※本作品は『異世界の伝道師』の番外編です。 139話で端折られた部分の補足的な話になっています。



【Side:太老】

 俺こと正木太老が、ここ異世界(ジェミナー)で過ごすようになって二回目となる正月。
 去年はコタツで自堕落な年末年始を送った俺だが、今年ばかりはそうもいかなかった。
 新年会――毎年、各国の諸侯が集う年始の催し。去年はシトレイユで開催されたそれが、今年はハヴォニワの持ち回りということで、大商会の代表にしてハヴォニワの貴族となった俺も当然のことながら出席を義務付けられていた。
 しかも今年の催しは正木商会が運営を取り仕切っているので、参加しないという選択肢はない。そんなこんなで来週には聖地での武術大会が控えているというのに、相変わらず公務に仕事と忙しい毎日を送っていた。

「お兄様。どうですか?」
「うん、よく似合ってる。いつものドレスもいいけど、やっぱり和服も似合うな」

 正直に感想を述べると、パアッと花が開いたようにマリアは満面の笑みを浮かべた。
 マリアもやはり女の子と言ったところか? 着物を褒められたことが余程嬉しかったようだ。
 日本に古くから伝わる伝統的な民族衣装。お世辞などではなく桜色の着物に身を包んだマリアを見て、素直に似合っていると思った。
 この着物は、ハヴォニワの伝統衣装の一つ。舞いと共に異世界から伝わった文化と言う話だ。

 ――過去に日本舞踊の経験者でもやってきたのだろうか?

 詳しいことは謎だが、着物といい舞いといい、なかなかに本格的で驚かされた。
 今日はこれを着て、催しの席で舞いを披露すると話すマリア。以前に一度だけ練習しているところを見せてもらったことがあるが、幼い頃から練習しているとあって、素人目に見てもなかなかに見事なものだった。

「今日は(わたくし)がお兄様をエスコートしますわ」
「助かるよ。こう言う畏まった席は未だに慣れなくてね……」
「ですが、少しは慣れて頂かないと困ります。将来は私と一緒に国を背負って頂かなくてはいけないのですから……」

 声が小さくて最後の方が上手く聞き取れなかったが、マリアの言うように少しは慣れるように努力しないといけないと思った。
 仮にもハヴォニワの貴族を名乗っている以上、『ノブレス・オブリージュ』という言葉にあるように、人の上に立つモノとして必要な義務と責任を果たせないようでは他の貴族のことを偉そうに言えない。それにその度にマリアに迷惑を掛けるのも心苦しかった。

「そうだな。もう少し慣れるように頑張ってみるよ。責任は果たさないとな」
「せ、責任ですか? そ、それは……あの……」

 顔を真っ赤にして胸の前で指を絡ませながら、口をモゴモゴと動かすマリア。
 俺なんか変なことを言ったか? 挙動不審なマリアの態度に俺は首を傾げた。





異世界の伝道師 番外編『ハヴォニワの寵児』
作者 193






 提灯や色とりどりの飾りで彩られた街並み。人々の賑やかな声が行き交う。
 首都は今、新年を祝うお祭りムード一色。こうしたところは世界が違っても大差はない。
 ハヴォニワの王宮も今日はいつにも増して、華やかな装いを見せていた。

「ラシャラちゃんは来てないのか……。それは残念だな」
「シトレイユは今、皇が不在ですから。それに戴冠式の準備など色々とやることがあるのでしょう。騒がしい方がいなくて清々しますわ」

 と言いながらも喧嘩相手がいなくて、どこか寂しそうに見えた。
 やはりなんだかんだ言いながらも、マリアとラシャラの二人は仲が良いように思える。
 本当に嫌いな相手なら気にも留めないはず。こうして気にしているのが何よりの証拠だ。
 そう考えると――

「……どうかなさいましたか?」
「いや、やっぱりマリアは可愛いなと思って」
「え……ええっ!?」

 動揺して慌てふためくマリアを見て、こうした反応も微笑ましく思えた。

【Side out】





(ううっ……今日のお兄様はいつになく積極的ですわね)

 気になる異性に『責任を果たす』や『可愛い』と言われて、動揺しない乙女はいない。
 年相応の恋する娘のように、マリアの心は激しく揺れ動いていた。
 夢なら醒めないで欲しい。出来れば現実であって欲しい。そんな期待と淡い想いを抱きながら、マリアは太老にピッタリと寄り添って歩く。
 どことなく周囲を気にしている様子を窺わせながら――
 それもそのはず、マリアが太老のエスコート役を買ってでたのは親切心からだけではない。
 どちらかというと、自分の都合を優先した方が理由として大きかった。

