【Side:太老】

 オープン一時間前から、店内から最後尾が見えないほどの大行列が出来ていた。
 当初、予想していた以上の大盛況だ。職員を余分に雇っておいてよかったと心から思う。
 これでは、休憩を取るどころか、下手をしたら、客を捌き切れなかったかも知れない。

 現在、お昼を少し回ったところ。昼食のピーク時を過ぎ去ったと言うのに、客足は一向に途切れない。
 職員一同、一致団結して頑張ってはいるが、正直、疲労困憊気味だ。
 全自動の焼き釜は常にフル稼働状態。中ではハンバーグやソーセージなどの具材が、釜の中で幾層にも分かれ、専用に用意された鉄板の上で丁寧に焼かれていく。
 取り出された具材は、流れ作業で調理スタッフの手に渡り、商品へと姿を変え、お客様の下へと届けられる。
 注文を受けた職員の声が店内に響き渡り、厨房でもその呼びかけに答え、威勢の良い掛け声が飛び交う。
 何とも、充実感に満ち過ぎた仕事風景だった。



 ドライブスルーの方も好調だ。
 現在も、引っ切り無しに立ち代り車が入ってくる。レーンを倍にして対応してはいるが、それでも追いつかないような状態だ。
 開店直後と言う事を考えても、この繁盛振りは異常だろう。

「甘く見すぎていたかもしれん……」

 価格と味もそうだが、物珍しさも相俟っての盛況振りだ。
 十分に客の回転率を上げる対策を取ったつもりだったが、それでも追いつかなくなるほど客足があるとは思ってもいなかった。
 これでは閉店時間を待たずとして、食材が切れるのも時間の問題だろう。
 どうやら、南門を利用している商人や役人達ばかりでなく、反対側の北地区や郊外からも、態々、足を運んでここまで買いに来ている客が大勢いる様子。どこかで見たことがある顔もズラリと並んでいた。

「キャイア、大丈夫か? 少し休憩してきてもいいんだぞ?」
「だ、大丈夫です! 太老様こそ、休憩を取っていらっしゃらないのですから、私が休む訳にはいきません!」

 俺の場合、ちょっとばかし人並みはずれた体力をしているので、このくらいなら問題ない。
 とは言っても、この何時終わるとも分からない戦いを前に、精神的にはかなり参って来ている。
 むしろ、この極限とも言える忙しさの中で、朝からずっと動きっぱなしでいるキャイアの方を俺は感心していた。

(しかし、随分と気合が入ってるな。何か、あったのか?)

 疲れているのは確かだろうが、それを気力でカバーするほどに、キャイアはやる気に満ちていた。
 何が、彼女をそこまで駆り立てるのかは分からない。しかし、彼女の熱意は周囲にも伝わってくるのが分かる。
 皆、キャイアの熱意に当てられ、いつも以上の力を発揮していた。
 そうでなければ、とっくに脱落者が出ていたことだろう。

「何にしても、もう一踏ん張りだ。皆、頑張ろう!」
『――はいっ!』

 こうして開店初日――
 キャイアの頑張りもあって、一人の脱落者も出すことなく、地獄レースを乗り切ることが出来た。

【Side out】





異世界の伝道師 第16話『タックに行こう』
作者 193






【Side:マリア】

 タロウさんの店が開店したと言う話を聞き、彼から貰った『無料クーポン券』を手に、ユキネを連れて店へと足を運んでいた。
 さすがに開店当日は、勉強や稽古事も詰まっていたこともあり、混雑するから避けた方がいいと言うタロウさんの指示に従って、私も我慢した。
 しかし、あれから一週間。

(そろそろ大丈夫かと思っていたのですが――)

