【Side:フローラ】

 太老がマリアのエスコート役を引き受けてくれたので、計画は順調に進んでいる。
 勿論、娘のためと言う言葉に嘘はないが、女王としての立場も私は忘れていない。
 マリアの誕生日には、この国の貴族だけでなく、近隣諸国の王侯貴族もゲストとして多数招かれている。
 だからこそ、太老には是が非でも参加してもらう必要があった。

「ここで太老ちゃんを、マリアちゃんの物≠ニして印象付けておかないと」

 そう、今回の晩餐会はマリアの誕生会であると同時に、太老のお披露目も兼ねていた。

 実は、城での決闘騒ぎの一件以降、貴族達は今まで以上によく国のために働いてくれるようになった。
 それは太老に決闘で破れた男性聖機師達が、率先して私の補佐をしてくれるようになったからだ。
 特権階級の代名詞とも言える男性聖機師達が国のために働いていると言うのに、他の貴族達が手を抜くわけにはいかず、政務の効率も前とは比較にならないほど良くなっていた。
 これまで溜まっていて手付かずになっていた仕事も殆ど片付き、私も定期的に休みが取れるほどになった。

 やり方は少しまずかったかも知れないが、彼のもたらした功績は素晴らしい。
 勿論、今回のことは今後のためにも良い材料になると思い、すべて太老の実績≠ニ言う事で触れ回っている。
 ここ一ヶ月ほど民の間で騒がれ『ハヴォニワの改革』と囁かれている噂は、私が意図的に流したものだ。
 すでに周辺諸国にも、旅人や商人を通じて噂≠ェ流れている頃だろう。

「実績も十分。外堀も順調に埋まってきているわね」

 三国の一つであるハヴォニワの政治改革は、他国に取っても重要な意味を持つ。それだけに注目されていた。
 だからこそ、今回の機会を逃そうとはしない。噂の中心人物である太老を一目みたいと貴族達が思うのは当然だからだ。
 それを裏付けるように、マリアの誕生会への出席者は例年よりも遥かに多くなっている。
 シトレイユ、シュリフォン、それに周辺諸国から多くの王侯貴族が参列を希望していた。

「フフフ、笑いが止まらないわね」

 太老には悪いが、彼は良い客寄せパンダになっている。
 貴族達はプライドが高い。それに世間体を気にし、見得を重視するので、ただ招かれるだけと言う事は決してしない。
 故に、そこには多くの金が集まる。ましてや、今回は一国の王女、マリアの誕生会。
 ハヴォニワの姫に相応しい物を、他の貴族よりも目立つ物を価値の高い物をと、こぞって良い物を用意しようと彼等は躍起になる。
 ましてや、これだけの数の出席者だ。ある程度、豪勢な催しを行ったとしても十分に収益が上がる。
 娘の誕生日に、娘の従者をダシに一儲けしようなど浅ましいと思われるかも知れないが、これも国のため。
 何をするにしてもお金はかかるのだから、取れるときに取れるところから、取れるだけ搾り取っておくのは当然。
 これも女王の義務だと、私は自分を言い聞かせながら算盤(そろばん)を弾く。

「……うふ」

 私は弾き出された収支予測を見て、思わず舌なめずりをしてしまうほどに驚喜していた。

【Side out】





異世界の伝道師 第7話『ハヴォニワの夜明け』
作者 193






【Side:マリア】

 お母様から、私の誕生日のエスコート役を、タロウさんが引き受けてくれたと聞かされた。
 正直に言えば、余りそのことを期待していたわけではなかった。

「面倒臭い、目立ちたくない、柄でもない」

 と、断られるものとばかりに半ば諦めていたからだ。
 それだけに、タロウさんがエスコート役を引き受けてくれたと聞かされた時は、嬉しくてしかたなかった。
 思わず傍にいたユキネの手を取り、昂った気持ちを抑えきれずに何度も飛び跳ねてしまったくらいだ。
 しかし、今更ながらそのことを思い起こすと、自分のことながらあれ≠ヘ失敗だったと反省する。

