激しい轟音が、砂埃舞う荒野に響き渡る。
 獣人と人間の、存在と誇り、そして血の宿命に定められた戦いが幕を開ける。

「「ギガドリルブレイクゥ――ッ!!」」

 カミナとシモンの雄叫びとともに放たれる一条の光。
 テッペリン目掛けて放たれたその攻撃は、瞬く間に辺りのガンメンを吹き飛ばし、一筋の道を作り出した。

「後先なんて考えるなっ。前へ、前へ進め!!」

 カミナの声に呼応するかのように、力の限り前進する大グレン団。
 そこには、絶望も、恐怖も、ましてや諦めることなど有り得ない。
 自分達で望んだ未来を目指し、光ある空を再び得る為に彼等は戦う。
 その果てに、どれほどの脅威が立ち塞がろうとも――

「ニアっ」
「はい、シモン」

 ラガンの座席で手を取り合い、お互いの意志を確認するシモンとニア。
 目指すは王都テッペリン、その最上階、ロージェノムが待つ謁見の間――

「お父さま、待っていて下さい。ニアが、参ります」

 後に七日戦争と呼ばれるテッペリン攻略戦。
 その最後の一日がはじまる。





紅蓮と黒い王子 第32話「ダイグレン、発進!!」
193作





「東ブロック、西ブロックともに優勢です。全体の二十三%を消化」
「航空ガンメン部隊、こっちも予定レベルに達してるわ。このまま行けばいけるっ」

 キノンとリーロンの報告で、自分達が優勢なことを知ると、胸を撫で下ろす一同。
 アキトはユーチャリスの艦橋で、その戦況を眺めていた。
 いずれ出番は必ず来る。だが、まだその時ではないと逸る気持ちを抑える。

「航空部隊に支援砲撃を、予定レベルの五十%を消化したら、テッペリン強襲部隊の支援に一部向かわせろ」

 数の面では圧倒的に不利。それが分かっている上での短期決戦、またはタイムリミットまでの持久戦だ。
 一番に要求されるのは、テッペリンの攻略。ロージェノムの確保、または命を奪うことだ。
 この戦いは、まさに時間との勝負だった。

「ほいっ、きた――っ!! 全弾発射っ」

 ユーチャリスを中心に、ダイグレン、ダイガンカイの三艦から空の敵に向けて一斉にミサイルが発射される。
 砲手担当のアーテンボローの一声で一斉に発射されたミサイルは、支援砲撃を通り越して、敵味方関係なく無差別に蹂躙していく。

『おい!! テメエ、味方まで殺す気か!?』
「いや、まあ…………狙い通りだっ」

 キタンの怒りはもっともだが、それでもめげないアーテンボロー。
 だが、奇跡的に一機の被害も出さずに、敵だけにミサイルは命中していた。
 実際には紙一重で命からがらキタン達が避けていたのだが、そんなことは彼の知るところではない。
 こういうのを「結果オーライ」と言うのか? なんにしても、一件無謀に見えた攻撃も幸をなし、大グレン団の追い風になっていた。



「たくっ、あのバカ、終わったら覚えて……」
「兄ちゃん!!」
「――!?」

 キヤルの一声で振り返るキタン、その後ろには巨大なガンメンの腕が迫る。

「な、なんだ!? こりゃ――――っ!!!」

 そのまま見事に弾き飛ばされるキングキタン。
 だが、その光景を見て、彼等は動きを止めてしまっていた。地上部隊、航空部隊。
 敵味方問わず、全てのガンメンに影を落とすその巨体。
 王都テッペリンから、腕が生えていたのだ。

「まさか……」

 ユーチャリスから、その一部始終を見ていたアキトにも驚愕の声が上がる。
 次々に崩れ落ちていくテッペリン。テッペリンの周囲には多くの摩天楼が連なるように延びていた。
 そこでは獣人達が人間達のように生活を築いている。崩れ落ちるその建物の中にも、まだ多くの獣人達が取り残されているのが見える。
 だが、地上にいた部隊を敵味方問わず、その下敷きにし蹂躙していくテッペリン。
 獣人達の阿鼻叫喚が地上に響き渡り、一枚の地獄絵図を描き出していく。