 まだ、店まで結構な距離があると言うのに、まるで蛇のように連なった大行列が、店先からここまで伸びていた。

「今日のお昼、何にする?」
「やっぱり、タック≠ゥな」
「ええー、一昨日もタック≠セったじゃない」
「だって、あそこの種類豊富だし、美味しいんだもん」

 などと噂している人達を、ここに来るまでに何度見かけたことか。
 彼女達が言う『タック』と言うのは、タロウさんの店の通称らしい。
 正式名称は『タクドナルド』と言うらしいのだが、現在、その名を首都に住む者で知らない者は、殆どいないほどの盛況さだ。
 その人気は、この長蛇の列を見ても一目瞭然だろう。
 しかし、驚くべきことに、見る見る内に、目の前にいた客達が店に吸い込まれて行き、買い物を済ませ、満足そうに店から出てくる。
 並行して、ドライブスルーと言う新しい試みもやっているようで、そちらの方にも車が列を作って順番待ちをしていた。

 どちらにも言えることだが、客の回転率が異常に早い。

 店内で食べるより、お持ち帰りする客の方が圧倒的に多いらしく、擦れ違う買い物を終えた客達も、ハンバーガーや、ホットドックを片手に思い思いの場所で好きに食事を取っているようだ。
 屋台に近いものなのかも知れない。しかし、それを見越しても、この客を捌くスピードは尋常ではなかった。

「タロウさん……どんな魔法を使ったのかしら?」
「いらっしゃいませー♪」

 ようやく、私達の順番が来て、店内に足を踏み入れると、可愛い衣装に身を包んだ女性店員が、元気の良い張りのある声と笑顔で出迎えてくれた。
 上には軽くフリルのあしらった白のブラウスに、胸元に赤く大きなリボンを付け、下は膝上程度までの短い、これもフリルがアクセントの赤いスカートを身に付けている。
 首元には黒のチョーカー、腰には同じく黒のカマーベルトを巻き付け、それに全員がお揃いの赤いリボンで仕事の邪魔にならないよう髪を結っているようだ。
 足元の光沢感溢れる黒い靴といい、とても大衆的な店の制服とは程遠い。
 城や、皇宮で働く侍従達でも、ここまで手の込んだ制服に身を包んでいないだろう。
 この制服目当てで、足を運んでいる客も大勢いると言う噂を耳にしていたが、その理由にも頷けた気がした。

 店員によると、店内は満席とのことなので、当初の予定通り、お持ち帰りにすることにした。
 カウンターの上にあるメニューを指示され、私とユキネはそのメニューに目を通して何にするか頭を悩ませる。

「えっと、私はこのチキンの奴を、ユキネは?」
「では、このエビのを」

 結局、私が注文した物は、鳥の胸肉を揚げた物を野菜と一緒にパンに挟み込んだ物で、この店が出来る前からも皇宮でよく口にしていたお気に入りのメニューだった。
 ユキネが注文したのは、エビを磨り潰して固めた物を、油で軽く揚げ、同じように野菜と一緒にパンで挟み込んだ物で、この店が開店してから加わった新商品らしい。

(あれも美味しそうですわね)

 後で、ユキネに一口分けて貰おうと心に決め、タロウさんから貰った無料クーポン券を店員に差し出す。
 どの商品でも、これを使えば無料で食べられるらしい。
 タロウさんから、普段お世話になっているからと、十枚綴りの物を、ユキネと合わせて二組貰っていた。

「ご一緒にポテトとお飲み物は如何ですか?」
「え……そうですわね。それじゃ、それも。ユキネも、それでいい?」
「……はい」

 どうやら『セットメニュー』と言う物があるらしく、このクーポンでも注文出来るらしい。
 しかし、注文の取り方が実に巧妙だった。注文をしてから間髪入れずに、可愛らしい制服に身を包んだ女性店員に笑顔で他の物も勧められれば、大抵の人は頷いてしまうに違いない。
 それにセットメニューにすることで、ポテトと飲み物を一緒に注文することが損ではなく、如何にも得をしたかのように相手に思わせる。
 実際には僅かな割引に過ぎず、それほど得をしたと言う訳ではないのだが、店の雰囲気に呑まれている客は、そのことを深く考えようとはしない。
 客の不信感を削ぎ、お得感を匂わせることで、次回からの購買意欲にも繋がりやすくすると言う訳だ。