(と、とにかくお兄様に悪い虫が寄り付かないように気をつけませんと)

 太老の一挙一動に心の中を激しく揺り動かされながらも、使命に燃えるマリア。
 各国の諸侯を招いて開かれる新年の催し。国を挙げての大々的なイベント。
 毎年参加国の持ち回りで開かれているイベントではあるが、今年は例年に増してイベント参加者が多かった。
 その理由は簡単……ハヴォニワには正木太老がいるからだ。

 公の席に余り顔を出さない太老に、堂々と近付く口実を得られる数少ない機会。
 今回のイベントに参加している諸侯の目的が言うまでも無く太老にあることは、マリアも理解していた。
 相手の魂胆が透けて見えるだけに、出来ればそんなイベントに太老を参加させたくはない。
 しかし周囲の思惑がどうあれ、主催国の面子もある。重要な催しに大貴族の一角にしてイベントの運営責任者でもある太老を参加させないと言う訳にはいかなかった。
 そしてマリアが一番危惧しているのが、太老に取り入ろうとする悪い虫……いや、甘い蜜の匂いに誘われてやってくる蝶の方にあった。

「マリア? 恐い顔をしてどうかしたのか?」
「い、いえ。少し緊張しているだけです」

 ギュッと太老の腕を引き寄せ、遠巻きで機会(チャンス)を窺っている貴族の子女達を牽制するマリア。今回の参加者は諸侯だけでなく……まだ結婚の決まっていない年頃の娘が多かった。
 マリアが警戒するのも無理はない。毎年のように参加しているからこそ、マリアには彼女達の考えが手に取るようにわかる。
 彼女達の目的。彼女達を連れてきた貴族達の考えはわかりきっている。太老との結婚だ。

 あわよくば自分達の娘が太老のところに嫁いでくれれば、そんな期待を抱いている者達は少なくない。特に強力な聖機師と知られている太老は、彼等からしてみれば優秀なサラブレッドと同じ。太老との間に聖機師の資質を持つ子供を授かることに成功すれば、今よりも優れた地位と権力が約束されたも同然だ。
 政略結婚の道具に子供を使おうと考えるのも無理からぬ話だった。

 それに聖機師同様、王族や貴族には自由な恋愛と結婚は立場上許されていない。
 少しでも条件の良いところに嫁ぎ、祖国のため、家のために貢献することが彼女達に与えられた役割であり責任だからだ。
 彼女達は生まれた時から、その義務と責任を教え込まれ育てられてきた。
 一般人の常識では理解し難いことでも、生まれた時から特権を享受する彼女達にとって、それは当たり前のことだった。
 当然のことながら、王族に生まれたマリアにも彼女達の考えや気持ちはわかる。自分が同じ立場だった場合、国のために民のために受け入れる覚悟はマリアも出来ていた。
 だからと言って太老に他の女性が言い寄る姿を見て、納得出来るかといえばそうではない。好きな人の前では王族である前に、マリアも一人の恋する乙女。本音と建て前の狭間で、気持ちが揺れ動くのは自然なことだった。

「そりゃ、緊張もするか。こんなに大勢の前で舞いを披露するんだもんな」
「え、ええ……まあ……」
「応援してるから、頑張って来いよ」
「……はい」

 まさか本当のことを言えるはずも無く、鈍いのか鋭いのかよくわからない太老の言葉に振り回され、ハアと溜め息を溢すマリア。
 それでも愚痴一つ言えないのは、好きになってしまったが故の弱みと言えた。


   ◆


(マリアでも、やっぱり緊張するんだな)

 と的外れなことを考えながら会場に用意された専用の席に腰掛け、太老はマリアの舞台がはじまるのを珍しくウロウロとせず、静かに待っていた。
 それもそのはず、左右をユキネとコノヱの二人に固められていたからだ。
 二人はマリアが残して行った見張りであり、太老により付く虫除けの護衛でもあった。

(俺もしっかりしないといけないな)

 マリアの年相応な一面を見れたことで、少し気が楽になった太老は決意を新たにする。
 緊張しているにも関わらず、こうして心配して付き添ってくれたマリアのためにも、年長者の自分がもっと確りしないといけないと考えたからだ。
 全てが間違っているわけではないのだが、やはりどこかずれているのはこの男らしい。
 お互い相手のことを大切に思っているのは確かだが……認識に大きな齟齬が見えた。

