――まず、目に映った色は青だ。
青い空、青い海、青いヒトデ。――ヒトデ? 違う、ヒトデは青ではない。なら、これは何だろう?
私は顔にのっているヒトデらしきものを指で掴むと、それを両手で広げて観察した。
「ケ、ケーケケケッ! ケ、グハァ!」
奇怪な声を出すヒトデを踏み潰すと、私は自分を呼ぶ声がする方に振り返る。
「ラピス、大丈夫か?」
優しい声で私を心配するヒト。――は私の全てで、私は――の一部。
「ダイジョウブダヨ。アキト」
その大切な名前を私は言葉にする。精一杯の感情を込めて。
彼は私に初めて、
名前
≠くれた人だから。
紅蓮と黒い王子 第1話「アキト。ドコニ、イクノ?」
193作
気が付いた時には、前は海、後ろは砂漠だった。
"火星の後継者”の残党との戦いで行った、ボソンジャンプの暴走が影響だとは思うのだが……
「……通信機も役に立たないか」
ユーチャリスとの連絡が付かない事を確認したアキトは、一緒にいたはずの少女を捜す。
「――ラピス!!!」
広大な海と砂漠に囲まれながら、先程まで傍にいたであろう少女の名前を叫び続ける。
「――! ユーチャリス。やはり、ここに飛ばされてきていたのか」
砂漠にその身を埋めたユーチャリスを見つけると、ハッチの緊急用レバーを回してドアを開ける。
「電源は生きていないか」
中の状態を確認すると、ラピスがいた筈のコクピットを目指す。
――ガッ! ドガン!!
「ラピスっ!!」
そこにはラピスの姿はなく、衝撃のショックで崩れた無機質な機械が横たわるだけだった。
「ラピス、どこに……。やはり外に飛ばされたのか」
ラピスの位置を探る為に、ユーチャリスのシステムを起動しようとするが、異常があるのかエラーの文字が出る。
「くそっ!!!」
――ドンッ! 操作パネルに拳を撃ちつけると、苦い記憶が蘇って来た。
『ナンバー013の状態はどうだ?』
『はい、特には。ただ、動揺しているのか、少し脳波に乱れが見られます』
『動揺だと? あれは人形だぞ。感情などありはせん』
――ビービー!
緊急事態のサイレンが研究所の中に響き渡る。
『なんだ、何の騒ぎだっ!』
『分かりません。何者かが研究所内に侵入したとしか……』
――ピッ。開かれたドアの向こうから、漆黒のマントを纏った男が、追いきれない速度で入り口の傍にいた研究員を吹き飛ばした。
『な、貴様っ!』
―パンッ! パンッ!
もう一人の研究員が傍にあった銃を構え男に発砲するが、弾は宙を切り男には当たらない。
――カチッ! カチッ!
『くそっ! 貴様、どこの組織の者だ?! 私の研究は誰にも渡さんぞっ!』
弾が切れ、怒りが収まらない研究員は、近くにある物を男に向かって投げつける。
『……研究か。そこにあるカプセルの中身が、貴様の言う研究か?』
冷め切った声で男は研究員に、侮辱の言葉を述べる。
『そうだっ! 貴様には分からないだろうが、これこそが人類の未来の為の崇高な研究だ』
男はその言葉を無視してカプセルの前に立つと、優しげな表情を浮かべ、研究員には聞こえないほど小さな声で、中にいるであろう少女に話し掛けていた。
『貴様、何をしている! それは私のっ――ぐっ! ぐぼっ!!!』
――ドン!! 胸に打ち込まれた一撃に吹き飛ばされ、白目を向き気絶する研究員。その傍らにはバイザーで隠しきれない、憤怒の表情をした男の姿があった。
――プシュー。
開け放たれたカプセルの中から現れた姿は、髪はピンク、瞳の色は金色、白い肌、まだ少女と言えるその子は、人形のような冷たい表情をしていた。
似た少女を男は知っていた。自分が愛した女性と、娘のような少女との暖かく幸せに包まれた三人の生活。
自分の作った料理を美味しいと微笑んでくれた少女。その傍らで微笑む女性の姿。
『アナタハダレ?』
そんな沈黙を破ったのは、意外にも少女からの一言だった。
『俺はテンカワ・アキト。君の名前は?』
『ワタシハ、ナンバー013』
そう、答える少女の言葉に苦虫を噛み締めるかの様に、アキトは口を紡ぐ。
『そうか。だけど、それは名前じゃない。だから、今日から君の名前はラピス。ラピス・ラズリだ』
『ナマエ……ワタシノナマエハ、ラピス』
驚きと戸惑い、嬉しさと暖かさ、初めて触れた他人の優しい感情に少女は戸惑いながらも答える。
『アキト。ドコニ、イクノ?』
少女の手を優しく握りながら、男は少女に答えた。
『空の見える場所だよ』
「……ラピス」
記憶の中にいた、出会った頃の無機質な少女の姿が頭を過ぎる。
