【Side:太老】
本日で三日目。相変わらず、俺とラシャラは二人きりでいた。
「太老、どうしたのじゃ? 浮かない顔をして」
「いや、このままでいいのかな? って」
「このまま?」
俺的には楽だし別にそれでも良いのだが、水穂達に仕事を任せたままで俺達だけ遊び呆けていていいのだろうか? と考えてしまう。
「……太老は、我と一緒では嫌なのか?」
「いや、そんな事ないよ? ラシャラちゃんといるの楽しいし」
しかし、そこは男の悲しい性。美少女にこんな風に言われれば、嫌などと言えるはずもない。
それに、ラシャラと一緒にいるように、と言い出したのは水穂だ。
きっと、何か意味があることなのだと言う事は理解出来ていた。
「今日はどこに行くのじゃ?」
「土産物は殆ど買い揃えたし、後はシトレイユの観光くらいしかないな」
「ならば、我が案内しよう! 太老はこの辺りの地理には疎かろう!」
「そうしてくれるなら助かるけど……」
水穂が何を企んでいるかは分からないが、間違いなく何か厄介事に違いない。
水穂が意味もなくこんな事をするとは思えないし、ラシャラの方もどこか様子がおかしかった。
真面目で仕事熱心なラシャラが、こう何日も公務や仕事を休んで俺と遊び呆けていると言うのに、全くそのことを気にしない、と言うのも不自然すぎる。
大方、そこにも水穂の入れ知恵が絡んでいるのだろうが、動きがあるとすればそろそろだろう、と予想していた。
【Side out】
異世界の伝道師 第127話『水穂の罠』
作者 193
【Side:水穂】
「ラシャラ様! 頑張ってください!」
「こうして見ると、お似合いのカップルですね。あんなに楽しそうなラシャラ様は初めてみました」
「コホン! あなた達」
『マーヤ様!?』
アンジェラとヴァネッサが、覗き見をしているところをマーヤに見つかり、叱られていた。
こうした光景も、そろそろ見慣れてきた。野次馬根性もあるのだろうが、彼女達なりにラシャラちゃんのことを心配しての行動だと分かっていたので、私は特にそのことを言及するつもりはなかった。
マーヤも説教をしてはいるが、本気で怒っていると言うよりその様子は呆れ半分、もう半分は――
「二人とも行ったみたいですね」
「水穂様!? 申し訳ありません、はしたないところをお見せしてしまって」
「ラシャラちゃんのことを心配してやったことなのでしょう? 私は気にしてませんよ……それに覗き見という意味ではもっと厄介な人を見てきてますから」
「はい?」
「いえ、何でも。どうぞ、お気になさらないでください」
マーヤの言葉に、私の脳裏にふと過ぎったのは、うちの母さんや瀬戸様の姿だ。
あの二人の覗き癖に比べたら、まだ彼女達の方が可愛げがあるように思えてくる。
実際、それを分かっていて楽しんでやっているのだから、あの二人は質が悪かった。
「ラシャラ様の件、改めて私からも御礼を言わせてください」
「私は特に何もしてませんよ? 寧ろ、そのラシャラちゃんを利用しようとしている立場の人間ですから」
「いえ、それでもラシャラ様に笑顔を与えてくださったのは水穂様と太老様だと、私は確信しています。長く皇宮にお仕えしていますが、ラシャラ様のあのような表情、私は今までに見たことがありません」
次期国皇――確かにたった一人の跡継ぎであれば、そうした英才教育を施されていても不思議ではない。特にシトレイユのような大国になれば、それは尚更だ。
しかし、ラシャラちゃんのそれは異常とも言えるほど、徹底された教育の上に成り立つ物のように思えてならなかった。
敢えて言うなら、彼女は子供らしくない。年相応の少女らしさ、子供らしさがそこにはなく、考え方や行動理念が理想の大人を思い描いたような不自然なカタチを描いていた。子供らしい感情を何一つ学ばないまま大人になったような、そんな不安定さと歪さを抱えているように、私の目には見える。
「……失礼ですが、やはりラシャラちゃんはご両親とは」
「母君と幼き頃に離れ離れになられ、皇も公務でお忙しくされていたこともあり、それ以来ずっとお一人で頑張っておられました。母君の分まで、そして次期国皇となるために、とそれは血の滲むような努力と苦労をされて」
「シトレイユの皇となるため……」
それは国の未来を想えば、確かに必要なことなのかもしれない。本当にラシャラちゃんがシトレイユの未来を考え、自身も立派な皇になりたいと頑張っているのなら、それでいいだろう。
しかし、私にはそれだけではないように思えてならなかった。
ラシャラ・アース――彼女の心の底にある本音。それを、もしかしたら太老くんなら聞き出すことが出来るかもしれない。
