【Side:フローラ】
「公爵、そして公爵に加担した貴族全員を拘束させて頂きます」
私は逮捕状を貴族達の目に見えるように高々と掲げ、彼等の犯した数々の罪状を述べる。
衛兵達に取り囲まれ、議会の押印の入った逮捕状を見せられ、肩をガクリと落とし、観念する貴族達。
大きな抵抗をすることもなく、大人しく手枷を填められる様は、拍子抜けするくらい、あっさりしたものだった。
特に、あの公爵が一言も文句を言わずに、大人しく捕まったことは驚きだった。
「どうされたのでしょう? 悪い物でも食べられたのでしょうか?」
「フローラ様の迫力に恐怖して何も言えなかったとか?」
『ありえる!』
「……あなた達ね」
『ひぃ! ごめんなさい!』
傍に控えている侍従達が随分と好き勝手な解釈を述べてくれるものだから、黒いオーラが滲み出てしまった。
一つ言っておくと、確実に私のせいじゃない。これは言い訳でも何でもなくだ。
考えられることは一つ――太老の黄金の聖機人≠オか原因は考えられない。
「でも、太老さま凄かったよね」
「そう! あの黄金の聖機人、綺麗だったなー」
「うんうん! 只者じゃないとは思ってたけど、まさか女神様の遣わされた天の御遣い≠セったなんて」
そう、侍従達が噂しているように、彼は今、ハヴォニワの人々に天の御遣い≠ニ言う名で呼ばれていた。
原因は言うまでもなく、あの黄金の聖機人と、公爵を含める封建貴族達の粛清行為のせいだ。
大型スクリーンを通して、その一部始終はハヴォニワ全土に放送されていた。
そのため、多くの人々が彼の行動、そして黄金の聖機人を目にすることになった。
それが噂に信憑性を与え、太老を民の味方、革命の御旗として、人々に大きな希望を与えていたのだ。
一方、封建貴族達にとっては最悪の処刑人の登場だった。
太老のことを、少し頭の切れる小僧程度にしか思っていなかった貴族達も、皆が太老の真価をその目にし、逆らえば自分達も粛清されると言う絶対的な恐怖を植えつけられたのだ。
これまでのような高い領民税を貪り、領民を苦しめ、私腹を肥やしていれば、今度は自分達が粛清されるかも知れないと言う、見えない恐怖に晒されることになり、今頃は屋敷に閉じ篭って自らの行動を振り返り、必死に生き残ること、逃げ延びることを考え、身を震わせていることだろう。
今回、私は舞台の裏側で、太老が貴族達の関心を惹いてくれている内に、大規模な調査に乗り出した。
その目的は、彼等が行った来た不正や、その証拠を徹底的に洗い出すことにある。
私兵や国の密偵を使えば、彼等に行動を察知されてしまう危険がある。そこで侍従や使用人達に協力してもらい、秘密裏に行動を進めた。
調査は順調に進んだ。太老の人気は元々、貴族達にではなく身分の低い一般の民に対し非常に高い。
その理由は言うまでもなく、彼のこれまで行って来た数々の実績、その成果によるものだ。
間接的にでも、自分や家族の命を救われた者、念願の夢を叶えられた者、様々な多くの人達が彼に感謝を抱いている。
だからこそ、封建貴族達の足元を切り崩すのは造作もなかった。
太老に何らかの恩を返したい、そう思っている人達は少なくはないからだ。
そうして集めた彼等の不正の証拠。
これにより、一挙に百名余りの封建貴族達を捕縛することが出来た。
ここに『ハヴォニワの大粛清』が完遂したのだ。
【Side out】
異世界の伝道師 第37話『悪を背負う男』
作者 193
【Side:太老】
結局、女性聖機師の姿は見つけられなかった。
コクピットにも、その姿は見受けられなかったので、おそらくは人込みに紛れて逃げたのだろう。
まあ、そのことはいい。今回の目的はあくまで公爵を懲らしめることだ。
(しかし、これはどう言う事だ?)
俺の聖機人に深々と頭を下げる観客達。何故かよく分からないが必死に拝んでる奴もいる。
理由が今一つよく分からない。気付けば、こんな状態だった。これは神像でも何でもないんだけど。
(もしかして、さっきの尻尾か!?)