ここがどんなとこであるのか分からない以上、自分とラピスの存在はそれだけで危険を伴う可能性が高い。
「待ってろ。すぐに捜し出してやる」
アキトの声にはラピスへの深い愛情と、決心が籠められていた。
「ボス〜。こんなとこに本当に何かあるんですかね?」
「わからんよ。しかし、こっちの方で何かとんでもないエネルギーが観測されたと、グアーム様も仰っていただろう」
大きな顔の付いた不気味なロボットに乗った二人の獣人が海岸線を歩いていた。
「しかし、こんな何もないだだっ広いところから捜せだなんて、無茶もいいとこ……」
「なんだ? ありゃ?」
拡大されたコクピットのモニタから、黒いマントを羽織った人影らしきものが見える。
「人間ですかね? 何で、こんな所に人間が?」
「そんなことはどうでもいい。あいつが何か関係してるかも知れない。捕らえるぞ!」
「へいっ!」
話し合いを済ませた二体のロボットは男へと向かって駆け出していった。
「おい、人間! こんなところで何をしている?」
アキトは珍しく動揺していた。ラピスを捜しに外に出てみれば、大きな顔に手足が生えたようなロボットが二体。目の前に現れたのだ。
この様な機械は地球、木連のどちらにも該当するものはない。やはり、ここは別の星なのだろうか?
機械が存在すると言うことは、この星は相当の文明を持っていると言うことになる。だとしたら、ラピスや自分の置かれている状況は、想像以上に不味いのかもしれない。
「おいっ! 人間! 何、無視してるんだ?!」
「へ、ボス。コイツ、びびってきっと声も出せないんですぜ。このまま連れて帰りましょうや」
そう言って、アキトに向かって手を伸ばそうとするロボットだったが、一瞬でその場所から姿を消したアキトに戸惑う。
「へ? きえた……」
「動きはそれほど早くないみたいだ。これなら何とかなるか」
そう呟くアキトは先程のロボットの肩に乗り、構えをとった。
「――ハッ!!!」
ドゴンッ! アキトの掌から放たれた重い衝撃にロボットが傾き、倒れる。
「――なっ!」
その光景を見ていた、もう一人の獣人は驚きでその動きを止めてしまう。
「ここか?」
ロボットの口らしき場所に乗ると、アキトは気を込めた一撃をそこに放った。
――ドガンッ!
「ヒ、ヒィッ!」
抉じ開けられたハッチの中から現れた獣人は恐怖のあまり竦み上がってしまう。
「この星の人間か? こんな奴が乗っていたとは……。少し気絶していてもらおうか」
そう言うと、すかさず鳩尾に一撃を入れ獣人を眠らせる。
奪い取ったコクピットに搭乗し動作を確認してみるが、見たことがないシステムのせいか、エラーの文字が周囲にでる。
「このロボットは搭乗者認識でも行っているのか? くそっ! こんな時にラピスがいれば……」
「貴様――! よくもっ!!」
大きな声で叫びながら、もう一方のロボットがアキトのロボットに向かって体当たりしてきた。
「くっ!!!」
衝撃で吹き飛ばされながら、アキトはコクピット内で焦りを顕にする。
「……! このままじゃ、ラピスを捜しにもいけない。こうしている間にも……」
いやな予感が頭を過ぎる。――研究所でのラピス。――奪われた最愛の人。――失った幸せな日々。
「俺は……」
復讐に駆られ、大切な人の手を振り解き、怒りのままに宿敵に挑み、最後には全てを失った。
こんな所まで飛ばされて、まだ俺は生き恥を晒している。死ぬことも許されず、大切なものもまた守れないままで。
「俺は……こんなところで……」
――美味しいです。何ですか? 人の顔をジロジロ見て?
――アキト! アキト! アキトは私のことが、大、大、ダイスキだよね?
――アキトさん。笑って下さい。私に最初に笑顔をくれたのはアキトさん何ですよ。
――アキト。ワタシハ、アキトノ目、アキトノ手、アキトノ足。アキトハ、ワタシガマモル。
――アキト(アキトさん)!!!
アキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキトアキト……
「動かなくなったか。まったく、手こずらせやがって」
「俺は……」
――まったく、アキト。テメエは何をしてる? 男は魂! 気合だろうが! 小難しいことを考えてるんじゃねぇ! 大切なら、大切なもんは傍でしっかり守る! ゲキゲンガーのスピリッツを忘れたか?! 目の前に敵がいると言うならブチ壊せ、お前の邪魔をすると言うのならブッ飛ばせ! それが熱血! 真の漢ってもんだぜっ!
