「十三センチネル全解除!! ブラッドストーン接続しろっ!!」
異形の怪物――最強の機神ドラゴンウォリアーの咆哮が大地に轟く。
地が震え、空が燃え、世界が恐怖する。人々は人智の及ばぬ二体の怪物を前に、震え、その終りが来る時を待つことしか出来ない。
まさにそこは生きながらにして地獄であった。
「ぶっ壊れてもかまわんっ、ブチ込んでやれバケモノ――!!」
それは魔神人(マジン)の咆哮。
かつて世界を恐怖の渦に巻き込み、最強最悪の魔人と言われた男は今――
自身のために、仲間のために、愛した少女のために、その命を燃やして戦っていた。
彼女の温もりも、声も、優しさも、その手に戻らないと知りながら、彼は涙も、嘆きの表情すら浮かべることはない。
「ルーシェー!!」
想い抱く少女の声が彼の耳に届く。
すでに彼女の差し出す手に、自分の手が届くことはない。見ることすら叶わない少女の幻想を抱きながら、彼は命の灯を激しく燃やした。
その男の名はD.S(ダーク・シュナイダー)。世界最強の魔神人――
対するは神の代行にして審判者――その成れの果て――
かつてウリエルとアムラエルという二人の兄妹の天使がいた。
天国全土を襲った黒色ガンの浸透――それは天使の純真な心に少しずつ芽生え、孤独と絶望感を生み、やがてその白い羽を黒く塗りつぶし死に至る。
黒色ガンを発症した者は不浄の者とされ、他の天使からも忌み嫌われ追われる立場になる。
ウリエルもまた、そんな天使の一人だった。
黒色ガンの感染により不浄の者とされたされたウリエルは、街を追われ、集落を追われ、天国からもどこにも居場所がなくなってしまう。
そんな中、孤独感と焦燥感に苦しむウリエルの心を優しく労わり、包み込んだのは妹のアムラエルだった。
アムラエルは、自分も同じように迫害を受けることを知りながら、ウリエルと一緒にいることを望む。
それは、アムラエルにとって神に従うよりも大切なことで、なんとか兄を救いたいという想いで一杯だった。
例えそれが叶わなくても、最後まで自分はウリエルの傍にいてあげたい。
そう願いながら優しく微笑み、ウリエルの背に手を回すと、その胸に彼を優しく包み込む。
「ウリエルが苦しむのは、いや。アムは……ずっとウリエルのそばにいるからね」
そんなアムラエルの想いに打たれ、ウリエルは神に願った。アムラエルを、妹だけは救って下さいと――
黒色ガンの発症した自分と一緒にいれば彼女も迫害を受け、いずれ孤独にしてしまう。
それは神の寵愛を受ける天使にとって、死にも等しい。ウリエルは涙した。自身の非力さを――
何も出来ない――受け入れる事しか出来ないその運命を――
アムラエルは望んだ。ウリエルと共にいることを、世界でただ一人になってもウリエルの味方でいることを――
兄を救いたかった。だけど自分の力だけではそれは叶わないことを彼女は知っていた。
だからこそ、せめて一緒にいることを望んだ。
ウリエルが寂しくないように――ウリエルが虐められないように――
ウリエルが笑えるように――
少年の、少女の純粋な想いは、一つの出会いを生み、奇跡を起こした。
そして病を乗り越えた少年は、長き時を経て、神の代行者にして最高位たる第一位熾天使(セラフ)の一人に――
少女はその補佐官として、第五位力天使になる。
「ウリエル!!」
しかし、信じていたはずの神は今、彼の目には映らない。
その瞳の奥に映るのは最愛の妹の幻想だけ――
すでに望み、手を伸ばしたとしても届かないと知りながら、それでもなお、彼は叫び続ける――
「アム……」
「ホントに世話がやけるんだから、ウリエルはっ」
アムラエルを襲った不幸、そして悪魔の奸計にかかり、堕天してしまったウリエル。
少女は悪魔により道具とされ、そしてウリエルの目の前で無残にも命を散らせた。
二度――目の前にいながら彼は何もすることが出来なかった。
助けを請う妹を、殺してくれと叫ぶ妹を、助けることが出来なかった。
それは、彼の心を蝕み、彼女を理不尽にも奪った定めへの背徳と、目の前の魔人への復讐心で満たしていく。
神に背く行為と知りながら、彼はそれに逆らうことができなかった。
それこそが堕天――神の心に背きし天使が堕ちる末路――
「大丈夫だよ……アムがついてるから」
ただ、本能のままに泣き叫びながら、妹を探し、求め続ける。
最強の魔神人と愛に狂った堕天使――
二体の激突で、世界が白く染め上げられていく。
光の中、最後にウリエルが見たものは幼きあの頃に見せた妹の笑顔――
傷ついたウリエルを優しく抱きしめ、アムラエルはウリエルの傍に居続けた。
――たとえ、ここが世界の果てでも寂しくない。
――ぼくは妹に守られている。
消えていく意識の中、ウリエルはたしかに少女のその小さな手を握り返していた。
壊れ行く世界――その光景を見ながら、二人に近しかった天使の少女は思う。
何故、世界はこんなに悲しみに満ちているのかと――
神の愛で、愛や喜びに満たされるべき世界には、それ以上の憎しみや悲しみが存在している。
神は――人に、天使に、悪魔に、自分で選択出来る道を残された。
だが、それこそがこの悲しみを生んだのではないか?