さっきの尻尾の聖機人解体劇を目にして、怯えてしまっているのかも知れない。
公爵も、かなり恐れてた様子だしな。十分に有り得る話だ。
(ううむ……さすがにアレはやり過ぎだったか)
自分でもやり過ぎかな? と思っていたのだが、これは反省しないといけないな。
俺は、尻尾を対人相手には絶対に使わない≠ニ心に固く誓った。
(皆に、こんな風に怖がられるのは本意じゃないしな)
それに、出来るだけ殺さないで済むなら、それに越したことはないと考えていた。
俺は海賊≠数え切れないほど殺してきてる。間接的とは言え、鬼姫の指示の下で海賊船を多数沈めてきた。
そのことを後悔することも、謝って許してもらおうとも思ってはいない。それが必要≠ネことだったからだ。
聖機人同士の戦いに関しても、殺さなければ殺されるような状況の中で、そんな綺麗事を言うつもりはない。
しかし、鬼姫辺りには『甘い』と切り捨てられるかも知れないが、どれだけ強くなっても中身は俺≠ネんだ。
基本ヘタレ、優柔不断、自分勝手、面倒臭がり屋な、正木太老だ。
だから、自分から進んで他人の恨みを買うようなことをしたいとは思わない。
殺す≠チて言う事は、そういう事だ。
どんな悪人にでも、友人がいる、恋人がいる、家族がいる。
現実で人を殺せば、無かったことになんて出来ない。当然、そうした人達に今度はこちらが恨まれることになる。
ましてや、子供に泣かれる、恨まれるなんてことは御免だ。
『何で、何で父さんを殺したの!』
ザッ――忘れたくても忘れられない記憶が甦る。
鷲羽は精神強化も、ちゃんとしてくれたのだろうか? 生体強化をするなら中途半端なことをせず、きちんとやって欲しいものだ。
宇宙に上がって一年、そしてこの世界に来て一年で学んだことがある。
慣れない物は、どうやったって慣れない。俺は、そうした面倒事≠ェ一番嫌いだった。
「太老ちゃん、そろそろ降りて来てくれる?
ここには一般人も大勢いるし、聖機人の亜法波は耐性の低い人には毒だから」
フローラが下で、こちらに向かって大声で叫んでいる。
そう言えば、そうだった。観客席と距離が離れているとは言え、安心は出来ない。亜法結界炉の放つ振動波が、耐性のない人達に有毒なのを失念していた。
待機状態とは言え、微弱ながら亜法波を発しているのは確かだ。こんなところで大量に倒れる人を出す訳にもいかない。
こんな大事なことを失念するなんて、昔のことを思い出して少しナイーブ≠ノなっていたようだ。
パシン――両手で頬を叩き、気持ちを切り替える。こんな姿だけでは、フローラに決して見られたくなかった。
「太老ちゃん、お疲れ様」
「ま、大したことはしてないですけどね」
聖機人から降りた俺にタオルを渡し、労いの言葉をくれるフローラ。
何故か、何時になく優しい感じだ。さっきのことを察しられた訳ではないだろう。
黄金の聖機人を衆人の目に晒し、恥を掻いた挙句、あの尻尾の件で観客から怖がられている俺に、同情してくれたに違いない。
やはり失敗だったかな? 聖機師であることも、これでバレた訳だし、当分は色々と面倒臭いことになりそうだ。
「太老さま! ご、ご無沙汰してます!」
「よろしければ、お飲み物如何ですか?」
「ちょっと、それ抜け駆けよ!」
フローラの後に続いて、緊張した様子で甲高い声を響かせがら、俺に迫ってくる侍従達。
彼女達は、舞台を歌や踊りで盛り上げてくれた侍従隊≠フ少女達だ。
平均年齢は十代半ばと言ったところ、全部で十名程いる。その中で最初に話し掛けてくれた小柄な少女には見覚えがあった。
先日、城での仕事を手伝ってくれた、あの侍従の少女だ。
「彼女達が頑張ってくれたお陰で、封建貴族達の件も何とかなったのよ」
封建貴族達の件? ああ、公爵達のことか。
そうか、俺のことを心配して、あいつ等がこれ以上余計なことを出来ないようにと、色々と手を打ってくれたのだろう。
フローラも、これで子煩悩だしな。マリアに害が及ぶ前に手を打って置きたかったに違いない。
しかし、彼女達にも色々と心配と面倒を掛けてしまったようだ。
舞台の件といい、ちゃんと御礼を言っておかないとな。
「ありがとう、君達には感謝してもしきれないよ」
『…………』
ちゃんと頭を下げ、彼女達に礼を言う。後で、舞台の報酬の件も含めて御礼をするつもりではいるが、これは礼節の問題だ。
しかし、おかしなことに、何だか全員が目を見開いて驚いている様子だ。頬を染めて顔を赤くしている者もいる。
俺、何か恥ずかしいことでも言ってしまったか?
