螺旋の大地、唯一の文明にして最大の都市、王都テッペリン。
多くの獣人達が生活を営むそこは、地下に住む人間を管理、監視すると共に、地上における人間達の駆除を各方面に指示する、言わば司令所の様な役目も追っていた。
ロージェノムによって任命された螺旋四天王と呼ばれる四人。
彼等は、怒涛のチミルフ、流麗のアディーネ、神速のシトマンドラ、不動のグアームの統制の元、テッペリンを中心に世界を四方向に分類し、その支配力を絶対の物として維持していた。
「何故、私がこんな事を……」
だが、その四天王の内、すでに三人が脱退。
グアームは死亡、チミルフ、アディーネに至っては部下を連れて人間に味方する等、前代未聞の出来事が起こり、残された獣人達は混乱の極みにあった。
そんな中、現在、唯一の最高指揮官であり、最後の四天王の一人である神速のシトマンドラは思う。
何故、絶対の支配者であり、自分達の創造主、神とも呼べる螺旋王に抗える者が存在するのかと。
裏切り者であるチミルフやアディーネはともかく、何故、人間にそれ程の力があるのか? それが彼には理解出来なかった。
「螺旋王の命があれば、すぐにでも裏切り者、諸共、始末して来てやるものを……」
歯軋りをしながら、手に持った籠に沢山入った花を一輪ずつ、丁寧に廊下に並べていく。
獣人の中でも最たるエリートである自分が、何故、前線に赴かず、こんな所で花を並べていなくてはいけないのか?
シトマンドラは屈辱に塗れながらも、ロージェノムの命を忠実守る為、花を並べ続けた。
紅蓮と黒い王子 第26.5話「何故、私は生まれて来たのですか?」
193作
――ニア・テッペリン。それが彼女の名前。
ロージェノムの娘にして、獣人達の姫。だが、彼女の見た目はそこにいる獣人達とは掛け離れた物だった。
細く整った手足、白い肌、目映く輝くしなかな金髪、青い瞳。
誰が見ても、美少女と言うであろうその容姿は、飛びぬけて美くはあったが、人間その物だった。
鋭い牙も、硬い鱗も、肉を引き裂く爪もない。少女はその事に疑問を持ち始めていた。
だが、それを知る術は、今の少女には無い。
綺麗な洋服、豪華な部屋、美味い食事。この世の富と言う富が少女の周りに全てあった。
唯一、籠の鳥であると言う事を除けば……。
ニアは疑問に思う。どうして、自分はここに居るのかと?
そして、お父様が自分を作ったと言うのなら、私の存在する意味は何なのだろうかと。
だが、従者に聞いても、誰に聞いても、それに答えられる者は誰一人居なかった。
「お父様、何故、私は生まれて来たのですか?」
そして、意を決して、先日、私はお父様に尋ねてみた。
だが、返ってきた答えは沈黙。お父様は何も言わずに立ち去ってしまった。
すでに、何にも興味を失くしてしまったかのように……。
「お父様、何故、答えて下さらないのですか……」
大きな事を望んだつもりは無い。
ただ、自分はここに居て必要とされているのか? お父様に必要とされているのか?
