【Side:水穂】

「あれは……」

 黄金の聖機人の背に浮かび上がる、光り輝く六枚三対の翼。

「光鷹翼……まさか、そんな」
「何やってんだよ!? 観客の避難は完了したぞ! あたし達も逃げないと――」

 目の前に広がる光景に、私は目を奪われていた。後からランの急かす声が聞こえるが、それどころの話ではない。
 あるはずもないモノが、そこに存在するはずのないモノが、確かに私の目の前にあった≠フだ。
 光鷹翼――樹雷の人間を始め、GPや海賊に至るまで、皇家の船や樹雷の事を知る者で、この名を知らぬ者はいない。
 皇家の船が『銀河最強の船』と、畏怖と畏敬の念を籠めて語られる理由の一つに、この光鷹翼の存在があった。
 攻防何れに置いても、絶大な力を発揮する超エネルギー力場。この光鷹翼を発生させる事が出来るのは皇家の船のみ。それも、光鷹翼を使えるのは第三世代の皇家の樹までと決まっている。単独での使用となれば、それは最低でも第二世代以上の力を有している事になる。

「どこに逃げても無駄よ。あれが本当に光鷹翼≠セとすれば、この聖地のどこにも……いえ、世界のどこにも逃げ場なんて存在しないわ」
「……光鷹翼? 一体何を言って」

 まだ力場が安定していなのか? 翼は決まったカタチを維持できず、ノイズが走るように時折、揺らめきを見せていた。
 だが不安定でも、あれが光鷹翼である可能性は高い。もしそうだった場合、どれだけ低く見積もって、この惑星を一撃で消滅させるほどの力を有している、という事になる。
 そんな事はまずないと思うが、今の太老くんがその気になれば、この惑星を消し去る事も簡単、という事だ。
 しかし何故、光鷹翼が発生したのか? 考えられる可能性を頭の中で検証してみるが、確証に至る答えが見つからない。
 亜法結界炉が暴走したからといって、光鷹翼が発生するなんて事は百パーセントありえない。だとすれば、別の原因があるという事になる。
 考えられるのは太老くんと……北斎小父様の皇家の樹『祭』の存在だ。

(でも、あれは第四世代……太老くんの力で第三世代相当に覚醒しているとしても、第三世代一本で光鷹翼を発生させる事は――)

 可能性の検証をしてみるが、やはり答えが出る事はなかった。
 一つだけはっきりとしている事は、この現象の中心に太老くんがいるという事だ。

(瀬戸様や鷲羽様が太老くんを重要視していた理由って、やっぱり……)

 ――西南くんの『不幸』や、九羅密家の『確率の天才』に匹敵するほどの確率変動値
 ――第四世代を覚醒させる解析不能な力。天樹に自在に入れる事からも、皇家の樹との親和性が非常に高い事が窺える
 ――そして最後に、本来であれば皇家の樹の力を借りなければ発現する事すら不可能な、光鷹翼を生み出す力

 何となくだが、裏が読めた気がした。
 詳しくは分からないが、太老くんの秘めている力。それは、『フラグメイカー』という言葉で言い表せる程度の力ではない。
 これらの現象には、必ず基となる原因が存在するはずだ。それこそが、あのお二人が太老くんを重要視する本当の理由。

「私がこちらに送られてきた理由も、そこに関係している、と考えた方がよさそうね」

 一見、ただ遊んでいる意味のない事をしているように見えて、あのお二人のする事には理由がある。
 たまに本当に遊んでいるだけの事もあるが、今回に限っては間違いなく、何らかの意図があって仕組んだ事だろう。

「――闘技場の舞台が!?」

 武舞台を見て、ランが驚愕した様子で叫んだ。
 太老くんの黄金の聖機人を中心に、武舞台が林立する柱と共に細かく分解され、圧縮されていく。
 周囲のエナを食らい尽くす勢いで暴走する亜法結界炉。
 その影響を受け、男性聖機師達の聖機人も金縛りを受けたように身動きが取れなくなり、

『た、助け――』
『嫌だ! 死にたくない!』

 羽をもがれた鳥のように地面に這いつくばり、逃げ場を失っていた。
 助けを乞う男性聖機師達の声が、地獄から天を見上げる亡者のように、阿鼻叫喚の様相を彷彿とさせる。
 今更、助けを求めても誰一人、彼等を助ける者などいない。いや、助けられる者など、この世界に存在しなかった。
 この先、これが原因となって、彼等が聖機師としての生命を絶たれる事になろうとも、それは全て彼等の自己責任。
 自業自得とも言えるその様子を見て、私は感情の籠もっていない冷たい表情を、奈落へと落ちていく彼等に向けていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第144話『光鷹翼』
作者 193