(あっ! そうか!)
もしかすると、今頃になって黄金の聖機人≠フことを思い出し、笑いが込み上げて来たのかも知れない。きっと、それに堪えているのだ。
俺のことを心配して、裏であれこれと助けてくれるような優しい子達だ。俺に気遣って必死に我慢してくれているに違いない。
だったら、ここは俺も気配りを見せて、彼女達に何も聞かず、立ち去ってあげるべきだろう。
俺が居なければ、我慢する必要などないのだから――
「フローラさん、後のことはお願いします」
「太老ちゃんは?」
「俺がいると、お邪魔みたいですから」
もう、あれだけ大々的に衆目に晒してしまったんだ。
今更、皆に笑われるくらいどうってことないさ。
――と、強がってみたが、やはり少し悲しかった。
【Side out】
【Side:名も無き侍従】
やはり、太老様は凄い方だった。
あの神々しいまでに目映く輝く黄金の聖機人。皆がその姿に魅せられ、心奪われていた。
封建貴族達を衛兵に引渡し、私達はフローラ様の後を付いて、太老様の聖機人に向かっていく。
「あなた達は、太老ちゃんが降りてくるまで、ここで待機してなさい」
『はい』
フローラ様にそう言われ、太老様に早く会いたいと言う逸る気持ちを抑え、歩みを止める私達。
おそらくは、聖機人の放つ亜法波の心配をされ、気遣ってくださったのだろう。
あれほどの聖機人だ。並の聖機人よりも、ずっと強い亜法波を放出していても不思議ではない。
聖機師の資質がある方なら兎も角、一般人の私達では近寄るだけで危険だ。
「太老ちゃん、お疲れ様」
「ま、大したことはしてないですけどね」
太老様が降りて来られた。フローラ様にタオルを手渡され、いつものように優しい笑顔を向けられている。
私達はフローラ様から御声が掛かるのを待ち切れず、太老様の元へ駆け出していた。
「太老さま! ご、ご無沙汰してます!」
「よろしければ、お飲み物如何ですか?」
「ちょっと、それ抜け駆けよ!」
私が挨拶をするや否や、我先にと太老様に詰め寄る侍従達。私も他人のことは言えないが、遠慮が無い。
照れた様子で困った顔を浮かべながらも、侍従達の差し出した飲み物を受け取られる太老様。
そんな時、太老様と目が合った。こちらをジッと見ていたかと思えば、次の瞬間、私だけに微笑んでくださった。
(太老様……)
僅か二日に過ぎなかったが、太老様と一緒に仕事をし、生活を共にした二日間は、私にとって夢のような一時だった。
それを、一介の侍従に過ぎない私のことを、ちゃんと太老様は覚えてくださっていた。
それだけで、感動で胸が一杯になる。
「彼女達が頑張ってくれたお陰で、封建貴族達の件も何とかなったのよ」
フローラ様が気を利かせ、私達のことを太老様にそのように紹介してくれる。
驚いた様子で私達の方を見られる太老様。だが、私達はそれほど大したことをした訳ではない。
私達は少しでも太老様に受けた恩を返したかっただけだ。
今回のこともフローラ様から話を頂いて、少しでも太老様にその恩を返すことが出来るのならと、皆が力を合わせて頑張った結果だ。
そして、気付いたことが一つある。太老様が、どれだけ国民に慕われているかだ。
太老様の名前を出すだけで、皆が自発的に協力してくれた。私達がやったことと言えば、そんな彼等の行動を促したに過ぎない。
すべては太老様の御力によるものだ。今回のことで、私達はどれだけ凄い御方に見守られているのかを実感することが出来た。
「ありがとう、君達には感謝してもしきれないよ」
『…………』
深々と頭を下げ、私達に感謝を述べられる太老様。そこまでして頂けるとは思っていなかっただけに、皆が驚いている。