「ひ、ひどい……」
「くっ!!」

 空からその様子を見ていたヨーコ達にも事態の悲惨さが伝わってきていた。
 いくら相手が敵とであるとは言っても、一方的に裏切られ、蹂躙され、理不尽に奪われていく命を見るのは彼等も辛い。

「このエネルギー反応は……グレンラガンです!! グレンラガンとまったく同じ反応の物がもう一つあります!!」
「なんですってっ!!」
「あのテッペリンの最上階、そこにグレンラガンが――」

挿絵 キノンの報告で、ユーチャリスの艦橋に更なる衝撃が走る。
 街として機能していた外層が剥がれ落ち、その中から二本の腕と、足が姿を現し始める。
 雲にも届く、巨大な人型。その大きさはまさにデカブツ=B
 鈍くその眼光がひかり、彼等の心を飲み込んだ。

「オレらを舐めんな――っ!!」
「ウガァアア――っ!!」


 真っ先に意識を取り戻したジョーガン、バリンボー、二人の兄弟が愛機のツインボークンを駆り、デカブツへと突撃する。

「ジョーガン、バリンボー!!」

 シモンが二人を制止するが止まらない。
 キタンがやられたことで、二人は頭に血が上っていた。敵がいくら巨大であろうと、彼等に引くという選択肢はない。

「な――っ!!」

 もう一歩と迫ろうとした瞬間。雲を突き破り、デカブツの巨大な拳がツインボークンを襲った。
 全身でなんとか受け止めるが、質量の違いから、そのまま力押しで打ち抜かれ、地上へと吹き飛ばされていく。

「くそっ!! シモン!!!」
「こうなったら、オレ達で――!!」

 グレンラガンが、雲を突き抜け、デカブツの最上部を目指す。
 そこにいるロージェノムを目指して――

 だが、運命とは残酷なものだ。

「お父さまっ!!」
「それじゃ……」
「あれが、ロージェノムっ」

 二アの一声で、誰もがその正体に気付く。

 今まで登ったどんな山よりも、どんな空よりも高い場所。
 雲を突き抜けた先、その澄み切った空の果てに、デカブツの頭だけが雲海にゆったりと浮かんでいた。
 あまりに巨大なその姿に、さすがのシモンとカミナも気後れする。
 だが、その二人の戸惑いを揺れ動かしたのは、デカブツの頭、謁見の間に座すロージェノムの姿だった。

「奴が……ロージェノム」

 ユーチャリスからその映像を見ていたアキトも、その男の姿を見てたぎる血の巡りを感じていた。

 ――どれほどの絶望を知れば、そんな眼が出来るのか?
 ――どれほどの業を背負えば、それほどの風格もてるのか?

  男はただ、その孤高の瞳で、空に浮かぶグレンラガンを見上げる。

「こいつさえ――」
「いくぞ!! シモン!!」

 ロージェノム目掛けて、トビダマの出力を最大にして飛び込むグレンラガン。
 しかし、そう上手くはいかなかった。

「なんだと!!」
「ぐあああ――っ!!!」
「きゃあっ!!」

 グレンラガンの真下、雲海の中から巨大な手が姿を現す。
 咄嗟にグレンラガンはギガドリルでその手を突き破ろうとするが、その巨大な質量を前に押し止められた。

「――なに!?」

 カミナも驚愕の声を上げる。
 今まで、どんな敵も貫いてきたグレンラガンのギガドリルが、デカブツの手を前に完全に止められたのだ。
 シモンも気合をいれ、螺旋力を上昇させるが、その切っ先一つ、デカブツに届く気配がない。

