【Side:キャイア】

 前座試合による武舞台の崩壊。闘技場が使えない事や、出場選手が全員、太老様の黄金の聖機人を恐れ棄権した事で、武術大会は中止となった。
 表向きは中止という事だが、事実上、太老様の優勝といっても間違いではない。
 少なくとも、あの試合を見ていた学院に通う生徒達の多くは、そう思っていた。
 それだけ、あの黄金の聖機人の力は、私達の想像を遙かに超え、圧倒的なモノだったからだ。

『御主から連絡してくるとは珍しいの。式典前には、こちらに戻ってくるのであろう?』
「はい。ですが、その前にどうしてもお聞きしておきたい事がありまして……」
『ふむ……エメラ、いやダグマイアの事か?』
「――!?」

 図星をつかれ、私は動揺を隠しきれず、通信の向こうにいるラシャラ様を見て、目を大きく見開いた。
 通信機から浮かび上がる立体映像のラシャラ様は、そんな私を見て、予想通りといった様子で笑みを溢す。

『やはり、図星じゃったか。御主から連絡してくるとなれば、そのくらいしかないとは思っておったがな』
「あの……」
『構わぬ。御主とダグマイアは古い馴染みじゃしな。それに、御主の気持ちを考えれば、気になるのも仕方のない事じゃ』
「う、それは……」
『どうせ、ダグマイアに直接聞く事が出来なくて、我に連絡してきたのじゃろう? 別にその事を責めてなどおらぬが、もう少し自分に正直になってもよかろう』

 ラシャラ様は、とても十二になられたばかりとは思えない眼力と、鋭さを持ち合わせている。
 それに、以前にも増して皇としての貫禄がついてきたようで、その堂々とした立ち居振る舞いは、一国の元首に相応しい貫禄を備えていた。
 私の考えなど、ラシャラ様にはお見通しなのだろう。しかし――

「それが、どういう意味か……お分かりなのですか?」
『当然じゃ。じゃが、正直になる事と、責任を果たす事は違うぞ? 決断するべき時に迷う事も、それは時として罪になるのじゃ。それだけは努々忘れぬ事じゃ』

 ラシャラ様の言葉が胸に突き刺さる。
 だが、聖機師の義務と責任、そしてダグマイアがメスト家の嫡子であるという事、私がラシャラ様の護衛機師であるという壁が、どうしようもなく私の前に立ち塞がる。
 ラシャラ様の言うように、自分の気持ちに正直になれれば、どれだけ楽か分からない。

『それよりも、この指輪をどう思う? マリアと一緒というのが少々気に食わぬが、太老がプレゼントしてくれたのじゃ』

 婚約指輪だろうか? ラシャラ様が戴冠式と時を同じくして、太老様と婚約なされるという話は聞いている。
 ラシャラ様の左手の薬指には、不思議な輝きを放つ石がついた木製の指輪が嵌められていた。

「はあ……似合っていると思いますが、それよりも先程の話を」
『……相変わらず真面目というか、融通が利かぬの。このくらいの話、笑って流せるようにならぬと、結婚相手にも逃げられてしまうぞ』
「ですから、それは――」
『エメラなら先日の事件の首謀者として処罰され、聖機師の称号を剥奪、国外追放が宣告された。学院を退学になったのじゃ、その辺りの事情は分かっておろう』
「ですが、彼女がそんな事を……」
『その事は我の口からは何も言えん。聞きたければ、それこそダグマイアにでも直接聞けばよかろう。結局、御主は何がしたいのじゃ? 恋敵のエメラはいなくなった。今なら失意の底にあるダグマイアを慰め、振り向かせる事も出来るやもしれぬぞ?』
「ラシャラ様!?」