しかし、これが太老様なのだ。彼にとって貴族の爵位や、身分など関係ない。どんな人にでも、同じように誠意をもって接してくださる。
それが太老様の良いところであり、国民に慕われる一番の理由でもあった。
(私は、やはり太老様に御仕えしたい)
太老様のことを知れば知るほど、その想いは日を追うごとに強くなっていった。
まさに理想的な主人。太老様に御仕え出来ることの喜び、それに比べれば今の仕事も惜しくはないとさえ思える。
家族に少しでも楽な暮らしをさせてあげたいと、そんな想いで必死に頑張って城の仕事に就いたはいいが、それが私の本当にしたかったことかと問われれば自信を持って頷けない。
心から自分のしたいことを見付けられたのは、これが生まれて初めてのことだと思う。
(家族とも、ちゃんと相談してみよう。そしてフローラ様に返事をする)
フローラ様から、私達はある提案をされていた。それは、太老様に関係することだ。
しかし、そうなると城の仕事を辞めなくてはいけなくなる。今までのような、安定した高い給金は得られなくなるかも知れない。
それは、私達にとっては生活に関係する重要な問題だった。皆、ここで働く人達は、少なからず私のような事情を抱えた人達ばかりだからだ。
使用人にとって最高の栄誉とも言われている、城勤め、皇宮勤めの仕事を蹴るようなバカな人は普通はいないだろう。
それでも、私は望んでいた。太老様に御仕え出来ることを――
「フローラさん、後のことはお願いします」
「太老ちゃんは?」
「俺がいると、お邪魔みたいですから」
それだけを言い残し、私達に背を向けて立ち去って行かれる太老様。その背中は、どこか寂しそうだった。
今回のことでも、太老様は自ら悪役を買って出るような真似をされた。
貴族達に恐れられると同時に、たくさんの恨みを買うことも覚悟の上で、彼はそんな行動に出たのだ。
邪魔と言うのは、彼の本心なのだろう。私達に迷惑を掛けたくないと思われているのかも知れない。
恐れられるのは、恨まれるのは、妬まれるのは自分だけで十分だと。
「――太老様!」
私は、そのことを考えると居ても立ってもいられなくなり、無礼を承知で太老様を大声で呼び止めてしまう。
納得が行かなかったのだ。何故、太老様だけが悪役を演じなくてはいけないのかと。
太老様は何も悪くない。今回のことも決して自分の利益になるようなことではなく、すべては民達のため、私達のためにだ。
「私は太老様の味方です! ずっと、ずっと太老様の味方ですから!」
だから、一人で抱え込まないで欲しい。太老様一人に、すべてを背負わせるつもりはない。
少しでも貴方様の支えになるのなら、私は――
「私も!」
次々に手を挙げて前に出る侍従達。皆が太老様のためにと、同じ想いを胸に抱いていた。
『太老様、私達全員が味方です!』
今、私達がこうしてここに居られるのは太老様のお陰。
安心して仕事が出来るのも、平穏な生活を送れているのも、すべてはフローラ様や太老様が身を削って頑張ってくださっているから。
私達は今回の任務を通して、その努力の軌跡、国や民に対する真摯なまでの想い、理想に懸ける強い意志を見せて頂いた。
『――!』
太老様は多くを語らず、首を縦に振るだけの動作で、そのまま行ってしまわれた。
だが、私達の想いは伝わったようだ。
この御方に仕えたい。そして、この御方の理想を、その苦難の道を少しでも支えて差し上げたい。
その想いは、今や私≠セけの願いではなく、私達≠フ願いに変わっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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