(さすがはタロウさんの考えた店ですわね)

 そのやり方の上手さに、私は感心していた。
 タロウさんが凄いことは分かっていたが、こうして実際に見せられると、彼の手腕が如何に優れているかがよく分かる。
 この店を出すことも、何か深い考えがあってのことなのだろう。
 もしかすると、この店を足掛かりに、彼はハヴォニワの経済を活性化させるつもりなのかも知れないと考えた。
 国策と言う部分では、すでにお母様が色々と手を講じている。だとすれば、彼は別の視点から、この国を良くしようと考えているのかも知れない。

「より住みよい世界へ」

 あの言葉。あれは、国民の目線に立ち、一から商売を行うことにより、その利益を国に還元しつつ、この国が抱えている問題に真っ向から立ち向かっていくつもりなのかも知れないと考えた。
 特に、雇用の少なさに関しては、深刻な問題の一つに数えられている。
 彼のことだ。おそらくはそのことも考え、自らが率先して新しい商売の手を広げることにより、市場経済の底上げと雇用問題の解決を同時に図ろうとしているのだろう。

「チキン、エビ、セット入りまーす」

 その声を受けて、厨房の奥で返事が飛び交う。
 そして、私達を驚かせたのは、注文してから僅か一分足らずで商品が出て来たことだ。
 先程まで、不思議に思っていた客の回転率の速さ。その理由が、ここにあった。

「お待たせしました――って、マリア様!?」
「……キャイア?」

 しかし、一番驚かされたのはこれだろう。
 あの可愛い制服に身を包んだキャイアが、私達の注文した商品を片手に、目の前で固まっていた。

(何故、彼女がここに?)

 私が応援させて欲しいと言っても、頑なな態度で首を縦に振ってくれなかったタロウさん。
 しかし、キャイアはこうして彼のために役に立っている。
 その事実が悔しく、悲しく、私の胸を深く締め付けていた。

【Side out】





【Side:太老】

 算盤を弾き、一週間の売り上げを計算する。正直、嬉しい誤算と言っても良いほどの好調振りだった。
 最初に投資した資金も、これならば短い期間で回収が可能だろう。
 フローラ辺りがこれを見れば、小躍りして喜ぶに違いない。

 まさか、ファーストフード店が、ここまで当たるとは思いもしなかった。
 やはり、俺達の世界ではポピュラーな物だったが、こちらの世界の住人の目からしてみれば、物珍しく映るのだろう。
 すでに第二店、三店の出店依頼まで俺の元に来ている。
 取り敢えず一ヶ月は様子を見るつもりだが、このままなら客足を分散させる意味でも、もう数店舗は必要になるかも知れない。
 今の店だけでは、すべての客を捌ききることは難しいからだ。

 しかし、そうなってくると色々と足りないものが出て来る。
 職員の確保自体は、商会に問い合わせるなりすれば幾らでも都合がつくが、店長候補ともなると色々と準備が必要だ。
 俺一人で何店舗も掛け持ちする訳にはいかないし、正直、体が持つとは思えない。
 取り敢えず、能力面だけで考えれば、候補となるのは皇宮から移籍してくれた職員の面々だろう。
 あの地獄の一週間を、共に潜り抜けた猛者達だ。十分に頼りになる。

「秘書が欲しくなってくるな」

 もう、ここまで話が大きくなって来ると、俺一人の実務能力を大きく超えている。
 一店舗のオーナーと言う立場なら別にいい。しかし、複数の店を経営する組織のトップともなれば話は別だ。
 義務や責任も、それに応じて当然高く、厳しいものになっていく。

「んー、何か当初の目論見から大きく外れ始めてるような……」

 自分好みの食文化を広めたいがために、手っ取り早く皆に知ってもらえるよう、店を出したと言うのは確かなのだが、別にここまで有名に成りたかった訳でもなかった。
 行く行くはハヴォニワの名物料理≠ニ言われるくらいになれたらいいな、とは考えていたが、さすがにこの反響は予想外だった。

「――タロウさん!」

 扉を勢いよく開いて、息を切らせ慌てた様子で、俺の部屋に飛び込んでくるマリア。
 こんなマリアは珍しい。普段、子供らしくないと思えるほど、落ち着きを払っている彼女からしてみれば、滅多に見ることが出来ない慌てようだった。

(俺……何かしたかな?)