「失礼しました。不躾な質問をしてしまって」
「いえ、構いません。寧ろ、私は期待しているので」
「期待……ですか?」
「はい。あなたのような方や、太老様のような方が一緒にいてくだされば、ラシャラ様は変われる……いえ、失った自分を取り戻せるのではないかと」
「それは、今のラシャラちゃんではダメだと?」
「そうは言っていません。度量と知略、その全てに置いてラシャラ様は有能な皇となる資質をお持ちだと思います。しかし、有能な皇が優れた為政者とは限らない」
そう言うマーヤの感情の籠もった瞳は、ただの侍従と言うより子を想う母親の慈愛に満ちていた。
ずっと、ラシャラちゃんの傍にいて、その成長を見守ってきたマーヤ。
そのマーヤだからこそ、心配をして危惧していることの一つに、ラシャラちゃんの生い立ちや抱えている事情があるのだろう。
「買い被り過ぎかもしれませんよ?」
「その時は私の見る眼がなかった、と言うだけのことです。ですが、私は信じています。ラシャラ様のことを『家族』と仰ってくださった太老様の御言葉を――」
マーヤの言葉に思わず納得してしまっている自分がいた。
大国のお姫様、次の国皇になるかもしれない人物を相手に、『家族』なんて言葉を言えるのは太老くんらしい。
だけど、そんな太老くんだからこそ、マーヤは期待を寄せているのだろう。
今のラシャラちゃんに必要な物。それを本当に与えられるのは、私や彼女ではなく、太老くんのような存在なのかも知れないと、私も本気で考えていた。
「喜ぶべきところなのでしょうけど、本当に罪作りよね」
【Side out】
【Side:太老】
「ここは?」
「大きな儀式などで使用される遺跡じゃ。先史文明時代から残る遺跡で、シトレイユの観光名所の一つともなっておる。その昔は、聖機人の闘技場として使われていた、という説もある」
「ふーん、確かに歴史を感じさせる荘厳な趣の建物だね」
眩くきらめく太陽の下、青々と輝く湖へと延びる長い橋を渡ると、そこには口を開けた巨大な貝殻のような天井が見える古びた闘技場がポツンと湖の中心に建てられていた。
先史文明時代の遺跡と言う話だが、確かに歴史を感じさせる建物だ。
ラシャラの案内で、こうしてシトレイユの観光名所を一つずつ案内してもらっていた。
さすがに歴史ある大国と言うだけあって、名所と呼ばれる場所だけでも十や二十では済まない。首都近郊の物だけでも、一日やそこらで周れるほど甘くはなかった。
目星い物から順に案内してもらっているが、それでもこれで五箇所目。厳選したところで、今日一日で全部を周るのは不可能だろう。
「父皇が即位した時も、ここで戴冠式を執り行ったと聞く。我も、各国の諸侯に見守られる中、ここで戴冠式を迎えることになるじゃろう」
「そう聞くと、現実味を帯びてくるな。そうか、ここで戴冠式をね」
歴代の国皇が戴冠式を執り行ったという場所。確かに、そう聞くと、この場所の大切さと重みが感じられる。
ここがシトレイユの歴史上、重要な場所であることは間違いないだろう。
近い内、目の前の少女がここで戴冠式を執り行うかと思うと、何とも言えない不思議な感じだ。
「太老、我は良い国皇になれるじゃろうか?」
「……ラシャラちゃん?」
「時々、不安になるのじゃ。これでよいのか? 本当に間違っておらぬのか? 皇として我は相応しいのか? とな」
ラシャラの口から聞いた、初めての弱音とも言える言葉だった。
ここに来て、目の前に突きつけられた現実。この国の皇なるのだというプレッシャーに気圧されたのか、ラシャラは迷い苦しんでいた。
確かに、十一歳の少女が直面する問題としては大きすぎる。
俺でさえ、国がどうだの言われればピンと来ないのが普通だ。ただ、そんな俺でも、一つだけ言えることがあった。
「別に間違ってもいいんじゃないかな?」
「間違っていい?」
「皇様だからって、何もかも一人でやらないといけない訳じゃない。出来ることはあるし、出来ないことだってある。人間なんだから」
「しかし、それでは――」
「だからこそ、仲間がいるんじゃないかな? 助けてくれる友達が、信頼できる大切な人が。ラシャラちゃんの周りにも大勢そうした人達がいるでしょ? だから、一人であれこれ悩むのは間違いだと思う。前にも言ったろ? もっと甘えろって」
ラシャラは、やはり真面目すぎる。何でもかんでも自分だけで抱え込もうとして、無茶をするからそんな考えに至る。
重要なのは間違えないことではなくて、同じ過ちを繰り返さないこと、一人でウジウジと悩まないことだ。
俺なんて、バカなことばかりやって周囲に迷惑ばかり掛けている。俺のようになれ、と言う訳ではないが、もっと周りの皆を信頼して、甘えても良いのではないかと思っていた。
