「来てやったぜ……」
カミナは一人、小高い丘の上に居た。そこには、ただ十字に結んだ木を挿しただけの質素な墓があり、ドクロの形をした腕輪が木に通すように掛けられ、赤いくたびれたマントが巻き付けられていた。
カミナは墓の前にどっしりと腰を下ろすと、持って来た酒と食べ物を並べ、墓に向かって話し出す。
それは、何でもない、ただの思い出話だった。
シモンとの出会い、そして自分がこれまでどう生きてきたのか、そんな話を永遠と墓にいる誰かに語り聞かせる。
どれくらいの時間が経っただろう。
酒も尽き、食べ物もほとんどなくなった頃、カミナはそっと立ち上がり、その墓の主に最後の別れを言う。
「アンタはここでゆっくり休んでな。ここからはオレの道だ。
オレはアンタを越え、世界一の漢になるっ!」
墓に結ばれていた古びたマントを手に取り、背中に羽織るカミナ。
谷の風に勢いよく煽られ、まるで、別れを告げるように、そのマントがバタバタとなびく。
「あばよ、親父」
それは、親子の再会にして永遠の別れ。
漢、カミナは仲間の待つ場所へと帰っていった。
紅蓮と黒い王子 第8.5話「あばよ、親父」
193作
「カミナ、大丈夫かな?」
昼間の激闘の最中、グレンの奪取に成功したカミナ達は無事、獣人から村を救った。
だが、その戦いの中で出てきた白骨化した遺体。
それが、カミナが探していた父親だと知り、ヨーコは悼まれない気持ちで一杯だった。
家族が居なくなる事の悲しさは自分も良く知っている。
それだけに、今、みんなの所でバカ騒ぎをしているカミナは強がっているだけで、本当は泣きたいほど、悲しいのではないか?
ヨーコは、そう考えていた。だが、シモンはそんなヨーコの話を聞いて、それを否定する。
「違う。親父さんに会いたかったんじゃない。親父さんと一緒に行けなかった自分が悔しかったんだ。
だから、行ける自分になって親父さんに会いたかったんだ」
シモンの言う事が理解できずに、頭に疑問符を浮かべるヨーコ。
結局、それは父親に会いたかったと言う事で、どう違うのか、それがヨーコにはよく分からなかった。
だが、自信満々で言うシモンに、「まあ、とにかく大丈夫なのね」とカミナの事を確認すると、そう結論付けてしまう。
結局のところ、これはカミナの問題なのだ。ここで、自分が悩んだ所で、カミナの心が癒される訳でも、救われる訳でもない。
「でも、もう一人のヒーローは随分と地味なのね。皆のところに行かなくてもいいの?」
「……オレはヒーローなんかじゃないよ」
「……アキトも似た様な事を言っていたわ」
アキトはいつもそう言って、宴会の席に姿を現す事は少ない。
助けられた側にして見れば、何らかの形で返したいと思うのが当然だ。
だが、アキトはそれを受け取ろうとしてくれない。させてくれないと言った方が正しいのかも知れない。
見返りを要求しないと言えば立派だが、ヨーコにして見れば、そんなアキトの生き方はどこか寂しく映っていた。
「カミナの半分でも良いから、アキトにもシモンにも楽しんで欲しい」
それはヨーコだけでなく、村の皆、彼等のことを家族と同じように、仲間と思っている者達、皆の言葉を代返した物だろう。
「ラピスも協力してくれると助かるんだけどな……」
将を射んとすれば馬をと言う様に、外部から懐柔策を試みてみようと企むヨーコだった。
「それは難しいと思うよ」
「ですね……シモンはともかく、アキト様は……」
「キヨウさん、どうにかなりませんか?」
ユーチャリスに設けられた黒の三姉妹の為の一室、そこにはヨーコと黒の三姉妹が集まっていた。
会議の為に部屋に備えられたホワイトボードには、「アキトやシモンともっと仲良くなろう計画」と赤いマジックで大きく書かれている。
ラピスと比較的仲が良いキヨウに、ヨーコは頼ってみる事にする。
かく言うキヨウは、ラピスの知らない事を次々に吹き込み、洗脳するかのごとくラピスを乙女へと変貌させていた。
実はすでにヨーコが何もしなくても、アキトの包囲網は狭まって来ているのだが、本人はその事を知る由もない。
「ううん……それじゃ、これなんてどう?」
キヨウが持ち出したアルバムには「私の天使、成長日記」と記されている。
そこにはキヨウ秘蔵の、ラピスが様々な服をまとった、お宝写真が納められていた。
ゴスロリ服、チャイナドレス、アニマル衣装、ナース服、何ともマニアックな物ばかりだが、これらの衣装は全て、キヨウのお手製だったりする。
オモイカネのデータベースで見つけた可愛らしい服を、見よう見まねで作ってしまう辺り、キヨウの裁縫のスキルは侮れない。
むしろ、ここはその執念と意欲を讃えるべきなのだろう……。
さすがのヨーコもこの写真には驚きを隠せなかった。
どう例えていいのか言葉に詰まるが、確かにこれならばアキトを脅迫、もとい誘惑するネタとしてはかなり有力と言えるだろう。
だが、しかし……。
「さすがに、これは……」
危険だ。そう、ヨーコの何かが訴えていた。