 こんな時に、冗談でも言って良い事と悪い事がある。私はラシャラ様の言葉に激しい憤りを感じ、声を荒らげた。
 エメラが学院を退学になった、と言う話は既に学院中の噂となっている。
 その理由は学院側から何の説明もなされていないが、タイミングが良すぎた事もあり、生徒達の多くは前座試合と関連付けて考えている者も少なくなかった。
 関係者の男性聖機師達が罰を受け、そしてその後直ぐにエメラが捕らえられ、退学処分を言い渡されたのだ。生徒達が疑いを抱くのも無理はない。
 エメラのダグマイアへの気持ちは、女生徒達の間でも気付いている者は多い。彼女のダグマイアへの献身的な尽くし方を見ていれば、余程鈍い者でない限り気付きそうなものだからだ。

 その上で、今回のエメラの退学だ。
 エメラが事件の前座試合を仕組んだ首謀者だったとする説や、ダグマイアを庇って退学になったとする説、様々な憶測が生徒達の間で飛び交っていた。
 私にはそんな話、どちらも信じられない。いや、信じたくはなかったのかもしれない。

 ――あのエメラが逆恨みから太老様を貶めようとした
 ――ダグマイアが、そんな大それた計画を企てていた

 など、どちらも考えたくはなかった。

『ふん、そういうところじゃ。御主に足らぬモノは――確かにエメラはバカじゃったが、我からみれば少なくとも、今の御主よりもエメラの方がマシに見えるぞ? あ奴はそれがどんな答えであれ、自分で考え決断した。褒められたやり方ではなかったかもしれぬが、我は先送りせず決断したエメラの行動を評価しておる』
「ですが私はラシャラ様の護衛機師です! 彼は――」
『メスト家の嫡子か? 最後に一つだけ忠告しておくぞ。誰かを言い訳にするでない。答えは御主の中にしかないのじゃからな』
「――ラシャラ様!?」

 そう言い残し、ラシャラ様との通信は途絶えてしまった。
 呆れられてしまったのだろうか? しかし、どうして良いのかが分からない。
 ラシャラ様に言われた言葉、エメラの取った行動、そしてダグマイアが隠している事――
 答えが出ない思考の迷路を、私は延々と彷徨い続けていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第148話『新たな異世界人』(第壱期/終)
作者 193






「目が覚めましたか?」
「ここは……」
「船の中です。今は、グウィンデルに向かっているところですよ」

 少年は、船室のベッドで目を覚ました。
 寝起きで頭がまだ少しぼーっとしているのか? 自分が置かれている状況が今一つはっきりとせず、女性の言葉に首を傾げる。
 船、グウィンデル、それらの単語を頭に描いても、今一つピンとくるモノはなかった。

「よかった、熱も下がったようですね」
「えっと……」
「あら、ごめんなさい。この地方特有の風土病に掛かって、一晩うなされていたんですよ。覚えていませんか?」
「あ……そういえば」

 女性の言葉に段々と昨晩までの事が、少年の脳裏に思い出される。



 ***

 少年が、この何処とも知れぬ世界に飛ばされて来たのは一ヶ月前の事。『召喚の遺跡』と呼ばれる見た事も聞いた事もない場所で目覚めた後、仮面を付けた横柄な態度の男達に彼は拾われた。
 その後、景色も分からず、そこが何処かも分からない地下施設で聖機人の操縦訓練を受けさせられ、彼等の言う検査や実験というモノにも付き合わされた。
 少年がその男達の言いなりになっていたのは、見知らぬ異世界に放り出され行き場がなかった事と、その男達が少年の事を『異世界人』と呼んだ事にあった。

 ――元の世界に帰りたい

 逃げ出す事は簡単だったが、そうしたとしても異世界に知り合いなど居るはずもなく、ここが何処とも知れぬ状況では元の世界に帰る手段を探す事もままならない。
 ましてや、仮面の男達の様子から察するに、少年は自分が『異世界人』である事の特異性、重要性は理解していた。
 その事から考えても、逃げれば確実に追っ手が差し向けられる事は必定。闇雲に逃げながらでは行動範囲が狭まり、更に身動きが取り辛くなる。そう考えた少年は、まずはこの世界の事をよく知る事、そして帰る手立てを探るため、男達の言葉に従うフリをする事にした。
 事実、男達は少年に言った。『素直に協力してさえいれば、元の世界に帰してやる』と――
 それが本当かどうかを知る術は少年にはなかったが、何の手掛かりもない以上、男達の言葉に従う以外に選択肢はなかった。
 だが、そんな時だ。この女性と少年が出会ったのは――