それでなくても、ラシャラはまだ幼い。経験が足りないのは当たり前、力が不足していて当然、何でも自分で出来ると思う方が危険だ。
「それに、皇として相応しいかは分からないけど、俺はラシャラちゃんの作る国を見てみたい。本気でそう思ってるよ」
「我の作る国……」
「そう、シトレイユ皇にも出来ない、これまでの誰でもない、ラシャラ・アースの作る国を俺は見てみたい」
はっきりとは言えないけど、有能な皇様が、民にとって優れた皇様だとは限らない。
しかし、ラシャラなら素晴らしい国を作れそうな、そんな予感が俺にはあった。
「焦ることはないよ。ゆっくり探していけばいい。無責任な話かも知れないけど、嫌なら皇様なんてやらなくたっていい。ラシャラちゃんの作った国を見てみたい、と言うのは俺の願いだけど、それが重荷になるようなら俺は無理に求めようとは思わないし」
不器用ながらも国のことを考え、本当にどうするべきか悩み、努力している彼女を立派だと思う。
大事なことは、ラシャラがどんな国を作りたいか。本当は何をしたいのか、それが一番重要なことだ。
言われたから、義務だからするのではなく、国皇になって何がしたいのか、それが一番大切なことだと俺は考えていた。
そしてその答えは、ラシャラの中にしかない。俺が答えを出すことは簡単だが、彼女が自分で考え、決めることが大切だ。
「でも、望んだって成れない人もいる。それだけは忘れないで欲しい。それに、キミの肩に全てを背負わせて見て見ぬ振りが出来るほど、薄情者ばかりではないよ、周囲の人達は。本当に悩み、どうしようもなく苦しんでいるのなら、頼ってくれていい。甘えてくれていい。俺達は仲間であり、友達であり、そして――ラシャラちゃんは俺にとって大切な『家族』なんだから」
商会の皆、それにマリアやラシャラ、皆のことを俺は仲間だと思っているし、『家族』だと思い信頼している。
それだけは、はっきりと言える、嘘じゃないと。
大勢の人達に助けられて、今の俺があるから、だから同じくらいその人達に恩返しをしたいと考えている。
それに何だかんだ言っても、美少女が泣いていて手も差し伸べられない、助けられない奴は男じゃない。
甘いと言われようとも、ご都合主義だとバカにされようとも、美少女が笑えない世界なんて俺はゴメンだ。そんな結末を認めるつもりは一切なかった。
だから、ラシャラが甘えてくれるのなら、本当に助けを求めているのなら、俺は何をしても彼女を助けてみせる。
「太老……我は……」
「あ、ごめん。ちょっとタンマ」
折角、良い雰囲気だったのに、邪魔者が入ったところで俺は溜め息を吐く。
闘技場を取り囲む複数の気配。案の定、ゾロゾロと兵隊と思しき連中が姿を現した。
「無粋な奴等だな。空気も読めないのか?」
正直、かなりイラッとしていたのだが、冷静に観察する。恐らくは、これが水穂の作戦なのだろう。
明らかに敵意を剥き出しにして、こちらに歩み、向かってくる兵隊達。
餌に釣られて、まんまと誘い出されてきたバカな獲物と言ったところだ。
(ってことは、やっぱり俺達が餌なんだな……)
水穂がラシャラを護衛しろ、と言った意味がようやく分かった。
ラシャラまで巻き込んだことに関して、少し納得が行かないところがあるが、確かにこれを見る限り、効果は抜群だったようだ。
「国賊、正木太老! 売国奴どもと連んで姫殿下を誑かし、この国を我が物にしようなど、見下げ果てた奴だ! ここで引導を渡してやる」
「ああ……そういう設定なのね」
兵隊達の後ろに隠れた、連中の代表を思しき貴族の男が、大義名分はこちらにある、と言った堂々とした様子で俺に向かってそう言った。所謂、俺はお姫様を拐かした悪党≠ニ言う訳だ。
何とも分かりやすい説明をしてくれて、反論する気も失せてくる。
「御主等、何を言って! 太老はっ!」
「ああ、いいよ。この手のバカに何を言っても無駄だから」
庇ってくれようとするラシャラを諫め、俺は悪党らしくニヤリと笑みを浮かべた。
水穂の計画に乗った訳ではないが、こいつ等を痛い目に遭わせることに、一切の躊躇いや抵抗感はなかった。
実のところ、半分は邪魔をされたことによる憂さ晴らしだったりするのだが、ここまで茶番に付き合ったのだ。そのくらいは許されるだろう。
「それじゃあ、お姫様を攫った悪党らしく……やらせてもらおうかな?」
悪党扱いするのであれば、精々それに乗ってやるだけのことだ。
奴等は知らない。鬼に喧嘩を売る、ということがどういうことかを。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m