【Side:太老】
「太老ちゃん、起きて! 太老ちゃん!」
「ん……砂沙美ちゃん? おはよう……」
目が覚めたら、そこは地球の柾木家の居間だった。
「また、こんなところで寝て。昨日、魎呼お姉ちゃんとまたお酒飲んでたんでしょ。
太老ちゃんはまだ未成年なんだから、いつもダメだってあれほど――」
「あれ? 俺、何でこんなところにいるんだ?」
「はあ……顔洗ってきた方がいいよ」
砂沙美にこうして説教を食らうのはいつものことだ。
そう、何一ついつもと変わらない。
当たり前の日常、当たり前の光景、当たり前の風景。
「おはようございます、太老くん」
「おはようございます、ノイケさん」
洗面所ですれ違ったノイケに朝の挨拶を交わし、俺は戸棚から自分用の歯磨きとコップをだして歯を磨き始める。
こちらにこうして泊まることも今となっては珍しくもなんともないので、俺用の日用品や食器、着替えや布団に至るまで、何でも柾木家には常備されていた。
いや、寧ろ諸々の事情により、こちらで過ごしている時間の方が実家にいる時間よりも長いかもしれない。
ある意味で、こっちが俺の家と言っても間違いではなかった。
「冷てっ!」
ひんやりとした冷たい水が顔に凍みる。
ここの水は、山の地下水をくみ上げた物なので、街の水に比べてとても冷たかった。
だが、ぼんやりとしていた目が一気に覚めるような冷水だ。頭がしゃっきりとする。
「タオル、タオル……」
「どうぞ」
「ん、ありがとう」
何だか聞き慣れた声だった気がするが、誰だ?
俺は受け取ったタオルで顔を拭きながら、声の主に思い当たらず首を傾げる。
少なくとも知っている声なのは確かだが、柾木家の女性の声ではなかった。
「全く、いつまでも寝ぼけた顔をしてないで、早く行きますわよ。
そろそろ朝食の時間ですし、皆さんをお待たせする訳には――」
「……なっ!」
「な、何ですの!?」
聞き覚えがあるはずだ。
腹黒空間移動能力者、常盤台の百合娘、その声の主は――
「黒子が何でここに!?」
「……まだ、寝ぼけてるんですのね」
白井黒子。天地無用の世界に、どういう訳か彼女がいた。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第36話『フラグメイカー』
作者 193
【Side:鷲羽】
「姉様っ!? これは一体!」
「訪希深! 何としても、太老を抑えるんだ!」
フラグメイカーとは、そもそもどういった能力なのか?
私は太老の確率変動値がおかしい、と言う事実に気付いた時、最初は西南殿や九羅密の一族のような確率の天才を思い描いた。
しかし、その推測は大きな間違いだった。
そのことに最初に気付いたのは、太老が五歳の時。訪希深が大きく関わることになった、あの事件が切っ掛けだった。
未開拓惑星を含む三十六の無人惑星が消えた、銀河史上最大規模の惑星消失事件。
破壊されたのでも、消滅させられたのでもない。それらの惑星は、最初から存在しなかったことにされたのだ。
最初に『銀河史上最大規模の惑星消失事件』とは言ったが、この事実を知る者は殆どいない。
そう、そもそもこの事は事件として、どこにも記されていないからだ。
最初からそこには存在しなかった惑星が消えたところで、それでは事件にすらならない。
この事に気付き、私に接触を図ってきたのは、瀬戸殿以外はいなかった。
瀬戸殿の情報網の凄さは知っていたが、僅かな矛盾からそのことを突き止めるとは、その時はさすがだと感心した物だ。
そして、その事件を引き起こしたのが、他の誰でもない。
――太老だった
「太老ちゃん! 何でこんなことに!?」
「津名魅! アンタも手を貸しな! 何としても、太老をこちらの世界に押し止めるんだ。
でないと、因果の逆流を起こして、あっちにまで影響がでかねないよ!」
「うっ! 後できちんと説明してもらいますからね!」
封印を解いた三命の頂神、訪希深、津名魅、そして私、鷲羽。
太老の危機を察して自ら封印を解き、飛び出してきた津名魅の力を借り、私達三神は太老の存在を抑えこもうと力を振るう。
薄々だが、太老の存在や能力に関して、私は気付き始めていた。
確たる確証のない、想像の域を出ない推測だが、これが確かならば太老は私達以上≠フ存在ということになる。
***
『フラグメイカーってのは確かにいい例えだけど、私は太老の能力を『神の手』と思ってるんだ』
『……神? それは鷲羽ちゃんや、頂神の方々のことを言うのではなくて?』
『違うよ、瀬戸殿。私達は自分達が全知全能であることを理解しているが、それも私達自身大きな矛盾を抱えたままだ』
『……天地殿のことですね?』
『だけど、太老はそれとは別だ。あの子には私達の力が通じない。いや、あらゆる因果や確率、全ての事象や力、といった物、この世界で起こること全部が、あの子にとっては本の中の出来事と同じことなのさ。この世界の力が通用しているように見えるのは、『正木太老』がこの世界の存在だからであって、あの子の『魂』にまでは結局響いてはいない。『観測者』のあの子にとっては、見ていることも関わることも全ては同じことなのさ』
『それが鷲羽ちゃんが、彼のことを『観測者』と呼ぶ理由なのね』
『ただ……ずっと『観測』するだけの立場でいてくれるならいいんだけどね。あの子は、この世界の枠の外側にいる。