彼等を孤独にするのではないか?
――と彼女は苦悩する。
D.Sの友を、愛する人を想う気持ち――
そしてウリエルの妹を大切に想う気持ち――
「もう……もうやめて、こんな」
少女はいつしか泣いていた。二人のために、世界の理不尽さに嘆き、悲しみながら――
「こんな悲しいの、もうヤなのダ――!!!」
気がつけば飛び出していた。二人の元に――
その少女はガブリエル。四大天使の一人にして、水を司る最高位の熾天使。
そして、世界はガラスのように砕け――散った。
次元を超えし魔人 プロローグ
作者 193
「ここは……どこだ」
D.Sは暗黒の海を漂っていた。上も下もわからないその場所を、ただ流れに任せて漂う。
そこが現実なのか、夢なのかすら彼にはわからない。
「目が覚めましたか?」
どこからともなく声が聞こえてくる。辺りを見回すD.S、するとそこには白いローブをまとった一人の少女が立っていた。
「――幼女?」
「誰が洗濯板ですかっ!?」
「いや、言ってねえしっ」
突然怒り出すD.S曰く幼女。真っ暗なその場所で、その少女だけは淡く白い光を放っていた。
それだけで、その少女が普通の人間ではないことがわかる。
「まったく、無茶苦茶やってくれましたね……」
「いや、だからテメエは誰だよ!?」
「私はあなた方の言うところで言う――神です」
「……さてと、出口はどこだ?」
「ちょっとまて――!! 私を無視してどっかに行こうとするな!!」
聞き逃してそのまま立ち去ろうとするD.Sを自称神の少女は慌てて制止した。
「まったく、どんな教育を受けたらこんな捻くれ者に育つのやら」
余計なお世話である。
「むしろ、そのナリで神だって方が説得力ねえだろ」
「見た目で判断するとはまだまだですね。それにこれはこれで萌えポイントが高いのですよ。
一部の方々に大人気なのは間違いなし! とくにこのSSを読んでるシルフェニアの方々は、幼女、ヒンヌー好きが多いと言うことはリサーチ済みですっ」
思いっきり楽屋ネタをかましながら、自信満々に腰に手をあて胸を張る少女。
さすがのD.Sもそのテンションについていけないのか、距離をおいていた。
「ちょっと、なんで離れるんです? まあ、いいでしょう。ヒンヌーの素晴らしさは追々語るとして――」
「語る気かよっ!?」
「D.S――わかってると思いますが、あなたは元の世界に戻ることが出来ません」
「……は?」
「ぶっちゃけ、あんな大規模の次元振を起こしてくれたせいで、向こうの世界とのラインが切れちゃったんですよね。
言って見れば、完全に迷子、捜索不可、見失ったってヤツです」
「ちょっと待て? だったら、ここはどこだ?」
「ここは次元の狭間、あなたとウリエルが無茶な戦闘をしてくれたせいで、境界線が崩れてしまったんですよ。
まったく、喧嘩するのはいいですが、人様の迷惑は考えてください」
ぷんすかと片方の手を腰にあて、D.Sを指差して怒る少女。
言っていることはかなり不思議ちゃん発言なのだが、少なくともここが自分のいた世界でないことはD.Sにも見て取れた。
「じゃあ、出口はどこにあるんだ?」
「出口も何も、だからわからないんですって」
「オイ、幼女。お前、自分で自分のことを神だとか言ってなかったか?