「マリアちゃんも、やっぱり女の子ね」

 すべては、お母様の企み通り。
 あの時のお母様のにこやか≠ネ表情を思い出すと、昂った気持ちも落ち着きを取り戻すと言うものだ。
 あれは絶対に悪巧みしている時の顔だ。あの人の悪癖は今にはじまったことではないが、実の娘まで玩具にするから困りものだった。
 しかし今回ばかりは、そのお母様の悪戯に感謝してもいいと思う。

 実のところ、私は誕生日に余り良い思い出がない。
 皇族としての義務と責務の大切さは、幼い頃から嫌と言うほど聞かされてきた。
 どこに行くにも、何をするにも、そこには従者が付き従う。当然、それが民の血税を使った公務なのだから、異論を挟む余地はない。
 そして、毎年やってくる誕生日もそうした行事の一部だった。
 私にとって誕生日とは、いつもの公務と変わりない、ただの通過儀礼に過ぎない、その程度のもの。

「本当ならユキネが傍にいてくれて、そこに美味しいケーキがあるだけで十分に幸せですのに」

 豪華な晩餐会、煌びやかなドレスに色とりどりの宝石。
 外界とは隔絶された貴族の社交場。そこには、この世の様々な富が集まる。
 しかし、甘いケーキに大切な友人。それだけあれば幸せなのに、本当に祝って欲しい人はそこ≠ノはいない。

 畏まった様子で祝辞を述べる貴族達。女王に取り入ろうと、幼い私に媚び(へつら)う大人達。
 皆が私ではなく、その後ろにある王の権威ばかりを気に掛けているのが分かるだけに腹立たしい。
 取り入るなとは言わない。相手を立てるな、お世辞を言うなとも言う気はない。でも、子供にそれを悟られるのはどうなのだろう?
 あからさまな態度で接してくる彼等の相手をする度に、この国の未来が心配になってくる。

「有能であれと期待する気はないけど、自らの無能を省みることが出来ないなんて」

 こんな愚痴を溢したくなるほどに、この国の貴族は、いや、この世界の貴族は腐敗してしまっている。
 そんな貴族達を知っているから、私のためにタロウさんがしてくれたことをユキネから聞かされ、ただ、その事実に驚くしかなかった。

 お母様が帰って来れないほど忙しいのは、本来なら女王の補佐をすべき貴族達が立場に甘えているからだと――こともあろうに彼は貴族達を責めたらしい。
 特に男性聖機師は数が少ないこともあって、危険なことはさせられない。
 身体を壊されては元も子もないと、殆ど何もさせてもらえないのが現実だ。
 国を護る立場にある聖機師だと言うのに、男性聖機師は任務に就くことは愚か、戦場に立つことすら殆どない。

「やらせてもらえないから仕方ない? 結局のところ、特権に縋って甘えてるだけじゃねえか」

 だが、その現状を打破する者が現れた。それが――正木太老≠セった。
 戦場に立てない、危険な任務をやらせられないと言うのなら、女王の補佐として雑務をやらせればいい――そんな事を言い出したのだ。
 当然、特権階級の男性聖機師達に雑務をやらせるなど前代未聞だと、貴族達は声を荒らげた。
 女王の前で笑い者にされ、あまつさえ貴族をバカにした無礼な物言い。彼等も相当に頭に来ていたのだろう。
 タロウさんに決闘を申し込み、彼はそれを受ける代わりに、お母様や貴族達に条件を突きつけた。

「世間知らずのお坊ちゃまを躾すんのに、一人一人相手にしてたんじゃ時間が勿体無い。やるなら全員でかかって来い。
 その代わり、俺が勝ったらお前らは俺のパシリ≠セ。四の五の言わずに雑用でもなんでもやれ」