【Side:太老】

「ようやく止まってくれた……」

 黄金の聖機人の暴走が止まったのは、機体限界から組織の劣化が始まり、四肢が折れ、機体が地面に崩れ落ちてからの事だった。
 結局、背中に現れた月光蝶……いや光の翼か? あれが何なのか分からないままだ。
 考えられる可能性は、亜法結界炉の暴走により視認出来るほど高い濃度で集束されたエナが、偶然に翼のカタチを形成しただけ、と言う線だが……今一つ根拠としては薄い。
 一定のカタチを保つ事も出来ない不安定な状態ではあったが、確かにあれは見覚えのあるモノだった。

(やっぱり、あれって光鷹翼なのかな?)

 右手の薬指にした、祭のキーともなっている指輪を見る。
 あの光の翼が『光鷹翼』ならば説明が付くのだが、今度は何故、光鷹翼が発現したのかが分からない。
 祭は第四世代だという話だし、第四世代の皇家の樹が光鷹翼を発現させたなんて話は聞いた事がない。
 第一、マスターでもない俺が、そこまで皇家の樹の力を引き出せたなど、考えられない話だ。
 一体全体、何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。

「しかし、これ……どうしようか?」

 俺の立っている場所を除き、先程まで武舞台のあった場所には何もない。
 高くそびえ立っていた林立する柱も綺麗になくなっており、先程まで武舞台のあった場所には、底の見えない暗い穴が広がっていた。
 何処まで通じているのか分からない、地獄にまで繋がっているのではないか、と思えるほどの大穴だ。

「……ダグマイア達、生きてるかな?」

 どうする事も出来ず、見ている事しか出来なかったが、泣き叫びながらこの穴に落ちていく、彼等の聖機人の姿を見ていた。
 こんな、どこまで続いているか分からない穴に真っ逆さまだった事を考えると、聖機人に乗っているとはいえ、五体満足でいられるとは思えない。
 下手をすれば、聖機人ごと潰れて即死。そうでないとしても、早急に救助に向かわなくては、命に関わる問題だ。
 俺の聖機人の暴走が引き起こした大惨事だけに、ここで彼等に死なれるのは色々と寝覚めが悪かった。
 とはいえ、俺の聖機人は既に使い物にならない状態だ。彼等を助けに行こうにも、さすがに生身でこの穴に降りる事は出来ない。

「太老くん、無事?」
「あ、水穂さん、俺は問題ないです。怪我一つしてないし。それよりも悪いんですけど、連中がこの下に落ちちゃったみたいで、助けに行きたいんですけど」
「太老くん、あなた……」
「やっぱり、聖機人で行った方がいいのかな? でも、俺の聖機人、使い物にならないんで――」
「大丈夫よ。心配しなくても、既に救出隊の編制に入ってるわ」

 さすがは水穂だ。心配して駆け寄ってきてくれたかと思えば、既に手配済みだったらしい。
 しかし、どうしようもない奴等ではあるが、さすがにこうなってしまった後では、少し可哀想な気もする。
 トラウマになってなければいいが、不可抗力とは言っても、やり過ぎてしまった感が否めないので、少々悪い気がしていた。
 以前から、あの黄金の聖機人は、『危ない危ない』と思っていたが、少し張り切って出力を上げただけで暴走するとは……本当に危険なロボットだ。
 聖機師である以上、『乗らない』と言う訳にはいかないが、出来るだけ自重しようと心に決めた。
 さすがにこの惨状を見た後では、そう思わざる得ない。

「太老くんは寮で休んでいてくれる? 彼等の捜索は私達がやるから――」
「いや、俺にも手伝わせてください。こうなってしまった責任は取りたいので。それに、寮でじっとしてても気になって仕方ないですし」
「太老くん……そうね、お願いするわ。太老くんは、格納庫で聖機人を受け取って、タチコマ達と一緒に穴の底の調査をお願い出来るかしら?」
「了解、水穂さん。迷惑を掛けるけど、よろしくお願いします」

