、アマクサは脆くなっていたのだ。
凶刃を叩き折った拳は、木槿の胸部へと突き刺さり、草壁が居るコクピットを潰していた。

「我が……ゆめ……りそう……叶わず、か……。はこぶねも……手に入れられず……」

口から鮮血を吐く。身体の自由はもう利かない。
感覚も殆ど無く、意識も朦朧としていた。

「……す……まん……おじさんは……」

頭の中に浮かぶ、帰還を約束した少女達の顔。そして幾人もの同志達。
死が迫る直前、草壁は――。

「約束をまもれなかった……わるいおじさんだ……」

笑った。
そして二度と、喋る事は無かった。


「…………」

胸部に突き刺さった拳を、ゆっくりと引き抜く。
操縦者を失った木槿は、対峙した時のような力強さはもう無い。
その場を立ち去るように暗礁宙域の中にヒッソリと消えて行った。

「終わった……」

シートに背を預け、アキトは呆然としたように呟いた。
モニター画面に通信が次々と届く。
ラピス、ユーリを始め、ガイ、ルリなど、色々な面子から。
向こうの戦闘は終わったのだろうか――。

「ユリカ……」

今でも愛しく想う人の名前を呟くと、アキトはソッと眼を閉じた。
激しく疲れた。今はただ、少しでも休みたかった。





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