【Side:太老】
ラシャラの手配してくれた公用車に乗り、シトレイユ支部から城に向かって走っていた。
同乗しているのはラシャラと従者のアンジェラ、マリアと護衛のユキネ、そして俺の従者として同行したラン。
俗に言う『リムジン』という奴で、十人くらいは楽に乗れる広い車内ではあるが、これだけの大人数となるとそれなりに賑やかではある。
「マリエルは連れて来なくてよかったのか?」
「まあ、ランにも経験を積ませたいしね」
ラシャラの疑問に、肩を竦めながら俺は答える。
今回はランを従者として連れて来ているので、マリエルには支部の方に残ってもらった。
貴族連中のご機嫌窺いの単なる顔見せの場くらい、マリエルの手を煩わせるほどのことでもない。
支部の設備状況の確認や、本部に持って帰る書類整理もやってくれているので、余りマリエルにばかり負担を掛けたくない。
ランは、マリアに与えられた勉強以外は特にやることもなし、暇を持て余しているのだし構わないだろう。
従者としての給金もちゃんと付けている上、以前に前払いで渡してやった装飾品の分も、しっかりと働いて返してもらわないと。
え? あれはタダでやったんじゃないかって?
アンジェラの分は、ランの勉強を見てもらったのと街を案内をしてもらった礼だ。何もタダでやるなどとは、一言もいってない。
恩には礼をもって報いるし、仕事には報酬をもって応えるが、今のところランがそれだけの働きをしているとは思えない。
俺が裸を見た事故云々は別として、仕事らしい仕事をランがしているところを俺は殆ど見ていない。
従者の特訓や、マリアから渡されている勉強を考えても、よくて見習い、研修中といったところだろう。
強引に俺が連れてきたとはいえ、それなりの対価を支払っているのだから、その分はしっかりと働いてもらわないと。
誰にでも優しいと思ったら大間違いだ。俺だって相手は見るし、状況にもよる。
ランの場合は前科があるし、更生の意味もかねて俺は少し厳しく接していた。
この手の奴は甘やかすと調子に乗る。俺が雇って金を払っている以上、タダ飯を食わせてやるつもりは毛頭なかった。
楽な方へ楽な方へと逃げる根性を叩き直し、少しは世間の厳しさを知った方がこいつのためだ。
従者の特訓や、マリアから手渡された勉強も、一般道徳を身に付けさせる意味でも、ランには丁度良い薬だろう。
こう見えても、俺だって色々と苦労してるんだ。
主に鷲羽とか、鷲羽とか、鷲羽とかの所為で――内、三割くらいは鬼姫も関与している。
「随分と上がっていくんだね」
「城は防衛のために喫水外に囲まれておるからの。この地形そのものが強固な要塞の役割を果たしておる、ということじゃ」
首都を一望できる高台にシトレイユの城はあった。
ラシャラの説明を聞きながら車の窓から外を眺めてみると、ライトアップされた煌びやかな夜景が広がっていた。
街の照明がキラキラと煌き、まるで小さな宝石箱のような輝きを放っている。
「着いたようじゃな」
ラシャラの言葉通り、シトレイユ城の正門に到着したようだ。
岩壁をくり貫くようなカタチで城門が築かれており、その岩山を見上げた遙か高い位置に城壁が微かに見える。
ラシャラが『自然の要塞』といった言葉がよく分かった。ここから見えるあの城の位置が、丁度喫水外に当たるのだろう。
城の中枢は喫水外を隔てた険しい岩壁に四方を阻まれ、上空からの聖機人による奇襲は不可能。
城へと通じる道は、この岩壁に作られた正門しかなく、城を攻めるには正面から正々堂々と攻め込む以外に方法はない。
城攻め三倍の法則というものがあるが、城塞を落とすには立て篭もっている兵士の三倍の戦力がいるというアレだ。
聖機人を含み、こちらの機械の殆どは亜法に頼った物ばかりだ。故にエナの海の外に出れば、戦力は激減することになる。
一般の兵士を減らし、便利で強力な兵器である聖機人に頼った戦い方をしている各国の現状を考えれば、亜法を封じ込めることが出来る、これ以上に条件の良い場所はそうはないだろう。
しかも、教会から提供される聖機人の数は国力に応じ制限されている。
大国であるシトレイユ以上の聖機人の数を、一国だけで揃えることは困難だ。
必然的にシトレイユのこの牙城を突き崩すためには、各国が連携し、足並みを揃える必要が出て来る。
唯一、シトレイユに対抗できるほどの軍事力を持った国家となると、もう一つの大国、『森の民』とも呼ばれるダークエルフが住まう国、シュリフォン王国が挙げられるが、あそこは教会から聖地一帯の森の巡回警備を任せられるほど、古くから教会との繋がりが深い国だと聞いている。
そのため、聖機人の数も優遇されている現状があるが、教会側がシトレイユと敵対するような関係にでもならない限り、自分達から攻め込むなどといった暴挙には出ないはずだ。
それこそ、『シトレイユ』対『世界』なんて構図にでもならない限りは不可能だろう。
そのことを考えても、確かに『要塞』と呼ぶに相応しい、堅牢な造りの城だった。
異世界の伝道師 第83話『皇と宰相』