豪華な食事も、贅沢な暮らしも、それはお父様が与えて下さる物。
お父様は何を想い、何を感じ、私をどんな思いで生んで下さったのか? ニアはそれが知りたかっただけ。
ただ、一言「愛している」と言って貰えるだけでもニアの疑問は晴れたのかも知れない。
だが、ロージェノムの答えが返って来る事はなかった。
謁見の間から、自室に戻る途中。
ニアは廊下に落ちている一輪の花を見つける。それを拾い上げ、「あらあら」と喚声を上げるニア。
よく見ると、それは奥の部屋にまでずっと続いていた。
一つずつ、丁寧に拾い上げながら、ニアは花を追い、奥へ奥へと進んで行く。
「わあ……こんなにたくさん」
気がつけば、ニアは花を拾い集め、大きな広間に着いていた。
そこには沢山の花が所狭しと散らばっており、部屋の真ん中には沢山の花と、大きく開け放たれた箱が鎮座している。
花の匂い釣られ、奥へと進んでいくニア。その瞳はトロンとし、甘美な匂いに酔いしれる。
「いい香り……」
部屋の中心にまで辿り着くと、その匂いに誘われ、眠りだすニア。
それが、罠であるとも知らず、少女は眠り続ける。
本当であれば、これが彼女が最後に見る外の世界となったのであろう。
だが、運命の歯車は音を立てながら回りだす。
少女と少年を引き合わせる為に……。
「お父様に私は嫌われてしまいましたから……」
ニアがユーチャリスのクルーに加わってから二週間。
ユーチャリスの艦橋の上、シモンと二人で日向ぼっこをしていたニアは、突然、そんな事を口にする。
「お父様に尋ねたのです。私は何故、生まれて来たのか?と……」
「……お父さんは、なんて?」
「何も答えて下さいませんでした……」
ニアは寂しそうに俯く。
ニアの言っている事は上手く理解出来なかったが、それでもニアが父親の事を想っている事はシモンにも分かった。
たった一人の肉親。それが、どんな人なのかは知らないけど、ニアにとっては大事な人なのだろうと言う事は分かる。
だからこそ、自分を励ましてくれた少女が、悲しそうな顔をしていると言う事は、嫌だった。
シモンは立ち上がり、ニアの前に立つと、その手をニアに差し出す。
「じゃあさ、一緒に聞きに行こうよ」
「……え?」
「ニアはお父さんの事が好きなんだよね? だから、言って欲しいんだと思うよ」
「……好き?」
胸に手を当て、王宮でのロージェノムの顔を思い出す。
初めて目を覚ましたとき、温かく抱きかかえてくれたあの大きな腕。
そこがどこだか分からなく、不安で一杯だった私の心に居場所を与えてくれた、この世で唯一の家族。
ロージェノムにとっては、単に自分の所有物に、気まぐれで見せた親子の真似事みたいな物だったのかも知れない。
だけど、それがニアの心に安心を、居場所を与えた事は確かだった。
だからこそ、ニアは望んだのかも知れない。普通の親子としてのカタチを。
ロージェノムに、親子としての愛情を……。
「でも、私はお父様にどんな顔をして会えば良いのか分からない……」
シモンは知らないから言える。だけど、私は分かっていた。
お父様は私を捨てたのだと……だからこそ、もう私の顔すら忘れてしまっているかも知れない。
「そう言う時は寂しいって、私を見て≠チて素直になれば良いと思うよ」
「……え?」
「ニアが一人で不安ならオレが居てあげる。だから、一緒に頑張ってお願いしてみよう」
シモンの何気ない言葉が、ニアの心に深く突き刺さった。
自分がシモンに言った事を思い出す。
――怖いのですか? だったら怖いと叫べばいい。悲しいのですか? だったら泣いてください。
自分はロージェノムに捨てられ、悲しいのだろう、悔しいのだろう。
愛してると言って貰えなくて、寂しいのだろうと、ニアは思う。
シモンは言った「寂しいなら、そう言えばいい」と。
そんな事で、あのお父様が自分の事を見てくれるとは今更思えない。
だけど――
「……はい。シモン、私、頑張ってみます」
それは私の決意だった。ここの人達を見ていたら分かる。
お父様は確かに酷い事をしているのだろう。
でも、どれだけ酷い事をしていようと、あの人が私にとって父親だと言う事実は変わらない。
シモンが、私の秘密を知って……自分が戦っている相手が、憎んでいる相手が私の父親だと知って、どうするだろう?
私の事を嫌いになるのか? 無視するのか? 自分の父親の様に拒絶するのか?
それは分からない……。
だけど、ニアは、シモンに言わずにはいられなかった。
――ごめんなさい。アディーネ、アキトさん。
自分の事を心配して、この事は黙って置くように言ってくれた二人に心から謝り、そしてその重い口を開く。
「シモン、聞いてくれますか? とても……とても、大切なお話なんです」
願わくば、この想いが貴方に届きますように……。
……TO BE CONTINUED
あとがき
193です。
ニアの想いは、ロージェノムに届く日が来るのでしょうか?
この番外、本来は本編に組み込むつもりだったのですが、テキスト容量、大人の都合と言う奴でして……。
イベントシートに用意しておいて、組み込むのを忘れてた挙句、入れる場所が無くなってしまった何てオチは……
この際、聞き逃してください!
次回の紅蓮と黒い王子の更新は、定期更新の木曜日まで一週間お時間を頂いて、先に歌姫と黒の旋律の方を優先します。
あっちも出来れば一区切りである、学園編の手前、本編の7話くらいまで書き進めておきたいので。
退院からずっと、破竹の更新ペースが続いていますが、もうしばらく頑張ってみたいと思います。
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