「ユキネさんとコノヱさんも座らない?」
「ダメ。仕事だから……」
「いえ、私はこのままで結構です」

 太老が今一番気になっているは両脇に立つ二人。
 新年を祝う席なのだから、出来る事ならもうちょっと肩の力を抜いて欲しいと思う太老だったが、プロ意識の強い二人にこれ以上言ったところで無駄と考え……諦めた。
 何かと競い合っている二人ではあるが、仕事に対する姿勢や真面目なところは良く似ていた。

「太老殿。みーつけた」

 右側部からムニュッと頭に押しつけられる柔らかいマシュマロのような感触。甘いコロンの香りが太老の鼻を刺激する。
 こんなことをするのは一人しかいない。この国で一番偉い人物にしてマリアの母親。
 ハヴォニワの女王――フローラ・ナナダンその人だ。

「代わりに私が一緒に座ってあげる。一緒にマリアちゃんの舞いを見ましょう」

 大人三人が余裕で腰掛けられるだけ余裕ある大きな座席にも関わらず、態々太老の膝の上に腰掛けるフローラ。
 十二になる娘がいるとはいえ、フローラはまだ三十歳を迎えたばかり。これからが女盛りといった様子の大人の色気漂う身体を武器に太老に迫る。

(ユキネさん、コノヱさん! た、助け――)

 困って両脇の二人に視線で助けを求める太老だったが、助けてくれる気配はなかった。
 悪い虫が寄り付かないようにするのが、マリアから二人に与えられた命令とはいえ、相手がフローラの時は何を言っても無駄。自分達ではフローラを止める事は出来ないと半ば諦めていた。
 仮に水穂やマリエルならフローラを止められたかもしれないが、生憎とその二人はここにいない。公式の場では表に出て来ることは滅多になく、太老に仕えるメイドとして裏方に徹し、サポートするのが彼女達の役割であり仕事だった。
 ユキネやコノヱのように仕事に誇りを持ち、太老のことを第一に考えている二人だからこそ、必要以上に出しゃばってくることはない。フローラもそれがわかっているから、こうして堂々と太老に迫っていた。

「せめて、横に座ってください……。お願いします」
「少し刺激が強かったかしら? 意外と純情なのね」

 不満を口にしながらも、あっさりと引き下がるフローラ。責める時は強引に責める。だけど相手が不快に思うこと、本気で嫌がることはしない。その線引きがフローラは非常に上手かった。
 世間では『色物女王』などと呼ばれていても家臣や民達の信頼が厚いのは、公私を上手く使い分け、人との付き合い方や距離の取り方を弁えているからだ。長年の勘というよりは生まれ持った直感に近い感覚で、フローラはそれを嗅ぎ分けていた。
 こうした感覚の鋭さは、白眉鷲羽や樹雷の鬼姫に近い。持って生まれた才能と言ってもいい。
 太老が彼女を苦手とする理由の一つが、そこにあった。

「あら、これ美味しいわね」
「水穂さん、料理の腕は確かですからね。正直プロ並みの腕前ですよ」
「太老殿の故郷の料理ね。あちらでは、よく作ってもらってたのかしら?」
「そうでもないですけど……水穂さんの料理はルーツが(うち)と一緒なんで」
「お母様の料理と?」

 会場でだされている料理は全て水穂が手配したものだ。
 水穂の母親は、銀河アカデミーで理事長を務め、伝説の哲学士白眉鷲羽の弟子にして、アカデミー随一の哲学士と噂されるほどの天才だ。瀬戸に勧められ趣味で始めた料理の腕もプロ級で、銀河アカデミーのガイドブックにも載っていない隠れた名店として知られる定食屋『ナーシス』の代理店長を任せられるほどだった。
 そんな母親譲りの腕を持つ水穂の料理は、和食に関して言えば母にすら引けを取らない。その上、柾木家の味はアイリの料理を起源(ルーツ)としているため、水穂の料理は太老にとって、おふくろの味ならぬご先祖様の味といった具合に慣れ親しんだものだった。