ただでさえ一方的に物語を観測できる立場にいるというのに、その物語を自由に書き換えられるとしたらどうだい?』
『まさか……』
『本人は自覚していないし、そのつもりはないのかも知れない。
しかしフラグメイカー、あの能力はそうした太老の力が漏れ出した結果の一部なのさ』
***
ずっと自分達で否定し続けてきた矛盾。その矛盾の答えを、真実を知る術が、私の目の前にあった。
それが正木太老――いや、物語の登場人物の役割を借り、介入してきた異邦人――『観測者』だ。
だが、太老にそんな器用な真似が出来るとは、私は思えない。
「帰ってきな、太老っ! アンタの帰る場所はちゃんとあるんだから!」
私の想像通りの力なら、この世界で太老の思い通りにならないことはない。
下手をすれば、全てを無かったことにして、一から書き直せてしまうような力だ。
しかし、太老は例え、その能力が自由になったところで、決して私利私欲のために使おうとはしないだろう。
優柔不断で、面倒臭がりで、馬鹿な子だけど、それでも太老が優しい子だってことは、私が一番よく分かっている。
「アンタは、私の息子なんだから! ここが――」
ここがアンタの居場所なんだよ。
【Side out】
【Side:太老】
「……ううむ」
「思い出したかい?」
「いや、全然! ってか、感動的な話にしようとしてたけど、元の原因を質せば結局、鷲羽が元凶じゃないか」
手の込んだ自主製作映画まで見せられて、危うく騙されるところだった。
俺にスーパーな力がある、という話はなんとなく理解できたが、使いこなせないのであれば意味がない。
そんな能力、無いのと同じだ。
第一、その話が本当だったとして、俺がしでかしたことは申し訳ない、と思うが、そう至る原因を作った人物に言われたくはない。
「それで、そのアレイスターって人はどうなったんですか〜?」
「ああ、太老の能力に何か気付いていたようだったけど、そもそも太老の存在に直接干渉しようなんて事自体が自殺行為なんだよ」
「はあ……それって?」
「分かりやすく言うと、体を乗っ取るつもりが逆に存在を上書きされてしまった、と言うことだね。
アレイスターと言う人物は、最初からいなかったことにされた。以前に消失した惑星と同じ運命を辿った、と言う訳さ」
鷲羽の説明によく分からないといった様子で、ウンウンと唸りながら首を傾げる美星。
自分から聞いておいて分からないのだから、隣に座っているノイケも呆れた様子だ。
しかし、問題はそういうことではない。
「そもそも、その話と黒子がここにいるのが繋がらない訳だが、それに……」
「いや、大助かりだよ。魎皇鬼も畑を拡張できて大喜びだし」
「嘘ですよね? 一万人のミサカに畑仕事手伝わせて、山を丸々ニンジン畑にでもするつもりですか?」
「……あはは」
乾いた笑みを浮かべる天地。
そう、黒子だけではなく、妹達までこちらの世界にきていた。
「心配はいらないよ。瀬戸殿がまとめて面倒見てくれる、って話だし。
彼女達、思いのほか優秀みたいだからね。最近あっちも人手が足りないらしくて、優秀な部下が増えるって喜んでたよ」
「いや、その心配じゃなく、何でこっちにいるのかってことなんだが……」
「私じゃないよ? と言うか、私も訪希深も津名魅も、結局は何も出来なかったんだから。この結果は、アンタがもたらした結果さ」
「俺が?」
全く身に覚えがないことを、俺がやったことだ、と言われても首を傾げるしかない。
しかし、ジトーっとした目で見てくる砂沙美や、砂沙美の後ろに隠れて呆れた様子でこちらを見ているチビ訪希深(封印状態)を見て、何となく俺が悪いのだと自覚させられた。
「まあ、何にしても黒子は向こうに送り返してやらないと」
「ああ……それなんだけどね」
妹達はあちらに行っても幸せとは限らないし、こちらの世界に残すことに異論はない。
こちらにいても鬼姫に扱き使われるのであれば、もっと大変かもしれないが、あちらのように悲惨な目には少なくとも遭わずに済むだろう。
「ないよ。太老が言ってるあっちの世界≠チてのは、もう存在しないんだよ」
「なっ!?」
鷲羽の思わぬ一言に、俺は大きな衝撃を受けた。
あちらの世界がなくなった、ということはそこに住んでいた人達も消えてしまった、ということだ。
初春、佐天、それに美琴……他にも知り合った沢山の人達があそこには住んでいたと言うのに、
「そんな……皆とは色々とあったけど、悪い奴ばかりじゃなかったのに」
「いや、死んでないんだけどね」
「はあ? いや、世界は存在しない、とか言わなかったっけ?」
「ああ、あっちに世界は存在しないけど、消滅した訳じゃなくて……」
意味が分からなかった。あるのかないのか、はっきりして欲しい。
俺の疑問を察してか、手元のキーボードを操作して空間モニターに一枚の映像を映し出す鷲羽。
そこには、地球そっくりの惑星が映し出されていた。
「まさか……」
「そのまさか、さ。太陽系を一つ、こっちの世界に上書きしちゃうなんてね。いやー、これには恐れ入ったよ」
そのモニターに映し出されていたのは間違いなく、もう一つの地球だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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