【Side:黒子】
「ヒィッ! こ、殺さないでくれ!」
「五月蝿いですわよ?」
仲間を倒され、へっぴり腰で逃げようとする男の衣服に、空間移動で鉄矢を放ち、ブロック壁に縫い付けるように拘束する。
太老達と分かれて、そろそろ一時間半。リストの中に当たりと思しき場所はなかった。
「これで……四件目ですわね」
待ち合わせの時間を考えても、残り時間で回れるのは精々後一件と言ったところだろう。
ポケットに忍ばせていた手錠を取り出し、男達を拘束して警備員に連絡する。
電話越しに『五分ほどで到着する』との返事をもらい、暫しリストと睨み合いながら次の目標を定める。
「それにしても多いですわね……」
幻想御手など、元々、都市伝説に毛の生えたような噂だ。太老の情報がなければ、わたくしとて信じることは出来なかっただろう。
しかし、実際に書庫のデータと能力のレベルが噛み合わず、その果てに昏睡状態になっている者が出ているとなれば、捜査をしない訳にはいかない。意識不明者が増えている以上、これが学園都市中に広まれば、大変な事態へと発展する可能性があるからだ。
現に、その兆候は見えている。昏睡状態になった者は介旅初矢を含め、今週に入って確認が取れているものだけで既に百名以上。この様子では、まだまだ潜伏患者がいると見て、間違いないだろう。
初春がネットの情報を基に調べ上げた、幻想御手の取引現場のリストによれば、ある程度可能性が高い物だけで数十件。疑わしい物を含めれば、軽く百件を越す膨大なデータだ。
件数は多いが、この中に幻想御手に繋がる情報は必ずあるはず。今は初春の情報を信じて、地道に足で稼ぐしかない。
「ご苦労様です。後はこちらで引き継ぎます」
「よろしく、お願いしますわ」
到着した警備員に捕縛した不良達を引き渡し、次の現場へと向かう。
太老達の方はどうだろうか? あの木原という男が素直に協力してくれるとは未だに思えないが、以前にこっ酷くやられたこともあってか、太老のことを苦手としているようだし、今のところは心配いらないだろう。
今は猫の手も借りたい、というのは実のところ本音だ。彼は猫というより犬だが、噛み付いてさえ来ないのであれば、今は太老の言うとおり、協力してもらうのが得策とも思える。
「愚痴を言っても始まりませんが、こう事件が立て続けに起こりますと、上に文句の一つも言いたくなりますわね」
警備員も例の一件に掛かりきりで人手不足。風紀委員もその煽りを受けて慢性的な人手不足に悩まされている。
本来ならありえない、候補生まで手伝いに借り出される始末だ。
よって、応援は期待できない。
わたくしや初春が休みを返上して、幻想御手を二人だけで追い掛けているのも、そのためだ。
今のところ、意識不明患者と幻想御手を結びつける確証は何も得られていない。
この状況では無理を言って、他の支部に応援を要請することも出来ない。
太老が手を貸してくれるだけ、まだマシというものだ。
捜査協力を申し出るにしても、せめて物証となるものを見つけなくては、どうにもならない。
幻想御手、その現物が手に入りさえすれば――
「――やめなさいよ!」
(あれは――)
現場に到着してみると、思わぬ人物に遭遇した。
三人のガラの悪い不良達に、囲まれている少女。その後には頭を抱え蹲っている青年の姿が見える。
佐天涙子――第七学区立柵川中学一年、初春の親友の少女だ。そして、わたくしの友人でもある。
「ガキが生意気言うじゃねーか。何の力もない非力な奴にゴチャゴチャ指図する権利はねーんだよ」
灰髪の男は恫喝し、体を震わせながらも、勇気を振り絞って懸命に後の男性を庇おうと、立ち塞がる佐天さんの頭を鷲掴みにする。
正直、胸糞が悪くなる、最悪な気分だった。
「貰い物の力を自分の実力と勘違いしているあなた方に、彼女を笑う資格はありませんわ」
「あ?」
わたくしに気付き、こちらを振り返る不良達。
会いたくもない人物に真昼間から出会い、挙句には、ここまで苦労して当たった情報は全てスカ。
しかも、最後の現場に訪れてみれば、大切な友人が暴行されていた――となれば、わたくしの我慢も限界だ。
「風紀委員ですの。暴行傷害の現行犯で、拘束します」