 ただ、フローラが絶賛するように確かに美味しい料理ではあるが、決して高級な料理と言う訳ではない。国を挙げてのイベント。各国の諸侯が集う席に振る舞われる料理にしては、些か華やかさに欠ける料理ばかり。シトレイユの絢爛豪華な料理と比べれば、随分と対象的だ。
 しかしここがハヴォニワであるということ、正木太老がどういう人物であるかを諸侯に知ってもらうには、この料理が打って付けだと水穂は考えた。
 見た目以上に奥の深い味わい。重要なのは持て成しの心。
 太老に言わせると、毎日食べたくなる味。ほっと安心出来る家庭料理がこれだった。

「本当に美味しい。作り手の心が感じられる……ほっと安心する味ね」
「マリアも言ってました。水穂さんからレシピを聞いて、和食メインの店をだしたいって」

 故郷のことを思い出し、少し懐かしそうに語る太老。ただ異世界の料理というだけでなく太老の思い出の味と知って、フローラは顔をほころばせる。娘同様フローラも徐々にではあるが、太老の人柄に惹かれ始めていた。
 最初は太老の能力に目を付け、ハヴォニワのためにその力を取り込もうと考えたフローラだったが、いつしか目的は変わり始めていた。取り込もうとしていたはずが、いつの間にか自分達の方が取り込まれていたことに気付き、もっと太老のことを知りたい。太老の作る未来を国を見てみたい、という想いをフローラは抱いていた。
 恋と呼んで良いのか、愛と言っていいのかはわからない。
 ただ一つだけはっきりとしていることは、正木太老に心から惹かれているということだ。
 本当の息子のように、恋人のように、フローラは太老のことを愛しく想っていた。

「……フローラさん?」
「寂しかったら甘えてもいいのよ。太老ちゃんが望むのなら、母親にでも恋人にでもなってあげる」
「……え? いや、俺はそこまで子供じゃ……」

 見た目以上に高い精神年齢を持っているだけに、子供扱いされて恥ずかしくなる太老。
 しかし言葉では抵抗してもフローラの胸に抱き寄せられ、嫌な感じはしなかった。
 ずっと身を委ねたいと思うほど、ほっと心の底から安らげる……そんな感覚。

(あれ? この感じって……)

 懐かしい日の記憶。この感覚を太老は知っていた。

「お兄様! お母様!」
「あら? マリアちゃん。ほら、皆様がお待ちかねよ」
「お待ちかねよ、じゃありません! お兄様から離れてください!」

 準備を終えて姿を現したマリアが、舞台の上からフローラに怒鳴り声をあげる。
 この親子のやり取りも、いつものこと。コノヱとユキネは同時にハアと溜め息を吐いた。
 催しに参加していた貴族達の頭にパッと浮かんだのは、『色物女王』の二つ名。
 普通なら問題と思われる行動や発言でも、相手がフローラだから――それだけで理解を得られるのだから楽なものだ。
 そうして考えると、フローラがあえて周囲にそう呼ばせている理由にも納得が行く。
 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか一目では判断が付かない。
 本音を見極めるのが難しい女。それがフローラを『色物女王』と言わしめていた。

(今はまだ……でも、さっきの言葉は嘘じゃないのよ。太老ちゃん……いえ、太老殿)

 愛する人に愛を囁くように、フローラは心の中で呟いた。





 ……TO BE CONTINUED




 あとがき
 193です。新年明けましておめでとうございます! 今年も本作品共々よろしくお願いします。
 本来更新は四日にするつもりだったのですが、予定が色々と変更になって余裕が出来たので更新。元々、正月用の作品でもありますしね。
 新年一発目は恒例の番外編ってことで……年賀イラストにちなんだフローラ様の話。実際にはSSの方が出来上がったのは先なんですけどね。前に天地無用サイドのお正月編をやったので、今回は異世界サイドの話です。話としては、本編139話で端折られた部分の話になります。

 次回からは通常更新……と言っても落ち着くまでは週に三本だすのがやっとと思いますが、定期的に更新は続けて行きたいと思います。本編と外伝で週替わりでやっていく予定です。
 一気に終わらせようと思えば、恋姫やなのはだけ投稿すれば二ヶ月ほどで終わらせることは可能と思いますが……本編の更新がないと禁断症状がでる人もいそうですしねw
 なのははイベント配信作品ですので、次回のシルフェニアのイベントまでお預けです。
 どこか祝日にでも更新を挟むかもしれませんが、不定期ってことで御了承を。

 尚この作品の拍手返信は、次回の本編弐期の後書きでまとめてやります。



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