作者 193
ここに来てから色々と驚くことばかりだったので、いい加減慣れたが、それでも金はあるところにはあるんだな、と心から思う。
絢爛豪華という言葉は、こういう物のためにあるのだろう。
正面玄関から続く赤い絨毯が敷き詰められた広い廊下もそうだが、会場となっているダンスホールには、天井に煌びやかなシャンデリアが、調度品はワイングラスからテーブルの上に添えられている花瓶一つに至るまで、どれもが一級の品々ばかり、床には意匠が凝らされたシルクの絨毯が敷き詰められた、贅の限りを尽くした豪華な造りとなっていた。
ランなどは、俺の後ろで目を輝かせてキョロキョロと品定めをしている。
「痛っ! 何するんだよ!?」
「盗るなよ?」
「と、盗らないよ!」
「ちょっとくらいならバレないかな? とか考えてただろう」
「うっ!」
やっぱりか。釘を刺して置いて正解だ。まあ、目移りする理由もこれを見れば分かるが。
シトレイユという国の自己顕示欲の強さがよく分かる光景だ。
ハヴォニワの城も立派ではあるのだが、さすがにここまで極端なものではない。
「あたし達、随分と注目されてないか?」
「そりゃな……」
俺達が会場に姿を現すと、周囲がガヤガヤと騒がしくなった。
ハヴォニワの姫と、噂の人物が姿を見せたのだ。気にならない訳がないだろう。
彼等が俺に会いたいといった理由には、大凡の見当はついていた。間違いなく、街中でも噂になっていた『天の御遣い』の話が原因にあるに違いない。
ラシャラによると、ハヴォニワで放送された黄金の聖機人の話は、ここシトレイユでも大きな話題となっていたらしい。
それにラシャラや支部の皆の手腕によるところが大きいが、彗星のように突如現れ、瞬く間に三大商会の一つに成り代わってしまった正木商会の名は、ここシトレイユでも大きな話題となり、人々の間に広く知れ渡ってしまったようだ。
そのため、ハヴォニワだけでなく、ここシトレイユでも俺の名は随分と有名になっているようだった。
(ここまで最初は大事になるとは思っていなかったんだけどな……)
事の発端は間違いなく、封建貴族の粛清事件『ハヴォニワの大粛清』とか民衆の間で吹聴されてるあの出来事が原因だ。
あの時は全くそんなつもりはなかったというのに、気付けばここまで大事になってしまっていた。
以前にも、こんな事があった気がする。どうして、こう上手いこといかないのか?
俺はただ、平穏無事に過ごせればそれでいいだけで、それを邪魔する鬱陶しい奴を排除しているだけに過ぎない、と言うのに。
「太老、早速じゃが父皇を紹介したいと思う。こっちに来てくれぬか?」
そう言われて、ラシャラに手を引っ張られ、マリア達と共に奥のホールが見渡せる位置に設置された主賓席に招かれる。
主賓席の中央、一番豪華そうな椅子に座っている、真紅のローブを身に纏った精悍で凛々しい佇まいの人物。
間違いない、この人物こそがラシャラの父親であり、この大国の最高権力者、シトレイユ皇その人なのだろう。
だけど、隣にいる人相の悪い強面のおっさんは誰だろう?
明らかに『悪の総帥』という呼び名が相応しい、一癖も二癖もありそうなおっさんだ。
「急な招待にも関わらず、ご足労願い申し訳ない」
「いえ、本日はお招きありがとうございます。シトレイユ皇もご壮健のようで何よりですわ」
「マリア姫に会うのは、年初めの催し以来ですな。相変わらず礼儀正しく慎ましやかで羨ましい限り。
ラシャラも、もう少し落ち着きがあればよいのじゃが……何分、親の言う事も聞かぬほどお転婆で困っておりますわ」
「ち、父皇!?」
マリアが優雅にお辞儀をすると、シトレイユ皇も軽く会釈をし、軽い感じでそう話を切り返してきた。
大国の国皇というからには厳格で怖い人かと思っていたのだが、意外と優しい感じの楽しい人のようだ。
からかわれて子供のように顔を赤くするラシャラが新鮮だった。
「では、そちらの御仁が?」
「はい、我がハヴォニワが誇る『天の御遣い』。西方最大の領地を預かる辺境伯、正木商会設立の立役者――正木太老≠ナすわ」
マリアに紹介され、俺は前に出て頭を下げる。
全くもって『天の御遣い』なんて紹介のされ方は御免被りたいのだが、大方、一番分かりやすい説明だとでも思ったのだろう。
その名前だけが一人歩きしてるような状況だし、ある意味で仕方ないが……。
「紹介に預かった正木太老です。本日はお招きありがとうございます」
「こちらこそ、急な誘いにも関わらず、こうしてご足労願い申し訳ない。お噂はかねがね伺っておりますぞ。
何でも優秀な聖機師であるばかりか、随分と博識でいらっしゃるとか」
「いや、そんな事は……」
どんな噂か凄く気になる。
大方、ラシャラが色々と話をしたのだろうが、シトレイユ皇の興味津々と言った様子の視線が色々と痛かった。
本当にどんな話をしたのか? 恥ずかしい話をされてなければいいんだが……。
ああ、でも聖機師のことも知ってるってことは、黄金の聖機人のことも知ってるってことだよな?