「うおおおおっ!!」

 目映い光を放ち、激突する両者。
 だが、その均衡を先に破ったのは、ロージェノムだった。

「つまらん……この程度か」

 ロージェノムが指先を軽く弾くと、デカブツも同じように、グレンラガンの鼻先目掛けて、その巨大な指を弾き出す。
 まるで虫を叩くかのように簡単に、グレンラガンを弾き飛ばすデカブツ。
 シモンとカミナの螺旋力を持ってしても、グレンラガンの突破力を持ってしても、その巨大な敵の前には通用しなかった。
 地上に落下していくグレンラガンを見て、さすがの大グレン団にも動揺が走る。
 最強と思っていたグレンラガンが、負けるはずがないと思っていたシモンとカミナが、成す術もなくやられることは予想もしていなかったからだ。



 その頃、吹き飛ばされるグレンラガンを見て、アキトはユーチャリスの艦橋を後にしていた。

「ラピス……ユーチャリスを、みんなを頼む」
『アキト……うん。いってらっしゃい』

 この時を逃し、自分が戦う場所は無い。大切なものを守るため、救うためと、アキトは立ち上がった。
 一歩一歩ブラックサレナの待つ格納庫へと、その足を進めるアキト。そんな姿を、管制室からラピスは見送る。
 ラピスも、こうなることは覚悟していた。アキトの身体のことはわかっている。
 サレナとギリギリまで、アキトを救う術がないかを探し続けた。だが、結局は見つけることが出来なかったのだ。
 わかったことは、このまま戦いに出なくても、アキトの身体はあと一ヶ月も持たないということだけ。
 すでに、度重なる戦いの影響で覚醒したナノマシンの暴走により、肉体の崩壊が始まっていた。
 今まで使用していた抑制剤も効果はなく、サレナにナノマシンをコントロールしてもらおうにも、その場しのぎにしかならない。
 どう足掻こうが、その運命は変えられないのだと、少女達は自分達の力のなさを呪い、涙した。

「サレナ……」
「行きましょう、アキト。守るための戦いではない……生きるための戦いに。
 私と、あなた……そして、ラピスのためにも」

 だからこそ、決めたのだ。
 アキトの命がある限り、戦場に立とうとする限り、自分達はその手となり足となり目となり、全力でアキトの道を作る助けになろうと。
 これは、命を捨てるための戦いじゃない。生かすための戦いなのだと、自身に言い聞かせる。
 ブラックサレナが光を放ち、サレナが融合する。
 そして、アキトもまた、たくさんの想いを抱え、そのコクピットに乗り込む。

「ブラックサレナ――テンカワアキト出るっ」

 蒼穹の空に、ふたたび、黒き悪魔が飛び立った。






「くそ……このままじゃ」
「シモン、カミナ、ニア、生きているか?」
「「「アキト(さん)っ!!」」」

 地上に弾き飛ばされたグレンラガンは、ダイグレンに助けられ、どうにか地上への激突を避けていた。
 だが、デカブツが健在である以上、状況は何も変わらない。
 再びグレンラガンで突撃したところで、ギガドリルすら通用しない相手にどうすればいいのか?

「方法はある」
「本当かっ、アキト!!」
「ギガドリルだけで足りないなら、もっと大きな質量の武器で押し返せばいいだけだ」
「そんなものがどこに……まさかっ!?」

 アキトの意図に気付いたシモンは驚く。
 グレンラガン以上の質量を持ち、物理的な破壊力を持つ物。それは、この中ではダイグレンをおいて他にない。
 ユーチャリスは旗艦としての役目があり、前線に出せない。
 グラビティブラストでは、デカブツの持つ強固なバリアに遮られて、効果を見込めない可能性がある。
 だとすれば、ギガドリルのような物理的な破壊力が必要になるのだが、ダイグレンは三艦の中でももっとも強固な装甲と、舳先に巨大な大剣を持つ突撃艦でもあった。

「でも、そんなことをしたら、ダイグレンは……」
「かまいませんっ! 行って下さい、シモンさん!!」
「ロシウっ」
「シモン、カミナ、何も戦ってるのはあんた達だけじゃない」
「ヨーコ!」
「ここはオレ達が道を作る! だから、とっとと行きやがれ!!」
「キタン、キノン、ダヤッカ、キッド、アイラック、ゾーシィ、ジョーガン、バリンボー、マッケン……みんな……」