なんで、その神がわからんとかなるんだ!?」
「幼女なんて名前じゃないです。そうですね……ここは便宜上、可愛くカミちゃまとかシーちゃんとか呼んで下さい」
「オイ、幼女っ! いい加減にしろよ? で、出口は?」
「…………」
「おい……」
「…………」
「あ〜〜〜!!! わかった!! シーちゃん、これでいいだろ!?」
カミちゃまと呼ぶのにはさすがに抵抗があったのか、後者のシーちゃんを迷わず選択するD.S。
それに満足したのか、シーちゃんは説明の続きを始める。
「出口は――わかりませんっ」
「死ねっ!!」
堂々と、はっきりと、かなり偉そうに「わからない」と宣言するシーちゃんに、D.Sは苛立ちを募らせる。
「いや、そうは言いましてもね。ぶっちゃけ私も迷子なんですよ」
とんでもない自称――神だった。
迷子の神さまって……。
「まあ、要約すると、元の世界とのラインが断たれてしまって、戻るべき次元の座標がわからないと言うわけです」
「それは、なんとかならないのか?」
「無理ですね。まあ、時間をかけて虱潰しにやれば出来なくもないでしょうが……ぶっちゃけ面倒ですし〜〜」
「…………」
シーちゃんのぶっちゃけ発言から二時間。
シーちゃんのその態度に振り回されながらも、どうにか現状を理解したD.Sは、その状況をなんとか打破出来ないかと考えを巡らせていた。
しかし、打開すべき案は結局浮かばず手詰まりになる。
本人にやる気もないのも問題ではあるが、シーちゃんの話によれば次元世界はそれこそ無限に存在しており、幾重にも枝分かれして世界が存在していると言う。
その中から、目測を失いラインの途切れてしまった一世界を探し当てることは神でも難しいとのことだった。
先ほど言ったように虱潰しに探していけば可能ではあるかも知れないが、それには下手をすれば何世紀もの時間を費やす可能性があるらしく、現実的ではないらしい(本人が一番面倒だと言うのもあるが……)
「まあ、そんなに落ち込まないで下さい。元の世界には送れませんが、別の似た世界になら送ることできますんで」
「いや、ちょっとまて――」
「ふふ〜ん、どこがいいかな〜?」
『次元世界案内ガイド』と書かれた怪しげなガイドブックを広げ、吟味を始めるシーちゃん。
その姿はD.Sのことを心配しているというよりも、自分が楽しんでいるようにしか見えない。
「この次元軸がよさそうですね。魔法も一応存在してるみたいですし、それなら目立つ事もないでしょう。
尚且つ……色々とおもしろそうですし」
シーちゃんは邪な笑みを浮かべるとD.Sの方を見て、かなり不穏当な発言を当たり前のように口にする。
「おもしろそうって、ちょっとまて!? なんだ、そのバカでかいハンマーは!?」
「ああ、痛くないですからね〜。ちょっと失神するくらいは当たり前だと思いますが」
「当たり前なのか!?」
シーちゃんは、身体の倍以上はあろうかという巨大なハンマーを、軽々と手にしてD.S向けて構える。
「方角よ〜し、距離……よ〜しっ」
「まて、まだ話は――っ!?」
「じゃ、いってらっしゃ〜い!!」
――カキ――――ン!!! 見事なホームランだった。
「まあ、こんな結果になりましたけど、新しい世界で頑張って下さい。
ちゃんと私の楽しみ≠フために、サプライズも用意してますしねw」
余計な一言がなければ、それで綺麗にまとまりそうな物を、一言多いシーちゃんだった。
「あ……そう言えば注意事項とか、大切なことをなんも説明してなかった」
今更ながらに自分の過ちに気付くシーちゃん。
「でもま、素直に言うことを聞くタイプでもないし、別にいっか」
そして、割り切りも早かった。
その日、アリサ・バニングスは学校も終わり、いつものように帰宅する途中だった。
友人と寄り道をしていて遅くなったため、少し近道しようと公園の森を抜けていく。
「ハアハア……遅くなっちゃった……」
左右を木々で囲まれた寂しい林道を一人、小走りで走りぬけるアリサ。
そこは、いつもよりも少し静かではあるが、特段変わった様子はない。
今日もいつもと何も変わらない――普通の日常のはずだった。
だが――そこで、アリサは彼と出会った。
林道の途中、哀愁の漂う切なげな表情で立ちすくむ少年。綺麗な銀色の髪、そして透きとおるような青い瞳――