俺は心の中で大きく嘆息する。ラシャラやマリアの顔を立ててここまできたはいいが、さっさと帰りたい気持ちで一杯だった。
「父皇、その辺りでよいではないか。話なら幾らでも後で出来るでの」
「うむ、そうか? 男同士積もる話もあるのじゃが……そのうち親子になるやも知れぬのだし、ラシャラとの仲のことも――」
「黙らぬか! この戯けが!」
「ぶはっ!」
スパーン、と甲高い良い音が鳴り響いた。突如、ラシャラが桜色のスリッパで、シトレイユ皇の後頭部を殴打したのだ。
と言うか、どこからスリッパを? 父親とはいえ、仮にも大国の国皇だろ? そんな事で本当にいいのか?
そう思って周囲を見渡してみると、皆何故か何事もなかったかのように見て見ぬ振りをしている。
何か、見てはいけないものを見てしまった気がした。
「全く、照れ屋で困るわい。太老殿、話はまた後での」
「はあ……」
意外と打たれ強いらしい。随分と慣れている様子だし、普段からこの調子で親子漫才をやっているのだろうか?
フローラも随分とお茶目なところがあるし、そういえば向こうの世界の俺の知っている権力者も、こういう人達ばかりだった気がする。
やはり為政者というのは変り者が多いのだろうか?
少なくとも、イメージしていた王様とは随分とイメージが違っていた。
気さくな感じで、その方が親しみやすくて好感が持てるが。
(正直、フローラとはまた違ったタイプで底が見えない人だな)
少なくとも、外見通りとは受け取らない方が良さそうだ。見た目とは裏腹に、仕事は出来るのだろう。
有能でなければ、これだけの大国を維持できるとは思えない。
鬼姫も悪癖ばかりが目立つが、仕事はきちんとこなす人だった。
フローラも見た目はあれだが、為政者に相応しい能力を持つ、優秀な人物だ。
(……娘には弱いみたいだったけどな)
しかし、あの様子では、シトレイユ皇も一人の父親に違いない、と言う事なのだろう。
娘には随分と手を焼いてそうだった。
「こちらも、よろしいかな? 挨拶をさせてもらっても」
そう言って、俺の前に歩み出してきたのは、さっきシトレイユ皇の隣に立っていた強面のおっさんだ。
先程、『悪の総帥』と例えたが、こうして実際に近くに寄られると、尚もその印象が濃くなる。
俺よりも頭一つ分くらい身長が高く、体を鍛えてあるのか随分とガッシリとした身体つきをしている。
貴族というよりは、山賊といった方が似つかわしい。
「ババルン卿……」
何やら険しい表情を浮かべ、ラシャラが『ババルン』と口にした目の前の男を睨みつけていた。
卿と言うからには、やはり貴族なのだろう。
俺も大概、貴族らしくない、と自分でも自覚しているが、このおっさんも大概だ。
確かに、こんなおっさんに目の前に立たれて威圧されれば、表情が険しくもなるだろう。ラシャラのこの態度も納得が行った。
本人にはその気はないのだろうが、子供には好かれない顔つきだ。
なるほど、だからこんな場所でシトレイユ皇の傍にずっといたのか。
皆が楽しそうにダンスを踊ったり談笑している中、一人こんな場所で佇んでいたのは、きっと皆にその見た目から怖がられ、避けられているからに違いない。
「この国の宰相を務めているババルン・メストだ。噂は聞き及んでいる、正木卿」
「これはご丁寧にどうも、正木太老です。もっと気さくに『太老』って呼び捨てで構いませんよ」
やはり見た目とは裏腹に礼儀正しい人物のようだ。
しかし、宰相だったのか。シトレイユ皇の傍にいる時点で偉い人だとは思っていたが、これは驚きだ。
この鬼とも熊とも取れる見た目だ。きっと、その地位に着くまでには並々ならぬ苦労があっただろうに。
この様子では、友達もきっと少ないに違いない。
俺だけでも友達になってやろうと心に決め、差し出された無骨な手を取り、固く握手を交わした。
「ならば太老、儂のことは『ババルン』でいい」
見た目はちょっと怖いが、やはり悪い人ではなさそうだ。
いや、見た目で損をしてる人って結構いるしな。ババルンも、苦労してるんだろう。
マリアも、ラシャラと同じく、俺の後で険しい表情を浮かべてババルンを睨みつけている。
ユキネとランも難しい表情を浮かべ、何ともいえない重苦しい空気が漂っていた。
やはり、女子供受けは悪いようだ。
(ううぅ……ちょっと可哀想になってきた)
彼の名はババルン・メスト。職業はシトレイユ皇国宰相。
見た目で損をしている少し可哀想な、シトレイユで初めて出来た俺の男友達だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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