かつての親友の声。共通の趣味で楽しく笑いあった、友人の顔が脳裏を過ぎる。
「……ガイ。そうだな。俺は復讐に囚われたその時から見失っていたのかも知れない」
――ピッ! システムオールグリーン。
今まで異常が出ていたシステム画面に、一斉に起動の文字がでる。
幼かった時に見た夢。
親友と朝まで語り合ったゲキガンガー。
そして、全てを掛けてでも守りたい人たちの顔。
「今の俺には何もない」
一緒にいた少女の姿が頭を過ぎる。結局、復讐と言う自分の我侭に付き合わせたばかりか、こうして今も危険な目に合わせてしまっている自分に苛立ちを覚える。
「何もないが、せめて手の届く所くらいは救いたい」
それが彼女の時間を奪った、ただの償いだとしても。自分の感情を満たす為だとしても。
その手段が例え血塗られたものであっても、歩みを止めることはない。
「ゲキガン! フレアー!!!」
アキトのロボットから放たれた拳が、熱い闘気を纏って敵の懐に食い込む。
「バ、バカな。人間なんかに……」
ドゴォォォーン!!! 大きな爆発と煙を上げながら、もう一方のロボットは倒れた。
少女と家族になると決めたその時から、復讐とは違う、アキトの戦いは始っていたのだから。
「……まさか、最後に出てきたのがお前だとは思わなかったよ。ヤマダ・ジロウ」
俺様はダイゴウジ・ガイだ――――!!!
聞こえない声は、虚しく響き渡った。
「アキト?」
「ラピス、大丈夫か?」
海岸で一人佇んでいるラピスを見つけたアキトは、無事な姿を見て安堵していた。
「ダイジョウブダヨ。アキト」
そう言って、精一杯の笑顔で心配させまいとこちらを見るラピスを見て、アキトは新たに心に誓う。
「ラピス、大変なことになった。おそらく、ここは地球でも火星でもない。まったく未知の星だ」
そう言う、アキトの言葉に耳に傾け、先程の青いヒトデをチラリと見るラピス。
「ウン。ソウ、ミタイダネ」
アキトは思う。この知らない星でラピスと二人だけであることを。二度と最愛の人達がいる、あの星には帰れないかも知れない。
それでも、目の前にいるこの少女だけでも守りたいと。自分に残された時間が僅かであっても、その決意は変わらない。
「ラピス。行こうか」
優しく微笑みながら、アキトはラピスの小さな手をとる。
「アキト。ドコニ、イクノ?」
あの時と同じ言葉で、ただ、あの時より少し温かい言葉で問いかけるラピスの質問にアキトは答えた。
「この空の下。
俺達の家
(
に」
……TO BE CONTINUED
あとがき
初めまして。絵の方の投稿でご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、193と申します。
第一話である程度、作品の中身は分かった方もいるとは思いますが、ナデシコ劇場版とグレンラガンのクロス作品です。
まず最初に、本作はレイアウトを一括管理するためにCSSを使って制作したと言うことで、黒い鳩様の負担を減らすためにファイルは全て当サーバーに保管、部屋からの直リンクと言う形を取ってもらいました。
とはい言っても、うちのHPにこのSSが置いてある訳ではなく、あくまでシルフェニアへの投稿物ですのでこちらにしかありません。
うちのHPはオリジナル創作サイトと言うこともあり、二次創作にあたるこちらの作品はシルフェニア様にて連載をさせて頂きます。
グレンラガンとのクロス作品にするにあたって、設定上、アキトやラピス、グレンラガンの一部キャラクターには原作と違う点が存在します。
この事は予めご了承の程、ご購読をお願いします。
こちらのアキトくんは冷たい復讐者と言うよりも、熱い魂を内に秘めています。
人間、復讐や怒りに身を委ねたとしても、本質と言うものは中々変わらないものです。
ゲキガンガーが好きだった少年アキトの魂は、成長した今、どのようにグレンラガンに関わってくるのか?
普段やっているゲームシナリオと、畑違いのSSと言うことで、かなりテスト的な意味も持っています。
できるだけ読みやすくテンポよくを心掛けていますが、不慣れな分、お見苦しい所もあるかもしれません。
それでも、最後までお付き合い頂けると幸いです。
次回は、いよいよ螺旋の地に降り立ったアキトとラピス。動かないユーチャリスの前に現れた謎の4人組。彼等は敵か味方か?
紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。
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