日本人離れしたその容姿に、アリサは思わず見惚れてしまう。
「綺麗……」
そう思った瞬間だった。フラフラッと左右に身体が揺れたかと思うと、少年はそのままその場所に倒れこむ。
「え、ちょっと――!!」
慌てて少年の元に駆け寄るアリサ。見た感じ、目立った外傷はない。
だが、少年はまるで死んでいるかのように静かに寝息をたて眠っていた。
さすがにそのままにしておけないと考えたアリサは、家に連絡するために持っていた携帯電話を手に取る。
それが、アリサとD.Sの初めての出会いだった。
「知らない天井だ……」
某テレビからの電波か? お決まりの台詞を言いながら起き上がるD.S。
だが、そこは本当に知らない場所だった。未だに自称神様こと、シーちゃんとのやり取りが夢ではないかとD.Sは疑いたくなるが、これでもかと言うぐらい明確に記憶に残っている。
頭をブルブルと振るい、とりあえずここがどこかわからないD.Sは、ベッドから抜け出そうとする――
そう、抜け出そうとして気がついてしまった。
足が床につかない。良く見れば絢爛豪華な天蓋ベッド。
それだけなら良いのだが、ベッドから床まで足が届かない。
「な……なに――っ!?」
D.Sは、思わず大声を張り上げてしまう。それも無理はない。
八頭身、二メートル近くに達していた身長が、小学生程度にまで縮んでいた。
当然のことながら手足は短く、思うように上手く歩くことも出来ない。
仕方なくベッドから飛び降りたD.Sは、自分の今の姿を確認すべく、近くの鏡台の前に立った。
「……ルーシェ」
そこには髪の色はD.Sの銀髪そのものだが、幼き頃のもう一人の自分、ルーシェ・レンレンとほぼ同一の姿をした自分の姿が映っていた。
これにはさすがのD.Sも落ち込む。超絶美形、世界最強のプレイボーイを自称するD.Sにとって、見た目が貧相な子供の姿になっていると言うことは全くの予想外であり、最大の屈辱だった。
予想はつく……こうなった原因は一つしか考えられないのだから――
「あの幼女めっ……」
D.Sの予想通りシーちゃんの仕業だった。
かっ飛ばした後に残していた台詞「サプライズ」の一つがこのD.S、子供化計画だった。
どうせ人生を別の世界でやり直すことになるなら、子供時代から楽しんでもらおうと言うことらしいが、D.Sにとっては余計なお世話である。
というか、飛ばされたこと自体、本人の意思をまったく無視したことだったので今更なのだが……
「ああっ、目が覚めたの!?」
ドアが開く音がし、後ろからかけられた声に振り向くD.S。
そこには、今のD.Sと同じ年頃の、金髪の美少女が立っていた。
彼女こそ、この屋敷の息女にしてバニングス家の跡取り――アリサ・バニングス。
「オイ、オマエっ、ここはどこだ?」
「どうでもいいけど、アンタ随分と偉そうね」
D.Sがこちらの世界にきてから一週間。D.Sはバニングス家にそのまま滞在し、屋敷での生活を送っていた。
「だーく、しゅないだー? どこの悪の総帥?」
「……このオレ様がこんなガキにっ」
D.Sという名前はこの世界では奇妙に聞こえるらしい。そのため、D.Sはここにいる間はルーシェと名乗ることにした。
パッと聞いた感じ、名前というよりも愛称と言った方がこの世界の人々にはしっくりと来るのだろう。
事実、D.Sも名前に関しては特に拘りを見せていなかった。それにルーシェと呼ばれること自体は別段嫌いではない。
D.Sとして生きた時間も、ルーシェ・レンレンとして生きた時間も、今となっては同じくらい彼の中では大切な思い出だ。
「ルーシェ」
D.Sは自分のことをそう呼んでいた少女のことを思い出す。
こんな風に、その少女はいつも自分のことを気に掛けてくれていた。
もう会えないその想い人のことを思い出しながら、D.Sは声のした方を振り向く。
「また、こんなとこで油を売って……」
そう言いながら、呆れた様子でD.Sの隣に座るアリサ。
この屋敷で世話になるようになってから、アリサはD.Sのことを弟のように気に掛けていた。
実際にはD.Sの方がずっと年上なのだがそんなことをアリサに言ったところで通用するとはD.Sも思わない。
それだけ、D.Sは彼女のことを、この一週間で嫌と言うほど思い知らされていた。
「なんの本を読んでるの? うわ……分厚い……英語? ううん、それってドイツ語?