以前に、廊下で「ロリコンじゃない」と呟きながら両膝と手をつき、必死に何かを耐えるキタンを目撃した事がある。
その時は何があったのか分からなかったが、これを見てヨーコは確信していた。
原因は間違いなくコレだ! と。
実際、女の自分から見ても、ラピスは可愛らしい。思わず抱きしめてしまいたいほどに。
そんなラピスに、こんな嬉し恥ずかしい格好をさせた暁には、アキトだけでなく、村人全員にどんな被害がでるか分かった物ではない。
――これは諸刃の刃だ。
ヨーコはそう結論付けた。
「やっぱり、正攻法しかないか……」
結局、よい案が浮かばなかった為に、アキトやシモンには時間が必要だと言う結論に達した。
来てくれないのであれば、自分から何度も誘いに行けばいい。
来てくれるまで、自分から参加してくれるようになるまで、何度でも、何度でも……。
地道で、気の遠くなる話だが、それが一番確実なような気がする。
あの二人だってそれが分かってない筈が無い。でも……特にアキトの場合は、何かそれを受け入れ難い理由があるのだろう。
時折見せるアキトの寂しそうな、それでいて悲しげな表情を、自分は知っている。
まだ、出会ってそれほど日も経っていないが、アキトが優しく、仲間を大切にする、思いやりのある人物だと言う事は分かっていた。
なら、いつかは自分達の事も、心から受け入れてくれる日が来るはず。
ヨーコはそんな甘い期待を抱く。
だが、実際にはそれほど単純ではなかった。
アキトの中にある闇をしった時、本当に彼等はアキトを受け入れる事が出来るのだろうか?
それを知る者は、ここには居ない。
ただ、一人の少女を除いて……。
「アキト……」
ラピスは夢を見ていた。アキトと二人きり、ユーチャリスと呼ばれた白い艦を駆り、宇宙を駆けたあの日々を。
少女はその光景を見て思う。あの頃も、そして今も、アキトは何も変わっていない。
きっと、あれからずっと、アキトの心はあそこに置き去りになったままなのだ。
夢の中、ラピスの見詰める先には、ユーチャリスと同じ様な白い戦艦の姿があった。
アキトの思い出が、昔のアキトの心が眠る艦――ナデシコ。
「ルリ……」
ラピスに似た容姿をした銀髪の少女が、アキトの名を叫び、必死にその姿を追いかける。
だが、その手をアキトが取る事はなかった。
心配してくれる仲間、帰りを待つ人々、そして待ちきれず追いかける人達。
誰もが、アキトを愛し、アキトもまた愛した人々。
そして、アキトの妻であり、アキトが唯一心の底から愛した女性――ミスマル・ユリカ。
海のように、空のように、澄み切った青い髪をした女性は、優しくアキトに微笑む。
だが、アキトはその手すらも振り切って消えてしまう。
――大切だから、愛していたから、自分はその手を、もう取れない。
いつかアキトが言っていた言葉。そこにはどんな想いが籠められていたのだろう?
彼が本当に望んだのは平穏な世界。普通の幸福。だが、それは今はどこにもない。
ある日を境に、彼の日常は壊され、そして彼もまた、引き返せない場所にまで来てしまったのだから……。
「…………」
ラピスはゆっくりと目を覚ます。その両目には涙が浮かんでいた。
他の誰でもない。アキトの事を傍で見、感じ、一緒に歩んできた少女だからこそ、彼の事が分かる。
だからこそ、彼女は泣いていた。
痛いのに、寂しいのに、苦しいのに、辛いのに、泣けないアキトの代わりに少女は涙を流す。
いつか、アキトの身体も心も、壊れてしまうのではないか?
そしてそれは現実となって、近い未来、やってくる気がする。
ラピスは考える。自分だけではアキトは救えなかった。そして、彼等(ナデシコ)にも結局、アキトは救えなかった。
ここに来てから出会った人々の顔を思い浮かべる。
キヨウ、キヤル、キノン、ヨーコ、カミナ、シモン、ダヤッカ、リーロン……(キタンがいない!?)
この中に、本当にアキトの事を理解して、助けになってくれる人が居るのかは分からない。
だけど、その時まで、アキトの居場所を、帰る所を、守りたい物を、自分は守れるようにもっと強くなりたい。
「オモイカネ……私ハ、アキトヲ助ケタイ」
「…………」
答えが返ってこない端末に、寄り添うように身体を預け、目を閉じるラピス。
閉じた瞳の先には、今はラピスにだけ見せる、優しく微笑むアキトの姿があった。
ラピスが再び眠った後、端末に光が点る。
そこにはラピスに宛てたであろう。もう一人の友人からのメッセージが一言、添えられていた。
――ワタシハ、イツデモ、ソバニイマス。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
外伝第二段。これはグレンを入手した直前のお話です。
アキトは出て来ませんでしたが、それぞれ色々と思うところがあり、現在に至るんでしょうね。
でも、共通して言えることは、アキト想われてるよな……。
どんな形にしろ、幸せになって貰いたいと思います。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m