 救出活動くらいであれば、聖機人に乗ったところで、こんな惨事にはならないだろう。
 一先ず、水穂の言うとおり急ぎ、男性聖機師達の救出に向かう事にした。

【Side out】





【Side:水穂】

「水穂様、救出隊の編制終わりました。学院からも、救出に聖機人を何体か回してくれるそうです」
「……そう」
「水穂様? どうかされたのですか?」
「いえ、何でもないわ。直ぐに救出に向かいましょう。太老様も、聖機人で穴の底に潜行してくださるはずよ。医療部は、このまま闘技場前に待機。救出された人達から順に応急手当を済ませ、寮に運んで治療に掛かって頂戴」
「了解しました」

 不測の事態にも直ぐに対応出来るように訓練していた事もあり、メイド隊に所属する侍従達の行動は迅速だった。
 ここにきて、部署分けをした成果が出て来ているようだ。これなら私がいなくても、今の彼女達なら問題なくやっていけるだろう。
 とはいえ、太老くんのさばさばとした態度に、私は冷水を浴びせられたかのような気分だった。
 先程まで、男性聖機師達に向けていた怒りも、殺意も、全てどこかに吹き飛んでしまったかのようだ。
 これで全てを許した訳ではないが、太老くんがあの調子なのに、私が話を蒸し返すような真似は出来ない。

「でも、ある意味で太老くんらしいわね」

 罠に掛けられ、下手をしたら殺されていたかもしれない、というのに彼の態度は一貫して変わらなかった。
 時折、大切なモノ、目的のためであれば、氷のように冷たい冷酷さを見せる事があるが、元来の彼は争いを好む性格ではない。
 今回はあくまで、前座試合ということで受けた戦い。彼にとって、これはあくまで試合であり、最初から男性聖機師達の命まで奪うつもりで試合に臨んだ訳ではなかった。例え、その事で命を奪われ掛けたとしても――
 甘い、と言ってしまえばそれまでだが、逆を言えばその甘さが彼の強さだとも思う。
 私は、その太老くんの優しさに救われた一人だからこそ、その事を一番よく分かっていた。

「彼等も、今回は救われたわね。太老くんに」

 樹雷やアカデミーほど充実した設備が整っている訳ではないが、生きてさえいれば、どんな事をしてでも蘇生してみせる。そのための準備はしてきたつもりだ。
 彼が、『助ける』と言った以上、その願いを叶えるのも私の、いや彼に仕える私達の務めだ。
 太老くんの命を危険に晒し、障害になるようであれば、私はどんな手を使ってでも彼等を消すつもりでいた。
 しかし、太老くんが『助ける』と言った相手を、私は殺す事が出来ない。
 彼等がそれを理解する事はないかもしれないが、これだけでも二度、彼等は太老くんに命を救われたのだ。

「だけど、次はないわ……今度、同じ事があれば」

 その時は、私は自分を抑えられる自信がない。太老くんと彼等、その両方を天秤に掛ければ、私は迷わず太老くんを取る。
 亜法結界炉の暴走。聖機人の限界を超えて放出されるエナの光。そして、発現した光鷹翼。
 全て、理解も解析も追いつかない未知の現象だ。瀬戸様や鷲羽様が太老くんを重要視し、且つ自分達の監視下に置いていた理由。それを知った今となっては、余計に太老くんを危険に晒す訳にはいかなくなった。
 太老くんの力は危険すぎる。今回は事なきを得たが、次も無事に済むとは限らない。最悪の場合、世界の崩壊へと繋がりかねないほど大きく、危険な力。彼の性格を考えれば、そんな事にはならない、と考えたいが、今回のように暴走した場合、『絶対』と言い切れる自信はない。
 私も、太老くんへの評価を見つめ直し、自身の考えを改め直す必要がありそうだ。

『水穂様、太老様とタチコマから『穴の底でコクーンを発見した』との報告が入りました。重傷を負っている方もいますが、全員無事なようです。落下途中でコクーン状態に戻った事が幸いだったようですね。聖機人のまま落ちていたら、固い岩盤に叩き付けられ、聖機人諸共、命はなかったと思います』

 これも悪運というのだろうか?
 太老くんの聖機人が周囲のエナを食い尽くした事により、亜法結界炉の作動に必要なエナを確保出来なかった事が原因となり、穴に落下する前にコクーンへと戻った事が彼等の生死を分けたようだ。
 結果、聖機人の周囲を覆っているコクーンジェルが、落下時の衝撃を和らげ、緩衝材の役割を果たしたのだろう。
 本当に運がいい。いや、これも太老くんの確率変動のお陰なのかもしれないが……実際のところは分からない。

「でも、これで太老くんが余計な重荷を背負わなくて済む……」

 今は、それが不幸中の幸いだと、思わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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