そんなの本当に読めるの?」
「ここの書庫は中々いい。蔵書数も多いし、専門的な本に何故か魔術書のような物まである。
実際、ここ一週間ほどで、この世界のことを随分と色々知ることが出来た」
「この世界???」
D.Sの言葉の意味をよく理解できないアリサ。だが、D.Sがその本を理解しているということはわかった。
まだ、見た目は小学生くらいだと言うのに、人間ではありえない恐ろしい速度で知識を吸収していくD.Sの知識レベルは、すでに大卒並に達していた。
かつてヨーコにも指摘されたことがあるが、別にD.Sは頭が悪いわけじゃない。
むしろ、最強の魔法使いと恐れられ、四百年以上も生きているD.Sはそこらの学者や研究者よりもずっと頭が良かった。
「ルーシェが私よりも頭がいいなんて……」
「どういう意味だ……アリサ、キミはオレがバカだと思ってないか?」
「いや、えっと……まあ、頭が良さそうには見えないわよね」
失礼な話である。
「……オレはそっちの方が変だと思うがな。
どうして、こんな素性の知れない人間を平気で家に置いておける?」
そう、D.Sにしてみれば、おかしな話だった。
異世界だと言うことはわかっていたし、D.Sのことを知らないのは無理もない。
だが、それにしても、ただ行き倒れていたというだけで、赤の他人を平然と家に招きいれてしまうこの家の者達の神経を疑いたくなる。
D.Sの世界で言えば、それは強盗してくれ殺してくれと安易に首を差し出していると言ってもいい。
「身寄りも何もないんでしょ?」
「それはそうだが……」
「だったらいいじゃない。私も、パパもママも、ルーシェを見捨てるようなことをしたくない。
だから、ルーシェの望む限り居て欲しいと思うし、それにそんなに悪い人に見えないもの。
大体、小さな子供を放り出すわけにいかないじゃない」
「いや、お前の方が小さいだろ」
小さくなったのはこの際仕方ないとしても、自分よりも小さなアリサにそれを言われるのは甚だ心外だった。
「たくっ、せっかくこっちが心配してあげてるって言うのに、そんなに捻くれた性格をしてると友達失くすわよ」
「そもそも、そんなもんはいらん」
「ああ言えば、こう言う! この口かっ、この口が悪いのか!?」
「こりゃ、やめひょ……」
大人気ない反論をするD.Sに対して、アリサは口を両側から押さえ左右に広げる。
こんなことがここ一週間、D.Sがきてからと言うもの、毎日のように続いていた。
D.Sのことを知る者が居れば、アリサのその命知らずな行動に目を見開いて驚いたかも知れない。
だが、何故かD.Sは彼女に逆らえなかった。口ではなんだかんだ言えても、本質的な部分でアリサには逆らえない。
それは、ヨーコの時と同じで、本能、魂のレベルから来る隷属に近い強制力を持っていた。
何故、四百年以上の時を生き、悪魔すら恐れる最強の魔人である自分が、まだ十年も生きていない少女に逆らえないのか?
D.Sは不思議に思う。
だが、アリサと過ごすうちに、D.Sはその答えにどことなく気付き始めていた。
声も、容姿も違う――それに年齢だって大きく離れている。しかし、似ているのだ。
明るく、世話焼きで、それでいて頑固で我が強い。D.Sが苦手とするタイプ。
そういう意味では、彼女はヨーコに似ている。
本来ならすぐに姿を消しても良かったのだが、アリサのことが気になっていたことも、この屋敷に彼を留まらせている理由の一つだった。
それからしばらくバニングス家の世話になり、屋敷で自堕落に日々を過ごすD.S。
「や、やめてください……あ、そこは……」
「大丈夫だ。オレにすべて委ねれば、気持ちよくしてやる」
「ちょっと、ルーシェ!! うちのメイドに何をやってるのよっ!! このドスケベ――!!!」
「アリサ、ちょ、それはまずい――ぐはあっ」
メイドにちょっかいをかけようとしてもアリサに妨害され――
「ええ……で、でも、あなた小学生でしょ? かなり美形だけど///」
「まあ、この超絶美形なオレ様の魅力にまいって、思わずクラクラっとくるのはわかるが」
「……あのバカを簀巻きにして、車に詰めといて」
外では美女ばかりに目を配り、声をかけまくるも、アリサの監視の目はそこでも輝いていた。
身体が縮んだくらいで、美女を求めると言う自身の欲求を抑えきれるD.Sではない。
だが、そのアリサの包囲網はそんなD.Sの思惑を完全に潰しにかかる。
「アリサ……なんか、オレ様に恨みでもあるのか?」
「知らないわよっ! 大体、アンタがスケベ過ぎるからいけないんでしょ!!」
D.Sもいよいよ耐えられなくなり反論するが、それすらもアリサの一言で一撃の下に斬り捨てられた。
そんなある日――それは起こった。
突然の魔力反応――
庭でいつものように、優雅にお茶を飲みながら読書にふけっていたD.Sは、その禍々しい魔力を感じ取る。
「近いな……」
「何を格好つけて読んでるのよ……」
D.Sの持っていた『巨乳アイドル大特集』と書かれたグラビア写真集を後ろから抜き取るアリサ。
それを見るや、アリサの手がプルプルと震えだし、ドス黒く禍々しい怒りのオーラが滲みだす。
先ほどの魔力の気配など、それに比べれば生易しいものだった。
そこには鬼が――いや、魔王級の笑みを浮かべる小さな悪魔がいた。
「ウフフ……そうよね。そりゃあ、大きな胸は触り心地もよくて、さぞかし気持ちいいでしょうね」
「あの……アリサさん?」
アリサのその様子に危険を感じたD.Sは思わず丁寧語で言葉を返す。
D.Sは全身から嫌な汗が噴き出すのを感じる。こんなことはアンスラサクスと戦った時も、ウリエルと退治した時でもなかった。
いや、過去に確かに同じようなことがあったことを思い出す。
そう、あれは破廉恥な行為が原因で、ヨーコの怒りを買ってしまったあの時――
「死ね――っ!! この変態巨乳フェチ!!」
「――!?」
その時、D.Sは心に誓った。決してアリサを怒らせまいと――
「酷い目にあった……」
アリサにあの後こってりと絞られた挙句、結局、あの魔力の反応がなんだったのかもD.Sはわからなかった。
精も根も尽きたと言った様子でフラフラと自分の部屋に戻る。
そのまま、倒れこむようにベッドに横になった。
「なんか、段々とオレ様の扱いがぞんざいになってないか?