 マリアを怒らせるようなことをした記憶はない。しかし、どこかで何かしていたのかも知れない。
 この剣幕から察するに、かなり怒っている様子だし、相当まずいことを知らずにしでかしていた可能性は否定出来ない。

(どうしよう……取り敢えず、謝っておくべきか?)

 かと言って、理由も分からずに謝って、更に怒らせるようなことはしたくない。
 しかし、とてもじゃないが理由を聞けるような状況でもない。
 そんな事を聞いたら、その時点で怒りが爆発しそうな勢いだ。

 ――バンッ!

 ズンズンと迫ってきたかと思えば、机を勢いよく叩かれ、俺は思わずビクッと飛び上がり萎縮してしまう。

「タロウさん、私は悲しいです」
(ちょっ、これは本格的にまずいのでは!?)

 涙を浮かべながら、そう言うマリアを見て、さすがの俺も今の状況が、如何ほどに拙いかを察することが出来た。
 マリアが泣くほどのことを、いつの間にかしていたと言う事だ。

 従者をクビ? いや、そんな単純な話では済まない。

 あれだけ、俺のことを気に掛け、心配してくれていた少女を裏切り、あまつさえ泣かせてしまったのだ。
 護衛のユキネも黙ってはいないだろう。フローラも、ああ見えて娘のことを大切に想っている。
 しかも、この国にはマリア至上主義≠掲げる、恐るべき信奉者達がたくさんいた。

(さ、さすがに死ぬかも……)

 逃げ切れるなどと、とてもではないが思えない。
 国を挙げて追われれば、国民すべてが敵に回っている以上、逃げ切ることは難しいだろう。
 下手をしたら、軍も出てくるかも知れない。さすがの俺も生身で聖機人相手に勝てるとは思えない。

(益々持って、死亡フラグなんだが……)
「タロウさん――」
「ごめん、マリアちゃんっ!」
「――!?」

 もう、こうなったら恥も外聞もない。
 情けないと言われようが、罵られることになろうが、今はとにかく頭を下げ、ただ謝るしかない。
 理由は分からないが、彼女を傷つけ、泣かせてしまったのは事実だ。

「ごめん、俺……身勝手だからさ。知らず知らずのうちに、マリアちゃんを傷つけてしまっていたことに、気がつかなくて」
「では、タロウさん……私を頼って下さるのですか?」
「当たり前だろ? マリアちゃんがいなきゃ、俺は生きていけないんだからっ!」

 マリアを泣かせたなんて周囲に知れたら、俺は身の破滅を招くことになる。
 頼りもするさ。さすがに、まだ死にたくはない。
 店だって順調にいって、これからって時に、死にたい奴なんているものか。
 やりたいことだって、まだまだ、たくさん残ってるのに――

「タロウさん、そこまで私のことを……」

 どうやら、俺の命は繋がったらしい。
 マリアの表情に笑顔が戻り、何故か、感謝の言葉を繰り返し述べながら、俺の手を握り締めて来た。

 そうか、マリアも俺に死んで欲しくはなかったんだな。
 だから、きっと周囲の目に触れないように、こっそりと俺の部屋に一人で来て、仲直りしたかったに違いない。
 泣くほどに傷つけられたと言うのに、それでも俺のことを考えていてくれたなんて……。

 こんなに良い子は、やはり他にはいない。
 従者と言う立場を抜きにしても、マリアを大切にしたい。
 俺は、心からそう思っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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