 その挑発とも取れる暴言に従者風情に舐められたと思い、激昂した貴族達は売り言葉に買い言葉を言い、騒ぎ立てる。

「出来るものならやってみろ!」

 と、彼の口車に乗せられ、まんまと女王の前で約束を取り交わしてしまい――

「こんなバカな……」

 そこにいた男性聖機師全員が、彼一人に成す術もなく敗北すると言う前代未聞の結果に終わった。

 彼等にもプライドがある。
 女王の前で取り交わした約束だ。それが例え、従者との口約束であろうと、貴族の沽券にかけて反故にすることなど出来ない。

 後は、お母様の采配一つだった。

 男性聖機師達にはタロウさんの進言通りに女王自ら仕事が与えられた。
 更には、特権階級の権化とも言うべき男性聖機師達が率先して働いていると言うのに、世間体を気にする貴族達が自分達だけサボれるはずもない。
 結果、これまで以上に貴族達はせっせと働くようになった。ハヴォニワのため、女王のためにと――
 そのことを一番喜び、得をしたのは言うまでもなく、この国の女王であるお母様だ。

 その結果、お母様の仕事は減り、こうして皇宮に帰ってこれるようになり、休みまで取れるようになった。
 はっきり言って、やり方は無茶苦茶だったとしか言えない。殺されても文句を言えないほどのことを彼はやったのだ。
 なのに、何故こんな事をしたのかと本人に聞いてみれば――

「いたら騒がしいあんな親でも、いなかったら寂しいよね?
 マリアちゃんは、まだちっこいんだから、もっと甘えたり我が侭言っても許されると思うんだけど」

 あれだけのことをして置いて、聞いてみればそんな他愛のない理由だった。
 そんなつもりはなかったのだけど、物思いに耽っている私を見て早合点したらしい。
 寂しくないと言えば嘘にはなるが、物思いに耽っていた原因はお母様ではなくタロウさんだったので、さすがにそのことを説明するのは恥ずかしい。
 だから、お礼だけを言って、二度とこんな無茶なことはしないで欲しいと、お願いするだけに留めた。
 それにこう言っては何だが、心配するのがバカらしくなっていた。
 本人がそのことを全く気にしていないのだから――



 誕生日とはいえ、公務である以上、お母様も私の傍にずっと居られるわけではない。
 ユキネにも従者としての立場がある。他の王侯貴族の手前、従者としての姿勢を崩すわけにはいかない。
 だから、私は我が侭を言わなかった。それは仕方のないことだと、自分に言い聞かせて。

 でも、タロウさんなら――

 彼なら、どんな場所でも、誰が相手でも、きっと態度を変えるようなことはしない。
 それが原因で問題を起こしかねないので、私としては逆にそちらの方が心配だったりするのだが――
 この場合、後始末をするのはお母様なので、むしろ心配しなくてはいけないのは、彼に絡む貴族達の方だろう。
 彼の実力なら決闘を申し込まれようが、例え闇討ちされようが心配するだけ無駄と言うものだ。
 逆に相手の心配こそすれ、本人がやられるところなど微塵も想像出来ない。
 この国の聖機師を全員連れてきても、彼の実力なら余裕で手玉に取ってしまうに違いない。
 そう、私は確信していた。

 今から、当日が楽しみで仕方ない。
 誕生日が待ち遠しいと思ったのは、これが初めてのことかも知れない。

【Side out】





【Side:太老】

「……眠い。気付けに苦いお茶くれる?」

 寝不足の身体をどうにか奮い起こし、厨房まで足を運んで侍従に茶を用意してもらった。
 程よく渋みの利いた茶が身体に染み渡る。靄がかかっていた頭が徐々に覚醒していくのを感じる。要望通り、かなり苦いはずなのだが、それでもこの茶は美味い。使っている茶葉が良いと言うのもあるだろうが、俺が入れてはこうは行かない。ただ苦いだけの飲み物になってしまうのがオチだ。しかし、彼女の入れてくれた御茶はお世辞抜きに美味かった。
 その事からも彼女の茶の入れ方が、それだけ上手いのだと分かる。さすがに皇宮に仕える侍従だけのことはあった。
 茶をチビチビと飲んでいると、口休めにと侍従が和菓子を出してくれた。