これも……あの幼女の陰謀なのか?」
「まあ、あれでも神様だもんね。あの性格だし、結構、おもしろがってやってるんじゃないかな?
因果律を操作して、ちょちょいとおもしろい方向に向かせるくらいは仕向けそうだよね〜」
「やっぱり、一度、あの幼女は泣かす!?」
「あれでも一応、神様だよ。いくらD.Sでも、それは難しいんじゃない?」
「しかしだな。ああいうガキは一度ガツンと……」
「うん?」
「……誰だ?」
ベッドの上で横になっているD.Sの傍らで、肘をつきながら同じように横になっている少女。
見た目的には今の自分とそれほど変わりない。アリサとほぼ同じくらいと言ったところか?
赤茶色の少し癖っ毛のある肩の少し下まで伸びた髪に、健康的な褐色の肌が特徴的な美少女だった。
だが、D.Sにはその少女が誰なのかわからない。どこかで見たことがある気がするのだが――
「酷いっ、私のことを忘れたなんて!!」
「いや、待て……どう考えても始めて会ったとしか思えないんだが……
ってかお前、どうやってこの部屋に入った!?」
D.Sが戻ってから、誰かが部屋に入ってきた気配はなかった。それにD.Sが気付かないはずがない。
だが、現にこの少女は部屋の主に気付かれることなく、部屋に侵入してきたばかりか、D.Sに気配を感じさせることなく当たり前のようにベッドに横になっていた。
これで警戒するなと言う方がおかしい。
「テメエ……何者だ」
アリサは「う〜ん、う〜ん」と唸りながら腕を組み、D.Sの部屋の前をウロウロとしていた。
さすがに先程のはやり過ぎたのではないかと自分でも思う。
確かにエッチな本を読んでいたD.Sが悪いのだが、その後の仕置きは少しやり過ぎたかも知れないと今更ながらに後悔していた。
あの年頃の男の子が女性の身体に興味を持つということはよく耳にする。
実際、女の子の間でもそういう話題が上がることはある。それでなくても、D.Sは同年代の男の子と比べても歳に似つかわしくないほど大人びているところがあるし、色々な意味で精神的にも成熟していると言える。
だからこそ、先程の自分の態度は行き過ぎだったのではないかとアリサは後悔していた。
これでは単に嫉妬して、D.Sに八つ当たりしただけの狭量の小さな女に思われても仕方ないとアリサは思う。
「や、やっぱり謝った方がいいわよねっ」
覚悟を決め、ドアノブに手をかける。
そして息を大きく吸い呼吸を整えると、一気にその扉を開け放った。
「ル、ルーシェ、そのさっきはごめ――」
「酷いですっ! 私のことを食べておいて」
――私のことを食べておいて
――食べておいて
――食べて?