「あなたが召喚されたという異世界人ですね。正木太老――この名前に聞き覚えは?」

 その名前を聞いた時、少年は驚きを隠せなかった。
 二年ほど前に忽然と姿を消し、家族からは『高校に通うために上京した』とだけ聞かされていた、親戚の青年の名前だった。
 本当の家族のように一緒に育ち、野山を駆けて遊んだり、祖父から習っていた剣術の兄弟子で、少年もよく知る人物。
 それがまさか、こんな異世界で、その名前を耳にする事になるとは思いもしなかっただけに、少年の驚きは大きかった。

「その様子では、ご存じのようですね」
「……太老兄(たろうにい)も、ここにいるんですか?」
「その答えを知りたければ、私にご同行願えますか? ここにいるよりはずっと、あなたの願いに叶った場所に、ご案内出来ると思いますよ」

 少年は少し思案したが、『正木太老』という元の世界に繋がる唯一の希望に、帰る望みを託してみる事にした。
 目の前の女性の事を信用した訳ではないが、ここにいる顔を隠した男達よりは信用できる、そう感じたからだ。
 少なくとも、男達が教えてくれなかった情報を彼女は持ってきてくれた。
 それだけでも、ここでじっとしているよりは、僅かでも元の世界に繋がる手掛かりを自分の目で確かめてみたい、という思いが強かった。

 ***



 そして、今に至る――

「思い出されましたか?」
「あ、はい。助けてくれたのに、すみませんでした」

 彼女の手引きで船に乗り込んだところまではよかったが、その後、直ぐに少年はエナの海特有の病気『ロデシアトレ』を発病した。
 異世界人である彼は高地の人間同様、エナの海に対する免疫が弱い。本来であれば、こちらの世界に召喚されて直ぐに予防接種を打っていれば発病する事もなかったのかもしれないが、彼にはそうした最低限の人間らしい扱いすら与えられていなかった。
 食事は与えられるモノの、他には何も、着替えすら与えられず、風呂にも入れてもらえない有様だったからだ。

「それよりも……仮にもレディの前ですし、前くらいは隠された方がよろしいと思いますよ?」
「え――!?」

 少年は毛布一枚で、自分が何も身に付けていない事にようやく気がついた。
 着ていた衣服は見当たらず、よく見れば長い間風呂に入っていなかったにも拘わらず、身体からは甘い石鹸の香りが立ち上っていた。

「随分と汚れていましたので、服は洗濯しておきました。後、身体の方も汗と泥まみれでしたので、勝手ながら寝ている間に……」
「ええっ!?」
「大丈夫ですよ。見ていませんから……チラッとしか」
「いや、見てるじゃないですか!?」

 少年は自分が気を失っている間に見られた、と思うと気恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして叫んでしまった。
 女性から洗濯の終わった衣服を受け取り、毛布で身体を隠しながら器用に着替える。
 そんな少年の事を、女性は微笑ましそうに眺めていた。

「……さっきは取り乱してしまって、すみませんでした。ずっと看病してくれてたんですよね?」
「お気になさらないでください。念のため、ロデシアトレに効く薬草は持参していたので。何となく、こうなるような予感はしていましたし」

 気にするな、と微笑む女性の言葉に、少年はこちらにきて初めての安堵感に包まれていた。
 何か理由と目的があって、目の前の女性が接触してきた事は分かっていたが、少なくとも悪い人ではない、と思えたからだ。
 それに、こうして命を助けてもらった恩もある。

「それで、これから何処に行くんですか? 太老兄の事を教えてくれる、って言ってましたけど」
「その話は、これから向かう先の……私がお仕えしている御方が、全て説明してくださるはずです」
「……グウィンデル」
「はい。あなたが先程までいた国はシトレイユ皇国と言って、この世界で『最大の大国』と呼ばれている国です。今向かっているグウィンデルは小国ではありますが、ハヴォニワ、シトレイユといった大国との結びつきも強く、自然が豊富で経済的にも豊かな国ですよ」
「そこにいる方が、太老兄の事を知ってるんですね?」
「実際には誰でも知ってるというか……いえ、そうですね。色々と問題のある方ですが、とても素晴らしい方ですよ。とにかくお会い頂ければ、太老様の事も、この世界の事も、全てお分かりになるかと」