運の悪いことに、今のわたくしには手加減≠ネど、一切出来そうもない。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第24話『警戒信号』
作者 193
【Side:太老】
待ち合わせの時間から、既に五分も過ぎている。少し遅くなってしまった。
と言うのも、渡された資料を基に現場に赴いてみれば、その行く先々で想定外の数の不良達に遭遇することになったからだ。
追加残業した気分だ。まあ、そのお陰で幻想御手の現物と、これの入手ルートの情報も手に入ったので、待ち合わせの時間に遅れたからといって、黒子に怒られるようなことはないだろう。
幻想御手が曲だということは曖昧だが覚えていた。しかし、まさかネットを通じて配信されていたとは――これだけ広まるはずだ。
ネットで現物を入手した連中が噂を利用して、こうやって小遣い稼ぎをしていた、と言うことらしい。
「はあ? 黒子が戻ってきてない?」
「どうせ、どっかで道草でも食ってんだろ? ……てか、この数は何だ?」
木原が見ているのは、黒子に返す資料。そこには、俺がチェックした犯罪者の確保数と解決した事件の数が記されていた。
最近、一日に遭遇する事件の数が多すぎて、二時間で遭遇した事件数十二回、確保した犯罪者の数三十五名というのは、多いのか少ないのか分からなくなっていた。
二時間に十二回ということは十分に一回と言う割合だが、事件に事件が呼ばれて犯罪者の数が倍増していることもあるので、実際にはそれほど間髪要れずと言う訳ではない。
それでも、十分に不運≠セといえるレベルではあると思う。
「……オマエ、本当に人間か?」
木原の失礼な発言は取り敢えず放っておくとしても、黒子が時間に遅れるなんて珍しい、滅多にないことだ。
「木原、携帯持ってるか?」
「ん、ああ」
「ちょっと貸してくれ」
――厄介な事件に巻き込まれていなければいいが
俺は念のため、木原から携帯電話を借り、黒子に電話してみる。
トゥルル、と何度もコールするが、留守番サービスに繋がるばかりで、黒子は一向に電話に出ない。
「……胸騒ぎがする」
胸の辺りが酷くザワつき、嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
それは予感、というよりも直感に近い感覚だった。
――黒子の身に、何かよくないことが起こっている
そう、俺の勘が告げていた。
「木原、お前は黒子が戻って来るかも知れないから、ここで待っていてくれ」
「はあ? 何で、俺がそんなことを――」
「勘違いするなよ? これは、お願いじゃなく命令≠セ」
珍しく焦っていたのかも知れない。
こんな嫌な感覚に襲われたのは、こちらの世界に来てからは始めてのことだ。
命令口調で恫喝するように木原を制し、無理矢理にでもその場に押し止めようとする。
「チッ! 仕方ねェな。一時間だ、それ以上は待ってやらねェからな」
「感謝する。後でメシくらいは奢ってやるよ」
面倒臭そうに頭をカリカリと掻きながらも、そう言って首を縦に振る木原。
こんな頼みに素直に応じてくれたのは、冗談などでなく、俺が本気で焦っていることに気付いたからだろう。
空気の読めない奴だが、勘の悪い奴じゃない。
「行ってくる」
木原に携帯電話を返し、俺は直ぐ様、地を蹴って黒子の元に向かう。
黒子の担当捜索範囲は半径凡そ五キロ。それほど広い範囲ではない。
その中で範囲内にある予測ポイントは全部で七箇所。全力で捜索に当たれば、三十分と掛からずに俺なら全ての箇所を回れるはずだ。
(――ただの気の所為であってくれ!)
間違いなら、それでいい。勘が外れていることを、今は一番に願っていた。
【Side out】
【Side:佐天】
あっと言う間に三人の能力者の内、二人を倒してしまった白井さん。
一人目は、詰め寄ってきたところを空間移動で宙に転移させ、地面に叩きつけることで意識を刈り取った。
二人目は、一人目がやられたことで頭にきたのか? 念動力を使い、鉄パイプや鉄柱などの建築資材を浮かせ、白井さん目掛けて投げ飛ばした。しかし、空間移動で難なく鉄柱を回避した白井さんに、目の前まで一瞬で距離を詰められ、手に持っていた鞄の一撃で昏倒させられてしまった。
(やっぱり、白井さんは凄い!)