その瞬間――完全に時が凍りついた。
「あああああ、あんた、そんな小さな女の子を部屋に連れ込んで、な、なにやってんのよ!!?」
「おい、待てっ! 完全に誤解だ!! アリサ、お前、絶対に何か勘違いしてるぞ!?」
「何が誤解よっ!! ル、ルーシェの……バカ――っ!!!!」
「――!!?」
――ドゴオオォォォン!!! まさに痛恨の一撃。アリサの抜き放った怒りの鉄拳がD.Sの顔面をモロに打ち抜いた。
この拳なら世界も狙えるかも知れない。その一撃を食らった当人であるD.Sは、朦朧とする意識の中でそう呟いていた。
「アムラエルです。アムって呼んでください」
「私はアリサ・バニングス、アリサでいいわよ」
その当人の正体は、本人の口から思いのほか簡単に判明した。
アムラエル――ウリエルの妹にして、悪魔の奸計により天使の力を無効化する力『無効共鳴(ヴォイド・ハウリング)』のパーツとしてコンロンに移植された少女。彼女の無残な死が、ウリエルが堕天する直接の原因となった。
だが、アムラエルは確かにD.Sがコンロンごと噛み砕き、文字通り跡形もなくウリエルの前で食べたのだ。
あれが現実ならば、この場にこうして生きて存在しているはずがなかった。
「ええ、まあ確かに死んじゃったんだけどね。
でもD.Sの霊的因子に取り込まれることで、コンロンの呪縛から解き放たれて、こうして再生する事ができたんですよ〜。
もっとも、少し裏技を使って肉体を構成する式なんかは神様に書いてもらったんですけど」
「再生? 式? ちょっと、なんのことなの??」
「またか、また、あの幼女の仕業なのか……」
D.Sはそんなアムラエルの説明に、「あの幼女め、どこまで引っ掻き回せば気がすむんだ」とばかりに頭を抱える。
「肉体年齢はマスターに合わせてみました〜」
「マスター?」
「ええ、だって私はD.Sの魂から分離した存在だから、言って見れば使い魔みたいな存在ですし――
あ、ひょっとしてご主人様とかの方がいい? だったら私は全然それでもいいよっ」
「ご主人様……そっか……そういう関係なんだ」
やる気満々と言った様子で「がんばりますっ」と元気一杯にD.Sにアプローチしてくるアムラエル。
それに比例して、またもアリサの機嫌が悪くなっていく。
「ルーシェ……」
「はい……なんでしょう?」
「全部、キッチリ、キッカリと、説明してくれるわよね?」
「……モチロンデス」
笑顔のアリサは本当に怖かった。
「信じられないような話だけど……やっぱり本当なのよね」
D.Sから今までの話を全部聞かされたアリサは、思いのほか簡単にその話を信じ、納得していた。
それと言うのも、これまで見てきたD.Sの簡単に天才と言ってしまえないほど人間離れした記憶力と、そしてあまりに見た目とのギャップが大きい精神年齢。
しかも極めつけは――
「おおおぉぉ!! こ、これ!! なんですか!?
箱の中に人がいます!!!」
お約束なお惚けをかましながら二枚の白い翼をパタパタと広げ、テレビの前に浮かんでいるアムラエルを見れば、それが嘘か真実かと言えば嫌でも信じないといけないと言うことがわかる。
その話だけで、D.Sの言っていることが全部本当だと言う確証もないが、少なくともアリサにはD.Sが嘘をついているようには思えなかった。
話の中にでてきたヨーコや、ネイ、元の世界の仲間達の話をしている時のD.Sの表情は、アリサが今まで見たことがないほど穏やかで優しさに満ちていた。だが、時折、ヨーコと言う女性の名前がでた時、寂しそうな、それでいて愛しい顔をするD.Sにアリサは少し嫉妬を覚えた。
自分の知らないD.Sがそこにいて、アリサは顔も知らない人達のことを、彼はまだ、本当に大切に思っていることがわかったからだ。
二度と会えない――
失くしたもの――
戻らない時間――
帰れない世界――
世界で唯ひとり、ひとりぼっちの存在――
残されたのは優しい想い出と、悲しい過去――
大好きだった人への想い――
彼の願いが叶うことはない――
彼の一番の望みが満たされることはない――
それでも、D.Sは歩き続ける――生き続けなければいけないと言うことを、アリサは気付いていた。
彼は安易な死や、絶望を望める人間ではない――
きっと、失くしたものが見つかるときまで、その魂が、肉体が世界から消え去るときまで彼は歩き続ける。
「アリサ、なんで泣く?」
「アハッ……なんでだろ……」
いつしか大粒の涙がアリサの頬を伝っていた。
この世界に、これほど悲しいことがあるなんて彼女は知らなかった。
叶えられない想いとはどんなものだろう? 満たされない望みとはどんなものだろう?