「練り菓子?」
「はい、芋を練って丸めたお菓子です。ハヴォニワの伝統菓子の一つですよ」

 ただ丸めただけなどと、謙遜も甚だしい。食べるのも勿体無くなるほど、綺麗な花の形を模した本格的な和菓子だ。
 ――甘い、しかし美味い。見惚れるほどの見栄えといい、職人の技を感じられる匠の技だった。ここには和菓子職人もいるのだろうか?
 しかし、もう大概のことには慣れたつもりだが、この世界の文化は異世界の影響を受けすぎだ。
 広めた奴も広めた奴だが、この世界の人々もそれに順応しすぎだ。
 しかも、マニアックな文化ほど妙なアレンジが施され、伝統や風習と言った嫌なカタチで残されている。
 彼女達が身に付けているメイド服もそうだ。これも実は、異世界から伝わったものらしく、侍従の女性が身に付ける伝統衣装らしい。
 この調子では下手をしなくても、スク水やブルマと言ったものまで出てきそうだ。

「それで、何をそんなに眠そうにされていたのですか?」
「ああ、マリアちゃんの誕生日近いでしょ? それで何か手作りの物をプレゼント出来ないかと思って」

 マリアはああ見えても、この国の王女だ。
 いくらマリアの専属従者として、そこそこ高額な給金を貰っているとは言っても、俺が買える物など高が知れている。
 別に貴族連中と張り合うつもりはないが、以前マリアとユキネに渡した安っぽい銀細工の装飾品のような物では、さすがに芸がない。それに貴金属や宝石などは目立ちたがり屋の貴族連中がたっぷりと貢いでくれるだろう。そんな在り来たりな物をマリアが喜ぶとも思えない。
 あの銀細工のペンダントもデザインが気に入ったのであって、公務で彼女が普段身に付けている物と比べれば安物もいいところだ。
 それでも、二人はあのペンダントを大切にしてくれているようだが――

 そんな事情もあるので、俺は異世界人である知識を活かして、この世界に二つとしてないものをマリアにプレゼントしようと考えた。
 そのための準備に時間がかかり、こうして寝不足になっていると言う訳だ。
 マリアに悟られないようにするために、昼は従者としての仕事をこなしつつ、夜にコツコツと作業をしているので眠いのは仕方ない。
 そのことを侍従に説明すると、自分のことのように「応援します」と言って喜んでくれた。

 この皇宮で働く人々、侍従を始めとし、厨房で働く人々や警備の人にも、マリアの評判はいい。
 王女だと言う事を鼻に掛けず、侍従だからと軽んじず、ちゃんと挨拶もするし礼も言う。
 彼女達が言うには、他の王侯貴族ではこうは行かないらしい。フローラとマリアは例外中の例外なのだとか。
 それに最近では――

「あの笑顔がいい! 可愛らしい! 幼女萌え!」

  と、言った具合に、以前よりも人当たりがよく、物腰のやわらかくなったマリアの好感度は急上昇中だったりする。
 最後に余計な一言があった気がするが気にしないでやってくれ。
 皇宮内に密かに『マリア様ファンクラブ』なんて物も存在するのだから、その人気振りは窺えると言う物だろう。
 更には『ユキネ様ファンクラブ』なんて言うのもあるのだが、どちらにせよ本人達がその存在を知ることはない。いや、絶対に知られる訳には行かない。

 と言うのも、俺は二人と一番親しい人物という事で、両方の組織の名誉会長に任命されていたりするからだ。しかも後援はフローラだったりする。
 二人の私生活を綴った会報の配布や、ブロマイドの密売をしているのがバレたら俺の命はない。
 いざとなったら、フローラを生け贄に差し出すことも考えてはいるが、どちらにせよ俺もただでは済むまい。

「応援してくれるのなら、ちょっと頼まれてくれない?」
「はい?」

 マリアのファンのためと言うわけではないが、もう一つ手を打って置こうと考えていた。
 侍従に計画の内容を簡単に説明する。これに関しては事前にフローラの許可も貰っているので問題ない。
 その話を聞いて、侍従は呆れた様子で「太老様らしいです」と苦笑を漏らしながらも、快く了承してくれた。

 俺達からの『贈り物』の準備は順調に進んでいる。
 後は、当日に間に合わせるだけだ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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