 そこには大グレン団のみんながいた。
 そうしている間にも、デカブツからは大量のガンメンが飛び出し、空を黒く染め上げていく。

「オレ達もいる……カミナ、貴様との決着はまだ着いていない。勝手に死ぬことは許さんぞ」
「あたしだって、まだ負けを認めたわけじゃないからね」
「ヴィラル、アディーネ……テメエら」

 獣人達もまた、大グレン団と共に戦っていた。
 その圧倒的な敵と運命を目の前にしながら、漢達はほくそえむ。

「アキト、お前と共に、こうして剣を取り合えることを、ワシは誇りに思う」
「チミルフ……だが、オレは誰も死なせるつもりはない」
「ワシも誓ったのだ。お前をこんなところで死なせるつもりはないぞ」
「……そうか。ならば、後ろは頼む」
「任せろっ」

 ダイグレンがゆっくりとデカブツの頭を目指し、浮上を始めた。
 その後ろに、空を飛べるガンメン部隊、ユーチャリス、ダイガンカイと続く。

「シモン……」

 震えるシモンの手をそっと握るニア。そこには諦めも絶望もない。
 ただお互いを守る。信じると誓い合った、二人の絆。

「ニア……いこう」
「よく、言った!! シモン!!!」
「兄貴っ!?」
「大グレン団の底力を、あのデカブツに見せてやれ!!」

 そこには目の前に突きつけられた運命に絶望する者など、最初から誰もいなかった。
 グレンラガンは、ダイグレンの舳先に立ち、デカブツと空を埋め尽くすガンメン達を見上げる。
 それを確認すると、ダイグレンの艦橋でロシウはみんなに伝わるように大声で号令をかけた。

「ダイグレン、発進!!」
「発進っ!!」


 操舵手のガバルの復唱で、トビダマの出力を上げ、一気に上昇を始めるダイグレン。
 彼等が見上げるは空――
 そこにはデカブツがその貫禄を見せ、待ち構えていた。






 アキト、アキトはどうしたいの?
 大丈夫、アキトなら、なんだって出来るよっ!
 だって、アキトは――

「ユリカ……」
「……アキト?」
「サレナ、もし無事に帰れたら、ヨーコやキヤル、それにオレを迎えてくれた大切な家族に……伝えたいことがある」

 サレナにはアキトが何を言っているのか、言われなくてもわかっていた。
 おそらく、自分の過去を自分からみんなに話す気なのだろうと……。
 だが、それは汚いところも、穢れたところも全て、大切な人達にさらけ出すと言うことに他ならない。
 しかし、アキトは決断していた。
 たとえ、避けられることになっても、嫌われることになっても、自分を受け入れてくれた人達には知っていて欲しい。

「ええ、必ず……だから、生きて帰りましょう」

 そのとき、アキトは懐かしい声を聞いた気がした。
 かつての妻であり、唯一、心から愛した最愛の女性。

 ――アキトは私の王子さまなんだからっ!!



 戦闘開始から十二時間。
 昼と夜の境界。日が沈みかけ、獣は日と共に姿を消す。
 だが、この日だけは違った。獣も人も、そこにいる誰もが眠りを忘れ、その戦いに身を置いていく。
 逢魔が時――昔の人はそう呼んだ。
 大禍時から、そう呼ばれるようになったと言われるが、人が魔と出会う時刻とは、これほど洒落が利いた物はない。
 夕暮れの橙色は魔を引き寄せると言う。
 デカブツと言う魔物。そしてそこに君臨するロージェノムと言う魔王。
 最後の決戦を前に、旅立ったあの日のように、夕日に赤く染め上げられた大地は、空に消え行く彼等の背中を見送っていた。







 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 デカブツ登場!! そして、いよいよロージェノムとの本格的な戦いに突入していきます。
 ニアの想いは届くのか? シモンとカミナは無事に勝利することができるのか?
 テッペリン戦は激しさを増し、まだまだ続きます!!

 次回は、戦っているのは兄貴達だけじゃない。みんなの想いが、力が一つになって、本当に世界を変えられるだけの大きな力になる。そう、俺達は大グレン団なのだからっ!!

 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。




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