あれだけの鉄柱を難なく浮かせたところを見ると、少なく見積もっても相手は強能力以上の能力者なのに、全く相手にならない。
こうやって、白井さんの戦うところを間近で目にするのは初めてのことだが、初春がいつも自慢するだけのことはある。
大能力者の活躍を直に目にし、能力者の凄さを思い知った感じがした。
「白井さん――後!」
「――!?」
危なかった。私の声に反応して、どうにか男の放った蹴りを、鞄で防御する白井さん。
最後の一人、黒のタンクトップに灰色の髪をした男。どう言う訳か、白井さんは彼の動きに付いて行けていないようだ。
幾ら攻撃を繰り返しても、白井さんの攻撃は宙を切るばかり。逆に男の攻撃は、的確に白井さんの動きを捉えている。
白井さんの表情からは先程までの余裕は消え、焦りと苦痛から苦悶の表情が浮かび上がっていた。
尚も、ナイフを片手に詰め寄る男。
「なっ――また!」
「どこ、狙ってんだ?」
先程までの有利な戦況から一変して、白井さんの防戦一方となっていた。
もう、彼此、十分くらい逃げ回っているだろうか?
何とか空間移動を使って攻撃をかわし続けているが、何度かナイフが掠り、制服は所々裂け、息も上がってきている。
白井さんを助けたい、そうは思っていても無能力者の私では立ち入れる戦いじゃない。
――ただ見ていることしか出来ず、脅えて、震えていることしか出来ない
――守ってもらうことしか出来ず、友達が傷ついているのに何一つ力になれない
様々な心の葛藤が、私の中で渦巻いていく。
(……私が無謀なことをしたから?)
本当は、後にいる彼のことも、助けに入るつもりなどなかった。
私は、ただの一般人。白井さんのように凄い力もないし、何の能力も持たない無能力者だ。
きっと助けに出ても、私では何も出来ない、ということは分かっていた……つもりだった。
でも、助けを呼ぶ声がして、私には何も出来ないことが分かっていても、見て見ぬ振りをすることが出来なかった。
だけど結局、そんなことをしても何の解決にもならない。白井さんに助けてもらわなかったら、私も酷い目に遭わされていた。
「――くはっ!」
遂に白井さんは、灰髪の男の強力な蹴りを脇腹に受けた。
――ガシャアン、とガラスの割れる大きな音が、建物に反響して木霊す。
廃墟と化したビルの一階部分はテナントスペースになっていて、全面がガラス張りになっていた。
そのガラスを突き破り、そのまま廃ビルの中に弾き飛ばされる白井さん。
「カカッ! 今のでアバラが何本か逝ったかな?」
灰髪の男の挑発に乗らず、そのまま形勢を立て直そうと考えてか、廃ビルの中に逃げ込む白井さん。
下卑た笑い声を浮かべ、その後を追う灰髪の男。
白井さんが危険な状態に追い詰められていることは、素人の私にも簡単に推察することが出来た。
「このままじゃ、白井さんが――」
「駄目だよ……僕達じゃ何も出来ない。今の内に逃げよう」
さっき助けた青年の言葉が信じられなかった。
私達を助けるために、今も命懸けで戦ってくれている白井さんを、『見捨てて逃げろ』だなんて。
「キミも無能力者なんだろ?」
「――!」
「さっきの見たろ? あんなのに巻き込まれたらただじゃ済まない。手助けしようにも僕達じゃ足手まといだ。
こんな時に、無能力者に出来ることなんて、何もないよ」
ショックだった。そんなことは私も分かっていた。
極普通の一般人が、何の能力もない無能力者では、こんな時、何も出来ないことくらい分かっている。
能力者と、そうでない者の間には、努力だけではどうにもならない大きな壁がある。
私なんかが行ったところで、白井さんの助けにはならない。足手まといになることくらい理解している。
「結局……何も出来ないの?」
そうこうしている内に、私に逃げるように言って来た青年は、言うだけ言って、さっさと逃げてしまった。
初春も低能力者だが頑張っていた。その努力している姿を、私は後から見て知っている。
でも、同じような真似が私にも出来るか、と言われれば、今の私には難しい。
「携帯の電池はゼロ……でも、近くの警備員の詰所まで走れば」
手に持った電池残量ゼロの携帯電話を苦々しく思いながらも、私は警備員の詰所へと向かって走る。
大事な時に、こうして役立たずなのは、この携帯電話も私も同じ≠セ。
私が勇気を出して、ビルの中に飛び込んだところで、白井さんの助けにはならない。
私に出来ることといえば、こうして応援を呼びに行くことくらいのものだ。
(何か……嫌だな、この気持ち)
息を切らせ、懸命に走りながら思うことは、
――肝心な時に、何一つ力になることが出来ない、無力な自分
――言い訳に言い訳を重ねることでしか、自分を納得させられない後ろ向きで情けない心
そして一番嫌なのは、こう言う考え方しか出来ない――弱い自分自身だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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