 何だか歯切れの悪い女性の話に訝しいものを感じながらも、少年は他に手掛かりもないので、女性の言葉に素直に従う事にした。
 少なくとも、その人物に会ってみれば、何らかの進展がある事は間違いない。
 それに、少年は思う。助けてもらった恩もある。目の前の彼女にもそうだが、彼女にあそこから連れ出すように、と指示したその人物とも直接会って話がしてみたかった。
 明らかに、向こうも思惑があって接触して来た事は確かだ。しかし、『ちゃんと助けてもらった御礼がしたい』――こんな状況でもそんな事を考えるのは、少年が多少の物事には動じないほど剛胆で、人一倍律儀で、お人好しな証明でもあった。
 逆を返せば、あの『家族』に『太老兄』と慕う人物の影響で、このくらいのアクシデントや理不尽には慣れていたから、とも言える。

「柾木剣士です。これから、よろしくお願いします」

 そんな少年の突然の自己紹介に、女性は少し驚いた様子で目を丸くするが、直ぐに笑顔になり、その差し出された手を握り返した。
 柾木剣士――水穂と同じく、柾木家に名を連ねる者。それが少年の名だった。

「ああ、もう可愛い! ゴールド様には、勿体ないくらい!」
「え、ええっ!?」

 突然、ギュッと女性に抱きしめられ、その豊満な胸に顔を押しつけられる剣士。
 名も知れぬその女性の気が済むまで、剣士は甘い香りと息苦しさに耐えながら、されるがまま胸に顔を埋めていた。
 そう、この先、過酷な運命が待ち受けているとも知らず――





【Side:ババルン】

「あの異世界人の少年が拉致された?」
『はい、手引きしたのは恐らく……』
「ふん、あの女狐め。やはり、大人しくはしておらぬか」

 軍の施設からの連絡を受け、『柾木剣士』と名乗る少年が行方を眩ました、と言う報告を聞いて、直ぐに大体の事情を察する事が出来た。
 少年が行方を眩ました頃、時を同じくして皇宮に勤めていた侍従が数名、それと同時に行方を眩ませていたからだ。
 裏を取るまでもなく、誰の仕業かなど考えるまでもない。
 皇族派、宰相派と呼ばれる貴族達の他に、今も潜伏し、根強く残っている勢力がシトレイユには存在する。
 貴族から、城や皇宮に勤める使用人、軍人に至まで、未だに強い影響力を持った人物。今は国を捨て、祖国に亡命しているはずのラシャラの母親――元シトレイユ皇妃、ゴールドだ。

『如何致しましょう? 直ぐに追っ手を――』
「構わん、異世界人の少年一人くらい放っておけ。それに、少年とはいえ、あの『マサキ』の名を持つ者だ。奴の関係者である可能性が高い以上、迂闊な行動を取れば手痛いしっぺ返しを食らいかねん。それよりも、決して計画を気取られぬよう、再度、人選の洗い出しをしておけ。飼い犬が彷徨いているようだ」
『了解しました』

 今回、柾木剣士を手引きしたと思われる侍従達も、あの女の息の掛かった者達である事は疑いようがない。
 こうも容易く情報が流出した事からも、思った以上に深いところにまで入り込まれている事が分かった。
 さすがは、シトレイユを大国にまで押し上げるに至った土壌を作り上げた女。その知略と才覚、影響力は一向に衰えてないとみえる。
 しかし、あの女が動いたとなると、そう悠長に事を構えておられぬ。多少強引にでも、計画を進めざる得ない時期に入っている、と考えた。

「だが、ここまできて……誰にも邪魔はさせぬ」

 全ては『ガイア』復活のため。計画は既に動き始めているのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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