自分なら、家族に会えなくて、友達に会えなくて、大切な人にも名前を呼んでもらえなくて、手も握ってもらえなくて――
考えられない――想像がつかない――
彼の悲しみをわかってあげられるほどに強くない自分が嫌になる。
今の自分では何一つ、彼の助けにならないとわかってしまう。
だからこそ、アリサはただ涙を流すことしか出来なかった。
せめて、「彼の為に泣いて上げることくらいしか自分には出来ない」とアリサはそれだけが悔しかった。
「焦らなくていい。あなたはD.Sの気持ちを一番に考え、理解しようとしてくれた。
その気持ちは嘘じゃないから……その涙は本物だから」
声を震わせて泣くアリサを優しく包み込むように後ろから抱きしめるアムラエル。
世界はこんなにも憎悪と悲しみで満ちている――
だけど、そんな冷たい世界にも、たくさんの優しさや嬉しさが同じだけ存在している。
アリサの涙も、アムラエルの優しさも、そんな世界の優しさのひとつだった。
泣き続けるアリサを、アムラエルは無言で抱きしめ続ける。
D.Sもそんな二人を静かに見守る。
アリサが流した涙――その味は少ししょっぱく、温かかった。
「なのはっ! すずか!! おっはよ〜!!」
「アリサちゃん?」
「どうしたの? 今朝は凄く元気だね?」
「あ〜、何かいいことでもあった?」
「ふふ〜ん、知りたい?
少し気になる子がいたんだけど、その子のことを私、何もわかってなかったの。
それに、実は今もよくわからないんだ」
「「へ?」」
アリサが何を言っているのか今ひとつよくわからない二人は、顔を合わせて首を傾げる。
「でも、わからなくて当たり前なんだよね。私はあの子じゃない。ワタシは私――
アリサ・バニングスなんだから――」
「「アリサちゃん??」」
「行こうっ、なのは、すずか」
そう行って二人の手を取って駆け出すアリサに、なのはとすずかはただ混乱するだけだった。
でも、アリサが今までにないほど、良い顔をしていることは見ればわかるし、やる気に満ちているというのは二人にも伝わっていた。
「(寂しかったらこうして手を繋げばいい。辛かったら抱きしめてあげればいい。私もルーシェもひとりじゃないんだからっ)」
少し離れた場所からそんな三人を見守る二つの影があった。
「ふふ〜ん、良い子じゃないですか〜。きっと大きくなったらよい女になりますぜ?」
「……なんか、キャラが変わってねえか、おまえ?」
アリサ達を遠巻きに見送り、D.Sとアムラエルは並んで歩き出す。
「アムも少し、ウリエルに会いたくなったかな」
「ケッ、ウリ公の顔なんてオレは全然見たくねえけどな」
「クスッ」
「何がおかしい……」
「きっとウリエルも同じことを言うんだろうな〜って」
「バカ野郎! あんなのと一緒にすんじゃねえーよ」
「ツンデレだ〜!!」
「犯すぞ! テメエ!!」
拳を握り締めて怒るD.Sに、その前を走って逃げるアムラエル。
だが、少し走ったところでアムラエルは立ち止まると、先程までの表情とは一転して真剣な表情でD.Sの方を向き直った。
「だけどね、D.S――絶対にもう、ジューダス・ペイン(ユダの痛み)は使っちゃダメだよ。
これだけは約束して――あの子のためにも」
「――――」
「神様でも、あなたの魂に完全に定着した七つの『ユダの痛み』を取り出すことは出来なかった。
気付いてるんでしょう? すでにそれはあなたの一部になり、魂を蝕んでいることを――」
ウリエルとの戦いで限界以上に行使したジューダス・ペインの力は、目に見えないところでD.Sの肉体を魂を蝕んでいた。
「神様からの警告よ――これ以上、あの力を使えば、D.Sは完全にこの世界から消え去る。
文字通り、血も、肉も、骨も、その魂すら残さずに――」
「それを言うってことは……そう言うことか……
だからあの幼女は、わざわざこんな世界にオレ様を送りやがったんだな?
いるんだな? この世界に――悪魔がっ」
「――――」
アムラエルのそれは無言の肯定だった。
「大丈夫。D.Sが戦うことはない――
悪魔は……悪魔はアムが倒す」
崩壊は、はじまりの合図――
出会いは、新たな物語への序曲――
運命の歯車は静かに音を立て、回り始めた。
……TO BE CONTINUED?
あとがき
193です。
本作は、なんかバスタードでクロス作品を書けないかと考えた結果生まれた、思いっきり行き当たりばったりな作品ですw
一応、無印終了くらいまではプロットを考えてはいるのですが、歌姫と黒の旋律の連載の方もあるので、こっちは完全に未定です。
今回は2000万ヒット記念と言うことで投稿させて頂きました。
要望あれば続きを書いてみてもよいかも知れませんが、今のところ予定にないので。
とにかく、2000万ヒット達成、おめでとうございました。
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